膝枕夢枕

    作者:夕狩こあら

    「年度末って年末より忙しいと思わないか?」
    「あぁ、疲れるよな……」
     がっくりと肩を落としたサラリーマン達が、ビジネス街を抜けて駅に向かう。
     途中にある歓楽街を歩く二人は、飲みに行く元気もカラオケに行く体力もなく、眩い光をぼんやりと眺めるだけで、
    「本当に疲れた……疲れて死にそう……」
     交差点で信号待ちをする一時さえ、電柱に身体を預けて深~い溜息。
    「ああああ疲れた疲れた癒されたいいいい」
     一人が電柱に額をゴリゴリと押し付ければ、もう一人は驚き慌ててその身を剥し、
    「おい、この辺であんまり疲れた疲れた言うなよ」
    「何で」
     やけに固い低音が喧噪に染む。
    「疲れた人を癒そうと膝枕に誘う奴が居るって、ここいらじゃ有名な話だぞ」
    「最高じゃないか」
     額を汚した男は、ビル壁を覆い尽くす数多のマッサージ店の看板を見渡すが、同僚の顔は険しい儘で。
    「どっこい、そいつは太腿ムッキムキのオネエだ」
    「最悪じゃないか!」
     吐き気を催した男が電柱に向かって暴言を吐く。
    「……大丈夫ですか?」
     そこへ心配そうに声を掛けた城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は、丁度ボイストレーニングの帰りであったのだが、
    「その噂、詳しく聞かせて貰えませんか?」
     それが怪しい都市伝説と邂逅する、災いの予兆であった――。

    「疲れている所に優しく声を掛け、個人経営のお店へ誘い……」
     佳声は優しく。
    「丁寧に耳かきマッサージしてくれると思いきや、その膝枕は固く逞しく……」
    「あ、怖い怖い」
    「瞼を開ければ、筋肉質のオネエさんががっつり頭を掴んで離さない……!」
    「ガチで怖ェーやつじゃん」
    「――というのが、聞き込み調査で分かった都市伝説像です」
     自身が書いたメモを読み上げ、千波耶が漸う視線を戻せば、集まった仲間達は苦々しい表情を見せたり、頭を抱えたり、或いは「そんな奴は絶対許さない」と拳を固めたりと色々だ。
    「これ、お店があるらしいのだけれど、場所までは分かってなくて」
    「……誰かが囮になって連れ込まれるしかない?」
    「かもしれません」
     うわぁ、と声が揃ったのは歓喜でないのは確かだ。
    「店の規模が分からない上に、敵の戦力も不明な以上、何が起きても対応できる精神力が必要ね」
    「こっちが死ぬ前に灼滅するだけだ」
     覚悟をキメろ――と、一同は頷きを合わせ、夜の歓楽街へと影を融かした。


    参加者
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    青和・イチ(藍色夜灯・d08927)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)
    羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)
     

    ■リプレイ


     街の喧騒が嘆息を押し流し、夜の光彩が倦怠を掻き消す。
     四隅の信号が青に替わるや、スクランブル交差点を覆い尽くす黒叢は大河の如く――やや身を傾けながらも白線に留まる杭が、殺伐たる奔流を分けていた。
    「テスト勉強の徹夜疲れ、抜けない……」
     青和・イチ(藍色夜灯・d08927)である。
     彼は俯きがちに鼻筋を抑えつつ、草臥れた表情を見せると、
    「しかも今、花粉キツくて、すごい衰弱してる……もう、ぐったり…」
     その困憊に共鳴するように、北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)が溜息を重ねた。
    「最近、季節の変わり目なのか疲れが取れなくってさぁ」
     我が身の所労を痛感するか、眉根を寄せた麗貌は花瞼をしっとりと閉じ、
    「ネンドマツってーの? 周りも結構慌ただしいし、マジ癒しが欲しいわ」
     語尾に近付くにつれ胸臆を覗かせる――こちらも相当の疲労度。
     傍らの信号柱に痩身を預けていた一・葉(デッドロック・d02409)は、横断を急かす青の明滅をぼんやりと眺めつつ、
    「俺、疲れることってあんまねぇんだけど。今なんかすげー憑かれたきぶんだわー」
     憑かれた。
     そう言ちるも億劫そうに、またも堰を為し始める雑踏に吐息を混ぜた。
    「お前らマジ疲れ貯まってんのな」
     そこへ現れたのは、万事・錠(ハートロッカー・d01615)――蝉騒を擦り抜けた長躯は、ビル間より吹き注ぐ夜風に首を竦め、
    「……まァ俺も、誰かに甘えたい気分っつーか」
     と、足早に過ぎる人波を見渡す。
    「あー俺等を纏めて癒してくれる場所はねェもんかなァ!」
     深き嘆声は、姦しい液晶広告に、喧囂に、或いは跫音に呑まれる処であったが、それを拾う影は確かに形を成して――、
    「ハイ、ボーイズ……そのカラダ、癒してア・ゲ・ル♪」
     四人の男の腕を、仄暗い小路に引き込んだのだった……(語り・城守千波耶)。

