神を騙るもの

    作者:飛翔優

    ●忘れ去られた教会へ
     穏やかに降り注ぐ陽光に、世界を激しくめぐる風。なびく髪を抑えながら、オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)は語り始めていく。
    「噂話を聞きました。この先にある、とうの昔に放棄された教会にまつわる噂話です」
     ――神を騙り潜むもの。
     遠い昔。引き継ぎ手がいなかったのか、はたまた別の理由があったのか……いずれにせよ、その教会は持ち主を失った。その後、引き取るものもおらず、荒れるがままにされる存在と化していた。
     だからなのか、はたまた元々の主が呼んだのか……いつからか、そこに住む者が現れた。
     決して人の前には姿を表さず、影や気配だけを見せるその存在。いつしか、人々はそれを神様と呼ぶようになった。
     けれど、人は言う。それは、祈りを捧げられていた神ではあり得ない。かつての教義の中に、そんな存在はないのだから……と。
     ならば、その正体は化物か、それとも別の神様か。
     いずれにせよ、出会ってしまったらただではすまない。命を奪われても、おかしくはない存在なのだろう。
    「……そして、この噂話が都市伝説と化していることもわかりました」
     故に、今から赴き退治する。それが大まかな流れとなるだろう。
    「戦力などは不明です。姿も……神の姿を騙るものなのか、化物なのか……それとも、その両方なのかはわかりません。ですので、万全の心構えを持って挑む必要があると思います」
     以上で説明は終了と、オリヴィアは胸の前で手を組み合わせた。
    「教会は神聖な場所。それは、祈りを捧げる者がいなくなった今も変わらないはず。ですから……」
     どうか、全力での戦いを……。


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    ニアラ・ラヴクラフト(無聊膨張後宇宙的恐怖崇拝物・d35780)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)
    如月・オウカ(形無き白刃・d37576)

    ■リプレイ

    ●人々の心を支えた場所
     少女は語る。
     世界をめぐる風すらも顧みない、陽光だけがその存在を認めてくれる……とうの昔に放棄された教会前。
     彩り豊かな世界に向けて。
     ――気配はすれども形なく、音はすれども姿なし。
     其は、何者であって何者でなし。
     静かに這い寄るのは、希望か絶望か……。

     新たな風が金の双髪をなびかせた時、アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)は静かな息を吐き物語の終わりを告げた。
    「……これにて、この辺りは人の近づけない世界となりました。神を騙るもののいる場所へと参りましょう」
     片眼鏡の位置を整えながら、仲間たちへと背を向け教会の扉に向き直る。
     待っていましたと、鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が掌に拳を打ち合わせた。
    「神だろうが偽物だろうがなんでもいいぜ、ただ楽しい喧嘩だけさせてもらえればそれでな」
     犬歯をむき出しにして、獰猛な笑みを浮かべていく。
     灼滅者たちは暖かな太陽に見送られ、教会の中へと入り込む……。

