●山道にて
「よっ、ほっ」
サクリ、サクリと足音を立てて、少年は霜の残った土の上を選んで踏んでいた。
足取りに合わせて揺れる腰までの長い白髪から、左右二対の四ツ角が伸びている。
「ねえ」
その楽しげな足取りが、呼びかけられて、ふと止まる。
「李白」
少年の名を呼ぶのは、こちらも雪の如き長い白髪と二ツ角を持つ少女だった。
「『おでかけ』はもう済んだのかしら?」
ころころと笑みを零し問う少女の視線が、自由になった両手に向けられているのを感じて、少年は笑みを浮かべる。
少し前まで、その両手にはいっぱいの花を抱えていた。
手向けにしたそれは、今頃は赤城に吹く冬の空っ風が舞い上げてるだろうか。
それで充分。ほんの数日、兄弟の様だった彼らは、きっと湿っぽいのは似合わない。
「ああ」
だから少年は大きく頷いて、先に人里に続く路に出ていた少女の隣へ降り立つ。
「ここからは、お前に付いて行く。行こうぜ、心」
赤い瞳で紫の瞳を真っ直ぐ見上げて告げる。
「クリスタル・ミラビリスか――どんなやつかわからないけど、話の通じる、楽しいやつだといいな!」
●二鬼の行方
「見つかったわ。彼と、もう1人」
夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)が集まった灼滅者達に告げる。
彼とは、先日の爵位級ヴァンパイアとの防衛戦で闇堕ちした、李白・御理(玩具解体者・d02346)の事。
もう1人は同じく防衛戦の中で闇堕ちした、御門・心(日溜まりの嘘・d13160)。
「今、2人は一緒に行動しているわ。御理さんは心さんの『灼滅者と対立せずにダークネスの居場所を作る』と言う計画に共感して、同行しているみたい」
その為に2人が目指しているのは、統合元老院クリスタル・ミラビリスとの接触。
その情報集めと勢力拡大を兼ねて『積極的に人類と敵対する気のないダークネス』達へと声を掛けようともしているそうだ。
「今なら、まだ2人が合流したばかりよ」
2人は群馬県の人気がない山麓から、人里を目指してゆっくりと移動し始めている。
今の世界状況で、2人に賛同するダークネスがどれ程いるか判らない。が、今が勢力拡大される前に2人を取り戻すチャンスであろう。
「勢力拡大は、御理さん――羅刹『李白』も乗り気よ。心さんに共感したからだけでなく、その前から、仲間を増やす事に関心を持っていたみたいだから」
李白には、かつて赤城山の羅刹の村で過ごした時期がある。
闇堕ちし李白となってから羅刹佰鬼陣の戦いまでの、ほんの短い期間の事だが。
「その記憶からかしら。村の羅刹達を兄弟の様に感じているみたいなの」
それが仲間を増やす事への関心となっていたようだ。
「記憶について、もう1つ。李白は御理さんの記憶からこちらの事も学習しているわ」
下手に悪事を行うのは、自ら灼滅者の、武蔵坂の予知に引っかかるようなもので、危険で何の得にもならないと。
だがそれは、無闇に事件を起こさない、と言うだけ。
「避けられない戦いなら、逃げる気はなさそうよ」
同じ戦うなら、そこに楽しさを見出そうとするくらいには。
「李白の武器は主に刀。それと風ね。気を使った癒しもあるわ。それと、能力面で弱点と言える程の点はなさそうね」
性格面も落ち着いていて、自信に満ちている。
「李白は、クリスタル・ミラビリスに接触できないとか、出来ても話が合わないとか、計画が上手く行かなかった場合の事も少し考えているみたいよ」
持ち得る記憶から学習し、先の事にも考えを巡らす。
これと言った隙が見当たらない上に、頭も回る。
言動と見た目こそ無邪気な小鬼と言った風だが、そんな容易い相手ではない。
予知で見つかった後なら、周囲の一般人を利用しないとも言い切れない。何らかの対策を取っておいた方が良いだろう。
「そちらは、今、摩利矢さんが人を集めてるから、任せて良いと思うわ。皆は、李白との戦いに集中して」
明確な目的がある相手だ。倒すにせよ救うにせよ、簡単ではない。
「闇堕ちから救えるのは、恐らく今回が最後の機会になるわ。――皆が2人と一緒に帰ってくるのを待ってるわね」
参加者 | |
---|---|
御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806) |
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504) |
テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905) |
丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614) |
エリス・メルセデス(泡沫人魚・d22996) |
アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721) |
