硝子への旅路~紫瞳の痩鬼

    作者:菖蒲

     冬の厳しい寒さに色付く唇からは白い息が漏れた。
     雪の如き長い髪は乾いた風に大きく靡く。異形の如き腕が固い岩を撫で、唇は楽し気に綻んだ。
    「ねえ」
     呼びかける様に彼女は人好きする笑みで振り仰ぐ。
     人里へと降りてゆく彼女は草木に触れ、幸福そうに彼女は――『心』は、その場所へと降り立った。
    「李白」
     少女は楽し気に笑み溢す。幼い子供のような柔和な笑みと、大人びた影を背負いながら。
     呼びかけた少年の髪もまた、雪のように白く、狂気を宿した紅玉は嬉々とした色味を滲ませていた。
    「『おでかけ』はもう済んだのかしら?」
     ころころと笑みを零した彼女の声に小さな少年は大きく頷いた。
     どこか、落ち着き払った雰囲気の少年は彼自身の目的を果たしてきたのだという。
     それを『おでかけ』と称した心は彼の返した「ああ」の言葉に満足げに微笑みを溢す。
    「ここからは、お前に付いて行く。行こうぜ、心」
     視線は、こちらが上か。低くなった彼の視線を受け止める様に紫の瞳は楽し気に細められる。
    「クリスタル・ミラビリスか――どんなやつかわからないけど、話の通じる、楽しいやつだといいな!」
     そうね、と口の中で返して。瘦せぎすの少女は楽し気に空を見上げた。
     目指すは『統合元老院クリスタル・ミラビリス』――けれど、その前に近づく気配に心躍らせて。
     

     武蔵坂学園を護るべく闇に身を投じた御門・心(日溜まりの嘘・d13160)が群馬県の某所で見つかったのだとエクスブレインは言った。
    「それから、李白・御理(d02346)も一緒みたいなのよ」
     二人の目的は、統合元老院クリスタル・ミラビリスであるそうだが、情報の収集と勢力拡大を兼ねて『積極的に人類と敵対する気のないダークネス』達へと声を掛けようとしているそうだ。
     彼女たちは合流したばかり。まだ、取り巻きも居なければ勢力の拡大も行われていない。
    「今が狙い目だと思うの。今なら二人は人里を目指して移動している最中なのよ」
     赤城山から移動してきた御理と合流したばかり、群馬県の人気がない山麓よりゆっくりとした移動を開始しているところだ。
    「武蔵坂と敵対しないダークネス組織……そういうのがあれば、うれしいけれど」
     ――けれど、それとこれは違う。
     心は御理を伴い、組織を新設しようとしているのだ。それは何としても防がなければならない。
    「わたしは、心さんには心さんとして帰ってきてほしいって思ってるの」
     それは、闇に堕ちた彼女を戻すことが出来るとするならばこのタイミングしかないという強い響きが込められている。
     戦場に赴けば、こころと御理の両者を相手取ることになるだろう。別同伴の動きもあると不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は近く、説明を行っているであろうエクスブレインの事を考えた。
     心は偽善者だ。偽善者でありながら偽善を嫌う性質を持っているひどくアンバランスな少女だった。
     そんな彼女が闇に身を投じたとなれば、その性質は逆転する。
    「心さんは、偽善を偽善と認めることは強さだって言うの」
     それはあくまで自己の欲望なのかもしれない。それを受け入れられる――それはどれ程に強いことか。
     庇護欲を誘い強者を味方につけることも、弱さを克服したいと願うことも、それは全てが『強さ』だ。『こころ』の強さはその力に反映される。
     ――自分のしたいことが善かどうか。そんなことは気にしない。偽善と嘲笑われるならそれでいい。自分がそうだと思うならそうでいい。
     そんな想いや言葉に心はひどく揺さぶられる。その『強さ』が彼女はひどく好ましい。
    「だから、強さを力に変えて、皆で連れ戻してほしいの」
     心さんは。
     言いかけた言葉を選ぶように、真鶴はもう一度口を開いた。
    「心さんと、御理さんを連れ戻してほしいの。
     今、助けられなかったら最後になっちゃうかもしれない――それは、いやなの」
     ぎゅ、とブランケットを握りしめた真鶴は声を震わせ灼滅者達へと問い掛けた。
    「わたしは、弱くって、みんなにお願いする事しかできないの。
     あのね、皆の強さならきっと、心さんを連れ戻せるはずだから。どうか、どうか……全員で揃って『ただいま』って聞かせてね」


