Kissa+Kukat ―春のひだまり―

    作者:西宮チヒロ

    ●Con tenerezza
     春めく緑に染まった蔦が彩る、落ち着いた色合いの煉瓦塀。
     それを眺めながら歩いた先。葉陰の向こうを仰げば、猫の描かれたロートアイアンの看板がひとつ、見えるだろう。
     それが、毎年のように絵葉書をくれる、吉祥寺駅からすこし歩いた住宅街の一角にある一軒家の猫カフェなのだと、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)は花のように笑う。
     春の花が咲き始めた小路を辿った終着点。色とりどりのモザイク硝子を嵌めた白い扉を開ければ忽ち、猫たちがその愛らしい姿と声で出迎えてくれる。
     白に淡く陽の光を溶かしたような象牙色の壁に、パイン材の柔らかなフローリング。木製のテーブル席。ふわふわのラグコーナー。グランドピアノの蓋の上や、北欧風の人形が飾られた窓辺。
     母猫や子猫。お兄ちゃん猫や弟猫。個性的な仔たちが、それぞれの特等席を案内してくれるはずだ。
     可愛らしくて優しい猫用おもちゃは、ひとつひとつがスタッフお手製。
     軽やかに響く鈴の入った、ニットボール。
     彩り鮮やかなメッキテープがひらりと猫を誘う、きらきらポンポン。
     長い棒の先に鳥の羽をつけた釣り竿は、右へ、左へ振るたびに、くるくるふわりと宙を舞う。
    「そしてなんと! 今年はサンルームが新設されたそうですよ!」
     自分のことのように得意気に、そして瞳を煌かせながら発表するエマに、多智花・叶(風の翼・dn0150)も食い入るように葉書を覗き込む。
    「サンルーム……? って、ああ。縁側の洋風っぽいやつのことか!」
     あれってぽかぽかして気持ちいーんだよなー、なんて。閉じた瞼の裏で春のぬくもりを思い出す叶の、その口許も思わず緩む。
    「ええ、そのサンルームです。おしゃれに言えば、コンサバトリーですね」
     早咲きの桜や、春の花々溢るる庭に迫り出すように作られたそれは、全面硝子張り。
     おひさまを目一杯受け止めた室内は、春まっさかりを思わせるほどの暖かさだと言う。
     サンルームのあちらこちらに置かれた、沈みこむほどのふわふわクッション。仲良くなった仔と一緒に、まるで雲のようなそれに身体を預ければ、陽気につられて眠ってしまいそう。
    「お店に何年もいる仔もいますから、以前出逢った猫ちゃんの子供もいるかもですね」
     挽き立ての珈琲や、香り豊かな紅茶。上品な甘さの自家製ケーキ。
     柔らかなピアノの音色に包まれて、気ままに遊び、唄い、ごろり寝転がる猫たちを、訪れた人もまた優しく愛でる──そんな、秘密の場所。
    「開店時間は、変わらず昼から夕方頃まで。行かれる方は、その時間帯に、ここへ」
     手近な紙にさらさらと綴った地図は、猫の苑への招待状。

