紅葉林の鬼

    作者:立川司郎

     紅葉鬼(もみじおに)と呼ばれる公園を訪れる人々は、まずそこに建てられた小さな看板を目にする事となる。
     広大な公園とそこを通る小径は、この時期赤色に染まる紅葉で包まれていた。鮮やかで目に焼き付くような、赤。
     紅……と称するより、赤。
     その光景に、訪れる人々もしばしの間現実を忘れる。
    「鬼?」
     看板に視線を落とし、女性はじっとその文字を目で追った。
     紅葉鬼という由来について書かれた看板には、ここに大昔三匹の鬼がいたと書かれていた。鬼はここで人々に悪さをしていたが、無名の旅の僧侶がここの紅葉林に鬼を封じ込めたと伝えられている。
     鬼に関する物が遺されている訳ではないが、そのただ一つの古い文献が伝える伝説はこの紅葉を賑わせるに十分であった。
     ここに来れば、鬼に出会えるかもしれないのだと。
    「悪い鬼なら、出会わない方が良くね?」
     青年が連れの女性にそう言うと、看板を読んでいた女性がくすりと笑った。何ともかわいらしい、鬼の伝説だったからである。
     鬼は、紅葉が赤く染まる頃現れる。
     提灯の明かりを持って紅葉林に足を踏み入れた人間が居ると、鬼達は悪さをしようとこちらの様子をうかがうという。
     その伝説とは……。

     ひとひらの紅葉を手にして、相良・隼人はじっと座していた。依頼の事を考えていたのか、それともただ自分の精神を研ぎ澄ます為に座していたのか。
     やがて隼人は目を開くと、こちらに向き直った。
     彼女は静かに、紙を一枚差し出した。A4紙に印刷されたそれは、どこかの公園の案内が書かれている。
     紅葉鬼公園、とそこには書かれていた。
    「この公園はこの時期、紅葉でいっぱいになる。広大な紅葉林でな、紅葉の中で歩く遊歩道は心躍るものがあるぞ」
     ふ、と隼人は笑って言った。
     どうやらこの公園には、鬼が封じられているという伝説があるらしい。隼人は、そこに都市伝説が現れるのだと話した。
    「提灯を持って遊歩道を歩いていると、いつの間にか鬼の領域に迷い込んでいる。……別に昼でもかまわんが、やはり雰囲気を重視してよるに行くのが良いだろう。夜なら周りに人が居ないし、ちょうどいいんじゃねえか?」
     どうやら隼人は、夜に行くのがおすすめらしい。たしかに昼は人が居るだろうし、鬼の領域に巻き込んで連れ込まないとも限らないからだ。
     ただ、いったん領域に入れば戦闘終了まで邪魔される恐れはなさそうだ。
    「ばらばらに巻き込まれても、行き着く所は同じだ。今回はそんなに警戒せず、ちょいと紅葉狩り気分で行ってくれ」
     紅葉狩り気分、とは余裕だな隼人。
     誰かがチクリと言うと、隼人はぱたぱたと手を振って否定した。
    「出てくるのは三匹の鬼だ。鬼は、領域の中の紅葉隼人を歩いているとそれぞれ現れる。いずれも子供くらいの身長だが、一匹は黒鬼。人間と灯りが大嫌いだけど、ろうそくの灯りだけは大好きだ。紅葉の林を照らすぼんぼりに絵を描こうとしているんだが、旨く書けずに泣いている」
     泣いてるのかよ!
     突っ込みに隼人が笑う。
    「許してやれ、都市伝説だ! 彼は人工的な灯りは嫌いだから、ライトとかは使わない方がいい。ランプは……ギリで大丈夫かもしれん。うまく書けたら満足して脱力するから、その隙に攻撃して倒せ。しかし旨く書けなかった場合、暴走する」
     なんという迷惑な鬼だ。
     続けて隼人は、青鬼について話した。
    「青鬼は、川の側にたたずんでいる。どうやら、川に写った月を眺めているようだな。伝説では、河原で出会った女に恋をしたが、彼女は人に化けていた青鬼の正体を知って悲観のあまり自害したと言われている。あの世の彼女に届ける笹舟を一緒に作ってやれ」
     しかしなぜそこで死ぬ、と隼人がぽつりと低くつぶやく。
     最後は赤鬼。
    「赤鬼は、この林の中にたった一つ存在すると言われている青い紅葉を探している。その紅葉の木は僧侶が鬼を封じる為の媒体にしたと言われている。……まあ、お前等が期待するような力は存在しない、これは都市伝説だからな」
     念を押すように隼人は言った。
    「おそらく紅葉の木は隼人の中心にある。それを探すの自体は、あまり難しくなかろう。赤鬼がしようとしているのは、紅葉を赤く染める事」
     紅葉を血で染めると、封印は解けると信じているのだ。とたんに血なまぐさくなってきた……と皆どんよりとした表情を浮かべる。
    「馬鹿な事を、大きな紅葉の木を血で染めようと思ったらお前等全部の血を吸い取っても不可能だ。こいつはひとまず懲らしめてだな……その後、青い紅葉を愛でる方法を教えてやってくれ」
     それでいいのか?
    「それでいいさ。伝説ではそれぞれ、灯りが嫌いな鬼、人間に恋をした鬼、青い紅葉を探してさまよう鬼とされている。それが人の口に上るにつれて、そんなかわいらしい鬼の都市伝説になっちゃったんだろうな」
     しかし可愛くとも、やり合えば灼滅者三人分の力には相当する。それぞれ黒鬼は影を操る攻撃、青鬼は水を操る攻撃、赤鬼は炎を操る攻撃を使ってくる。
    「鬼は灼滅者にこらしめられ、紅葉林で仲良く紅葉狩りをしましたとさ、おしまい。……そんな終わりを期待しているぞ!」
     隼人はカラカラと笑って言った。
     現実の紅葉林も鬼の紅葉林も、きっと美しいだろう。
     鬼とともに、ひととき紅葉を愛でては如何か?
     隼人は楽しそうにそう言って見送ってくれた。