    ●その偽神、形を持たず
     持ち主がいないと同時に関わるものもいなかったのだろう。礼拝堂内に壊れていたり不自然に傷ついている場所はなく、埃を払い木製の調度品を取り替えればすぐにでも元の状態を取り戻してくれるだろうことが伺えた。
     もっとも、ステンドグラスの光を浴びるようにして埋もれている、水たまりのような影を除いたならば、の話だが。
     ニアラ・ラヴクラフト(無聊膨張後宇宙的恐怖崇拝物・d35780)は口元に笑みを浮かべたまま、天使の写し身へと歩み寄る。
     輝きの一歩手前で立ち止まり、芝居がかった調子で語り始めた。
    「神よ。我等が主よ。汝を謳うが為に我は訪れた。冒涜者たる我は現れた。汝は我に未知を与え、真なる恐怖を齎すべき。我が唯一崇拝する神とは未知なる恐怖だ。宇宙的恐怖崇拝物に、強烈な負の感情を沸かせ給え!」
     返答は、静寂が代わりにしてくれた。
     音もなく、影が形を成し始める。
     それは、男性とも女性とも取れる人の形。
     事前情報通りなら、騙り続けた神の形。
    「――現れましたね」
     オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)は怒りにも似た赤を滾らせる。
     拳を固く握りしめ、影を睨みつけていく。
    「闇に潜む化物が神を騙るなど、看過できないと知りなさい。その罪業ごと滅ぼしてさしあげます」
     告げると共に、大地を蹴った。
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)が横に並び、盾を前方へとかざしていく。
     オリヴィアの飛び膝蹴りをかわした影にぶちかまし、視線に似た殺意を身に受けた。
     恐れず見つめ返す中、影は形を変えていく。
     四本の脚と九本の腕、かと思えば一本の脚と十二の頭。七本の指と六つの顔、三つの胴体と十本の腕……脈動するたびに姿を変える、異形へと。
     それは、雄哉が恐れぬが故、少しでも脅かそうとしていたのか。
     いずれにせよ――灼滅者たちを惑わせるほどではない。
     意気揚々と、途中で追い抜かれていた剣は雄哉の頭上を飛び越える。
     拳に雷と落下の勢いを乗せ、影の中心めがけて突き出した。
     影が形を変えながら地面に埋もれていくさまを見つめつつ、如月・オウカ(形無き白刃・d37576)は拳を掲げ防衛領域を広域化。
    「自分の仕事を確実にこなす。それだけでいいんだよ」
     前衛陣が優しい力に抱かれていく中、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)は己の影を縄へと変えていく。
     さなかにも形を変え続けていく影を見つめ、小さく肩をすくめていく。
    「確かに自然生物ではありえないが……何というか御粗末だな」
     つぶやくと共に縄状の影を解き放ち、腕や脚をくぐり抜け中心をがんじがらめに縛り付けた。
     次の刹那、影は縄を振りほどき三本の足で立ち上がる。
     上半身をハンマーのような形状に変化させ、雄哉めがけて振り下ろした。
     床が砕ける音が響く中、ニアラは口元を持ち上げていく。
    「暗殺武闘での戯れは疲弊の極みだ。我に相応な遊戯とは、神と語りて騙る事。残念ながら。神よ。汝は冒される運命に在る。我が闇と死に嘲笑されたが如く。汝、神ならば我を導き給え。我が存在を闇に誘い給え。我の力を受けよ。我の精神を壊せ。糞の如き神様風情が!」
     踏み込み、放つは悔いの技。
     穿つは影、震えるは両者の形。
     振動が止まるのを待たずに、影は右側へと離脱した。
     されど、その先には小碓・八雲(鏖殺の凶鳥・d01991)が立っている。
    「久当流……始の太刀、刃星!」
     即座に踏み込み茎に雷火以闇灼剣也と刻まれた刀で五度刻み、五芒星の形に散らしていく。
    「……どれほど強大な存在が敵であっても、オレ達はそれを屠って今こうして生きている。何かを騙る程度の影で勝てると思うな!」
     告げた言葉を聞いたか、聞かずか、影はひとところに集まり再び連続写真のように姿を変え始めた。
     本当の姿を隠し続けていた。
     あるいは、本当の姿などないのかもしれない。
     騙り続けるうちに忘れたか、最初からなかったのかは知る由もないのだけれど。
    「正体見たり枯れ尾花……でしたか、この国の言い回しでは。都市伝説が神の似姿を取ろうなど土台無理な話です」
     怖れず、オリヴィアは手刀を振り下ろす。
     二つの首を切り裂いて、三つの腕を切り飛ばす。
     ……影が衰えることはない。
     次の刹那には再び集まり、次々と形を変え始める。
     少しずつ、雄哉との距離を詰めていく。
     問題ないと、雄哉は薄い青色のオーラを滾らせなが身構えた。
     再びハンマーのような形状に変わった影を、雷を宿した拳で打ち砕いた。
    「……」
     集まっていく影に、強い視線を送っていく。
     途切れることのない殺気を感じながら、反撃に備え腰を構えなおしていく。
     天使の写し身が見守る戦場で、灼滅者たちは神を騙るものと戦い続けていく……。

     精神的な負荷をはねのけたか、影は形を変えながらオウカの下へと向かってきた。
     間合いの内側に入るなり上半身をハンマーに変えて振り下ろしてきた影を、オウカはクロスさせた腕で受け止める。
     力比べへと持ち込まれないよう左側へと受け流し、防衛領域を再展開。
    「大丈夫、この程度なら」
     治療は必要ないと伝えながら、最前線を雄哉に任せるために距離を取る。
     間を、影刃が翔け抜けた。
     担い手たるレイが指先で数度空を切り、影に数多の斬撃を刻み込む。
    「傷跡などは見えぬが手応えはある、か」
    「そうだな、動きも鈍っているように思える」
     頷いた後、八雲が横を翔け抜けた。
     刀に黒いオーラを宿し、集まりかけている影に切りかかった。
    「久当流……外式、禍津日!」
     刃は影を両断し、地面にさえも亀裂を刻んでいく。
     瞬く間に集合し、薄っすらと全身を輝かせ始めた。
     影に交じる、光の粒子。
     偽りの熱がそこにあると、オリヴィアは右手にオーラを収束させていく。
    「神の後光とでも言うつもりですか? ただ、騙り穢す事しかできない存在が」
     踏み込み、影の中心を突き刺した。
     影は震え、穴を穿たれたまま後方へと下がっていく。
     逃げ場などないと、回り込んでいた八雲が鞘から刀を抜く音色を響かせた。
    「久当流……封の太刀、撃鉄!」
     次の刹那には仲間たちのもとへと舞い戻り、小さな息とともに刀を鞘に収めていく。
     遅れて、影が二つに分かたれた。
     その一片を、レイの操る影が再びがんじがらめに縛り上げていく。
    「ほんと……ダークネスや都市伝説なんて可愛いものだな。この世で一番恐ろしいものは人間だよ」
     返答はない。
     ただ、自由な一片は片割れを追い、縛られた一片は影から抜け出せずに暴れまわる。
     灼滅者たちは、蚊帳の外。
    「……」
     オウカは頷き、自由な一片の懐へと踏み込んだ。
     もう片方が影から抜け出した瞬間に蹴りを放ち、自由な一片を礼拝堂の奥へと蹴り飛ばす。
     埃積もる床に叩きつけられた時、影はようやく同化しもとに戻った。
     もっとも、動きの精彩はあまり感じられない。
     ひどく疲弊しているようにも思われた。
    「……この調子で頑張ろう、みんな」
     仲間たちと頷き合いながら、オウカは影との距離を詰めていく。
     灼滅者たちの包囲から逃れるためか、影は地面を滑るように移動し始めて……。

