●装
「バレンタイン?」
読みかけの本を閉じながら衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は首を傾げた。
「バレンタインって、恋人にチョコを贈る日だろ? んで3月14日に3倍返しでお返しするの」
「ホワイトデーは日本の風習だな」
最近は他国でも広まっているそうだが、とテンプルに触れ眼鏡の位置を直しながら白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)が指摘する。
指が触れた先で、ちらりとチャームが揺れた。
「バレンタインデーは、そうだな……欧米では、チョコの他に花やケーキ、カードと言ったものを贈るそうだ。一般的には恋人に贈り物をする日と捉えられているが」
「リア充爆発イベント?」
「……違う。相手に親愛の情を伝える日だ」
話は最後まで聞け。たしなめられて、日向はぷーっと頬を膨らませながら本を鞄にしまおうとする。
と。
「プレゼントって何でもいいの?」
彼女の眼鏡に着けられたチャームを見て訊く彼に、遥凪は少し考えてから慎重に答えた。
迂闊なことを言って、その気持ちが傷つくことのないように。
「何でもとはいかないだろうが、相手を想って贈るものならいいんじゃないかな」
その言葉に、ぱあっと夜明け前色の瞳が輝く。
●彩
「みんなで小物作ろうぜ!」
ぱーんっ!!
教室のドアを開けるなり意気揚々と言うエクスブレインに、室内の視線が集まった。
「小物?」
「そ、小物。細々した小さい雑貨とかをさす言葉で、道具以外にアクセサリーなんかも」
かっかっと黒板に字を書いていく。それがあまりにも自然すぎて、つい灼滅者たちはいつもの依頼を受ける気分になってしまった。
「い、いやいやいやいや。小物って何を作るの?」
資料を鞄から取り出そうとする日向に慌てて問うと、彼はきょとんとし、それから、あ。と声がこぼれた。
「遥凪がちっちゃい飾りを眼鏡に着けてたんだ。眼鏡チャームってやつ? 聞いたら自分で作ったって言うんだけど」
ほらこれー。と見せたのは爪の先ほどの大きさの、四角いストーンに桜模様が描かれたチャーム。
「それでバレンタインにさ、手作りの小物をプレゼントしたらどうかなって思って」
そう言いながら今度はいろいろな材料を取り出して見せる。
様々な形のケースや様々な模様の薄い紙や布、それから小さなボトル入りの糊と筆にピンセット。
何に使うのかと覗き込まれて、日向はえっと、と考え込む。
「なんだっけ、で……でこ……えーと……」
「?」
「でこぱん!」
「デコパージュね」
「そうそれ! 簡単だから俺でも作れるんじゃないかなー」
ってはるながいってた。
コラージュ風デザインの1枚を取り出しながら挙げた名前に幾人かは納得する。可愛いもの好きの彼女なら、小物をアレンジしたり自作することもあるだろう。
「糊でぺたぺたして材料乗っけてまたぺたぺたすればいいんだって。簡単だろ?」
そう言って再び黒板に向きなおって書いていく。
まず必要なものはベースになるもの。それから好きなデザインの紙をいくつか。布などでもいい。
やり方はとっても簡単。ベースに糊を塗り、材料を1枚ずつ貼っていく。最後に上から仕上げ剤を塗り重ねて乾かせば完成だ。
「確かに簡単だね。これなら日向でも作れるでしょ?」
「あー……」
指摘にあいまいな笑みで応えた。つまり彼は、そういう作業が苦手なのだ。
鞄から出したあれこれをしまいながらこほんっとわざとらしい咳払いをして、日向は未成熟な少年らしい薄い胸に手を当てる。
「小物ってさ、普段何気なく使ったり、そばに置いたりするものだろ? だから高価なものとかじゃなくても、贈る相手のことを考えて作ったものは、きっと素敵だと思うんだ」
ちらり桜模様の小さなチャームを掲げて見せて微笑んだ。
想いを重ねて封じたあなただけのデコパージュ。大切な人に贈ってはどうだろうか。
「デコパージュって作る過程もすごく楽しそうですよねっ」