    参加者
    雨音・シアン(宵月・d00309)
    枢流・縊(狂繰・d00346)
    十八號・アリス(囂々・d00391)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    多嬉川・修(光の下で輝く・d01796)
    啄身・綴(絃菊・d03034)
    神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・d04335)
    石英・ユウマ(衆生護持・d10040)

    ■リプレイ

     少し離れて先をゆく雨音・シアン(宵月・d00309)の提灯の明かりが、揺れる影を後ろに落としていた。その影をじっと見ながら、踏むのを避けるようにして啄身・綴(絃菊・d03034)があとに続いている。
     先頭をシアン。最後尾に十八號・アリス(囂々・d00391)が提灯を持ち、真ん中を神薙・焔(ガトリングガンスリンガー・d04335)が提灯を片手に歩いている。
     綴もまた手には蝋燭を持っていたが、三人分で足下を照らすには十分だったので、ふっと吹き消して収めた。
     むき出しの蝋燭より、提灯の方が風に吹き消されないから良い。
     ふと見ると、焔の持っている提灯はハロウィンに使うようなカボチャのランタンであった。素材もカボチャのように見えるが、本物なんだろうか。
     綴が手をそっと差し出すと、切り取った顔の切れ目にカボチャの身の感触が伝わった。
    「あ、本物だ」
    「ちょっと触らないで。……ハロウィンの季節なんだから、めずらしくないでしょ?」
     シアンと距離を開けるようにして歩いていた焔は、めずらしそうに見ている綴につんとそう言い返した。
     かぼちゃのランタン?
     とシアンが興味を示して振り返るが、あまり灯りを近づけると他の人の足下に灯りがゆかなくなると焔がまたシアンと距離を開ける。
    「神薙君は手先が器用なんだね」
     笑いながら多嬉川・修(光の下で輝く・d01796)が言った。
     これ位、そんなに難しい事でもないでしょうと焔は言い返すが、綴はカボチャランタンの作り方が知りたくて仕方無い様子。
    「そんなのちょちょいとナイフでくりぬけばいいんだろ、別に難しくないじゃん」
    「言っておくけどねぇ枢流くん。カボチャなら何でもいいんじゃないのよ。まあ知らない人が作ると、こっちのカボチャ切り抜こうとして手を切るだけだから止めておきなさい」
     負け時と言い返す焔。
     負けん気の強い二人の様子に、綴はにこにこ笑顔でふらりと話に割って入る。どうやらカボチャは、軟らかいカボチャじゃないと駄目らしい。
     カボチャのランタンと紅葉林、明るい声と光が静寂の中に響く。
     暗闇に浮かぶ紅葉は、闇を包む紅のカーテンのように惹き込まれそうな深みを帯びている。紅色はどこまでも……どこまでも。
    「……迷い込んだようだね」
     ぽつりとシアンが言うと、皆周囲を見まわした。
     そう、八名はどうやら……予定通りに、迷いい込んだようだ。ふうっと振り返りつつ、シアンが灯りを翳す。
     上にあげると、提灯の明かりが遠くに広がった。
     さて、黒鬼さんはどこに居るだろうか。
     遠くに鳴き声が、聞こえてくるはずだとシアンは歩き出す。暗闇の中、しくしくとランタンが出来ずに泣いている黒鬼さんの姿が。
     そこに、浮かぶだろう。