御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264) |
●
まだ冬の冷たさを残す風が2人の鬼の白髪が揺らし、多くの足音を届ける。
「誰か来たわ?」
ころころと鈴鳴らすように言って小石を蹴った痩鬼の少女の隣で、もう1人の小鬼――李白は呆気に取られたように赤い瞳を丸くさせた。
「これでも見つけて来るのかよ」
こうならないように動いたつもりだったのに。
だが、その言葉とは裏腹に、李白の声に残念そうな響きは無かった。
「心? これからどうする?」
「そうね、李白がいいなら寄り道をしましょう。旅には障害が付き物だわ」
ふわりとワンピース揺らす痩鬼の答えに、李白は小さく頷いて視線を前に向けた。
視界の端で白がうねり影が形を為すのを感じながら、腰の刀に手をかける。
鍔を押して鯉口を切る。
「なぁ! どうせ俺達の目的も予知されてんだろ! 見逃す気って――」
「ありません」
小鬼の上げた声を、それと比べれば小さけれどはっきりとしたエリス・メルセデス(泡沫人魚・d22996)の声が遮った。
恋人と恩人の面影を残す、けれども2人ではない鬼達に、日頃控えめな少女はその青灰の瞳を真っ直ぐ向ける。
「……寒い格好だね……みこと……みんな……帰りを待ってるよ……」
「心もな。2人とも、ここで必ず救出しようぞ!」
アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)は無表情のまま御理を気遣う言葉を告げ、御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)は怨霊と鎧を纏う武者に姿を変える。
「だってさ、心。寄り道、するしかなさそうだぜ」
「あら……お迎えなんて頼んでないわ? 私は目的の達成のためにだけ此処に居るのよ」
切った鯉口はそのまま、李白は笑み乗せた紫苑の瞳と横目で視線を交わす。
(「あの時も、彼はきっとこんな風に笑って応じたのでしょう」)
無邪気に笑うその姿に、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)は胸中で呟いていた。
笑って許して、笑って応じる。それは、まるで――。
「ま、話位はしてみいへんか? わざわざこんな場所まで来たったんや。門前払いは酷過ぎへんか」
赤いバンダナを巻いた少年の言葉に、痩鬼の少女は首を傾げるばかり。
答えはなく、白い蛇を思わす帯がずるりと動く。
次の瞬間、それは灼滅者達を纏めて薙ぎ払った。
●
「そっちがその気なら、遠慮なし!」
痩鬼の一撃から仲間を庇ったテレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)が、握った拳に雷気を纏わせる。
「闇堕ちしたら首の骨を折ってでも説得して連れて帰ると約束したな!! 今が、その約束の時だしねぇぇぇぇ!!!」
白いオープントゥで地を蹴って飛び出した後に、霊犬のサヴィが続く。
そして、鋭く荒く疾い暴風の刃が1人と1匹を立て続けに吹き飛ばした。
獄卒を呼ぶ声のような風音は、その後から聞こえた。
「さすがに首の骨折られるのは痛そうだから、勘弁だぜ!」
再び鞘に刀を納めながら、小鬼が言い放つ。
「早急に分断する必要がありますね」
白蛇の帯がつけた傷は構わず、神凪・燐(伊邪那美・d06868)が黒鉄の輝きを放つ剣を手に地を蹴って飛び出す。
「ふっ」
「おっと」
低い姿勢からの斬撃は、しかし跳んで下がった李白の黒袴の裾をかするのみ。
「おぉっ!?」
間を置かず、李白の視界が一色に染まる。
(「彼が後ろにいる時、どこかの敵にこんな事したかもしれないなぁ」)
番傘を李白の眼前に広げた側の丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)が思っていたの同じ様なことは、李白も感じていた。
「御理の記憶で、見覚えあるぜ!」
「そうだろうな。長い付き合いになったものだ」
傘の向こうから聞こえた李白の声に、小次郎は淡々と返す。
だからこそ、同じ使い方はしない。
「っ!!」
傘を内側から突き破った絡繰人形の貫手で、白髪が数本舞い散る。
驚きつつもギリギリで仰け反って避けた李白は、そのままバク転の要領で距離を――その体が、突如ぐるんと回る。
「!?」
揺れる李白の視界に映ったのは、誰かが飛ばした夜霧を纏い、夜闇より濃い黒を翻している御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)の姿。
人型の悪夢の足が、小鬼の手を払っていた。
「やっぱ、やるなぁっ!」
それでも立った李白は、鞠音が弦を爪弾き放った音の衝撃を抜刀で斬り散らし、返す刀でアリスの振るう刀を迎え撃つ。
ギィンッ!
