季節外れの雪がふるころには

    作者:東加佳鈴己

    「寒い……さむいの、あなたの暖かさをちょうだい?」
     教室に集まった灼滅者達の前に、白と桜色の薄いワンピースを纏い、青ざめたメイクを施した野々宮・迷宵(高校生エクスブレイン・dn0203)がふらりと現れた。教壇の下から。出現位置はともかく、どこか幽霊じみた装いだ。
    「びっくりしましたか?」
     灼滅者達の反応を受けて困ったようにはにかんでから、迷宵はおずおずと話し始めた。
    「あの、ラジオウェーブのラジオ放送が確認されたんです……」
     迷宵は声を潜めてラジオ内容を語り始めた。

    「あ、ねえ見て!」
     セーラー服の少女が指をさす。その先で、白く小さなものがはらはらと舞っていた。
    「きれーい」
    「雪かな。でも今日寒くないよな。桜、はまだ蕾ですねーし」
     同じ学校の制服を纏った、長身の少年が答えた。二人の胸には卒業の証。
    「どっちでもいいよ! だって綺麗だもん」
     幻想的な風景に少年少女が笑い合う。そのとき、白が舞う桜の木の裏から、純白のワンピースを纏った女がふらりと姿を現した。
    「寒い……さむいの、あなたたちの暖かさをちょうだい?」

    「このままでは、二人は永遠の別れを……少女は想い出を奪われて、少年は都市伝説に闇の中へ連れ去られてしまいます。本来なら、もっと長く続く二人なのに……です」
     春は出会いと別れの季節。人々が別れを恐れるあまり、都市伝説が生まれそうになっているのかもしれないと迷宵は言う。
    「でも、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)さんの調査で、都市伝説を生むラジオ放送を突き止めることができました……ラジオウェーブの影響を受けたラジオの内容が分かれば、都市伝説が発生する前にわかるようになったんです」
     この都市伝説は、夕刻から夜の間に、親密な二人が桜のある公園を通った時、白い桜吹雪と共に突如現れるという。
    「ですから、親しい二人がいないと、都市伝説は発生しません。都市伝説はその場から動かないので、道をすぐに引き返すことができれば、悲劇は回避できます……」
     迷宵は予知した公園への地図を灼滅者達に差し出した。
    「お願いは、二つです……少年と少女を助けつつ、都市伝説を討伐してください」

    「ラジオ放送から推測した範囲ですが……」
     前置きしてから、迷宵は黒板へ白いチョークで情報を書き始めた。
     幻想的な風景と共に現れることもあり、耐久自体は低いこと。
     男性には七不思議奇譚に似た攻撃を、女性にはトラウマを与えるような攻撃をすること。
     桜吹雪はフリージングデスと同等の効果があるようだ。
    「都市伝説は発生したあと、条件を満たさなくなっても、5分ほど桜吹雪と共にその場に残ります。条件を満たしている……白い女の人が別れさせたいと思うような二人がその場にいれば、残り続けます。その代わり、継続的な自己ヒール能力を得るようです」
     短期決戦、長期戦、と二つの文字を黒板に書いて、迷宵はチョークを置いた。
    「……あくまで、類推した能力です。予知を上回る能力を持つ可能性はゼロではないので、どうか気を付けてください」

    「春は出会いと別れの季節といいます。でも、都市伝説の影響で別れるなんて……」
     お願いです、二人の絆を守ってください。切なげな言葉に続けて、迷宵は小さく頭を下げた。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)
    氷上・天音(微笑みの爆弾・d37381)

    ■リプレイ

    ●花冷えの逢魔が時
     夕暮れの公園。桜の木を遠巻きにしながら、6人の灼滅者たちは都市伝説の出現を待っていた。
     天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)の放った殺界形成で人気も遠ざかり、壱越・双調(倭建命・d14063)のサウンドシャッターで音ごと外界から切り取られたその光景はどこか薄ら寒い。
     その中でも、囮役の彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)とエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)の醸し出す雰囲気は暖かかった。頬を染め僅かにうつむくエリノアの顔を覗き込みながら、さくらえはくすくすと笑っている。まるで日常の中にあるような二人を見つめ、黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)は双調に微笑みかけた。
    「双調さんと婚姻の式を挙げたのも去年の春でしたね。大事な義きょうだいに見守られながら……」
    「そうですね、去年の今頃でしたね。永遠の誓いの式は、忘れられない春の思い出です」
    「私達にとっては思い入れの深い季節ですね、私が頂いた此花咲耶の称号も春の花にゆかりが深いですし」
     寄り添いあい、和やかに話す優雅な夫妻が交わし合う言葉もまた、暖かい。
    「春の花といえば、空凛さん、貴女ですよ。貴女は私に取っては永遠に手放せない花。ずっと寄り添って生きていきましょう」
     ――横にいて当然だった。
     仲睦まじげに寄りそう二組を見守りながら、刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)も片割れである兄を想っていた。予知で語られた都市伝説の内容に、どうしても彼が行方不明になった時のことを思い出すのだ。
    (「ああいった思いは、本当に『死が分かつまで』、二度としたくない」)
     一方、都市伝説の出現場所である桜の木を見つめながら、氷上・天音(微笑みの爆弾・d37381)は胸元のブローチへ触れて静かに祈る。
     心に浮かぶのは、姉の記憶。血縁はないけれど大切な家族の記憶。
    (「今頃、姉貴はどうしているのかな……」)
     だけど、と天音は思考を戻す。
    (「あたしにとっては共闘している先輩たちと出会って、新しい縁を沢山結んで、そして何よりも大好きな人に巡り会えた幸いな季節」)
     凜は天音の様子をそっと伺いながら、髪に飾ったシュシュに触れて作戦の成功を願う。
    「ラジオウェーブはどこから、誰が拡散してるのかな」
    「企みが何かはわかりませんが、人に仇なすと言うのなら、断罪するまでですの」
     ぽつりとつぶやいた凜の疑念に、黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)が応じる。
    (「力なき人々を守るのがヒーローの役目ですわ。例え私が……先輩、そうですわよね」)
    「うん。謎は多いけれど、少しでも被害をへらさなくちゃ」
     各々の出会いと別れ、大切な人を想いながら、灼滅者たちは戦いの決意を固めた。

