月の蒼い夜に吼える

    作者:旅望かなた

     こんなに月が蒼いから。
     
     冴え冴えと冷たい月に反して、己の体は赤く熱く燃える。
     もはや、人の肌ではない。固く強い獣の毛皮だ。
     もはや、人の瞳ではない。闇に爛々と輝く獣の瞳だ。
     もはや、人の手足ではない。走り、跳び、叩き伏せるのに最適化した獣の脚だ。
     もはや、人の心では――、
     
    「きざしちゃん、どこに行っちゃったのかな……」
    「家にも帰ってないんだよね……」
    「学力テストで一位から落ちたの、そんなにショックだったのかな……」
     もはや獣のものと化した唇を、牙が破りそうなほど噛み締める。
     肩を揺らし、唸り声を押し殺し、爪を地面に立てて耐える。
     噛みたい。
     噛み殺したい。
     殺戮したい。
     喰らいたい。
     賢しらな知性など放り捨て、本能のままに破壊し尽くしたい。
     ――けれど。
     人の心が、それを否定する。
     親しき友を、愛しい家族を、そして見知らぬ人を手にかけるなど、考えたくもない。
     己という意識すら消え果て、獣になるなど考えたくない。
     殺戮したいならば何故、親しい人のいるこの場所に執着する?
     殺したくないならば何故、親しい人のいるこの場所に執着する?
     
    「――何故……ッ!」
     心からの叫びは、獣の唸り声と一体になって、蒼き月が照らす空へと消えた。
     
    「その懊悩を、救えるかどうかはわかりません」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)がそっとノートを閉じ、集まった灼滅者達を見回した。
    「しかし、彼女が闇堕ちしかけていながら、まだ元の人間としての意識を残しているのは確かです。彼女――桃園・きざしさんは、彼女の通学路が通っている山中に潜み、耐えています。イフリートと化しかけている、己の意識を繋ぎ止めて」
     友を、家族を、毎日見つめる場所にいるのは、親しき人への想いで耐える人の心故か、それとも身近な人すら喰らってしまいたいという闇の衝動故か。
    「どちらにせよ、彼女を救ってほしいのです。……それが、死による解放になるか、灼滅者としての新たな出発になるかは、現地点では不明ですけれど――」
     そう言って、そっと姫子は頭を下げる。
    「きずなさんは、既に虎に似たイフリートの姿にほぼ変貌しています。ただ、まだ人を襲っていないことから、精神面では自分の心をかなり保っていると思います。会話も可能でしょう」
     戦闘になれば、彼女はファイアブラッドと同じサイキックを駆使して戦う。配下を連れている様子などは全くないが、それでも八人の灼滅者を相手にして遜色ない実力を発揮する。
    「戦場は山中になるでしょうが、延焼の危険性は考えなくても大丈夫でしょう――彼女が、完全なイフリートになり完全な破壊を望めば話は別ですが。通学時間以外を選べば、一般人が通りかかることもありません」
     そう必要事項を告げてから、少し考えて姫子は再び口を開く。
    「彼女が獣に変貌し、姿を隠すようになったのは、学校の学力テストで一位から転落した日の夜でした。それまで一度も、彼女は自分のコミュニティの中で、勉強で誰かに負けたことがないそうです」
     彼女自身、闇堕ちの理由としてそれを意識しているかはわからない。
     しかし――その彼女が知性なきイフリートに変貌しかけているというのは皮肉であると同時に、説得の糸口でもあるかもしれない。
    「きざしさんを打ち倒せば、完全に闇堕ちしていなければ彼女を救う事ができますが……彼女は、強敵です。どうか、お気をつけて……無事に、戻ってきてください」
     そう言って、再び姫子は深く、頭を下げた。


    参加者
    天上・花之介(残影・d00664)
    七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)
    二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    灯山・暁(夜明けの焔・d02969)
    火野・綾人(覚醒の業火・d03324)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)

