もう知っている人もいると思うけど、と成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)は軽く前置きしてから言葉を続けた。
「あくまで、可能なら、という感じでナミダ姫から協力を願う打診があった」
つまり蹴ってしまっても武蔵坂に新たなデメリットは生じない。その前提で聞くようにと樹は手元のファイルに目を落とす。
少し前の大規模作戦で学園とスサノオ勢力は貸し借りナシの状態になったが、スサノオが多くのダークネス組織と協力関係にある以上、いまノーライフキングと争えばそちらに味方されるのは避けられない。
「ただ今回の打診を受けて、うまいこと立ち回れば」
その加勢を阻止できるかも、と樹は多少含みのある言い方をした。
●グッドウィル・レイド
ガイオウガが灼滅されたことにより、ナミダ姫とスサノオ達は日本全国を回りながら、各地に封じられていたスサノオ大神の力を喰らう……という事をしていたようだ。
しかしスサノオ大神も黙ってはいない。『ある程度の力量を持つスサノオをシャットアウトする結界』を編み出し、守りを固めはじめた。
「この結界のせいで大神の力を喰らえないのでどうにかしてくれ、ってわけだ」
このたび依頼があったのは山梨県のとある険しい山中、滝壺奥にひらけた地下洞穴の奥。スサノオの戦士数名がそこで待っているので、彼等の案内で目的地へ向かえばよい。
そこに封じられているスサノオ大神の力は、白い炎でできた数メートルほどの巨大な狼といった風情で、耳の周辺や首まわりへ鮮やかな青の長毛が混じっている。
「このスサノオ大神の力へある程度ダメージを与えれば結界が破壊されるから、案内役のスサノオも戦闘に加われるようになる。その後は丸投げして帰還してもいいし、一緒に戦ってもかまわない」
しかし、止めを刺して灼滅してしまうとスサノオ達が力を喰らうことができなくなってしまう。その場合はナミダ姫の要請に答えることができなかったため失敗、となるので注意すべきだ。
スサノオ大神の力は、灼滅者が結界内に侵入すれば即座に反応し襲いかかってくるだろう。
「主に人狼のものに酷似したサイキック、その他にもいくつか行使するようで、非常に凶暴な強敵である事もふまえれば、灼滅に至るまで追い込む必要はないとは言っても油断はできないね」
灼滅者は途中まで削ればよく、その後はスサノオを加えての共闘という事を鑑みての難易度……という程度の意味になる。
「ナミダ姫が何を思ってこの依頼を持ってきたのかなんて知らないけど、敵対しないですむ道があるならそれもまた良し、って事なのかもしれない」
参加者 | |
---|---|
科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353) |
橘・彩希(殲鈴・d01890) |
リーファ・エア(夢追い人・d07755) |
吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361) |
天宮・黒斗(黒の残滓・d10986) |
湊元・ひかる(コワレモノ・d22533) |
陽乃下・鳳花(流れ者・d33801) |
狼護・田藤(不可思議使い・d35998) |
どうどうと春の夜空に滝の音が轟いている。
にじむような月光の下、白い毛並みを晒しているスサノオを遠目に認め、科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)は眉根を寄せた。
「さて。……皆いいんだな?」
「ま、灼滅者ってこんなもんさ。多様性のある集団、様々な思想の入り交じった混沌の集団、だもの」
改めて意志を確認するような日方の声に、陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)が軽く笑ってみせながら肩をすくめる。その声音へ呼応するように、相棒の猫の尾を飾る円環がちりちりと明滅していた。
ナミダ姫の要請を受け入れたふりをして、スサノオ大神の力をスサノオ達に喰らわせず、灼滅する――それが今回の方針となっている。鳳花個人としては、ナミダ姫に協力することで得られるメリットは確かにあるが、結果彼女の勢力が力をつけるデメリットもある。鳳花はそのデメリットのほうが怖い。
ゆえに、こう動かせてもらう、と決めた。それを今更ここで翻すつもりもない。