     形を変え続ける速度も遅くなり、その全体像すらもぶれ始めた神を騙るもの。
     剣は豪快に笑いながら踏み込んで、拳に炎を宿してぶん殴った。
    「神ならもっと気張りな、そんなんじゃ物足りねえぞ、おらぁっ!!!」
     易々と受け入れ炎上していくさまを見下ろしながら、上体を起こし後方へと下がっていく。
     後を追おうとした影は炎の中、みるみるうちに形を失っていく。
     水たまりのような存在へと戻っていく。
     再び何かの姿を形作ろうとしているものの、それが達成されることはない。
     もはや変化もままならないほどに弱っているのだろうと、雄哉はめぐるオーラを手元に集わせた。
    「畳みかけよう」
     短く告げ、音頭を取るために放つ力強きオーラの奔流を。
     ほとばしる力に押されて後退していく影は、ならばとばかりに霧のように薄く広がり始めた。
     すかさず、アリスは放つ光輪を。
     影を光で打ち消しながら、雄哉へと注がれる力を最小限度に抑えていく。
    「……今です」
    「……」
     頭を軽く押さえながら、ニアラは影に歩み寄った。
     見下ろしながら、大きなハサミを掲げていく。
    「……」
     言葉は紡ぐことなく振り下ろし、影を地面に縫い止めた。
     すかさず灼滅者たちが攻撃を重ねる中、剣は素早くしゃがみ込む。
     影を掴み、引きずり出しながら立ち上がった。
    「はっは、これで限界か! なら……!」
     掴んだまま、剣は拳を連打する。
     一片、二片と影を散らし、掌で覆えるほどの存在へと変えていく。
    「……」
     口の端を持ち上げながら、剣はアリスへ向かって小さくなった影を投げた。
     迷いなく受け取り、アリスは語りかける。
    「神を騙るもの……それとも単なる恥ずかしがり屋さん……ですか?」
     返答はない。
     だからこそ……。
    「とても興味のあるお噺ですね、さぁ、わたしと一緒にいきましょう」
     影を乗せた手を突き出して、異なる色彩を持つ青き双眸で見つめていく。
     震えた後、影はアリスの手を、腕を滑り始めた。
     やがて光の粒子となり、アリスの左目へと吸い込まれ……。
     ――それは、感情を読み形を変える影の物語。
     新たな物語として、刻まれた。

    ●静謐な空気に抱かれて
     戦いが終わり、一足早くふらつくニアラが立ち去った後。
     静寂を取り戻した教会で、レイは影がいた場所へと視線を送る。
     小さなため息を吐き出していく。
    「最初にニアラが語った時を除けば、終始異形の姿を取り続けた。それでも……恐怖というものはなかった、な」
    「……」
     頷き、アリスはロリポップキャンディを取り出していく。
     口にしながら、目を細めていく。
    「それどころか、神よりも絶対に優しいです」
     時に試練を、時に罰を……優しいだけではない、神様。
     そんなことを語らいながら、治療を終えた灼滅者たち。八雲は周囲を見回した、そういえば……と言った調子で提案した。
    「さて、帰るか……それとも、この場所に新しい主が出来るなら掃除でもしていくか?」
    「うんうん、せっかくだしここを綺麗にしてから帰ろうよ!」
     オウカはグミを口にしながら、元気な声で賛同した。
     傍らに立つオリヴィアも、深く深く頷いていく。
    「このまま朽ちるに任せるには、寂しすぎますね……手続きをすれば私でも、いえ、いっそESPで……?」
    「……手伝おう」
     雄哉も了承し、有志で教会を片付ける運びとなった。
     写し身の天使が見守る中、写し身の天使すらも綺麗にして……いつかまた、この場所で……切なる祈りを捧げることができるように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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