逢魔ヶ時の墨神様

    作者:四季乃

    ●Accident
    「ラジオウェーブによるラジオ放送が確認されました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は片手にしていたファイルを閉じると集まった灼滅者たちを真っ直ぐに見据えて、そう口を開いた。
     放置していればいずれ電波によって発生した都市伝説が、ラジオ放送と同様の事件を起こしてしまう。姫子はそのような前置きを述べたのち、放送の内容を語り始めた。

     墨神様と云う。
     身の丈ほどもある巨大な筆を用いたその動作は、あたかも演舞の如し。元はとある絵師が大層大事にしていた代物らしく、長い年月を経て神が宿り付喪神になったのだと、そう伝えられている。
     墨神様は『己』を自在に操った。そのひと筆に描かれたものは文字でも絵でも自由に動き回った。神の力を得た墨神様に備わる神通力である。
     その噂が将軍様の耳に入ることとなり、墨神様は絵師の元を離れ召し上げられた。だがいざ将軍様が半紙に墨を垂らしたところで、その力は顕現される事は無い。そう、墨神様とは、共に使われていた筆と共に付喪神として目覚めたのだ。これら二つを用いなければ御力は発揮されない。
     それを知らぬ将軍様は怒り、謀ったのだと絵師を打ち据えた。絵師ですら知り得ぬ事実であったが、知らぬ存ぜぬではまかり通るはずもなく彼はそのまま処されてしまう。
     その斬り付けられた絵師の血が墨に混じり、墨神様は正気を失い悪しきものに堕ちてしまった。
    「忘レラレヌ……人ノ血ガ、身ニ巡ル甘美ナ味ヲ……」
     驚きと喜びを与えることに幸福を感じていた付喪神は、人の生き血を啜る化け物に成り果て、絵師の姿を模して襲い掛かる――。

    ●Caution
     その竹林の小路の先には、小さな庵がある。
     折しも近々その庵で書道教室が開かれるらしく、このままでは発生した都市伝説によって人々の身に危険が降りかかるだろう。そうなる前に、灼滅してもらいたいのだ。
    「その庵は一般の方に貸し出しが行われている場所でして。過去にも何度か、書道教室が開かれていたそうなのです」
     竹林に囲まれ、庵は紅葉に包まれる風情ある場所だ。かつて絵師が住んでいた場所なのだと言われたら、なるほど納得してしまう者が居ても無理はない。例え作り話であったとしても。
    「庵はこちらで一日、貸し切らせて頂いております。従業員の方などはいらっしゃらないようです」
     放送によれば人の血を忘れられずに狂った付喪神は、逢魔ヶ時になると暗がりからするりと現れ人を襲うとされている。
     都市伝説は絵師の男の姿をしているようだ。
     痩躯の男だが、巨大な筆を用い力を奮ってくる。恐らく彼が描くものが遅いかってくるとみて良いだろう。虎が描かれれば虎が襲い掛かってくる、と言った風だ。
    「ですが、これらは放送内で得た情報のため予知ではないのです。可能性は低いと思われますが……万が一にも予測を上回る能力を持つ場合があるやもしれません」
     その点は気をつけてほしい、と姫子は注意を促した。
     今回、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止めることが出来た。その情報を得る事ができるようになった事は大きい。気を抜かず対処に臨んでほしい。
    「皆さん、どうか頑張ってくださいね。それから……せっかくです。庵で休まれてきて下さい」
     蝋梅が咲いているそうですよ、と彼女はふんわりと微笑み送り出してくれた。


    参加者
    鹿野・小太郎(雪冤・d00795)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    大神・狼煙(役目を終えた捨て駒・d30469)

