白と橙で揺らめく炎

    作者:御剣鋼

    ●鬩ぎ合う白炎と橙炎
    「……ヲ、守らなイ、と」
     長野県の某山間。
     その狭間の深い場所にある洞窟内で、白炎に混ざった橙炎が揺らめく。
     深淵の中で湧いた白炎と橙炎が鍔迫り合うように照らしたのは、刃物を思わせる橙色半透明の角を額に生やした狼の半獣人――スサノオだった。
    (「……ハラヘッタ。デモ、イマイマシイ」)
     ――守る。何を守るというのだ?
     未だ橙色に近いスサノオの相貌が、白き炎に混ざる橙色の炎を疎ましそうに見つめる。

     ――仲間を守らねば、約束を守らねば!

     この橙色の炎が、この意思がなくなれば、今すぐスサノオを喰らいにいけるのに。
     けれど、サイキックエナジーと通常の食欲共に空腹だったスサノオの本能と衝動を、康也に残る強い意思と執着が橙色の炎となり、枷となって白き炎を歪ませる。
    (「ナラバ、コノカタチモ、イマイマシイホノオモ、ゼンブクラッテヤル」)
     そうすれば康也の意識は薄れ、本能と衝動の赴くまま、暴れることができる筈だ。
     ――力を得るためにスサノオを吸収したい。
     ――全てを壊して喰らいたい。ならば「彼」の全ても喰らわなければ。
     混じり合う炎を駆り立てるは、執着と焦燥。
     敢えて半獣姿を維持したスサノオは、康也の意識を抑え込むため冷たき深淵の奥に身を隠すと、白き炎を纏うように眠りの淵に落ちていく。
     
    ●白と橙で揺らめく炎
    「先日の『武蔵坂防衛戦』で闇堕ちされました、康也様が見つかりました」
     真剣でありながらも、どこかほっとしたように里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)が槌屋・康也(荒野は獣の内に在り・d02877)の所在を告げると、その情報を待ち侘びた灼滅者達も、安堵の溜息を洩らした。
    「過去にも闇堕ちしたことがあるって聞いたんだが、大丈夫なのか?」
    「そのことにつきまして康也様自身も強い覚悟があったのでしょう、康也様の意識はスサノオの衝動を抑えることに、全力を尽くしております」
    「そうか……もし、オレ達を信じて待っているなら、すぐに救出に向かわないとな」
     懸念な表情を浮かべていたワタル・ブレイド(中学生魔法使い・dn0008)の表情が、執事エクスブレインの説明を受け、少しだけ晴れたものに変わる。
     けれど、執事エクスブレインは決して油断はできない状況だと、口元を結んだ。
    「スサノオの方も、まずは康也様の意識を抑えることに全力を注ごうと、長野県の某所にございます洞窟の奥に潜伏しております」
     彼の意識は「力を得るためにスサノオを吸収したい」「全てを壊し食らいたい」というスサノオの衝動と、「仲間を守らねば」「約束を守らねば」という康也の強い執着が、歪んだ形で融合しかけているという。
     このままでは康也は完全に闇堕ちして、助けることが出来なくなってしまうだろう。
    「そのような不安定な状態を示すかのように、スサノオが纏う炎も白と橙が激しく混じり合ったものになっております」
     洞窟内に足を踏み入れれば、すぐに接触することができるという。
     スサノオも康也も戦うことを最優先にする性分のため、状況にかかわらず撤退することはないと付け加えた。
    「洞窟に足を踏み入れれば康也様は即座に起床し、完全な獣姿に変えて迎撃体制を整えますので奇襲は不可能でございます。正面から正々堂々と勝負することになりましょう」
     康也に仲間を守るために敵を排除せねばという意志は残っていても、その意識や記憶はスサノオの本能と衝動に流され、消えかかっているという。
     また、戦闘中は完全な獣と化しているので、人語は理解できても会話にならない。
    「説得や戦闘で弱らせて呼び覚ますまでは、仲間もご友人の顔も認識できません。基本、声掛けは一方的なものになると考えて良いかと思います」
     また相手はスサノオ。思いを届ける他にも戦闘も万全に整えないと致命傷に繋がる。
     最悪、誰かが負傷したり闇堕ちした場合、康也の心に深い絶望を与えかねない……。
    「ですが、過去にも闇墜ちから生還されたという康也様が……そのような強い意思をお持ちになられる方が、そう簡単に屈するとは思いません」
     山間の厳しい寒さと白と橙で揺らめく炎の中、誰かを守りたいと渇望する康也が生きている。
     そこに灼滅者達の強さと思いが集えば、きっと康也を連れ戻すことができるはずだと執事エクスブレインは微笑み、深く頭を下げた。
    「皆様と康也様の帰還、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ

    ●深淵に灯る炎
    「寒いですね」
