地上への活路は絶望への道標

    作者:飛翔優

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、メンバーが揃ったのを確認した上で説明を開始した。
    「ラジオウェーブのラジオ放送が確認されました。このままではラジオウェーブのラジオ電波によって生まれた都市伝説によって、ラジオ放送と同様の事件が発生してしまいます」
     なので、そうなる前に解決してきて欲しい。
     そう前置きした上で、葉月はラジオウェーブによって生み出された都市伝説が起こす未来……今の段階なら防ぐことができる未来についての説明へと移行した。

     ――招くものと落しもの。
     それはとある真夜中の、地下鉄駅でのできごと。
     終電が過ぎてなおベンチに座り込んでいた男が、駅員に声をかけられた。
    「お客さん。そろそろ駅を締めなくちゃいけないんで、どうかご帰宅を」
     男は頷き、足元をふらつかせながら地上を目指す。
     地上へと繋がる長い階段を登り始めた時、後ろから足音が聞こえてきた。
    「なんだ、まだまだ客はいるんじゃねぇか」
     悪態をつきながらも登る中、足音は一人、また一人と増えていく。雑踏とも呼ぶべき規模になった時、流石におかしいと男は振り向いた。
    「うげ。な、なんだ!?」
     目を見開き、固まった。
     うつろな目をした集団が歩いていたから。
     自分を睨みつけているように思えたから。
     男は集団に背を向けて、地上を目指して駆け上がる。
     転ばぬよう手すりを頼りに。けれども離れることのない雑踏に並行しつつ、上へ、上へ。
     やがて、星空が見えてきた。
     誰かを待っているのだろう。最上段には少年がいたけれど、男は気にする余裕もなく上り詰め――。
    「バイバイ」
    「えっ」
     ――瞬く間もなく道を塞いできた少年に、強い力で突き飛ばされ……。

    「……これが、ラジオウェーブの作ろうとしている都市伝説、及び起こりうる未来の内容です」
     幸い、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査によって、都市伝説を発生させるラジオ放送を突き止め、ラジオウェーブのものと思われるラジオ電波の影響によって都市伝説が発生する前にその情報を得ることができるようになったのだ。
    「舞台となっているのはこの地下鉄駅。時間帯は、終電が過ぎてしばらく時間が経った後……終電を降りた方々が、ほぼいなくなったような時間帯、ですね」
     故に、早々に終電から降りた客を帰宅させた後、駅員への対処を行う。それからしばらく……三十分ほどの時間が経った後、地上に向けて歩き始めれば良い。
     そうすれば後ろから複数の都市伝説が、そして地上へと繋がる階段の最上段には一体の都市伝説が出現するだろう。
    「注意点としましては、最上段の一体が現れるまでは、互いに有効な攻撃を仕掛けることはできません。また、何らかの要因によって誰かが階段から転げ落ちた場合、役目を終えた都市伝説たちは消えてしまい手が届かない状態になってしまうため、再び出現させるところからやり直しになってしまいます」
     それを何度も繰り返した場合、朝が訪れ出現条件を満たさなくなってしまう……時間切れになってしまうおそれがある。
     そのため、最上段の一体が出現してから戦闘を始める。
     戦いが始まった後は階段から転げ落ちないようにする。
     この二点を考慮しておく必要があるだろう。
    「出現する都市伝説の数は、総数十一体。大別して、後ろから追いかけてくる十体と、最上段にいる一体ですね」
     後ろから追いかけてくる十体は、多種多様な人の姿をしている。戦いにおいては、力量は低く得意な分野もない様子。攻撃は、下に引きずり降ろそうと足を捕まえる、抱きついて動きを封じる、の二種。
     最上段にいる一体は、少年の姿をしている。戦いにおいては強い力での攻撃を主とし、加護を砕きつつ突き飛ばす、避けられぬ勢いで体当たりをかます、といった行動を仕掛けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要なものを手渡し、締めくくった。
    「おそらく、戦闘能力そのものよりも場の状況、及び性質が厄介になる案件になるかと思います。ですが、みなさんならば解決できると信じています。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)
     

