四月莫迦

    作者:日暮ひかり

     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送の存在が明らかとなった。恐らく、ラジオウェーブの力によるものと思われる。
     放送が現実となる前に、情報を得る事ができたようになったのは幸いといえた。
     そして、エクスブレインはラジオの内容を語った。
     桜の季節に現れる、『サクラ』という名の娘の話だ。

    ●radio
     とある大きな公園のはずれにちいさな池がある。存在を忘れられているのか、はたまた何もないからなのか、いつ来ても寂しい場所だ。仕事帰りにそこに立ち寄り、池のほとりの東屋で煙草を一本吸って帰るのが青年の日課であった。
     春を告げる恵風はまだ冷たく、冬の面影を残している。都心にいる限り喧騒はどこまでも追いかけてくるが、この緑に囲まれた静かな東屋で水面を眺めていると、日々の疲れがすこし癒される気がする。
     この週末は何をしようか。そう考えながら煙草の火をもみ消した時、携帯電話が震えた。メールだ。
    『嘘でもいいから愛してほしかった』
     差出人のアドレスにも、内容にもまったく身に覚えがない。どうせ新手の詐欺だろうと思い、画面をスリープ状態に戻した時、青年は池の異常に気づいた。
    「桜……?」
     思わず水面を覗きこむ。見慣れたその色は、限りなく灰色に近い緑――ではなかった。普段は鬱々とした濁色を抱いているはずの水面いっぱいに、淡い桃色の花が映っている。
     青年は慄いた。
     ないはずなのに。
     この池の周りに、桜は一本もないはずなのに。

     疲れか。週末は寝て過ごそうと決意し、立ち去ろうとした時、青年は見てしまった。
     桜色に染まった水鏡の中から、見知らぬ少女が自分を見つめている。まだ高校生ほどの少女に思われた。自分とは似ても似つかない、どこかさみしげな黒髪の少女。
     少女は青年の腕を掴み、そして――池に広がる波紋が、幻の桜をすっかり消し去った。

    ●warning
     幻の少女、サクラはどうやら男に捨てられ池に身を投げたという『設定』で。
     嘘でもいいから愛してほしかった――男にあてたメールが遺書という『設定』だ。
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は例によって、にべもなくそう言い放った。

     男であれば誰でもいい。
     メールを受信できる端末を持った男性が、池のそばにいる事が彼女の出現条件だ。
     彼女は目をつけた男性を池に引き摺りこんで殺してしまう。水に映るサクラはまだ幻影に過ぎず、闇雲に攻撃しても水面を揺らすだけだ。
    「……まずはサクラをどうにかして『こちら側』へ出す必要があるな。身も蓋もないが、腕を掴まれた瞬間に力技で引きずり出すのが一番楽で確実かと思う」
     彼女も当然抵抗はするはずなので、それには注意すべきだろう。
     可能性は低いが、その能力は放送から類推することしか出来ないため、予想より強い力を持つ場合もある。
     恐らく――サクラは名の通り桜吹雪を操り、その美しさで灼滅者たちを幻惑し、立ち竦ませるだろう。また冷たい水撃は心身を凍りつかせ、彼女を守護する壁ともなるだろう。
    「それは分かったけどさ」
     男が誰も捕まらなかった時の保険だ、とでも言われて来たのだろう。哀川・龍(降り龍・dn0196)は目の前の机に積み上げられた紙コップや皿を指し、怪訝な顔をした。
     鷹神は園内地図を広げ、ちょいちょいと指で隅の位置を示す。さくら池、と書かれたその場所が、サクラの出現する池であるようだ。
    「そういう時期だ。終わったら君達は池の近くで花見でもしたくなりそうな気がする」
    「……桜ないんだよね? ごめん、何で? おれちょっとわかんない……」
     別に血迷ったわけじゃないと、エクスブレインはからかうような笑みを浮かべた。
    「都市伝説に正解はない。要はお前がどう解釈するか、の話だ」