     2月半ばを過ぎたとはいえ、山々の風は刺すように冷たい。
     探索ツールセットを身につけた秦・明彦(白き雷・d33618)が顔をあげると、目と目が合った諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)が、軽く明るく微笑む。
    「美味しいおでんの準備できた、て教えてあげな、ね」
     康也の無事はもちろん、伊織が何よりも気に掛けていたのは、味方の面々。
     特に、目の前で康也に闇堕ちされた柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)が、普段より無理をしているのは、誰が見ても明らかだった。
    「そうだな、康也を取り戻す。今度は誰も倒れさせない」
     仲間の気遣いに淡々と返事を返す高明には、何時もの余裕は見られない。
    「柳瀬先輩といい、ツッチー先輩といい、弟分兄貴分のピンチになると自身を省みないよな。似たもの兄弟だ」
     ……ちょっとだけ、羨ましいな。
     一瞬大人びた眼差しを浮かべた枷々・戦(異世界冒険奇譚・d02124)は呟きを風に流し、少しだけ小さく見える背中を追い掛ける。
    「救出に全力を尽くすわ」
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が周囲を警戒しながら洞窟に足を踏み入れると、ウイングキャットのリンフォースも、此方は大丈夫と「にゃーん」と一声鳴いてみせて。
     それから少し歩いた頃だろうか。
    「そろそろ着いてもいい頃だな」
     不意に深淵に揺らめく白と橙の光に、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の双眸が研ぎ澄まされる。
     11人と4体は気配だけで示し合うと、陣形を維持するように飛び出した。
    (「ちゃんと皆で戻れるように頑張らないと」)
     万感の思いが饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)の口元を緩ませたのも一瞬、即座に真一文字に引き締めると、宮司服の上に触れる。
     最初の救出の時からのゲン担ぎ――懐に忍ばせたおでん缶は、仄かに温かい。
    「ちはっす。救助隊の到着っすよ。と言っても通じないっすか」
     身の丈程もある斬艦刀を構えたギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)の目に映るのは、刃物を思わせる橙色半透明の角を額に生やし、炎を纏う灰色の狼。
     通常のスサノオと違うのは、白き炎に橙の炎が混ざっている所だろうか。
    「間違いない、康也だ」
     高明の視線がスサノオの腕にある傷に止まり、戦も口元をぎゅっと引き締める。
     自身の腕にもある傷を高明は撫でながらスサノオの正面へ対峙すると、明彦と治胡が包囲するように横に回り込んだ。
    「さ、迎えに来ましたぇ」
     薄氷色の着物の裾を靡かせた伊織が交通標識を構え、傍で明日等とワタルも迎撃態勢を整えた刹那、咆哮をあげたスサノオが力強く地を蹴る。
    「いいっしょ。その空腹、闘争で満たしてあげるっすよ」
     ギィの目の前にいるのは人ではない。本能と衝動で動く獣――スサノオそのものだ。
     ならば、やることは何時もと同じ。
    「まずは、叩きのめすだけっす!」

    ●白の衝動
     迫り来るスサノオに肉薄したギィは、炎を纏わせた斬艦刀を素早く横に振う。
     スサノオは人とは思えぬしなやかさな動きで跳躍すると、鋭い銀爪を返した。
    「3回目だねツッチー先輩! 今つらいのを耐えきったら食べられるから! お腹ペコペコだろ!」
    「スサノオなんて食べても美味しくなくない? やっぱりこの寒い時期は、すかすかした白い炎よりもしっかり味のしみたおでんだよねー」
     前衛に不死鳥の加護を施しながら呼び掛けた戦は、狐者異の懐にそっと触れる。
     そこにあるのはおでん缶。樹斉もちらり缶を見せるものの、スサノオの勢いは弱まる所を知らず。
    「確実に止めてみせるわ」
     後方からの射撃に専念するように明日等が帯を伸ばし、回復と牽制を後方の仲間に委ねた明彦もまた、果敢に挑んでいく。
     銀爪を避けるように低く身を屈めると、強烈なアッパーカットを繰り出した。
    「闇堕ちは戦いの手段だから否定はしねーさ。ただ、こないだ戻して貰ったと思ったらソイツが居なくなっちまうのは、寂しいモンがある」
     その隙を見逃さず、横腹に距離を狭めた治胡がクロスグレイブを乱暴に旋回させて。
    「今回は俺が、オマエの在るべき場所に連れ帰る番だぜ! 康也!」
     そのまま後脚目掛けて、勢い良くフルスイング!