二つの刃がぶつかって弾かれたそこに飛び込むのは、鎧武者――百々。
「ぐぅっ!」
鎧具足の重たい蹴りの衝撃を後ろに跳んで逃がした李白の耳に、「痛いわ」と言う小さな声が届く。
声の方を見やれば、赤と紫の瞳が合った。
「ねえ、李白、どう思う? 偽善に満ち溢れた言葉なんかじゃ私達は救えない!」
「それもそれで、あいつらには正しいんだろうぜ。だけど!」
痩鬼の声に迷わず答えて、李白は柏手を打つようにパンと両手を合わせる。
「教えてやろうぜ、心! 俺達は、救いが必要な迷子なんかじゃねぇと!」
終着点が見えずとも、旅路に迷いはない。
招いた風は背中を押すように、李白と心の間を力強く吹き抜けて、癒していく。
それに応えるように、心が操る幾千の白。重なり合って紡ぐ縁は、エリスが語ったばかりの温かな怪談を引き裂くかの様に、灼滅者達を斬り裂いて。
だが――そこまでだった。
「双調、空凛。支援は任せます」
義弟と義妹が黄光と音色で応えるのを背中に感じ、燐は間合いを詰めながら冥福と賛嘆を連ねた聖布を撃ち込んでいく。
避けられてもいい。下がらせる手数になれば。
もう1つの班も、もう1人の鬼を逆方向に押していく。
そして――もうしばしをかけて、鬼2人を分断が成った。
「ったく。ここまでされたら、お前達を全力で倒すしかないじゃないか!」
無邪気な笑みは変わらず、李白が向ける闘気の質だけが変わる。
「……貴方を見て、笑顔を見て、綺麗で、友達になりたいと思いました」
それに気づいても表情を変えず、鞠音は告げた。
「ゆえに、貴方のことを我が友、李白としましょう。彼の友鞠音、勝つために手加減なし。我が友李白、これは友達喧嘩です」
「へぇ。喧嘩か!」
「お前の目的には結構興味があったりするんだが、それはそれ。夕焼けの河川敷が似合う感じで、殴り合おうぜ」
握った拳を無造作に突き出して、白焔も告げる。
「そうか、喧嘩か! ――ハハッ、アハハハハッ!」
2人の言葉に、李白の口から本当に楽しそうな笑い声が上がる。
(「悪いな、心。楽しくなって来ちまった。だって喧嘩じゃ、仕方ないだろ!」)
もう遠くなった旅の連れに胸中で詫びて。
「こんな時は、こう言うか! 誰に喧嘩を売ったのか、教えてやる!ってよ」
李白は笑って言い放ち、力強く地を蹴った。
●
ギィィィンッ!
破邪の輝きを纏った黒鉄の剣と、鋼の刃がぶつかり合う。
「御理さん、貴方には待っている人がいるでしょう? 自分の理想を追う前に、まず周りをみてください」
鍔迫り合いを上から押し込みながら、燐は言葉をかける。
「灼滅者としての御理さんを必要としている人が居ますよ? まずは足を止めて、皆の所に戻ってみませんか?」
「いやだね! 俺達、旅を始めたばかりなんだぜ!」
小柄な体に見合わぬ膂力で強引に剣を押し返し、李白は刀を振り下ろす。
ギィィィンッ!