「現状、なにも手を打たなければナミダ姫を敵に回した時の戦力は増していく一方だ。それは到底許容できない」
それはさておき色々ほどほどにな、と吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)は隣の天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)と首肯しあった。
「目的は灼滅だけどそれを悟らせるわけにもいかないし、一応共闘もするんだ。最終的に灼滅させてもらうとは言え、挨拶位しておいたほうがいいだろう」
「まあ協力要請に見えなくもないですが、見方を変えれば脅迫に近いものを感じるようなそうでもないような……」
ナミダ姫とて馬鹿ではないだろう、リーファ・エア(夢追い人・d07755)はそう思っている。明確なデメリットが武蔵坂の側にないことを計算したうえで利用していると考えることだってできるはずだ。複数のダークネス勢力と協力関係を結べる程度に頭が回るなら。
こんな時相棒が何かアクションを起こしてくれるものなら迷わずに済んだのだろうかと、湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)は靴先をぼんやり眺めながら考える。霊犬は相変わらず無機質で、明確な個としての意志や感情めいたものを感じない。
ナミダ姫の、ある意味での信頼を裏切ることが武蔵坂にとって正しい選択なのか、正直なところ迷いはある。
偽りも謀りごとも何とも思わぬダークネスに対する戦略なのだろうと、そう思っている。
それでも、その上で、ごめんなさい、という言葉がどうしても出てしまう。見るからに謀略とは無縁そうな、屈強さを磨き上げた具現のようなスサノオの戦士の姿を見てしまうと、ひかるは目を上げていられない。
影の部分を揺らしているビハインドのやそを己の背後にし、狼護・田藤(不可思議使い・d35998)自身も狼面の苛烈な視線を避けるように顔をそらす。
「来たな。待っていた」
スサノオ4体のうち、ひときわ目の赤さが目立つものが唸るような声をあげた。思わずひかるが短く息を呑む傍ら、するりと夜色が動く。
「結界の破壊はもちろんするしその後も協力するけれど、……追い込めるかどうかはスサノオ、貴方達の頑張りしだい。それは覚えておいて」
そんな橘・彩希(殲鈴・d01890)の声に、心得ている、とスサノオは短く返すにとどめた。もともとナミダ姫からの要請は、結界にはじかれてしまうスサノオが中に入れるようにするため灼滅者が先行しある程度ダメージを与えてほしい、という部分に主旨が置かれている。
こちらへ、とスサノオ達は真夜中の道なき道を進み、白い水飛沫をあげる滝壺の裏手へ回りこんだ。分厚い水の壁の脇をすりぬけると狭い洞窟が口を開けており、その中へためらいもなく踏み込んでいく。
わずかな間とは言え共闘する相手なのだから名なり聞いておこうかとも日方は考えていたのだが、やめた。あからさまに拒絶されているわけではないのだが、こちらへ友好的に接しようという空気を感じない。
あらかじめ持参してきた明かりを点け、スサノオが先導するままに日方達は黙々と進んだ。
やがてスサノオ達が足を止め、我々はここまでだと短く呟いた。
「道は一つだけだ、この先はお前達だけで進め。呼べば加勢に向かおう」
「わかりました」
スサノオが言う通り洞窟内は一本道のようなので、帰りの案内は不要だろう……様々な、本当に様々な可能性を彩希はひとつひとつ考える。もしスサノオ大神の力を灼滅した後、スサノオが逆上するような事があれば彼等を退けながらの退却戦になるはずだ。そうならないのが上策だが、彼等がどう反応するかは未知数でもある。
じめじめとした洞窟内を少し進むうち、徐々に道幅が広くなり天井が高くなってきた。るるる、と犬が低く喉を鳴らしているような声が聞こえて田藤は歩を止める。
「……今、何か」
「近いようです」
気配を探るような昴の呟きにひとつ首肯して、田藤はランプを高く掲げた。
るるる、るる、と喉を鳴らす声が次第に唸り声へ変わり、そして大きくなる。べとりと暗い、洞窟奥の闇の底で純白の炎が揺らめき輝いた。
風よ此処に、と口早に呟いたリーファの足元へエアシューズ【Burn the dark】が顕現する。ライドキャリバーの犬を前衛へ据え、主であるリーファ自身はその場に残りクロスグレイブを腰だめに構えた。白狼が近づいてきたのだろう、岩が蹴られて転がる音がする。
