暗殺武闘大会最終戦~花灼く

    作者:菖蒲

     背筋に奔った悍ましさは、この瞬間を予期していたものだったのか。
     森田・依子(焔時雨・d02777)は確かに予見していた――きっと、訪れる危機を。
     春一番が吹けど、肌寒さを感じる外気に白い息を吐き出して彼女はゆっくりと朽寄に指先を寄せる。守護の杭は、そのほっそりとした白い指先に良く馴染むから依子は安堵したように息をついた。
     しかし、その刹那――ぎゅるる、と音立てアスファルトとゴムの擦れる音がする。
     その駆動音が普通の自家用車でないことに彼女が気づいたのは「ハンドレッドナンバーなのね」と謳う様な声音が聞こえたからか。
    「灼滅者発見~♪」
     その姿は『ロードローラー』を思わせる。
     依子にとって、記憶に残る灼滅者の闇堕ち姿――ロードローラーが強化されていることを瞬時に悟ったのはそこに滾る殺意の強さからか。
    「ミスター宍戸に頼まれて来てあげたの♪一緒にハンドレッドナンバーになるのだー!」
     何処までも楽しそうにロードローラーは言う。
     黄色のフォルムをしたそれに依子は「ハンドレッドナンバーに?」と確かめる様に問い掛けた。
    「目的があるんだよ~♪ それは、ロードローラーが迎えに来た灼滅者を闇堕ちさせるか、捕まえるか!」
     突然速度を上げ、襲い掛かるロードローラー。その奇天烈な状況にも臆することなく依子は後退した。
    (「ミスター宍戸の指示で、灼滅者をハンドレッドナンバーに……?
     その素質があると暗殺武闘大会で彼が見定めたという事……?」)
     依子の掌にはハンドレッドナンバー『サンタマリア』に一撃を与えた感触が残っている。じわりと汗が滲み、冬風の冷たささえも忘れる様に彼女は頬から溢れた焔を拭った。
    「灼滅者は戦闘不能になっても死なないのさ! 無理やりでも連れて行くぞー♪」
     彼は言った。
    『暗殺武闘大会の効果が切れるまでに闇堕ちしなければ、折角のチャンスがふいになってしまうのに!』


     教室の扉を勢いよく開き、不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は「大変なの」と声を荒げた。
     普段は穏やかな真鶴の表情には緊迫した色が浮かんでいる。暗殺武闘大会が済み、バレンタインが訪れた束の間の平穏が一転したことを告げるかのように。
    「……暗殺武闘大会の決戦でハンドレッドナンバーに止めを与えた灼滅者が、ハンドレッドナンバー・ロードローラーに襲撃されるの」
     それは、黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)達が警戒に当たっていた事例だ。暗殺武闘大会では灼滅者がハンドレッドナンバーに止めを与えているパターンも存在していた。そこで、必ずしや止めを与えた灼滅者を狙うだろうと予見するものも多かったのだ。
    「ハンドレッドナンバー『サンタマリア』に止めを与えた依子さんにはハンドレッドナンバーの力が宿ってるの」
     だから、彼女を狙っている――その事実だけでも、不安は溢れだす。
     森田・依子を狙ったハンドレッドナンバー・ロードローラー。その色は黄色。
     以前、餃子怪人たちを襲撃したものよりも遙かに整地力は高くなっているのだという。
    「お願いなの、皆。依子さんのところに向かって欲しいの……!
     ロードローラーの目的は依子さんを闇堕ちさせるか連れ去る事なの。そうすると、新しいハンドレッドナンバーが生まれるの」
     声を震わせ、真鶴は最悪のシナリオを口にする。
     もしも、依子が闇落ちしたら――もしも、依子が連れ去られたら。
     彼女はハンドレッドナンバーと化し、灼滅者に牙を剥くことになるだろう。
    「ロードローラーは分身体のうちの一つ。ハンドレッドナンバー本体程の戦闘力はないのよ」
     それは、今、その場所に登場するロードローラーを倒しても意味がないというのと同じだ。
     自分は分身体であるから、灼滅されても意味がない。
     そういう意味では、送迎を行うに持って来いの存在なのだろう。
    「でも、十分に強敵で、十分に強くて……以前のロードローラーとじゃ比べ物にならないの」
     大幅に能力が向上したことによって、格段に上がった『整地力』。そう譬えられたならば何かのギャグにも思えるが状況は緊迫している。
     今、この瞬間にも依子の許へとその危機は迫っているのだ。
     灼滅者達が到着した時点で彼女は数分の間、ロードローラーとの戦闘を余儀なくされているだろう。
    「ハンドレッドナンバー・ロードローラー……」
     口にすれば、その言葉は何処か重たく感じさせて。
     真鶴は、彼を救うことをできない、と悔し気に呟いた。ハンドレッドナンバーという呼び名はそれ程までに恐ろしいものだと彼女は言った。
    「ウツロギさんの為にできることは、これ以上の悪事を止める事なの。
     それに、これ以上の六六六人衆の勢力の拡大は……ダメなの、きっと、ダメになっちゃうから」
     強敵であることは良く分かっていた――だから、言いたいことは山ほどある。
    「……依子さんを、助けて欲しいの」
     彼女の窮地を救って欲しいと真鶴は言う。
     只、「大丈夫だよ」の一言が聞きたくて。ご武運を、と絞り出した声は震えていた。


