●武蔵坂学園、教室
「昨晩、ラジオを聞いてたらさ、ものすごく気分の悪い話をしてたんだよね」
仁左衛門の上で面白くなさそうに腕と脚を組んで、天野川・カノン(高校生エクスブレイン・dn0180)は灼滅者たちに打ち明けた。
もっとも、その『ラジオ』というのは本来の放送ではなく、タタリガミの首魁と目されるダークネス『ラジオウェーブ』が発したものであるようだ。
病院長が亡くなったために閉鎖された、秋田県内のとある廃病院。
医療従事者としての使命感の強かった彼の魂は、今も地上に留まって、患者を治したいと強く願う。
けれど、廃病院に患者などやってくるわけがなく。
仕方なく、夜、彼は町に繰り出して、怪我や病気の人間を見かけては連れ込んでしまうのだ……既にこの世のものではなくなっている、彼自身の病院に。
「どの病院を指してるのかはすぐ調べたよ。だって、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)くんの調査のお蔭で、ラジオ放送が都市伝説を生み出す事までは判ってたからね」
カノンが憤慨している理由は、単に都市伝説が患者を殺すからじゃない。生前、地域医療に貢献してきた病院長の魂が、こんな形で穢されているからだ。通常の病院とは異なるとはいえ『殲術病院』出身のカノンには、それが許せないのだろう。
だから彼女は、こんな作戦を提案する。
「ラジオウェーブの放送内容を元に考えれば、『怪我や病気の人間』が集まってれば必ずそこに都市伝説が現れるはず。夜、病院の近くでケンカするとかでケガするとかして、都市伝説を誘き寄せて灼滅してください」
ラジオでは『見かけては』という言葉を使っていたため、見た目さえ大怪我していれば囮になれるだろう。都市伝説がより多くの患者のいる別の場所に引き寄せられるのを防ぐには、囮は多ければ多いほどよい。
「たぶん敵は、人造灼滅者や殺人注射器と似たサイキックを使ってくるんじゃないかな。病院『長』っていうくらいだから、手負いの状態で倒せるほど弱くはないと思うけど、灼滅者ならどんなに通常ダメージでケガしても戦うのに不都合はないんだから活用すればいいだけだよね」
もっとも、これはエクスブレインとしての未来予測の結果ではなく、あくまでもラジオの内容からの推測。カノンが語った以外のサイキックを使ってくるとか、逆に案外大した事なかったとかいう事があるかもしれないから注意は必要だろう。
「だから、ちょっと大変かもしれない。けれど、みんなが地域の人たちと病院長さんの名誉のために、都市伝説と戦ってくれるってわたしは信じてます」
参加者 | |
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小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978) |
ムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627) |
安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614) |
赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118) |
影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262) |
有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751) |
富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319) |
日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320) |
●埋もれゆく医院
分厚く積もる東北の雪。それを屋根上に頂いたまま、主を欠いた廃病院は、静寂に包まれたままただ佇む。
失われたかつての日。見上げる元『病院』の人造灼滅者、日下部・優奈(フロストレヴェナント・d36320)の眼鏡の奥には、いかなる想いが宿るのだろう?
佇み、しばし感傷に浸る。するとムウ・ヴェステンボルク(闇夜の銀閃・d07627)の低い声が、不意に彼女の耳をくすぐるのだった。
「なんともまぁ、珍妙な都市伝説が生まれたものだ」
言葉は、驚嘆か、憤慨か。
それからムウは語りだす。それは、恐ろしき霊たちの物語。しかし、語り口の中に含まれる優しさが、霊たちの魂を慰めるものだ。
ああ、その噺が、廃病院の噂の元になった病院長の魂をも鎮めること願う。影龍・死愚魔(ツギハギマインド・d25262)は考えるのだ、廃病院に怪談はつきものだとはいえ、それが死者の冒涜に繋がることは、きっと、誰だって望んではいない……。