     桜のない花見。その酔狂に付き合うか、付き合わぬかはさておき。
     彼女の悲しみを終わらせることができるのは、きっと灼滅者だけなのだ。


    参加者
    空木・白霞(櫻追う人・d00207)
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)

    ■リプレイ

    ●1
     それはこんな日には聞きたくない怪談に違いない。人喰う桜の狂気に触れ、人々は一目散に逃げてゆく。誰もいなくなるのは時間の問題だろう。
     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は東屋のベンチに腰掛け、空木・白霞(櫻追う人・d00207) の一人舞台を見物していた。奇しくも行楽日和の晴天だ。
     明るいうちのが桜の見頃だろ、と冗談めかした布都乃にへらりと頷き返し、桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)はスマホの電源を落とす。囮を務める関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)は、池を見ながら何やら物思いにふけっていた。朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)が東屋から身を乗りだし、その背をじっと見ている。
     程なくして、質素な鐘の音が響いた。
     峻の携帯の着信音だ。一行は直ちに戦闘準備へ入る。

    『嘘でもいいから愛してほしかった』

     文面を確認し、峻は水面を覗きこんだ。彼女はもう、そこに居た。
    「……サクラ」
     幻の桜が雪のように降る中、娘は僅かにこくり、と頷いた。その姿は峻と見紛えるはずもない。ただその昏い瞳は、寂しげな微笑みは、写真の中で見る自分の姿と重なる。
     疑問が生じる。
     お前、本当に嘘でも良かったのか――?
     サクラが峻の腕を掴んだ。峻も腕を掴み返した。重機すら持ちあげる怪力に少女が逆らえる道理はない。だがあえて強く力を込め、一気に手をひいた。悲しみで覆われた物語から、ひとりの少女を掬い上げるために。
    「サクラ、さあ、こっちに来てくれ」
     水面から現れた少女を峻が抱き上げる。その時、サクラが不意に見せた花咲くような笑みは漣・静佳(黒水晶・d10904)の目を奪った。何だろう。そわそわする、憧れにも似た、この不思議なきもち――。
    『会いたかった』
    「関島さん、駄目!」
     幻惑の桜が峻の身も心も攫ってゆく寸前、かのこがサクラの頰を斬りつけた。『転落注意』の標識でぺちぺちと叩かれはっとした峻は、膨れ面の穂純に「大丈夫だ」と苦笑を返す。
    「嘘、絶対大丈夫じゃなかったもん!」
     戸惑うサクラの前に居木・久良(ロケットハート・d18214)と哀川・龍(降り龍・dn0196)が立ちはだかる。
    「まぁ待てよ、客はまだ居るんだ。あんたの待ち人はこっちかもしれねぇぜ? どうせなら花見と洒落込まねぇかよ、心中の乙女サン」
    『……!』
     布都乃の言葉を聞いたサクラは一層動揺を見せた。唯一人であるはずの男性――待ち人がこんなに居ては、物語が歪んでしまう。静けさに満ちゆく木立の片隅で、違うの、と首を振る少女を、雨咲・ひより(フラワリー・d00252)は気遣わしげに見やった。
    『心中? 違う、私……ううん、そう……ここで死んだんだ。私……』
     きゅっと胸が痛んだ。切なげな顔は人間と変わらず、とても作り話とは思えない。なんとか笑顔になって欲しいなあ――ひよりが考えを巡らす傍ら、布都乃が悪童めいた笑みで手を差しだす。
    「一人で花見心中は寂しいだろうさ。酔狂者共と一緒にどうだい」