ひかるが恐怖に喉を鳴らすのを聞きながら、昴は油断なく周囲の様子を確認した。首元へ風か水の筋でもまとうように、長く青い毛を踊らせてスサノオ大神の力が灼滅者の掲げる明かりの輪へ踊り出てくる。
おおきい、獣。鳳花はそんなフレーズを他人事のように考えた。こういうものは深く考えたら負けだと相場は決まっている。相棒の猫を従え、挨拶代わりと縛霊撃を叩き込んだ。
網状に広がり自由を奪う霊力に、スサノオ大神の力は苛立たしげな咆哮をあげる。洞窟そのものを揺るがすような大音声となったので、待っているスサノオにも聞こえたはずだ。
どこかで黙ってその毛皮を風にそよがせていれば、大層絵になっただろうと日方は残念に思う。紺色から紫に変じかけている明け方の空のような、海の深みのような、自然の色を切り取ったようなうつくしい青で身を飾るスサノオ大神の力が、少し羨ましかった。
渾身の力で斬りかかる紅蓮斬、日方の手元へ返る手応えは重く鈍い。しかし届かないわけではない、そう直感した。
するりと滑るように軽やかに、【花逝】を手にした彩希がスサノオ大神の力の死角へ入りこむ。華奢な印象のある左手で輝いている冷徹な刃が、黒死斬のサイキックをのせ岩盤にその足先を縫い付ける光景から、ひかるは身を震わせ目をそらした。
怖い。足が震えるほど怖くてたまらない。
確かに話し合ってこれが成すべきことだと合意に至っている。でも本当は、自分達のやろうとしていることはとてもいけないことで、学園の皆に迷惑をかけてしまうのではという思いが棘のように胸の奥を刺し続けている。あの人ならこの方針に納得し協力しただろうか、いや、それとも――?
本当は、戦うことだって本当はやめてしまいたい。
戦いは怖い、それがいつだって偽らざる本音だ。でも逃げ出す勇気も、怖れに抗う勇気もないままひかるはここに立っている。ダークネスとの戦場に。
「ノマサンジ……ンテヤジチミソ、ホノコドハ」
スサノオ大神の力が上げる唸り声へ絡むように、影となってつきまとうように田藤のやそが動く。白炎で構成された大神の体躯の前に、ビハインドのそれは一瞬で吹き飛びそうにも思えた。
凶悪、としか表現しようのない薙ぎ払いを食らい半身をそのまま持って行かれそうになる。ざらりとした純粋な殺意が肌を撫で上げるようで、その感触に彩希はうすく笑った。すぐにひかるとその霊犬から回復が回されたので特に問題はない。
正直なところ、協力如何は彩希としてはどちらでもよいのだ。
ただ、力を殺ぐことができるのなら願ったり叶ったり、というだけのこと。それ以上でも以下でもない。ゆえに【花逝】を振るう腕に迷いはなく、踏み込み鋭い足元も揺らぎない。
黒斗との連携を切らさず、中段の袈裟斬り、巧みに死角へ回りこみすり抜けつつの斬撃などを織り交ぜながら昴はスサノオ大神の力を一手一手、確実に攻めこんでいく。
リーファと鳳花の相棒も日方とともによく踏みとどまっており、そこを霊犬と共にひたすら回復に専念するひかるが支えることで昴と黒斗をはじめとした攻撃手に余計な手を使わせず、無駄がない。
スサノオ大神の力というダークネス、それ単独では今の灼滅者とてまだ相手取るには十分強敵と表現していいはずだが、事前の戦力配分とそれを円滑に回すための十分な意思疎通を図った灼滅者達の作戦勝ちといったところだろう。
スサノオ大神の力の一撃は重く、どうかしたら布陣を崩されるかもしれないという想像は脳裏をよぎるものの、それが現実になる、というどこか予兆めいた不定形のうすら寒さは一切ない。
目の前のダークネスは強敵だが、勝てる。その直感が鳳花にはあった。
振り上げられた巨大な前脚が獲物を捕らえようとするものの、がつりと岩盤を削り空振る。襟元の長い青い毛を、彗星のようになびかせながらスサノオ大神の力はもう一度高く咆哮した。白い炎でできた体毛はところどころ火力を下げて、自ら輝いているようだった炎の明るさもいくぶん落ちている。
頃合いか、と田藤は錫杖状になっている怪談蝋燭の石突きの部分で足元の岩盤を突いた。じゃんっと金環が打ち鳴らされ、それに呼応するようにやその姿が黒い影と美女のものとで明滅する。
「ココセンヤリウ、トセンヤリウト」
呪詛かそれとも言霊か、判別しがたい声とともに日方の身が一瞬墨染めの帯に包まれたように見えた。スサノオ大神の力の爪で深々と抉られた傷が塞がり、日方は自分の血で汚れた頬をぐいと無造作に拭う。