    参加者
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    戦城・橘花(なにもかも・d24111)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)

    ■リプレイ


     それは、奔流のようだった。
     己が手に感じる感覚、握る刃は死のヴィジョンを連想させる気がして森田・依子(焔時雨・d02777)は深く息をついた。
    「観念するのね」
     何処までも楽し気に謳った彼を眼前に彼女は小さく首を振る。携帯電話に入った連絡は現状を打破する重要な手筈となった。たん、と地面を蹴った依子の眼前には黄色のロードローラーが駆動音を響かせ続ける。
     アスファルトとゴムの擦れる音と共に、迫りくる彼を躱して徐々に『居るべき場所』へ戻る様に後退していく。この場で戦闘は分が悪いのだと、認識していた――彼は、六六六人衆だ。

     危機の気配にその身が僅かに震える。整ったかんばせに不安を乗せたシェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は着信音を最大に設定したスマートフォンを握りしめる。
     液晶に映し出された分の数字が進むだけでシェリーは恐ろしい事が起こっているのだとその心を酷く苛まれた。
     地面を強く踏みしめて。前線を奔る穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)は対照的に奇妙な程に心が軽いと感じていた。
    「いくぜ」
     少年のように吐き出した一声に、焔の色をした髪は冷たい風に煽られる。傍らを行くクトゥヴァに視線を向けて、白雪は死の気配に歓喜した。
     あの場所なら、誰かの為に死ねる――贖罪(ねがい)は惨たらしい最期を映し出している。
     宿敵と呼ぶには余りに似合いで、余りに可笑しな存在なのだと戦城・橘花(なにもかも・d24111)はぴょこりと生えた耳を僅かに揺らした。鼻先を擽る冬と春の混ざりに興味を惹かれることなく、彼女はベルトに装着した爆薬を指先でなぞる。
    「アハ、ハンドレッドナンバーだってぇ」
     近づく戦場を思えばハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)は酷く高揚した。眩暈にも似た感情が胸の内を支配している――それが壊したいだけだと歪んでいるものだとしても、だ。
    「ヨリコを迎えに行ったら遊ぶんだァ」
    「ああ、存分に遊んでやれよ。それから、俺達があいつを撃ち砕く」
     唾棄すべき現実に中指を立てるが如く相棒を見下ろす柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は彼女がすぐそこにいることに気が付いた。
     スニーカーが地面を踏みしめるその感覚は、いつもと同じだと妙な安堵を覚えながら。

    『炎を抱く者としての私の覚悟』

     凛としたその声音。思い出すたびに青年はこの現実を呪った。
     暗闇の中、キンと鈴鳴りが聞こえる。刃のぶつかり合う音と楽しげに笑った『誰か』の声音。顔をしかめる橘花にちら、と視線を向けて堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は僅かに口角を上げた。
    「鬼さん、こちら――お相手はあたしらやヨ!」
     虹掛ける様にご機嫌に跳ね上がり朱那は依子とロードローラーの前へと滑り込む。極彩色が空気を揺らし、顔上げた依子に「任せて」とだけ小さく返した。
    「ご機嫌よう。おひとりだけでは不足でしょう? わたし達もお相手します」
     霜夜さざめく星を閉じ込めて、その瞳は雄弁に語る。纏う雪色焔に萌える緑を抱き嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は常と変わらず柔らかな笑みを乗せている。
    「アレ、邪魔が入ったよ~♪」
    「……皆」
     肩で息をし、傷付いた身を隠すように依子は後退する。胸張り前線で笑った朱那の細い背中はいつもより逞しく見えた。
     楽し気にエンジンを音鳴らしたロードローラーは目的の依子をじ、と見つめている。彼の目的が依子であることは分かっている。高明も依子も予想していた――ハンドレッドナンバーを倒した人間が標的になることを。
     それ故に、彼女の無事は橘花にとって依子が無事であることは何よりも安堵できた。
    「――残念だけど、お迎えが来たわ。私は『皆で』帰ります。……あの日、そう出来なかったように」
     含まれた言葉に高明が目を伏せる。この場所に死は必要ない、凛と言い放った彼女にロードローラーは狂気を孕んで笑った。