    ●たからものと一緒に
    「デートはいいのよ、デートは」
     仲間たちの視線を背に受けて、エリノアの心中は穏やかではなかった。さすがに恥ずかしい。が、くすくすと顔を覗き込むさくらえは楽しそうに、エリノアへ手を差し伸べる。
    「大丈夫、僕がエスコートしてあげよう♪」
    (「さくらえと出会った当初の私がみたら発狂するんじゃないかしら」)
     とはいえもう離れ離れになるつもりも、その予定もない。エリノアはさくらえの手をとった。
     そんな二人が二人が桜の木へと歩をすすめると──ぶわり、と強い風が冷気と共に立ち上る。
     眼前を支配するのは白く、白く氷ついたかのような花吹雪。
    「本当に桜みたいに綺麗だね」
    「ふん、まぁ白い桜吹雪は悪くないわね」
     二人を隠すような桜吹雪を見つめ、さくらえが語る。
    「昔、知人に言われたことがあるんだ。僕は気が付いたらどこかへ消えてなくなってしまいそうだと」
     言葉をすぐに返せぬエリノアへ視線を移して。
    「……どこにも行かないよ。ヤドリギの下で約束したじゃないか、もう離さないって」
    「こ、この状況で恥ずかしい事言わないでよ……!」
     はやく都市伝説に現れてほしい。桜吹雪は少しずつ濃くなり、人の形をとりつつある、が。視線をさまよわせる彼女の想い空しく、時間はさくらえに味方した。
    「知ってるでしょ、僕がキミにベタ惚れな事」
     白い吹雪がドレスに、長い髪にかわる。
    「エリノアに忘れられたら僕が泣いてしまう」
     そして、白服の少女の姿が、樹の裏に現れた。
    「っ、ほら、それよりさっさと灼滅するわよ!」
     真っ赤になる幸せな少女を悲し気な瞳で見つめながら。
     青ざめた顔の都市伝説の少女が言う。

    「寒い……さむいの、あなたたちの暖かさをちょうだい……?」

     二人の少女の間にさくらえが割って入り、エリノアをかばうように立った。
    「ごめんね、残念だけどキミの希望に沿うことはできない」
     強まった吹雪を拒むように、さくらえがシールドを広げる。
    「在るべき場所へ帰ってもらおうか」
     気迫にひるんだ都市伝説が逃げ道を探して周囲を見渡すが、桜吹雪を破った6人がすでに周囲を取り囲んでいた。
    「どうして、どうして、許してくれないの。どうして。みんなひとりじゃないの!」
     白い少女が悲嘆の叫びをあげる。
    「雪と共に現れる割には無粋ですのね、貴女。出会いも別れも必然……」
     黒と白の炎を纏ったクロスグレイブを掲げた白雛が語り掛ける。
    「ですが、それは無理矢理与えられるようなモノではありませんの! それを為すというのなら……その罪、断罪して差し上げますの!」
     高らかな宣言と共に放たれた光の砲弾が都市伝説を凍り付かせた。その強烈な冷気が、戦闘開始の合図となった。

