2017年2月29日

    作者:るう

    ●廃工場跡
    「さて問題。今年の2月は何日まであるっすか?」
     愛用の武器を肩に担いで、獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)は集まる灼滅者たちに訊いた。
     それから姶良・幽花(高校生シャドウハンター・dn0128)の、平年だから当然28日、という答えを聞いた後、口許に薄い笑みを浮かべてもう一度問う。
    「それは……本当に間違いないっすかね?」

     天摩が聞いた噂によれば、この廃工場でかつて造られていた製品の中に、2017年2月を29日までとして計算している電子基板があったという。
    「仮にその噂が本当だとしても、もちろん単なるミスに決まってるっすよ。けど、誰かが冗談めかして言い出したっす……『この工場には本当に2017年2月29日があって、それは我々には存在に気づけない、バグった世界の日付なのだ』、と」
     都市伝説『2月29日の世界』は、2月28日から3月1日に変化する時に現れる。灼滅者たちがその瞬間に立ち会って、バグった世界を探検し、核であるバグのある電子基板を破壊してこなければ……バグはいつか、現実世界にまで侵食し始めるかもしれない。

    「噂から考えればバグ世界の構造は、この現実の工場がベースだと思えばいいと思うっす」
     天摩が語る廃業前の工場は、電子基板生産ラインの並ぶ大部屋を中心に、西に部品倉庫、東に製品倉庫、南に事務所があるというものだった。核は恐らく、その四つの部屋のうちのどこかに隠されているだろう。
    「で……敵っすけど、こればかりは正直、実際に入ってみないと判らないんすよねぇ。ゲームなんかだと、体の一部がモザイクや別の物になった人だとかがぞろぞろ出てくるところっすけど。それでこっちにもバグを感染させてくる」
     それが実際に起こると思うと気持ち悪い。けれど、核さえ破壊できてしまえば都市伝説は灼滅され、バグも全て消えるに違いない。
     だから、天摩は不敵に笑うのだ。
    「さてと、灼滅者による物理デバッグ、開始しようじゃないっすか」


    参加者
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    三和・透歌(自己世界・d30585)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)
    十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)
    四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)

    ■リプレイ

    ●工場入口
     まるで死んだかのように横たわる工場。かつてはトラックが行き来していただろう広い正門も、今や硬く閉ざされたまま開かない。
     扉が人を迎え入れたのは、一体、何年ぶりであったのだろう? 門を乗り越えた灼滅者たちの他に、人らしき気配は存在しない。こういった片田舎にはつきものの、遠くで爆音を立てる暴走族らも、急にこの工場で肝試しをし始めようなどとは思わないだろう……辺りに、水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)の怪談の余韻が残り続ける限り。
    「紗夜がいれば安心だな。では、私らは早速持ち場に向かうとしよう」
     まるで待ちきれぬといった風に、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が扉の向こうに消えていった。
     これから始まるのは不思議な冒険。ならば子供心がうずくのは、決して不思議な事じゃない。
    「日付によって起こるバグ、か……。都市伝説らしいと言えばらしいな」
     愛機『マシンスネコスリー』に跨る四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)の顔色は、トレードマークのヘルメットに覆われ判らなかった。けれど、彼が工場探検かと改めて呟いた時、全身はわくわくと揺れている。
    「そうですねえ。今回はまた、いかにも都市伝説ですねえ」
     十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)の口ぶりにもやはり、少しばかり楽しげな様子が含まれていた。ランタンを掲げて辺りの様子を覗って、それからシエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)のほうを振り向いて。
     けれども……朋萌は心配そうに首を傾げたのだった。何故ならシエナの様子は心ここにあらず、まるでどこか彼方へと引き寄せられそうになっているようだったから。
    「最近、ヴァグノの様子がおかしい気がするですの……」
     サソリを思わせるマシンを見遣り、うわ言のように呟くシエナ。気をつけるっすよ、と獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)が声をかけた。
    「何かあってからじゃ遅いっすからね……折角、連絡先も交換したんすよ。何かあったらすぐ連絡してほしいっす。そうっすよね三和さん」
     振られ、三和・透歌(自己世界・d30585)は工場の壁に寄りかかって視線を伏せたまま、黙ってこくりと頷いた。
     さて、始めよう。
     しばしこの退屈な日常を離れ、非日常の刺激に身を委ねよう。
     二つの世界を繋げてくれる『ウェッジ』に乗って、この惰性ばかりの人生に刺激を与えなければ。
     でも……真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)はこの先の世界すらまるで下らないとでも言うように、大欠伸してあの父親と部下たちの顔を思い浮かべるのだった。
    「バグ取りのために深夜出勤……ね。うちの会社のSE連中も、こーいう気持ちでやってんだろうね」

