奇矯遊戯 ―奇譚 川島須磨子―

    作者:一縷野望

    ●消失花嫁奇譚
     血染めの花嫁。
     二つ前の元号の頃、西洋から招いた高名なる建築士が設計したというホテルは、改築縮小されはしたモノの、絢爛豪華にして重厚な佇まいは一切失わず。
     この度の世では、ハイソな奴らが敢えて小規模にて厳選なるお客様を招いて執り行う結婚式場として、目玉が飛び出るようなお値段を要求する程には繁盛していた。
     だが其れも昔の話。
     今の世のある吉日、さるご令嬢が許嫁と結ばれる晴れ舞台。嗚呼、しかししかし! 花婿と花嫁の父母の死体を残し花嫁は忽然と姿を消したのだ。
     血と愛情と庇護と嗟嘆と憎悪と歓喜と救済に塗れた此の物語、タタリガミなんて奴が手を伸ばすには恰好の題材で御座います。

    ●騙り屋『川島須磨子』
     祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)をはじめとした灼滅者達が件の元式場に踏み込んだならば、果たして目の前には2人の娘が向かい合わせの手のひら合わせ。
     ウエディングドレスに身を包む娘と、何時もの袴に軍服引っかけたタタリガミ川島須磨子。
    「此は此は! 随分とお早いお着きではないかねぇ。吾輩まだまだ仕込みの真っ最中であるぞ?」
     そう顔を向ける須磨子へ彦麻呂は電子の交友ツールを掲げて見せる。
    「だって須磨子ちゃんが噂を流したよね?」
     ――消失花嫁奇譚。
     もしも意に沿わぬ結婚に身を委ねるのが辛いなら、奇跡の運命変転にて自由を掴みとった花嫁にあやかるが良い――。
     電子の海に踊るは『消失花嫁奇譚』なるアーバンレジェンド。
    「花嫁の名は川島すなお――これって須磨子ちゃんの……」
     彦麻呂を制するように手のひら翳しあくは片目の月、遠い方は瞼に隠れ新月。
    「話の筋を飛び越して聞くのは些か不躾である! なぁ、吾輩は貴嬢の言うた『やりたいコト』を心待ちにしておったのであるぞ?」
     寄り添い頭を預けた花嫁のヴェールの下は瓜二つ。花嫁が都市伝説であるのは灼滅者であれば一目でわかるネタばらし。
     まだ都市伝説を取り込んでいない須磨子の能力は前回に同じく『百鬼夜行』『七不思議奇譚』『怪奇煙』『影喰らい』の四つに相違ないだろう。
     都市伝説の能力は不明だが、一度刃を交わせば化けの皮も剥がれる筈だ。
     そして、今宵のタタリガミ『川島須磨子』は騙る気満々である、最初から最期まで語り尽くす所存。
    「血肉で飾り箔をつけ損ねたが、まぁ其れは此からやれば良い話であるからして、なぁ?」
     右手と左手つなぎあい同じ所作で傾いた首の須磨子とすなおは相克関係。決して同時に存在し得ぬ――そう、だからこの花嫁すなおは都市伝説という舞台装置。
    「さぁさぁ、吾輩の一世一代の騙り御代き諸君の命と洒落込もうではないか!」
     所詮は吾輩も諸君も! 主役も脇役も殺され役もお姫様も王子様も優しい母も、語り手すらも全て全て全て! そうだ全ては世界に投げ入れられた舞台装置。
     であれば精々観客惹きつけて、色濃く脳裏に刻んでやろう!
     さぁて、今宵は川島須磨子の最終幕――そうでなければ『貴方』の最終幕? まぁ其れも存外味なモノかもしれませぬなぁ!


