「ん?」
異変は突然だった。
「ぐっ、う……あ」
そう、公園のベンチ前、で足を止めた少年は顔を掌で覆って呻き。。
「止めろ、止めるんだ、俺は――」
もう一方の手を握りしめ険しい顔をし、立ち止まっていたほんの数分のこと。
「う、おぉぉぉぉ!」
天を仰いで吼えた少年は――次の瞬間、地を蹴ると。
「トゥ!」
謎の奇声と共にベンチの横にあったくずかごへ蹴りを叩き込む。
「トゥ!」
浮き上がったくずかごへ更にもう一蹴り、一度では終わらない。
「ヘアーッ!」
最後に歪んだくずかごを蹴り飛ばし。
「トゥ! トゥ! ヘアー!」
一連の蹴りを今度はベンチへ叩き込む。まるで何かへ抗うかのように。
「トゥ! ヘアー!」
暫く暴れ回っていた少年は、もう一度ベンチを蹴り飛ばすと。
「オレハ……」
折れ曲がった街灯を乗り越え、闇の中へと消えていった。
「ご苦労様。全員揃ってるわよね?」
エクスブレインの少女は、集まった灼滅者達の前で、事件が発生しようとしていることを明かした。
「今回も一般人が闇堕ちしてダークネスになろうとしているの」
通常ならば、闇堕ちした人物はすぐさまダークネスとしての意識を持ち人間の意識はかき消えてしまう。
「ただし、この少年も闇堕ちしてつつあるけど元の意識が残ってるわ」
つまり、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていない状況なのだ。
「もし、この人が灼滅者の素質を持っているのなら、闇堕ちから救い出してあげて」
灼滅者の素質があるならば助けられる可能性がある。
「駄目なようなら、完全なダークネスになってしまうようなら、せめてその前に――」
灼滅して欲しい、と少女は言う。
「それで、闇堕ちしかけている人のことなんだけど」
少年の名は、朝ヶ原・真也。中学の三年生で、堕ちかけているダークネスの名はヴァンパイア。
「夜、公園を歩いていたこの人はベンチの側を通りかかったところで何の前触れもなく苦しみだして闇堕ちするわ」
ヴァンパイアが闇堕ちの際に元人格の血族や愛する者をも闇堕ちさせるという性質を持つことを鑑みるに、離れた場所にいる家族か誰かの闇堕ちに巻き込まれたのだろう。
「だからこの日の夜、公園のベンチが目に付く位置にその人が現れたら闇堕ちが近いわ」
灼滅者達が接触出来るタイミングは、少年が公園に入った後。
「公園には人も居ないし、闇堕ちのタイミングがずれるのを防ぐ為にも彼が来るのをベンチの側に隠れて待ち伏せるのがいいと思うけど」
少年を闇堕ちから救うには闇堕ち状態の彼を戦闘でKOする必要がある。
「そう言う訳で、戦闘は避けられないわ」
少年と接触し、人としての心に呼びかけることで戦闘力をそぐことは可能だが、説得はあくまで力をそぐだけ。
「暴れるほどに抵抗を示していたみたいだったから、抗う気持ちを応援するような呼びかけが効果的じゃないかしら」
結果として予測された未来では公園が酷い有様になっていたが、灼滅者達が介入すれば公園の荒らされる未来も回避は出来るだろう。
「そうそう、公園をめちゃくちゃにした蹴りだけど、ダークネス化した彼はダンピールのサイキックみたいな攻撃の他にこの蹴りも戦闘に使ってくるわ」
この攻撃は基本的に近い者しか狙えないが、三つの蹴りからなる連続技の為、追撃によって追加ダメージを受ける可能性がある。
「闇堕ちするとなんだかやたら喧しくなるみたいだけど、それはそれとして蹴りには注意が必要よ」
よく分からないが、油断は禁物と言うことか。
「何にしても放置はしておけないわ」
闇堕ちによってヴァンパイアが世に放たれてしまうと言う事態は。
「大変だとは思うけど、お願いね」
胸の前で祈るように手を組み、少女は灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
熊城・勝魅(壁となり弾となる肉・d00912) |
裏方・クロエ(魔装者・d02109) |
鳳・仙花(不条理の破壊者・d02352) |
霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621) |
赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996) |
メルフェス・シンジリム(自称魔王の黒き姫・d09004) |
六車・焔迅(彷徨う狩人・d09292) |
ハイナ・アルバストル(灼熱の氷・d09743) |
●邂逅
「あれですかね」
ベンチの側にあった茂みに身を潜めていた裏方・クロエ(魔装者・d02109)は、徐々にこちらへ近づいてくる人影を認めて口を開いた。
「公園の公共物を壊すのはよくないのですって言うか……出会う前から何故か女子受けのいいイケメンな気がする相手なのですね」
まだ距離があって顔をはっきりと確認出来ない筈だが、きっと女の勘とかそう言うものなのだろう。
「想起。黒衣の射手」
密かにカードの封印を解いて戦いに備え。
(「前にも、奇声を発して蹴りを使う半闇落ち吸血鬼がいたようね。何か関係あるのかしら?」)
同じようにベンチの側に身を潜め、何やら考え込んでいるのは、熊城・勝魅(壁となり弾となる肉・d00912)。
「来たみたいです?」
星空を眺めていた六車・焔迅(彷徨う狩人・d09292)は、少し名残惜しそうに空から前方へと視線の向きを変えた。
「ぐっ、う……あ」
ベンチの前で足を止めた少年を、異変が襲ったのは一分ほど後のこと。
「う、おぉぉぉぉ!」
やがて少年は咆吼するなり地を蹴って。
「トゥ!」
放たれた蹴りにくずかごが浮き上がる。事前の説明通り、暴れ始めたのだ。
「ヘアーッ!」
「見事な蹴りね……速さも、威力も。物に当たる未来は出てても生物に当たらない辺り、元は優しい人なのよね」
くずかごを吹っ飛ばした横格……蹴りを賞賛するメルフェス・シンジリム(自称魔王の黒き姫・d09004)が居れば。
「いやはや、なんというかあれはまさに中二病的な……」
うわぁ、とでも声を漏らしそうな顔で目の前の光景を見るのは、霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)。
「無駄にシュールな闇落ちだな……」
「そうだね、随分面白い暴れ方をするじゃあないか」
ポツリとこぼした鳳・仙花(不条理の破壊者・d02352)へハイナ・アルバストル(灼熱の氷・d09743)は同意を示しつつも、続けて小さく頭を振る。
「でも僕が思うに彼は暴れるタイプには向いてないよ」
「だが、まぁ放っておくわけにもいかん」
「そうね」
仙花の言を肯定しつつも勝魅が飛び出したのは、何もわからぬまま巻き添えでダークネス化なんて話が気に入らないからでもあったが。
「ダメだよ、堕ちちゃったら周りの人を巻き込んじゃうんだよ?」
既に少年の前に姿を見せた赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が呼びかけを始めていたし、戦闘は始まっていたのだ。
「貴様、このままでは奇声をあげながらゴミ箱を蹴る変人になるぞ」
「ッ?!」
突如現れた灼滅者達に驚き、少年が硬直する中で。
「さて、さっさと救い出してやろう」
「言っておくが僕は強いよ?」
仙花は魔力を宿した霧を展開し、ハイナは漆黒の弾丸を形成しながらニヤリと笑む。
「俺の中に眠る内なる殺気が……!」
刑一は中二病ほど現実になって恐ろしいものはないので、と言う理由で少年を救おうとしていた気がするのだが、その言動にこそ何かが滲み出ていて。
「欲しかったのは、本当にそんな世界なの! 力なのですか!!」
クロエは展開された殺気に包まれる少年へ叫ぶと。
「けーちの中二病は気にしなくて良いのです」
「クロエ?!」
さらりと付け加えた言葉に刑一が固まる。
「オレハ……」
まぁ、後半はさておき、前半の叫びはしっかり少年に届いていたようで。
「ふふっ」
「ウオッ?!」
いつの間にか間合いの内側に飛び込んでいた勝魅への反応が一瞬遅れ。
「ちょっと荒療治だけど必ず助けるから、挫けずに頑張って!」
豊かな胸を弾ませつつ、勝魅はシールドを少年へ叩き付けた。
●謎の空気
「エエェィ!」
緋色のオーラを宿した刃で、少年が焔迅を切り払う。