    ●春の訪れ、雪の果て
     白雛の攻撃を追うようにエリノアが螺穿槍を放ち、双調は鬼神変を、空凛はレイザースラストと、自己強化を施すサイキックを打つ。晶はディーヴァズメロディで催眠を誘っていく構えだ。
    「だって、望まなくたって、壊れてしまったのに……!」
     春に絶望する白い少女は、桜吹雪を放つ。凜は冷気に耐えながら『トラウマ注意!』の警告板を掲げて前衛を支援しながら、孤独を叫ぶ少女の心を想う。
    (「この子、なんだか儚く見える……怖いのかな、誰にも相手にされずに消えてしまうことが」)
     でも。
    (「あの日……堕ちてしまったさくらえさんを助けるために、エリノアさんが叫んだ言葉の重さ、わたしは知ってる」)
     それだけじゃなく、出会ったみんなの絆があったから今、みんながここにいる。
     だから、この繋がりは誰にも壊させはしない。
    「孤独な想いは解るけど、悲劇は絶対喰い止めるよ!」
     天音にとって、春は邂逅と別離の季節。縁を結んだ季節だったが、一緒に暮らす大切な姉と離れた季節だった。
    (「姉貴のいない生活には正直いって慣れてないけど──」)
     それでも、抱える思いは孤独だけではないと、妖冷弾を放つ。
     だが、別れに怯える都市伝説は首を振った。
    「なんでもいい、ねえ、寒いの。私に頂戴、永遠を」
     木を中心に桜色の燐光が舞った。その光は少女だけでなく前衛の二人にも纏わりつき、まるで熱を奪おうとしているようにもみえた。燐光は少女を覆い、瞬く間に傷を癒しながら吹雪に加勢するように激しく舞う。
    「鬼神変を準備しておいたのは正解だったようですね」
     双調は優雅に微笑みながら、容赦のない斬影刃を放って都市伝説の強化の破壊を狙っていく。
     灼滅者たちのバッドステータス優先の作戦は有効な相手のようだ。8人は次々と攻撃を重ねていく。
    「永遠なら、闇でもいいとあなたは思わなかった……?」
     甘くささやきながら放たれたトラウナックルがエリノアを襲う。答えず、闇落ちしたさくらえの幻影打ち破りながら、妖冷弾を打ち返す。
    「なぜ、それほど暖かさがほしい?」
     隣で戦うビハインドを、灼滅者となった出来事を、想いながら晶は語る。
    「寒いのは、そうやって人から貰うことばかりだから──決して、貴方が暖まることはない」
     晶が咎人の大鎌を大きく振り回すと、無数の刃が現出する。
    「諦めなさい」
     命中した虚空ギロチンの効果で、都市伝説に付着した氷や炎が増えていく。

     燐光が癒しても癒しても、身動きを取るたびに、熱と冷気が、じりじりと都市伝説の体力を削っていった。

    ●そして絆は咲き誇り
    「雪がやんで春が来てしまったら、もう一緒に居られない」
     怨念のことばと共に、七不思議奇譚が双調へ放たれた。
     双調さんはこの程度では屈しない。パートナーを信じて、振り返らずに空凛が前へ躍り出た。
    「違います……!」
     春を大切に思う気持ちと共に、グラインドファイアをたたきつける。春に永遠を誓う式を挙げた彼女にとって、かけがえのない季節を悲しい季節のように言われたくはなかった。
     呼応するように双調が放った縛霊撃が都市伝説の動きを止めた。隙を逃さず、白雛のマルチスイング。
    「いけますわ!皆様、攻撃ですの!」
     攻撃の手ごたえに、白雛は氷のエフェクトが効果を上げていることを確信し、回復を準備していた仲間へ呼びかける。
     最後の足掻きのようなトラウナックルからかばいながら、さくらえも声を上げた。
    「あと少しだよ、エリノア!」
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     気合の声と共に、強烈なバベルインパクトをエリノアが放った。霧散しかけていた都市伝説の吹雪の死の中心点を、的確に貫く。
     その一撃で、都市伝説は白い吹雪から姿を変え、暖かな春色の桜吹雪で灼滅者たちを包み込んだ後、跡形もなく消え去った。

     ──戦闘を終えるころには、日は暮れおち、頭上にはうっすらと星が広がっていた。
     夜の自然な冷気が周囲を満たしている。双調は寒さに体を震わせる妻の肩を優しく抱いた。
    「春が来たとはいえ、夜はまだ寒いですね。空凛さん、寄り添って帰りましょうか」
    「はい、双調さん」

     儚い少女のいた場所へ、天音は近づいた。桜の木には被害はないようだ。攻撃の痕跡が残る地面をならす。
     寄り添う双調と空凛夫妻、これからも一緒に、と約束を交わすさくらえとエリノアの後姿を見て、天音ははるか出雲の空の下にいる姉を想う。そんな彼女を、凜が心配そうに見つめる。
     私には何時幸いが訪れるのかな。そう悲し気な眼差しで語った彼女。
    (「姉貴の心にも、早く春が訪れますように」)
    (「天音ちゃんのお姉さん……いつかまた会うときには笑っていてほしいな」)

    「さて、私は少々初々しいカップルの様子を確認してから帰ろうか」
     そういって、晶は公園を後にした。作戦前に少年少女の位置は確認しなかったが、予知の様子からきっと近くにいるだろう。別れがたい思いをしているだろう二人に、末永い祝福を──。

    作者:東加佳鈴己 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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