    『Kissa+Kukat』
     それが、その猫の隠れ家の、名前。


    ■リプレイ

    ●いとしい存在
     『Kissa+Kukat』――一輪の花を咥えた、猫のシルエットの看板の袂。
     2年ぶりの猫の苑。
     以前仲良くなったあの仔を探して視線を巡らせれば、樹と彩歌の足許にすりすりと触れるぬくもり。
    「樹さん、この仔たち……!」
    「間違いないわ」
     すっかり大きくなっているけれど、ぴんと立った耳、好奇心旺盛の瞳は変わらぬまま。柔らかなラグに腰を下ろし、あのときと同じようにぽんぽんと膝を叩いて呼んでみると、猫たちも嬉しそうに一声鳴いて樹の膝の上へ。
     並んで座った彩歌の、その腕の下から頭を突っ込みぐいぐいと腕を押して、ぷはっと顔を出すアビシニアンに、娘も思わず笑みを零す。
    「やっぱり人懐っこくしてくれるねこはいいなぁ……。素直に撫でさせてくれることのなんて素敵なことか」
    「そういえばルナちゃん、彩歌ちゃんには本当にツンデレよね」
     彼女の愛猫たる黒と白のメインクーン。よく食べてよく肥えたボス系の女の子は、彩歌曰く相変わらず懐いていないらしい。
    「ふてぶてしさに磨きがかかってますよもう。それでもほかのねこと遊んでると不機嫌そうにしてくれる辺り可愛いとこはあるんですけど」
    「ふふ、この子たちの匂いをつけたまま帰ったらもっと拗ねそう」
     それでも、もう暫くは。この幸せを満喫しよう。
     恋人の紹介を兼ねた叶への挨拶。漸く卒業かな? と心で零しながら紅緋は微笑む。
    「聖也さんはどうされます?」
    「猫じゃらしで遊んでみるです!」
     ケーキのお伴は温かなカフェオレとミルク。じんと倖せ染みてゆく。
    「先輩、見て下さい! 猫、猫、猫……いっぱいです!」
     声を弾ませるみをきに袖を引かれる壱は、若干遠い目。
     何だろう、このキラキラさは。うちにいるやつ――重量感のあるボディの茶トラは、見た目通り重く、そして動かない――と格差を感じる。
     傍らで微笑み猫を撫でるみをきにつられて、緩む眦。腰を下ろし、近くにあった羽根つき猫じゃらしを振ってみれば、早速しゅっとちいさな手が伸びてきた。
    「お? ヤル気あるな」
     フェイントを混ぜながら白熱の勝負!
    「必殺! 高速スクリューローリングスラッシャー!」
    「――……そうしていると先輩も猫みたいですね」
    「えっ。――あっ」
     全身猫まみれのみをきに一瞬驚き、聞き捨てならない言葉にもう一瞬固まったそのとき、ついに奪われた猫じゃらし。空になったやり場のない掌を放り出し、もう一度問う。
    「……似てるって、マジ?」
    「はい」
     明るい毛色も、時折真剣になる眼も。ねぇ、と膝の仔に声をかければ、みゃおと返る賛同の声にはもう何も言えなくて。
    「帰ったらきなこもめいっぱい可愛がってあげましょうね」
    「可愛がる前にダイエットさせたい、かな……」
     微笑むみをきに、壱はひとつ息を零した。
     せめてこのひとときだけでものんびりとした時間を。
     そう想いながら柔らかなクッションに背を預けた冬舞の許に、一匹のノルウェージャンフォレストキャット。凜とした品のある顔つきは、まるで貴婦人のよう。
     ご許可いただけるならば、撫でさせていただけましたら大変嬉しく。語りかけるように伸ばした指先は拒絶されることなく、そのまま綿のような毛並みに触れて頭を撫でる。
    「ありがとう、多智花」
    「ん?」
     隣でじゃれ合う仔を眺めていた叶が振り向くと、北欧猫の喉を撫でていた冬舞が淡く微笑む。