    ●2
    『……こんな寂しい所でお花見? 面白い冗談。でも、』
     あの人は居ない。だって、貴方達いいひとでしょう。

     そう言って踵を返したサクラと池との間に南守が立ち塞がる。銃も帽子も襟巻も、慣れたジャージの他はくまなく桜模様で装った南守の姿に、少女はふっと笑みをこぼした。
    「ゴメンな。ここは通せない」
    『そんなにさくらが好きな人はあまりいないもの』
     さくら。それは少女の名で、己の姓――桜倉、とも重なって聞こえる響きだ。南守は参ったな、と思い眉を下げた。
     ――嘘でもいいから、か。俺も義理の両親に対してそう思った事があったっけ……。
     不仲な義理の親の顔が脳裏にちらつく。雑念を払うようにハンチング帽の鍔に触れ、深い呼気と共に構えたライフルから光を射った。
     逃げるサクラを追い、光線が地面を焼く。薄桃の桜が舞う中、ひとひらの朱い桜が少女の脚を貫き、痺れさせた。飛沫は狂い咲く桜のよう。流れた血は白霞の脳をも痺れさせ、こみ上げる快感が柔らかな表情を耽溺の笑みへ変える。
    「なんとまあ哀れなものですね♪ 嘘でもいいから、なんてそこまで優しい嘘が欲しいです? 挙句の果てに誰でもいいから、なんて堕ちるどころまで堕ちましたね!」
    『……哀れみなさいよ。そうよ。嘘でも、誰でもいい。こっちへ来て!』
    「今行くよ!」
     誰かに呼ばれている、気がした。一際強い桜吹雪が吹きつける中、向かい風に逆らってまっすぐ飛び出したのは久良だ。スニーカーが噴煙をあげた。追従しかけた布都乃と峻は少し考え、足を止める。
     壁として仲間は護る。だがサクラの想いを受け止めたいという久良の意志を汲み、一旦は譲った形だ。
    「補助頼むぜ。相棒」
     だが危険ならすぐ飛び出せるよう、布都乃はサヤと共に構えを取る。後衛も続いた。
    「哀川さん、後ろはお任せした、わ」
    「了解」
     『桜前線注意』の標識を掲げた静佳の魔力が不可視の風除けを作り、符がひより達中衛を護る。綺麗だ――心奪われ、もつれる両足を久良は一歩一歩前に出す。あと数歩の所で、踏み切った。
     逃れようとするサクラの頬にサヤの猫パンチが入る。
    「嘘でもいいから、か……たぶん俺はそんな時はそう思わないだろうけど、気持ちはわからなくもないかな。俺も何かあったら真っ直ぐ命懸けだから、ねっ!」
    『ッ!』
     久良の飛び蹴りでぐらついた身体を峻と布都乃の斬撃が襲う。終いに飛んできたひよりの帯を掴み、サクラは必至の抵抗を試みた。
    「サクラさん悲しそう……。きっと寂しかったんだね」
     穂純のしぼんだ声で我慢できなくなり、ひよりは珍しく憤然と主張した。
    「恋する気持ちを弄ぶなんて許せないよね。そんな人、女の子の方からお断りしちゃって良いよ。忘れちゃえ!」
    『え……』
     例え設定でも、捨てるという言葉とあのメール文で腹が立って、どうしても言ってやりたかったのだ。
    「でも、サクラちゃんはきっと本気で好きだったよね……簡単には忘れられないかな」
    『……私が馬鹿なの。勝手な人だった。でも、信じてたから』
    「嘘でも、本当でも、貴女の抱いた気持ちはホントなの、ね」
     どれだけの男を池に呑み込もうと、『あの人』ではないから寂しさは満たされない。誰かをたいせつに想う気持ちは、静佳にもわかる気がした。前よりも、ずっと。
    『こんな風に言ってくれる友達が居たら良かったな』
    「時間は戻せないけど……戦って色々発散して、スッキリさせるお手伝いならするよ! ね、静佳ちゃん!」
    「……そうね。頑張る、わ」
     傷つくのは主に男性陣だろうが。燃える恋の話には乗ずる隙もなく、前衛の四人は腹をくくった。布都乃がやれやれと頭をかく。
    「良いさ。耳に入ったからにゃ辛気臭い終わりにはさせねぇと思って来たんだ」