    「――という事で、接触は成功したようです」
     交差点の角にあるコーヒーショップ、その二階で仔細を見届けた城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が硝子越しのアフレコを終えると、
    「男子の皆はん、おきばりやす……生きて帰ってくるんやで……」
    「どうか、生きて。ファイト」
     羽二重・まり花(恋待ち夜雀・d33326)は着物の袖にほろり涕涙を隠しつつ、白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)はそっと十字を切って仲間の生還を祈った。
     闇との邂逅を目確した女子ーズは、卓に置いた移動端末の位置情報共有アプリに視線を集め、漸う移動する彼等と、その腕を引く都市伝説の行き先を探る。
     件の店を突き止めるに、周到な手配をした一同は何も焦る必要はなく、
    「……注文の仕方が分からなくて、時間が掛かってしまったわ」
     やっとトレイを持ってきた槇南・マキノ(仏像・dn0245)が、ゆっくり飲み終えるのを待っても支障はなかろう(えっ)。
    「まずはイケニ……オトリが、膝枕、されないと、ね」
    「敵が耳かきに十分に集中した所で乗り込まんとなぁ」
     こくりホットを飲みつつ、絶好の時宜を図る花達は果たして冷静か冷徹か――否、
    「大丈夫。軽音部のメンズはとっても強いから」
     其は信頼の証であろう。
     じわじわと移動する点を瞳に追った四人は、身体を十分に温め、鋭気を養った上で尾行に乗り出した。


     さて、覚悟をキメて死地に赴いたメンズは、眼前の惨事に瞳の光彩を失っていた。
    「イチきゅんは、ア・タ・シ……『ニマチ』が担当させて貰いまスゥ♪」
     敵数が。
    「葉月きゅんは絶ッ対ッ、『シマチ』のお膝だからネ♪」
     敵数が。
    「葉きゅんは『ミマチ』とこっち♪」
     敵数が。
    「錠きゅんは『イマチ』の担当よ~♪」
     なんということだ。
     四体の精悍に拉致られた彼等は、各々の個室に連行され、サービス(拷問)タイム。
    「んふ♪ 初心な感じの男の子で安心しちゃった~♪」
    「ヒィ……」
     膝枕に年頃男子相応の夢を抱いていたイチは、人生二人目の膝枕が超筋肉のオネェさんという現況に地獄を見つつ(因みに一人目は母親)、身体を強張らせて耳かかれ中。
    「んふ、緊張してるのね♪」
    (「何とか耐え……耐えられるかな……耐え……」)
     いかん、白目だ。
     隣の壁から漏れる悲鳴も恐怖を呼び、

     ――ここに来て言うのもどうかと思ったけどよ。実は俺、すげー耳ダメなんだわ……。
     ――そんな事を聞いちゃったら、攻めたくなるわぁ♪
     ――マジやばいマジこわい……ギャー!

    (「……ダメだ。想像したら俺が死ぬ」)
     阿鼻叫喚を耳に、カッチカチの大腿四頭筋に枕される葉月は耐える、耐える、耐える!
    「重くないから力を抜いて、アタシに全てを預けて頂戴♪」
    「……くっ」
    「リラックスよ~♪」
     鉄塊かと思うほど硬い膝枕は針の莚で、レンガに寝た方が余程マシ。
     彼の意識を繋ぐは、救援隊こと女子ーズの介入のみだが、こんな時に限って時計の針はゆっくりと――苦行を強いる。
     逆に時を稼がんとする錠はフレンドリーに、
    「お姉さんこの店長いの?」
    「んふ♪ お姉さんだなんて、嬉しいわ~♪」
     マッチョにもオネエにも耳かきにも抵抗がないというのか、会話を弾ませている!
    「膝上にクッションあるといいかもな。その方がお姉さんも疲れねェっしょ?」
    「んまぁ、優しいのね♪ スキになっちゃう♪」
     絆されたのは敵の方か、続く科白にも嬉々と答え、
    「今の時間って他に客居たりする?」
    「貴方達の後に来たリーマンだけね~♪」
     さり気無い会話は情報として、待機組の端末に送られていた。