    参加者
    二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ

    ●騙
     倖せ倖せ倖せ。
     唱えた数だけ理由を探し脳裏に描く。
     ふわふわのベッドと美味しい食事……何一つ不幸が入り込む隙の無い恵まれた生活、
     私の倖せを心から願いいつだって先回りして不幸から遠ざけてくれるお母さんとお父さん、
     不幸なんて欠片も有り得ない未来を約束してくれる生まれた時からの婚約者、
     倖せ倖せ倖せ、
     そう、私はとても大切にされている娘。
     ――消失花嫁奇譚序章より。

    「須磨子と瓜二つの花嫁ってのがまたニクイわね」
     小気味いいと嘯く苑田・歌菜(人生芸無・d02293)に対して、須磨子は些か乱暴に腕を折り花嫁人形を引き寄せた。
    「敢えてその姿を選ぶだなんてそれでこそ須磨子らしい」
     其れには語りで応ず。
    『……と、産まれ堕ちて即座に人生を定められた娘は、自分に言い聞かせるのが常で御座いました』
     忌み子と型に嵌められ続けた祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は噛んだ唇を解いた。
    「――これから語るは虚構の奇譚」
    『虚構こそ奇譚の神髄』
     眩しげな笑みには口元吊り上げ得意げに。
    「……今日はどういう役柄をいただけますか?」
     再会はお別れのハジマリ、此即ち運命であり物語でもある――得心宿した煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)は頭を垂れる。
    『吾輩がふっても良いが朔眞は自分で決めたいようにお見受けするが?』
     記憶無き娘は其れではと淑やかに掲げしは金色の導。
    「大団円に致しましょう」
     役柄はなんであれ!
    「ボクを装置と見た君に気付かされたよ」
    『演算装置』には待ちなど必要ないと、二神・雪紗(ノークエスチョンズビフォー・d01780)は焔の爪先をすなおへ、ヴェールは燃え落ち顔露わ。
    「だから訂正させてもらおう『「演じる」だけでは何者にもなれない』と言った事を」
     爪先は見せ札、本命の膝蹴りに揺らいだすなおへ、比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は初手から渾身の巨腕を振るう。
    「消失花嫁奇譚、それがキミの最後の演目か」
     宿した破壊で歪むは陽炎。何時も通りの淡々として自己意志に溢れた声にて柩は自分と正反対のメンタリティを持つ花嫁を視線に引っかけ鼻を鳴らした。
    「名残惜しくはあるけれど、キミとの奇縁も此処で幕引きだ」
     すかさず鋏をくるり廻す歌菜を始め皆で畳みかける。
    『全くこの狼藉者どもめが! 最期までこの娘を保たせねばならぬと言うに!』
    『――たしは、倖せ、私は倖せ、私は倖せ』
     口ずさむ花嫁は怯えた雛鳥、躰の疵は塞がれど心が癒えぬは設定に忠実。須磨子は愛しげに頬撫で鳥籠からの灯で痛みを更に消した。
    「成れなかったからカタるのか、成りたいからカタるのか」
     白き未練を連れてやるは水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)の余裕か。
    『そうさな、少し前の吾輩で或れば『どちらでもある』と答えたで在ろうよ』
     もう、見つけたから其れは、無い。
    「騙り賭けるのも、語り掛けるのも――全てはエゴのぶつけ合い」
     今宵表舞台に上がりし娘は、かつてのすなおが為しえぬエゴを貫き通し家を出た。
    『吾輩、エゴと判った上で通すの自体は嫌いではないぞ』
     すなおを絡め取り鋭さを増す紗夜へ、須磨子は何時もの読ませぬ微笑み返し。
     嗚呼其れは嘗てはレオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)へと向けられし台詞。
    「さて、今回で四回目」
     軽口に照れる意外は第一夜、だから真っ向から好意を吐いたのはエゴについて語りし二夜。
    「さぁラストダンスだ」
     生きて共に在れぬと知った三夜を抜けてだからこそ手を差し伸べる。
    「ご一緒にいかがですかなお嬢さん?」
     下手な口説きと自嘲の前にすなおから自分へと手を渡す須磨子へ頬が火照る。
    『エスコート願おうか』
     斯様に意思の疎通も可能で豊かな情感示す須磨子を見据える紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)の心中は軋むし、歪む。
    『そうそう……吾輩常々疑問に思うておった』
     其れを知ってか知らずかレオンに張られ頬腫らした須磨子は謳うように独り言。
    『何故人を殺すなと口走るのか』
     瞬く謡に気付かぬ素振り、再びすなおと手を繋ぐタタリガミの口上は続く。
    『例えばよ、殺人の謎解きが売りのミステリィ作家がなぁ『人が死ぬと可哀想なので殺さないで下さい』なんて書簡を貰って人が死なぬよう書きかえるかい? 以降人死にの出ぬ駄作を量産するのかね?』
     心の底から不思議だと首を直角に曲げ。
    『あり得ぬだろう?! 吾輩は何時も何時でも言うておるではないか!』
     ――此の世は舞台。
    『なぁ?』
     虚構も現実も一切の区別無く等しい価値を持つ。故に面白く転がるならば自分含め命潰えようが一切の憂い無し。
     どれ程無残に至ろうが自分が面白ければ其れで良い――此は明らかに常人からは逸脱したダークネスの思考である。
     そして刹那享楽主義者にして虚構愛好者として川島須磨子は究極の勝ち組だ――なにしろどうなったって『勝ち』なのであるからして? なぁ!!

