慈愛なる夢の果てに

    作者:西宮チヒロ

    ●無慈悲な王
     終ぞ大将軍アガメムノンが、歓喜のデスギガスが、そして赤の王タロットが消え去った。
     嘗ての同胞であり敵対した相手の終末に、想うこともあったのかもしれない。けれどコルネリウスはただ口を噤んだまま、シャドウ大戦にて基地として利用していたソウルボードへと再び戻ってきていた。
     ――四散したシャドウたちを、呼び集めなければ。
     ひとつ息を零し、伏し目がちの瞳のまま顔を上げる。これからどうなるかは解らない。それでも、四大シャドウのひとりとして、同胞に道を示さねばならない。
     双眸を閉じ、胸に手を添える。呼び起こすは、内に在る膨大なシャドウの力。
    「っ……!?」
     瞬間、景色が、いやソウルボードそのものが歪んだ。
     内から解放され始めていた力が見る間に抜けてゆき、堪らずコルネリウスは膝から崩れ落ちた。留めようとしても無力であった。否応なしに力は奪われ、それに呼応するかのようにソウルボードも歪みを増していく。
    「まさか……消失した赤の王の力の代わりに、私の力を吸収しようと……!?」
     幼さを残す瞳に、僅かな動揺が浮かぶ。
     シャドウをソウルボードへと導いたのは、他の誰でもない『赤の王タロット』。その王が滅んだ今、この力はソウルボードにとって異物と見なされてもおかしくはない。
    「……」
     既に、ここから脱出するだけの力も残されていない。己の力によって崩落の一途を辿り始めた世界を見つめながら、慈愛の娘は唇を固く結んだ。
     
    ●慈愛の姫
     サイキック・リベレイターの残効果により、垣間見えた未来。
     それを語り終えると、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)は一度、集った灼滅者たちを見渡した。
    「これは多分、ですけど……。赤の王が灼滅されたことで、融合していたソウルボードに大きな欠損が生まれて……それでそれを埋めようと、ソウルボードが彼女たちの力を吸収しようとしてるんだと思います」
     慈愛のコルネリウスと、贖罪のオルフェウス。
     このまま行くと彼女たちはソウルボードに力をすべて奪われ、消滅する――そうはっきりと告げながらも、「でも」と娘は言葉を繋ぐ。
    「このまま彼女たちが完全にソウルボードと融合してしまうと、何か……悪いことが起きる可能性もあります」
     歓喜のデスギガスとの戦いで共闘したと言っても、彼女たちが敵対するダークネスであることは変わらない。それを考えれば、消滅する流れのままにしておく方が良いのは確かだ。
     それでも、一抹の懸念がある以上、放置するわけにはいかない。
     何が起るか解らない。それでも、エクスブレインの娘は真摯な視線を巡らせ、確りと声にする。
    「ですから皆さんには、ソウルボードに潜入しコルネリウスの許へと向かい、然るべき対処を行って欲しいんです」
     
     然るべき対処――漠然とした依頼だが、幾つか対応は考えられる。
     ひとつは、コルネリウスの灼滅。
     ソウルボードに吸収されかけている彼女は、その場から動けない。
     加えて、四大シャドウの強大な力によってそこに結びつけられているため、コルネリウスを無理矢理、力ずくで撤退させる手段は取れない。
     斯様な状況下の、更に衰弱した状態でもある彼女に戦闘をしかけ灼滅するのは、そう難しくはないだろう。彼女を灼滅できれば、ソウルボードがその力を吸収することも不可能になる。
     ひとつは、情報収集。
     融合した後に何が起るかを見届け、何か悪いことが起きるようであればそれを阻止。阻止が不可能なら、可能な限り情報を持って撤退することもまた、適切な対応と言えるだろう。
     
    「コルネリウスの居場所には、優貴先生のソウルボードを介して移動できます」
     プレスター・ジョンの灼滅により、優貴先生とソウルボードとの特殊な繋がりも切れつつあるが、コルネリウスとオルフェウスが長期滞在していた繋がりもあり、辛うじてまだ移動ができるようだ。
     ソウルボード潜入後は、強大な力が動く方向へ行けばコルネリウスに出逢えるはずだ。逆に、ソウルボードにいるシャドウの残存勢力は、この力に巻き込まれまいと、彼女たちとは逆方向へと移動している。故に、途中で遭遇して戦闘になるようなこともないから、その点は安心して良いだろう。