    「待合に男性一名……マキノン、突入後すぐに避難誘導をお願い」
    「了解。これ以上の犠牲は出させないわ」
     既に闇纏いにて店舗周辺の地理を把握した千波耶が、踏み込みやすい位置を確保した上で初動を指示する。
     傍らの仏像がコクリ頷肯いた時、手に持ったスマートフォンがプルプルと震え、
    「あ、葉くんからメール」
    「チハヤ、みせて」
     画面に落とされる鳶色の瞳に続き、ひょこりと覗いた青瞳が文字を辿った。

     ――たすけて。

    「ヨウが、すごい、ひっし」
    「……レアだわこれ。保存版にしよっと」
     背伸びしていた夜奈が思わず吹き出す中、液晶を滑る細指は素早く『保護』。
     つられて紫瞳を注いだまり花は、
    「……ひらがな四文字に魂が刻まれて……おいたわしや」
     今にも消えそうな命の蝋燭に憐憫を隠せず。
     救助信号を突入の合図と受け取った四人は、狭隘の路地を疾風と駆け抜けた。


    「やめてコワイ! コワイ! コワイ!! くぁwせdrftgyふじこlp」
    「んふ~♪ 葉きゅんったら敏感ね~♪」
     もう限界。
     贄がまさに贄とならん時、薄闇に掛かる暖簾をすり抜け、艶やかな声が怪を語ろうた。
    「さぁさ、想像してみんしゃい……あんさんの耳元ではぁはぁと囁く男臭い吐息と、脂ぎった膝の感触を……」
    「――誰ッ?」
     雑霊の騒めきにミマチが顔を上げる。
     見れば三味線「艶歌高吟」に幽玄を紡ぐまり花の隣、【Silencer】を手に翻った千波耶が漂うアロマを裂いて侵入し、
    「ちょっとあの、囮にしといて何だけど」
    「ココは立入禁止……んぎゃー!!」
     膨大な魔力を解き放った。
    「わたし以外の人に膝枕されてんの見るのちょっとムカつく」
     続く言は凄まじい爆音に掻き消された様だが、烈風に銀糸の髪を梳らせた夜奈は聡い耳にその嫉妬を捉えた後、全ての音を軍庭に囲繞した。
    「助けに、きた、わ」
     清冽を覚醒した煌星が救援を告ぐ。
     すると、須臾――両隣の壁が轟音と共に破壊され、
    「もう、無理……癒されない……癒されないよ……」
     心を石と化したイチは土煙を背に、
    「色々と大切なもんを失いそうな……いや、もう失ったような……」
     憔悴しきった葉月は砂塵を潜って現れ――四隅まで微塵と砕いた衝撃の程は、二人の労苦と忍耐を示すよう。
     そして間もなく、最奥の壁が波動を衝き上げて粉砕されれば、吹き荒れる風塵に瞳を細めた錠が合流し、
    「お、四部屋も繋げば流石に広いな」
     戦闘に支障なしと靨笑すれば、彼等を灼滅者と知った筋肉らが眦を吊り上げる。
    「まさか、アナタ達……純情なフリして騙したのね!」
    「もしかしてアタシ等、弄ばれたって事!?」
     ぎゃあぎゃあ。
    「いやーん、悪い男に捕まっちゃったのよォ!」
    「女の子まで連れ込まれて、屈辱だわ!」
     ぎゃいぎゃい。
     互いに傷心を訴えた筋肉らは、一頻り騒いだ後に首肯を合わせると、
    「乙女の制裁いぃぃうううおお嗚嗚!!」
    「どおりゃああああ!!」
     接客用の和服より諸膚を出し、海嘯の如く吶喊した。