    ■リプレイ

    「闇堕ちか……止めてやらないとな」
     灯山・暁(夜明けの焔・d02969)が小さく言って、そっと脳裏に一人の青年の姿を描く。
     その時は、何も、出来なかった。
     今は違う。
    「彼女が完全に堕ちる前に」
     その言葉に頷いて、救わなくては、と二階堂・冰雨(~ミゼリコルド~・d01671)は手の中のカードを握り締めた。
    「それが私の役目だから。今なら間に合うから、一緒に戻れるから」
     一緒に帰りたい。
     そして、彼女に自分の友達になって欲しい。
     内心の思いが、手にこもる力を強くする。
     ふわりと舞うような灰色の髪が揺れる。禪杜・フュルヒテゴット(ハウンドアッシュ・d08961)が軽く頷き、人が近づかぬようキンと澄むような殺気を放った。
    「今、あの子はどんな想いであそこに居るんだろうな。自分を保ったまま、獣みたいな姿になるってのは、どんな気持ちなんだろう」
     火野・綾人(覚醒の業火・d03324)が、考え込むように呟いた。己も闇に堕ちかけた故。そして、その闇が己にも訪れるかもしれぬ故。
    「頭がいいってのも、大変だな!」
     重くなりかけた空気に、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)の声が明るく響いた。
    「ちょっとしたことも深刻に考えちゃうのかなー。正直俺にはきざしサンの気持ち、今はよくわからない」
     首を傾げた慧樹は、「だから、ちゃんとわかりたい、と思ってるんだ」と強く前を見据えて。
    「絶対の自信があったんだろうな」
     天上・花之介(残影・d00664)は呟き、そっと肩をすくめる。
    「けれど、絶対なんてものは在りえない。こんなはずじゃなかった……なんて、世界中に有り触れてるさ」
     花之介の言葉に頷いた時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)の手にした照明が、闇を裂くように駆け抜けた。その時。
     炎が、駆けた。
    「っ!」
    「希望の光よ、俺に力を!」
     綾人と慧樹が、素早く武器を具現させ仲間を護る構えを見せる。
    「ガァァァァァッ!」
     二人へと迫り牙を剥いた炎は、けれどその寸前で素早く向きを変え反対側の茂みに飛び込む。すぐに聞こえたのは荒い呼吸、危なかった、という小さな呟き。
    「きざしさん、かな?」
    「……あなた達は、何者?」
     がさり、と炎――きざしが飛び込んだ茂みが、揺れた。
     すかさず、七瀬・遊(ポジティブファイア・d00822)が彼女に呼びかける。
    「オレ達は敵じゃない、いや……助けに来たんだ!」
    「…………」
     激しかった息遣いが、ゆっくりと収まっていく。
     揺れた草の間から、炎の中に揺れる瞳がじっと遊を、灼滅者達を見つめた。
     にこ、と暁が笑って手を広げる。丸腰であることを、示すかのように。
    「こんばんわ、良い月夜だな」
     薄雲が通り過ぎ、月の光が冴え冴えと彼らを照らす。
     
    「なぁ、何が気に入らへんかったん? うちらはな、キミのことが知りとうて話しにきたん」
     まだ話出来る? とフュルヒテゴットが尋ねれば、何とか、と草の中から声が返ってきた。
    「うちらに話したいこととかあらへん?」
    「……よく、わからない」
     小さな呟きと共に瞳が瞬く。安心させるように暁が微笑む。
    「大丈夫、俺達は君を助けに来たんだ。今までよく耐えてきたな」
    「……全部、知って?」
     幾分鋭さを増した視線に、暁は頷いた。
    「安心してくれ、もう誰も君に傷つけさせたりしない」
    「……できる、のか?」
     声の端が、震えた。かさり、かさり、と草が鳴る。
     灼滅者達は、それに大きく頷いた。
    「だから、聞かせてほしい。何か、お前の心が不安定になる事……心当たりないか?」
     ゆっくりと尋ねた綾人に、焔に囲まれた瞳がちら、ちら、と揺れ動く。
    「……正直、恥ずかしい話だけど。こんなことで悩むなんて、て自分でも思うんだけど」
     小さく溜息を吐いた後、少女は囁くような声で灼滅者達に告げた。
    「…………テストで、一位になれなかったのが、やっぱり悔しかった、んじゃ、ない、か、な……」

