理想を壊したまふことなかれ

    作者:篁みゆ

    ●共存を目指すために
    「~~♪、~~♪」
     美しく、ひどく魅力的な歌声を紡ぐのは、長い白い髪を持つ女性ダークネス。切れ長の紫色の瞳に狐の耳、金色に輝く九つの尾は、妲己や玉藻の前などの伝説の妖狐を彷彿とさせる。
     溢れんばかりのたわわな胸と艶めかしい太ももを惜しげもなく晒すように派手な着物を纏ったその彼女は、淫魔。だが、彼女は肉欲による肉体の快楽よりも自分の歌声や巧みな交渉による精神的多幸感漬けを好むという、一風変わった面があった。
    「……というわけで、妾はダークネスと人間と灼滅者の共存する場を作り上げることを目指しておる」
     この淫魔――仮に妖狐と呼ぼう――は闇堕ち前の人格の思想を面白いと思っていて、それを実践してみるべく、同調してくれるダークネスを探していた。しかしそう簡単にダークネスを見つけることはできず、更に彼女の思想に従ってくれる者というと……。
    「汝は妾の思想をどう思う? 共に手を取り合ってみる気はないか?」
     ようやく探し当てたダークネスは、アンブレイカブルの男性だった。言葉巧みな勧誘と誘惑を続けはしたが。
    「そんなつまらない計画に僕を付き合わせようとするのかい? 僕も甘く見られたもんだね」
     争いに消極的だったり、勢力から爪弾きにされた行き場のないダークネスを探すつもりだったが、そう簡単に条件に合う者が見つかるはずもなく。
    「腐ってもアンブレイカブルだからね。売られた喧嘩は買うよ」
    「やれやれ。妾は喧嘩を売りに来たわけではないのだが」
     彼女の闇堕ち前の人格が『全てとは無理でも、手を取り合えるダークネスとは手を取り合い、人間、ダークネス、そして灼滅者が協調していける世界をつくりたい』と願っていたから。
    (「酷く青臭くて偽善に満ちた考えだが、しばしの間、宿主の理想に興じてみるのも一興」)
     そう思い動いてみたが、なかなか思うようには行かぬようだ。
    「こうなっては仕方がない、妾も戦わねばならぬようだ」
     ため息を付いて、妖狐はアンブレイカブルと対峙することを選んだ。


    「来てくれてありがとう」
     少し難しい顔をした神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が教室に集った灼滅者達を見渡して、席につくように促した。その中には向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)の姿もある。
    「淫魔の動きを察知したよ。恐らく、暗殺武闘大会決戦で闇堕ちして皆を守った姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)君だろう」
     瀞真は和綴じのノートを開きながら、その事実を告げる。ユリアがガタン、と立ち上がりかけて自分を制するように着席した。彼女にとっても、色々な時を共有した相手だからであろう。
    「闇堕ちしたセカイ君は、アンブレイカブルの男性と戦闘状態になっている。どうやら彼女はセカイ君の理想である『全てとは無理でも、手を取り合えるダークネスとは手を取り合い、人間、ダークネス、そして灼滅者が協調していける世界をつくりたい』というものに興味を持ったらしく、その理想を形にすべく動いているようなんだ」
     争いに消極的な少数派や、主流派から爪弾きにされ行き場を失った各勢力のダークネスの拠り所となるべく誘惑と交渉を行い、またダークネス被害や諸々の事情で路頭に迷った人間達も言葉巧みに誘導してその受け皿を作ろうとした彼女だったが、そもそも闇雲に探してそう簡単に他のダークネスが見つかるかといえば否。さらにそのダークネスが自分の思想に同調してくれるという確率は限りなく低い。
    「闇堕ちしたセカイ君――とりあえず妖狐と呼ぼうか――彼女がようやく見つけたダークネスは下っ端のアンブレイカブルだったようだけれど、勿論彼は彼女の思想に同調せず、そのうえ喧嘩を売られたと思い戦闘になってしまう」
     灼滅者達は戦闘が始まった直後に現場へ到着できるが、妖狐に加勢するか、アンブレイカブルとは別方向から攻撃しながら説得を行うか、それともアンブレイカブルに加勢するか、決着がつくのを見守ってから妖狐と対峙するか、好きなタイミングを選んで構わない。
    「戦闘が終わるのを待つ場合、勝つのは妖狐だよ。あの下っ端アンブレイカブルはあまり強くないようだからね。けれども妖狐も無傷で勝利をおさめるわけではないから、戦闘を考えれば、妖狐対アンブレイカブルの戦闘が終わるのを待つのもいいかもしれない。ただ、それがその後の説得にどう響くかはわからないよ」
     そう告げて瀞真は息をついた。そして続ける。
    「なんとかセカイ君を救出してもらいたいが、それが無理ならば灼滅も視野に入れて欲しい。彼女はもはやダークネスなので、迷っていては致命的な隙を作ってしまうかもしれない」
     今回助けられなければ完全に闇堕ちしてしまい、おそらくもう助けることはできなくなる可能性が高い――瀞真はそう告げ、和綴じのノートを閉じる。
    「説得は難しいかもしれない。妖狐の行動理念はセカイ君の理想を作り上げようとしてのものなのだから。けれども、彼女をよく知っている君たちならば、どこかに突破口を見いだせるかもしれない」
     一緒に行けないのが心苦しいよ、そう告げて瀞真は和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    香祭・悠花(ファルセット・d01386)
    綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    雪嶋・義人(雪のような白い餅をこの手に・d36295)