    ●語
     灼滅者を『出来損ない』
     ダークネスに堕ちるのを『魂の完成』
     其れ即ち魂の成長が望めぬ意味での『完成』か。

     身じろぎの有無を背に進み出る謡がねじ込む拳に迷いはない。
    「『川島すなお』は未だ完成していないときた」
     だから、ひと。
     そして、もういない。
     だから、須磨子が在る。
     血で滑る手の甲を引き寄せ謡は問う。
    「貴女から見たすなおとは? 好き、嫌い、希望に絶望は?」
    『まぁ待て待て、がっつきは不作法であるぞ!』
     片目を眇める友人へ、
    「須磨子ちゃんが『すなお』って、胡散臭い」
     ジト目の彦麻呂は一つ目の葛籠鬼でもって刻みつける。すると下駄鳴らすよな笑いが返った。
    『それも道理。吾輩はすなおの裏面であるからしてなぁ』
     かんから、かしゃん!
     彦麻呂は降ってきた鉄格子に瞠目。触れてきやしないのに自由を奪う――座敷と外界隔てるアレの如し。
    『娘の前には常に父と母の手があり、其れはまるで――鉄格子』
     両手を翳す花嫁の腰を抱き語り部は唇を蠢かせた。
    『転ばぬ杖の先と言えば聞こえが良いが、選ぶ自由失敗する自由を奪われた娘は両親の強いたレール以外歩むコトが叶わぬ有様』
     ――坂道ノ母の元に子が戻っていたら、別離の恐怖が束縛へと悪んじた可能性。
    「だからキミは無自覚で押しつけられるエゴにあんなに怒ったんだね」
    『然様』
     指輪翳す柩のつけた軌跡をなぞるは歌菜の弾丸。
    「それで? ねぇ、レールを歩まされたすなおはどうなったの? 須磨子とすなおがそっくりな伏線も回収されるのよね?」
     相づち水向けも語り部の素養。引きずり出した物語を自らの血肉とす。
     苛烈にすなおを刻む雪紗からの帯へ須磨子はふんと嘲り露わ。
    『吾輩の種明かし、装置のは興味なしかい?』
    「演算装置を『演じて』いるようだから、ボクは」
     灼滅に不要であれば囚われない、なんて。この思考こそが――二神雪紗。
    「ボクはどうあがいてもボクしか演じる事が出来ない」
     そう言い切る口元に陰りはない。
    『所詮はそうである。吾輩は……』
     だがその声は華奢に震え、裏返る前の魂の現し身へとかげろわした。
    「オレは」
     今回の剣は避けられたが構わずに、レオンは須磨子だけを見据える――皆がすなおへ攻撃を集中させる中、彼だけは須磨子唯一人に。
    「そんなお人形さんより須磨子の方が好きだけどね」
     例えば誕生花が語る儘の恋だとしても、それでも今宵はまだ終わっちゃいない!
    「好きなもんは好きだからしょうがない」
    『嗚呼、本当にレオンは……なぁ』
     すなおの手を離し耳元でささやく話は心蝕む奇譚と言うには余りに純粋な、恋。
    「! ッぁ!」
    『吾輩を、川島須磨子を好きになってくれて……感謝する』
     耳から血を吹く彼へ泣き出しそうな彼女、とてもじゃないが演技とは。嘆息と共に朔眞はリオに飛びかかられなお立ち尽くす花嫁へ薄紅向けた。
    (「そう……貴女の心を奪ったのは須磨子ちゃんじゃなかったのね……」)
     何処までも優しい……傲慢(おやごころ)という暴虐(やさしさ)で徹頭徹尾『自分達が考える倖せな』人生を強いた。
     恋も、友達を作るコトすら赦されず、何が好きか嫌いかではなくて此が『倖せになれる』と次々と押しつけられるモノを受け取るしか許可されぬ日々。
     心は奪われたのではなくて、殺された。
     長い時間をかけて緩慢に。親の愛という真綿で気がつけば喉が詰まって仕舞ってた。
    「貴女は」
     斯くして今宵朔眞は役割を見いだす。レオンを癒やし、耐えきれずに虚っぽにした胸へすなおの手をあて寄り添った。
    「さぞやお辛かったでしょう」
    「虚構の世界、物語は救いだったかい? どうして家を出なかったのかだなんて愚問か」
     すなお視点であれば悲劇だろう、紗夜が繰るページは。
     くうるり。
     首をほぼ後ろまでねじ曲げ此方を見た須磨子へは口元を吊り上げて、紗夜は語りだす。
    「生憎、僕の神様は機械仕掛けの神ではないけど、縁切り怨結びの神」
    『其れは非常に興味があるぞ?! はようはよう!』
     まるでじれた子供。
    「僕らは死ぬまで生きなきゃいけないワケで、生きている限りは全てが通過地点」
     と、結末へ至った魂へ聞かせる物語――確かに彼女の結末は死だ、だが。
    『舞台に刻みし軌跡にて、如何に皆々様を惹きつけられるかが役者の矜恃であろうなぁ!』
     其れを全うせんと心から愉しむ須磨子と為った限り此が悲には、到底見えない。