    ■リプレイ

    ●創り出された都市伝説
     おはようからお休みまで、日本全国津々浦々。様々な目的を持って生きる人々を望みの地へと送り届けていた地下鉄が、今、束の間の休息へと突入した。
     乗客は鉄道を見送ることもなく、各々の住居へと向かい歩いて行く。その最後の人波が落ち着いた頃合いを見計らい、駅中で待機していた灼滅者たちは行動を開始した。
     ベンチに腰掛けて俯いている、背を預けて眠っている、疲れた様子で缶コーヒーを傾けている……今だ駅から立ち去らぬ人々に都市伝説の危険が及ばぬよう、主に駅員を装い声をかけていく。
    「終電が出ましたので構内を閉めさせていただきます。外に出ていただけないでしょうか?」
    「あ、すみません」
     スーツと名札で装いつつ、力を用いて駅員になりすました有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)は、缶コーヒーを飲んでいた男を外へと導いた。
     一方、レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)はベンチで寝ていた男を揺さぶって、寝ぼけ眼に語りかけていく。
    「もうすぐ駅を閉める時間となりますので、帰りましょう」
    「ん……ふぁ……」
     頷き、あくびを噛み殺しながら去っていく男。
     つられるようにして、俯いていた者も出入り口に向かって歩き始めた。
     滞りなく乗客が立ち去っていく中、松原・愛莉(高校生ダンピール・d37170)は駅員への対処を行っていた。
     きっと、都市伝説にとっては駅員ですらも例外ではないのだから……。
    「ごめんなさい、少しだけ我慢して下さい」
     力で無力化した上で、両肩を掴み首筋へと視線を向けた。
    「……」
     ためらいがちに瞳を揺らしながら、首を横に振っていく。
     血を吸い記憶を曖昧なものへと変えていく。
     口を離した後、駅員を椅子の上に寝かしつけた。
     深い息を吐きながら立ち上がり……。
    「あ……」
     足元をふらつかせ、壁に手を当て身を支える。
     深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせた後、改めて仲間たちと合流した。
     後は少しの時間待機して、都市伝説を呼び出すための行動を起こすだけ。
     足音さえも響く静寂に満ちた構内で、戦いに備えるための時を過ごしていく……。

     終電が過ぎ去ってから、おおよそ三十分が経った後。
     灼滅者たちは都市伝説を呼び出すため、討ち倒すため、確認を取り合いながら歩き始めた。
     歩調を早めることなく、けれど緩めることもなく、出入り口を目指す形で。
     響くは八人とサーヴァントたちの足音に、隙間風が吹き抜けていく鋭い音色。
     生まれたのは新たな足音。
     一つ、二つ、三つ、四つ……。
    「来たっすね」
     振り返らず、押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は口を開いた。
     仲間たちが頷く中、深い溜め息を吐き出していく。
    「しっかし、質悪いっすねこの都市伝説。後ろの方に意識を集中させてからの突き落とし、なんて……」
     ラジオウェーブが語り、生まれた都市伝説、招くものと落しもの。
     語る間にも増えていく足音を数えながら、ハリマは首を巡らせていく。
    「何のためにこんな都市伝説を実体化させているんっすかね、ほんと」
     今はまだ、推測しかできないその目的。
     語らう中、地上へと繋がる長い階段へと突入した。
     一段一段確実に、下へと転がり落ちてしまわぬよう。
     西洋の鎧甲冑姿のビハインド・知識の鎧と共に歩く牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)は、自分たちを除いた足音を指折り数え一人小さく頷いた。
    「十人分、これで下から来る都市伝説は全て出現しましたね。後は……」
     顔を上げるも、螺旋状に少しずつうねりながら四つの踊り場を経由しなければ到達できない地上は、まだ遠い。
     一つ、踊り場を超えるたび、口数はどんどん少なくなった。
     三つ踊り場を超える頃にはもう、誰もが口を閉ざしていて……。
    「……出たっすね、正面にも」
     ハリマが目を細め、立ち止まった。
     視線の先、最上段には一人の少年が佇んでいた。
     素早くハリマは右へと走り、階段の手すりに背を預ける。
     突き落とされる、引きずり込まれることのないように、上下の都市伝説に意識を向け始めた。
     霊犬の円も斬魔刀をきらめかせ、都市伝説たちの牽制を始めていく。
     都市伝説たちの動きが止まることはない。ただただ灼滅者たちを引きずり落とすため、規則正しい足取りでにじり寄ってくる……。