    ■リプレイ

    ●理想を抱いて
     その草原で対峙しているのは、筋肉質な男性と、九つの尾を持った着物姿の妖艶な女性。草原に駆けつけた灼滅者たちの探し人はその女性、妖狐――否、姫条セカイである。
    「灼滅者達か。形になる前に嗅ぎつけられてしまうとはのう」
     目の前のアンブレイカブルの男――洋の攻撃をひらりと避け、妖狐は駆けつけた灼滅者達にちらりと視線を投げかける。いずれ宿主を取り戻しに灼滅者達がやってくることは予想していたが、それまでに成しておきたいことがあったのだろう。
    「それじゃ、その喧嘩買い戻させていただきますね!」
     さらりと妖狐に並び立つようにして、古海・真琴(占術魔少女・d00740)が洋をしっかりと見据える。
    「妾の味方をするというか」
    「あなたとゆっくり話をする状況を作るためよ」
     真琴が手加減した攻撃を加えているところに、アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の魔法の矢が洋へと飛ぶ。
    「セカイちゃんを絶対連れて帰るんだよ!」
     続くのは、希望の塊のように明るく告げた愛良・向日葵(元気200%・d01061)の風の刃。
    (「いちごさんに続いてセカイさんも! 花園の代表として、みんなから慕われてるセカイさん。セカイさんを取り戻して、学園に帰るんだ」)
     強い思いで綾瀬・一美(蒼翼の歌い手・d04463)が繰り出す手加減攻撃。洋を灼滅してしまってはいけない――それは皆の総意。この後のセカイへの呼びかけに強く関わると思っているから。
    「見るからに多勢に無勢。今回は撤退してくれないか」
    「多勢に無勢? 燃えるじゃねぇか! そんなのひっくり返してやらぁ!」
     文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は小さく息をついた。半ば予想通りの反応だが、単に彼我の実力差が読めていないだけか、それともただの戦闘狂か。
     洋は妖狐を狙っている。が、素早く動いた香祭・悠花(ファルセット・d01386)がその攻撃を代わりに受けた。
    「まだ撤退してくれへんやろか」
     悠花と霊犬のコセイが攻撃に回っている間に迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)が問う。
    「戦いに挑む気概は流石だが、今日の所は退いて欲しい。再戦を望むならまた後日」
     咲哉も再び、撤退ではなく後日の再戦という形で事実上の撤退を促したが、アンブレイカブルである洋の戦意は落ちず。
    「無意味に戦い続けるなら、オレ達が相手だよ」
     雪嶋・義人(雪のような白い餅をこの手に・d36295)に続いて向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)も手心を加えた攻撃をする。そんな中で妖狐だけが手にした扇子を刀のようにして、全力で洋を斬りつけている。それが吉と出たのか、咲哉の手加減攻撃で、洋は倒れた――だが灼滅はしていない。
    「頼んだで」
    「……はいっ!」
     炎次郎の言葉を受け、ユリアは桐香とりんごと供に洋を戦場から運び出していく。
    「妖狐さんの手を汚すまでもありませんでしたね」
    「灼滅せぬのか」
     運び出される洋を目で追いながら、真琴の言葉に妖狐が返すのは疑問。
    「そ、その理由はっ、妖狐さんとセカイさんが一番良く知っていると思います!」
     一美が答えつつ、立ち位置を変える。それは他の仲間達もだった。妖狐を逃さぬように、並び立って戦った、先程の位置取りとは明らかに違う位置へ。
    「セカイの望みに理解を示したつもりか。ならば妾もセカイの理解者。その妾を敵とみなす理由を、妾の前に示すが良い!」
     ふわり、妖狐の白い髪が風で巻き上げられて広がり、尻尾がふぁさりと揺れた。まるで彼女は、灼滅者達を試そうとしているように見えた。

