うつろわざる悪のカタチ

    作者:泰月

    ●悪を以って悪を断つ者
     焦げ茶のコート姿の男は、前方から転がって来るサッカーボールを、脚に当たる前に拾い上げた。
     そのまま少し進むと、血と、濃い業の匂いが男の鼻に届く。
     匂いのする方へ、茂みを掻き分け進む。
    「何をしている」
     そこでバットを振り下ろそうとしている人影と、足元に倒れた人影を見た男は、黒いマフラーの奥からくぐもった声を上げた。
     ――君は朝、何を食べた……!?
     ――何をしに出かけようとしていた……!?
     同時に、脳裏に浮かぶ過去の声。
    (「この声は、記憶は、俺ではない。旭の――だが」)
     記憶の光景と、今は違う。倒れた少年が、蒼い異形に成る素振りもない。
     だが。
    「何だテメェ! 邪魔する気なら、テメェもコレでぶっこ……ろ……」
     いいところを邪魔された怒りに任せて覆面男が上げた声は、言い終わる前に尻すぼみに消えていく。
     黒いマフラーの男の、鬼火の様に揺れる冷たい青に射竦められて。
     そして男の左手に、禍々しく波打つ巨大な刃が現れる。無言の内に、一切の容赦なく振るわれた一撃は、覆面男の体をバットごと粉砕していた。

    ●絶対悪への道
    「ロード・玉鋼。新たに現れたデモノイドロード。どうやら闇堕ちした水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)さんとみて間違いなさそうよ」
     夏月・柊子(高校生エクスブレイン・dn0090)は、教室に集まった灼滅者達に、そう話を切り出した。
    「ロード・玉鋼はロード・プラチナを探していたみたい」
     その元について、力を蓄える為に。
     だが、ロード・プラチナと接触は叶わなかったようだ。
     さもあらん。武蔵坂学園でも、ロード・プラチナについての詳しい情報は持っていないのだから。
    「だから、先ずはロードを名乗り、己の『悪』を貫き通す事にしたみたい。ロード・玉鋼の悪の形は、暴力によって『悪』を誅殺する『悪』よ」
     『正義という名の暴力』で、人を救う。
     それは、旭が恥じていた過去の再現とも言える。
     ロード・玉鋼は暴力によって『人を救おう』とする事が悪を振り撒く事でもあるとも、それが傲慢であるとも自覚した上で、その悪を貫こうとする事で、己をデモノイドロードたらしめている。
    「彼の最終目標は、『悪を裁く悪の象徴』たり得る存在となる事。『絶対悪』として、この時代に君臨する事よ」
     そして、『悪を裁く悪としてデモノイドロードを独立』させ、武蔵坂学園との棲み分けも目指している。
     その為には、何者にも負けない程の力が必要だ。
     ロード・プラチナの元につこうと言うのも、その力を蓄えるための手段に過ぎない。
     その機会が得られれば、ロード・プラチナの元につく気だが、もしもロード・プラチナが己の『悪』と合わないなら、力をつけてから殺す気でいる。
    「……力を以って悪を断つ悪を成す為に、更なる高みを目指す。その意味でも『玉鋼』なのかもしれないわね」
     玉鋼は、材料だ。鍛えれば、刀になり得る。
     信念無きあらゆる悪を断ち切る悪刃へと、なろうと言うのか。
     いずれにせよ、ロード・玉鋼の悪は進み出した。
     そして、1つの事件に繋がる。
     夜の公園で、部活帰りの少年が覆面姿の不審者に襲われる。
     おそらく偶然に居合わせたロード・玉鋼によって、不審者が誅殺されると言うものだ。「誅殺の直前に割って入る事が出来るわ。そして、恐らくこれが、旭さんを救う最後の機会になってしまうと思う」
     4年近く前の事だ。
     阿佐ヶ谷で、ダークネスの計略で一般人がデモノイド化する事件が起きた。
     その中で、旭や他の数人の灼滅者は、デモノイドと化してしまった少年と、戦いながら呼びかけた。結局、デモノイド化は戻らなかったが。
    「その時、少年のものと思われるサッカーボールがあったそうよ。そして、今回の事件で被害者となる少年も、サッカーボールを持っている」
     事件の背景も状況も違うが、連想させるものはある。
     ロード・玉鋼の悪で。『不殺』ではなく『殺害』で、その状況を変える事が出来てしまったとしたら――。
     とは言え、それを止めるのも簡単ではない。
    「ロード・玉鋼の戦闘能力は、攻撃特化よ」
     デモノイド寄生体のほとんどを、旭も愛用していた大身槍に集中させている。
     禍々しく波打つ形に変化した刀身に黒炎を纏わせた槍の威力は、凄まじいとしか言いようがない。
    「防御を固めても、何回も耐えられるとは思わないで」
     そこまで力を攻撃に集中させている分、ロード・玉鋼自身の耐久は高くない。
     自然と、短期決戦になるだろう。
    「……説得は、あまり効果が無いかも知れないわ。ロード・玉鋼は、十の言葉を並べるよりも一の行動で語るタイプだから」
