鬼子母刃

    作者:夏雨

     某所の住宅街にある公園に、人形を抱いた奇妙な母親が現れるという。話しかけられてもすぐに逃げて関わらない方がいい。その母親も、我が子のように可愛がられている人形も普通ではないから。そんな噂がラジオ放送から流れ始めた。その噂はラジオウェーブの影響によって流れ始めたものであることが確実となる。

     夕焼けが見え始める薄暮の時間帯に、中学生たちはその公園にたむろしていた。
     取り留めのない話で時間を潰す男女の元に、赤ん坊を抱いているらしい母親が現れた。
     人当たりの良さそうな母親は笑顔を絶やさず、中学生たちに声をかける。
    「ほ~ら、きぃちゃん。お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるわよ。一緒に遊んでもらえないかしら~?」
     母親が中学生たちに見せた赤ん坊の顔は、ソフトビニール製のただの人形であった。
     「こいつ、やばい」と中学生たちはぞっとしてその場から退散しようとする。しかし、人形はまるで生きているように母親の手から離れて動き出し、中学生の男女に近づいていく。
     悲鳴をあげた女子中学生をつかんだのは、人形の腹を裂いて出てきた異様に長い赤黒い手であった。少女を無理矢理腹の中へと引きずっていく様子を、女性は変わらず笑顔を浮かべたまま眺めていた。
     異様すぎる光景に対し、少年の1人は理性を失ったように絶叫しながら人形を蹴りつけた。しかし、人形を蹴った手応えは石像そのもので、人形はその場から1ミリも動かなかった。
     人形が蹴られた瞬間、母親も発狂したように意味不明なことを喚き散らしながら、
    「きぃちゃんに何すんだ、クソガキッ!」
     ダッフルコートの下に隠し持っていたらしいナタが飛び出し、血しぶきが飛び散った。

     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)の調査により、都市伝説の発生源となるラジオ放送の存在が明らかとなった。
    「一見おかしな人に見えるけど、人形の怪物を可愛がる母親も含めて都市伝説なの」
     遥神・鳴歌(中学生エクスブレイン・dn0221)は教室に招集された灼滅者たちの前で、放送内容について分析する。
    「ホラーにありがちな設定だと、子どもを亡くした母親が怪しい儀式で怪物を生み出してしまった、みたいなことが想像できるよね」
     にこやかに話す鳴歌の机の上には、こっくりさんによる占いを行うための五十音表が広げられている。
     鳴歌は更に噂の内容を通じて得た仮説について言い添える。
    「母親と人形は2人で1つ……サーヴァントと主人のような関係に近いと思う。母親は人形を攻撃すると激怒するから、人形を攻撃する人は注意した方がいいよ」
     母親は人形に危害を加える者を執拗に狙う可能性を示唆する。
    「今回の都市伝説はラジオウェーブの影響下にあるラジオ放送から判明したけど、何か予想外のことが起きるという可能性は低いはずよ。公園は、一般人の犠牲を防ぐために事前に人払いしておくとよさそうね」


    参加者
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    イヴ・ハウディーン(うららか春火・d30488)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)
    風上・鞠栗鼠(若女将見習い・d34211)
    華上・玲子(鏡もっちぃこ・d36497)
    手折・伊与(今治の刀剣姫・d36878)

    ■リプレイ


     日差しが陰り始める時刻の住宅街。放課後になり公園へとやって来た中学生たちは、刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)に声をかけられた。
     お兄さん? お姉さん? どっちにせよ美人! という第一印象を中学生たちが抱いたところで、渡里は公園付近に近づかないよう促す。
    「精神的に危険な人がうろついているから、はやく帰った方がいい。俺たちはその人の確保を頼まれてるから」
     中学生たちはひそひそと声をひそめて合議する。
    「どうする?」
    「なんかこの人も怪しくない?」
     渡里は怪しむ反応を見せる中学生に静かにショックを受けつつも、最終手段として駅前のバーガーショップの割引券をちらつかせた。