「簡単なのだったらかわいい模様のペーパーナプキンあったらできるんですよね。あたしはこれ使ってかわいいお皿を作りたいなぁって思います♪」
真っ白なプラスティックの円形の小皿に、チョコレート色を基調にしたアンティークなレースが描かれたペーパーナプキンを見せつつ楽しそうに笑う彼女に、へええと感心する日向。
「これ使うのって、うまーくやらないとなんかダメって聞いたんだよね」
だからきちんと専用の紙を用意したのだと言いながら、こうだっけ、とやってみる。
あっ。と小さい声が上がって、紙をそっと片付ける音。
それがしばらく繰り返され、陽桜の柔らかな笑顔が少しだけ翳った。
「日向さん、作るの不安あります?」
「……不安ってレベルじゃないかな」
ですよね。
「んと、糊塗って貼り付けるときにしわとか気泡が入らないようにするのがポイントなのですよね」
スプーンの背を使ってはるといいらしい、って話なのです。
これ、とスプーン見せつつ説明する彼女に、へええとまた気の抜けた関心をする。
「あたしもお手伝いするので頑張りましょう♪」
「……お、おー」
応援する声と、前途多難の声と。
「ところでデコパージュって何だ?」
机の上に広げられた材料を前にまったくの初心者である脇差が首を傾げ、簡単な勉強会。ふむふむ。
皆それぞれに用意したベースは様々で、選んだ材料も様々に。
「わらわ、定番のペーパーナフキンと布を用意してきたのじゃよ」
柔らかな手触りのそれらを心桜が柄が見えるように広げて置くと、千尋がわあっと声を上げた。
「心桜のペーパーナプキン、めっちゃキレイ! ありがたく使わせてもらうよ」
どれにしようかとじっくり眺め綺麗な花柄の素材から気に入ったのを選んで、用意したスマートフォンのケースのうちプラスチック製のハードケースに丁寧に貼り付けて、乾かす。
しっとり馴染んで、優しい色合いに。
「俺結構こういうの得意なんだぞー♪」
小さな石鹸を手元に置いて、意気揚々の明莉。
とはいえ、もちろん彼もはじめてだ。
「んー? なになに、絵を切り取って? ……ん?」
皆の作るのを眺め、ふぅむと考え。
「まーなんだ、この辺の材料テキトーに合わせりゃいいんだな♪」
とりゃ! と、勘で糊を塗って、絵をぺたりと貼っていく。
糊塗り過ぎでじんわりしたりするのもご愛嬌。
「こういうものを作る時ってワクワクするね」
その様子にふわり微笑んで、輝乃はプラスチックの白いコップを並べ、事前に描いた皆の似顔絵を写真に撮ったものと既存の柄のペーパーをそばに置き。
似顔絵写真を貼った面の裏側に、猫・小鳥・兎・犬のシルエットのどれか1つと桜の柄を貼るようにしてと。
「勿論、ねこさんやここあのも作るよ」
示して笑いかけ、暗のは部長のコップに一緒に張っておこう、と彼のそばにいたビハインドの分もぺたり。
写真とシルエットは違うけれど、みんなお揃いに。
「クラフト系だけどレジンとはまた違うんだね?」
糊で塗るだけなら簡単そう、と渚緒が女子のはあんまり見ない代わりに男子のはじっくり見る。
「若宮くんは?」
「えぇと……自作の皿に……」
自作のチョコケーキを載せて贈りたいので……
問われてもごもご少し恥ずかしそうに答える想希。
用意したのは紅葉の柄と桜の柄。
それぞれ同じように配置して、2枚一組の皿を。
同じになっているかじっくりと眺め、よし、と溜息をつく。
「うん、確かに案外簡単に出来ましたね……」
少しだけコツがいるけれど、貼って乾かすだけだからとても簡単。
春と秋の対照がいいねと微笑む輝乃に微笑み返す。
イメージはシックでクラシカルな大正ロマンな感じを目指して、渚緒は文庫サイズのブックカバー作りを。
「和風だし千代紙っぽい柄がいいかな」
どんなふうにしようかとイメージしながら素材を選んでいく。
あれこれ色を重ねてく内に大正ロマンというより十二単と言えそうな出来栄えになっていき。
「わ、渚緒さんの文庫カバーすごい。思わず作ってほしくなる出来です」
「ね。渚緒のブックカバーいいなぁ」
感嘆する想希と輝乃に、みんなも彼の手元を見る。
「和風っていうか、平安風……?」
……あれ?