    「頑張って来たんだな。だからこそ、それが崩れた時にこうなった」
    「……ありがと。正直、わかってもらえるか不安だった」
     覗く瞳が、僅かに細まった。微笑んでいるのかもしれないと、後方に下がり仲間達に説得を任せた慧樹は思う。
    「……負けたの、初めてなんだってな。それだけ努力を積み重ねてきたんだろ?」
     花之介が、その瞳に視線を合わせる。
    「頑張れなんて言わない。俺なんかに言われるまでもなく、ずっと努力してきたんだろ?」
     竜雅が、それに重ねるように言葉を続けた。
    「勉強で負けたことないんは凄いわぁ。うち尊敬するわ……けど、それだけに固執したらあかんわぁ」
     フュルヒテゴットの柔らかな、けれど核心を突く言葉に、きざしの瞳が揺れる。
    「勉強だけがお前の全てか?」
     さらに綾人が、問いを重ねていく。
    「それだけが、自分の価値だとか、思ってたわけではない……と、思う……けど。実際……結果が出せなきゃ頑張ってきた意味って何なのかって、思ったりは、する……」
    「でも違うだろ?」
     暁の言葉に、ゆっくりときざしは眼差しを上げた。
    「それがキミの全てやないやろ。全てやと思い込んでただけや」
     心配して、思ってくれてる人がおるんやから、といったフュルヒテゴットの言葉に、暁が続ける。
    「一位にならなくたって君を心配してくれる人はいる。そんなものに頼らなくても君には君の居場所がある。君はそこにいて良いんだ」
    「友達も両親も、勉強ができるからお前と一緒に居たって思うか?」
    「気に入らへんねやったらまた頑張ったらえぇねん」
    「そう、かな」
     フュルヒテゴットと綾との言葉に、ゆらゆらと、瞳の周りを取り囲む炎が、光度を上げる。
    「一位になれなかったことは、取り返しがついても。こうして私が勝手に悩んだりしたせいで、こうして……人間じゃなくなって……」
    「大丈夫、君はまだ人間だ」
     暁の言葉に、はっと少女の瞳が開く。
    「人間だから親しい人たちに執着するし、人間だからそんな人たちを殺したくないと思う」
     暁が、ゆっくりと頷いた。不安に揺れる心が、少しでも救われるように。
    「友達も、家族も、きっときざしの努力を知ってる。今だって、人を襲わないように必死に頑張ってるもんな」
     竜雅の言葉に、ゆっくりときざしは目を伏せた。
     冰雨が静かに胸の前で手を組み合わせた。
     きずな自身を否定したくない。その思いは、言葉に紡がれることはなく、ただ真っ直ぐに彼女を見つめる瞳と、じっと話を聴き理解する姿勢にこめる。
     皆で、一緒に学園に帰りたいと、願いを込めて。
    「お前が気づいてないだけで、お前にはお前自身の魅力がもっと有る筈だぜ。勉強だけじゃなく、な」
    「……わからないよ」
     炎が跳ねる。揺れる。
    「私のことを好きでいてくれる人が、勉強ができるからなんて理由じゃなくても。私自身、自分で自慢できることが、勉強ができるってことしかないから」
     後方に下がった慧樹の爪先が、タンタンと地面に小さな穴を穿つ。
     普段なら積極的に前に出たくてたまらない。けれど仲間を信じて、そしてきざしのことを考えて、後方に控え皆に説得を任せている。
     本当は口を挟みたくて仕方ないけれど。
     それでも真摯に彼女に向き合おうと、慧樹は耳を凝らし唇を引き締める。
    「だったら、負けたってことから逃げんなよ。お前は今まで知らなかったことを知ることが出来たんだぜ」
    「知らなかったこと……?」
     虚を突かれたように見開いて、こちらを向いた瞳に花之介は頷いた。
    「敗北ってことを勉強したんだ。もっともっと頑張れるようになる」
    「敗北……」
     小さく呟いたきずなに、そっと遊が頷いた。少し考えて、口を開く。
    「……今までずっと頑張って、一位を取り続けてきた、その努力はスゲェと思う」
