分かち合う恐怖

    作者:夏雨

     都内某所の公園を夜の10時以降に通ると、惨殺された女子高生の幽霊が出る。幽霊はボタンを落としていった犯人を探しているという。そんな噂がラジオ放送から流れ始めるようになった。その噂の正体は、ラジオウェーブのラジオ電波によるものだと確認された。

    「ねえ、お兄さん」
     暗闇から響いた声に呼び止められたのは、駅前の通りへと公園内を通って向かっていた残業帰りのサラリーマン。
     姿の見えない声の主にぞっとしたが、立ち止まって辺りを見回すと人影らしきものに気づく。
     公園内の道からそれた場所、街路灯の明かりも届きにくいような立木の茂る暗がりに、その人影はたたずんでいた。薄明かりに照らされた姿は、学生服を着た高校生らしい女子だと判別できた。なかなかの美人に見える。
    「このボタン、落としませんでしたか?」
     女子高生はその場から動こうとせず、サラリーマンは差し出された手の平を覗き込んだ。
     女子高生が差し出した紺色のボタンに見覚えはなく、落とした記憶もない。女子高生にその旨を伝えると、
    「このボタンの持ち主、知りませんか?」、「お願いします、教えてください」と畳みかけてきた。たかがボタンに異様な執着を見せる女子高生だったが、サラリーマンには何も協力できそうにない。
    「じゃあ、別のお願いを聞いてください」
     そう言って1歩踏み出した女子高生の手には、包丁が握られていた。
    「わたしと同じ痛みを味ワッテ」
     女子高生は歪んだ笑みを浮かべ、包丁を振り下ろした。

     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査により、都市伝説の発生源となるラジオ放送の存在が明らかとなった。
     『女子高生の幽霊』は、ホラー小説から飛び出してきたような存在だ。ただの噂を恐れる人々のマイナス思念がラジオウェーブの電波の影響を受け、都市伝説として実体化してしまったのだ。
     暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は、ラジオウェーブが放送にのせて流布させる噂を手がかりにして、都市伝説が起こす事件を未然に防ぐことができると説明する。
    「厄介なことかもしれんけど、俺たちエクスブレインの予知以外でも都市伝説の情報を得られるようになったとも言えるんよ」
     招集された灼滅者の1人である月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)は、訳知り顔で相槌を打つ。
    「悪趣味な噂を垂れ流してるせいで、俺たちにも情報が筒抜けな訳ね」
     結人はラジオ放送の内容から都市伝説について推察できることを示す。
    「得物は包丁で間違いない……相手に危害を加える前提で話しかけてくるはずだから、誰かが気を引いておけば奇襲もいけるかもしれんよ」
     放送の内容について思い返しながら、未光は考えをめぐらせる。
    「今回は完璧な予知じゃないんだよね……まあ、気をつけてればなんとかなるっしょ」
     楽観的に笑う未光に対し、結人は何か言いたげに咳払いし、
    「き……き、キを、気をつけて――」
     無駄に気を張って口ごもる結人を見て、未光はにやにやしながら「え? なになに? よく聞こえないなー」とはやす。結人は寄ってきた未光の耳を無理矢理引っ張り、
    「気をつけろって言ってんだよ、バカッ!」


    参加者
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)
    イヴ・ハウディーン(うららか春火・d30488)
    鑢・真理亜(月光・d31199)
    榎本・彗樹(自然派・d32627)
    新堂・柚葉(深緑の魔法つかい・d33727)
    狼護・田藤(不可思議使い・d35998)