     そう説明を終えたエマは、資料の入った音楽ファイルを胸に抱き、これも多分ですけど、とぽつりと零す。
    「……恐らく今回が、シャドウに関する最後の予知になると思います」
     長く繋がりのあった彼女たちシャドウに想うことは、人の数だけあるだろう。
     だからこそ、娘は願う。
    「どうか、悔いのない道を選んでください」
     シャドウと――そして、皆さんの未来のために。


    参加者
    泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    東雲・菜々乃(本をください・d18427)
    踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)
    陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)

    ■リプレイ

    ●灰に赫
     否が応でも感じる、強大な力。
     その終着点に、娘はいた。
    「コルネリウスさん!」
    「コルネリウス!」
     茫洋と広がる薄墨色のソウルボード、ぽつり残されていた赤。アンティーク調のその大きな肘掛椅子に身体を預けていた娘は、東雲・菜々乃(本をください・d18427)と泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)の声にゆっくりと顔を上げた。
    「……皆さん」
     思いのほか悪くない顔色に、新沢・冬舞(夢綴・d12822)は密かに安堵した。それでも、エクスブレインの視た状況は確かなはずだ。
    「どうして、こちらに?」
     無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)たちが見守る中、身体を起こしながらの問いかけに、紅羽・流希(挑戦者・d10975)は穏やかに返す。
    「貴方を、助けに来ました」
    「助けに?」
    「ああ」
     首肯しながら、踏鞴・釼(覇気の一閃・d22555)は心中で静かに驚く。
     現状を知らねば、その凛然とした様子から彼女の状況を読み取ることは難しいだろう。
     けれど、彼らは識っていた。コルネリウスが今なお、力を奪われ続けていることを。娘はその苦しみを、己の強靭な精神で押さえているに過ぎない。
     文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)たちもまた、各々娘の許に集う。最後に、ウィングキャットの『猫』を先行させていた陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)が、仲間の一歩後ろで歩みを止めた。鳳花自身は、彼女に対しての恨みも情もない。それでも、遠くで見ているのは寂しいものだ。
    「喉は乾いていませんか? お水くらいはありますよ」
     コルネリウスに気を張らせぬため、そう尋ねた菜々乃は既に武器を収めていた。
     娘もまた、気遣いに感謝しながら来客用の席を用意しようと指先を動かそうとしたが、今度は冬舞がそれをやんわりと辞退し、「お気遣いありがとうございます」と流希が添える。残り僅かな力を、些末事に使わせるわけにはいかない。
     灼滅者たちの対応に気を悪くした様子もなく、けれど娘は眸を伏せてひとつ息を吐いた。
    「つまり、今の私たちの状況に関しては、皆さんもご存じなのですね」
    「そうだよ」
    「その上で、俺たちは君を助けたい」
     強く頷く火華流の傍ら、拓馬もまた、良く通る声で告げた。