     一拍置いて前脚に張り付いた樹斉の鋭い蹴りが、スサノオの機動力を更に奪い取る。
    「槌屋の兄さんもがんばっとるんや。オレらも負けとらへんね」
     ――味方が倒れないように。
     ――そして、今は戦う相手の康也も、倒れることがないように。
     メディックの伊織が紫の羽衣を跳ね躍るように伸ばすと、ライドキャリバーのガゼルと共に仲間の壁となった高明も、満遍なく味方の守護を高めていく。
    『グルルルル』
     けれど、3度目となるスサノオもまた灼滅者の戦いを知っている。
     激しい炎の奔流が地面を舐めた刹那、火力と癒し手が集まる後列を容赦なく焼き払う。
     その炎は各々が高めていた力も、纏めて焼き尽くす威力だ……。
    「真っ向勝負は望むところっす」
     少しでも気勢を削ごうと回り込んだギィが斬艦刀に超ド級の一撃を乗せ、ツインテールを靡かせた明日等も、狙い定めるように帯をしならせ、鋭く伸ばす。
    「力いっぱい守るね!」
     同時に。天星弓の弦を引き絞った戦が、超感覚を呼び起こす矢をギィに向ける。
     灼滅者側もサポートを含めた癒し手が集まっている。抜かりはない。
    「槌屋センパイ起きて!」
     個の力はスサノオが勝っていても、互いに補う力は灼滅者が上だ。
     樹斉の指輪が煌めき、瞬時に放たれた弾丸がスサノオの右肩に風穴を開ける。
    「今です、畳み掛けましょう」
     天星弓の加護を得た明彦が槍の穂先に螺旋の捻りを加えて突き出し、攻撃を繋ぐように治胡が業を凍結する光の砲弾を撃ち放つ。
     スサノオに逃走する様子は見られない、あるのは激しい衝動だけだ。
    「ん~、まだ白が強めやね」
    「回復は俺達に任せて、スナイパーとクラッシャーは攻撃に専念してくれ」
     傷ついた味方を伊織が即座に癒し、過不足が出ないように高明も癒しの帯を伸ばす。
     着実に状態異常を重ねているものの、スサノオの白き炎は未だ衰えを知らない。

    ●鬩ぎ合う白と橙
     灰色狼のスサノオが纏う白き炎が深淵に揺らめく。
     けれど、橙の炎も衰えることなく、むしろ抗うように白に纏わりついていて。
    「何度目だろうと連れ戻して見せるわ!」
     3回目の闇堕ちであっても、明日等の助けたいという想いに変わりはない。
     背に感じるのは帰りを待ち侘びる仲間の息遣い。その人達を思い出させるように強気で呼び掛ける明日等の前で、斬艦刀を構え直したギィが駆け出す。
    「さあ、畏れ斬りと戦艦斬り、どちらがより凶悪か勝負っす」
     状態異常付与を樹斉に託し、ダメージの積み上げを狙ったギィが高く跳躍する。
     真っ向からスサノオの爪と打ち合わせるように斬艦刀を振り下ろすと、すぐに重い衝撃が腕に浸透して激しい火花が生じた。
    「危ないよって言っても、守るためなら行っちゃうところも先輩らしいな」
     激しい鍔迫り合いの中、戦は攻撃を繋ぐように流星の力を宿した飛び蹴りを見舞う。
     そしたらまた、何度だって連れ帰してみせると、伝えるように――。
    「守る、か。味方守りたい思うんやったらそん心も守らな」
