人生は米粒が如く

    作者:那珂川未来

    ●長屋の主
     酷く年代物の長屋アパートが、近代的な建造物の影に隠れてひっそりとたたずんでいる。
     トタン屋根、窓枠も歪み、玄関など錆だらけで開くのかどうかさえ。そんな建て替えが必須の、立ち退き要求が過去にされていたかのような長屋だ。殆んどのメーターが動いておらず、たっぷりと雨風に晒されたチラシを郵便受けが吐き出している様子からも、人も住んでいないのだろう。
     しかし今となっては、周囲の景観からいっても人の関心の方が寂れて『諦められて』いるかのよう。
     それはバベルの鎖のせいだろうか。
    『もう黄昏時かの……』
     そう呟く唯の主は、もう人ではないものだったから。
    『お前らはたった一粒も見捨てんで、よう食べてくれるわ……』
     長屋の奥、禿げあがった老人が一人。だらしなく甚平を着崩し、気だるげに背中を座椅子に預けながら米粒を一つ一つつまむと、ちよちよと鳴く雀たちに餌をやっている。20羽はいるだろうか。
    『米粒なんてなぁ……撒いても撒いても実もせんときもありゃあ、たったの一粒なんぞ粗末に踏みつぶされたりなぁ。けどなぁ、そのたった一粒がありゃあやり直しがきくけぇ……』
     窓から入る西日に照らされた色あせた畳は塵に汚れ。しかしそれよりも勝る腐敗臭、全て雀たちのものだ。見た目は羽毛を纏っているけれど、くぼんだ眼窩に瞳はない。
     全て、老人が生み出したゾンビだった。
    『どうやら、ようやくお前らに広い場所を与えてやれそうかの……』
     ちびちびと米粒をやりながら、雀に語りかける老人の足は白骨化し、よく見れば背中から無数に水晶が突起している。
    『ずっとここに居ようなぁ。もっともっと広い場所飛ばしてやるのじゃけぇ、待ってろなぁ』
     自らに湧き上がる力をひしひしと感じながら。老人は更にしわを深くしながら笑っていた。

    ●歪んだ死
    「とある地方都市の長屋アパートが、ノーライフキングの迷宮化している事を突き止めたんだ」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)の話によると、闇堕ちした後に、慎重に自室の迷宮化を進めていたノーライフキングだったようだが、この度の力の増大により、一気にアパート全体を迷宮化してしまったらしい。
     現在は、建物ひとつが迷宮化しただけだが、このまま放置すれば周囲の建物も含めて地域全体が迷宮化してしまうかもしれない懸念があると、沙汰は言った。
    「それを防ぐ為、迷宮を探索して、迷宮の奥にいるノーライフキングを灼滅してほしいんだ。幸い人の犠牲はまだない様だから、今対処するのが一番良くて」
     色々思うところがあるが、沙汰はただその場所の地図を粛々と広げ。
    「ノーライフキングの迷宮は、部屋番号1の玄関から簡単には入れるよ。他の玄関や、壁や窓を壊したり裏口から侵入する事はできないみたい」
     入ると二股に分かれており、建物の内部は元の建物の部屋などが繋ぎあわされながら迷宮化し、ノーライフキングの間の手前にはそれぞれ壁がぶち抜かれたかのように融合化して広い空間を形成しているらしい。
    「右を往けば雀のアンデッドが20羽ほど。一体一体は非常に弱くて、皆なら特に大きな怪我もなく行けると思う」
     ただ、雀であったもの。罪のないもの達。生前のノーライフキングが愛でていたろうそれを、武力を以て倒すのが否だというなら。ノーライフキングを灼滅して自然の摂理に戻してあげるという方法もある。それが左の道だ。
    「樹木生い茂る森で造られた様な箱の中、岩壁に沿う様にして伸びる幹や枝葉、畳には草や根が絡む、広さは30畳くらいの天井も高い場所となっているよ。そこで、鳥の巣を探してほしい。木の上かもしれないしそうじゃないかもしれないから色々探すといいかもしれない。巣は二つだよ。一つじゃないから気を付けて。そこにね、このお米を供えたらノーライフキングの間への道が開くから」
     供物を与えれば開くというのも――其処に居る者達がすでに死んでいるということを実感させた。
    「ここまでは、特に不安な要素は無いと思う。本番はノーライフキングとの戦闘だね。強いよ。なんとなくだけど、結構苦労した様な様子を見受けられるね。会社の部品は部品、そんな扱いを受けて生きてきたような……」
     ――しかしなんであれ。きちんと戦略をたてないと、こっちがやられる。神秘属性に優れ、老人という見た目からは想像できない俊敏な動きでこちらに肉薄してくる、そういう相手だ。
    「ノーライフキングの迷宮がこれ以上広がるのは阻止しなければならないから……そして闇に晒されたもの達の為にもお願いしたいんだ」
     どうか無事に帰ってきますように、と。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    石弓・矧(狂刃・d00299)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769)
    愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)

