花よ咲けよと催花雨は

    作者:那珂川未来

    ●東風吹かば
     ざんざんと、雨が降っている。
     春に雨模様が続く事を菜種梅雨、或は催花雨と呼ぶけれど。その雨も終わるだろうと予報されたこの日は、何故か篠突くかのような、大気噛み砕かんばかりに激しい雨だった。
     そのせいか境内はとても寂しげな雰囲気で、泥に汚れた日影のなごり雪や、潰されたままの枯れ草に、どこかしら惨めな都市伝説の纏う悲愴さを際立たせているように見えた。
     本来なら結っていただろう髪も、烏帽子から零れ落ちる幾つもの筋となって流れ、真っ白な面に悲しい涙のように張り付いていた。ぼうと虚空を見つめる目に光沢はなく、絶望にも見えた。
    「あれが、噂の都市伝説かしら……?」
     頬に張り付くローズブラウンの髪も、白弦・詠(ラメント・d04567)の深い海色の瞳を際立たせている。仄か微笑を浮かべたまま、深い雨の中を泳ぐようにして、近くの物影へと。
     実はこの辺に、とある怨霊が祀られる前に世界を祟っていた時の欠片が蘇っているのでは、と噂が立っていた。
     それは、雷を司る怨霊であった。
     名は、ミチザネとされている。大宰府から遥か遠いこの地に何故――と思うだろうが。その辺りは都市伝説ならでは、なのだろう。
     具現化を確認した詠は、早速知り合いを呼ぼうとしたその刹那。
    「……やっぱりきたのね」
     艶のある唇は、少し楽しげに綻んだ。
     派手な見た目の通り、いつもならやかましささえ感じるタタリガミ・ラビッシュであったが。まるで何億年も命を廻り廻ってようやく会えた様な顔をしていた。
    『お初にお目にかかる、雷公』
     恭しく頭を垂れると、
    『憎んでおいでか? 恨んでおいでか? そして孤独に泣いておいでか? そうさね。孤独は讒訴によって生まれた憎しみをより煽るだろうさね……だのに必要以上に憎めぬ不条理は、東風に乗って聞こえてくる想い人へのひとひらかね?』
     そう言って、掌にある梅の花弁を雨に流しながら。
    『……わしも孤独さね。思い出したのだよ。持ち主死しても、永久機関の呪いにいつまでも笑み奏でる樞人形。孤独のまま永遠に逝けぬ苦しみ背負った都市伝説を喰ったのか。否然し、容ある以上いつかは壊れるのがこの世の理よ。雷に得た命は、雷にて飛散する――雷公どの、その憎悪と途方もない孤独、わしが残さず喰ってよいかね――?』
     ざんざんと、雨の音。
    (「ラビッシュ、貴方は恋しいのかしら? それとも――」)
     物思いにふけながら、詠はどうしようかしらと唇だけで呟いた。
     吸収されてゆく都市伝説、『雷公ミチザネ』。今回はその能力を有したラビッシュを相手取ることになるのだと、詠は雨に寄りそいながら思う。
     今見る限り、少なくても雷で脅かすサイキックは持っているだろう。炎やパラライズのバッドステータスは推測できる。

     大気すら埋め尽くす雨の中。暗雲の下、海のトワイライトゾーンのように乏しい光しか届かぬ空を見上げながら。
     もう、終わりにしましょう――?


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    高城・時兎(死人花・d13995)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    黒河・凜(高校生七不思議使い・d37435)

    ■リプレイ

    ●あめの下 のがるる人のなければや
     仄暗い雨の底で、ひらり動く光へと振りかえるその面。双眼は血の様に赤く光を反射した。
     黒河・凜(高校生七不思議使い・d37435)が語る噺は、地を叩く音に混じるものの――照らされた影に近づく姿は、物語の中の少女(フィギュア)の如く。