    ●望みと願い
    「憶えてるかな、君と最初に遭遇した灼滅者の一人だよ。……君と、もう一度話がしたかった」
     たとえ忘れられていようと構いはしなかった。それだけ多くの灼滅者たちが、これまで彼女に関わってきたのだから。
     状況を静観していた釼は、問われたコルネリウスを注視する。
     表情、声音、動き。そして、ソウルボード。
     何事も、決して見逃しはしまい。仲間が言葉を紡ぐのに集中できるよう、それ以外の懸念を排除すべく五感を巡らせる。
     立場的に当然のこととは言え、コルネリウスを否定し妨害した灼滅者への印象は、決して良いものではなかっただろう。そう察する直哉の視線の先。答えを待つ拓馬へと、コルネリウスは短く言った。
    「覚えています」
     ――これ以上の邪魔は許しません。あなた達を夢に入れると厄介そうですから、次からは夢に入る前に倒すことにしましょう。
     そう告げたはずが、時を経て、言葉を交わして、今こうして灼滅者たちを迎えている。これもまた、『無限に近い未来』だったもののひとつなのだろう。
    「……ですが、私はこのまま吸収されます」
    「ここから生きて出たい、とか……ありませんか?」
     控えめに菜々乃が尋ねるも、
    「外では私の望みは、叶えられません」
    「同胞に道を示す慈愛も見せぬまま、膝を屈するのか?」
     デスギガスでさえ忘れなかっただろう、己の矜持を。そう発破をかける冬舞へ、娘はゆるりと首を振った。
    「……もう、状況は変えられないのです」
     紫の双眸を伏せたコルネリウスを、鳳花は口を噤んだまま見守っていた。
     何かあればすぐに動けるよう、気は常時張り巡らせている。仲間たちが彼女を助ける者ならば、鳳花はその仲間を助ける者であった。
    「最期まで諦めないで……!」
     かつて、ラブリンスターが絆を得てラグナロクとなり、灼滅を免れたこと。
     そしてコルネリウスに対してもまた、同様の可能性があること。
     娘の言葉に、そう拓馬も説明を添える。
    「貴方には、エクスブレイン化の道を選んでほしいと思うのです……」
     多大なる力を内包している彼女であれば、ラグナロクダークネスである可能性もある。
     それならば、誰かと『契約』し、ソウルボードに吸収される前に体内のエナジーを放出させ、一般人として生きることもできる。
     直哉の仮説を思い出しながら、流希に続いて火華流が叫ぶ。
    「そうだよ! これで終わりにさせない。私は、貴方を助けるために来たんだから!」
     コルネリウス配下の敵に心身ともに傷を受けた経緯により、初めは『彼女を一発殴る』ことが目標であった。
     けれど、今は違う。
     先の話し合いで初めて言葉を交わせたのが嬉しかった。負けてもいい。いつか一対一で勝負がしたい。そう心から思っている。
     助けたいのは、菜々乃もまた同じであった。最善の方法で解決したい。その一心で問いかける。
    「この状況において、最終的に何が起こるか予想は出来るでしょうか?」
    「あと、俺たちがお前を救出することで、悪影響を及ぼす可能性はありそうか?」
     オルフェウスのことも気になりつつも様子を窺う冬舞の隣で、釼がコルネリウスを見遣った。
     彼女には以前、デスギガスの弱点を偽らずに教えてくれた借りがある。
    (「……借りは、返せるのならば返さねば、な」)
     そう思えども、返答によってはそれが成しがたいのも事実であった。娘を生かすことが何らかの問題に繋がるのならば、釼としては救出に繋がる動きは控えざるをえない。
    「……オルフェウスがどうなるかにもよります」
     数秒、逡巡したのちにそう言ったコルネリウスへ、拓馬は重ねようとした問いかけを飲み込んだ。
     未知なる状況に不安定な環境が重なり、今はまだ、確証のあることが言えないのだろう。
     シャドウとの関りも、これが最後。そう想いを巡らせる流希の耳に、娘の毅然とした声が届く。
    「それに、私はあの大戦での敗北を悟ったとき、命を落とす覚悟を決めていました。……それが今になっただけのこと」
    「でも、その『望み』を諦めないで欲しいんだ。……生きて、俺たちと共に未来を紡ごう」
     誰よりも皆の幸せを願う彼女だからこそ、慈愛の中に希望という名の幸せを抱いて欲しい。
     そう強く願う直哉を見つめる相棒の『猫』の、そのまあるい後ろ頭と、仲間たちと、シャドウと。そしてそれらを包む世界を、鳳花はただ静かに見つめる。
     不安だと言うなら、最期の瞬間まで手くらいは握ろう。
     全てを捨ててでも生きたいと願うなら、共に願おう。
     ――それくらいは、するさ。