    ■リプレイ

    ●歪みの路
     堆積した落ち葉が優しく発酵している様な、奥深い森に感じる匂いが立ち込めている。
    「……本来なら戦う事も無いでしょうに」
     これもサイキック・リベレイターの選択の結果、か――まるで、木のうろの中を進むかのような、じめりとした狭い通路の中、石弓・矧(狂刃・d00299)は独りごちた。
     生と死が繰り返すことは世の理。しかしそれが同時に絡み合う様を背徳と呼ぶならば。選択という結果に密か奥歯を噛みしめるには十分。
    「……誰が為、やろね」
     誰かの心情を代弁したかのような、そんな呟きを零した千布里・采(夜藍空・d00110)は、独特の空気の中にも溶け込む身に纏う瓢とする気は、一種の存在感を際立たせている。
     夜明色に浮かぶ哀れみは、動物を愛する気持ちは同じであるというのに捻じれ狂ってゆく顛末に幾ばくかの達観を伴い、仄か矮星のように光っていた。
     ――歪んでしまったもんは、詮無きことやけど。
     何処か傍観している自分に、複雑な気持ちもあるのは否めぬまま。只、すでに死した者たちへの哀悼を粛々と行うべく歩を進め。
     程なくして、ぽかりとあいた空間と自然光。本来の壁を覆う様に伸びる木肌の質感は本物のそれで、うろを住処とする生き物ならば、まさに巣とも言える。
     だが此処は、何もかもが歪んで、何もかもが狂っている。死んだものに餌を与え、自然を囲う、其処に意味があるのか――。
    「ゾンビ彷徨う迷宮なんざ今更ホラー映画にもなんねえっての……」
     吐き捨てるように言った柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)も、噛み砕けない思いを抱いているのだろうか。行き場のない苛立ちの様なものが滲んでいるように見受けられた。
    「木と木の間や、巣として落ち着ける場所にあるんやないかなぁ思いますわ」
    「うろの中も注意しましょう」
     霊犬と共にゆるりと頭を振る采。矧も注意深く木を観察してゆくのを追う様に。
    「ガゼル」
     高明に呼ばれ、ガゼルはヘッドライトの光を落す。静かにエンジンを鳴らすガゼルと共に、高明はしな垂れた叢の中へと手を突っ込み、巣を探した。
     案外見つからず、上の班の状況はどうかと気になって。何の気なしに見あげようものなら。
     ドゴ。
     カク。
     ボヌ。
     の三拍子で、背中に突撃くらってくの字に曲がって草葉に沈む高明の図。
    「ただ純粋に心配しただけだから! ガゼルさん!!」
     がばって起きあがると、めってしているガゼルへ決して覗き見なんてやましい気持ちはと弁明して。改めて花の咲く場所を捜索。触れれば零れる野草のひとひらを見つめながら思う。
     護るが故に、手から零したものは幾つあるのか。
     拾いあげられたものはどれだけか。
     不条理の苛立ちを抱えている者はどれだけいるのだろうか――。
     同じ様に、木の根元や絡んだ草を丁寧に手で分けていた蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)は、それを目にして瞼を伏せる。
     命の欠片さえとうに消えたそれを、榛名はそっと包みこむように手を添えて。
    「わたしが倒すのはダークネス……」
     言い聞かせるよう瞑目する。
     ――けれど。
     ――人間なのです。
     そう、間違いなく、彼は人であったのだ。