     ――あなたは私のマスターに相応しいか、実力を確かめさせて貰う。

     其処まで語ったあと、凛はそっと会釈する。
     シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は何処か紳士的な所作で、
    「初めまして、君の噺を彩りに来たよ」
    「ずいぶんと面白そうな噺、食べていたのね」
     新たな都市伝説の姿をしたラビッシュへ、橘・彩希(殲鈴・d01890)は面白くもなさそうな顔を向けた。
     孤独の永遠。
     永久機関の呪い。
     すでに祀られた祟り神の欠片よりも、そちらの方が興味深かったというのに。ラビッシュはただ、口元の笑みを深くしている。
     たぶん喰っている瞬間見られているなんて思ってもいないのだろう。古賀・聡士(月痕・d05138)にはなんとなくだが、「雷公ミチザネ」で出るか「樞奏者」でいくか否か探っている様な気がしたから。
    「ラビ、イメチェンした?」
     くすくす笑いながら、久し振りと挨拶しようものなら。
    『あらやだーんっ、わしってわかるのかね聡士君!』
     結局のところ素は変わらぬわけで。相変わらずのノリと見た目のギャップを見ながら。
    「……俺、前のが好みだった」
     ぼそっ。
     其処を見ているようで何処も見ていないような赤い瞳で高城・時兎(死人花・d13995)が呟くものだから。
    『もー、時兎君はイジワルさね。貴君は此岸の容の美醜など興味もなかろうに。しかし「樞奏者」がお好みとあらば、わしの生着替えを披露しても良いのだが、女性陣にはハレンチ過ぎる刺激よりも別の刺激の方がお好みだろうさね。そーゆー意味でも、こっちの方が満足していただけると思うのさな』
     雨の中に奔る光。それを時兎は追ったが、ふっと戻した視線で交わすのは是だ。同じく、遊ぶなら歯応えを望む聡士の目も、この雨の中でも月明かりの様な静かに輝く左目は殺意を湛えていた。
    「報告書、拝読させてもらった、わ」
     漣・静佳(黒水晶・d10904)は真黒な空の下、雨に打たれながら問う。
    「そこまで望んだ相手を吸収して、そうして貴方の旅は終わるのかしら?」
     それとも――。
     雨に濡れた黒髪は微かな囁き声に揺れた。そして、静佳が掲げた灯に輝石の様に艶めく。
    『やっと生まれ変わったようなものだもの、逆に始まりさな。それに生きている以上わしに満足なんてものは在りはせんとは思うのだよ。この容とて所詮は塵芥で固めたツクリモノ。満ちれば欠ける、容ある以上いつかは壊れる、世の理さな。さぁて、いつかの答え合わせをしようか』
     雨を受け止めるラビッシュの掌、梅の花弁一つ。

     ――欲しい容……手に入れたら、その後は?

    『次は奥さんの祟り神を都市伝説として生み出し喰って、わしのものにするさね』
    「奥さん? 菅公夫人のことかな?」
     シェリーが問うものの、歪な笑み、蛇の様に暴れ狂う放電が世界に閃くのみ。
     何処か稚拙で、何か異様で。遊び好きな者らしからぬ余裕の無さを肌に感じ、炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)は違和感を覚えながら、
    「雷公の憎悪を喰らい、何を見る。わたし達に牙を向け……お前の恨みは、孤独は晴れるか」
     まだ、軛が影より愛刀を編み上げることはない。
     ただ目の前に居るのが容だけとはいえ天神様を模しているならば。想いが一族を一族足らしめる故、畏敬を覚え、敬愛の情さえも。
    『晴れるも何も。最終的に、死が訪れる噺を紡ぐことこそわしの目的』
     そんな軛の念すらラビッシュはからかうような目を向け、手にした雷で挑発してくる。
     彩希はそっと微笑と共に目を伏せる。

     ――ねえ、貴方は恋しいの? それとも……寂しいの?

     故人を都市伝説にしてまで黄泉がえらせて一緒になったところで――やっぱり魂の無いツクリモノでしかないというのに。
     ざんざんと、雨が降る。
     べったりと張り付く雨は憎しみのように気持悪く、けれど誰かが泣き縋っているように、静佳には思えた。
    「ラビッシュさん……容ある以上いつかは壊れるのがこの世の理、というなら――」
     本当は、孤独が苦しいものだったのか。それとも孤独であることが良かったのか。きっとラビッシュ本人にもわからないのだろう。羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)にはもう、今迄の様な遊び方は出来ないのだと分かったから。
    (「逃げる事も出来るはず。けれど逃げる気はない、その意味を。あたしは、あたしたちは――」)
     右手に具現化するは仁王の如き。孤独を受け止める様に、災厄砕く鬼の手を広げた。