     風上・鞠栗鼠(若女将見習い・d34211)が唱えた『百物語』により、公園付近に近づこうとする一般人は不穏な気配や胸騒ぎを覚えることだろう。
     公園は人々の意識から遠ざけられる場所となり、灼滅者たち以外の人影はどこにもない。
    「ありがとな、まりりす姉ちゃん! これで気兼ねなく戦えるぜっ」
     鞠栗鼠に感謝を伝え、イヴ・ハウディーン(うららか春火・d30488)は早速貸し切り状態になったブランコへと向かった。
     ブランコの上に立つイヴは振り切れるような勢いで無邪気にこぎまくる。
     「無邪気やなぁ」と妹を見守る眼差しの鞠栗鼠の耳にどこか浮かない表情の手折・伊与(今治の刀剣姫・d36878)の一言が入る。
    「イヴたん、余裕だねぇ……」
     「幽霊とかマジ無理なんだけど……」とため息をもらしながらつぶやく伊与に対し、鞠栗鼠はある疑問をぶつける。
    「幽霊苦手なん? そんなんビハインドも似たようなもんと違います?」
    「ビハインドでもギャル子さんは幽霊っぽさとは無縁な感じだもん」
     その名の通り、ビハインドのギャル子さんのギャルギャルしい風貌を見れば納得してしまう。
     ジャングルジムの上に腰かける華上・玲子(鏡もっちぃこ・d36497)は、ナノナノの白餅さんと共に公園の様子を見守る。公園へと近づこうとする人影がいないか注意を払っていると、それらしい姿が現れる。


     幼児を抱きかかえた女性が公園の中へと歩いてくる。フードをかぶった後頭部は見えるが、子どもの顔は窺えない。
     笑顔を浮かべる母親の元に、ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)は真っ先に歩み寄る。
    「こんにちは! 赤ちゃんとお散歩?」
     にこにこと笑顔を絶やさないミカエラに対し、母親は愛想よく答える。
    「こんにちはー。うちのきぃちゃんは公園で遊ぶのが大好きなのぉ」
     母親がミカエラに向けた子どもの顔は、案の定ただの人形であった。
    「でもさ、この子、人じゃないよね? 息してないし?」
     ミカエラはそう言って人形の頬をつつこうとすると、母親は豹変する。
    「きぃちゃんに触るなっ!!」
     鬼のような形相で敵意をむき出しにし、怒鳴りつけたミカエラから人形を引き離した。
     ミカエラと同じように人形の顔を覗き込んでいた牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313) は、鼓膜にビリビリと響く母親の遠慮のない大声に辟易した。
     みんとはミカエラを睨みつける母親をいさめる。
    「子どもの前で大声を出すのはどうかと思いますよ。一体その子はどういう遊びが好きなのでしょう?」
     みんとたちのそばで母親の動向を注視する志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)は、まだ見ぬ自身の母親の存在を思い起こす。
    (「子どもを守る母親の姿というのは、ああいうものなのでしょうか……」)
     例え歪んだ存在だとしても、人形を守るように抱える姿は母親の一面を現しているようで、親を知らない藍の胸中にわずかな痛みを引き起こした。
     ふいに人形の頭が回転し、ビニール製の頭に描かれた目が3人を捉える。
     母親は歪んだ笑みを浮かべると、
    「きぃちゃんはね、鬼ごっこが大好きなのよ?」
     人形を地面に立たせる素振りを見て、一同は身構える。
     瞬時に距離をおいたミカエラ、藍、みんとの3人は、人形の腹が裂ける瞬間を目にする。人形の腹からは赤黒い手が伸び、向かってくる手を前にした3人は散開し、ナタを構えた母親に対しても身構える。
    「もっとよく狙わなきゃダメよ、きぃちゃん!」
     母親はウォーミングアップとばかりにナタをぶんぶん振り回すと、
    「ママも手伝ってあげるわ!」
     母親が踏み出そうとしたとき、鋭く放たれたベルト状のものにナタを弾かれ取り落とした。
     伸縮するベルトが引き返していく先を目で追い、母親はジャングルジムの上に立つ玲子に気づく。
     玲子は時代劇を彷彿とさせる決め台詞を朗々と響かせ、
    「天魔覆滅の理、ご当地ヒーローの名において、お仕置き成敗なり!」
     白餅さんと共に華麗に地上へと降り立った。玲子に続くようにイヴもブランコから勢い良く飛び降り、母親の前へと降り立った。
     イヴは不敵な笑みを浮かべながら、
    「お前らの好きにはさせないぜ」
     イヴから鋭く放たれたベルトは刃と化し、ナタを握り直す母親を押し返した。