    ■リプレイ

    ●夜の公園
     本能に働きかけ、様々な恐怖を想起させる夜の闇は、周囲にぽつぽつと建つ街灯の光をぼんやりとしたものに感じさせた。
     夜の静けさに包まれるその公園に、武蔵坂学園の灼滅者の姿があった。
     人ひとりを覆い隠してしまう茂みの暗がり、風に揺れて軋むブランコの物寂しい雰囲気、街灯から離れてしまえば顔も暗くかすむ闇の中。
     他の皆と示し合わせた新堂・柚葉(深緑の魔法つかい・d33727)は、1人公園内の奥へと進んでいく。
     なんとなく胸騒ぎを覚える柚葉は、周囲で待機する仲間の気配を感じつつ暗がりに向けて目を凝らし、手持ちのLEDライトを携え歩いていく。
    (「百物語など語らなくとも、化物は現れる…人の想いの集積そのものがアヤカシなれば……」)
     その間にも狼護・田藤(不可思議使い・d35998)は『百物語』を唱え、付近に近づこうとする一般人に不穏な意識を与えるように仕向けた。
     柚葉を見守りつつ、夜の公園の様子を眺める咬山・千尋(夜を征く者・d07814)は大振りの鋭い鋏を手先でクルクルと回転させる。
     昼は子供が遊んでた公園も、夜には別の顔。
    「これだから夜遊びは面白い」
     そうつぶやくダンピールの千尋はどこかいきいきとしているように見える。また、千尋のそばには植え込みの影に隠れるようにして待機する3人の姿があった。
    「この時期にボタンといえば――」
     そうつぶやいた千尋をイヴ・ハウディーン(うららか春火・d30488)、鑢・真理亜(月光・d31199)、月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)の3人が見遣ると、千尋は「憧れの第2ボタンてやつ?」と続けおどけてみせた。
     真理亜は小学生らしからぬクールな無表情を崩さずに応じる。
    「都市伝説の女子高生ではなんだか……いわくつきの第2ボタンですね」
     都市伝説のボタンから卒業シーズンを連想し、イヴは憧れの先輩から第2ボタンをもらう自分を想像して1人にやける。
    「あれってハートの代わり的な意味があるんだっけ?」
     「小学生の真理亜ちゃんたちにはまだ先の話だね」と何気なく続ける未光の言葉を聞いて、イヴの思い描く未来図は乱れる。先輩が同じ高校生に第2ボタンを譲ってしまう姿が鮮明に浮かび、イヴはむきになって否定すると同時に、
    「そ、そんなことないだろっ! 暮森先輩の第2ボタンは俺がもらうんだからな!!」
    「うぐぅ!?」
     未光を締め上げるように胸倉をつかみあげた。

    ●尋ね人
     声を荒げるイヴの様子は柚葉の元まで伝わり、声のする方へと振り返る。
    「? 何だか楽しそうで――」
     ほんの少しの間進路方向から視線を外した柚葉は、正面に向き直った瞬間はっとした。例の女子高生らしき人影が音もなく現れたからだ。
     木立の影と同化するように静かにたたずむ姿に向かって、柚葉は「こんばんは」と声をかけてみる。すると、普通の女子と変わらない声音で「こんばんは」と返された。
    「こんな時間に、どうかしましたか?」
     柚葉は慎重に相手を見極めようと言葉を続けた。女子高生は予想通りの質問を投げかける。
    「このボタンの持ち主を知りませんか?」
     女子高生は柚葉との距離を詰め、街灯の光が届く範囲へと手の平の上のボタンをさらす。
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)、ジュリアン・レダ(鮮血の詩人・d28156)、榎本・彗樹(自然派・d32627)の3人は息を殺して武器を構え、柚葉との距離を詰める女子高生を視界に捉えていた。
    「そのボタンを落とした方は、殺したいと思うほど憎い相手なのですか?」
     女子高生は柚葉の問いかけには答えず、ボタンを差し出して見せたまま静止している。
     女子高生が機械のように同じ質問を繰り返す間にも、闇夜に紛れて包囲網を完成させようと静かに動き出す各々。
     謡はタタリガミが介入してくる恐れを考慮し、周囲に警戒を巡らしながらつぶやいた。
    「しかし、禍々しい都市伝説だね……他の都市伝説との違いはわからないけど」
     同じことを繰り返すばかりの女子高生を見つめ、ジュリアンも言葉を継ぐ。
    「定められた存在というのは悲しいね。オレたちで幕引きを担うとしよう」
     産まれ出た物語達に責任を取らせるのは、少し心苦しいのだけれど。
     彗樹は暗闇ではっきりとは見えない女子高生の全貌を注視しながら、
    「女子が包丁を握るのは料理の時だけで充分だ」
     「俺たちは食材ではないことを教えてやろう」と言いかけた彗樹の耳は、
    「カタシハヤ……エカセニクリニ……タメルサケ……」
     呪詛を唱える田藤のささやきが通り過ぎていくのを捉える。
    「……何か言ったか?」
     影もなく行き過ぎた気配に悪寒を覚えた彗樹は思わず尋ねた。