    ●ふる雪に 色まどはせる梅の花
     雷鳴が轟く。
     この大雨の中、前衛陣に炎が噴いた。
    「あまおと、行くよっ」
     陽桜の鬼の腕に巻き起こる嵐の中、あまおとが放つ六文銭の雨によって生まれた隙間。彩希が花散らせるように放った琥珀の輝きを受けると、聡士は火炎を突き破るようにして突出する。
    「こうしてラビと相対するのは2度目だっけ?」
    『五回も会っているのにねぇ! 意外や意外!』
     聡士と鍔迫り合いうっていう物騒なお見合いした後ひらりかわすラビッシュへ、難なく合わせる黄昏が赫と絡まり、雨夜に浮いた。
     かわすその刹那を掴みながら、凜が狙いを定めてベルトの先端を放ってゆく。
    「っ!?」
     相手が能力値を底上げしているのに合わせ、自身の命中精度を絞って挑んでいる凜だ。当たったと思ったのに、手ごたえを感じられずに目を見開く凜の様子をちらと見ながら、狼の如き低い姿勢で迫る軛。着地点を予測して、赤と黒が際立つ十字架の先端を押しこんだ。
    「術式のよう、ね」
     レキ・アヌン(冥府の髭・dn0073)とディフェンダー陣の傷と強化を分担しつつ、静佳が端的にラビッシュの強耐性を周知する。
    「だから、当たったのに手ごたえを感じられないんですね?」
    「きっと、そうだわ」
     レキへと頷く静佳。察するに、術式の攻撃だけはほぼ無効にも等しい。
    「成程ね。学問の神様らしい耐性ということなのかな」
     初撃は虚しく外れたものの。シェリーは静佳から届いた癒しの矢の速度に乗って翻りながら、
    「どんな物語でも幕は引かないとね――それが憎悪と孤独の物語なら、尚の事」
     シェリーの真っ白な指先から、エピローグを描く為の影の揺らぎが筆先のように柔らかに踊る。奇憚の追撃を受けながらも、指先が紅を引いた。
     爛々と目を輝かせ嗤うラビッシュ。灼滅者は瞬間的に青竜を見る。道真公も青竜と化し祟ったというが、轟く咆哮は耳が割れんほどだ。
     残光去った後、彩希の傷口に浮く痺れのしこり。
    「これだけじゃ、私を呪い殺せたりしないわ」
     変わらぬ微笑を浮かべ。比べるべきものではないにしても、自分自身が抱えた業も相当なものよ、と言わんげに。
    「その炎、雷、強力な攻撃や状態異常をまき散らしたところで私は……いいえ、皆を止まらせる心算はないわ」
     地盤を固めるまでの炎の鎮火はあまおとの除霊眼に任せ。彩希がも一度画くサインの色は菜の花の如く。
    「孤独が、貴方にとって苦しいものか恋しいものかはわかりません。でも、あたし達と縁が繋がった時点で、孤独とは無縁になっちゃったのかもしれませんよ?」
     その交わりを表わす様に、陽桜はさくら・くるすを翻し。桜花の綻びに彩希の菜の花色重なれば、春の巡りを表わすかのよう。
    『はっはー。上手い事言うさね、陽桜嬢は』
    「事実そうです」
     こんなときでも能天気なラビッシュは、ぜったい雨よりも、自分がそう在りたかったものにも似ているようで、ひたりと心痛くて。けれど羨望よりも、その奥に潜む苦しみは、やっぱりあの時の自分に似ている気がして。
     そんな陽桜の心を読んだのか、わからないが。笑い声と共に雷爆ぜる。
    (「もう、強化寄りの回復では間に合わない、わ」)
     癒しの力の方を優先して、静佳は黒水晶の安寧を思わせる様な裁きの輝きを陽桜へと下ろす。
     軛は大雨の中に飛沫の弧を浮かせながら。先端の砲口より解き放つ氷華の弾丸、仄か大気に霜を巻きながら。それを渡るかのように軽々と大気の中を滑ってゆく時兎の唇が、音を紡いだ。
     魂(きみ)と、魄(うつわ)、霊の緒解きて。陽元と陰元に霊還り。そんな、想いを込めながら。
     聡士の紅ノ月魄が風切る音が重なって。それだけで大気に鮮血が混じる。
     透明な氷の欠片は、また激しい連なりとなってラビッシュの身に噴く。迫る凜のチェーンソーの刃に抉られたから。
    「せっかく学問の神様として祀られているのに、どうして雷を司る怨霊としての都市伝説が生まれてしまうのでしょうか――」
     残念な気がします、と。勢い緩めぬまま爪先の炎を翻し、凜なりの疑問を囁いたなら。するとラビッシュ、身に重なる戒めを吹き飛ばしながら、
    『人造(レプリカント)のお嬢(凜の事)、そうは言っても雷公は荒御霊よ? 火雷天神という御霊でありながら、日本三大怨霊の一柱よ? 何もおかしなことではないさね』
     狙う様に青竜が轟く。
    「嗚呼、此方を向いて――」
     咄嗟シェリーが受け止めて。鮮血に身を彩ろうとも、ただ淑女的に笑い。
    「わたしの名前も覚えていってよ、ラビッシュ」
     影の指先が名のスペルを描きながら悪夢を呼ぶならば。
    『そりゃあもう、シェリー嬢のお望みとあらば』
     ラビッシュの言の葉は、毒を孕んで雨に混じる。
     庇いまくるディフェンダー陣は、あまおとが特に殺傷具合が危くて。目配せして、それでもあまおとに六文銭を命じるならば。ばらりと雨を消し飛ばしてゆく銀の中、陽桜が鬼神の腕に桜花纏わせつつ死角から、
    「ラビッシュさん……雷公さんや都市伝説の孤独や永久の呪いも。それらを背負う貴方の永久も全部」