    「こうしてのんびりと出来るお誘いがあると、ほっと深呼吸できる気がするんだ」
    「……そか。なら良かった。そう思ってもらえるなら、誘い甲斐があるってもんだぜ」
     忙しなく、そして気を緩ませることなく続く闘いの日々。互いにそれを識るからこそ、想いは同じ。
     彼と愛でた『くつした』の成長は、共に生き歩んだ証、刻んだ標。
     貴方の心に、ヒナはまだいますか?
     心に在るあの日々とぬくもり。心の支えであり続けたいと紡いだ約束は今も同じ。
     また巡り会えますように。愛らしい仔を撫でながら、雛は想う。
     響が恋人へ紹介するのは、秘密の相棒・ボブテイルの三毛猫さん。
     隣に恋人、膝に相棒。人生のベストポジションを彩る紅茶とおやつ。
     猫にクッキーをあーんした次は、わたしにも……してくれたら、いいな。
     恒例の菓子をお伴に、馴染みの親猫たちを膝に招く百合とレイン。遊ぶ仔猫たちを見守りながら、自分たちと彼らの4年を想う。
     か弱くも逞しく続いてゆく命。撫でるのと写真の腕前が上がった百合に頼んで撮った1枚。ここは凄く暖かいな、と零す娘に微笑み想う。
     また会いにくるな。きっと。
     ま、まぁ嫌いじゃないわ。なんて言いながらも、愉しそうに猫と戯れ遊ぶエリノアの横顔に、さくらえも釣られて破顔した。嗚呼、猫と彼女はとても絵になる。
    「このシャム猫さんはちょっとツンデレさんだねぇ。甘える感じが可愛い」
     エリノアに似てるかも? と思う言葉は秘めたまま。なんか変なこととか失礼なこと考えてないかしら、と疑うような視線に悪戯めいた笑みを返す。
    「あら、黒猫。よーしよし……」
     すり寄ってきた可愛らしい仔猫をエリノアがひとつ撫で、抱き上げようとしたそのとき。
    「――だめだよ、この子は僕のだから」
     どことなく猫変身した自分と似ていたから。猫に嫉妬するのは違うけれど、それでも湧きあがった対抗心のまま、あげない、と言わんばかりにさくらえが娘の肩を抱き寄せた。
    「って、は? え? ちょ、猫に嫉妬……? う、嬉しくないわけじゃないけど……ちょっ、は、恥ずかしいわよ」
     思わず声が上ずってしまう。頬に熱が灯っているのが自分でも解る。
     そんな愛らしい娘を腕の中に収めながら、さくらえはきょとんとこちらを見る黒猫の、そのちいさな鼻先をちょんとつついた。
     2年という月日は、仔猫を成猫へ、貫禄のあった子を更にボリューミーに変えたけれど。
    「……お久し振りね? 元気だっ……お……重い~」
     それでもお目当ての子をすぐさま見つけたエアンと百花は、それぞれの子を膝に乗せて優しく撫でる。
    「柔らかくて艶やかな毛並みがとても綺麗だ」
     膝の上で寛ぐミルクティ色の猫をゆっくりと撫でながら囁けば、嬉しそうににゃあと返る声と、それを羨ましそうにちらちら見ている百花の視線。
    「俺も妬いた方がいい?」と揶揄うように尋ねれば、
    「えあんさんが焼きもち……じゃあ帰ったら、もふもふする?」
    「そうだね、家に帰ったら……かな」
     くすくすと笑う娘の、その手許の薬指で煌めく指輪。2年前にはなかった、自分たちの間での変化。
    「もも、久し振りにその猫と再会した感想は?」
    「2年分増えた重み! そして、大切な時間が積み重なってるんだなって……このコも……ももたちにも」
     そう微笑み、そっと薬指を撫でる百花を見つめながら。
    「重みね……確かに」
     次に来るときには、その猫にも新しい家族が増えているかもしれない。この先紡がれる未来に、エアンはそう想いを馳せる。