     会話を成立させようと試みる柚葉だったが、相手はふいに柚葉へと接近しようとする。警戒を怠らずに後ずさる柚葉は、光の下に出た女子高生、都市伝説の姿を直視した。
     首筋から大量の血を足元まで滴らせながら、真顔で近づく女子高生。やがてその表情は歪んだ笑みに変わり、後ろ手に持っていた包丁を掲げた。
    「私と同じ痛みを――」
    「あなたが受けた痛みとは、こういう感じかな」
     謡は女子高生の言葉を遮り、紫苑色に彩られた巨大な十字型の砲身を向けた。
     空気を震わすほどの衝撃が放たれたことを感じ取ることはできても、謡を視界に捉える前に女子高生の体は吹き飛ぶ。

    ●幕開け
     一瞬で浮かび上がる体をひねり、本性を現した都市伝説は綺麗に着地する。その瞬間、ギターをかき鳴らす音が響き渡る。ギターを奏でるジュリアンは強力な音波を発生させ、都市伝説を苦しめた。
    「第2ボタンは絶対に渡さん!」
     剣を構えて息巻き都市伝説へと向かっていくイヴには、「目的がおかしなことになっていますよ」という真理亜の声は届いていない。
     夜叉のように凶悪な表情を浮かべるイヴに対し、都市伝説の表情も豹変する。ボタンの話題に反応したのか、相手は荒々しい動きでイヴに応戦する。包丁と剣とが火花を散らし、攻防は苛烈さを増していく。
     きっ抗する刃同士、互いの反動で押し返されたところを狙う彗樹の拳は、勢いよく地面へとめり込み強大な衝撃の跡を残した。瞬時に飛び退いた都市伝説に対し、彗樹は追撃に出ようと立ち回る。
    「包丁は人に向けて振り回すものではない」
     相手が都市伝説であろうと、彗樹はマイペースに物申す。
     田藤は闇に紛れるようにして都市伝説を狙い、
    「テエヒアシエヒ……ワレシコニケリ……」
     手に持つ蝋燭の灯りが呪詛を唱える姿を浮かび上がらせた。揺らめく灯火は炎の花弁を散らし、それらは夜風に舞い始める。
     田藤に寄り添うように色濃く浮かび上がる闇は、不定形の影の形を取るビハインドのやその姿である。舞い散る炎の花弁をまとうようにして、やそは旋風のごとく対象へと突撃する。かろうじてやそをかわした都市伝説は、影の中に妖艶な美女の像がちらつくのを目にした。
     刺し傷から滴る血はとめどなくあふれ続ける都市伝説の怨念を現しているようで、真っ赤なしずくの球体がその意志によっていくつも浮かび上がる。
     不穏な光景に身構えつつも、千尋は相手の懐へと攻め入る。
     しずくの球体はまっすぐに千尋へと向かい、振り払った瞬間皮膚には鋭い痛みが走る。無数のしずくは血刃となって千尋を襲うがその動きは衰えず、手にした鋏で相手を切り刻もうと空を切る。
     都市伝説は斬りつけられながらもすぐさま反撃に出るが、刃物を扱う手さばきは明らかに千尋の方が優れている。すべての攻撃をいなされて容易く押し返された都市伝説に対し、刃を翻す未光は殺人鬼の片鱗を示す。
     迅速に死角へと回り込んで抜き放たれた刀は、反応が追いつかない都市伝説の体に真っ赤な筋を刻んだ。続けざまに踏み込もうとする未光の目の前には赤い球体が次々と飛び込んでくる。連続して弾ける球体は血の刃と化し、幾重にも皮膚に刺さる痛みが未光を襲った。