    ●製品倉庫(1)
     木を隠すには森の中。『核』が基板であるのなら、当然、基板も製品倉庫にあるだろう。
     それが、紗夜が製品倉庫を選んだ理由だった。
     考え方は悪くない。けれども紗夜の唯一の誤算は……同行者が、少々長話だった事だ。

    「やはり、閏日という概念がわかりづらいのだな。空白がある、というのは、形而上学的な論に過ぎないとはいえ……」
     紗夜の方など見向きもせずに、摩耶は何やらとうとうと持論を展開していた。
    「……1日を24時間に区切るからいけないのではないだろうか? 例えば、時間の単位をだな……」
     延々と、語るわ語る。もしもこの場に姶良・幽花(高校生シャドウハンター・dn0128)がいたら、きっと適当な理由をつけて逃げ出してたに違いない!
     でも、摩耶が独壇場を繰り広げていたからといって、紗夜はその程度では参らない。
     この程度の長話でバテてしまっては、七不思議使いの名がすたる。
    「知ってるかい? プログラマーにスパゲティーソースと言うと、頭、抱えるらしいよね」
     さあさ、お立会い。まるで反撃とばかりに語りますのは、どこで仕入れたものやらプログラマージョーク。
    「あとこの業界、後藤さんは嫌われてるそうだし……goto文、慎重に使わないとバグの元」
     けれど、そんな会話のドッヂボールも、ついに終わりを告げる時がやってきたのだった。

    ●事務所(1)
     一方、事務所では。

     器用に愛機に乗ったまま身を乗り出して、綴は机の上のパソコンを操っていた。
    「半角と全角、>と≧、アドレス指定、何を間違えても大概無限ループでメモリリークじゃからなぁ……」
     流れる画面を見ながら溜め息。しまった、思わずお国訛りが出てたじゃないか。
     聞かれちゃいないかと見回すと……一緒に部屋に入った櫟がいない!
    (「まさか……もし噂の出元が事務所にいた社員だとすれば、既に『核』に襲われて!」)
     慌てて闇雲に愛機をターン。すると……。

     来客用ソファにビハインドの『イツツバ』とともに腰かけたままで、櫟はひらひらとおざなりな手を、綴に向けて振っていた。
    「コイツが、バグに怯えて役立たないんだよね」
     嘘は吐いてない。単に、自分もソファにバグがない事ばかり確認中なだけで。
     まるで、ホントは山ほどやる気があるんですよ、とでもアピールするように、櫟はイツツバをソファから蹴り出してやる。
     そしてイツツバが、手近な引き出しに手をかけた瞬間……。

    ●部品倉庫(1)
     その頃、部品倉庫――。

     小さく、くすくすと朋萌が笑う。
     壁には、半分埋もれたまま、梱包を開き、部品を巻き取ったリールを手に取り、歩き、の動作を繰り返す男。必死に仕事をしているつもりらしい彼が、実際は梱包もなければその場から動いてすらいないのが、どうにも朋萌には可笑しくてたまらない。
     控えめに男を指差して、シエナの名前を呼んでみた。すると、シエナは急に気がついたような顔をして、朋萌に儚げな微笑みを浮かべてみせるのだった。
    「わたしも、バグを見つけてみせるですの」
     見定めたのは倉庫の端の、時とともに姿を変えるオブジェクト。その変化のパターンを見極めて、機械から棚へと変化した瞬間に……勢い、中身をぶち撒ける勢いで引っぱり出す!
     中身は、多くが技術資料や発注書の類だった。でも……その中に、明らかに異質な存在が一つ。
     シエナの瞳が……不意にそれへと惹き込まれた。

    ●大部屋(1)
    「どうすか? 何か、見つかったすか?」
     呼ぶ天摩の声に首を傾げるだけで返し、透歌は乗っていた箒から降りた。部屋を西から東まで貫く生産ラインを越えるためには、確かに箒が有用だったが、まあ……だからってどうだという事もない。せいぜい、バグで無限に基板らしきものが量産されている場所を一目で発見できただけだ。
    「行ってみますか?」
    「もちろん、行くっすよ。姶良っちもついて来てくれると有り難いっす」