    ■リプレイ

    ●夕刻
     蒼穹に浮かぶ雲が、淡い鴇色に染まり始めている。
     ふと庭先に視線を向けたジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は、庵を囲うように群生する竹林から夕闇がにじり寄っていることに気が付き、落書きをしていた手を止めた。
     西の空に傾く陽が、今まさに眠ろうとしている。
    「絵画に紫外線は大敵、なので出現は夕間暮れ。――なんて訳は無いでしょうが」
     柔らかに波打つ髪の隙間から蒼い視線を滑らせ、閑静に包まれる室内を窺い知る。丁寧な人達の手で使いこまれたのだろう、あちらこちらから伝わってくる歴史の匂いに瞼が落ちる。
    (「いかな絵画とて人を喰らって血を啜るのなら、それはもう、ただの化物という事で」)
     パタン、とメモを閉じポケットに仕舞いながら沓脱石にある靴を引っ掛け、庭に降りる。各所に用意したランプに灯を灯せば、東から迫る紺青の宵の仄暗さの中で温かな光がまたたき、静謐に揺れた。
    「墨絵が動き出すなんて、まるで漫画みてーだな」
     刻限が迫ってきていると膚で感じたのか、それまで庭先の景観を眺めていたて野乃・御伽(アクロファイア・d15646)が、腕を大きく振り上げ肩を回し始めた。すると、ナノナノのここあと共に、庭の隅に作られた小さな池を覗きこんでいた望月・心桜(桜舞・d02434)が、顔だけで振り返って破顔する。
    「墨の獣が襲うなんて、浪漫じゃのう!」
     にこにこと嬉しそうに笑う心桜の言葉が明るく弾むものだから、つられて笑みが浮かぶというもので。霊犬フラムを膝に抱え、夜の色を仰いだ大鷹・メロ(メロウビート・d21564)は、ひやりとする冬の残り香に橙色の瞳を細めた。
     それまでメロの隣に腰掛けていた鳥辺野・祝(架空線・d23681)も、さてと小さく吐息を吐けば、切り揃えられた黒髪を揺らして立ち上がる。
    「見事な景観。損なうのは惜しいしな」
     ちょうどそのタイミングで、庵の間取りを確認しに出歩いていた赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が、ウィングキャットのサヤと共に戻ってきたところだった。
     なるべく場を荒らしたくない。ゆえにか自然と灼滅者たちは庭先に集まりだしていた。
     予め大神・狼煙(役目を終えた捨て駒・d30469)による百物語で人払いは済ませてある。あとはその時を、待つばかり。
    (「ラジオって結構好きなんです。あの少し荒い音と、狭くて広い感じがいいのに……悪用はよろしくないな」)
     それまで一人、ぼんやりとした面差しで庵を眺めていた鹿野・小太郎(雪冤・d00795)は、まだ見ぬ付喪神の姿を瞼の裏に描き、そっと呼気を洩らした。

    ●暗闇の侵入者
     水の音が、した。
     とぷん、と水面に小石が落ちるような、あるいは液体の入った容器が左右に揺れるような、そんな音。
     目元に掛かる黒髪の下からサッと赤い視線を背後に滑らせたのは狼煙だった。彼は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、明かりの落とされた和室の隅に目を凝らす。
    「何トイウ僥倖」
     それは線の細い女の言葉にも、物憂げな男の言葉にも聞こえる色だった。
     室内に対して向き合うように身を振り返った灼滅者たちは、濃密な闇が覗く薄く開かれた障子の隙間を見据え、コクリと咽を鳴らす。息を詰めて潜めた気配は、ややしてゆるく開かれた暗がりを纏う人物を見つけて、一気に張りつめる。
    「子ガ、沢山。乾キヲ満タスノニハ、有リ余ル程ダ」
     それは、次の間からするりと身を乗り出した。背の高い和装の小首が、傾げられる。
     顔には白い布を被せて表情を窺い知ることは出来ぬが、吹き抜ける夕風にくすぐられて舞い上がる布地の下には、赤い唇が弧を描いていた。
    「良い宵だな、墨神様」
     一歩、前へ進み出た祝が、そう問うた。
     その人物――墨神は「ふふ」と肩を揺らすと、足音も無く庭の方へと近付いて来る。するすると白い着物の裾が畳を擦る。ぞろりと羽織っただけの黒い羽織には、白抜きされた椿が描かれていた。墨を垂らしたようなどこまでも真っ直ぐで長い髪が、風に揺れる。
    「一筆見せてくださいな」
     祝の言葉に、墨神はゆるりと笑んだ。
    (「ラジオ放送を見つけたはイイが、想像以上に難儀な事件だなこりゃ。予測以上に悪いコトが起きねぇよう気を付けていくとするか」)
     布都乃は掌に拳を突きつけ、ニッと快活に小さく笑んだ。
    「墨神様の一芸披露。一丁間近で楽しませてもらうかね。っと!」