     それが出来るのはスサノオの力ではない。炎を注視しながら伊織が半歩歩み出る。
    「あんたを大事に思うお人らの心を護れるんは、槌屋・康也、ゆう一人の人間としてのあんただけや」
     康也に向けて伊織が柔和な笑みを浮かべると、陣形の隙を埋めるように治胡が傍に立つ。
    「パニクって声聞え辛いよーだが、なァに、狼サンにはすぐ落ち着いて貰うから、待ってろ」
     態勢を整えようとスサノオが白き炎を燃え上がらせた刹那、治胡が強烈な威力を秘めた矢で瞬時に前脚を撃ち抜く。
     その軌跡を追うように間合いを狭めた明彦が、零距離から魔力の奔流を叩きつけた。
     スサノオが纏う白き炎の中、橙の炎が僅かに揺らいだ。
    「言ったよな、何度だって連れ戻してやるって」
     けれど、兄貴分というのは結局口実に過ぎないと、高明は薄く笑う。
     皆と同じで、ただ康也を失いたくないだけなのだ、と――。
    「お前は守れりゃ良いと思ってるようだけどな、自分に過去がねえから構わないってのは大間違いなんだよ。そう思ってんのはお前だけって事いい加減気づきやがれ!」
     珍しく感情的に言葉を捲し立てながら、高明はスサノオの足元に滑り込む。
    「気づいてねえなら痛い位分からせてやる」
     そのまま両手の鋼と刃を交差させると、スサノオの双眸が初めて苦悶で歪んだ。
    「そうね、多少強引でも目を覚ましてもらうわ」
    「僕も真っ向勝負で行くね」
     これ以上、彼自身のダークネスに支配されないように。
     槍を鋭く旋回させた明日等が冷気のつららを撃ち出し、牽制に専念して欲しいとギィに呼び掛けられた樹斉も、氷の軌道に流星の煌めきを宿した一閃を乗せる。
     もちろん、呼び掛けも忘れない。
     会話にならなくてもいい。自分達が助けに来たことを響かせるように。
    「ツッチー先輩も頑張ってる、だからきっと大丈夫!」
    「きっちり連れ戻して全員で帰ろうぜ」
     間近で見る橙色の炎は、白き炎を抑えることで一杯一杯にも見えて……。
     それでもなお、戦は康也の気力体力を信じて呼び続け、治胡も相手の挙動を見ながら炎を織り交ぜた。
    「あんたの求めえる強さはそこにはない、て知ってるはずや」
     傷ついた明日等に紫の羽衣を伸ばしながら伊織が声を掛け、高明も可能な限り想いをぶつけようと斬り込んでいく。
     大地に眠る畏れを纏ったスサノオが鬼気迫る斬撃を繰り出すものの、頬に十字傷を付けた治胡のウイングキャットが渋々とリングを光らせ、戦う味方を支えてくれた。
    「全力でダメージを与えていけば、必ずチャンスは生まれます」
     先の戦いで闇堕ちした仲間の中には、明彦の恋人もいる。
     明彦にとっても、恋人と似た状況の康也を助け出したいという想いは、とても強い。
    「かなり叩いたっすね」
     仲間の癒しを背に受けながら、ギィは不足分を補うように緋色のオーラを刀身に宿す。
     ――一閃。左脚を斬り裂かれて生命力を奪われたスサノオが、一瞬怯んだ時だった。
     白き炎に混ざる橙の炎が、一際大きく輝いたのは!
