嵐の中の光明

    「こんなとこ、通らなかったぞ!!」
     そう叫ぶ声すらもかき消されそうな暴風雨の中、雨合羽に身を包んだ2人の男が山の斜面を下っていた。
    「うるせえ! 黙って下に向かって歩け!」
     手にした懐中電灯は安物ゆえの不良か、ただの黄色い棒切れと化している。
     突然の悪天候に下山ルートを見失った2人が出した策は「下に向かって歩く」という事。
     下に歩いていけば、必ずまともな道がある。はずだった。
    「冗談だろ……」
     目の前にあるのは増水した川。
     嵐の中を歩き回ったことで体力は尽きかけ、最早時間的余裕は無い。
     このままここで――。そんな考えが脳裏を過ぎったその時。
    「おい、あれ……」
     川の上流、暗闇の中にポツリと揺れる小さな光。
     人が居る。助かる。そう確信した2人は疲労も忘れて光のもとへと駆け出した。
     嵐に混じる獣の咆哮は、彼らには聞こえない。
     
    「もしイフリートが一般人と接触したらどうなるか、わかるよね?」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそう言いながら地図を広げる。
     原因はわからないがイフリートはこの嵐の夜、自身の縄張りを離れて川の上流からまっすぐ下流へ、移動を始めるという。
    「最初に襲われるのは遭難した人達。そんなに険しい山ではないのだけれど、それが災いしたのかな。少し天気が悪くても大丈夫だろうとたかをくくって……時々聞く話だよね」
     2人は下山する際、大きく道を逸れて谷の方向へと下ってゆく。それが今回、イフリートの移動ルートと重なってしまったらしい。
    「さらにこの先にあるのが……」
     まりんが地図上で指を滑らせる。現場から僅か1km程の位置に民家が立ち並んでいた。
     
     幸いこのイフリートの移動ルートははっきりとわかっているため、その中から好きな場所を選んで迎え撃つことが出来る。
    「殆どは木が多くって……なんとか戦えそうなのはこの辺りかな」
     1つ目は川の上流にある岩場、雨のために足場が滑りやすいが人里は遠く、遭難者とも遭遇する心配は無いためその点では戦いやすいといえる。
     2つ目はもう少し下った先、かなり狭いが多少人の手が入っているようで、足場の心配は無い。但し、ここは遭難者の位置とも近いため、彼らと遭遇する危険が高い。
    「……あと、条件的に互角に戦えるのは、最後のここだけ……かな」
     ややためらいながら指差した3つ目。人里のすぐ近くの河川敷。とても広く足場の心配も一切無いが、当然、イフリートと接触する頃には遭難者の命は無い。
     敵は1体だが、破壊の権化ともいえるイフリートの戦闘能力は灼滅者とは桁が違う。
     イフリートとリングスラッシャーのサイキックを操り、バランスのいい能力を備えるこのダークネスは地の利と数の利を得てやっと、互角になるかどうかという強敵。戦場の選択はそのまま灼滅者達の生死にも直結しかねない。
     
    「灼滅する事はできなくても、追い返すことさえできれば、最悪の事態は免れるはず。……お願いだから、無理はしないでね」
     そう言って見送るまりんの笑顔は、少し、ぎこちなかった。


    参加者
    御簾森・陽鶯(微睡みの陽光・d01601)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    赤鋼・まるみ(笑顔の突撃少女・d02755)
    桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)
    上條・和麻(漆黒の狂刃・d03212)
    神枝・火蓮(中学生ストリートファイター・d08750)
    久遠寺・文人(アーネンエルベの棺・d09781)