    ●墨舞
     パンッ、と弾けるような軽やかさを孕んでいた。
     眼前で散った黒い液体に双眸を細めた御伽は、振り抜いた拳に纏う墨の黒さと、片腕を持って行かれそうになるほどの獣の猛攻に「ハッ」と短く笑いを零した。
     呆気に取られる暇すらなかった。
     墨神が左手を背に隠した。そう思った時、その白くて細い腕が次の瞬間には上方へ振り上げられていた。奇怪な行動に対して仲間を庇うように前へ出た布都乃とメロが身構えるより早く、その獣は空を蹴っていたのだ。牙を剥き、咆哮する狼が。
     事前に聞いていなければ一瞬、反応が遅れたことだろう。
    「んじゃ、猛獣狩りと行くか!」
     業火を拳に纏わせながら地を蹴りあげ、苛烈に攻め込む墨の狼に向かって御伽が飛び掛かる。
    「うわ、わ、ほんとに動いた、すっごい」
     その背中を見て即座に小太郎が感動しながらも交通標識を握り締め、イエローサインを放って傷を癒すと、彼は喰らい付く狼の牙ごと撃ち抜いた。
    「そっちが猛獣ならこっちは鬼にでもなってやろうか。墨ごと蒸発させてやるよ」
     悪鬼の如くニヤリと御伽が笑えば、墨神の華奢な肩が小さく揺れる。
    「皆で十分だよね!」
     するとそこへ、老兵ポジションさながらの狼煙の言葉が耳に届いた。彼が前衛たちにイエローサインを放って耐性を付与すると、それを受けて思わず小さく笑った祝が、御伽と入れ違いに墨神へと踏み込んでく。
     それに気が付いたジンザが高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を形成しながら、敵の死角に回り込む祝を視界の端に捉えつつ敵に向き合い、口を開いた。
    「さぁて、屏風から虎を出して頂けたら見事退治してご覧に……」
     彼が言い終らぬ内に、ふるり、と身の丈ほどもある筆を軽々と持ち上げた墨神は、己の眼前に向かって絵を描き始めた。迷いのないその筆さばき、見れば白い毛先がたっぷりと墨で滴っている。際限なく生まれる墨は、まるで筆から滲むようであった。
    「描いた絵が動き出すって比喩はあるけれど、ほんとに見るなんてなあ。これだけ見事なものを描けるのに、勿体ない」
     その隙に、と祝の黒死斬が命中するも、既にその絵は描かれた端から動き始め、一匹の虎を生み出していた。
    「って、本当に出せるとか困ったモノで。――筆を選ばずとは言いますが。道具への愛着は、大事ですね」
     口元を僅かに引き攣らせながらもジンザがマジックミサイルを撃ちこむのと、祝を尻目に見やる墨神が身を翻して次なる絵を描きはじめたのはほぼ同時であった。視線を逸らした墨神の背に矢が命中すると、その痩躯がガクリ、と揺れる。
     しかし、庭には既に解き放たれた虎が居り、前衛たちの躯体を一絡げにして切りかかってきた。線でしかないその爪は、抜き身の刃と変わらぬ威力である。
     今度こそ仲間を庇って攻撃を受け止めたメロが傷付いた味方たちに回復を図る一方、鮮血の花が墨神へ届かぬように掌で握りつぶした布都乃は墨神に対して、
    「すげぇじゃないか。こんなの初めて見たぜ」
     そう、言葉を投げかけた。
    「おお、この躍動感!素晴らしいものじゃのう!」
    「ワォ! これがニホンの由緒正しき墨の絵! ハジメテだからすごく感動したのよっ! 伝統って凄いっ!」
    「他にも見せて!」
     そこへ手を打って歓喜する心桜やメロ、はやし立てるような狼煙の言葉が続き、刃を交える相手からの褒め言葉に驚いたのか墨神がグッと身を固くするのが分かった。だが墨神は一瞬、止めていた手を再度動かし、次は両翼を広げた鷹を描ききった。
     室内から飛び出してきたその鷹は灼滅者たちの上空を旋回したかと思うと、急降下。その大きな嘴で一気に貫くつもりなのか、加速する勢いのまま近くに居た布都乃に向かい、狙いを定める。
     咄嗟に魔導書「ゆらふるべ」を開き、アンチサイキックレイを撃ち出した心桜の一撃が鷹の左翼を貫いた。だが、勢いは止まらずそのまま布都乃の肩口を抉るように一突き。
    「ぐ、ぅっ……」
     奥歯を食い縛って痛みに堪えるパートナーを見、艶やかな黒い毛並をした尾を振り上げたサヤが即座にリングを光らせ、彼の傷を癒していく。しかしそれでも足らぬのか、指先にまで滴る血が風に乗って墨神へと運ばれようとしている事に気が付いたここあも加わり、何とか阻止することに成功。
     コンビネーションを崩さない灼滅者たちに、唇を噛む墨神へと忍び寄っていたフラムの刃が振り下ろされると、付喪神から初めて悲鳴が上がった。これまでの攻撃は確実に敵を追い込んでいたのだ。
    「じゃあ次はオレの番、っと」
     縛霊手を展開し駆け出した布都乃は、転がり落ちるように庭へと出てきた墨神の懐に飛び込むと、至近から一発。殴りつけると同時に網状の霊力を一気に放射。
    「グアアッ」
     仰け反るように手を仰ぐ墨神の唇から、赤い血が顎を伝う。
     墨神は、それでも決して離すことのない筆を振り上げ布都乃を遠ざけるが、まだ余力を感じられる動きで立ち上がり、筆の先を墨で浸してゆく。それが再び狼を描き出していることが分かるなり、
    「絵の腕前では及びませんけど、コレでしたらば譲れませんのでね」
     ジンザが己の影をぶわりと湧き上がらせると、四足で駆けてくる獣に向かって解き放つ。敵を喰らい尽くすような影と牙を剥いて肉に喰らい付こうとする狼が空中で激突。
    「ふおぉ」
     それを傍から見ていた小太郎は墨絵と影業の対決に感服して、よし自分も、と雄鹿の骨を象った自身の影を作りだすと第二陣の虎に向かわせた。真正面から衝突する濃い黒が衝突し、あたかも鍔迫り合いのように拮抗する。
     声の感情に起伏は薄いものの、目の前の出来事に小太郎は胸が高鳴るのを覚えていた。
    (「……小さい頃の自分に見せたいな。描いた絵が動き出すなんて、夢みたいだ」)
     もしかしたらあの墨は花や小鳥も描けば動き出すのかもしれない。無害で、ただただ優しいだけのものを、描いていたのかもしれない。
    「墨神、あなたは昔、もっと楽しい夢を見せてくれてたんでしょ」
     その言葉には、懐かしさが胸に抱かれていた。
    「なあ、墨神様 思い出しておくれ。絵師さまと一緒の楽しかった日々を、生き生きと絵筆を踊らせていた日々を」
     渦巻く風の刃を放ち、襲い掛かる獣を斬り伏せ墨神の腕を薙いでいく。だがそれとは裏腹に投げ掛けられた心桜の言に、墨神は喉を上下させた。何か嫌な思い出をよみがえらせているのか、筆を握り締める指先が真っ白になっている。
     悲しい思いをする都市伝説は可哀想、だから、浄化してあげたい。その一心である心桜の思いが幾ばくか届いたのか、墨神の手が止まる。
    「ははっ、マジで墨絵が動くってすげーわ」
     思いがけず近くから聞こえた御伽の言葉に、咄嗟に我に返った墨神は、紅の長槍『阿修羅』を軽々と振り上げ、螺旋の如き捻りを加えて突き出そうとする御伽に向かって筆を走らせた。
    「サセヌ」
     しかし、その一筆が最後の一本を描き終えるより早く視界の外れから現れた祝の縛霊撃によって大地に叩きつけられる。そこへ螺穿槍が命中。腹を穿たれた墨神の顔から白い布がはらりと落ちた。墨と土埃で汚れた布の下に隠れていた顔は、眉間に深く皺を刻んでいた。
     それは人を憎む顔にも、どこか泣きだしそうな子どもの表情にも見えた。
    「なあ、あなたは元々、ひとにあいされて神になったものだろ。かなしいことはあったかもしれないけれど、さいわいを手放してはいけないよ」
    「文字や絵で人に感動を与えることがお前の喜びだったんじゃねーのか? 思い出せ、付喪神になるくらい大事にされてた頃をよ」
     祝と御伽に投げかけられる言葉に、墨神はきつく瞼を閉じた。
     だが次の瞬間、カッと両目を見開いた墨神は半身を起こして筆を躍らせる。現れた虎の姿に半紙を取り出して墨を吸収出来やしないかと試みる狼煙をよそに、フラムが立ち向かう。
    「いくか」
     最後の力を振り絞る墨神を見、独り言のように呟いた布都乃は、駆け出した。すると足裏から激しく渦巻く炎が天を焦がす勢いで舞い上がり、既に立ち上がることすらできなくなった墨神へと迫りゆく。
     そして――。