     だが、寡黙と話を聞かない事はイコールではない。
     ロード・玉鋼は他人の正義感を否定しない。それを聞く事を是としている。
     善と悪。
     その基準は時代や価値観、立場次第で、移ろい変わるものであり、ロード・玉鋼は今でもその価値観を思索し続ける、哲学者のような一面も持っている。
     絶対悪と成る為には、苛烈に悪を貫くだけでは足りないと感じているのだろう。
     対話で曲がる様な信念ではあるまい。
     それでも、何かの糸口にはなるかもしれない。
    「それと、人払いの手伝いに、七不思議使いを1人呼んでおいたわ。私から伝えられる事は、これで全て。一緒に帰ってくるのを、待ってるわね」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    香坂・颯(優しき焔・d10661)
    神園・和真(カゲホウシ・d11174)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)
    風隼・樹里(ティミッドウルフ・d28501)

    ■リプレイ


     カァァンッ!
     夜の公園に響いた甲高い音。
     北逆世・折花(暴君・d07375)の靴底が、禍々しく波打つ刃を蹴り飛ばす。
    「っ!?」
     予期せぬ衝撃に、槍の主の半身が浮きかける。だが、体勢を直すとすぐに左手の槍を構え直していた。
     キィンッ!
     再び、金属がぶつかり合う音。
     顔を包帯のような布で覆った足のない2つの人影が、手にした刃で槍を押さえ込むようにして食い止めている。
    「ぬんっ!」
     左腕の槍で人影達を振り払った男は、軽く後ろに下がって間合いを取り直す。
    「そのマフラー……大切な物なんだな、何となく分かるよ」
     下がりながら右手で口元を覆うマフラーを直す仕草を見て、神園・和真(カゲホウシ・d11174)は障壁を広げながら、そう声をかけた。
    「……」
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     無言を返す男の前に出ながら、白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)が変身する。
    「希望の戦士ピュア・ホワイト、大切な仲間を迎えに来ました!」
     注意を自身に向ける為、ジュンは慣れたポーズを決めつつ男に言い放つ。
    「私は、こういう時いつも言ってるんですけど。何をするにしても独りはダメです。本当にやりたいことがあるならば仲間を作るべきなんです」
     無言の男に、更にジュンは言葉を続ける。
    「あなたが理想を追い求めたいならば、帰ってからみんなと一緒にどうすればいいのか考えましょう? その方がきっといい考えも浮かぶはずですから!」
     その言葉を証明するかの様な光景が、ジュンの後ろでは広がっていた。
    「こいつはもう何も出来ないぞ」
     軽く小突いて気を失わせた覆面男をひょいと抱えて、長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811)が告げる。
    「あらあら、これは邪魔ですね~」
     横から伸びた白い指が、覆面男の覆面をするりと取り去った。
    「見つけましたよ~水無瀬さん……いまは玉鋼がよかったですか?」
    「……」
    「『無事に戻れなかった時は任せる』……旭君は僕にそう言ったから迎えに来たよ」
    「……帰って来たら、ドロップキック、なんだよ……!」
    「……そうか」
     雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)にその名を呼ばれても無言を返したデモノイドロード・玉鋼は、香坂・颯(優しき焔・d10661)と風隼・樹里(ティミッドウルフ・d28501)が告げた約束に、やっと短く口を開いた。
     その間に、暴漢に襲われた少年の手当てが済んでいた。
    「助けられなくて、ごめんなさい。痛かったでしょう? もう、大丈夫です……」
     背負われた少年の体にそっと囁くと、眠兎は兼弘から覆面男の体を受け取り、ライドキャリバーの上に乗せた。
    「お前達に裁けるのか?」
     少年も暴漢も運び出そうとした所に背中からかかった玉鋼の声が、2人と1台の足を止める。
    「私刑で殺して良い道理などありません。正すよう、繰り返さぬように問い、あとは法と秩序の下に」
     振り向いて、眠兎はそう返す。
    「ダークネスに苦しめられている人を救う。それが僕の正義。ロード・玉鋼にとっては僕の正義は悪でしょうね……水無瀬先輩、戻って来て下さい」
     雄哉は少年を背負ったまま振り向かず、そう告げて歩き出す。
    「音は断ったよ」
    「始めるか」
     2人を黙って見送っていた玉鋼は、ある七不思議使いの言葉に頷いて、羽織っていた焦げ茶のコートを脱ぎ捨てる。
     ボッボボッ――ゴウッ!