     ――あたし達がここで終わりにしますから。

     上手く虚を突いた一撃。衝撃に後退したラビッシュが、流れる血を払いながら。下から恨みがましく、怖気立つような都市伝説の顔付きだけを浮かせ。
    『――わしねぇ、これでも所帯持ちだったのさね。可愛い奥さんと子宝にも恵まれて幸せだったのよ。素敵な役職なんて持っちゃったりして一応いい旦那さんしてたのさね。けれどねぇ……突然あらぬ罪ふっかけられて別荘(刑務所にも同義)行きさね。その間に奥さん心労で病んで死んじゃうわ、子供達村八分だわ……』
     雷握りつぶして怒り露わにしたかと思えば、
    『そりゃあもうわし、腹の底から煮えくり返っちゃってねぇ!』
     イイ笑顔で火雷を撃ってくる。
     静佳が息を飲んだ理由があるとすれば、ある重なりに気付いたからではなかろうか。
    「おなじ、ね……」
     道真公と――そこまでは言葉にならなかった。
     雨の中、憎しみも哀しみも雷の轟音の中で消えてしまうような錯覚を見たのは、ラビッシュの中では何もかも全て終わっている様な気がしたから。
     隣立つ軛も何も言わなかったが、手に持つ刀に妙なブレがあったのも、天神を想うなら。
    「無念は計れぬ……しかし祟りに囚われ名を曇らせ、そのようなこと見過ごせぬ」
     得た答え、辿り着くは終焉か。
     望む故、雷公が歪められたのか。
     冤罪を救う神に、縋りたいのか。
     思考したのもつかの間、ゆるり首を振って。

     ――最早分からぬ。我楽多のお前こそ……。

     軛が天を仰げば、雨はいつしか冷たい雪に変わる。
     嗚呼、花が咲くかの如く雪明かり。
     最後の雪が降る夜に。消えるその身を呪うか、看取る者もいない孤独を謳うか、或は復讐するのか、雪だるまに問うた意味を、聡士と時兎は理解して。
    「……ラビとのお別れ寂しくない?」
     破裂する雷鳴に身を苛まれながらも。鮮血という名の彼岸を纏い、時兎は尋ねる。
    「そうだねぇ、ちょっと寂しいかなぁ」
     冗談っぽく笑う聡士の声色は、いつもより幾分哀愁めいているけれど。しかし振るう矛先の色はいつも以上に赫き彩。
    (「……止めてあげられるならきっとその方が良いのでしょうにと思ってしまう……」)
     花が枯れるなら、枯れる前に手折ればいい。
     困るなら、斬ればいい。
     命を『絶つ花』はいつもそうして。殺めることに情愛や鮮烈さを覚えど、余分な哀の感情にも似たものなど浮かんだことがあったか――止めてあげられるなら止めてあげるべきという明確さは、今は白に紛れ。
     そんな刹那さえ、彩希の左手に在る花逝が身に染みついた業のままに閃く動きでかき消える。
     凜が生み出す爪先の焔は白い雪の中に鮮やかに。陽桜の振るう桜花が散りゆくならば。
     逢魔が時に際立つかのような比翼の残光に重ねた、時兎が紡ぐ咎音。弾け飛ぶ血の破片、まるで散りゆく書物のひとひらの如し。
    「狐の宴の森の中で……あんたが死ぬ時に話してくれるって、言ってたよね……最後にきちんと死が訪れる噺……」
     時兎は言いながら、黄昏の咎を突き付けた。
    『わからないかね時兎君。すでにもう、終幕付近まで語り終わっているではないか……なぁんて、わしの噺ではなかったさな。樞奏者の噺だったか……』
     そういうラビッシュは、確かに虫の息。どこまで自分を語っているかも、結局聞き手には計れぬのもそうだが。それでも人を喰った様な顔しているから、本当に瀕死に見えないのがまた困る。