     ぎらつく殺意を双眸に宿し、母親は悪寒が走るほどの不気味な高笑いを響かせる。
    「なんてやんちゃな子たちなの! うちのきぃちゃんといい勝負ね」
     母親が一方的に言い放った直後、冷たく光る刃がミカエラへと迫る。母親らを包囲する陣形を崩すまいと、ミカエラは瞬時に半獣化させた右腕で攻撃を凌いだ。
     攻め手を担う攻撃が続々と母親へ押し寄せるが、冷徹に攻撃をさばく母親には余裕すら感じられる。周囲を見回っていた渡里も霊犬のサフィアと共に援護に加わり、母親の戦意を削ごうと立ち回る。
    「親子仲良く消えてもらおうか」
     鋼糸を張り巡らせる渡里は母親のナタを絡め取ろうとするが、ナタはコートの袖の下へと引っ込んだ。袖だけを捕らえられたことで母親はコートを脱ぎ捨て、渡里に向けて投げ飛ばした。ブーメランのように向かってくるナタを渡里がかわすと、ナタは背後の木に突き刺さった。
     人形は腹の中から這い出た手に引きずられるように移動し、渡里に狙いを定める。人形の動きを警戒して唸り声をあげるサフィアは、退魔の装備から攻撃を撃ち出す。人形は直撃を避けてはいるが怯まずにいることはできず、渡里はその機を逃さずに鋼糸を張り巡らす。
     人形は目の前に鋭く張り詰めた糸を掻いくぐろうとするが、渡里の意志によって包囲は狭まる。
     糸を食い込ませながらしばらくもがいた手が後退の兆しを見せた途端、母親の金切り声が響き渡る。
    「わたしのきぃちゃんに何すんのよ!!」
     発言したビハインドの知識の鎧は、白餅さんと共に母親の迎撃に向かった。狂乱状態の母親を止めようと、竜巻や霊力から成る発光体などが乱れ飛ぶが、母親は動じることなく再びナタを手にし、渡里へと接近する。しかし、標的だけを見据えていた母親は体を張って突撃してきたミカエラに不意をつかれた。
     獣の鋭利な爪を母親の肩へと食い込ませてその体を引き倒すミカエラ。変わらず笑顔を浮かべたままではあったが、どこか鬼気迫る威圧感を放っていた。
     そのまま母親を組み伏せるミカエラは致命傷を狙うが、母親のナタが前髪をかすめていく。
     無理矢理ミカエラを押しのけようとする母親に対し、機敏に飛び上がるミカエラは後方へと体を回転させ、宙返りしてみせた。その間もミカエラの胴体すれすれを横に払われたナタが通り過ぎていく。
     着地後のミカエラを狙い、人形の追撃の手が伸びようとしていた。が、ギャル子さんは至近距離でその攻撃を受け止める。
     人形の手から放たれた何かは、ギャル子さんの体に突き刺さった。それらは複数の鋭く長く伸びた爪で、生爪が引き剥がされた手からは新たな爪が急速に伸び始めていた。
     思わず「キモッ!」と叫んだ伊与は、
    「そ、そ、そういうえげつない攻撃マジ無理だから!」
     武器である交通標識を夢中で握り、人形を思い切り殴りつけた。その衝撃で人形がバランスを崩して倒れると、母親の怒りは伊与へと向けられる。
     激怒して吠えまくる母親に対し、槍を構える玲子は氷の力を発現させ、
    「これでクールダウンしなさい!」
     氷の切っ先は母親へと射出され、ナタで攻撃を叩き落とそうとした母親はタイミングを誤る。母親はナタを握り続けながらも地面にダイブし、地面に押し潰そうする鞠栗鼠の巨大な拳が頭上へと迫る。鬼神化によって圧倒的な武器となる鞠栗鼠の拳を仰ぎ見た瞬間、母親の姿は拳の下に埋もれた。しかしその直後、鞠栗鼠の表情は苦痛に歪み、拳の指の間に刃をねじ込んで地面との間の距離を保って踏み止まる母親の姿が見えた。
    「いくぜ、まりりす姉ちゃん!」
     腕部着用式の重厚な杭打ち機を装着したイヴは、こう着状態の鞠栗鼠に攻撃の合図を送った。巨大な武器を軽々と扱い、鞠栗鼠にも引けを取らない豪快な攻撃を放とうとするイヴ。
     母親を押し潰そうと力んでいた鞠栗鼠は、相手からナタを引き抜こうとするように拳を持ち上げる。ナタを握り締めたままの母親の体は宙へと浮かび、イヴは完全に宙吊りになった瞬間を狙って飛び出した。
     杭打ち機の先端は母親の腹めがけて打ち出され、凄まじい勢いで母親を拳の下から弾き出した。鉄棒へと直撃した体からは不穏な音が聞こえたが、相手が都市伝説では容赦する余地はない。