    参加者
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)
    白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    オリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)

    ■リプレイ


     草木はまだ眠りについていた。冬の寒さに溶け込む長い髪を揺らして痩鬼は笑み溢す。
     紅玉の瞳の小鬼と『教室で語らう友人同士』のように朗々と語らっている。冬の寒さを気にすることなく異形の腕をだらりと落とした心は静寂を乱すように複数人の足音が聞こえた事に大きな瞳を僅かに曇らせる。
    「誰か来たわ?」
     ころころと鈴鳴らすように言った少女は『統合元老院クリスタル・ミラビリス』へ辿り着く旅路の前に立ちはだかる存在を予期していたと小石を蹴った。
    「これでも見つけてくるのかよ」
     そうならないように。そう心がけても追いかけてくるのが灼滅者であろうか。
    「心? これからどうする?」
    「そうね、李白がいいなら寄り道をしましょう。旅には障害が付き物だわ」
     ふわりとワンピース揺らす痩鬼を、ちらと見つめた小鬼は雪の如く長い髪をふわりと揺らす。見上げる仕草を取った御理は黒袴を風に揺らし、ゆっくりとその手に良く馴染む刃に手をかけた。
     獄卒の呼ぶ声に反応したかの如く、幾千もの白重ね帯がうねり、影蜘蛛を呼び出した。
    「なぁ! どうせ俺たちの目的も予知されてんだろ! 見逃す気って――」
    「ありません」
     淡々と告げられた言葉。みこと、と彼を呼ぶ声は、確かな響きを宿していて。
     それを迎えと呼ぶには、二人の始まったばかりの旅路を邪魔する無粋なものだと心は唇を尖らせる。
    「こころ!」
     硝子の靴を僅かに鳴らし、地面を強く踏みしめたオリキア・アルムウェン(翡翠の欠片・d12809)は見慣れた姿に驚いたように林檎色の瞳を見開いた。その華奢な体には不似合な大きな異形の腕――その姿を痛ましいと感じたのはこの場所に彼女がいることを許容できないから。
    「心さん、迎えに来ました」
     白い息を吐き出しながら、言葉を選ぶように高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)は喉奥から声を震わせる。常に誰かの前では明るくと望んだ己が、今は何処か昏く沈んでいる。紫姫はそのことを自覚しながらも目の前に立った『同類』を見つめてゆっくりと瞳を細める。
    「だってさ、心。寄り道、するしかなさそうだぜ」
    「あら……お迎えなんて頼んでないわ? 私は目的の達成のためにだけ此処に居るのよ」
     紫苑の瞳に笑み乗せて、首傾いだ心は嘲る様に灼滅者と対面した。皮肉屋は強情だ――ある意味、それも心らしいと頭を掻いた狼幻・隼人(紅超特急・d11438)は困った様に肩を竦める。
     堕ちようがそうで無かろうが彼女は変わらない。寧ろ、口ではそうは言うものの、彼女らしいと思ってしまうのは何故だろうか。
    「ま、話位はしてみいへんか? わざわざこんな場所まで来たったんや。門前払いは酷過ぎへんか」
     隼人の言葉に首傾げ、痩身の鬼は白い蛇を思わす帯をずるりとその身から漂わせ、周辺へと一撃を放った。
     ――答えは、勿論ノーだった。