「いいぜスサノオ、待たせたな!!」
応、と日方の叫びに返った声は存外近い。すぐに4体のスサノオが姿を現し、それからはもう坂を転がり落ちるように一方的な展開だった。
しかし、こちらの圧倒的優勢とは言ってもまだ黒斗は少しも気を抜けない。適度にスサノオの助力をしているように見えて、決定的な一瞬だけは譲るわけにいかないのだ。
とっさに昴とアイコンタクトを取り、黒斗は素早く対角線上になるスサノオ大神の力の背後へ回る。その真意をスサノオ達はまだ知らない。ややもすれば、正面からスサノオ大神の力を相手取るのを任せ、灼滅者は逃亡阻止に回ったのだとすら考えたかもしれない。
常に誰かの背後にあり、存在を主張せず隠蔽し続ける田藤にとってはそちらのほうが都合がいい。
鳳花と彩希が連続して叩き込んだ足止めに、リーファが続く。スサノオ達からも怒濤の畳みかけがあり、たたらを踏んだスサノオ大神の力へ日方が駄目押しとばかりに渾身の黒死斬を見舞った。
ついにスサノオ大神の力が、屈服したようにその前脚を折る。
「よし、――」
助力はここまででよい、とそのスサノオは続けるつもりだったのだろう、人より表情の乏しい狼面にも勝利と、力を喰らう歓喜の確信があった。しかし、昴と黒斗は何の躊躇もなくさらに一歩を踏み込む。
「油断するな!」
最後の足掻きだったのだろう、ぐわりと巨大な白狼のあぎとが開く。その顎を袈裟懸けに雷光をまとって両断してゆく、古式ゆかしい毛抜形の日本刀。そして大きく四肢を痙攣させたスサノオ大神の力へ引導を渡したのは、黒斗。
サイキックソードの一閃で白狼は沈黙し、今度こそ灼滅者達の前に屈服して息絶える。
運良くそれは傍目にも、最後の力を振り絞って襲いかかろうとしたスサノオ大神の力を黙らせた、そんな光景に見えた。
さすがに肩で息をしている黒斗へ、ぎらりと四対の視線が突き刺さる。
「お前……!!」
「……今、何をした!!」
スサノオ大神の力はもう二度と起き上がらない。その現実を認識したスサノオが、黒斗へ詰め寄ろうとしていた。
「黙れ!!」
赤目のスサノオが他の3体のスサノオを大声で一喝する。
「話が違うぞ、灼滅者」
しかし黒斗らに向き直った時には、その狼面へ怒りはのぼらせていなかった。しかし喉の奥でぐるぐると低い音をさせており、さすがに怒りもせず平穏無事に、というわけには行かないらしい。赤い瞳が爛々と煮えたぎっている。
「我々はスサノオ大神の力を喰らうために助力を願ったのだ。灼滅しろとは言っていない」
「すまない、それは謝る。だが手加減できる相手でもなかっただろう?」
下手にうろたえる演技をした所で自分の性格を思えばボロを出す気がしたので、黒斗は何の小細工もなくいつも通り、切れ味のいい物言いをした。
「……確かに、スサノオ大神の力は強敵ではあったが」
「だから最初に言ったでしょう、追い込めるかどうかはスサノオ、貴方達の頑張りしだいだと。凶暴で強敵、そんな相手に手加減なんてしてられないわ」
次に強烈な一撃が来ないとも限らないのに、と彩希が強い口調で言いきると、赤目のスサノオは押し黙る。そのまましばらく灼滅者達の顔を睨んでいたものの、ひとつ頭を振って背を向けた。
「わかった、信用しよう。しかしナミダ姫には力を喰らえなかった理由を報告させてもらう。異論はないな。――あるはずもない、と思うが」
肩越しにぎらりと輝く赤目に睨み据えられ、ひかるが身を震わせる。
さしずめ、言葉通りに頭からこちらの言い分を信用してはいないというあたりだろうか。さもありなんとリーファは考える。
「まああれですよあれ、なかなかの強敵だったってやつです。こう見えて私たちもいっぱいいっぱいなんで、そこの所よろしくお願いします」
へらりと笑いながら軽く頭を下げ、リーファは踵を返した。返す剣で背後から襲うような真似はしない相手とは思うものの、残りのメンバーも警戒だけは緩めずそれに倣う。
あまり長居すると厄介なことになりそうだ、そんな気がした。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年4月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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