     
    ●躍動する橙
    「康也の守りたいモンは俺達だろ、そこンとこ忘れんな」
     後方で戦場を見渡していた治胡は躍動する橙の炎を見るや否や、即座に声を張り上げる。
     リンフォースと戦に守られながら態勢を整えていた明日等も、思わず瞳を瞬いた。
    「守ることだけが約束だったの? 守って皆で学園に戻ることじゃないの?」
     康也も一緒に学園に戻ってこそ、約束は果たされる。そう樹斉が穏やかに告げる。
     それに、それだけで帰ってこないのは寂しいし悲しいと樹斉は一瞬だけ瞼を伏せ、直ぐに見開くと儀礼用の大剣を握り直した。
    「約束果たす為にもこんな山奥に籠ってなく、闇なんかねじ伏せて帰って来て!」
     瞬時に距離を詰めた樹斉は高く跳躍し、重心を乗せるように超ド級の一撃を繰り出す。
    「槌屋さん、貴方は偉い。勝利の為に自分を犠牲にし、闇堕ちしつつも独りでずっとここで耐えてきた。貴方を助ける為に戦える事を俺は誇りに思う」
     明彦も康也の心が目覚め掛けていることを信じ、更に攻めに徹しながら呼び掛けて。
    「さあ、槌屋さん、スサノオの軛を断ち切って、仲間のいる武蔵坂学園に帰ろう!」
     ――何としても康也の心を呼び覚ます!
     樹斉と交差するように身を低く屈めた明彦は、雷を乗せた拳を渾身の力で叩きつける。
    「康也さん、学園の皆は康也さん達のお陰で無事に守られたっすよ。だから自分たちと一緒に帰って、安泰な学園の姿を見てほしいっす」
     己に絶対不敗の暗示をかけて肉体を活性化させながら、ギィも呼び掛ける。
     足掻くように咆哮したスサノオは、ギィの漆黒のスーツに銀閃を奔らせる、が。
    「大丈夫。誰も倒れさせん」
     伊織にとって、康也と高明は過去に依頼で同行して以来の知り合いだ。
     共に戦ったからこそ。そして2人が堕ちた時も知るからこそ、必ず帰ってくると信頼しており、揺るがない。
    「いくら傷ついても癒し手として治したる」
     伊織がゆるりと掲げた黄色標識が味方の傷と痛みを取り払い、耐性を高めていく。
     癒しと守護に後押しされた少年少女達は、橙の炎に――康也に向けて呼び掛けた。
    「康也さんだけでなく、私達も仲間を守らせて欲しいわ」
     少しでも正気に戻って貰えるように、明日等も戦いながら言葉を紡ぐ。
     終始、後方支援に徹していた桜花と透流も視線だけ交わすと、半歩前に踏み込んだ。
    「全く……。そんな力に頼らなくても、康也さんは今までに高明さんや私、色んな人達の事を守ってこれましたわよ?」
     一緒に戦ってきた自分が言うのだから間違いないと、桜花が諭すように告げる。
    「自分の力だけでなく、周りの皆さんと力を合わせた方がもっと多くの物を守れるのではありませんの?」
    「またお前は、そんな無茶をして、師匠に心配かけて。こんな所で、いつまで寝ぼけているつもりだ。とっとと目を覚ませ。帰るぞ、犬っころ!」
     高明を案じる康也の決断を、透流は否定できない。
     けれど、無理して戦う師匠の背中を見ると、やり場のない苛立ちが込み上げてきて。
    「あともう少しだからへばんなよ! 絶対助けるから!」
    「オマエなら戻ってくる、そう信じてるのさ」
     透流の叫びに唇を震わせた戦はビハインドの烽にも注意を促し、ネジマキピアスを煌めかせた治胡が炎を武器に乗せる。
    「橙の炎が増してはる」
    「了解、細心の注意を払っていくわ」
     伊織の報せに明日等は慎重にバスターライフルを構え、樹斉は更に呼び掛ける。
     眼前の白き炎は満身創痍。その中で燃え続ける橙の炎に向けて、少年少女達は叫ぶ。
     ――戻って来い。共に帰ろう、と。
    「さあ、スサノオには眠ってもらいやしょう」
     一気に距離を狭めたギィが斬艦刀に炎を乗せ、勢い良く脳天に叩きつける。
     しかしスサノオは倒れない。反撃に転じようと四肢に力を込めた刹那、横に回り込んだ明彦が右手の槍を強引に捻じ込んだ。
    「今です!」
     明彦が生み出した絶好のタイミングに、戦の足が無意識に駆け出す。
    「必ず引っ張りあげるから、こっちに手を伸ばし続けて! 一緒に学園に還ろう!」
     差し述べるように戦が繰り出した激しい蹴りが弧を描き、スサノオの鼻面を捉える。
     強烈な一撃にスサノオが仰け反った刹那、がら空きとなった懐に高明が滑り込んだ。
    「俺達はな、他でもないお前自身も守って貰いてえんだ」
     ――お前が守りたいものと一緒に、お前自身も守れ。
     ――自分すら守れないで、誰を守れるってんだ!