    ●重ねゆく歳月
     サンルームへと続く扉を開ければ、そこに広がるのは一等眩しくてあたたかな光の海。庭の花々は硝子越しでも色鮮やかに煌めいて、空から零れ落ちそうなほどに咲いた桜の香りが、おひさまの匂いに交じって胸を満たす。
    「すごい、本当『春』って感じだ……」
    「あったかーい……あ、都璃ちゃん。あの子もしかして――」
     サンルームをぱたぱたと走り回る仔猫たちと、それを見守る親猫。その片割れのもふもふ具合は、確かに見覚えのある子。
    「ふふ、仔猫が生まれたんだね」
    「そうか、猫はもう大人になるのか……家族が増えたのかぁ、おめでとう」
    「猫は1年で成人扱いらしーからな」
     続いた叶の言葉に感心しながら、親猫をそっと撫でる。初めて此処を訪れたときを思えば、かなりの進歩だ。
    「都璃ちゃん、はい」
    「わ、わ……! 小さいなぁ……! ……かわいい」
     不意に掌に乗せられた仔猫に思わずたじろぎながらも、みぃみぃと鳴く姿と命のぬくもりに、自然と口許も緩む。
    「あったかいな……初めまして、よろしく」
     可愛すぎる仔猫たちを撫でながら。後で叶に写真を撮ってもらおう、と都璃はもひとつ微笑んだ。
    「緋織とまた来られて、嬉しい……」
     あれほどまでに望んだあたたかなひだまりの中に、今こうして臆することなく居られること。
     それだけでも十分だけれど、緋織が傍に居てくれればもっと嬉しい。仰ぎ見た先、誇らしげに咲く桜はまるで自分のようで、澪は更に笑みを重ねる。
     そうはにかむ友人を見て、初めて訪れたときのことを思い返していれば、後ろから「みゃあ」と聞き覚えのある声。
     たたたっと駆けてくるのは、白猫と茶虎の家族たち。腕の中に飛び込んできたハチワレの白茶を抱きしめて、挨拶代わりに頬を寄せる澪。緋織は、撫でて撫でてと言わんばかりに掌へと額を押しつけてくる靴下茶虎を優しく撫でて、ふわり抱き上げる。
     軽く前足を手に取って、澪の頬に柔らかく触れてお久しぶりのご挨拶。くりくりとしたまあるい瞳に微笑んで、靴下おててをつんつんつん。
    「緋織……ポンポンと毛玉、あるよ」
    「遊んでくれるかな?」
     ころころころ。弾むように転がる玩具を追いかけて、飛びついて、一緒に転がる猫たち。可愛いね、と見合って笑いながら、倖せそうな澪が何よりも嬉しくて、緋織の内にも倖せのひだまりが広がった。
    「猫さん、ご一緒してもいいですか?」
    「んなぉ」
     顔を上げてひとつ鳴き、再び丸まりまどろみへと戻っていったアビシニアンにお礼を言うと、陽桜は真っ白な柔らかクッションにぽふりと身体を預けた。
     2年前に居たふわもふ真っ白なチンチラさん、まだ居るかなぁ。
     そう視線を巡らせるも、ぽかぽかとした陽気に抗えるわけなんてなくて。
    「……は、思わず眠っちゃいました……って、あわわ!?」
     どれほど眠り込んでいたのだろう。気づけば自分を囲み、同じように丸くなって寝ている猫、猫、猫。
    「あはは、満喫してるなー、陽桜」
    「はぅ、叶さん、よいところに! あたし、にゃんこさん遭難しそうなので救出求むなので――」
    「まぁまぁ。せっかく面白い状況だし」
    「……って、撮っちゃだめですよ!?」
     慌てて身体を起こそうとするも益々沈んでゆく陽桜に、叶も思わず笑み声を洩らした。
    「ふ……猫まみれになるといいのです」
    「ふえっ!? あのっ……ちょ……!?」
     おやつをあげていたシャオに盛られる、ふわもこ猫の山。望とふたり、クッションに寄りかかれば、ぬくもりに誘われ夢の中。
     片や窓際のほうでは、アアルト(悟命名・波平)と悟の応酬に、想希もくすくす。成長したこの仔に比べて相変わらずの二人だけど、へろへろ倒れ込んできた悟との身長差はあと少し。
     近づく顔。染まる頬。交わす笑顔の背後から――再び、肉球ぱんちが炸裂した。
    「あっ。居たわ、あの仔たち……!」
    「……うん、間違いない」
     雲のクッションに沈みかけた身体を起こそうともがいている銀色サイベリアンをひょいと抱き上げた狭霧は、
    「お久しぶり! お前たちすっかり大きくなったねぇ」
    「もうすっかりオトナね」
     同じく、傍にいた白雪のようなペルシャ猫の許へ屈み込んだイコとふたり、笑い合う。
     変わらず誰かさんの彩にそっくりな、円らな森色の瞳と綺麗な穹色の眸。
     クッションに包まれ、白猫を抱きしめながら微睡み始めていると、
    「オトナになっても遊んでくださるかしら?」
     クッションを抱きしめ、銀猫と並んで寝転んだイコの呟きに目を丸くした狭霧は、瞳を閉じて静かに笑う。
    「……それじゃ約束しましょ」
     また遊ぼうって。約束を果したらまた次の約束をする。そうすればきっと大丈夫。
    「ふふ、約束ってステキな響き!」
     薔薇色に微笑みながら、光溢るる空へ翳す御守りのサンキャッチャー。
     光が虹を生むように、生まれる笑顔が嬉しくて。起き上がった狭霧の投げたボールで遊ぶ2匹を見守りながら、また遊びましょ、とイコが独りごちれば、
    「「みゃあ」」
     愛らしい鳴き声にふたり、一層笑顔の花を咲かせる。