「っ、その力に抗うのは大変だと思いますが、貴方ならきっと打ち勝てるはず。どうか頑張って!」
だが、焔迅は斬られたことすら気にせず逆に踏み込んで、説得の言葉と共に妖の槍を振るい。
「クッ」
自らを追い込むかのような激しさは、一瞬だが、少年を圧倒し。
「悪いわね」
怯んだ隙を見計らい、勝魅が再び飛び込む。
「ヌワァァァァッ!」
(「射程に入るなら神様だって正義だって全部……撃ち落します」)
シールドバッシュを叩き込まれて仰け反る少年を視界に収めつつ、クロエは弾丸を作り出し、口を開いた。
「けーち」
「わかってますよ~」
呼びかけに刑一は飄々とした態度で応じつつ影を操り。
「全てを縛るこの影で一先ず抑えますよ!」
「ヌヴォォォォォッ?!」
影の触手に絡み付かれ動きが鈍ったところへ、漆黒の弾丸は撃ち込まれる。
「闇に囚われたまま戦うのは止めるのです!」
闇というか触手に絡み付かれてるというツッコミはなしですよね、そうですか。
「ウワァァァァッ!」
喧しく悲鳴が上がる中、触手の繰り手は呼びかける。
「真也とやら、その中学生特有の病気みたいなそれに負けてはいけませんよ! もし負けたら内なる力に食われて人類の敵になっちゃいますから!」
言ってることは正しいはずなのに、何故空気はシリアスを保てないんだろう。
「前に出ても、攻撃しても……どうにもならないわね!!」
一撃を浴びる覚悟で前に立つメルフェスだが、怒りにかられた少年はディフェンダーの二人しか眼中にないらしい。
「オレハ……」
「目標はアレ! いけー影さん!」
「クッ、ヌワァァァァッ!」
視野狭窄に陥った隙をつかれて緋色の影に飲み込まれ。
「さすが。赤は伊達じゃないってことかしら」
咎人の大鎌へ影を具現化しながらメルフェスは地を蹴った。
「アンタにまだ正しい意識があるっていうなら、内なるダークネスに勝って見せなさい!!」
「グアッ」
「嫌ならば死ぬ気で逆らえ。あとは俺たちが何とかしてやる」
振り下ろした殲術道具を叩き付け、飛び退ったタイミングを見計らい、少年の死角から肉薄した人影が強襲する。
「先ずは、な」
「クッ」
「切り裂け……!」
言葉と共に身構えようとした少年を衣服ごと仙花は斬って。
「グアッ」
「ウザいよ」
よろめいたところへハイナの撃ち出した弾丸が襲いかかる。どちらかと言えば、灼滅者達が押しているように見えた戦局。このまま行けるかと思われた流れは、次の瞬間に一変する。
「……イクゾッ!」
傷ついた少年の生み出した霧はキラキラと魔力で一瞬輝き、少年へ狂戦士化と傷の治癒という恩恵をもたらしてバシュゥゥンと消えた。実際、説得と攻撃で追い込まれては居たのだろう。
「負けちゃダメなのです!」
「デェェェェッ!」
斬りかかる焔迅と咆吼しつつ迎え撃つ少年が交差する。
「それにしても闇堕ちっていうのは極端なものだよね。元は脆弱な一般人である人物がここまでの強化修正を受けるなんてさ」
ぼそりとこぼしつつ、ハイナは見ていた。焔迅の繰り出した紅蓮斬が紙一重で避けられる様子を。
●激戦
「こーあれですかね」
クロエは何かが割れたとかそんなことを言っていたが、己を強化した少年と対峙する焔迅にとって前以外を気にする余裕はなかった。
「トゥ!」
声が聞こえた瞬間、蹴りを受けてでも決めようとした一撃は空を切り。
「トゥ!」
「っ、ふふ」
覚悟していた衝撃はいっこうに来ず。
「肉が一杯付いてるから、私は簡単には壊れないわ。だから気に」
「ヘアー!」
余裕の笑みを浮かべた勝魅が蹴り飛ばされて視界から消える。咄嗟に庇われたのだろう。
「もうやめるんだ!」
「ウワァァァァッ!」
一方で、蹴りを繰り出した少年もハイナの撃ち込んだ弾丸に割り込まれ肩を貫かれ、きりもみ状に回転しながら地面に落ちてバウンドする。蹴りの瞬間を狙ったのは、正解だったか。
「逃さないのです」
バベルの鎖を集めた瞳で一連の攻防を目の当たりにしたクロエは、チャンスと見て魔力のこもった弾丸を連射し。
「ここは合わねば……毒の弾丸を食らってくださいね~!」
「ヌヴォォォォォッ!」
すかさず刑一がダメ押しとばかりに弾丸を撃ち込み、起きあがろうとしていた少年の身体は再び地面にはねた。