     放たれた一撃は心、御理のどちらをも取り巻く灼滅者を狙ったものだった。
    「おっと、全く……強情な生徒を持つと苦労しますね」 
     地面を踏みしめ、的確に相手を妨害せんと布陣する心とちらと視線を合わせただけで御理は理解していると布陣を崩さんと一撃放つ。
    「節分の鬼が二人。豆まきも終わりましたけど、いつまで角とか生やしちゃってんですかね?」
     すっぽりと顔を隠す黒い頭巾を被った霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)は黒いローブを冬風に揺らす。リア充爆破サバト『RB団』は冬の寒さにも鬼の怖さにも怯みはしない。
     心と御理を分断せんとまずはその間へと割って入る様に、オーラを揺らし、霧凪・玖韻(刻異・d05318)が飛び込んだ。
    「あなたも迎えにきたの?」
    「いや? 念の為に言っておくが、俺は救いや迎えに来たわけではない」
     玖韻の言葉に瞬いた心の眼前で金の髪を靡かせて、白波瀬・雅(光の戦士ピュアライト・d11197)が星の力を束ね、拳を固める。愛らしいかんばせが悲痛に歪み「心ちゃん」とその名を呼んだ。
    「迎えも、救いも全部聴きたくないって言うなら、小細工なしに真正面からぶつかるだけっす」
     渾身の一撃に、痩せぽっちの躰が軋む。僅かに苛立ったように顔上げた心が「痛いわ」と小さくぼやく。
    「ねえ、李白、どう思う? 偽善に満ち溢れた言葉なんかじゃ私達は救えない!」
    「それもそれで、あいつらには正しいんだろうぜ。だけど!」
     ぱん、と合わせた両手。乾いた音と共に向き直った御理は確りと灼滅者を見つめていた。
    「教えてやろうぜ、心! 俺達は、救いが必要な迷子なんかじゃねぇってさ!」
     彼の声と共に招いた風。吹き荒れたそれは迷い全てがないのだと感じさせるかのようだった。
     御理の癒しを受けて、息をついた心は口元に笑み乗せる。御理の贈り物――幾千の白が重なり合って紡ぐ縁は、今は灼滅者達に狙い定め、鋭く切り裂いた。
     まるでダンスを踊る様に、その身を逸らした雅は唇を引き結ぶ。マジピュアは弱音も吐かず、希望と勇気の光を胸に戦うのだと決めている。
    (「――マジピュアであることが、誰かを救う力になるはずだから!」)
     拳に込めた力と共に心と御理を引き離す様に身を投ず。その隙間へと滑り込んだ少女は現実世界は気怠げだと言う訳にはいかないと小さな背丈を懸命に伸ばした。
    「……えっと、わたしも、ジンギスカンさんも、まだ御門さんといっぱいおしゃべりとかしたい、です」
     たどたどしくも言葉を選んだアイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)に、ゆっくりと頷いたセレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)は柔らかに微笑んだ。
    「お迎えが要らないなんて、それはあなたの我儘でしょう?
     これが我儘だとしても、それでも私は――私達はそうしたいからそうする。ただ、それだけです」
    「そういうの、好きよ」
     偽善と偽悪と、我儘と意地の張り合い。
     だからこそ、アイスバーンは『こうしたい』と告げた。連携を裂くように心の躰を縫い止めて。
     ちら、と視線をやれば向こうには御理の姿が見える。「アイス」と呼んで、連携を気にするように顔上げたオリキアが小さく頷いた。
    「意地っ張りのこころ! とにかく一緒に帰ろうーっ!」
    「我儘を言うならそれを言うだけの『力』を見せるべきでしょう?」
     くす、と笑み溢した心の言葉にセレスティは小さく頷く。彼女の刃が心を縫い止めんと殺意を宿せば、気づいたように隼人が唇を歪める。
    「強さに興味があるってんなら、それこそ俺の強さになってもらうためにこいや!」
     挑発するように手招く彼に大きく頷くブレイブは「助太刀するでござる!」とまっすぐに心を見据えた。その関係が雪の結晶のように儚いというならば溶けぬようにより固めて見せようとセレスティは、ブレイブは声合わす。
     無事に戻ろうと望む了に、逃走を防ぐべく己と朔夜の『勝手な都合』で止めて見せると陽和は心を見据える。
     遠く、離れてしまった『連れ』へと視線を送った心の鼓膜を擽ったのは楽し気な笑い声。
    「御門のお嬢! 随分そちこちほっつき歩いていたじゃァありやせんか!」
    「一人、たのしー? アタシ、楽しくないって思う! こころんさん、あっそびましょー?」
     にい、と満面の笑み乗せて走り寄るファムを追いかけた娑婆蔵は意地の張り合いなら己の出番だと拳固める。
    (「楽しそうね、李白――なら、私だって」)
     彼がその気なら自分だって、寄り道は精一杯に楽しもうではないか。振るった一撃に応じる様に隼人は彼女を見据えた。