    ●空漠の箱
     梢の隙間から零れる光、その美しいピンクの巻き毛を揺らしながら。
    「一粒の米。その価値を決めるのは、一体誰なのでしょうね」
     有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769)は箒に上品に腰掛け、愛宕・時雨(小学生神薙使い・d22505)と共に宙を行く。
    「本物の米なら手にした人間の立場で変わるけど。まぁ結局のところ自分じゃない? 自分が自分に価値を見出せないなら、その通りなんでしょ」
     悪戯っぽく、それでいてちょっとした宝探しの様に。枝を手で触れないようにナイトの駒の様な得物で除けては、鳥の巣を探す時雨は、真珠の他愛もない質問に普段通り、小さい体に尊大な態度。けれど、有栖川にとっての僕の『価値』は『永遠』でしょ? なんて小生意気な笑顔の裏には、寂しがりやのジョーカーが潜んでる。
     同じく、箒を使って上部を探すセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は会話を耳に入れながら。尊大な時雨の意見もその通りでもあると思う。自分に価値を見出せないのは甘えでもあると。
     しかし。
    「顧みられない、部品や米粒のような人生か……」
     だが世間というものは理不尽だ。踏みつぶされる正義もある。そこでどれだけの不条理があったのか……理解できる。出来るのだが――なんて言えるわけもないな、とセレスは心の中思う。
     そういう役回りが当り前にされる対象であった、という事にセレスは同情的ではあるが。だからと言って人ならざる者によって今を生きる他の誰かまで理不尽に晒してはならないから。
     シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は猫変身でしなやかに枝へと飛び移りながら、人とは違う視点を以て辺りを伺っていた。
     理に逆らったこの場所から、鳥の巣を探すというのもおかしな話だが。細い枝渡りを繰り返しながら、木々の死角あますことなく探してようやく見つけた二つ目は、部屋の端の奥にひっそりと煙る枝葉の隙間にあった。
     米粒のような人生。
     雀の眷属。
     シェリーの脳裏に巡る、彼の人生の片鱗。辿り着いた始まりは、本当に実ったと言えるのか――。
    (「……寂しいね」)
     酷く古びれた巣を前に。シェリーは虚しささえ感じる世界観にそっと瞼を伏せたあと人に戻り、
    「見つけたよ」
     凛と、艶やかな唇を動かした。
     真珠が米粒の入った袋を手に、ふんわりと傍へ箒を寄せた。そして、そっと両手に米粒掬い、巣へと供える時。
     零れる一粒。
     音もなく転がり落ちてゆくそれを見つめながら、薄紅の唇を動かす。
    「その一粒は、無くても変わらないものだったのかしら。それとも、本当は実を結ぶ一粒だったのかしら」
     このまま零れてゆくならば、芽吹く事もなく消えるが運命。しかし運命を変えるものがあるとするならば、価値与える自分の手、そうであるように。
     拾うとその『路』の鍵として余すことなく供えたなら、水晶柱立ち並ぶ道が、暗黒を湛えながら迎えていた。