そして、そんな彼と全く同じ思いを抱くからこそ、有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)の心には、強い憤りが生まれているのだった。
(「ラジオウェーブはいったい何を企んでいる?」)
握るナイフは病院長のために。そして、この先ラジオウェーブに惑わされるかもしれぬ、全ての罪なき人々のために。
けれど、これ以上今この場で感傷に浸る必要は、灼滅者たちにはないのであった。
だから小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)も強き意志とともに、自らの体に刃を突き立てる――瞼の裏に今も映る祖父、常に人類の希望を絶やさぬために医学の道を歩み続けていた道標の顔と姿を、今だけは記憶の中の大切な場所へと追いやって。
灼滅者たちが人々のために傷ついてみせた時、敵は、必ずや現れるであろう……廃病院の病院長――タタリガミの狂おしき戯れ言が生んだ、哀れな魂を模倣した存在は。
●自傷と自虐
「……よろしく、母さん」
安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)の求めに応じ、宙に浮かぶ女性は愉悦の表情を浮かべる。
黒いドレスが彼を撫でる度、棘が鋭く刻を傷つける。
嫌だ。やめて。ごめんなさい……。変わらぬ刻の無表情の中、瞳だけが控えめに感情を吐き出すにつれて、女性の顔は愉悦から快楽へと変化する。そのことは、刻にとっては恐ろしく……けれども何よりも懐かしい『力』の原点……。
傍からは、気分の悪い光景だ。それは死愚魔のただでさえ悪い顔色を、さらに悪くするのに十分といえる。しばらく左右にふらついた後、死愚魔が頭を押さえてうずくまってみせれば、隣には胸を掻きむしり血糊を撒き散らすムウがいる。雄哉も、葵も、ためらいはせず、何かに取り憑かれたかのように自らを傷つけている……片や冷酷な機械のように、片や敵に包囲された侍のようにという違いこそあるが。
「……さて。あっしも一世一代の名演技と行こうじゃありやせんか」
富芳・玄鴉(語り部フォーさん黒カラス・d33319)の腕の皮下で、青みがかった何かが蠢いた。
「ああ、病変が広がってくるじゃございやせんか。すわ、もうこの腕ともお別れか……」
腕ごと寄生体を切り落とさんとしているナイフは、震えてどうにも刃が立たず。その間、見れば暴れる寄生体は、赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)の腕にまで感染先を広げ!
「助けて! このままじゃ化け物になっちゃうよ! ヘルプ! ヘルプミー! 助けて病院長ォォォォ!!」
「あー! あー! わたしの骨が折れたー! お願いだ、早く病院へ連れていってくれえええぇぇぇ!!!!!!」
優奈も全体重をかけて腕を痛めて騒いだのだが……君たち、重要な事実を忘れちゃいないかい?
今、『百物語』は使ってあるけど『サウンドシャッター』はないからね?
かくして八人の灼滅者たちは、怪我と近所迷惑と予期せぬオチを代償に、都市伝説に自分たちを廃病院に連れ込ませるのに成功したのであった。
●壊れてしまった模造品
しんと静まる病院内。鼻をくすぐる消毒液の香は、明かりのない診察室の中でいっそう引き立っている。
懐かしい香りだと、葵は辺りを見回してみた。
診察台。薬品棚。机の上に並んでいるカルテ。病院長がこれらで人々を救うことは……もう、二度とありえない。
葵の中に想いが宿る。祖父が、生前の病院長が抱いていた志――誰かを救いたいという願いは、彼の回復サイキックの力を増して、仲間を癒す力へと変わる。
一方で……目の前の『病院長』は違うのだ。今やサイキックエナジーにより形ばかり再現されたにすぎない存在は、葵の受け継いだ想いとは正反対に、力を、ただ人を傷つけるためにしか使えない。
灼滅者たち全てを軽く診た後に、何やら注射器を取り出した先生。
(「ああ、あれはきっと」)
その時、怪我人にあるまじき反応速度で雄哉が動いた。素早く、持ってきた荷物を逆さにすれば……中から転がり出るのは幾つもの光源!
「やっぱり……その中身は」
強い明かりで照らされて、注射器の中の液体が毒々しい原色を露にする。それを血管に注ぎ込まれる前に勝負を決めようと、雄哉は敵を殴りつけることで引き離す。けれど、病院長は半ば折れかけた首をぐるりと回し、すぐさま再び注射器を振り上げた。
「Let's Look!」
病院長に突きつけたムウのスレイヤーカードから力が溢れ出る。が……敵はそんなことなどお構いなしに、灼滅者たちの『治療』を継続せんとする!