     すかさず次の行動に出る人形は、藍の足元へと赤黒い手を伸ばす。藍の足首をつかみあげようとすれば、ミカエラは手を払いのけて間に割り込む。ミカエラは半獣化した片腕でつかみかかろうとする手に抵抗していると、バネのように起き上がった母親はナタを振りかぶる。
     ナタはブーメランのように宙を回転しながら向かってくるが、知識の鎧はナタを弾き落とそうと立ち回る。ナタは知識の鎧が身につけている西洋の甲冑に弾かれて軌道を狂わされ、後方へと弧を描いた。
     地面へと落下しようとするナタを追う母親に対し、拳を握る藍は突き進む。どちらの攻撃が到達するのがはやいか予測が不透明な中、母親は落下するナタの柄をつかみ取ったものの、焦った攻撃は空振りに終わった。
     紫電がほとばしる藍の拳は母親の懐へと潜り込み、みぞおちへと強力な一撃を放つ。母親はその衝撃で後方へと滑るように飛ばされる。それでもどうにか踏み止まる母親の1歩1歩の足取りは恐ろしく鈍くなっていた。
     母親の守りを固めようとする人形の動きを見て、渡里や伊与は人形を引きつけ、攻勢の陣形を確立しようとする。
    「あなたの力はその程度ですか!」
     藍は拳の突きだけでなく槍の技でも相手に対抗し、母親に食い下がる。
     藍と共に攻撃の波に乗るみんとは、母親に向けてフルスイングで交通標識を激突させた。ナタと標識同士がぶつかり合う音が響き、互いに相手を押し返そうと張り合う。
     標識を納めて引き下がる素振りを見せるみんとに母親は向かっていこうとするが、みんとはすばやく振りさばいた標識を母親へと突き放った。容赦なく放たれた一撃により、母親は大きく態勢を崩す。
     地面に膝をつき、ナタで体を支える母親に向けて槍を構える玲子。とどめとなる一撃を食らわせようと玲子の槍は空を切り、相手を貫く勢いで放たれる。
     母親が抵抗できずに突き飛ばされた瞬間、人形から獣に近いけたたましい悲鳴があがった。周辺に強烈な閃光がほとばしると、人形も母親の姿も原型をとどめない泡のかたまりとなっていた。
     「人の愛も表裏一体やな」とつぶやく鞠栗鼠は淀んだ色の泡が舞い始める中、都市伝説の残滓に働きかける。
    「力は貰っとくで……往生しなはれ」
     しゃぼん玉のような大きな泡が鞠栗鼠の前まで浮遊し、力の授受を示すように弾けて消えた。その様子を眺めていたみんとは、改めて都市伝説について分析する。
    「怪物の恐ろしさか、狂気の母親の恐ろしさか……どらちが主体なのでしょうね」
     地面のシミとなって消えていく都市伝説に手を合わせるミカエラ。同じく冥福を祈る藍もミカエラの背中を見つめていると、振り返ったミカエラは普段と変わらぬ笑顔で言った。
    「お疲れさまでしたーっ♪ ねー、何か美味しいモノ食べにいかない~?」
     ミカエラのあっけらかんとした調子に釣られて、藍も表情を綻ばせる。
    「そうですね、お腹すきました」
    「駅前においしいバーガー屋があるぞ」
     余っている割引券を活用しようと、渡里は提案する。
     学生らしくはしゃぎながら店を目指す8人の姿があり、公園に悲劇が訪れる未来は消え去った。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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