    ■リプレイ

    ●駆ける炎
    「さーてと、おいでなすったわね」
     雨風を意に介さず、明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)じっと前を見据える。
     はるか上流で揺れる赤白い炎。こんな暴風雨の中を自在に森を駆けられる炎の持ち主は、あいつらしかいない。暴虐の炎獣、イフリート。決して、人里へ下ろすわけには行かない。
     灼滅者達の顔が思わず引き締まる。瑞穂が口元に不敵な笑みを浮かべた。
    「……さあ、ブチのめして叩き返すとしましょうか」
     桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)が猛然と近づいて来る炎にバスターライフルの照準を合わせる。
    「もう少し……お、いいぞ……」
     千夏がトリガーにゆっくりと力を込めてゆく。暗闇の中の炎は丁度いい的だった。
    「ここ……だあっ!」
     燃え盛る炎が木々の間を抜けた瞬間、閃光に前脚を貫かれたイフリートが灼滅者達の前へと転がり出た。
    「先手必勝ー!!」
     赤鋼・まるみ(笑顔の突撃少女・d02755)が藪の中から飛び出す。身の丈ほどの巨大な無敵斬艦刀を両手で握り締め、イフリートへ向けてまっすぐに叩き落とした。
    「あれ!?」
     周囲に響いたのはただ岩を砕く音。まるみが咄嗟に上を見上げたそこには、身を翻して宙を舞うイフリートの姿があった。
    「好都合だな」
     上條・和麻(漆黒の狂刃・d03212)の振るう刀に沿って嵐がつむじ風へと姿を変え、直下からイフリートを突き上げた。バランスを崩したイフリートが再び地面へと転がる。
    「……あの続きを、読み進めましょう」
     御簾森・陽鶯(微睡みの陽光・d01601)に抱えられた大きな本が開き、ぼんやりと輝く。 ――ウォォォン!!
     咆哮と共に、イフリートの背で燃え盛る炎の先がちぎれるように輪を形どり、ゆらゆらと揺れる。もう一度、イフリートが咆哮を上げたその時。炎の輪は光の残像を伴い、地面からどっこいしょーと斬艦刀を引き抜いていたまるみを襲う。
    「いったー……」
    「気休め程度にしかならないでしょうけど……一応、させて頂きますね?」
     ハルトヴィヒ・バウムガルテン(聖征の鎗・d04843)が展開したWOKシールドが灼滅者達をうっすらと包み込む。
    「攻撃するなら、いまのうち」
     神枝・火蓮(中学生ストリートファイター・d08750)がそう呟き、イフリートの背に真っ赤な逆十字を描く。
     ――グォォォ……!!
     イフリートの呻きに隠れ、久遠寺・文人(アーネンエルベの棺・d09781)がその脇腹へと螺穿槍をねじ込んだ。苦痛に身をよじるイフリートから降りかかる火の粉に、文人の瞳が赤く照らされる。
    「誰もが傷つかない方法があるなら、なんだってやる……!」
     
    ●神話の獣
     瑞穂がライフルの銃口を向けたその時、イフリートはそれを察知したかのように駆け出した。だが瑞穂は慌てず、走り回るイフリートに狙いを定め、トリガーを引く。
     ……が、光線は虚しく闇の中へと消えていった。
    「……すばしっこいわね。当たんない」
    「余裕かましてられる相手じゃねーな。確実に当てていくぜ!」
     イフリートが身を翻した先へ、千夏が狙い澄ましたバスタービームを放つ。命中を確認するよりも先に風に紛れ、頭を低くしたまま次のポジションへを目指す。
    「リベーンジ!」
     再び唸りを上げたまるみの斬艦刀が、イフリートの肩口を深く抉り取る。
    「もういっちょ!」
     くるりと体を回転させ、引き抜いた斬艦刀を肩に担ぎ、もう一度イフリートに狙いを定め、振り下ろす。
     ――ウォォォ!!
     斬艦刀の抜き取られた傷口から大量の炎が噴き出し、イフリートの右前脚を覆う。
     まるみの振り下ろした斬艦刀と、イフリートの炎の衝突が空を裂く。
     ――グルルルル……!
     イフリートがまるみの斬艦刀と組み合い、唸りを上げる。牙の隙間からは炎が漏れる。
    「頭の中身は所詮獣か」
     衝突の隙をついて、イフリートの背後に回りこんだ和麻が二本の刀を振るう。
     陽鶯の手にした本のページが勢いよく捲れてゆき、5枚のカードがイフリート包み込む。
    「五星……結界符」
     その言葉と共に、イフリートの足元で五芒星型の光が炸裂した。
    「たたみ掛けるチャンス!?」
     なんとかの一つ覚え的に斬艦刀を担ぐまるみの前を火蓮の手が遮る。
    「……今はあぶないかも」
     興奮し、荒くなっていたイフリートの呼吸が次第に整ってゆく。ゆっくりと体を起こし、大きく息を吸い込む。真っ赤だった炎が淡く白味を帯び、雨粒の蒸発する音が耳に届く。
     ――グォォォォゥ!!
     咆哮と共に、炎の波が灼滅者達を飲み込んだ。
    「あっつ……!」
    「けほっ……」
     ――ウォォォォォ!!
     もう一度、イフリートが吼えた。イフリートの背で燃え盛る炎が大きく姿を変える。
    「ここからが本番、ってところか」
     文人の口から言葉が漏れる。
     イフリートの背から伸びた巨大な翼が嵐を遮り、、灼滅者達の頭上を覆っていた。
    「熱いですね……火傷しそうですよ」
     灼熱地獄の様相にも怯まないどころか、どこか楽しそうですらあるハルトヴィヒがイフリートへの死角へと飛び込んで撫でるように後ろ足を切り裂き、そして止まらずに駆ける。
     ハルトヴィヒの影を目で追うイフリートの正面、喉元に真紅の逆十字が出現する。
     ――グァァァ!!
     裂けた傷口から炎が溢れるのに合わせ、巨大な翼が収縮し元の姿を取り戻してゆく。
    「こけおどし。強くなったわけじゃないよ」
     