    ●闇堕ち(だいぎゃくてん)
     幸甚浮かべ須磨子と打ち合うレオンへ朔眞とリオは只管に癒やしを傾けた。その間もすなおを地につけんと口と手を忙しなく。
    「大団円で終わったからと言って、その先の話が大団円とは限らない」
    『その逆も然り!』
     カタリ。
    「あった事にしたい物を」
     今が区切りかならば憶えん、観測者紫月は切り結んだ口元解き藍菊のいる袖へと引いた。
    「長い永い貴女だけの物語」
     終幕の紐を握る形にした手の菖蒲の脇で横顔を闇に沈める蔵乃祐へ釘付けとなる月。
    『貴様は舞台に上がらんのか?』
    「今は求められて無いと。思う」
     暴力でもって灼滅は、侮辱だ! 傲慢が過ぎる!
    「心が救われなかったすなおは須磨子から去った」
    『――では蔵乃祐は何処へ往くのだい?』
     頭を揺らし君は何処へと鏡のように返せば娘は無邪気に破顔し両腕広げてくうるり。
    「あら、その様子なら言って良いのかしら?」
     と。
     花嫁の肩を友人のように叩き壊す歌菜は切りそろえた髪を耳にかけ伺う。
    『止めても言う気であろう? 此のお喋りが』
    「勿論」
     ひたり須磨子を見据える眼差しは実験結果を待つ研究者の類。
    「タタリガミが都市伝説を吸収するようにね、須磨子の奇譚も私の中できっと生き続けるのよ」
     瞳を細めるだけの須磨子へ肩竦め、
    「……なんて、これは須磨子の大嫌いなキレイゴトの範疇かしら?」
    『綺麗事なぁ』
    『……ッ、はぁぅ。私は倖せ……』
     手繋ぎの先、痛みで身じろぎする娘へ向けるは深き哀愁、そして――。
    『まぁたまには良いであろうよ』
     守護者の、矜恃。
     今――灼滅者達は信じられぬモノを目にした。
     あの傍若無人なタタリガミ川島須磨子が、避け続ける立ち位置から身を挺して庇い立つ盾へと有様を変えたのだ!
    『檻から出られぬと絶望に心を喰われた娘に救いがあっても、なぁ諸君?』