せめてブックカバーについてる栞代わりの紐の先に、小さな花を貼って作った桜模様の四角いチャームを。
「大正要素、もはやこれだけのような気が……」
綺麗だからいいと思います。
意外とお手軽に素敵なものが作れるのだな、とその様子を眺めていたニコは得心し、ならば最近スマホを買い替えた友人に、スマホケースを作ってやろうかと。
対応機種の確認をしたら作成に取り掛かる。
「(柄は何が良いだろうか、あいつは猫が好きだから猫のモチーフがプリントされたペーパーを切り貼りして色々組み合わせてみようか)」
思案しながらあれこれと試してみるも、なかなかいい感じに決まらない。
こうだろうか、違うな、こっちか、いやこれも違う。合わせるたびにどれも合っているようで違うようで。
「……む、どの毛色のどのサイズの猫をどのバランスで配置するか、中々悩むな」
悩んでしまって唸ってしまう。
そんな彼とは対照的にミカエラはひまわりのような笑顔で。
「 バレンタインは感謝の日~♪ だっけ?」
あたいの気持ちが込めやすい形にするのがいいのかな~?
こっくり首を傾げるけれど、迷うことはあんまりなく。
何を作るの? と問われていたずらっぽく笑う。
「じゃ~ん。スーパーボールを用意しまっす」
「スーパーボール?」
大きめのクリーム色のスーパーボールの他に用意したのはクレープ紙に自筆のクレパス画。糸括メンバーの顔を、デフォルメ似顔絵!
「もっちろん、ウサ耳バージョンでっ♪」
そこがポイントなのです。
「後は、ウサギ、にゃんこ、わんこ、翼猫、霊犬、ぴよ、蛇……っと」
トレペに印刷済みの写真を背景に散らしてっと。
まんまるの面にぺたぺた貼っていく様子を、へえー。と日向が覗き込む。迷いすぎないのもうまく作るコツなのだ。
仕上げは丹念に、っとぬりぬりして。
できあがったら、色セロファン紙で巻いて、キャンディ包装♪
「(同行の皆はどのような塩梅で作っておられるだろうか、そっと拝見して……いや女性陣の所は遠慮しておくか……)」
などと思っていたニコの遠慮もどこへやら、見て見て! とみんなに見せる。
「チョコレート、に見せかけて~」
ふふふっとちょっとだけ悪い笑みを浮かべて胸を張る。
「投げつけると、びよんびよん跳ねるんだ~! わ~い♪」
その時のことを思い浮かべてか、ぱあっと笑顔の花が咲いた。
手帳型のケースに布を貼りつけてデコっていた千尋は、同じくスマホケース製作中のニコを横目で観察。
「なるほど、いい手際だね」
「……そうだろうか」
まだ少し悩みながらも作業にとりかかっていたニコも彼女の手元を見やる。
「違うデザインなのだな」
「こっちはレトロモダン風味になってます」
ハイカラー。
「ニコさん何作ってんの?」
一応バレンタインだから女子軍の作り物は見たらいかんよーな気がしたりしつつも、明莉が渚緒や脇差の手元も眺めつつ女子力達はどうだろう? とちょっとだけ、本当にちょっとだけ女性陣のほうもちらっと見る。
「女子力(物理)で破壊すんなよ?」
女性陣の作品も気になりつつ余計な一言を言ってしまった脇差は女子力(物理)を受けつつも、用意した木で出来た掌サイズの小物入れに柄を選んで作業開始。
趣味の傘張り技術の応用で、糊付け作業は妙に手際良く仕上がりも綺麗。
外側はモノトーンの幾何学模様でシンプルながらもカッコよく。
「かっこいいね」
「だろ?」
だが内側は、やたらと可愛い兎柄に……
「かっこ……いい……?」
「こら、覗くんじゃねー!?」
疑問符のついた評価に慌てて内側を隠しながら覗き込む男連中の額に余った紙(可愛い)をペタリ。
これがホントの”デコ”パージュ?