     超筋肉の驀進を前に布陣を整える軽音部の面子達――そのポジションに実情が滲み出るのも仕方ない。
    「コレで秘孔を突いたら癒されるからァ!」
    「謹んで、お断り、します」
     キャスターに据わるイチは、驚異の回避力で耳かき真拳・梵天衝きを躱し、相棒くろ丸を楯に壁にと貞操を死守。
    「前に、出たく、ない」
     超筋肉の強引オネェという未知の生物に戦慄した夜奈は、スナイパーの位置から精緻に冴撃を射るや、ウォール・ジェードゥシカにササッと隠れる賢者の戦術。
    「葉きゅん、そのオンナ誰なのよぉぉぉおお!!」
     ドス黒い妬嫉を纏って迫る魁偉には、錠が身代わりに差し出され、
    「俺ピンク専用の肉盾じゃねェから!」
     警戒を敷く標識に尻ごと叩き出されたスケープゴートも、そうは言うもの、
    「でもまァ、仕方ねェかな……」
     ちょっと嬉しそう。
     相棒を供犠した本人は、両者の角逐の脇より強い拒絶を示しつつ、
    「癒やしが欲しいとは言ったが、こんな斜め上に突き抜けた癒やしなんかいらねぇよ」
     己が撒いた種に水を与えた悪戯な恋人、ちーたんにデコピンの刑を言い渡す。
     之にサッと額を隠した千波耶は、引責の念か積極的に敵を引き付け、
    「疲れた人を放っておけないなんて立派だけど、こんなやり方でホントに皆癒されてる?」
    「癒されてるわよ! そうに決まってる!」
    「押し付け良くない!」
     但し、膝枕を強要してくる敵には、持参した枕を投擲して難を逃れる策士。
     中々横臥せぬ一同に敵も焦れたか、
    「もー! お膝に寝なさいよお嗚嗚ッ!」
     屈強なる腕を迫り出し、頭を鷲摑みにしてでも太腿に迎えんとする。
     葉月は怒れるミマチを迎撃し、
    「オネェが悪いとは言わないが、こういうのって、もうちょっと柔らかい感じの女の子か、癒し系のご婦人がやるもんだろ」
    「まんまアタシでしょおおおお!!」
     その白皙、右の頬に一筋の血創を許す代わり、【Belief】の切先に肩を貫けば、逆側より進撃するニマチには、まり花の鶯舌が抗った。
    「癒されたくないのぉお!? 膝枕って究極の癒しでしょおお!?」
    「人を癒すは歌も同じどす。あんさんの心も歌で癒させて貰いましょ」
     桜脣が紡ぐは子守唄の如き優しい音色で、避難誘導を終えて戻ったマキノは、戦場に満つ柔かな旋律に思わず綻ぶ。
    「私も頑張って援護するわ」
     蓋し。
     先に回復役として支援に当たっていたりんずに声を掛けた彼女は、刻下、己が足元より影を飲み込む闇黒に、ぞくり震えて振り向くと……、
    「女の子も癒してあげよう」(イケボ)
    「店長!」
     新たなる敵――ぽってりおっさん『コマチ』の耳フーに入滅した。


     イマチ、ニマチ、ミマチ、シマチ……そして、コマチ。
     都市伝説『耳かきコマチ』とは、コマチを店長としたスタッフで構成された闇であったと――気付いた時には石仏が一体。
    「マキノはん、しっかり!」
    「にゃご!」
     軽音部の面子と親しみ、イケボには慣れている筈のマキノが耳フーで石化し、その脅威に唇を噛んだまり花が、百鬼夜行に距離を取らせる。
    「……なんて(生理的に)怖ろしい都市伝説……」
     千波耶が悪寒を走らせれば、老紳士ジェードゥシカが楯と踏み出で、迫る耳かきに杖を交差して守る――これは惚れるしかない。
    「まさかのイケボのおっさん……。あ、白星さん、すごい怖がってる……」
    「わふっ」
     イチは足止めに巨杭を弾き、くろ丸は弾幕に牽制を敷くが、圧倒的包容力(ぽっちゃり)に衝撃を吸収した敵は、震える可憐に向かってずんずん進む。
    「……疲れているようだね」(イケボ)
    「ヤナ、全然つかれてない、つかれてないこないでおねがいひぇっ」
     善意が見えるのは山々で、怖がっては可哀想だと胸も痛むが、恐怖には敵わない。
     半泣きで錠の背に隠れた夜奈は、「ごめん、やだ」と言い残して縮こまり、
    「――ウチのラブリーヤナたんを泣かしてんじゃねェよ」
     花一輪を隠した緑瞳は、ここに雷光を迸らせる。
     冷たいハスキーボイスは【St. PETER】を翻して弾力を斬り裂き、彼の瞋恚に反応した葉月と葉が、間断を許さず連撃を叩き込む。
    「ふんわり肉厚のおっさん……需要が皆目見当たらねーんだけど」
    「癒されたいのは何もヤローばっかりじゃない。俺としてはドローだ」
     星降る如く煌ける蹴撃が墜下すれば、身を低く地を疾走る拳打は魁偉を折り曲げ。
    「ふんぐおおお嗚嗚!!」(イケボ)
    「きゃああっ店長が!」
     雄々しい声が裂帛の悲鳴を裂くが最後、感情の絆が一同を繋ぎ、至妙のコンビネーションが一気に終焉を引き寄せた。
    「膝枕って、絶対的に優しくて、柔らかなイメージなのに……」
    「何が悲しくてガチムチオネェなんだよ……ニッチ過ぎんだろ……」
     敵の布陣を切り崩すは、既に端整をドンヨリ曇らせた二人。
     イチは飛び掛るマッスルを昏き黒影に邀撃し、葉月は闇にもがく精悍を猛炎に飲む。
     凄絶なる漆黒と赫灼が渦を為す中、まり花は空に轟々たる羽撃きを呼び、
    「ほぅら、夜雀はんも歌いたがってはる。お耳かっぽじってお聞きんしゃい、凄艶の囀りを!」
    「いいいやぁぁぁあああ!!」
     筋肉の塊が転輾ち、悶え、擦り切れる。
     錠はそっと背の可憐に囁き、
    「ヤナ、出られるか?」
     コクリ頷いた凛然は、先導する蠍の尾に続いて、灼罪の光条を弾いた。
    「疲れてるひとを、いやすのは、とてもいいと思う、けど。ぜんいのおしつけは、よくない」
    「んぎゃああーッ!!」
     目を見て、思いの儘を伝える。
    「酷いいいいっ、残酷よおおおお!」
     強靭なる筋肉が痛撃に蠢けば、葉と千波耶、比翼の鳥が空を駆り、
    「お前らちゃんと役所から営業許可取ってんだろうなあ!?」
    「迷惑営業は、わたし達が厳然と取り締まります!」
     共に閃くは正義の鉄拳。
     地に降り立って連理の枝を為した二人は、此度の厄災の責を取った――。