     其れが、父と母と婚約者の命を奪うという残虐で醜悪なる狂気的犯罪であったのだとしても――大団円後も延々と続く『奈落』を止める方法は此しか無かったのだから!!

     良縁刻んで台無しにした娘のお話、さぁ伏線の答え合わせとしゃれ込もうか?
    『――死なないと終われない閉塞しきったお噺もあるのよ』
     此は須磨子ではなくすなおを指していたのである。
     川島すなおという心を喰い潰され死した娘へ襲いかかる雪紗の爪先と柩の腕を須磨子は代わりに受けて血を吐いた。
    「戦術的には無意味で不合理だね」
     眼鏡越しの眉を釣り上げて理解不能の動きを示すダークネスへ雪紗は呆れを零す。
     否。
     理解できる。
     彼女は演じているのだ『川島すなおの裏側の魂であるダークネス川島須磨子』を。
     所詮、人は自分しか演じられない。
     でも、自分を演じられるのは自分だけだ。
    「キミはダークネスで、ボクは灼滅者」
     此処に来て明らかに悪手を打った『強敵』だが、意外にも柩には嫌悪も侮蔑も浮かんでいない。
    「ボクがヒトであるために、キミを殺めずにはいられない」
     確かにたった今彼女は『強敵』からは転がり落ちたかも、しれない。
     仲間達の追撃をまた肩代わりし癒やしの焔はすなおを照らせぬ愚を前にしてなお、柩に浮かぶは――憧憬?
    「そんな救いようのない『邪悪』を、ボクはこれからも演じ続けよう」
     優しすぎて親に潰されたすなおと須磨子は何が違うのか。
    『……まだ、まだであるぞ。吾輩、語り尽くしてはおらぬ』
     蹲り血を拭う姿にまた謡の心が軋み始めた。
     だが目を逸らさない。
    「消えた彼女にとっての貴女は闇であり光なのだろう」
     だって……彼女の存在が考えてた通りだったのは嬉しい……忘れるものか! 一世一代の彼女の舞台を! しかとこの紫苑に灼き付ける!
    「須磨子、貴女は彼女を救いたかったんだね。いや、救ったんだ」
     加減をするのは無粋だと知るからこの風は必要で吹かせたもの。
    「ねえねえ、須磨子ちゃん」
     須磨子と向き合うべくしゃがんだ彦麻呂は、大好きな友達へ宝物を見せる時の破顔。
    「私のお噺、聞いてくれる?」
    『勿論である』
     裏返った彼女がすなおの救いであったように、私の中の彼女も――だなんて。自分は須磨子に『彼女』を見ているのかも、しれない。
     思索は一瞬、彦麻呂は気取られぬよう後ろの花嫁へ手を伸ばし、あくまで噺は須磨子へと口ずさむ。
    「或るところにひとりの少女が居た。彼女は都市伝説を取り込み喰らう力を持っていた」
    『ほほう』
    「心優しい娘で――」
     村人の願う儘喰らったのに人々は異能を恐れ厄神として祀り上げる。
    「少女は孤独で今も眠りについてるの」
     血に塗れた手のひらを闇が眠る自分の胸に宛てさせれば、須磨子は首を傾けた。
    『でも吾輩は――川島須磨子は『彦麻呂』に逢えて良かったと思うておるのだが?』
     其れだけでもう答えを得られたようなもの。
    「うん、私もあなたが好きだよ、須磨子」
    「オレだって」
     ボロボロじゃないかとレオンが髪をかき上げてやれば、須磨子はこう問いかける。
    『なぁ、レオンは何故吾輩を好いたのであるか?』
    「――ッ! 本当にもう察してくれよッ! なぁ!」
     手を引き立たせてでも、もう照れはなしだ。
     此が、最期の機会なんだから。
    「お話が面白そうだし顔も可愛い。あとは……」
    『あとはなんだい? 現状は随分と平々凡々としておるがなぁ?』
     愉しませてくれよとの挑発に歯がみして吐き出すは、
    「面倒くさい子が好きなのかもしれん」
     ――果たしてお眼鏡に叶いますかな?
    『貴君はやはり大莫迦であるなぁ! でも、でもなぁ』
     一歩引き、ふらふらの花嫁を支え抱き須磨子は幼子のように口元を震わせる。だがすぐに何時もの傍若無人にして生意気な大口にかきかえた。
    『吾輩だったから、好きになってくれたのであろう?!』
     一人一人月の瞳を留めて高笑い。
    『ならばやはり『すなお』ではなくて吾輩で出遭ったのが大正解である!!』
     此がクライマックスの大台詞で御座いました。