    ●やせ細る人生に
    「ごきげんよう、迷宮の主」
     淑女的な仕草であっても、決して頭を低くすることはない。真珠は人形の様に美しく、整った顔に、超然とした微笑を。
     酷く質素な書院の間に腰を下ろし、壁にもたれている清十郎。挨拶は元より、喋る理由もないと言わんげに、その右手が動く。
    「ガゼルっ!」
     迸る、歪な十字架の瞬き。咄嗟に遮るガゼルと、采との刹那の目配せで灼滅者達の為に身を張る霊犬。
     交差する二体の隙間を、滑る様にしながら間合いを詰める矧。言葉を交わす理由が相手にないならば。戦に言葉は不要が信条の矧とて同じ。ご挨拶もない攻撃に動じることなく繰り出すは、焔の衝撃。
     弾ける火の粉。それを浚う、まるで不死鳥が如く羽ばたく翼はセレスから。薄羽根を織った様な繊細なベルトが、輪廻を狂わす屍の主へとその嘴を以て穿つように。連携し、低い姿勢から刃を以て腱を裂くのは高明だ。
    「寂しい老人にムチ打つのは気が引け……るわけねえよ」
     ガゼルの巻き上げる粉塵を突き抜けた鋭い漆黒の刃に絡む、赤色。
     不浄の血を裂く様に放った蓬餅ビームに、榛名は仲間の安全の確率を確保したかったが――清十郎は易々とビームをかわしながら、魔力の塊を手にして矧へと殴りかかってゆく。
    (「神秘属性が優れてる、って。エクスブレインさんが言ってたんだ」)
     ならば次手に託すのみ。咄嗟身を捻り、道を塞ぐなら。いかに相手にダメージを与えるかを見極め。
    「清十郎さん。あなたがどのような扱いをされ絶望し、苦しんだか。何十年という歴史の前では想像できません。けれど、これだけは言えます。あなたは決して必要のない米粒ではないと。なかったと!」
     ヒトであった人。
     ヒトではなくなった人。
     彼を前に。
     飛んだ鮮血の中でも、榛名は断罪輪を下から振り上げる様にして――。
     がん、と一つ水晶吹き飛んだ清十郎。シェリーは星屑未だ残る軌道に重ねる采の、凍て付く弾丸からの回避点を狙って。
    「貴方は米粒じゃない、寧ろ踏みつぶす脚――少なくとも、堕ちた貴方は」
     バベルブレイカーを打ち終えるなり、即座けしかける影の薄刃。
     シェリーも、如何に面倒な屍の主を相手に勝利をつかみ取るかに意識を集中して――裂く。
    『……笑うか、同情か、いずれにせよ無価値よ』
     初めて清十郎が零す、しわがれた声。だが鋏の様に変化した背中の水晶は鋭い。
     時雨は受けた刃を汚らわしげに。「大人」というものに軽蔑すら滲ませる顔で。
    「僕はキミなんかに同情するつもりは毛頭ない」
     刎ね飛ばす勢いで振るうティアーズリッパー。
    「大体、無力な部品だ米粒だと嘆くことほど簡単なことはない。誰もキミに見向きもしないのは何故だかわかるかい? 事実、キミは無価値なんだよ」
     時雨を包む旋風。勢いよく清十郎へと解き放つ。
     しかし神秘属性に優れていると明言された相手に、神薙刃を主軸の体勢は厳しく思えた。
    『……若いとは愚かじゃ』
     獣の様な動きでかわす清十郎は片眉を上げ、面白そうな目をしている。
    「生意気と思うかい? 僕のような子供にそう言われるのは屈辱かい? それなら、精々僕を楽しませてくれよ」
     ――さあ、遊ぼうか。
     蔦の中踊る雀蜂。回転木馬の如くうねる影、リッパーの残影は赤を映す。
     挑発する様な物言いは勿論時雨本人の性質でもあるだろう。けれど只、真珠を守りたい気持ち。深層の中永遠の世界に繋がれた、そんな信頼と畏怖すら抱く彼女を守ること。それが攻撃手の動きを止めないことに繋がると思ったのだろう。
     清十郎から解き放たれる魔力の塊。次いで劈く勢いで放つ鋏の様な水晶。一度は回復に手を止めさせたものの。時雨に集中し、狙ってくる。
     何故自分ばっかり――清十郎はそんな自分に降りかかった理不尽を、時雨へと突きつける。やり過ぎたと思うか、当り前に受けて立つのか――火を付けた時雨自身は相も変わらず小生意気な顔のまま笑う。ただ、それをみすみすさせておくような灼滅者などいない。
     采は霊犬と目配せだけで心通わす。しなやかに駆けては、その攻撃を受け止め六文銭にて牽制入れ。采は時雨のカミの風の中、まるで天に月の弧を描くが如く暗い闇を滑り、くふり笑って。
     打ち込んだ螺旋の手応え、続く一撃は矧のもの。廻る血の陽炎が如き霞みに彩を綻ばせるのは真珠の放つ光の尾。
    「清十郎さん、このままだと貴方をそう扱った人々のように貴方自身が成り果てるがそれでいいのか? 死んですら誰かに使われる、そんな地獄を作るのか?」