     生徒の我儘を諫めるのも『先生』の役目。刑一は、槍をくるりと回し向き直る。
     冷ややかな一撃に、心は体を逸らし「せんせい」と猫撫で声で彼を呼んだ。庇護欲を誘うのは才能だ――それは立場上、強者と呼ばれるに相応しい。
    「いやーはっはっは、頑張りすぎましたね、我が生徒よ。
     そっちの都合は知りませんからね、俺は俺のやりたいことをRB活動同様に貫き通すのみ!」
    「そういうの、好きよ」
     後方より心を逃がすまいと動き回る刑一に併せてアイスバーンが援護に入る。ジンギスカンさんと名を呼んでいつになく真剣な表情をした彼女は心へと向き直る。
     ぴょこりぴょこりと影が蠢き、その中心で羊長はどこか気怠げにふわりと揺れる。
    「御門さん、あの、御門さんとはもっと話したいことがあるんです。その、これは……全部、全部わたしの我儘ですけどね?」
     けれど、と声を震わせるアイスバーンと心の視線がかち合った。その唇が吊り上がり、狙い定めた彼女の前へと紫姫が飛び込んだ。
    「私は偽善者です」
     その言葉は――あまりに、突拍子もなくて。
     ぱちくりと瞬いて、心の笑みはさらに深くなる。否定するでもなく、肯定し、受け入れる。その行為のなんと素晴らしいことか!
    「私は――私の信じる善を行います」
     前進し、ぶつかり合った蹴撃。宙を舞った心の視界には白髪の少年が見える。『喧嘩』を楽しんでいるのだろう。
     喧騒の中で、「こころん」と呼ぶ鈴莉の声に意識を引き戻される。
     後方で、オリキアの背後に立っていた美波は白帯を揺らす心の姿をその闇色の両眼に映し追いかける。
     ――歪な関係であれど、傍に居たいのだと唯一無二は声震わせる。
    「戻ってきてよ」
    「ダメよ」
     このままじゃ、いやだよ――
     美波の呼び声に心は首をふるりと振る。その我儘は受け止められない。何より、上辺だけの偽善である可能性だってある。疑うわけではなく、只、決断を渋らせる存在は消し去りたいと彼女は唇を引き結んだ。
    「私は、寄り道以上の事はしないわ」
    「そうっすか。……それが心ちゃんの決意だっていうなら自分は自分の信念の儘いくっす!」
     地面を強く踏みしめて雅の拳に光が宿る。『光の戦士』の呼び名に相応しく、力を集めた彼女は、肉弾戦を得意とするように方向を転換した。
     一歩、後退する心の眼前に玖韻の影が迫りゆく。その視線の冷たさに背筋に奔った冷たさを振り払うように放たれた一撃が、玖韻の表情を歪ませた。
    「話をしよう。明確にお前に問いたいことが有る」
    「『撃退(サヨナラ)』する前に聞いてあげるわ」
     皮肉屋は唇に笑み乗せて、玖韻の瞳を覗き込む。まるで悪夢のようにぞろりと伸びた白帯は蛇を思わせ、途切れぬ糸のように彼女の躰を縫い止めている――その先で、彼は小さく息を吐いた。
    「好きも嫌いも理解はする。だが、偽善の何が問題なのか。俺には理解できない」
     ぴくりと、少女の肩が揺れた。
     偽善を嫌った偽善者であった御門心。そのこころと正反対に偽善を赦し偽善を愛する偽善者である『心』は玖韻の問い掛けに身を固くする。
    「偽善と我儘の違いはボクには分からないよ。こころ。
     でも、一緒に帰りたいって思う我儘はここにあるんだ。キミと過ごしてきた時間までは否定させない!」
     オリキアが声を張り、前線へと癒しを分ける。雅おねえちゃんと呼んだその声に反応したように雅が顔をあげ、息を吐いた。
    「ッ―――楽しい時間、自分達と過ごすっす、心ちゃん!」
     前線に飛び込んだ雅を援護してアイスバーンが『ジンギスカンさん』を前線へと派遣する。続く、セレスティは祈る様に影を揺らし、肩を竦めた。
    「楽しい時間は、これからも続きますよ、心さん。
     部員を連れ戻したいという我儘も、仮面をつけたツンデレさんが寂しそうにしているのも、同じ線上にいた部員さんが気にしていることも……それも全部私の自分勝手で偽善に満ちた行為かもしれません」
     華奢な指先がクルセイドソードをゆっくりと握りしめる。月色の髪を揺らして、後方で癒しを送るセレスティは色付く唇に笑み乗せる。
    「でも、これは偽善でも偽悪でもなく――只、単なる『想い』なんです」
     それは、誰にも否定させない。