     直後、その左手に握られた槍のグリップにある炉のような機構から黒炎が噴き上がり、刀身へ燃え移っていく。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     唐草模様で飾られた祭服を翻し、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が片手を翻すと、風が渦巻き集まっていく。
    「ここにいない先輩からも頼まれています。自称悪役を連れ戻しましょう」
     ダンッ!
     風が放たれると同時に、力強く地面を蹴って飛び出す玉鋼。
    「おおぉっ!」
     風に撃たれるのも構わず突き進み、轟と槍を振り下ろす。黒炎を纏い禍々しさを増した刃は、標的にされた和真のビハインドを両断した。
    「っ――姉さん。頼む!」
     玉鋼はまだ止まらない。そう察した颯の声で動いたもう1人のビハインドが、槍から放たれた黒炎塊を受けて――2体は、それで消えていた。
    「さっきのは全然本気じゃなかったってわけだ」
     内心で舌を巻く様な気持ちで、折花が呟く。
    「当たり前の日常、家族がいる食卓。テルにいが大切にしていた、私が大好きだったものは、奪わせないんだよ……!」
     玉鋼が向ける射竦めるような視線を跳ね除けるように声を張り上げ、樹里は分裂させた光輪を駆け出した折花の背中に飛ばした。


    「マジピュア・シューティングスターキック」
     煌きと重力を纏ったジュンの蹴りが、玉鋼の体を叩く。
     衝撃で体が押し出されながら、玉鋼は槍を構えた姿勢だけは崩していなかった。
    「っ!」
     放たれた黒炎の塊の前に飛び出した折花は、迷わずそれに向かって腕を突き出した。
    「ぐ……っ」
     黒炎が爆ぜて、腕を焼く熱と衝撃に呻きが漏れる。
     それでも、腕1つで済んだ。急所にくらうよりは良い。
    「ぬんっ!」
    「おっと、させないよ」
     追い撃つように振り下ろされた波打つ刃を、横から伸びた光の刃が遮った。
    「……寝ていれば良かったものを」
    「一撃くらった程度じゃ寝てられない覚悟ならあるさ」
     黒炎を纏い直した刃と光の剣で切り結びながら、和真が言い放つ。一度切られたその体は、既に真赤に染まっていた。
    「意地でも救う覚悟だよ。誰も犠牲にせずに、何としても助け出してみせる。青臭いし、短絡かも知れないけど、それでも迷いがあるよりはいい!」
     言葉通り、迷いなく踏み込んだ和真の光剣を、玉鋼は右手で掴んでみせた。
    「君はどうなんだ?」
     掌から朱が流れるのも構わず光剣を握り潰した玉鋼に、和真が問いかける。
    「なに?」
    「少年を襲ったあの男を赦せなかったのも判る。だけどさ、過去に縛られて、それで悪を語るのかい?」
     体と手と。2人から流れた血が、足元を赤く染めていく。
    「お前は朝、何を食べた? 何をしに出かけようとしていた? ――誰の言葉か判ってるだろう?」
     玉鋼が何か言うより早く、兼弘が言葉を重ねた。
    「……」
    「黙っても無駄だよ。僕は高校2年の時から旭君を知ってる。阿佐ヶ谷での事をずっと気にかけていた事も知ってる」
     沈黙を返そうとしていた玉鋼の外堀を埋めるように、颯が告げる。
    「それでもなお、お前は悪を貫くのか? それでもなお、身体を預けているのか? 答えろ! その為に俺は――キャプテンジンギスはここに居る」
     答えを迫る言葉と共に、兼弘は固く握った鋼のような拳を叩き込んだ。
    「っ……」
     衝撃に数歩、たたらを踏んだ玉鋼が、槍の切っ先を下げる。