    「……もう、ぐったり……」
     イチの溜息は、冒頭に見た様な演技ではない。
     肺腑から出る吐息に首肯を添えた夜奈もゲンナリと、
    「戦闘じゃない、なにかに、ものすごく、つかれた……」
     壮絶な持久戦、消耗戦であったと畳に座り込む。
     すっかりしおれた花を労いに撫でた千波耶はというと、
    「全員守るつもりで頑張ったけど……あんまり庇えなかったかも、ごめーん」
     てへぺろ☆
     情報端末を駆使した序盤といい、その笑顔にタタリガミ的な何かを感じ取った者は少なくない。
    「ちーたんちょっとちょっと」
     彼女を手招きして呼んだ葉は、宙を泳ぐ指に「ここ座って」と示して、
    「でこぴんの代わりにこれで勘弁してやらあ」
     今度は本当に柔らかく温かい、非マッチョな膝枕で休憩(ぐてーん)。
     逆の手に握られたスマホは、戦闘中に●RECした半泣きヤナたんの動画を再生し、至極満足を得て寝転がっている。
    「ヨウ、それなに」
     三秒後のシーンは、リプレイではカットせざるを得ないのが残念だ。

     ――しばらくおまちください――。

     さて、石化した仏像がりんずの回復に息を吹き返し、くろ丸もまた仲間の創痍を癒して回れば、疲れ果てた一同も漸く安堵を得よう。
    「心の傷まで癒してあげて……そしたら、戻ってきて……」
     イチは己が元にすり寄った相棒をモフモフして心の平穏を取り戻し、千波耶の膝で安らかに(意味深)横たわる葉を眺めたまり花は、苦笑を零しつつ口を開く。
    「せやけど、耳かきで癒しって、分かる気がしますぇ」
     ほう、と吐息した凄艶は瞳を閉じ、
    「うちも、石鹸の香りが仄かに香る着物姿のおなごに膝枕してほしいわぁ……」
     ――鈴の様な声で心を潤して欲しい。
     瞼の裏に極上の景を映した彼女の隣では、葉月が深~い嘆声を滲ませ、
    「俺はどうせ膝枕してもらうんなら、恋人にしてもらいてーなぁ……」
     何を間違って筋肉の俎に頭を預けたのか――片耳に残る苦行の名残を払うべく、彼は白金の艶髪をクシャリと掻いた。
     錠は様々な表情を見せる仲間達に朗笑すると、
    「祝勝会にカラオケとかどーよ? 俺等にとって最高の癒しは、やっぱ音楽っしょ」
     窓の外、眠らぬ街を絢爛に飾る店の看板を示す。
     微かに漏れる重低音、歓声に顔を持ち上げた一同は、暫し見つめ合った後……疲弊した筈の身体を雄渾と起こした。

     斯くして歓楽街に潜む凶邪を灼滅し、心身病みがちな現代人を魔の手から救った一同は、代わりに負うた鬱憤を晴らすべく、カラオケボックスに向かったという。
     戦闘では損耗こそすれ、一縷の報酬も得なかった彼等だが、稀に見る高得点を叩き出して『戦跡』を刻んだ事が、少しの気晴らしになったかもしれない――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月6日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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