    「今此処で約束と願いを果たせ、スサノオからお前自身を守って、俺達を守ってみせろ!」
     あとは康也次第。
     高明は白き炎を打ち消すように、低い姿勢から鋭い斬撃を繰り出す。
     ――一閃。と同時に炎がふわりと消える。後に残るのは、見覚えある少年の姿だった。
     
    ●目覚めた炎
     少年が冷たい洞窟に片膝をつけると同時に、伊織の制止を振り切った高明が殴りつける。
     胸倉を掴んで立たせられた少年――康也が呆然とする中、高明は一方的に言葉を畳み掛けた。
    「お前は守れりゃ満足かもしれねえけどな、守られた挙句、お前を背負わされる側の気持ちを考えろ!」
     唇を震わせた高明は顔を伏せ、ボロボロの康也の胸におでん缶を強く押し付ける。
    「……何度もあんな思いさせんな、馬鹿野郎っ」
     兄貴分の顔は見えない。
     何となく察した康也は一拍置いて「ゴメン」と、一言だけ零す。
     そして、押し付けられたおでん缶に視線を戻し――ん?
    「スイーツ味?」
    「……ささやかな罰だ」
    「何がささやかだ! ぶっ飛ば――ぐえっ!」
    「ばか! 危ないっつっただろ! もうちょっと自分の身省みろ!」
     抗議したのも束の間。戦に背後からタックルを決められた康也は、大きく仰け反る。
     戦に泣きながらぽかすか殴られた康也は、困惑した顔で周りに助けを求める、が。
    「俺も缶おでん持ってきてみたが、食うだろ。何だったら――ってこの猫!」
     治胡がおでん缶を差し出した瞬間、目付きの悪いウイングキャットが横から掻っ攫う。
     無言で威嚇し合う治胡に透流と桜花は同時に笑みを洩らし、戦闘後とは思えぬ和やかな空気が包み込んだ。
    「お帰りなさいっす。まずは食事と行きたいところっすが……」
    「怪我人も多いし長居は危険だわ。少し休憩して山を降りた方が良さそうね」
     激戦の末、揃って満身創痍。余裕はない。
     ギィの視線に促された明日等が、サンドイッチを広げようか否か迷った時だった。
    「折角だし、スイーツ味おでん缶の感想だけでも聞きたいぜ」
    「山降りたらちゃんとしたおでん食べにいこー!」
     ワタルの悪戯めいた笑みと樹斉の弾む声が重なり、洞窟内に響き渡る。
     逃げ場を絶たれた康也は肩を落とすと、おでん缶を手に取った。
    「ったく、手間のかかる兄弟や」
    「何はともあれ、本当に良かった」
     恐る恐る口にする康也を伊織が笑い飛ばし、明彦も小さく苦笑すると宙を見上げる。
     本能と衝動だけなら、スサノオも負けていなかった。
     それに打ち勝てたのは康也の執着と、何よりも皆の言葉と思いが届いたからだ。
    「絶対ぶっ飛ばす。不味かったら倍返しでぶっ飛ばす」
     と、呪詛を吐くように愚痴りながらも、康也が平らげたのは、また別の話――。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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