    ●理想の実現手
    「改めてこんばんは、狐さん。宿主の願いを叶えようなんて、物好きなダークネスもいたものね」
     一番に口を開いたのはアリスだ。言葉を紡ぎながらもその手には、サイキックの白が集まっている。
    「理想が高いのは結構だけど、個人で出来ることには限界があるわ。これまで活動してきて、思い知ったんじゃない?」
     確かに妖狐はセカイの理想を叶えるべく動いたが、予想していたよりも理想の実現化に苦戦していた。
    「思想改革に必要なのは組織の力。それなら武蔵坂学園を利用するのが一番よ。セカイさんの望みを叶えるには、彼女自身に戻ってもらって学園で灼滅者として活動する方が近道」
     アリスの言うことにも一理ある。妖狐は感心したように「なるほどのう」と呟いたが、内心は知れない。
    「俺は家族を殺されてイフリートを憎んどったけど、学園に歩み寄ってくれた奴らが学園に協力してくれたことに俺は心打たれた。それはな、灼滅者がそいつらのために行動した結果なんや」
     続いて口を開いたのは炎次郎。
    「何で口先だけで相手を納得させようとする? まずは相手のために行動することで信頼を得ようとはしやんのか?」
     そこが人間と、ダークネスである妖狐の考え方の違いだ。
    「力でねじ伏せたり、論破して言いなりにするんが共存やない。俺が知っとる姫条さんならきっとそんなことせえへんで!」
    「宿主ならこうはせぬか……ふむ」
     炎次郎の訴えを、妖狐は興味深そうに聞いている。この妖狐、宿主に執着があるのだ。
    「オレもかつて闇堕ちしてた。それを先輩たちが救ってくれた。オレに新たな光をくれたのは先輩なんだ」
     力いっぱい、追い求める光を取り戻さんとするように義人が妖狐をキッと睨みつける。
    「そんな先輩の理想だから、オレも追いかけてみたいとは思う。先輩は本気で信じているから、だから、妖狐の戯れでやったって意味ないんだ」
     戯れ――そう見えても仕方がないだろう。否、それ以上にもそれ以下にも見えない。ダークネスが宿主の望みに興味を持つなんて。しかしもしも妖狐が興味のその先を求めていたとしたなら。
    「戯れ、か。ダークネスである妾と汝ら人間の考え方は違う。故にそう見えるものなのだろう」
    「セカイちゃんを返してよ!」
     向日葵の懇願に似た声に妖狐は艶然と笑って見せて。
    「汝らよ、妾は仮にもセカイの願いを叶えようとする者。それを退けようとするならば、妾とセカイを説き伏せてみよ!」
     放たれた符が前衛を襲う。『彼女』を取り戻すための幕が上がった。