     一気に後退した依子へと未だ狙いを定めたロードローラー。地面を強く踏みしめて、水蜥蜴の名を宿す鋏を開く――ぐしゃり、と鈍く音立て感涙する『牙姫』を後ろ手に持ち替えて振り仰ぐ。
    (「これなら、護れる筈だ」)
     後方へ下がりシェリーに声かける依子へと視線を向けて、白雪は握りしめる牙姫が僅かに軋んだ音を聞いていた。思い出されるのは兄の死に顔――その時に私は死んだのだ。
    「さぁ、クトゥヴァ。今日も命を燃やそう」
     その言葉は、彼女のキーワード。焔を纏い、死を臆することなく前進してゆく。
     ギュルルと音たて、飛び込むロードローラーの軌道を逸らすべくハレルヤが十字を抱え動き出す。硝子の瞳がぐるりと動き彼女はその痩躯を傾いだ。
    「楽しそうで、イイナァ、ボクとも遊んで?」
    「遊ぼう、遊ぼう、全部まとめて整地だ~♪」
     強敵であることがその心の底から感じられる。後退する依子に癒しを送ったシェリーは大切な親友の指先を僅かに握る。
    「……無事に、皆で帰ろうね」
    『こんなこと』で失うなんて絶対にいやだった。只、彼女は誰かを守る戦いをしたはずなのだ――それを愚弄するなんて許せない。ポケットに入っていたハート型の小物入れ。その感覚を確かめて、シェリーは両手を広げる。
    「護ってみせる」
    「モチ! 依ねえさんもそうやけど、ミンナ大事なお人や。絶対渡さへんヨ」
     に、と口元に笑み乗せて朱那はシェリーの動きに合わせ前線へと飛び込んだ。極彩色の中でも鮮やかな朱が耳朶で輝きを帯びる。器用に地面を蹴り上げて、放つ一撃は冷たい色を纏って。
    「あたしらを整地しようだとか、笑わせんといてぇな!」
     勢いよく飛び込むロードローラーに朱那が体を捻る。靭やかにその身を躱したその場所へ高明とガゼルは飛び込んだ。
     その一撃の重さに確かに『強敵』であると感じる。飛び込むガゼルに一度手を突き宙に体を浮かした儘に高明は無骨な剣を一気に振り落とした。
    「ぶちかませ、ガゼル!」
     視線が高明に向いている間――ガゼルは鋭く飛び込んでゆく。翻弄されるロードローラーのすぐ傍で仄かに薫った雪の香。
    「――他所見なさらないで?」
     こてり、と首傾いだイコの守護の盾が軋みをあげる。ロードローラーが楽し気に笑いながら放ったその重さに風花がふわりと誘った。
    「ご存じないのね。依子先輩の強さを。わたしたち仲間がいるという事、先輩の紡ぎあげた絆の強さを」
    「ボクの方がもーっともーっと強いのだ~♪」
     くすり、とイコは小さく笑う。喩え軽口を叩かれようとも彼は間違いなく『殺し』を働くことだろう。それこそ、六六六人衆の本性であるのだから。
    「思い通りにはさせん。ここで私達がお前を止める」
     六六六人衆を殺すべく、鞘に仕込んだ火薬が轟音を発する。気怠げな表情は一気に引き締まり、尻尾が大きく揺れる。
     キン、と音立てる。ぶつかりあったパース。動きを止めぬロードローラーがぎゅるぎゅるとわざとらしく音たてる。
    「まだまだなのだ~♪ ボクちんが倒れたって痛くも痒くもないのね!」