「抗う気持ちを強くし、制御するのです! そうすれば全て一件落着! 真也も救われますので!」
「ここで諦めたらもう戻れないよ! みんなで助けてあげるから頑張って!」
人の意識に語りかける緋色達の声。
「オレハ……」
起きあがった少年は、何処か虚ろな目でポツリと呟くなり。
「影さん、もう一度です!」
「ヌワァァァァッ!?」
緋色の影に飲み込まれた。何かが台無しになったのは、きっと気のせいだと思う。
「ッデェェェィ!」
灼滅者達の攻撃に晒され続けた少年は、傷つきながらもまだ倒れない。
「ほう、これは予想以上だ」
影を突き破って現れた姿へ仙花は意外そうな声を漏らし、掌を上に向けて少年へ手を伸ばす。
「グワァァァァッ」
握り閉めた瞬間、現れた逆十字が少年を引き裂き。
「イヤァァァァ!」
よろめきつつも駆け出した少年が、再度焔迅へ襲いかかる。
「ウワァァァァ!」
「っ、抗って……負け、うっ、くっ」
追撃込みの怒濤の蹴りのラッシュで焔迅の身体が浮き上がり。
「ひっさーつ!」
拙いと見た緋色がすかさず天使を思わせる歌声歌い出してカバーに回って。
「もう少し痛い目を見て貰うしかないね」
フットワークも軽く、いつでもステップで対応出来るように待ちかまえていたハイナは、回避に使う予定だった一歩を攻撃の為に使う。
「嫌いなんだよ」
「ヌヴォォォォォッ?!」
拳に絡みつけた鋼糸に影を宿し、繰り出した一撃が少年の頬をとらえ。
「今度は肩を並べて戦いたいわね。……その為にも、諦めちゃ駄目よ!」
勝魅が己の傷を癒しつつ、尚も声をかける中で。
「これ以上好き勝手させないわよ!!」
メルフェスが倒れた少年へ追い討つように漆黒の弾丸を撃ち込み。
「グッ、ウォォォォッ」
「負けてはダメなのです」
貫かれた場所を押さえながら立ち上がった少年を、焔迅が緋色のオーラを宿した妖の槍で斬り捨てる。
「オレ……ハ」
「わわっ」
そして、傾いだ少年を緋色は抱き留め。
「いちげきぃーひっさーつ!!」
担ぎ上げるなり地面へと叩き付けてKOしたのだった。
●帰還
「しかし、ネタを絡めるなら方向性を統一しておくべきだったですね」
一体何の反省なのだろう。ともあれ、戦いは終わったのだ。
「俺は、何でこんな所に――」
「あ、気が付いたんですね」
少年が意識を取り戻したのは、戦闘終了から少ししてのことで。
「よく耐えた。もう大丈夫だろう」
軽く一言だけ声をかけた仙花は、踵を返して既にこの場には居らず。
「力を持った以上責任があるわ、私達が貴方の未来を決めて良いものじゃない、あくまで最後は自分で選びなさい。誰かを泣かせる破壊者になるか、誰かを守る守護者になるか」
「すまない……」
お説教をするメルフェスの向こうでは、蹴り飛ばされたくずかごの後始末を緋色がしていて、少年としては謝るしか無い状況だった。
「良かったら来てみない、うちに?」
「っ、うぇぇ?!」
ついでに、目のやり場に困る状況だったかもしれない。会話に加わり転入を勧める勝魅が身体を前に乗り出し、体操服を押し上げた豊かな胸がこれ見よがしに視界の中で揺れていたのだから。
「あ、いや。ありがとう。検討はしておく」
目を逸らしつつ言われても、仕方のないことだと思う。申し出は拒否されなかった以上、少年が学園の制服に腕を通す日は来るかもしれないのだ。
「ところで、ヒーロー、好きなのですか?」
無事、少年を救い帰路に着き行く灼滅者達の中で、焔迅は気になって事を聞いてみる。
「ヒーローか、昔はなりきって遊んだりも良くしたものだが、それだけだ」
自分達を救ってくれた英雄達の帰還を瞳に映しつつ、少年は述懐した。
「戦いはヒーローごっこじゃないな」
自分でない自分が実際に戦ったからこそ、作り物と現実の差を理解したのだろう。
「だが、君達の事だというなら……」
嫌いなはずがない、と少年は続ける。こうして英雄達は一人の少年を救い、一つの事件は幕を閉じたのだった。
作者:聖山葵 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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