    「――あの少年の為にも。それは、否定しない」
     そして衝撃でずれたマフラーを今度は下ろして、玉鋼は答え始めた。
    「だが、それは切欠の1つだ。このロード・玉鋼、ただそれだけに囚われて己を絶対悪たらんとしているわけではない」
     言い放つ玉鋼に、鬼の拳が叩き込まれた。
    「絶対悪。それを探求していたデモノイドロードの事を知っていますか?」
     拳が届くその距離で、紅緋が問いかける。
    「クロムだろう。クロムナイト。旭の記憶で知っている」
     玉鋼の答えに、話が早いと紅緋は話を続ける。
    「彼はデモノイド寄生体を制御できるのが悪の心なら、善と悪の境目があるはずだと思索していました。以前、彼とまみえた時は『悪は善の欠如である」としか言えませんでしたが、今ならもう少し踏み込めます」
    「ほう。クロムより先に聞けるか」
     少し興味を引かれたか、玉鋼の視線が向けられる。
    「『絶対悪』とは、ソウルボードにおける際限のない自己肯定。全てを支配し滅ぼうという破滅的な有り様です。『ザ・ダイヤ』などは、無垢故の悪の一例と言えましょう」
    「………」
    (「しかし、やりにくいですねぇ……見た目はまんまですからねぇ。まぁ、仕方なしですか」)
     紅緋の言葉に沈黙を返す玉鋼に、菖蒲が紅の十字槍を向ける。
    「私には絶対悪なんて関係ないんですよねぇ」
     菖蒲の声と冷たく鋭い氷が、玉鋼の沈黙を突き破る。
    「玉鋼……貴方の至った思考は確かに抑止力になり得ますが、それ以上の反発を孕んでいますよね」
    「かもしれんな。だが、そうでなければ守れぬ者もある」
     これには玉鋼は迷わず返してみせた。
    「比べて、貴方の半身たる水無瀬さんは手が届く範囲を必死に守った。手が届かない場所には、守った仲間が手を差し伸べている。差し伸べられた新しい仲間が、更に手を広げて繋がりつづけています」
    「特段、仲間を求めてはいない。それだけだ。……俺は俺だ。殺害という手段を是とする様になっただけだ」
     旭との違いを、差を語る菖蒲に、玉鋼はそう告げる。手段の違いしかないと。
    「その違いは、『だけ』ではないですよ。私は……力が全てより、繋がりが広がり守っていく世界の方が……好きですよ」
    「好き嫌いで語るか」
    「僕には善も悪も分からない」
     口を開いた颯の足元で、摩擦の炎があがる。
    「ただ弟や家族、友人といった大切な人を守ると決めた。過去は振り返らずに進むと決めた。それは僕のエゴで正義なんてものじゃないけど。旭君を連れて帰ると決めている」
    「結果、俺の絶対悪で救えたかもしれない者が救われなくなるとしても、か」
    「いくら世界中を探し回っても、私にとってのテルにいは、一人しかいないんだよ! 絶対悪になっちゃったら、私にとってのテルにいは永遠に居なくなっちゃうんだよ!」
     炎を纏った蹴りに怯まず問い返す玉鋼に答えたのは、心温まる怪談を語り終えた樹里の声。
    「だから……家族として、テルにいが居る、当たり前の日常を返して貰うんだよ……! この気持ちはきっと正しいんだっ!」
     叫ぶような言葉を、視線を真っ直ぐに向ける樹里。
    「テルがさ、殺害を良しとせず、命を奪う事を恐れてたのは、人として当たり前の事なんだからさ、それでいいんだよ」
     そんな妹分の肩に後ろから手を置いて、リースリングも告げる。
    「それでも家族を守るために、ほんの一握りの勇気を振り絞れるのが正しいとあたしは思うんだよ。家族守らなきゃ、テル」
     2人の言葉と視線を、玉鋼は黙って受け止めていた。
    「悪と正義、確かに大事な価値観だ。けれど水無瀬・旭という男を取り返したいという心にそれが劣るとは思わない。だからこそ俺は来た!」