     こうして、名を呼んでくれる人がいた。あの日――ひどく冷たい雨の中。懊悩抱えた洞の中で黒狼はそのぬくもりを知っていた。
    (「負けたくない」)
     そう心に言い聞かせ、依子は先程まで胸の内に膨らんだ不安が萎んでゆくのを感じた。癒しを受けて、攻撃を出来る限り避けられるように、射線を塞いだ己の場所から一撃を届かせると掌に力を籠める。
    「依ねえさん、大丈夫やヨ。あたしらがいればきっと、」
     朱那は頬から垂れる焔を拭う。極彩色に滴るそれを気に留めず、踊る様に飛び出した。
     ロードローラーの固い躰に鈍い音立てた朱那の一撃に続きハレルヤが躍り出る。
     問答無用に『壊していい』相手――彼女の中では尤も倒しやすい相手であることは明白だ。
    「行くぞ~♪ ロードローラー!」
    「アハッ、やっぱりハンドレッドナンバーって楽しそう♪」
     地面を蹴り跳躍したハレルヤの瞳に妖しい光が宿る。黒きオーラを身に纏いロードローラーを『分解』す為に一撃加えてくるりと振り返る。
    「壊すのはダメ、壊されるのもダメ。どうして? キミは壊していいんだよね?」
    「ボクちんは簡単には壊れないのだ!」
     ヒトは脆いものだから、常識はハレルヤにとって理解し難いもので―――へらりと笑ったロードローラーを抉って潰して貫いて、分解して分解して分解して、それが楽しくて堪らない。
     オルフェイスもいない、生きる意味だってないならば心の底から楽しめばいいのだから!
     ハレルヤの表情は何かから解放されたように子供の如く晴れ渡る。楽しいと握り締めた十字を振るい上げたそれを正面から受け止めれロードローラーは整地すると大声挙げた。
     その動きを受け止めるガゼルが軋みをあげる。パーツが激しく火花をあげて、幾重にも受け止め続けたロードローラーにその姿が霧散する。
    「ッ、強敵なことには違いがないか……!」
     呻る高明はその身軽さを生かしてロードローラーの前へと飛び込み続けた。すべては依子へ借りを返すため――救うために。
     盾が風花散らす。髪先を擽ったそれを受け止めて、イコはこの場所へと来ることのできなかったすべての思いを盾に籠める。
    「この身の焔は完全に潰えさせない限り簡単には消せません。
     わたしは、依子先輩を――親愛なるお姉さまを……必ず、護りきります」
     白銀に煌めく焔を身から流して、それは彼女の思いの数。ぐ、と足に力を込めてロードローラーへと飛び込むその膝が僅かに震えた。
    (「……前線が瓦解する前に倒し切る!」)
     尻尾が風に揺れる橘花は慣れた様に刃を引き出し爆薬と共に駆動音をあげる。ロードローラーを度し難き相手と認識し、『六六六人衆』を殺す為に特化した己を鼓舞し続ける。
     真摯な瞳は仲間を失うことが無いように――彼女は只、まっすぐに仇敵を見つめていた。
    「ああ、通して堪るかよ! 誰かの為に死ぬなんて白雪(オレ)に似合いだ」
     私を殺して、『自分』の死に場所を探す。クトゥヴァが消え失せようとも彼女は命を燃やし続ける。
     感涙する己が鋏。断ち切る様に『彼女』を開く。白雪の一撃にロードローラーは「わぁ~♪」と間の抜けた声を上げた。
     誰かを護って死ねるなら。
     白雪のその言葉にイコが目を伏せる。誰かが命を落とすかもしれない。それを承知した戦場だった。
     それでも、それは依子が赦さないと、依子が認めないと知っていた。
    (「先輩の御身だけではありません、その優しいおこころ護りたいの」)
     這って帰ることになったって、彼女は全員がそろっていることを喜んでくれるはずだから。
     ロードローラーの一撃にイコの躰が軋む。肋骨に感じた圧迫感に唇から息が漏れる。
    「ッ―――!」
     飛び込んだ白雪の焔が、白銀の焔と混ざり合う。顔上げた、彼女の眼前で傷を刻んだロードローラーは確かに笑っていた。
    「楽しいのね~♪」
     嗚呼、それが楽しいというならば。
     朱那はにやりと笑う。傷だらけになったって言い、馬鹿だって言われたっていい。『依ねえさん』が笑ってくれればそれでいい。
    「誰もかけて欲しくないから――任せて」
     柔らかに告げるシェリーの声音。励まされる様に飛び出す朱那はそのぬくもりを感じる。
     宙を駆って眼前へと躍り出る。飛び込むロードローラーの一撃をシェリーはすぐに癒した。
     組み合わせた掌。信心深い教徒の様に、何処までも彼女は癒しをつづけた。
     親友を護るだけではない、それ以上にこの場の全員を護る為。
    「あと少し……!」
     声上げた依子はシェリーに守られ、戦線の早期離脱に至っていない。寧ろ、護りを厚くした事で彼女はまだ戦闘に参加することも適っていた。
    「ヨリコ、アレ壊しちゃっていいよね?」
     へらりと笑ったハレルヤに依子はゆっくりと頷いた。
     傷なんて気に留めず、只、焔を燃やした白雪は吼える。
    「さぁ、終わりにしようぜ!」