     サクラの攻撃は吹っ切れたように苛烈さを増した。押し寄せる鉄砲水の圧に耐え、粘る布都乃と峻を援護すべく、静佳と龍が術を張った。連携で作られた法陣の光と、冷たい水流が激突する中、穂純の放った絶対零度の氷柱が流れに逆らって敵を打ち据えた。
     峻の影が水壁ごとサクラを切り裂く。開かれた活路から布都乃が脱出し、左右の脚で炎の二段蹴りを繰り出した。凍傷と火傷に苦しむサクラの傷に、白霞がうっとりと鋏を立てる。裂けた皮膚を抉るように霊撃を叩きこみ、雨が無邪気に笑った。
    「死んじゃう程好きだったんだ……」
     ずっと考えていたが、穂純にはまだ大人の恋が分からない。けれど、こんな場所で一人ぼっちなのは悲しい、と思う。だってお花見ポイントからも離れて、殆ど人が――あっ、そっか。
    「だからかなあ……」
     穂純は何かひらめきを得たようだが、久良は胸の傷が疼くようだった。命を賭けて手を伸ばしても、手に入らないものだってある。たくさんたくさん、そうやって失ってきたものが――ある。それでも、俺は。
    「手を伸ばすよ。生きてる限り笑ってたいからね」
     欲しいもの、守りたいものだってたくさんあるから。サクラを正面から見据え、蒸気を噴きあげるハンマーをまっすぐ頭部に打ち下ろす。鈍い手応えがあった。

     すべて設定。
     そういう設定だ。
     薄桃色の花を濡らす血すら、虚構だ。
     サクラと言う名の愛されない少女なんて、実在しない。

     しないのだから――共感しちゃ駄目だ。どうにもならない事は気にしない主義だろ。いくら騙そうとしても、南守の嘘は己を欺かない。
    「……やけに胸が痛いんだよ。例え設定でも、いや設定だからこそ、俺はあんたの悲しみを終わらせたいんだ!」
     翼を貸してくれと願い、南守は空色のスニーカーで地を蹴った。空高くから繰り出された流星の蹴撃を受けきれず、サクラが池に落下する。怒りも果てた少女は桜色の水鏡に浮き、晴れた空を仰いだ。
    「なあサクラ……」
    『お花見日和ね』
     峻は言葉に詰まる。昨年のある春の日、嘘で女達に偽の幸せを与えた男を殺した。
     抱き上げた時に見せた顔は、見たかった『本当の咲み』だろうか。
     嘘でも、か――何が幸福なのやら、と途方に暮れる。
    「……まぁ何だ。アンタが実在なのか虚構なのかは知らねぇが、此処で気持ちが癒されたヤツはいるんだし、愛されてんじゃねぇか。少なくとも、その桜は見応えあるぜ?」
     布都乃はぶっきら棒に足元を指さす。
     短い髪に絡んだ花びらがはらりと落ち、水面に波紋を描いて、桜の中に溶けた。
     ラジオで語られた事を、彼女も聞くべきだった。
    『……やめてよ。私もう消えるのに、君の事好きになりそう』
    「――おやすみなさい」
     静佳が小さく呟く。ひよりの唄う優しい鎮魂の歌が、ゆっくりと少女を水に還してゆく。久良が最後にさよならを告げた。彼らしくない曖昧で、どこか寂しげな笑みだった。
     だが、物語は終わらない。
     沈みゆくサクラの腕を白霞ががしっと掴んだ。
    「ああぁ、水面に咲く桜もなんて美しいんでしょう……好きですよ、貴女のようなエゴの塊が!!」
     え、とサクラが目を見開く。その執心に若干引き気味な仲間の視線を背に、白霞が嘲笑しているのもまた己自身だった。
     皆のように優しく生きるのは、難しい。
     それでも変わり始めた『あの子』に憧れ、未だ勝てない私には、碌でもない贄がお似合い。劣等感を満たすのに丁度いいではありませんか――!
    「噂話から生まれた都市伝説? 上等! さあ、くださいッ!!」
     白霞が叫んだ。桜とサクラの幻影は一瞬で彼女の中に吸い込まれ、池は都会の泥だまりに戻る。
     櫻に焦がれた娘は、望みを手に入れた。