    ●宵の口
     気が付けば空に月が浮かんでいる。
     墨神はそれを眺めるように空を仰いだまま、ぐったりとしていた。灼滅者たちのとどめを喰らい、もう指の一本さえ動かぬようであった。しかし最後に描かれた虎は、彼らの勘違いでなければ最初のものよりいくらか小ぶりで、その威力も半減していたように思われた。
    「元はと言えば付喪神になれるほど愛されたんだろ。悲劇として伝わるから都市伝説なんだろうけれど、だけど、元々の自分を思い出せるといい。……思い出せる?」
     墨神の顔の近くで膝を突く祝の言葉に、黒い瞳が彼女を向く。だが墨神は「サテ」「ドウデアッタカナ」悲しそうな色を含む声で、小さく答えただけだった。
     その姿を見ていた狼煙はそちらに近付くと片膝を突いて手を差し伸べた。視線が重なり合う。その意味を解したのか、墨神は血濡れた唇をフッと和らげると一言。
    「ソナタ、顔ガ怖イノウ」
    「うっ……」
     狼煙は大地にひれ伏すように崩れ落ちた。しかし、彼の身体に黒い雫が集まっていく。それはぽとぽとと滴る墨のように崩れゆく付喪神――都市伝説の欠片であった。息を呑んで見守る中、そうして墨神は狼煙の元へと吸収されていったのだった。