    ●だからこそ
    (「心苦しいです……まさかこんな形で姫条先輩の救出とは。しかし、闇落ちした理由が、アリス先輩らを避難させるためだった、というのは、姫城先輩らしいと言うか……でも、何としてでも救出しなくては!」)
    「さて、姫条先輩を帰していただきますか」
     心を奮い立たせるようにして、真琴が盾を広げる。ウィングキャットのペンタクルスは妖狐を狙った。
    「はわ、セカイさん! 花園の皆さんが待ってますよ。みんなが待ってる学園に帰りましょう」
     一美が、清らかな風を前衛に喚び寄せて癒やし清めながら訴えかける。みんなのために自分が倒れるわけにはいかない、強い意志も抱きながら。
    「セカイさん! わたしたち、いっぱい遊びましたよね! でも、まだ終わりじゃないですよね? わたしたち、一緒に隣同士で歩んできた、二輪の花でしょ?」
     真摯に訴えるというよりはどこかお気楽気味に告げる悠花は、妖狐の前に出て情熱的な振り付けで踊る。コセイもまた、悠花の動きに合わせるようにして妖狐に攻撃。
    「手を取り合えるダークネスとは手を取り合い、人間、ダークネス、そして灼滅者が協調していける世界をつくりたい……素敵な理想だと思います」
     包囲陣の一部となるべく動いた翡翠が、言葉を紡いでいく。
    「でも、私達の理想は姫条さんたちと楽しく暮らす毎日なのですよ! 貴女の考えている手を取り合う中に私達と姫条さん本人の両方の手が入っていますか!?」
    「一つ言うよ。あなたでは、セカイちゃんの理想は絶対実現できない。それは、あなたは誘惑と説得、つまり口先でそれを実現しようとしてるから」
     由希奈が鋭く切り込むように言葉を放つ。
    「私達も似たようなことは考えてるよ。でも、それは誘惑や説得だけじゃない。互いの主張や、時に干戈をぶつけ合い、歩み寄ってきたんだ。そうやって、幾つかの勢力や、個人と協力もしてきた。私達の『協調』は、そうして見つけてきたんだ」
     で、あなたは? ――問われた妖狐は扇を口元に添え、由希奈を見つめる。
    「説得や誘惑で、自分の所に他人を引っ張ろうとしてるだけ。それは協調ではなく、強制って言うの! だから、もう一度理想を叶えるために、帰ってきてよ!」
     切実な、魂を振り絞るような叫び。
    「先輩にも夢がある、よね? 妖狐の戯れではなく、先輩の声で、心で叶えたい事が」
     静音はセカイと同系統の依頼で闇堕ちして戻らない大切な人のことを思いながらも、今できることをと声を上げる。
    「先輩の歌、まだ私聴いた事が無いから聴かせて欲しいし、先輩からも学びたい。だから寝てないで起きよう? 私も、ここに居る皆も、先輩が戻るのを待ってる」
    「夢と理想は違うもの。叶える手段のない目標を『夢想』というのよ。かつての“慈愛”の姫君がそうだったようにね」
     アリスが手にした『光剣『白夜光』』から白い刃を放つ。
    「でも、妖狐たるあなたは、あの四大シャドウと同じ事を考えているのかもしれないわね」
     呟くように添えて。
    「力でねじ伏せたり、論破して言いなりにするんが共存やない。俺が知っとる姫条さんならきっとそんなことせえへんで!」
     炎次郎が魔法弾を放つと、霊犬のミナカタはそれを追うように妖狐との距離を詰めた。
    「俺は姫条さんの敵に向かう勇気も仲間を気遣う優しさも見てきたから知っとる! もちろん自分の闇に負けるほど弱くないこともな!」
    「ねえ、セカイ? 貴女はそこで理想の実現を見ているだけで、いいの? 貴女が手を差し出したいんじゃないの? 貴女が成すべきこと、でしょう?」
     洋を置いて戻ってきた桐香が声をかける。同じく戻ってきたりんごは、妖狐をしっかりと見据えて。
    「その理想、面白いと興味は持っても、本気で信じてないのではありませんか? 自身が信じていない事を、人に信じさせる事はできませんよ?」
    「妾には出来ぬというのか」
    「セカイさんの想いが尊いのは、彼女がそれを心から信じているから。だからこうして彼女に共鳴する人が集っているのです」
     扇で隠された口元、表情の半分は見えない。けれども、言葉が全く響いていないとは思えない。りんごは続ける。
    「そして、セカイさん。貴方の理想は貴方が叶えるものですよ。人任せは貴方らしくありません。いつまで籠っているつもりですか?」