……ぞり。
何かが抉られるような音が聞こえた。死愚魔の方からだ。
広げた力の盾を貫通し、注射針は刺さった死愚魔の手の甲を青紫色に染めている。でも、死愚魔は一度手を軽く振り払うと、隈の目立つ目をたった今自分を傷つけた相手へと向けてぼそり呟く。
「悪いけど、見た目ほど身体は弱くないんだよ。……だましてごめんね」
彼の『マオゥ』も肉球で押し、病院長の足取りをふらつかせ……直後、今度は頭上から、急に何かが降ってきた。
突き刺さる。そして、一歩引いたところをさらにもう一度。誰かさんのせいで折る羽目になった腕はいまだ痛むが――そんなもの、優奈の爪先の鋭さには微塵も影響しない。
どうやら、死愚魔の受けた傷のほうも、ムウの語った不思議の噺で、痛みが随分と和らいだようだった。
(「特に、病院内に入った途端に強くなったとか、そういうのはなさそうだな……」)
碧はそのことに安堵する。もう一つ、都市伝説がラジオウェーブの影響で特殊な力を持っていないかという心配はあるが、こればかりはその時にならねば解らない。今、できることがあるとすれば……敵がその力を放つよりも疾く、『黒百合』の刃を叩きつけるのみ!
……それを、刻は避けさせなかった。優奈とは反対側から飛び降りてきた脚が、病院長の逃げ道を奪い去る。
それでも病院長の顔には、患者を安心させる優しげな笑顔が貼りついたままだった……手だけは今度は注射器に加え、メスまで灼滅者らへと向けてはいるが。
刻の『母さん』があの笑みを浮かべた。病院長の笑顔を完膚なきまでに潰し、恐怖と絶望の面持ちへと作り変えるために、瘴気の波動を彼へと放ち。
が……病院長は変わらない。それどころか彼の表情はむしろ、今まで以上に優しくなったようにも見える。まるで、病院を嫌がって暴れる幼子に向けて、怖くないよと言い聞かせる先生のように……。
……その時、いつの間にか玄鴉が顔を病院長に近づけていた。
「では先生、この顔は貴方好みでございやしょうかね?」
それから顔を覆っていた髪を、病院長にだけ見えるようにかき上げて。かつての油断に対する戒めの傷を、まざまざと彼へと見せつけた後に。
「しかし、本日これより語りますのは、『顔剥ぎ桜』の噺ではございやせん。さて、それでは皆様お耳を拝借。語るは死してなお人を癒そうとした、一人の医者の物語。怖い話? いいえ、これはそう……尊い話……」
●医の道よ永久に
「これは、風に向かい立つ獅子の物語……」
戦いのさなかであると言うのに、七不思議使いの舌は止まらない。
が、語らぬわけにはゆくまいて。最初、霊たちをざわめかせた玄鴉の語りは、一度だけ本題から少し逸れ、おどろおどろしい噺をしばし続ける。
なのに病院長の表情が和らいで、仕事のための笑顔から、本心の微笑みへと変わってみえたのは、玄鴉の語りと重ねるように、ムウも合いの手を入れて、場に安らぎを与えていたからに他なるまい。
もちろん、その事について彼自身に訊けば、こう言ったに違いなかった……単に、自分の仕事を果たしただけだ、と。けれども患者への愛情が決して届かぬ医師の姿は、果たして、本当に彼に何の感慨も与えなかったのだろうか?
だが、今はそれを考えている時じゃない。たとえ病院長の表情が変わっていたとしても、彼の医療器具が今は殺人凶器として使われている事に違いはないのだから。
(「面倒だな……やっぱり医者らしくメディックだったか」)
せっかく死愚魔が広げてくれた力盾も、今、碧の周囲に残っているのは残骸だけなのだ。病院長は巧みなメスで、盾を作る力場を切り刻んでしまった。
後ろに目を遣る碧。『月代』が病院長に纏わせてきた霊気の欠片も、敵が望むならその多くが治療されてしまうことだろう。
(「けれど……それなら何度でも繰り返すだけだ。ああ、厄介だなラジオウェーブは――けれど、確実に一つずつ潰すのみ」)
そして都市伝説が灼滅されるまで意志を貫き通すのは、葵についても同じだった。
「湿布のつけ方は、こう。そして、包帯の巻き方はこうだ」
あたかも病院長に教えるように……あるいは確認を取り教えを請うように。護符とダイダロスベルトを医薬品に見立て、丁寧に仲間たちへと当ててゆく。破られたなら二枚目を、それも破られるなら三重に……志半ばで斃れた先人に、後は任せてくれと祈るかのように!
その行為に、都市伝説がいかなる想いを抱いたかはわからなかった。けれど、死愚魔は病院長の魂が、葵を見て安らぐだろうと信じている。
「ここには、先生を必要とする人はいないよ。だから、安心しているべき場所におかえり」
この人型の存在は、あの世にいる本当の病院長じゃない。だから、死愚魔は全てを言葉にしきれぬ自身の願いを、この意志に乗せて毀してしまおう……そして優奈は自身の分に加えて、殲術病院の『主任』の怒り、すなわちカノンの分まで乗せて!