燐を斬り、すぐに翻った刀を止めたのは虚空に浮かんだ刀。
百々が語る七不思議――人斬りの太刀。
「おお! 何だこれ、面白いな!」
空を舞い斬りかかる妖刀と、李白は楽しそうに切り結ぶ。
「旅を続けてなんとする。灼滅者とダークネスの共存なぞあり得ぬ。夢想は捨てて、こちらへと戻るのだ」
「やなこった!」
妖刀を操りながら言い放つ百々に、李白は迷いなく言い返す。
「あり得ない? 俺は知ってるぜ。その可能性!」
一閃、振り下ろした刀が妖刀を斬り砕く。
「お前達なら、判ってくれるんじゃねえか?」
(「……うん? あの村をそこまで。本当にそこが切欠なのか?」)
唐突に向けられた視線と言葉に、包囲の一角を埋めていた渡里は内心で首を傾げる。
「さてな? 水先案内の女なら、頷いたかもしれんが」
小次郎は特に表情を変えず、淡々と返していた。
「生憎、少し離れている。故郷で供養してくれた君は、殴れないとさ」
「へぇ。なんか丸くなったか」
「でもないな。まだ、油断すると乱暴な扱いをされるぞ」
「こんな風にか?」
言うなり、上段に刃を構えて小鬼が跳びかかる。
今の長くない会話の間に、小次郎の背中には銘子が矢を立てていた。
研ぎ澄まされた感覚は、振り下ろされる刃の先を行く。飛将の愛馬と同じ名を持つ高下駄が、李白を蹴り飛ばした。
「ぐっ……避ける気なしか!」
だが、蹴られながら李白は一刀、振り切っていた。
そうなるのは判って、小次郎はそれでも蹴ったのだ。
まるであの時の夏の山のような、この時。なればこそ、あの時からずっと返さなければと思っていた恩を返す為に、血を流すことを厭わない。
「……共存……それがりはくの夢?」
「ま、そんなとこかもな! っと」
蹴られた顎をさすり下がる李白を追って、アリスが金色を翻し跳ぶ。
「……みことにも……大きな夢があるの……」
「っ……医者、だろ」
猫の様なしなやかな跳躍で、アリスは李白に軽々と着いて回る。
「……そのために……やることたくさんあるんだよ……こんな所で……りはくに構ってる……暇はないの……」
「やることなら、俺だって。戻るのが遅いと、心に遅いって言われちまいそうだし!」
振り下ろされた獣化した腕は避けきれないと踏んだ李白は、逆に頭から突っ込んだ。
狼の様に鋭い爪が、四ツ角に当たり鈍い音を立てる。
「え~~??」
そこに上がる、別の声。
「なんかそっちで羅刹の仲間同士で群れても、ちょっと見た目やばくない?」
その傍らに霊犬の姿は既に無くとも、テレシーのペースは崩れない。
「そーんなの果たして楽しいのかな~? 戻っておいでよ~。こ~んなにもえもえぷりてぃ可愛いテレスィーがいるんだぜ?」
「……自分で言っちゃう?」
「テレシーさん、はこういうシリアスな状況、いつも笑っていますが。笑うコツ、ありますか?」
「いや……これでも真面目顔の……つもりで……」
李白につっこまれ、鞠音に賞賛混じりに問われて、流石にテレシーも少しバツが悪そうに返す。
「失礼野暮だったよ、ここは彼女の出番かな?」
「え? ひゃ、はい。えと、えと……」
そんな空気をふっと笑い飛ばしたテレシーに振られ、エリスの手から癒しの矢が毀れ落ちそうになる。
この流れでいきなり出番と振られても、慌てると言うものだ。
「消えるなら義理と未練は清算していくべきだ」
そこに口を開いて助け舟を出したのは、白焔。
「他の誰かの中に澱になって残るような真似するもんじゃない。それは道連れに殺しているのと何ら変わりない。柵とはそういうものだ」
淡々と言いながら、一気に李白との間合いを詰める。
「理解しろ。縁が残る限り、消え去るも、変わり果てるも、死を撒くのと同義だと」
諭すように言いながら、巨大な十字架を振り回し、その中に蹴りを折混ぜていく。
「エリスさん、後ろに居ても、一番声が届くのは、貴方です」
そう言い残し、鞠音は十字架と蹴りの多段攻撃を捌ききれずに吹っ飛ばされた李白に跳びかかり、チャイナドレスを翻し追い討ちで闇色のブーツを叩き込む。
(「ありがとう、ございます……でも、大丈夫」)
どうしても伝えたい事は、既に決まっている。
だからエリスは、仲間を癒し続ける。そうすることが、伝えたい事を伝える機会に繋がると信じて。
●
キッ――キィンッ!