    ●3
     池はもとの静かな場所になった。それでも全員が参加した『嘘見』の席には多くのごちそうが並ぶ。
    「豊が花見を勧めた意図も容易に思い至るな。本当に人が良い奴だ」
    「おれにも説明してよ峻さん……何、エスパー?」
    「良さが分からないようでは半人前ですよ、龍さん」
     白霞がくすくすと笑った。主食はひよりの作ったフルーツサンドと龍のおにぎり。久良の手作り唐揚げやローストビーフ等の軽食に、布都乃と穂純が出店まで遠出して買った団子と桜餡パンもある。飲み物は峻が珈琲、静佳がお茶を。他の飲み物は協力してくれた学園の仲間におすそ分けだ。
    「ピクニックみたいだね」
    「これだけ揃えりゃ誰がなんと言おうと花見だろ?」
     オレにゃ満開の桜が見えるぜとうそぶく布都乃へ、南守も異議なーし、と朗らかに返す。痛みは一旦忘れ、南守は紙コップを掲げて音頭を取った。
    「さぁ、咲いている『設定』で楽しもうぜ! かんぱーい!」
     乾杯、が飛び交う。皆がサンドやおにぎりに手を伸ばす中、白霞はコンビニ弁当の蓋をとった。
    「関島さんみたい、ね」
    「憐れむなよ静佳……最近の主食はパンの耳だ」
     何も用意できなくて、と遠慮がちな超料理音痴の白霞に気を利かせ、久良がローストビーフを取り分けた。
     春の日をイメージして甘めに仕上げたタレは優しい味だ。嬉しさと美味しさで白霞も頬が緩み、久良に尊敬のまなざしを向ける。
    「凄いですね……魔法のようです」
    「そう言ってもらえると嬉しいな。まだまだたくさんあるからどうぞ! ところでこの桜餅の山は……」
     手を挙げたのは楯縫・梗花だ。南守に誘われて来たはいいが、差し入れが見事に被ったらしい。
    「春はこれだよね……」
    「そっちは桜の塩漬け乗ってるし、食べ比べしよう。流石に飲み物は……」
     せーの、で出したのはどちらもブラックコーヒー。被りすぎだろと笑う二人につられ、皆も爆笑する。桜っていい匂いだもんねと穂純が桜餡パンを割れば、ほのかな春の香りが広がった。
    「赤槻さん、さっきは荷物持ってくれて有難うございました! これサヤさんに半分どうぞ」
    「お、サンキュー。かのこは団子食うかね」
     シートの上で相棒たちも日光浴中だ。パンをかじるかのこの隣には、サヤが行儀よく座っている。
    「龍くん見て、幸運のひよまん!」
    「私はこれあげる! 大学生活の話もまた聞かせてね」
     桜の鈴守りは穂純からの進学祝いだ。ひよりに久良、静佳に鮫嶋・成海といった顔なじみに囲まれ、龍もしみじみ高校生活を振り返る。
    「哀川さん、大学生なんだ。最初に会ってから3年も経つんだね……俺も色々あったよ」
    「やばかったよなおれ……あの時助けてくれた皆といま花見? しててさ、ほんと楽しいし有難い」
     久々の再会で積もる話が盛り上がる。実は桜ってつく知り合いがいるから気になって来たんだ、と久良はこぼした。静佳も報告したいことはあるが、どうも龍に声をかけるのが照れくさい。
    「静佳さん、なんか感じ変わった?」
     質問への答えが見つからず、困って首をひねる。小さな春が訪れつつあった。