     セレスがエアリアルの繊細な刃で戒めを増やしてジャッジメントレイを誘発させたあと、問う。
    『……此の世の全て無価値じゃ。誰が死んだところで世界は困らん。全てに意味がない。忘却、死、そして同じ事を繰り返す……』
     何をされても所詮は風化してゆくもので価値はない。
     故に、何をしようとたいした問題ではないのだと――。
    「傲慢ね」
     シェリーは、ただ凛とした面持ちのまま。麗しい影の細剣を操りながら云う。
    「つまり庇護という名の元、既に雀達を、踏み潰したのね?」
     愛玩するために。雀を自分に合わせたのだ。自然の摂理を無視して。
    「清十郎さん……」
     セレスは悔しそうに嘴を強く結んだ。榛名は声も出せずただ目を伏せる。
    「もう分からへんようになってはるんやねぇ――なにが大事であったか」
     煙るように芽吹く大樹の陰影を見あげながら、采は歌う様に呟いた。
     たぶん彼は。誇りも何もかも、米粒と一緒に食わせてしまったのだろう。
    「人は社会にとって歯車かもしれへん。せやけど欠けたらえらい寂しいものです」
     シェリーの重厚な杭の衝撃に合わせ、采はしなやかに足を振るう。
     しかし清十郎に付いた炎は小さくなかった。セレスのエアリアルが風を与える様に翻り、爆発的に噴き上がったから。
    『……無価値。忘れられると云うのになぁ……儂も、貴様らも……』
     しわがれた声に反比例する、空気を圧迫させる様な勢いで振るわれた一撃を庇うガゼルのボディに、大きな亀裂が入って。
     尚も果敢に肉薄してくる大胆さを見ながら高明は、
    「アグレッシブ過ぎんだろいくら何でも。腐ってもノーライフキングってか、負けっかよ、そんな自己中な思想によ。今に、この時に、価値があるかないかなんて自分で決めてやらぁ! いくぜ、ガゼル!」
     森の様な書院の中に、浄霊眼に癒しを任せたガゼルの機銃の雨が降る。ナイフを逆手に構え、高明は飛燕の様に低い姿勢で攻め入れば。
     その刃という名の翼は、白骨の脚に漆黒を引く。
     骨の左足が粉々に。そして矧の放つ紅蓮の牙の様な一撃が、その粉砕された欠片すら炎に溶かして。
     清十郎は背中から生やした鋏の様な水晶を地面に突き刺し、体勢を支えながら。
    『やりおるの……』
     ニタリ笑う清十郎へ、時雨はやっぱり傷だらけでも小生意気な顔して、
    「無価値なものに褒められてもね」
     雀蜂の群れに、更にざくざくと装甲を剥がしてやった時雨。けどカウンター、清十郎の手から迸る気の塊に意識奪われ。
    「大勢の中の一人、米粒のひとつ。会社にとって、世界にとって、あなたがそうだったとしても。本当にそうしてしまったのは、あなた自身でしょう」
     それに甘んじた諦めの末の逆恨みであると、真珠は言いたげに。
    「価値が無いと謳うあなたに、私なら屈辱なる価値を与えて差し上げられますわ。私たちに打ち取られたダークネスとして、私が覚えていて差し上げます」
     ――ですから、安心なさい。
     清十郎のセイクリッドクロスの衝撃をはねのける様に、手から溢れる光が傷を癒し支える。
     超然と。
     淡々と。
     時雨の鮮血を見ようとも、整った微笑は崩れることはないまま。癒しの光と、闇と結ぶ契約を以て。
    「もうこれで仕舞いにしましょ」
     采が舞う。シェリー放つ彗星の様な拳の舞いに、合わせる様に星屑を爪先に灯しながら。
     閃く輝きの中、榛名は断罪輪握りしめ。そして渾身の力を以て、空を割るかの如く。
    「お餅は、お米一粒残さず練られ作られるものなのです。あなたの人生は無駄なものではなかったと……」

     ――それだけは。

     断罪輪を振り抜いた状態のまま、榛名は呟いた。

    ●無
    「心残りは、ありませんか?」
     得物を収める矧が、そっと清十郎に問うけれど。
    『……そんなものに、意味もないじゃけぇ』
     慈悲さえ無価値であると言いたげに笑いながら、清十郎は米粒よりも価値の無い塵芥へとなって消えてゆく。
    「誰かがその生き方を見ていても本人が意識できなければ……哀しいな」
     貴方を見ていた雀さえも裏切ってしまった――そんな意識の変質は、どうにもならないとセレスは分かっていても。
     切なく、悲しかった。
     だからせめて安らかな眠りを――セレスはそっと冥福を祈った。

    作者:那珂川未来 重傷:愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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