     望んだのは、『特別』じゃなかった――生きていく、大切な人たちと。
     なら、どうして彼女を殺したの?
     脳裏に反芻されるそれを繰り返しながら依子は首を振る。貫いたのは奪い合う連鎖を止めたかったからだ。ハンドレッドナンバーは必要ない、ゲームの盤上に居るならば、その場所から降りてゆく。
     焔は、大切な人たちや緑を守る。
     心はあの人のものだから、あるべき場所に返ろうと差し伸べられる限り彼女は諦めない。
     その表情に高明は口元に笑み乗せた。地面を踏みしめる。
     厚い癒しは依子を護っている、まだ、大丈夫だ――これを届かせることが出来るなら。
     高明の奥歯が軋みをあげる。振り上げた剣先が宙を切る。ロードローラーは、そこで『笑った』。
    「いくのね~♪」
     ぐるりと旋回し、まっすぐに依子を狙わんと飛び込むダークネス。高明の一撃に火花が飛び散り、パーツに一本線が入る。
     それでも、止まることを知らない。
    「依子」
     両手を広げ、依子を庇う様に立ったシェリーの表情に鬼気迫る。我が身がどうなろうとも、彼女だけは―――「終わりにしようぜ? なァ、『トゥールスチャ』!」
     焔に濡れて、死に場所探して、白雪は吼えた。
     愛した彼を、憎んだ自分を、憧れた生き様を、望んだ死に様を、全てを混ぜ込んで彼女は一撃を投ずる。
     ロードローラーの行く道を塞ぎ、放った一撃にロードローラーのパーツがごろりと零れ落ちた。
    「終わりだ」
     ゆっくりと目を伏せた橘花の宣言通り、ロードローラーは動きを止め徐々にその姿を掠めさせる。
    「ボクちんを殺したって意味がないのね~♪」
    「……たくさんのあなたがいらっしゃるのね。それは、とても怖いわ」
     ゆっくりと、言葉を確かめるイコは彼をそういうものだとして受け止めていた。只、主義が違ってぶつかりあった相手――その行く先を少女は首傾いだまま答える。
    「大切な人があなたに襲われるなら生命だって擲つ覚悟だってあります」
     銀星が細められる。彼女の表情に、彼女の言葉に僅かに反応を示した朱那はゆっくりと頷いた。
     霧散してゆくロードローラーは敗北したというのに楽し気に灼滅者を見つめている。
     アスファルト灼ける匂いを感じ、すんと鼻を鳴らしたイコはその様子を見つめ依子を救うことが出来たのだと実感した。
    「壊れちゃったのに、楽しそうなんだねェ?」
     壊しても壊しても現れ続けると宣言するダークネス。ハンドレッドナンバーは『灼滅』されたわけではないのだと言い残して消えてゆく。
     ゆっくりと息ついた依子の許へと駆け寄って、傷だらけの朱那は「よかった」と何度も繰り返した。
    「……よかった」
     仲間を失わず、救うことが出来た安堵。呟く橘花の声を聴いて白雪は顔をあげる。焔に濡れた掌はぎゅ、と力が込められた。
    「―――帰ろう、学園へ」
     あの日、そう出来なかったように。
     今は全員がいる。誰も奪われなかった、それだけでいい。
    「帰りましょう、皆揃って」
     思えば、今日は少し風の強い日だった。

    作者:菖蒲 重傷:穂村・白雪(自壊の猟犬・d36442) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月14日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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