「形は違えど病院繋がり。病院長の医療への想いを、これ以上都市伝説なんかに台無しにされてたまるか!」
負傷したとはいえ『病院』の人造灼滅者としての誇りが、優奈のメス捌きに鋭さを与え。急所を基点に分解されてゆく体を驚愕の表情で見下ろした敵を眺めて、刻の『母さん』がますます悦びを浮かべる。
恐ろしい夜はこれで終わらせよう。刻が嫌悪する夜の廃病院は、刻が少しばかり意志を定めただけで、なんでもない場所へと変わるのだ。
都市伝説を絡め取る魔法弾。病院長が最後に振り上げた、注射器を握った右腕は……まるで、それを動かしている機械が突然停止したかのように、僅かな間、病院長自身ごと静止する。
きっと、彼は数秒も経たずに動き出すのだろう。そうすれば、再び機会が訪れるまで、何人を傷つけるかは判らない。
でも……雄哉には、それを防ぐための力が備わっているのだ。決して良い思い出ばかりではない人造灼滅者としての力を全て、両の拳に集中させ都市伝説へと無数に見舞う!
やはり、病院長は再び動き出した。どっしりと構えた雄哉を避けて、戦いを仕切り直そうと。
けれども幸運の星が選んでいたのは、都市伝説ではなく灼滅者たちだったようだ。
いつもよりも僅かに速く振るわれた拳は……その最後の一撃で、病院長の姿をした似て非なるものを打ち砕いたのだ。
●病院長に冥福を
かくしてラジオウェーブのラジオの生み出した存在は、それが惨事を引き起こすよりも早く、噂へと永遠に戻りゆく。つんと鼻をつくような消毒液の匂いも、几帳面な字で書き込まれた無数のカルテも、主の消滅とともにその姿を塵と変え……。
もう、誰もいなくなってしまった机の前で、ムウは静かに黙祷を捧げた。それがあの世で見ている病院長への報告なのか、はたまた、名医になりたくてもなれなかったサイキックエナジーへの塊を悼むものなのかは判らぬが。
そして、ムウから少し遅れて、葵も祈りから顔を上げた。人を救うことを生きがいとしてきた人が、これ以上救えなくなってしまった無念。そればかりか人を傷つけることに繋がった苦悩。それはこの先……葵自身の人生で晴らすのだ。
なんにせよこれ以上、死者の魂が穢されることはない。そのことにほっと一息ついて、さて……と周りを見回せば、死愚魔は共に戦ってきた仲間たちが、妙に派手に汚れているのを思い出す。
その視線に気がついて、刻は一言、どうしても不思議な気分だと呟いた。
最初に作った傷は確かに痛む。なのに、どうしてか戦いの時ばかりは不都合がないのだもの。いいのか悪いのかさえ判らない。
死愚魔が言った『汚れ』とは、その傷のことだった。病気を装った死愚魔やデモノイド寄生者二人を除けば、皆、多かれ少なかれ自身の血なり血糊なりをぶちまけているのだから。
いや……ただ一人雄哉だけは準備よく、既に隣の部屋で新しい服装に着替えていた。それから戦いの傷跡の残る診察室を、本来あるべき姿へと整え始める。
「もちろん、あっしも手伝いやすとも」
そう声をかけたはいいものの、住む者のいない、氷点下近くまで冷え切った建物の床掃除には、玄鴉も少々手を焼いた。
「かといって、このままハイさようならと言うよりは、院長さんも多少は報われることでございやしょう」
そして……。
全てを無事に遂げた後には、灼滅者たちは次の思索に耽らねばならぬのだった。
(「ラジオで都市伝説を生み出すラジオウェーブ……か。それも人に危害を加えるものばかり。あの電波少年は……都市伝説は恐れられて然るべきとでも考えているのかね?」)
休む間もなく思考を巡らせて、来る途中に考えていた事柄を改めて考え直す碧。じっと、その場に立ち止まって沈思黙考していると……その耳に、優奈の声が飛び込んできたのだった。
「どうだ。誘い出しの時、わたしのもなかなか迫真の演技だったろう?」
それから……いまだに左腕をぷらぷらさせながら、まるで何かをねだるように。
「ところで、この腕もそろそろ治してもらえると助かるのだが……」
知らねーよ。自分でメディックに頼みにいけよディフェンダーじゃなくってさ。
作者:るう |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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