    ●炎と、炎
    「おい見ろよ! 人だぜ!」
    「いやいやいやいやちょっと待ておかしいだろ」
     雨風の弱まった頃合に飛び込んできた、男達の声に灼滅者達の身がこわばる。
     灼滅者達から男達、遭難者の姿は確認できない。一同がイフリートへと視線を移す。
    「うわっ、なんだよこれ燃えてんぞ!」
     遭難者は、イフリートの背後にいる。そう確信した灼滅者達の中で、文人がいち早く地面を蹴った。
     イフリートが背後を振り返ろうとしたその一瞬に、文人が滑り込み、刃を突き立てる。
    「逃げろ!」
     だが遭難者達は炎の獣を見上げることに精一杯らしく、反応が無い。
     瑞穂が文人に続き、唖然とする遭難者達の前を遮った。
    「ほら、挽肉や消し炭になりなくなかったらさっさと向こうへ行きなさい」
     ジャキッと、銃を構える音が遭難者の視線をイフリートから引き剥がす。
    「……え、あ……銃!? 待て、撃つな、撃たないで!」
    「ウダウダ抜かしてると、アタシが蜂の巣にするわよ?」
     トリガーを引く指に力を込める動作に、遭難者達が慌てて駆け出す。パニックに陥って転倒することも無く、鹿やウサギにも似た見事な逃げっぷりだった。
    「……遭難してるわりには随分元気なのね……と、今はコイツをなんとかしなきゃね」
     ――グルルルル。
     イフリートの喉の奥から高熱の吐息が漏れ出す。
    「てめーの相手は、こっちだ!」
     イフリートの側頭部を、千夏の放ったバスタービームが殴打する。千夏を追い、イフリートが睨み付けたそこには、何故かまるみがビシッと片手を挙げて立っていた。
    「はい、ちゅーもーくっ!」
     まるみが全身でリズムを刻み、ステップを踏む様子に警戒してか、イフリートが姿勢を低く構えた。
    「一心不乱♪ 無我夢中♪」
     そんな状況を好都合とばかりにまるみの歌は続く。
    「あなただけしか見え、な、い、の♪」
     ――グァァァァァ!!
     まるみの歌をイフリートの叫びが遮る。
    「ナイスコンビネーション、といったところだな」
     イフリートの無防備な背中に、和麻の放った風の刃が突き刺さっていた。
    「今度は……うん。導眠符」
     ページの隙間から飛び出したカードがイフリートへと迫ったその時、炎が唸りをあげて勢いを増し、導眠符を消し炭へと変えた。
     イフリートが駆ける千夏の姿を捉え、炎の光輪を放つ。大きく弧を描いて千夏へと迫るその軌道を、ハルトヴィヒが遮った。
    「……ッ。……性に合わないことは、するものではないですね……」
     シールドの展開よりも早く焦がされてしまった肩口を押さえ、その場に片膝を突く。
     ――ウォオォォオ!!
     追い討ちをかけるように熱波が森を駆け、灼滅者達を襲う。
     イフリートが炎の中を自在に駆け、まるみ目掛けて強靭な前脚を振りかぶった。
     ふふん、と鼻を鳴らしたまるみが周囲の炎を斬艦刀で軽々と払い除け、イフリートとの間に道を作り出す。
    「燃える対決では、負けませんよ!」
     まるみの握る斬艦刀が炎の剣と化し、炎の獣とぶつかり合う。
     その衝撃に、周囲は嵐の様相を取り戻した。
     
