或る閉ざされた嵐の山荘殺人事件的ななにか

    作者:日暮ひかり

    ●scene
    「うわァァーーーーーーーーー!!!」
     外の嵐を切るような絶叫が朝食中の山荘にこだました。食堂に集まっていた客たちはぴたりと手を止め、一様に肩を震わす。
    「今の悲鳴は……綾敷様!?」
    「もう嫌! 来るんじゃなかった! 私たち、このまま皆殺しにされるのよ!」
    「こんな所にいられるか! 俺は部屋に帰るぜ!」
    「お、落ち着いて下さいお客様。……今、部屋を見てきます」
     パニック状態に陥る客たちを諌め、女オーナーのミス・リードが、客室のマスターキーを手に走った。
     
     ここはとある山奥のペンション「風蛇日屠(ふうだにっと)」。
     その宿泊客の一人であった比嘉石矢が、刺殺体で発見されたのが昨夜のこと。
     直前に比嘉と口論になっていたところを見た、という他の宿泊客の証言から、友人の綾敷仁を容疑者として拘束し、密室に閉じ込めておいたのだった。
     しかし。リードが部屋の鍵を開けると――そこには、同じように胸を刺され、ベッドに縛られたまま絶命している綾敷の死体が。
    「そんな馬鹿な……ここは完全な密室だったはず! それに昨日から唐突に続くものすごい雷雨……ここに来る途中にある吊り橋が落雷と突風で運悪く壊れて、部外者の侵入は一切できないのに! そしてキーの保管場所を知っているのは私だけ……はっ。まさか。犯人は――」
     すごい説明台詞を吐きながらピンときてしまったリードの後ろから、何者かの気配が忍び寄る。
    「ふ、ふふ。遂に現れたんだわ。この山荘に眠る、伝説の『あの御方』が……!」
     ――惨劇は、止まらない。
     凶刃は振り下ろされた。第三の被害者となったリードの悲鳴が、嵐の山荘に響く。
     数日後、ようやく救助隊が駆け付けた時、そこに生存者の姿はなかったという……。
     
    ●warning?――偶然にも放課後の教室に集まったオレ達は
    「闇深き嵐の山中、交錯し合うは心の迷宮(ラビリンス)。真実の扉は、鮮血の楔で閉ざされた。どうやら門を開放する時が来たようだ……この俺の全脳計算域(エクスマトリックス)が、唯一の真実を今導き出す!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は今日も何だか妙に楽しそうに見える。
     しかし、事はわりと深刻であるらしい。
    「そう。そのペンション風蛇日屠には、昔からある都市伝説の噂があった。その名も……『真犯人』」
    「真犯人……」
     そのまんまだなオイという灼滅者たちの目線を軽く躱し、ヤマトは解説を続ける。
    「奴は――世のなんちゃってミステリ通たちが交わしあう驕りと妄想が凝り固まって生まれた哀しき復讐者」
    「何に復讐してるんだ?」
    「知らん。『殺人事件が起きそうなシチュエーションになるとテンションが上がって、ついうっかり殺人しちゃう』ようだが」
    「迷惑だな!」
     どっちかというと無差別殺人犯であった。
     まァそんな設定の矛盾はそっとしといてやろうぜと、ヤマトが諭すように語りかけ、続ける。
     
    「噂に胸をときめかせて山荘を買い上げたのが、オーナーのミス・リードっつー女なんだが。幸いにも今まで殺人事件が起きそうな雰囲気になる機会が全くなかった。だが……次の休みの晩に大きな嵐が襲ってきて、そのせいで山荘が孤立してしまうのさ。そこから『真犯人』による連続殺人が始まる」
     確かに殺人事件が起きがちな状況ではあった。
     