     その頃、峻は室本・香乃果の手作り弁当をむさぼっていた。筑前煮、旨し。稲荷寿司、旨し。特にピリ辛わさび味、最高だ。ご飯のCMに出れそう……香乃果は安堵し、逆に心配にもなった。
    「関島さんそんなにお金ないんだ……特別にウインナーパンあげる」
    「施しの礼にこれをやろう。龍も食え」
     よほど気に入ったのか、峻は我が物顔で周りに寿司を勧め始めた。甘口稲荷は穂純と龍にも大好評だ。
    「私も美味しいお弁当作れる様になりたいなあ……そうだ、哀川さんこっち来て! 寂しくない場所にするの!」
     走っていく穂純を見送りつつ、峻は無糖珈琲を煽る。そしておもむろに呟いた。
    「あのさ……女性は、嘘でも良いと思う物なのか」
     香乃果はお茶を喉につまらせた。風邪かと思ったが、峻が真剣なのは顔を見ればわかった。憂鬱の原因まで、なんとなく。本当に嘘がつけない人。
    「嘘は哀しいけど、縋ってしまう事はあるかも。だからもし嘘をつかれるなら、最後まで信じさせて欲しいけど……それでもやっぱり、偽物の気持ちより本物の心がいいな」
    「……そうか」
     誰よりそばにいる娘の言葉を胸に抱き、峻も少し愁眉を開く。春に険しい表情は似合わないと、いつか三人で笑っていたはずだ。
    「まあ俺は色々正直過ぎるし、誠実で在りたいと思ってる」
     香乃果は頷く。うん、知ってる。凄くよく知ってるつもり――。

    ●4
    「そういえばこの池、さくら池って言うんだっけ。何で『さくら』なのかな?」
     東屋のそばに立て看板を見つけ、ひよりが由来を読み上げた。
     元は池の周囲に桜を植える計画だったが、当時の責任者の都合で頓挫し『さくら池』の名称だけが残った――夢も希望もない由来だったが、この時ばかりは息が詰まった。
    「メール、届いてたりして」
     梗花の呟きにまさかな、と思いつつ、スマホの電源を入れた南守は思わず声をあげそうになった。
    『嘘でもいいから愛してほしかった』

     嘘だ。

    『なんちゃって。お疲れさま、親友。』
     大量の改行を挟んで現れた言葉に、南守はやられたと苦笑する。フリーメールまで取りやがって、この。でも――有難い。やっぱわかってくれてる、と染みる。
    『さんきゅ、さあ花見を続けようぜ』
     素知らぬ顔の梗花をちらりと横目で見やり、返信を押す。その時――。
    「春は悲しみより喜びの方が似合うよねーー!」
     桜の代わりに空からシャボン玉が降ってきた。誰が飛ばしたのかと見あげれば、隣の高台から穂純と龍が手を振っていた。
     実家に帰れない秋は、公園の桜の赤葉を見つめ、美しい光景を想って茶を飲んだ。
     虹色の泡に愛しい狂桜を重ね、ひとり夢に溺れる白霞の隣には、地味な黒髪の少女がいる。
    『寂しくないの?』
    「……いつもしている事ですから。いいではないですか、偽お花見も」

    「桜だ……」
     峻が呟く。嘘だと上を見た灼滅者達は、確かにひとひらの桜を目にした。それはサクラが瞼に残した幻か、はたまた櫻と人の間であがく娘が見せた夢だったのか。
     都市伝説サクラは心中の乙女か。それとも、池の女神か。
     何が嘘で、何が本当でも、そこに在った確かな想いの数々に、光を見た。
    「桜の花って見てると幸せ。ううん……桜が咲いていても、そうでなくても、春はそれだけで幸せになるよね」
    「未だ少し肌寒いかと思ったけれど、あっという間に春、なの、ね」
     楽しいね、とふわり笑ってひよりは空を仰ぐ。静佳と久良も、笑った。
     穂純のシャボン玉が春の空を高く飛ぶ。心が変われば景色も変わる。この池を包む緑も空も、綺麗な春の色だ。ふと人の気配を感じた布都乃は思わぬ光景に遭遇し、にやりとする。
    「へえ。ラジオ野郎もタマにゃ粋なハナシを流すじゃねえか」
     嘘ではない。備えられた桜の枝に首を傾げるスーツ姿の青年は、確かにそこにいた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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