    ●仲間がいるから、戦える
     ハルトヴィヒが自身の影を這わせ、イフリートの足を捕らえた。
    「ちょっとだけでも、止まっていてくれれば……ッ」
     ズキン、と肩に走る痛みに、反射的に歯を食いしばる。
    「だいじょうぶ? 無理はよくないよ」
     そう言いながら、火蓮が赤い光を遮るようにハルトヴィヒの前に立った。
    「これ以上、好きにはさせない!」
     文人がイフリートの懐へと飛び込み、ジグザグに姿を変えたナイフをねじ込む。
     ――グァァァァッ!!
     苦し紛れに薙ぐ脚よりも早く、文人がその場から大きく後ろへ跳ぶ。
    「ホラ、立てる? 畳み掛けるわよ」
     瑞穂の手がハルトヴィヒの傷を癒してゆく。応急処置ではあるが、戦うのには十分。
     満身創痍のイフリートを前に瑞穂が不敵に微笑む。
    「アンタの殺傷能力とアタシの治癒能力、どっちが上かしらね?」
     その意を解したのか、イフリートが低く唸りを上げる。
    「やるなら今、一気に……ドンだ!」
     千夏のバスターライフルの銃身から光線が伸び、イフリートの脳天を揺さぶった。
    「ドーン!」
     振り下ろされたまるみの斬艦刀がイフリートの巨体を地面へと叩き付ける。
     追い討ちをかけるように間合いを詰めた和麻の行く手を、イフリートの爪が阻んだ。
     ――ォォオオオオ!
     搾り出したような咆哮を上げ、和麻の刀を突き飛ばすように避ける。
    「ここなら……外さない」
     陽鶯の導眠符がイフリートの額を捉えた。
     ――……ォオオ!!
     イフリートが高く頭を上げ、吼えた。
     全身の炎を寄せ集めた、巨大な炎の角が燃え盛る。
     ――ウォォォォォ!!
     地を蹴ったイフリートの前に、火蓮が龍砕斧を構え、悠然と立ちはだかった。
     激しい衝撃音が雨風を弾き飛ばす。
     ――ガァァァッ!!
     衝突して押し合うさなか、イフリートが悲痛な叫びを上げてその場に崩れる。
    「何とか、当たりましたか」
     ハルトヴィヒがイフリートの腹部から槍を引き抜き、トンと跳ねて間合いを離す。
    「うん、決め時」
     火蓮が龍砕斧を構え直し、イフリートの頭を踏み台に高く飛び上がる。
    「これで……トドメ」
     上空から落下する刃が、イフリートの胴を断つ。
     ――……ォォオオ!!!
     2つになったイフリートの体が炎の勢いを上げ、燃え盛る。
    「……終わった、のか」
     文人が見下ろす先で、イフリートの体が瞬く間に消し炭へと姿を変えてゆく。
     沈黙の中で、瑞穂が手を叩いた。
    「さ、用事も済んだことだし帰りましょうか」
    「うん、私も迷子にならないように帰ろ」
     なんとか終わった。灼滅者達が、ほっと胸を撫で下ろしたその時、まるみが声を上げた。
    「はいそこ、気を抜かないで! おうちに帰るまでが灼滅だよ!」
     わずかばかり残っていた灼滅者達の緊張は、嵐の彼方へと消し飛んだ。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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