     でも、と言って、遊はしっかりと彼女と目を合わせた。
    「今回のことで新たに見えたもの、気付いたこともあると思うんだ」
    「新たに……か」
     小さな唸り声が、聞こえた。まだ獣の声ではない。人としての、逡巡の声。
    「……バケモンになるのは、もうちょっと後でもいいんじゃねぇかな。色々考えて、結論出てからでも」
     呟くように、ぼそりと慧樹がそう言った。
     こくり、と息を呑む音が、聞こえる。
    「今、私は、化け物に、ならなくて済む、のかな」
    「それは、キミ次第」
     フュルヒテゴットが、そっと頷く。
    「知性を放り出すなよ、今まで知って来たことをなくしちまってもいいのかよ」
     花之介が、じっと彼女の瞳を見据えそう尋ねる。一瞬怯んだ彼女は、次の瞬間首を振った。否と、言った。
    「今までのお前の努力、それに変わったら無駄になっちまうぞ! しっかりしろ!」
    「一度の失敗でくじけてたら人生ままならへんで」
     綾人が、フュルヒテゴットが強い言葉を重ねる。けれど、彼女ならきっと受け入れられる。
     知性を失う獣へと変貌しかけながら、必死に衝動を、別人格を抑え込み、己を見つめる事の出来る彼女は、きっと、強い。
    「初めて知った敗北だ。きっと、次は、勝利だぜ」
     花之介が、口の端を吊り上げてそっと手を伸ばす。
    「一緒に戦おうぜ。その手に取り戻すんだ。自分の心と、日常を」
     竜雅がぱっと手を広げ、伸ばす。
    「……ありがとう」
     きずなが、そっと笑みの形に目を細めた。こくり、と頷いた。
     次の瞬間、茂みを焼き尽くさんとする勢いで炎が燃え上がる。
    「ガァァッ……ァァァァァァ!」 
     咄嗟に冰雨が武器を構えて後方へと跳びすざる。遊がライドキャリバーのハチを呼び出し、前衛をサポートさせる位置へと走行させる。
     飛び出したのは、闇の炎を露わにした虎の如き獣。灼滅者達の言葉で己を取り戻したきずなを、無理矢理に乗っ取ろうとするダークネスが具現した姿。
    「希望の焔よ、俺に力を!」
     綾人が素早く封印を解除し、バトルオーラを身にまとう。
    「暴れたいなら、付き合うたるよ」
     フュルヒテゴットが、足元の影と腕の縛霊手を具現化させて笑みを浮かべた。あとは戦いによって、彼女を奪おうとする闇を叩き潰すのみ。
    「――まずは、お前の心を取り戻す」
     細められた花之介の眼光が、鋭く抜き身の刃の如く光る。漆黒の打刀の濃口を、音もなく切り素早く花之介はダークネスの毛皮を引き裂いた。
    「心の闇は、俺の炎が焼き尽くす」
     掲げた斬艦刀が月光に輝き、金色の髪が燃えるように逆立った。絶対不敗の意志が、竜雅の瞳にしかと宿る。
     ガァ、と獣の口から咆哮が飛び出した。その牙に炎が宿り、そのまま暁へと跳びかかる。
    「闇堕ちは、堕ちる方が辛いんだ」
     救えなかった幼馴染の兄。そして、辛うじて救う事が出来た幼馴染。その苦しみを間近で見てきた。そして、今も。
    「大丈夫、これくらい何でもない。それより……悪いな」
     腕の傷から炎を噴き出しながら、暁がさっと距離を取る。そして。
    「ちょっと痛いけど我慢してくれよ!」
     巨大な刃に全力を込めて一気に振り下ろす!
     轟、と獣の皮膚が裂け、一気に炎が燃え上がった。
    「んー、キミの血ぃも燃えるんね」
     にこ、とフュルヒテゴットが笑みを浮かべる。ファイアブラッドの血が燃える戦場を、幾分彼は楽しんでいた。
     炎に臆することなくその体を掴み、投げ上げる。綾人が素早く己の脚に炎を宿し、落ちてきた獣を体を回しざまに蹴り飛ばした。
     転がった地面に焼き跡を付けた獣が、一動作で起き上がると同時にその身の焔を一気に本流と為す。前衛の多い灼滅者達の陣を、一気に焼き払う。
    「おおっ、俺らの技ってこんななのかー!」