    「みんなの言うとおりだ! 何よりその先輩が闇に飲まれたままなんてダメだ。先輩の理想は、先輩自身で叶えなきゃ! そこに先輩がいないとダメなんだ!」
     義人が放った帯、それは妖狐の顕になった太腿を傷つけた。
    「セカイちゃんはやさしいから。闇堕ちした自分にも手をのばすくらいだしね! でも、セカイちゃんのりそうはやっぱりセカイちゃんじしんにしか叶えられないと思うんだよ!」
     向日葵の裁きの光が、妖狐を襲う。合わせるように魔法弾を放ったユリアに、咲哉は声掛けをして欲しいと頼んだ。ユリアは一拍置いた後、声を張り上げる。
    「いつも語ってくれたセカイさんの想い、私も理解しているつもりです。だからこそ、帰ってきて欲しい、また聞かせて欲しい、一緒に時を過ごしたい――そう思います」
     姫条さん、ユリアの言葉が終わるのを待って口を開いたのは天摩だ。
    「オレ達があの時無事に戻って来れたのは、姫条さんのおかげっす。大きな借りがある。絶対戻ってきてもらうっすよ」
    (「オレがキミを庇ったせいでキミが戻らなくなったなんて、思いたくない」)
     複雑な思いが絡み合う。他の者が攻撃を続ける間、必ず誰かが声掛けをしていた。それこそ、絶え間なく。
    「オレもキミと同じ思想を持っている。ここにいる文月センパイと行った依頼で羅刹と分かり合えた。前例もある。姫条さんの理想は夢物語じゃない」
     天摩は妖狐の中のセカイへと、言葉を投げ続ける。
    「難しくても地道に諦めず小さな事を積み重ねて行けば、可能性があるんす。だからオレ達にはキミが必要なんすよ」
    「共に歩める道を探したい、それは俺も同じ思いだぜ。だがそこにはセカイ、君自身が居なきゃダメなんだ」
     そして続いたのは、直哉。
    「一緒にやりたい事、まだまだ沢山あるんだぜ、だから、俺達と一緒に帰ろう!」
     皆のセカイへの思い、そして自分の行為への否定が鬱陶しくなったのか、妖狐は大きく息を吸い込んで魅惑的な旋律を紡ぎ出す。それは一美を襲った。精神を蝕むようなその攻撃に、一美は自分が倒れる訳にはいかないと強い思いで抵抗する。
    「セカイの想いへの共感、ありがとうな」
     そんなに大きな声ではなかった。だが、その声で妖狐は旋律を途切れさせた。それは、咲哉の声と言葉。
    「セカイはお前との共存も望んでいた。これもまた第一歩なのだと俺は思う」
     まさか礼を言われるとは、共感されるとは思わなかったのだろう。妖狐に隙が生まれた。アリスや真琴達がそれを見逃さず攻撃の手を強める間、咲哉は呼びかけを続ける。
    「だがこのままではセカイの意識は消えてしまう。俺達はそれを見過ごせない」
     今はセカイの中へ戻り、共存してほしいと願う言葉。妖狐の答えを待たずに咲哉は続ける。
    「妖狐の事も信じてるのか。なら尚の事、自分の意識を手放すな。共に生きる事が願いなら、お前自身が生きて叶えるんだ」
     告げて入った死角から、日本刀で斬り上げる。
    「帰って来いセカイ、俺達の所へ。皆待ってる」
     かはっと妖狐が吐血する。血しぶきを飛ばして叫んだ妖狐を、炎次郎や向日葵たちも攻め立てる――限界が近い。
    「オレは先輩にいてほしい!」
     義人が叫んだ。そして槍を手に、妖狐に最接近する。
    「オレは先輩が好きだ! ずっと先輩といたい!」
     槍を妖狐に突き刺したまま、抱きしめるように腕を伸ばして。
    「だから、帰ってきて! 先輩!」
     ずんっと義人の腕に負荷がかかった。ずるり、力が抜けていく妖狐の身体を慌てて抱き留める。白かった髪の先が黒くなり始めていることに、周りの者は気がついていた。
    「先、ぱ……」
     血にまみれた顔で、妖狐は義人に笑って、瞳を閉じた。

    ●そして
     セカイが目を覚ました時、一番近くにあったのは義人の顔だった。先程聞いた言葉は、夢?
    「先輩、さっき言ったことはほんとだから。オレは先輩が好きだから」
    「あ……」
    「今は先輩がここにいる事が嬉しいから、返事とかは気にしないで」
     いつの間にか、集まった皆がふたりを囲んでいる。
     そして投げかけられる言葉は――おかえり!

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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