    ●幕が――
     広範囲に及ぶ血の凶器にも怯まず、真理亜は伸縮自在のベルト状の武器を操る。
    「守備が甘い、こっちですよ」
     未光への攻撃をそらそうと、真理亜はビハインドの闇さんと共に攻勢に出る。弾丸のような勢いで射出されるベルトは都市伝説を貫こうと向かうが、包丁を構える相手は力を振り絞ってその攻撃を弾く。それでも闇さんの追撃からは逃れられず、Uターンしてきたベルトの一撃と共に突き飛ばされた。
    「癒しの言の葉を、あなたに……」
     その間にも心に直接語りかけるような柚葉のささやきが、癒しの力を込めて紡がれる。芯へと浸透していくような不思議な言の葉の力により、未光の手傷は時を巻き戻すように回復していく。
     地面を掻き抱くようにして起き上がった都市伝説は髪を振り乱し、強い執念を見せて動き出す。
     射出される複数のベルトが都市伝説へと迫るが、相手は衰えない動きを見せ、交差する一撃の間を巧みに通り抜けていく。
     都市伝説は自身の能力で周囲に霧を発生させ、よりホラーな風景の中に溶け込んだ。ただの霧ではないことは明白であり、疾風を操る慧樹は霧を晴らすように都市伝説へと向かわせる。風の軌道からそれる都市伝説は慧樹へと向かっていくが、未光はエナジーによって形成された刃を投げうちその進路を阻む。
     ジュリアンがギターの弦に触れようとした瞬間、街灯の光を反射する刃が目の前へと迫る。攻撃を妨げようとする都市伝説ともみ合い、刃はジュリアンの首筋をそれた場所をえぐった。次の瞬間、都市伝説の目にはジュリアンの背後から飛び出す鋭い切っ先が映る。田藤の槍は都市伝説が飛び退く瞬間の顔面すれすれを通り過ぎた。
     2度3度と回避できたものの、都市伝説に瞬時に迫る謡は豪快に相手を捉え、巨大な十字架でなぎ倒してみせた。地面へと転がされる都市伝説は瞬時に顔を上げたかと思うと、
    「ボタン……!」
     ブレザーのポケットから地面へと転がり出たボタンを追っていく。その動きを追ってやそと闇さんは追撃に向かう。都市伝説は拾い上げたボタンを守るようにして体を丸め、ビハインドらの攻撃にも耐えた。
    「よほど大事なボタンなのですね……」
     柚葉はしゃがんで伏せたままの都市伝説の様子を窺いながら歩み寄り、再度会話を試みる。そして、何かをブツブツとつぶやく声をかろうじて聞き取る。
    「――なぜ私を殺したの? ――カ、――待ッテル」
     瞬時に動き出した都市伝説は、まっすぐに柚葉へと向かってくる。
    「見つけ出すまで、ココから離レナイ!!」
     恐ろしい形相で言い放つ都市伝説の前に千尋は飛び出し、捨て身の行動でその刃を受け止めた。血が流れ出す左腕にも構わず、片手に構えたサーベルで飛び退いた都市伝説を切りつけた。
    「大いなる魔力よ、いまここにつどえ!」
     柚葉はその直後を狙い、魔力によって形成された矢を操り都市伝説を狙う。強大な魔力の光を放つ矢は都市伝説へと命中し、その体を容赦なく貫いた。その目には最後まで歪んだ執念が灯り続けているようで、どれだけボロボロに追い詰められようとも爛々として見えた。
     サイキックを音波に乗せて軽快にギターの弦を弾くジュリアンは言った。
    「そろそろエンディングの時間だよ」
     謡が構えた砲身が火を噴き、よろよろと踏み出した都市伝説の姿はもうもうと立ち上る爆煙の中に埋もれた。
     跡形もなく吹き飛んだように見えたが、制服だけが宙へと舞い上がっていた。それらも闇の中に溶け込むように消えてなくなり、夜の公園には再び静けさが戻った。
     ジュリアンは虚空に消えた最後の姿を見つめながら、
    「貴方は定められたままに人を害するのかもしれない。でも、止まって貰わなくてはね」
     憂いを帯びた口調で言った。
     闇夜の中に、ひっそりとギターの手向けの音色が響いた。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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