立て続けに納刀の鍔なりが、小さく響く。
「くっ……」
「覚えてろよ……ちくしょー」
居合いの刃に斬られて、燐とテレシーがそのまま倒れ伏した。
「やっと、2人か……しぶといぜ、ホント」
李白の声にも、流石に疲れの色が滲んでいる。
「一息吐く間など、あると思うな!」
だから、畳み掛ける。百々は、何度だろうと妖刀を語る。
折れてもまた現れてこそ、妖刀ではないか。
「羅刹の仲間以上にたくさんいる、灼滅者の仲間の事を思い出せ!」
「羅刹だけを仲間にするとは言ってない! し!」
虚空を舞う妖刀と、再び切り結ぶ李白。
「行ってもまた居場所は無くなるぞ。意味は、分かるよな?」
その背中に、渡里が短く告げる。
「え? もしかして、アレ撃ったのか?」
「だから行かせるわけには行かぬのだ!」
その言葉の意味に気づいて赤瞳を瞬かせる李白の隙を逃さず、百々が鎧具足の重たい蹴りを叩き込んだ。
「……もう三押し、は必要か」
「白焔さん……二人の動きなら、やってみせましょうか」
鞠音の提案に、白焔は黙って頷いて。2人同時に地を蹴って左右に飛び出した。
左右からの同時攻撃―-そう思っていなかったのは、1人だけだったろう。
直前で、一気に加速して1人間合いを詰める白焔。
「ぐぁっ!」
最速の飛び出しからの地を這うほどに低い蹴撃が、李白の脚を痛烈に打ちミシリと音を立てる。
更にバランスを崩した所に鞠音の闇色のブーツの爪先が、突き刺さった。
「かはっ……き、効くなぁ」
衝撃で呼吸が乱れ、喘ぐように息しながら、李白は刀を鞘に納める。
「……みことがくれた……この刀で……その角ごと……みことの闇を……斬り裂く」
それを見て、アリスも同じように刀を鞘に納める。
同じ金髪、瓜二つの顔を持つ少女が燻らす黒煙を纏ってアリスが飛び出せば、李白も同時に地を蹴った。
ほとんど同時に、刀を鞘走らせる。
暗き鋼の刃よりも白く済んだ刃紋が一瞬早く閃いたのは、この刀の輝きを曇らせないように積んだ研鑽あってのもの。
だが、速さで勝っても膂力が違う。入った刃の深さは別だ。
謡が施していた包帯すら断ち切られたアリスから、李白のそれを超える量の赤が噴出し流石に膝をつく。
「少年。時間を稼がせてもらうとするぞ」
胸から血を流しても刀を手に駆ける李白の足を、小次郎が立ち止まらせる。
既に着流しも血塗れで立つ姿に何かを感じ、李白は再び刀を鞘に納めた。
「なあ、少年。君は俺を師と持ち上げてくれるが。俺はいつも君から教わるばかりだ」
既に巻かれた帯の上から、祝詞が連なる帯を巻き付けながら、小次郎は告げる。
これでも、足りないと判っていても淡々と。
「人の心の在り方や、自分一人の無力さ。俺が教えられる事は数少なかったが……今日は二つ、教えられそうだ」
避けずに受け止めた刃は、纏う全てを斬り裂いて腹から背中へ。
「冬の山では厚着をすること。もう一つ、惚れた女を放っておくものじゃあない」
全身から力が抜けていくような感覚の中、小次郎は告げて李白の方へと倒れる。
絶え絶えに倒れこむ体を押し退けた李白の赤瞳が、エリスの視線と交わった。
「いつも、御理に「手」を貸してくれて、ありがとうございます」
赤い瞳を真っ直ぐ見据えて、告げる感謝。
本当は、少し彼に嫉妬も感じていたけれど。
「でも、お願いします。私、守られるだけでなく、御理を守れるくらい、強くなりますから。御理と、もっと一緒にいたいんです」
「……見せてみろよ。それが出来なきゃ、俺はお前も斬って進むぞ」
滲みそうになった瞼を落として、開き直す。
刀を鞘に納めて構える李白。その周りを、戦い続けた仲間が囲んでいる。
今まで通り仲間を癒し続けても、まだ勝機はあるだろう。
だけれど。
ああ言っておいて、ああ言われておいて。引き下がる程、決意は軽くない。
エリスの口が、奇譚を紡ぐ。
人魚の少女が思い描いたのは、彼女にとってのヒーロー。
巨大な拳を掲げ、背中にロップイヤーを揺らす人影が、李白に向かっていく。
鞘走った刃と奇譚の拳がぶつかり――。
「お願い――いかないで」
強くなりたいと願っても、すぐに強くはなれない。
それでも、願いが力になる時もあるのだ。
必死に告げた願いに押されるようにして、奇譚の影が小鬼を叩き伏せていた。
「ちぇっ。また負けたか。……けどまぁ、楽しい喧嘩だったぜ!」
戦う前からずっと変わらない無邪気な笑みを浮かべて。
仰向けに倒れる鬼の頭から白が抜け落ち黒になり、四ツ角もなりを潜めていく。
今度こそ視界が滲むのを止められず、満足に見えていなかったけれど。エリスは真っ直ぐ駆け寄って、いつもの背丈に戻った体に抱きついていた。
「……みこと……お帰り……大切な人……泣かせちゃ……めっ……だよ……」
その光景を優しく見つめ、満足気に語りかけると、アリスはふらふらと立ち上がる。袖を引く瓜二つの少女に頷いて、その場を後にし始めた。
雲間から光が差す。
辺りは、先ほどまでの戦いが嘘のような静寂が満ちていた。
もう1つの戦いも、終わっているのだろう。
結果を確かめるまでもない。互いに信頼して、任せたのだから。
作者:泰月 |
重傷:丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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