何だよその紙似合わねーとか笑い合うデコ男子たちに微笑み、想希は自身が作った皿の面を撫でる。
折角だから、マグカップとかでもよかったかな……
「こんなに簡単に作れるなら次は一緒に作ってもいいかも」
作っている時か、あるいはその後に使っている時かを思い浮かべながら呟き、ふと、視線を移した時に心桜と目が合う。
わらわもあんまり器用じゃないんじゃけど……と口にしながらティーライトキャンドルに慎重にデザインしていた彼女は、さっと隠しつつ少しだけ声を強めた。
「男子は見ちゃ駄目じゃよ!」
「ご、ごめん」
叱責されて慌てて目を逸らす。
そんな【糸括】の面々を賑やかだなあと眺める日向に、こほんと咳払いして心桜が問うた。
「衛殿はどんなもの作るのかえ?」
「ん、俺? 俺はね……」
彼の手元にあるのは髪を留めるバレッタだ。赤を基調とした和風の模様の紙を貼っていたところらしい。
これダメだ全部任せたほうがうまくいくんじゃないかな、ダメです自分でやらないと、とところどころ弱音を吐きつつ応援されつつ、陽桜とどうにか一応完成にこぎつけたようだ。
「俺が贈ろうと思ってる人は髪が長い人だから、まとめるのにいいかなって」
やや引きつった表情で破れた紙の山や妙にごわごわしているバレッタをこっそり隠そうとしながら答える彼に思わず吹き出す。
「えへへ、不器用なのはわらわと一緒じゃのう!」
「うー……」
「いいんじゃ、こういうのはきっと「気持ち」じゃからのう」
困りきってしまう日向に笑って、自身が手掛けていたティーライトキャンドルをそっとその手の中に包み眺めた。
ティーライトキャンドルにしたのは沢山作れるから。
そしてそれに祈りを込められるから。
暗い中で迷っても、また此処に戻ってこられるように、花柄のキャンドルを灯してそっと祈る。
導きと標の灯火を。
「うい、完成っと」
前衛的な絵(自作)をデコった沢山の小さな石鹸に我ながら満足。と明莉は大事を成し遂げた顔。
部長の作品をどれどれと覗き込む部員たちは、……ん? と頭にはてなが浮かぶ。
ミカエラもちょっと言葉に詰まっていた。
「明莉さんの石鹸可愛いですね。柄が……謎のチョイスですが……うん」
「部長のは前衛的だね」
「明莉先輩のは……白玉団子に、豚……? う、うん。すごく個性があっていいんじゃないかな……」
「ん?白玉と豚じゃないぞ?」
どこから見ても糸括の花弁とウサギのイラストだろが!
部長の石鹸も可愛いよねと言いかけていた渚緒は、想希と輝乃と千尋の評価に自信たっぷりに断言する彼にかける言葉の方向転換。
「特に豚さんの丸さ……あっ、うさぎ……脇差くんに若宮くん、ニコ先輩のもいい感じだね!」
仕上がりの良さには満足気に頷く脇差。
だが一つ大きな問題が。
「……糊付けで蓋が開かない、だと!?」
ぐぬぬぬぬぬ……! と力いっぱいやっても蓋は開く様子を見せない。
『開かずの小箱』の出来上がり!
「お、置き物にしてみたらどうかな?」
なんとかフォローしてみる輝乃に、笑いがはじけた。
女の子たちもそれぞれどんなのが出来たかな? と渚緒が視線を巡らせる。
まず千尋。花柄のハードケースとレトロモダンな手帳型のケース。
次に輝乃。似顔絵写真と動物のシルエットと桜のコップ。
心桜は花柄のティーライトキャンドルと、ミカエラがデフォルメ似顔絵と動物のスーパーボール。
それから部員ではないけれど、陽桜はアンティークレースの丸い小皿。
「……っていうか、女子力すごいな、いろんな意味で!」
本物の女子力と男性陣の女子力を比べつつ心桜が完成したティーライトキャンドルを手渡し、可愛いキャンドルをありがとうと輝乃は笑顔で礼を言う。
「で、出来たスマホケースだけど希望者とプレゼント交換っていうのはどうかな?」
もしくは抽選で2名様にってことで。
いたずらっぽく笑い提案する千尋に、友人たちは各々に頷く。
しかしふと、しかし、贈り物というのも中々気恥ずかしいとニコが思案する。
「良い機会があったから作った、偶々出来が良かったからくれてやるのだ、そういう事にして渡すとしよう」
「ふふ、……きっと喜んでくれますよ」
手ずからのスマホケースに目をやり口にする彼に、想希はにっこり笑う。
ふふ、皆の気持ち伝わるといいですね。
きっとそれは、案じずともその通りになるだろう。
「想いを込めるのって、大切だよな」
「そうですね」
溜息のような日向の言葉に、ふわと陽桜も微笑んだ。
或いは友人に、或いは恋人に。伝えたい想いを重ねて添えて。
幸福な一日となりますように――
作者:鈴木リョウジ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年2月13日
難度:簡単
参加:10人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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