    ●落下阻止
     御しやすいのは、力量で劣ると聞いている集団の方。
     打ち倒せばより討伐に近づくのは、ただ一人で最上段に佇む少年の方。
     いずれにせよ、片方を倒すまでに片方を抑えておく必要がある。
     レイは壁に背を預けながら、集団の頭上に光り輝く十字架を降臨させた。
    「万が一の可能性を消すためにも、まずは彼らを抑えておこう」
    「……」
     集団を抑えるための攻撃が始まっていくのを背中に感じながら、雄哉は最上段へと上り詰めた。
     少年がニヤリと口の端を持ち上げていくさまを捉えつつ、拳を固め突き出した。
     脇腹へと差し込むも、少年が堪えた様子はない。
    「っ!」
     素早く後ろへ跳躍し、雄哉は少年が突き出してきた掌を回避した。
     追撃は許さんとばかりに、円が六文銭を射出し少年の動きを押さえ込む。
     さなかにはハリマが側面へと上り詰め、一歩、二歩と力強い足取りでにじり寄る。
    「相撲で鍛えた足腰、突き落としに負けるつもりはないっす!」
     ガシッと少年の両肩を掴んだ後、炎に染めた右足による足払い。
     少年は尻もちをつくも、下に落ちることはなく反対側の側面へと退避した。
     ハリマが深追いせずに留まる中、二つに分かたれている前線から同程度の距離を取った位置からは、愛莉がハリマに対して浄化の加護を秘めた札を投げ渡していた。
    「なのちゃんは雄哉おにいちゃんの治療をお願いね」
     頷き、雄哉にハートを飛ばしていくナノナノのなのちゃん。
     滞りなく治療と強化が行われていく中、牽制を前に上手く動くことができていない階下の集団。
     足をつかもうとしてくる手を払いながら、レイは上方へと……少年へと視線を移していく。
     都市伝説の性質、及び各々の役割を考えるのならば、最上段の少年がこの都市伝説の本体にも見える。この行動が、少年らしい嫌がらせとも思えるほどなのだから。
     もっとも……。
    「集団よりも強いとはいえ、やはり数いる中の一人……といったところか」
     雄哉やハリマが主軸となる攻撃を受け、少年は早くも力を失い始めているように思えた。加勢すれば、時間をかけずに倒すことができるだろう。
     そして、集団もまた最低限の牽制で済んでいる。少しの間、意識を外しても、問題なく対応できるように思われた。
     故に……。
    「先に、少年を倒してしまおうか」
     仲間たちに呼びかけながら、手すりを軸に駆け上がる。
     頷く仲間たちの攻撃を横目に捉えつつ、間合いの内側へと踏み込んだ。
     ハリマのつっぱりを避けたばかりの少年に、差し向けるは己の影。
     半ばにて幾つもの縄へと変わり浮かび上がった影の群れは、少年の体をつかみ取り……。
    「まずは一体……」
     階段下へと引きずり落とし、集団の中に埋没させる形で消滅させた。
     雄哉は静かな息を吐き、集団へと向き直る。
     牽制されていたからか、未だ集団は踊り場近く。
    「……」
     接敵までの邪魔をさせぬため、凍てつく炎を生み出し解き放った。
     集団が次々と凍りついていく中、雄哉は一段一段確実に階段を降り始めていく。
     手を伸ばせば届く距離へと至った頃、みんとの放つ雷が一体の男を消し去った。
     残る九体の都市伝説を倒すため、灼滅者たちは更なる力を込めて攻撃を重ねていく……。