     灯りの側の黒鬼は、小さな背中を丸めてしゃがみ込んでいた。鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)は灯りを持っているアリスに照らしてくれるように言うと、側に腰を下ろす。
     人を傷つけた鬼が、都市伝説として形をこうして変えて現れたのだとすると、何とまぁ人の声の力とは強い事か。
     狭霧は頼りなげな鬼の様子を眺めて、心中でそう感心する。
     灯りで手元を照らす為に、アリスの提灯だけでなく綴と石英・ユウマ(衆生護持・d10040)もロウソクを灯した。ユウマは提灯を少し離れた所に置いてやると、静かに座る。
     地面は濡れておらず、草が丁度良く軟らかい。
    「座ったらどうだ、しゃがんだままでは書きづらいだろう」
     ユウマが言うと、狭霧はそっと提灯を開けて中のロウソクを消した。手に持って書いた方が、きっと書きやすいと狭霧は手渡す。
     半泣きの鬼が何だか可愛らしくて、狭霧は頭を撫でてやった。
     慰めるべきだろうか。
     狭霧がそう意見を求めるようにユウマを見ると、ユウマは横に首を振って返した。ユウマもこういう時、どうすればいいか分からないのである。
     黒鬼の手元にある提灯は、いびつにゆがんだ絵が書かれていた。よく見ると、あちこちに失敗した提灯が転がっている。
     その一つを拾い上げた枢流・縊(狂繰・d00346)が、何の絵なのか首をかしげてしげしげと見た。……うん、何なのかさっぱり分からない。
     鬼かもしれないし、ウサギかもしれない。
    「なんか変な絵」
     ふと笑った縊の言葉に、黒鬼が怒ったように手元から提灯をひったくった。マズイと刀の柄を握ったユウマの手を止めたのは、綴だった。
     綴は怒った黒鬼の側に寄ると、にこりと笑って提灯を取った。
    「何が書きたいの? ……もしかして、提灯が凸凹してるから書きにくいのかなぁ」
     修がそれを聞いて、別の和紙を差し出す。こんな事もあろうかと、提灯用の和紙を持ってきていたようだ。
    「この間に、張り付ける提灯の和紙を外しておこう」
     修の機転で、黒鬼はまた機嫌を直して書き始めた。
     ああ、やっぱり書きたいのは鬼の絵らしい。皆と一緒に手元を見つめながら、アリスが声をあげた。
    「これは何鬼さん? 黒鬼さんかな、青鬼さんかな」
     ふるふると首を振る黒鬼。
     じゃあ、残るは赤鬼さんか。
     そう聞くと、黒鬼はこくりと頷いた。
    「赤鬼さんは怒ってるのかな」
     絵にある赤鬼さんは、ちょっと怒った顔で……その表情を見てアリスがくすりと笑った。何時の間にか綴も手伝って書いた提灯ができあがり、幾つか手書きの提灯が灯りを灯した。
     照らされた紅葉は赤々と光っていて、提灯の揺らめきに合わせて瞬いている。
    「ああ……赤いね」
     ほっと息をついて、アリスが呟いた。
     写真に収められなかったのが残念、と綴が指で写真のフレームを作って翳す。指のフレームに映る紅葉林は、可愛らしい絵の提灯が照らしていた。
    「ただ倒すのも芸が無いし、いいんじゃないのこういうのも」
     縊の背後から、声が掛けられた。
     赤い紅葉林を見ながら、狭霧が縊にそう言う。
     悪い……とは言ってない。
     縊はその言葉を飲み込み、楽しそうにしている黒鬼と紅葉林を見つめた。