    ●姫の『慈愛』
     世界の色が、やおら深みを帯びてゆく。
     無意識に握りしめていた掌に、菜々乃は尚も力を込めた。その横顔から視線を空へと移し、釼は眉を寄せる。気づかぬうちにより昏さを増していたソウルボードは、まるで雨空のように陰鬱な空気までも孕んでいた。
    「貴方を目標にして……私は今、こうして貴方と対話できるとこまで辿り着いた」
     だからこそ、娘を繋ぎ止めんと声をふり絞る。
    「ここで終わって幸せ? 私は絶対に嫌……言いたいことはたくさんあるし、喧嘩だって思いっきりしたい!!」
    「どうか、私たちと強く生きたいと思ってください……! その絆が貴方を生かします……!」
     あらん限りの声で願う火華流に、これまでの助力に報いたいと流希も続く。
     その様子を見つめていたコルネリウスは、静かに、まるで何かに耳を澄ますかのように双眸を伏せ、そうして漸く口を開く。
    「……私は、私の幸せなど考えたこともありませんし、望んでもいません」
     凛として告げる声に、鳳花は表情を変えぬまま、ひとつ瞬く。
    「もしかして、先の大戦で負けた自分を『不幸な敗者』と思って言ってる? もし惨めと笑う奴がいたら、私が叩きのめすよ!!」
     私にとって、貴方は『女王様』だから。
     そう拳を震わせる火華流に、けれど娘はゆっくりと首を振った。
    「不幸、敗者、惨め……それはどれも、他者と自分とを比較し、生まれるものです。
     私の『望み』は私の幸せのためではありませんし、そのことで他者と競い合い、優劣をつけようという気もありません」
     真っ直ぐに向けられた眼差しには、曇りも、揺らぎもなかった。
     その様子に、動向をはらはらと見守っていた菜々乃が隣を見上げれば、同じく静観していた冬舞も頷く。
     ――コルネリウスは、自身への執着がまるでないのだ。
    『すべての存在が幸福である世界』を求め生きてきた彼女にとっては、ソウルボードがこうなってしまった今、『望み』を叶えられる他の手段でも示さぬ限り、生に縋る理由がないのだろう。
    「それに……何故そこまで助けたいと思うのですか?」
     ダークネスであるのに。そう言外に孕んだ意味を察した直哉が、思い起こしながら返す。
    「あの大戦の日……俺たちは、君を助けに行った」
     ダークネスを助けることに戸惑う者もいたけれど、そのとき確かに芽生えた可能性。
    「君が蒔いた慈愛という種が、俺たちを変化させたのかもしれない」
    「……変化」
    「俺には……難しいことは分からん」
     欲するのは、護りたいものを護るための力。
     それだけを求め闘ってきた釼にとって、娘の望みはまだ解るが、何故ひとつの手段が潰えただけで諦めてしまうのかまでは解らなかった。
     それでも、彼女を想い助けたいと願う者の、その気持ちの尊さは解る。だから、と添えて男は頭を垂れる。
    「応えては、もらえないだろうか……頼む」
    「皆さん……」
    「初めは、君の慈愛を信用できなかった」
     拓馬もまた、記憶を手繰りながら言葉を紡ぐ。
    「けど、君は試行錯誤し、灼滅者も否定できない夢で人を救った。……君の慈愛は本物だ。
     そして、俺たち灼滅者なら、人の幸福も深く理解できる」
     彼女の『望み』を灼滅者の力で先に進ませることで、彼女との関係も変えていきたい。
     たとえそれが、どれほど薄氷の可能性だとしても。