     一撃一撃は弱くとも、重なれば危うい域へと持って行かれかねない都市伝説たちの技。
     万が一を打ち消すため、愛莉はなのちゃんと共に仲間たちを治療する。
    「大丈夫、順調に倒していけてる。後は誰も倒れないこと、誰も落ちないこと、それさえできれば……!」
     頷き、なのちゃんはハリマにハートを飛ばす。
     細かな傷が拭い去られていく中、みんとは太った女性の顎にめがけて魔力を込めた杖をゴルフスイング!
     魔力の爆破によってふっ飛ばし、その存在をかき消した。
    「後五体! 次は……あの女性だよ!」
     即座に視線を移したなら、知識の鎧が得物片手に歩き出す。
     まっすぐに得物が振り下ろされていく中、レイがロケットハンマーを振り上げた。
    「長引けば万が一の可能性も増える。一気に決めてしまおう」
     段差に向かって思いっきり振り下ろし、衝撃波にて集団の動きを押さえ込む。
     抗いきれなかったらしい女性が手すりに叩きつけられて消える中、雄哉はサラリーマンへとにじり寄っていた。
    「……」
     肩を当て、その体を軽く浮かばせる。
     すかさず脇腹に拳を打ち込み、サラリーマンの体をくの字に折った。
     続いて顔面に、のけぞったなら胸元に、離れそうになったなら肩を掴みみぞおちへと差し込んで……拳を驟雨の如く連打して、そのサラリーマンを打ち砕く。
     バランスを崩して手すりを掴んでいた男子学生のもとへは、みんとが知識の鎧と共に向かっていた。
     やぶれかぶれとばかりに伸ばしてきた腕を知識の鎧が避ける中、みんとは魔力を込めた杖を掲げていく。
     得物を構えた知識の鎧と調子を合わせ、左右から同時に振り下ろした。
     爆発していく魔力の中、男子学生もまた消えていく。
     みんとは静かな息を吐きだして、残る都市伝説へと視線を移した。
    「後二体……いや」
     階段中央部辺りにいたTシャツの男の前に、ハリマが立ち塞がっていた。
     足首を掴まれたものの、ハリマは腰を落としてその場に留まる。
     男の腕が震える中、ハリマは右腕を後ろに構え……突き出した!
    「……言ったすよね。負けるつもりはないって!」
     文字通り突き落とされた男は踊り場へと落下し、鈍い音を経てながら消えていく。
     残るは、おばさんの姿をした都市伝説だけとなる。
     故に……もう、治療は必要ない。
     まっすぐに狙いを定めつつ、愛莉は手元に帯を引き寄せた。
    「これで、終わりに……!」
     解き放ち、おばさんのもとへと向かわせる。
     体の中心を捉え、その体をふっ飛ばす。
     後を追っていたなのちゃんは、半ばにて留まり胸を張った。
     灼滅者たちが見守る中、そのおばさんもまた闇に溶けるようにして消えていく。
     駅構内はあるべき静寂を取り戻し、地上から注ぎ込んでくる風が火照った体を冷まし始め……。

    ●夜が明けるまで、お休みなさい
     傾き始めた月が見守る階段上。
     安堵の息を吐いたレイは、改めて……と言った様子で首をひねる。
    「しかし、戦い前にも話し合ってみたものの……一体、何がしたかったんだろうね。誘き寄せて、突き落として……」
    「そうですね。単なる撹乱なのか、最終的な意図があったの行動なのか、アブソーバーに吸われないエナジーの塊として都市伝説を作ってるとかそういう与太話じみたことすらあるかもしれませんね。噂だけに」
     みんともまた、腰に手を当て小さな息を吐き出した。
     治療と共に様々な言葉が交わされていく中、愛莉は手すりに背を預けている雄哉に気がついた。
    「あ……雄哉おにいちゃん、大丈夫?」
    「……あ、ああ。大丈夫だ」
     頷き、体を起こしていく雄哉。
     愛莉は肩を貸そうと腕を伸ばしかけ、引き戻し、胸の前で手を組み合わせていく。
    「……無理、しないでね」
    「……ああ」
     頷き視線をそらしていく雄哉。
     視線を落とし、佇む愛莉。
     そんな中、治療も終わり次の段階へ……駅員への最後の対処を行い、帰還する時間がやって来る。
     何はともあれさておいて、ラジオウェーブの作り出した都市伝説の舞台にはなったものの……この場所の危機が過ぎ去ったことに、違いはない。
     明日からまた、沢山の人々を乗せた鉄道が駆け抜けて、生活を支えてくれることだろう。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月17日
    難度:普通
    参加:5人
    結果:成功!
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