    「生徒よ、ぶっちゃけて言いますがね、偽善なんて人の気の持ち方なんですよ」
     悪人のようにふるまって見せると刑一がリア充を爆破するように後方より『たくさんの人に愛され迎えに来てもらえる心』を狙う。広義で言えば彼女もリア充、爆発させる対象と設定する事も出来る。
    「ここで生徒を爆破させれば先生はもれなく『偽悪』ですかね」
    「楽しいことを言うのね」
     くすくすと、いつもの如く語らって心は地面を蹴る。縛り付ける様に動きを阻害し、堅牢なる守りを固める灼滅者達の『弱さ』を否定する如く刃が風を切る。
    「私は強者には我儘と偽善を通すことが出来ると知っているわ。
     そして、弱者は守らなくてはならない――この世界は決して平等ではないのだから」
     飛び込む心の体を紫姫は受け止めた。顔をあげる紫姫は悟る、この心は同じなのだと。
     割り切った自分と、ダークネスの彼女はよく似ている。偽善を厭うことなく偽悪を愛することもなく、只、それがそうであることを知っている。

    「だから、私は――偽善(よわきをまもる)をして見せる。邪魔よッ」

     苛立ったように声音を荒げる心に紫姫が奥歯を噛みしめた。獣の尻尾を揺らす様に身を反転し、彼女は「心さん」と彼女を呼ぶ。
    「心さんの思う善が何かはわからないし、私の選択が正しいのかわからない。
     私の我儘が強者のものであるなら、それでいいんです」
     眼前の心に体が吹き飛ばされる感覚がする。欲張りだと笑った鈴莉は全てを拒絶するように吹き荒れる風の中、肩を竦めた。
    「こころんはさ、欲張りで、一度手にしたら離そうとしないで……そんな生き方するんなら、今取るべきは一つでしょ?」
    「そういう思想だって素敵なんですけどねー、でも、心さんに戻ってきてほしい派勢力が強いみたいですよ?」
     くすくすと笑う夕月。周囲を警戒するアヅマは御理の『喧嘩』の動向を見守っている。
     柚羽は迎えに来てくれた恩があるのだと、鈴莉の言う『欲張り』は自分たちにだって適応されるのだと丸い瞳を細める。
    「ほら、ただアナタがいて、アナタが周囲のみんなとふざけて笑っている姿――それを見ていたんです」
     偽善だと迷い悩んで、全ての選択をそのピースを並べて選び取る。そんな生き方が何よりも素晴らしくて、何よりも必要で。
     拒絶するように「貴方達には惑わされない」と強く声を発した心の眼前へ、飛び込む隼人が唇を釣り上げる。
    「借りを返しに来たんや。
     こうして追い詰められてるんはふろこんに所属しとったんが運の尽きやって思い。
     今回は部長自ら出馬やさかいな。……ま、部長もこないだまで堕ちとったんやけど」
     冗句めかした隼人にセレスティが「もう」と小さく笑みを溢す。
     この平穏が何よりも愛おしくて、この平穏が何よりも欲しいから。