    「それがお前達の正義なのだろう」
     続けて言い放った兼弘の言葉に、玉鋼はそう返す。
    「だが、それもまた『正義という名の暴力』である事に変わりはない」
    「それは確かにその通りなんだろう。でも、力を振るうことを恐れて誰かを失うよりはずっとマシだ」
     その言葉に、折花は頷いてみせた。
    「何が正義で何が悪かは自分で決める」
     正義の味方に憧れていたのは、憧れているだけだったのは、もう遠い昔の事だ。
    「キミの悪はきっと正しいよ、玉鋼。だからボクは、ボクの正義を以ってキミの間違いを正そう」
    「……来い」
     これよりは、問答無用。
     再びマフラーを口元を覆う位置に引き上げた玉鋼は、折花の炎を纏った蹴りを黒炎を纏った槍で迎え撃つ。


    「毒をもって毒を制すですか。それは畢竟、蠱毒に至るだけですよ」
     血の池を思わす赤黒い紅緋の影が、玉鋼の体に伸びて絡み付いていく。
    「そのくらいの力がなければ、絶対悪として君臨など出来ぬだろうさ」
    「仕方のない方ですねぇ。水無瀬さんも玉鋼も……答えがあってないモノを突き詰めるなんて、自身をすり減らすだけですよ」
     影を力で振り解こうとする玉鋼に、菖蒲が再び紅の十字槍を向ける。
     穂先で咲くは、鋭く冷たい氷。
     氷に覆われた左半身を、玉鋼は構わずに弓引く様に槍を身構えた。
     ドンッ!
     グリップの炉心から黒光が噴き上がり、その勢いを乗せた突きが放たれる。
    「水無瀬、キミはボクが知る誰よりも『正義』の意味を知ろうとしていた男だ。キミが絶対悪になれるだなんて思わない」
     その動きを予測して、折花はその軌道に躍り出る。
    「成ってみせる!」
     二度、限界を越えて血塗れの体に、禍々しい刃は容赦なく突き込まれた。
     血溜まりに沈んだ折花を飛び越え、玉鋼は進んでいく。
     己の血と、倒した相手の血に染まった足跡をつけて。
    「世界は奇麗事ばかりじゃなくて、暴力でしか解決できない事も確かにあるでしょう」
     そのまま進む玉鋼の姿に、ずっと様子を見ていたミゼットが声をかける。
    「それでもですよ、旭さん。多くの人が割り切ってしまうところを悩み続け考え続けるのが貴方なんですから。『絶対悪』に成ろうというのは許しません」
     何時だって命を奪うことを「悪」として、被害者の味方であろうとした男の足で、血の色の足跡を刻ませまいと。
    「先輩は俺が堕ちた時に言ってくれました。『君だけが傷ついて得る平穏など、俺はごめんだよ』と。そのまま返します」
     クレンドが告げたのは、かつて貰った言葉を。
    「誰かがやらねばならない事も、善悪の隔たりを越えて護らねばならぬ時もあります。ですがそれは灼滅者という形で、の筈です。また共に戦いましょう」
     呼びかけるクレンドの声にも、玉鋼は歩みを止めない。
    「ちょっと昔の話をしようか」
     言葉では止まらない玉鋼の前に、兼弘が進み出る。
    「ある人間が闇堕ちした時に俺はこういったことがある。『俺は友達を失いたくはない』とな。その時に声をかけたのは誰だか覚えてるか? ――お前だよ!」
     玉鋼が答えず、槍を掲げるのを見ながらこちらも地を蹴る。
    「みんな同じような気持ちだって、声をかけただろう?」
     回転から叩き込んだジンギスカン鍋にしか見えない断罪輪が、振り下ろされた槍とぶつかり合い、火花を散らす。
    「ここに居るみんなも同じ気持ちだ。もう誰も失わせない」
    「ぬんっ!」
     振り切ったジンギスカン鍋が玉鋼の頬を打つ――と同時に、兼弘の体も斜め斬られおびただしい赤が流れ出ていた。