     川のせせらぎが、どこからか聞こえて来た。
     紅葉林はどこまでも赤く赤く続いていたが、その傍らをさらさらと川が流れている。この辺りにいるかもしれないわ、と焔がランタンを掲げる。
     提灯の明かりの向こう側、月の光に照らされた河原に焔が視線を向ける。真っ赤な紅葉林に浮かぶ月は、白くて美しい。
     焔が振り返ると、ユウマが目を細めて周囲の気配を探った。微かに河原のどこかで、草を踏む音が聞こえる気がする。
     そっと歩き出したユウマの後ろを、焔が続く。
    「今度も、黒鬼のように自分から消滅してくれるなら……何も手を出さずに済むのだがな」
     ユウマがそう言ったのは、満足した黒鬼が消えた事に対してであった。暴走してしまえば倒すしかないが、そうならずに穏やかに終わればそれがいいとユウマも思っていた。
     だからとっさに柄に手は掛けたが、抜かずに済まないかと考えはしていたのである。赤鬼もそうなればいいが、とユウマは言う。
     すると狭霧が一つ息をついて。
    「きっと、暴走しきった赤鬼も全部……総力あげて戦って別個に倒す努力をすれば、倒すのは不可能じゃないと思うわ。結局……」
     結局、隼人の思惑に乗って仲良く紅葉狩りをする事になっただけで。
     思惑に乗ったのはもちろん、狭霧の意志でもあった。話ながら狭霧が、すうっと指をあげた。少し離れた河原に、ぽつんと影が落ちていたのだ。
     それは、少し黒ずんで見えるが、恐らく青鬼。焔が灯りを翳して近づくと、青鬼の背中が動いてちらりと振り返った。
    「泣かなくても良い」
     泣きそうだったから、ユウマが思わずそう口にした。子供くらいの背丈の青鬼さんは河原の側で笹の葉を握りしめていた。
     握りしめたまま、ぼんやりと河に映った月を見つめている。
     その背中は、子供のように見えてもりっぱな大人なのかもしれない。
    「……何なの、それ」
     隣に座って、焔が手のひらを指した。
     握りしめているものが笹の葉で、それを使って船を作るのである。そう修が教えると、へぇと焔が感心した。
     側に置いたかぼちゃの提灯を、青鬼がしげしげと眺めて居る。
    「黒鬼さんは興味なさそうだったのに、あなたは興味があるの?」
     確かに、ちょっとロマンチックで物珍しくて、女の子は好きかもしれない。どこかの誰かを思って、ランタンに興味を持ったのだろうか。
     焔はランタンを青鬼の側に置いてやると、周囲を見まわした。よく見ると、河原のあちこちに笹の葉がある。
    「もしかしてあれを使うの?」
    「神薙さんは笹舟、知らないのかい?」
     修が聞くと、焔は首を振って笹の葉を一枚ちぎった。
     彼女は子供の頃はドイツにいたから、一般的な日本の風習や行事をよく知らないらしい。するとユウマも知らないと修に言い出した。
     彼女が知らないのは分かるが、ユウマも知らないとは意外である。だが言い出さないユウマの過去についてとやかく詮索する性格ではない修は、黙って皆の前で笹舟を作り始めた。
     修と一緒に、綴も作り出す。
     ひょいとシアンは、手持ち無沙汰な縊の手にも笹を置いた。
    「僕知らないもん」
    「ああ、最初はこの両端をこう折って……」
     めんどくさ、と呟いたが縊の返事を右から左に聞き流してシアンは笹舟造りを手引き。しょうがないから、縊も笹舟をぱっぱと作って川に流してみた。
     青鬼の笹舟作りは狭霧が見てやっている。幾つもの笹舟が川にながれ、やがて不格好な笹舟が一つできあがった。
     アリスはそれに気づき、ちょっと待ってと立ち上がると何かをもって戻って来た。青鬼の笹舟にちょんと乗せたのは、紅葉の落ち葉がふたつ。
    「さあどうぞ」
     流した笹舟は川に映った月を横切り、波紋を残して流れていく。アリスが乗せた紅葉の葉、あれには花言葉が意味していた。
     『大切な想い出』
     アリスはそっと耳打ちした。
     想い出は川を流れ、遠く遠くに向かっていく。
    「ねえ、やっぱり手作りの笹舟で見送るのが一番いいでしょう?」
     狭霧の言葉にも、じっと言葉を返すことはなかった。
     だが、じっと流れゆく笹舟を見つめている。