    「貴女が堕ちてもどうなっても、美波はずっと傍に居るよ」

     心といるすべての時間がいとおしい。美波は声を震わせる。
     心の傍に居るためならこの命だって擲ってもいい。前線で戦うことが叶わないなら、その声だけでも。
    「こころ」
     呼ぶ声に、首を振った心が美波の姿を両眼に映し、「惑わない」と幾重にも己を縛り付ける鎖のように『言葉』を発する。
    「とーう! 弁慶の泣き所切り! 手間のかかる生徒ですね」
     声を張り上げた刑一に、玖韻は肩を竦めた。本当に、手間のかかる少女だった。
    「人の行動は善悪で二分化できるものではない。
     虚栄心や自己満足を一切含まない良心的行動と言うものが存在し得るなら、
     ……その発生源に『心』と呼べるものはないだろうな」
     ぴく、と心の肩が揺れる。揺らいでいるのだと紫姫には認識でした。
     その発生に『心』がないのなら、誰かが偽善と偽悪を分別するか。
     分からないと首振る彼女から受けた戒めと解き放つとオリキアが癒しを吹かす。
    「強情だね! こころん、ボク達と我慢比べをしたってきっと、ボク達の勝ちだよ」
     オリキアの癒しを受けて、前線へと飛び込む雅は拳に力を籠める。
     満足させることが出来ないなら意地でも戻して見せる。
     話はこれからだ――彼女が彼女であるためなら、ぶん殴っても『救って見せる』
    「友達を助けるためなら自分は迷いは無いっす。
     誰が何と言おうと―――自分は手を伸ばし続けるっすよ!」
     だから、その拳は光を帯びて、一撃を放った。
     おかえりなさいを言うために。伸びた帯が幾重にも巻き付いて、彼女の躰を隠してゆく。
     そして、沈黙するように少女の躰は硬い土へと横たわった。


    「こころ」
     ゆっくりと近寄り手を伸ばした美波の黒い瞳が滲んで見える。
     茫と見上げた心は眠たがる猫のように瞬きを繰り返す。その姿に安堵しへたり込んだアイスバーンは「えと、」と小さく呟いた。
    「あの、おかえりなさいませ、えっと……心さん」
     名を呼んで、視線をあちらこちらへとチラつかせるアイスバーンの隣でオリキアがくすくすと笑う。
    「アイスもボクもめいっぱい心配したんだからね」
    「目ぇさめたか?
     ほら、包帯巻き直して服もちゃんとして、学園に帰るで
     次のリベレイターの相手は会いたがっとったクリスタル・ミラビリスや」
     部長も『ツンデレ』も心配してると冗句めかす隼人の言葉に僅かに視線を揺らめかせた心の唇はクリスタル・ミラビリスと小さく動く。
     喧騒はまだ続く、まだ彼は戦っているのだろうかと脳裏に過った考えもすぐに失せた。
     きっと、彼も自分も『上手くやる』――大丈夫だと背を任せたのだから。
    「……寄り道も、悪くないかもしれないですね」
     なんて、と笑みを漏らし小さく呟いた心はゆっくりと目蓋を伏せて変わる空色を想った。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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