     一方、玉鋼も呼吸がかなり乱れている。
    「まだ、だ……」
     それでも、絶対悪を目指すその心はまだ折れていない。ならば、砕く。
    「気絶させて連れて帰るとしますよ。マジピュア・ハートブレイク」
    「がっ!?」
     ジュンが流し込んだ魔力が爆ぜた衝撃に、玉鋼の口から呻きが漏れる。
    「テルにいと由比ヶ浜、行ったよね。あれが最後の思い出になんかさせない……させないんだよ!」
     今は癒すよりも畳み掛ける時。もとより、玉鋼の火力は癒し手1人で支えきれるものでもなかったのだ。
     樹里が語る奇譚が形を呼ぶのは、かつて浜辺に現れた鎧武者達。
    「また、キサって、呼んでほしいん、だよ……!」
     その言葉に背を押されたように殺到した鎧武者達が槍を突き込み、刀を振り下ろし、矢が放たれていく。
     轟ッ!
     群がる鎧武者達の中から、黒炎が噴き上がる。
    「水無瀬さん。いつまでもくすぶっている場合じゃないだろう? 君には、帰りを待っている人たちが居るんだよ!」
     傷だらけで、ふらつきながら。それでも、黒炎を燃やす玉鋼に和真が言い放つ。
    「見つめるのが過去、貫くなら現在、目指すは未来だろ!」
     光剣と黒炎を纏った刃が交錯し、光が散って和真が倒れ伏す。
     そこに、赤い光が玉鋼を打ち据えた。
    「まったく……心配と苦労を掛けたお詫びに、旭君には奢って貰わないとなぁ」
    「ぐっ」
     颯が押さえつけるように打ち込んだ標識から放たれる赤い光が、玉鋼を包み込む様に広がっていく。
    「――菖蒲さん!」
     押さえておける時間は、長くない。だが。
    「廻れ回れ……女王よ、慈悲なく穿ち鋼を地に返せ」
     純白の手甲から放たれた女王蜂の杭が、玉鋼の首元で翻った黒の裾を千切って玉鋼に突き刺さる。
     衝撃で吹き飛ばされた玉鋼の体が、街灯に叩き付けられた。
     倒れた玉鋼の左手で、ボンッと音がする。
     黒炎を吐き続けていた炉が消えても、体はそこに残されていた。

     タッタッタッタッタッ――トンッ!
    「……ん?」
     目が覚めた旭の耳に届いたのは、軽い足音。
     ――ドゴッ!
     そして、背中に軽い衝撃だった。
    「……ばか。……おかえり、なんだよ……」
     ドロップキックを決めた樹里は、そのまま抱きつき兄の胸に顔をうずめる。
    「……ただいま」
     ぎゅっとしがみ付く妹にそう言って、旭が優しく頭を撫でている。
    「あ、ここ。ここがいいよ。デザートメニューが豊富だって」
    「う~ん、水無瀬さんの奢りなんだから、高いお店に――あら」
     なにやら(旭にとって)不穏な相談をしていた颯と菖蒲も、待ち人の目覚めに気づいて笑顔を浮かべる。
    「怒ってない訳じゃないから、一発殴るくらいは許されるよね?」
    「その後は奢りで飲み会ですよ~」
     笑顔である。
     助けと説明を求めるように視線を彷徨わせた旭に返ってきたのは「大変そうだなー」と目で物言っている8人分の視線。
    「とりあえず……ファミレスでいいか? 居酒屋じゃ、キサ入れないから」
     その言葉に、また呼ばれた名前に。
     樹里は嬉しそうに、抱きつく腕に力を入れたのだった。

    作者:泰月 重傷:長沼・兼弘(キャプテンジンギス・d04811) 北逆世・折花(暴君・d07375) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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