     紅葉林に一本だけ、青い紅葉があるという。
     最後に行き着く先は、ぽつんと寂しげに立った青い紅葉。突き明かりの下で青々と『咲いた』紅葉の下には、それをじっと見上げる一匹の鬼がいた。
     ずっと昔から、この紅葉林の封印から解放される事だけを考えて青い木の側に佇んでいる鬼。
    「真っ青」
     縊が青い紅葉を見て、素直にそう感想を述べた。
     あんまり真っ青で、何だか落ち着かない。
     縊の声を聞いた赤鬼が、ゆらりと振り返る。戦いの準備は済んでいた。
    「僕らを殺して紅葉を染めようなんて、ちょっと生意気なんじゃない?」
     縊がナイフの先で赤鬼を指して言うと、赤鬼はこちらに飛び込むように攻撃を仕掛けてきた。ひょいと縊が避けると同時に、後ろに居た修が飛び出して受け止める。
    「オレの腕も鬼には負けないよ!」
    「一人で倒さないでよね」
     縊は修に言うと、赤鬼の背後に回り込んでナイフで切り裂いた。振り回した腕が縊の体を吹き飛ばすが、ユウマが受け止めた。
     合わせよう、とユウマが言うと縊は答えずに飛び込む。
     一瞬先にユウマが赤鬼へ上段から一閃させると、重い衝撃が赤鬼の手を痺れさせた。縊は攻撃を止めた赤鬼の隙をぬって懐に入り込み、ナイフの刃を変形させる。
    「返り討ちだ…よっと!」
     ユウマ、そして縊の攻撃に赤鬼の体は傷ついていく。
     手数からしてこちらの方が多い為、赤鬼には為す術もなく。
    「さて、あまりやりたくない手かもしれないけど」
    「……そうだね」
     シアンとアリスは、互いに言葉を交わすと同時に仕掛けた。
     お互いの武器に影を宿したその攻撃は、相手の心を抉る。それは封じられた時の想い出、というやつだったかもしれないし……もっと昔の想い出であったかもしれない。
     人の噂と心から生まれたモノノケが何を思うのか、知りようはなかったけれど、彼の視線はどこか空中を見ていた気がした。
     背後に回った狭霧は、姿勢を低くして足を切り裂く。ちらりと見た視線の先に、綴と焔がいた。紅葉のように真っ赤に輝く炎を宿した二人が赤鬼に迫ると、赤い体が紅蓮の炎に包まれた。

     ぽつんと咲いた青い紅葉は、月の光に照らされて煌々と輝いていた。
     さくさくと草を踏み分けて近づいた狭霧が、じっと赤鬼を睨み付ける。攻撃は終わりとわかり、縊は武器を収めてすとんと座り込んだ。
     後は、皆の仕事、と。
    「……青い紅葉はこれが本来の色なの。無理矢理変えちゃ、紅葉が可哀想でしょうが!」
    「可哀想って鬼が分かるのかな」
    「黙ってなさい!」
     ぴしゃりと狭霧に怒られた縊は、それきり口を閉ざした。
     赤鬼が無理矢理別の色に変えられたら、嫌でしょうと説教をする狭霧の話を嫌がるでもなく赤鬼は聞いている。
     頃合いとみた修が、まあまあと狭霧を宥めて入った。
    「一面の紅葉林の中で、これは青葉を主張してる。それは凄いよ」
     修は目を細めて、青い紅葉を見つめた。
     たった一本の青い紅葉が、この赤の群衆の中で立派に咲き続けている。その紅葉の下に立って見つめる赤鬼に、アリスが笑顔で言った。
     君の体は、青い紅葉によく映えるねぇ。

     どこまでも続く紅葉林は、ここに来るまでにぽつりぽつりと残してきた提灯が飾られていた。まるでそれが、星の川のように美しく瞬いている。
     赤い紅葉の林を見ながら、縊はやっぱり赤がいいと言う。
     青より赤がいいと。
     それは紅葉の事を言ったのか、色についてなのかは分からない。
    「まぁ、赤が好きっていうのは分かるわ」
     焔も赤は好きである。
     激しくて、血の色のようで。
     でも、青もいい。
    「さわやかで、青も良い色よ」
    「そうだな、鬼の世界に留めておくのがもったいない」
     ユウマは名残惜しそうに、青い紅葉を眺める。
     鬼が助この紅葉林は、また人の口に噂が上ったら現れるのだろうか? そうしたらまた、この鬼たちは紅葉の下に居るのだろうか。
     また、青い紅葉が見られるだろうか。
    「これで終わり。……だから良いんだよ」
     シアンは青い紅葉の下に座り、上を見上げて呟く。
     青い紅葉の葉が降って、視界を青く染める。くるくると周りながら青い葉は、どこまでも降り注いで青い池を足下に作るのだ。
     反対側に、綴が赤鬼を連れてやってきた。
     同じように、上を向いて座って。
    「目を瞑って10数えて。……それじゃあ開けてもいいよ」
     月に透けた青い紅葉の木が、星の河みたいでしょう?
     そう言った綴の言葉通り、そこには青い空が見えた。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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