     伝承の魔女を思わせる、透歌の箒とは対照的に、近未来的フォルムの『ウェッジ』を駆る天摩。少し、マシンを加速させ、透歌の耳元で囁いてみる……すると。
    「以前、アンブレイカブルの残留思念と戦った時、三和さんのお兄さんと一緒だった事あるんすよ」
    「そうですか」
     つれない返事が返ってきた。肉親が闇堕ちしたまま戻ってこぬ彼女を慰めよとした天摩に対し、どうやら当の透歌自身は、元から兄への興味などさほどないらしい。
     気まずい沈黙が辺りを支配する。どこか他の部屋で起こっているらしい騒ぎが、この部屋まで響いてくるほどに。
     けれど……それも、長くは続かなかった。
     天摩が何とか次の話題を捻り出すより早く……彼らは、バグった機械の元に辿り着いていたのだから。

    ●製品倉庫(2)
     再び、製品倉庫――。

    「すまないが、納品書に書かれた品番を読み上げてくれ」
     摩耶が段ボール箱を漁りながら指示すると、声が摩耶へと答えるのだった。
    「えっとね、AEの……」
    「おお、気が利くな姶良。わざわざ大部屋から駆けつけてくれるとは」
     機嫌よさそうに返す摩耶。でも……横から見ている紗夜からは、恐らく摩耶が想像しているだろう光景とは全く違う、恐ろしい光景が見えている。
     摩耶に忍び寄り、声だけは幽花のフリをしながら襲うタイミングを待る猫のぬいぐるみ。
     その声を信じてはいけない……そう警告したかった紗夜ではあったけれども、彼女は彼女で手一杯だった。
    「後藤です」
    「後藤です」
    「後藤です」
     口々に自己紹介しながら紗夜に近寄るおじさんの群れ。時折、顔が虫のものに変化するのは、彼らが『バグ』であるからだろうか?
    (「プログラムには『ブレイク』もあったっけね」)
     敵の攻撃に思いを馳せつつ、一人一人、確実に屠って切り抜けた紗夜が摩耶の方に目を遣ると……。

     摩耶は、酔拳じみた謎の『バグのポーズ』で、飛びかかってきたぬいぐるみを回避したところだった。
     ぬいぐるみはそのまま壁にぶつかって、幽花の声で泣きながら消えた。

    ●大部屋(2)
     そこでは、不思議な光景が繰り広げられていた。
     機械は入ってくる基板もないのに、勢いよく製品を排出し続ける。
     いや……それは、本当に『製品』と言えるのだろうか? それらは現代的な電子回路の代わりに、天摩の纏うサイバー感と同じ光で回路を構成している。あるいは宇宙人による超技術、はたまた古代文明による魔術的な紋様であるのかもしれない。
    「この中に、『核』も混ざってるかもしれないっすね」
     天摩はそうは言ってみたものの、機械の生産速度より早く『製品』の山を掘り返すのは、骨どころではないように見えた。が……天摩が腕を組んでいると、透歌の詠唱が耳へと飛び込んでくる。
     絶対零度の嵐が吹いて、光の回路たちが瞬いた。そして……それらが全て光を失ったかと思った直後、無数に爆発音が重なると同時、全ての基板が輝く『+3EXP』の文字へと変わる!
    「本当にこんなもので経験値が稼げるのなら、何も苦労はないのですけれどね」
     透歌は、つまらなさそうに洩らすのだった。それから、何の毛なしに機械の方の蓋を開けてみて……。
     足元に『没イベント』と書かれたメッセージボックスが生まれ、そして消える。
     ちなみに天摩も『製品』の山があった場所を調べてみたが、どこにも『核』らしきものは見当たらなかった。

    ●部品倉庫(2)
     それは、まるで『卵』のようだった。
     その正体をシエナは知っている。四大シャドウ『絆のベヘリタス』の『秘宝』……彼女がずっと捜し求めていたものに、卵は似ているように見えたのだ。
     朋萌が何か声をかけても、シエナは魅入られたまま応えない。最初は少し心配そうに、それから言い知れぬ不安に包まれたように表情を変えてゆく朋萌。
     朋萌にとっては大切な友達のシエナが、何か、別のものになってしまうのではないか? そんな恐ろしさに囚われていたから、彼女は、『それ』がすぐ傍までやってきていたのに気づかなかったのだ。