    「あ、これウチの店で扱ってるモノですけど。よかったら」
     灼滅者たちは縁側で並んで座ると、ランプの灯りを受けて静謐に照る蝋梅を眺めながら菓子に舌鼓をうっていた。中でも狼煙の持ちこんだロシアン団子には賛否が分かれてしまったけれど、祝のお菓子やジンザの自作の雀型スコーンは爆発する恐れも無く安心して口に出来た。
    「桜はまだ早いですけど、夜の梅と言うのもなかなかに」
     ジンザの柔らかな言葉にメロと布都乃がうんうんと嬉しそうに頷き返す。
    「こんな落ち着ける場所なら一筆したためてみるのも良いかもしれねぇな」
     まだ墨神の作りだした墨絵の躍動感が瞼の裏に残る御伽は、熱き拍動を胸に笑みを零す。
    「今回の皆さまとみられるのは、なんじゃかまた素敵なものがあります。綺麗なものを綺麗と思う、その不思議な心の変化を、いつまでも大事にしたいのう」
     ここあを膝の上に抱いて心桜は何だかとろけるような気持ちでそう、呟いた。
     愛用のデジカメで心ゆくまで写真を撮っていた小太郎は、その言葉に誰にも分からないくらい微かに笑うと、畳にごろりと寝転んで蝋梅を見上げる。
    「やー、天晴れ」

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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