     瞬間、視界がぐらりと揺れた。

    ●夢の終わり
    「っ、く……」
    「大丈夫ですか、コルネリウスさん!!」
    「…………オルフェウス……」
    「えっ?」
     ぐらりと揺れた娘の身体を、反射的に支えた菜々乃が、毀れた声に瞠目する。
    「……悠長に話してる時間はなさそうだね」
    「そのようですねぇ」
     辺りを見渡す流希を一瞥した鳳花は、コルネリウスと、そして世界を窺った。
    (「ソウルボードにも、自己を保とうとする意思がある……?」)
     ソウルボードの力がダークネスの元となるなら、今起きているのはその逆なのだろうか。
     吸収された先に残るのは、元となった人の肉体なのだろうか。
     気づけば、コルネリウスを囲む灼滅者たちの輪が幾分ちいさくなっていた。
     助けたい。届けたい。その想いのまま、拓馬が娘へと手を伸ばす。
    「コルネリウス……! 人を愛した君の意思と、人を護る灼滅者の力と心を合わせればきっと、もっと多くの人を幸福にできる。だから……!」
     だから、もう一度だけ。
    「俺たちの手を取って欲しい。――これが、俺から君に示せる、絆の未来だ!」
     価値観が異なっても、心を通わせられた例もある。共に生きたいと願うことは、決して間違いではない。そう信じながら、直哉も奇跡を願う。
     だが、気丈に振る舞い姿勢を正した娘は、それでも首を縦に振ることはなかった。
    「私は――人を愛してはいません」
     良く通る声に、一同は息を飲んだ。
     向けられた硝子のような双眸は、まるで人形だった。
     愛しているからではない。
     唯々、盲目的に。
     すべての人を幸せにすることだけが、娘の生きる理由であった。
    「それでも、私……貴方を失いたくない……! 死ぬ気なら……私の我儘(しあわせ)のために生きてよっ!!」
     ソウルボードとの融合が止まらぬコルネリウスに、火華流の内にやり場のない憤りが込み上げる。何か代用できるものがあれば。そう、菜々乃も零さずにはいられない。
     辺りを支配していた重苦しい沈黙を破ったのは、直哉であった。強く閉じていた瞳をゆっくりと開き、娘を見る。
    「……どうしても止められないのなら、ソウルボードに『慈愛の心』を託すのはどうだろう」
     その本能が人を闇堕ちさせるものだとしても、慈愛の心が宿るなら、何かが変わるかもしれない。
     そう続ける青年に、娘もまた、静かに頷いた。

     王の資格の選定や、エクスブレインとの関係。赤の王の正体などについて流希と冬舞が尋ねてみるも、コルネリウスの持ち得る知識は灼滅者たちと同程度であった。
    「そう言えば、さっき……何かあったのですか?」
    「オルフェウスが、灼滅されました」
    「お前にも、何か影響があるのか?」
     菜々乃に続き、真摯な眼差しを向ける釼の傍らで、そうか、と冬舞が静かに零した。
    「この状況は、消失した赤の王の力の代わりに、ソウルボードがふたりのサイキックエナジーを吸収しようとしているんだったな?」
     ――なら、ふたりが吸収されなかったら?
    「そういうことか……!」
     言わんとしていることに気づいた鳳花が、コルネリウスへと振り返る。
    「そのときは、代わりに他のシャドウたちが吸収されることになるでしょう」
     四大シャドウのそれは、残存する他のすべてのシャドウのものを凌駕している。
     つまり、もしそうなってしまえば、生き残りのシャドウは最後の1体まで吸収しつくされ――シャドウは、絶滅する。
     咄嗟に冬舞の胸に浮かんだ、白い蝶。
     どうか、無事でいてくれ。今は唯、そう願うことしかできない。
    「ですが、私が吸収されれば辛うじて安定するはずです。とは言え、それでもこの吸収が止むことはないでしょう」
     恐らく、今後シャドウがソウルボードに立ち入れば、忽ち力を吸収され、消滅してしまうだろう。
     ですから、皆さんに最後のお願いがあります。
     そう言いながら、娘は灼滅者たちへと視線を巡らせる。
    「現実世界で生き延びているシャドウがいたら、伝えてもらえませんか。ソウルボードには戻らないように、と」
     これは私のためではなく、亡きオルフェウスのために。
     そう、今も尚続いているはずの苦痛を微塵も感じさせぬ微笑を見せる。
     漏れそうな嗚咽を堪える者。拳を握りしめる者。口を閉ざす者。様子は様々なれど、灼滅者たちは言葉ではなく、静かに、そして強く首肯した。
    「ありがとう、ございます」
     さようなら。
     全き幸せを願った、影のお姫様。
     拓馬の囁きが、無慈悲な鈍色の地に毀れて落ちた。

     どうか、遠い、遠い未来。
     ソウルボードに残る慈愛の心と皆さんの力が合わさり、全てが幸福になりますように。

     そうして、慈愛の姫は淡く微笑み、静かに闇へと消えてゆく。
     見ることの叶わなかった、その夢の果てを想いながら。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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