    「いやあああああっ!!」
     朋萌の悲鳴がシエナを現実に引き戻す。見れば、顔面が福笑いのように崩れた少女が、朋萌の顔を覗きこんでいる!
     反射的に少女を突き飛ばす朋萌。尻餅をついた少女の輪郭を……これまたシエナは知っている。
    「コルネリウス……さん?」
     都市伝説の中とはいえど、ここは夢の世界に近いはずだった。ならば、シエナが慕っていたシャドウの姿が、ここにあってもおかしくはない。
     ……そう願う傍らで、同時に、冷静な何かも彼女を引き留めるのだ。
     全ては、都市伝説が願望を読み取っているだけに違いない。証拠に、彼女は朋萌が標識を振り回しただけで、呆気なく消滅してしまったではないか……。

     襲いかかってきたバグを蹴散らした後で、朋萌はほっとしてシエナに手を差し伸べた。
     もう、大丈夫だと言うように。
     そして、彼女の悪夢を和らげるかのように。

    ●事務所(2)
     突如、間欠泉のように吹き上がるバグ!
     文字と模様のモザイクが、引き出しから飛び出してイツツバの顔面を襲う!
     両手で顔を覆うビハインド。何やってんだよと悪態を吐いた櫟は……けれども、特に何かをしようとはしない。
    「ちゃんとそのバグ、取っとけよ?」
     それだけ命じて欠伸する。その間にもバグに侵食されて、徐々にバグの塊へと変じてゆくイツツバの姿は……思わず綴もビビるほどのグロさ!
    「なんて事だ! ここは俺がやるしかないのか!」
     こんな悲劇を見過ごす事など、ヒーローたる綴にはできはせぬ。バグの一つすら潰せずして、何がヒーロー・シケンヤか! 愛機の上に立ちポーズを取ると、そこから天高くへと跳躍し!
    「必殺! 備前焼……ッ!?」
     どすばきごか。
     天井、床、それから再度天井に衝突した後に辛うじて標的に到達し……綴は、バグをイツツバごと消し去っていた。
     けれど……ビハインドを消された当の櫟は。
    「……ここのバグ、思ってたよりクソおもしれーわ」
     それを一切気にしてないどころか、多少は時間外労働した甲斐があったねと、手を叩いて喜んでいた。

     そして引き出しの奥に隠れていた『核』の存在を見落とした。

    ●2月29日の終わり
     結局……なんやかんやで櫟も勤労に従事する羽目になり『核』を発見したのは、それからしばらくしての事だった。
     工場内の危険なバグは、幽花だけでなく神無日・隅也(d37654)の手伝いもあり、灼滅者たちに大きな損害を与える事なく一掃されている。灼滅者たちが『核』――どす黒いオーラに包まれた、赤いLEDで『2017-02-29』と表示されている電子基板を破壊するのを妨げるものは、少なくとも今は発生していない。
     天摩のゴーグルは緑色の光で『核』をスキャンした。
    「これで、ようやくこの世界ともお別れっすね」
     刀を真上へと振り上げて、仲間たちと呼吸を合わせ。
     透歌も、もう、この世界に未練など残っていなかった。だって……無数のバグも慣れてしまうと、存外、退屈なものなのだもの。
    「時間外労働は終わりだよ」
     それが、櫟が『核』へとかける別れの言葉。助走をつけたマシンスネコスリーの上で、さらに前方へと跳躍する綴のキックも、今度は真っ直ぐに『核』へと迫る!!
    「今度こそ……備前焼……ッ! キィーックッ!!」

    ●3月1日の始まり
    「デバッグ完了。……だな」
     バチバチと回路から火花を散らし、LEDの光を失ってゆく基板から、摩耶は鋭い鋏の先を引き抜いた。物理的にも魔法的にも押し寄せた、灼滅者たちのサイキック攻撃は、最早、『核』に消滅以外の道を残してはいない。
     8月32日……というバグを、ふと紗夜は思い出すのだった。そこでは全てが壊れて終わるが、この2月29日は、ちゃんと3月1日へと戻りゆく。
     だから……シエナが手に入れたと思ったベヘリタスの秘宝も、そのまま崩れてゆくのだった。何故だか涙が頬を伝う友人を、朋萌は、どのように慰めてやればいいのだろう? 彼女には、一体何ができるのだろう?
     いずれにせよ、都市伝説の生んだ出来事は、何もかもが終わりゆく。都市伝説はサイキックエナジーに戻って霧散して……いや。

    「興味深い、実に興味深い……!」
     密かに探索に加わっていた倫道・有無(d03721)が、この日を彼の中で永遠に留めたのだった。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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