    ●願うはひとつ
    『どうか吾輩と『すなお』を語ってくれ給えよ!』
     それっきりすなおを庇わなくなったタタリガミの前で花嫁は集中砲火。
    「……すなおさん」
     そう囁く朔眞の瞳は須磨子を向いている。
    「須磨子さん」
     抱き留めるのは終の吐息の花嫁すなお。
    「愛しておりますよ……次は夢で逢いましょうね」
     抱きしめた花嫁は赤の印を刻まれ散った。
     同時に菖蒲はそ、と幕を呼ぶように手を下ろす。
    「貴女の語った今までの物語は、どんな形であれ興味を好意を……敵にすら抱かせた」
     震える足でも芝居がかった辞儀を止めぬ彼女へ。
    「とても人垂らしで優秀な語り部で、人間らしい矛盾を孕んだタタリガミ」
    『人タラシたぁ最高の栄誉であるなぁ! ありがたぁく頂戴しようではないか!』
    「ああ本当に色々なモノが残ったさ」
     紫月に入れ替わり現れたのは黒髪のエゴを通した娘紗夜。
    「勿論憶えているさ――僕はキミを『食べたい』と思ったのだからね」
     言の葉で死路を飾りたててなおも続ける。
    「繰り返しではなく進展を、それがキミを敵と決めた理由」
     終幕があるからこそ劇は心に残る。
    「ねぇ愉しかったわ、とても。私のエクストラステージには行かなかったけれどね」
     堕ちてでも仲間を護り狩取る気だった娘を鋏でちょきり、歌菜の前にお下げが落ちた。
    「タタリガミ『川島須磨子』――最後になり申し訳ないね」
     引き倒した身へ寄り添うて『比良坂柩』と少女は名乗った。
    「はっ柩かい! 道理で色々出てくるわけだ!」
     最後の最後まで好きになれなかった。
     でも、
    「嫌いには為れ無かったよ」
     だから感謝と共に焔を呼んで、雪紗はタタリガミの手向けとす。
     ――さようなら。
     もう居ない彼女が在った土の上、誰彼の声が降り注ぐ。
    『川島須磨子一世一代の騙りである! 諸君! しけた面は無しにしてくれ給えよ!』
     パチパチパチパチ!
     心へ割り込んでくるのは、余韻ぶちこわしのけたたましい拍手とげてげて悪趣味な嗤い声。
     そう、彼女は出たがりタタリガミ『川島須磨子』
     存在果てようがあなたの心に刻まれて仕舞ったのならばご覧の有様、諦めるがよろしいかと。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 18/キャラが大事にされていた 5
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