    ●樞奏者・ラビッシュ
     ラビッシュと名付けられた球体関節人形は、足の病気を持つハイネの唯一友達でした。
     いつも大事にされていたラビッシュに、いつしか心が宿りました。もしも自分が自由に動けるならば、どれだけハイネを助けてあげることができるだろう――そうなればいいなと、いつも願っていたのです。
     ある日病院の中庭を散歩していたハイネの上に雷が落ちました。空模様が急激に悪くなっても、彼女の足では避難が間に合わなかったのです。
     ハイネは雷に打たれて死にました。けれどラビッシュは、黒焦げのハイネの腕の中で何故か無事でした。
     そして死ななかった人形は、その膨大な電力によって自由を手に入れました。
     まるで「助けてあげたいと願う少女の命」を皮肉にも得てしまったかのよう。
     ヒトのように動ける様になった人形は。
     永遠に。
     永遠に。
     動き続ける。
     人形という容のまま、滑稽な姿で。
     其処にはもう大好きな少女は居ないというのに。
     うたもことばも聞いてくれる人は二度と現れないのに。
     嗚呼是は、自分の欲を優先した呪いなのか。自分が動く事よりも、何故ハイネの足の回復を願わなかったのか。
     それでも。
     永遠に。
     永遠に。
     動き続ける。
     生きてもないのに君に微笑み、君へ奏で続けて、君が生き還るのを待つ。

    ●我は水屑となりはてぬ
    『いやな掛け詞だよねぇ……「助けてあげたいと願う少女の命」という部分。ラビッシュ側の愛するハイネを助けてあげたいがために自分の中にその命を取りこみ守ったとも、ハイネ側の純粋な願いともとれるさね。けれど最後にはねぇ……やっぱり雷に撃たれて対消滅起こして死ぬのさね。結果救いようもない、誰も居なくなる噺だ。けれど――やっと二人で死ねる噺だ! 思う以上につまらない噺だったかね? なんせわし、我楽多集めが趣味だしねぇ!』
     はっはっはーって血まみれになりながらエラソウに笑っている姿は、死に片足突っ込んでいる態度では全然ない。
    「ラビッシュさん。いえ、今は雷公ミチザネさんでしょうか? なら貴方の本当の名前は何ですか?」
    『さぁて何だったか。人の時の名を聞いているならば、やはりそれはわしの名前ではないさね』
     その名が都市伝説の名であったと知り問いかける陽桜へ、ラビッシュは意地悪そうに笑って。
    『さあ、手を緩めている暇はないさね。雷公の祟りに潰されてしまうぞ?』
     今までにない放電を伴わせながら、青竜を轟かせる。

     ――なら、君は「誰」であったのかな?

     爆音に消されたシェリーの疑問も答えてくれるものは居ない。
     ただ。
     まるで東風に乗って運ばれた雨雲から、花が咲き乱れるかのように注ぐ雪。
    「ラビ。君と遊ぶの、楽しかったよ。君はどうだった?」
     刀を交わし合った者同士が熱を感じとれる距離で、手向けの雷と共に聡士が最後にそう尋ねるなら。
    『勿論楽しかったさね……良い引き際を得たとも……』
    「本当……永遠っていうものがあるなら、ずっと遊んでいられたけどねぇ……」
     震える彼の声を耳に、惜しむ様に。けれど自分で言って笑っちゃうような戯言に、雨夜の月と同じくありえない世界を覗いたのも一瞬。
     雷鳴轟く中、深々と幾つもの剣と雷に貫かれたラビッシュは、激しい吐血と共に白へと落ちてゆく。
     彼岸と此岸。
     魂と魄。

     ――俺、あんたに出逢えて、良かった。

     歪な絡まりから解けてゆく様を見つめながら、時兎はそっと言の葉送る。
    「天神様よ」
     軛はふらり傍らへ膝をつき。
    「こどもらに、われらが心に、確かにあなた(お前)は刻まれた。おかえりなさい、尊きヒト……」
     本当に何であれ、軛にとって畏怖の象徴であるべきヒト。
     言の葉に、ラビッシュは驚きのあまり目を丸くしたものの、大神にはかなわんなぁと笑うのみ。
     音もなく雪は振り続ける。
     握りしめていた軛の手から、飛散してゆく欠片をさらう様に風が吹く。
    「雨に、雪に、全ては眠るの」
     まるで誰かが泣いてる様に降りしきるそれを、静佳は受け止めながら。艶やかな唇は言葉を辿る。

     おやすみなさい。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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