    ●ひだまり色の未来
     今年はどの仔と遊ぶかな、と見渡した周の目に留まったのは、ひだまりの中でごろーんだらーんとしているメインクーンの仔猫たち。
    「このちょっと猫相悪めな子猫はまさか……?」
    「んにゃー」
     いつの間にか傍に来ていた成猫メインクーンは、確かに3年前の。
    「そっかー子供か―……可愛いな!」
     親は淋しがり屋だったけれど、はてさて。
     思案しながら玩具を手にすると、猫じゃらしふりふり、鈴鳴りボールちりちり。途中で呼び止めたエマや叶も交えて、興味津々反応する仔猫たちの一挙一動に笑みを零す。
     お菓子とお茶に添えるのは、誕生日の祝い。ありがとうございます、と返す娘がもう高校卒業とは、改めて時の早さを実感する。
    「こう穏やかな時間はやっぱいいもんだ。来年もまた……いいや。ずっとだ」
     世界がどうなろうが、これから先も日常を過ごせるように頑張らないとな!
     そう意気込む周に、エマと叶も笑顔で頷いた。
    「ふふ、まるでウォードの箱ね」
     アッサムのオレンジペコを煮出したミルクティを一口。続けて抹茶ショートケーキを味わいながら、アリスがふわりと微笑んだ。
     ごろりとひだまりで寝転ぶ猫たちに癒やされながら、頁を繰る。その対面で珈琲を愉しむエマは、隣で冷静になりきれず倖せそうに猫にまみれている恵理に、思わずくすり。
    「……やっぱり子犬もいますよね、ここ」
     猫と猫じゃらしで真剣勝負をする叶を見守りながら。のんびりとした空気に時折混ざる魔女のハミングに、エマも知らず口ずさむ。
    「……お久し振りです、叶さん」
    「成海! 久し振りだなー!!」
     2年半振りに逢った少年の目線は、気づけば自分と同じほど。その成長に目を瞠りながらも、腕の中の仔に、そして自身へと向けられる笑顔はあの頃のままで、洩らした感嘆も歓びのいろに変わる。
    「叶さんの遊び相手は……って、聞いたのが野暮だったかしら」
    「あはは、何だか懐かれちゃってさ」
     話しながら腰を下ろし、ちたちたと寄ってきたエキゾチックショートヘアの仔猫を膝へとご案内。愛嬌のある顔には、自然と両の眦も下がるというもの。
    「ちょ、待て待てストップ……! これ、おれの大事なカメラだから」
     愛機によじ登ろうとしたマンチカンの仔を慌てて抱き上げる少年に、成海もふわりと綻んで。以前海で撮ってもらったお礼にファインダーへと収めたのは、春の柔らかなひだまりに包まれ笑う倖せなひととき。
     甘いケーキとお茶の余韻に浸りながら、身体は柔らかなクッションへ。おなかの上に乗せた、馴染みのシャムとソマリの間に生まれた仔猫をひとつ撫で、ほわり笑顔を交わす希沙と小太郎。ええねぇ、特等席やねぇなんて、のんびり声で希沙が仔猫を撫でる。
    「……この子らも、夫婦になったんやなぁ」
     言いながら、無意識に触れるのは左手の薬指に燦めく指輪。
    「夫婦になって、子供までいるなんて……未来に来たんだな、って」
     揺蕩う意識の中で描く、彼女との未来。共に歩もうと願い続けてはいたけれど、ふたり以上になることは想像すらできずにいた。
     ……この猫たちと重ねて、夢見ても良いんだろうか。
     過ぎる想いのまま、閉じかける眸に彼女を映して、指輪に触れる手に掌を重ねる。
    「希沙さん、子供……かわいい、ですね……」
    「! ……うん、可愛い……って言い逃げっ」
     既に倖せそうに寝息を立て始めた小太郎に「もう」とちいさく頬膨らませ、軽く前髪を引っ張り、そっと撫でる。
    「……きみこそ、可愛い」
     まだ全然早い、けど。でもいつか。いつか……。
     火照る顔を見られなかったのは、良かったかもしれない。
     バレンタインのお礼を伝え合いながら穂純と叶が探すのは、前に釣り竿勝負で負けたあの仔。
    「あっ、いたいた」
    「……気持ち良さそーに寝てるなー」
    「今日はお昼寝日和だもんね」
     ならばと傍らのソファに座った途端、忽ち襲ってくる睡魔。
    「ね、叶くん」
    「んー?」
    「私のこと、陽だまりみたいって言って貰えて嬉しかったよ」
     微睡みにつられて、ふわり緩む口許。
    「叶くんは太陽みたいだっていつも思うの」
    「そ、そーか?」
     明るくて前向きで、元気をいっぱいくれるから。そう続く声に、叶もまた蕩けそうな意識の中でほにゃりとはにかむ。
    「色んなことが起きて迷うときも多いけど、叶くんも一緒ならすごく心強くて、頑張ろうって思えるよ」
    「……おれも、みんなとなら」
     拓ける路がある。それはもう、痛いほどに識っているから。

     ――未来はきっと、此処みたいに明るい場所だよね。

     見上げた先、ひだまりに舞う花弁をぼんやりと追いながら、少年は夢の随に響くその声にゆっくりと頷いた。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月26日
    難度:簡単
    参加:32人
    結果:成功!
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