     炎の洗礼を浴びながら、嬉しそうに慧樹は瞳を輝かせた。己の力も、敵にとってはこのように強烈な炎なのか、と。
    「同族には効かねーかもしれないけど!」
     炎の熱さを返さんと、慧樹が己の刀に一気に燃える炎を宿す。
    「俺の得意技っつったらコレだしな!」
     さらに炎を宿した獣の爪を、慧樹が己の身で受け止める。そして、そのまま己の炎の刃を振り抜く。
     夜の闇を斬り裂き、引き裂く炎は、暴力の証にして命の在る証拠。
    「桃園は、今心の中で戦ってくれてるんだよな」
     ハチのばら撒く弾丸の間を縫い、遊が斬艦刀を頭上に振りかざす。
    「なら、オレ達もダークネスと戦うさ!」
     体を両断するような重い斬撃。炎が大きく燃え上がる。
    「大丈夫、冰雨は信じていますわ」
     仲間達の回復は、冰雨が一身に担っていた。清めの風と防護の符を使い分けながら、素早く的確に癒しを仲間達にもたらしていく。
     炎の一撃がギリギリでかわされる。チッ、と舌打ちして、素早く花之介は刀を構える。
    「悪いが止まってもらうぞ!」
     滑り込む様に燃える獣の懐に飛び込み、足の腱を的確に狙う。
     竜雅の両手に宿った炎が、一気に柄を、刀身を伝っていく。巨大な刃の先端が地面に描く不規則な紋様に、焼けた痕が追加される。かくりと足を折った獣の前へと躍り出ると、竜雅は全力で巨大な斬艦刀を薙いだ。
    「うち、闇堕ちなんかせんでも救ったるで」
     フュルヒテゴットが焼けた傷口から溢れる血を燃やしながら、手に雷撃をまとわせ一気に穿つ。すらりとした体に似合わぬ、力任せの一撃。
    「絶対に止める、君が大事な人を傷つける前に!」
     龍の翼の羽ばたきのような素早さで、暁が巨大な刃を軽々と扱いダークネスを刻む。その体をオーラを宿した綾人の拳が、一息で無数の連打を繰り出し穿つ。
     地に叩き伏せられた獣が、すぐさま立ち上がって牙に炎を宿す。ライドキャリバーと力を分け合う故に、やや脆弱な遊に向かって――!
    「っらぁ!」
     気勢と共に、炎を宿した刀と牙がぶつかり合う。にっ、と慧樹が笑って、そのまま一気に炎の塊と化した刀を叩きつける。
     鋭い裁きの光が、慧樹の体を貫いた。冰雨の手から飛んだ光は癒しとなり、慧樹の傷を慰撫していく。
     サンキュ、と笑顔を浮かべて、遊は斬艦刀を両手で掴んだ。
    「人の心を忘れずにいて欲しいから……オレも人のまま戦う!」
     刃を露わにしたハチと、タイミングを合わせて一気に斬り下ろす!
    「――紫電、一閃!」
     納刀した刀を、花之介は獣の目前で一気に抜き放った。
     銀の線が消えると同時、焔がゆっくりと収まっていく。
    「……あ……」
     乱れたポニーテールにずり落ちかけた眼鏡の少女が、ぱちりと瞬いた。

    「もう大丈夫だよな」
     そう確信を持って、覗き込む瞳。
    「おかえり、よく頑張ったな」
     ぽむ、と頭を撫でる手。
    「これが、俺達ファイアブラッドの力だ。覚えとけ」
     仄かな笑みと共に、示された炎。
    「今度、ベンキョー教えてくれる?」
    「勉強は苦手で……だから桃園さんと一緒にお勉強できたらなって……だから、冰雨達と一緒に帰りましょう?」
     親しげに願いを口にする、恩人達。
    「何かあったら何時でも頼れよ、オレ達はもう友達だろ?」
     小さなメモを手渡して、どんと胸板を叩く――友達。
     視線を落としたメモに書いてあった、武蔵坂学園、の文字。
    「…………ありがとう!」
     落ちかけた眼鏡越しに、少女は弾けるように笑った。

    作者:旅望かなた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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