    「そこでだ。お前達は、吊り橋が落ちる前の午前中に宿泊客として山荘に向かって欲しい。設定はそうだな……武蔵坂山岳クラブの合宿に来たメンバーでどうだ!?」
    「どうだ!? と言われても」
     他人事だと思って何だかうきうきしている気がするヤマトだが、実際死にに行けと言っているようなものである。
    「死の運命すら覆すのがお前達灼滅者。それにバベルの鎖だってある」
    「いや都市伝説だからバベルの鎖効かないんじゃ……」
    「いいか。到着日の夕食中に、宿泊客の綾敷と比嘉が金の貸し借りの事で揉める。その後一人で個室に戻った比嘉を『真犯人』が殺してしまうんだ。それが悲劇の引き金になる」
     まずは、それにどう対処するか。いつ、どうやって『真犯人』をおびき寄せるか。一般人をどうするか。
    「重要なのはお前達個々のキャラ設定と、立ち回り方だな。起こせ。それっぽく配役して、清く正しい立派な殺人事件を!」
     出現さえさせてしまえば、『真犯人』自体は大した脅威ではないという。
     遠い目をしている灼滅者たちを見まわすと、ヤマトは教室に差し込む夕日を眺めながら、ぼそりと呟く。
    「くッ…可能なら俺も全脳計算域探偵ヤマトとして同行したかったが」
     そうですか。
    「ゆくんだ。迷宮の扉を開く鍵は、既にお前達の手中にある!」
     今回もヤマトさんは強引に締めた。


    参加者
    雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)
    八坂・千鶴(まひるのみかづき・d00751)
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    朱玉・蓮奈(中学生ダンピール・d01227)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    アイリス・シャノン(春色アンダンテ・d02408)
    牧野・茉絢(眠り魔神薙使い・d05538)

    ■リプレイ

    ●1章
     『風蛇日屠』を訪れた武蔵坂学園山岳部の一行を、ミス・リードはにこやかに出迎えた。
     クリームシチューに自家製バケット、温サラダのあたたかな昼食。
     極秘任務のことも忘れかけ、学生達はロビーで暫し談笑にふける。

     ――この時、まだ僕達は思ってもみなかったのです。これからあんな凄惨な事件が幕を開けるなんて――。

     夕刻。
     窓際で犬と遊びながら、八坂・千鶴(まひるのみかづき・d00751)は遠い眼差しで外を見た。
     激しさを増す稲妻と雨だれ。傍らには人形のような愛らしい少女。何かが始まる予感。
     少女――アイリス・シャノン(春色アンダンテ・d02408)がこくりと首を傾げた。
    「千鶴くんどうしたの?」
    「少しそれらしい空気を出してみようかと」
     そこに客の比嘉石矢がやってくる。
    「随分賑やかだね。皆さんはどういった集まりで?」
    「武蔵坂学園山岳部です」
    「そうなの! このピンクの襟巻のコはもちなのよ」
    「わんっ」
    「おや、可愛いね。柴犬かな?」
    「えへへっ。お兄さんは?」
    「俺は比嘉石矢、観光地巡りが趣味さ。今日は友人の綾敷とここへ。寝台列車や特急に乗って遠くへ行く事もあるよ」
    「…………」
     その趣味やめた方が良いんじゃないかなあと2人が何となく思ったその時。
    「金なら返せねーっつってんだろ! 悪ィ電波悪くて聞こえねー。切ンぞ」
     携帯電話を手に、綾敷仁が声を荒げながら階段を下りてきた。集まる学生達の目線。ばつの悪そうな綾敷に、比嘉が眉をひそめ歩みよった。
    「金……? まさかお前、俺以外にも借金が」
    「バレたか。石矢は待ってくれるよなぁ?」
    「お前……!」
     その瞬間、客室のひとつのドアが開き、中から誰か出てきた。
    「なあ、又金貸してくれへん?」
    「また!?」
     大声で口論しているのは斑目・立夏(双頭の烏・d01190)と橘・彩希(殲鈴・d01890)だ。比嘉と綾敷も思わずそちらを向き直る。
    「斑目くん、こんな事言いたくないけれど。貴方いつになったら前に貸したお金を返してくれるのかしら。額も少なくないのよ。こっそり持ち出したのがパパにバレたら……」
    「教頭も娘のおイタは勘忍したってくれはるやろ? 金出来たら返すさかい。もうちょい待ってやー。この通り!」
     合掌し頭を下げる立夏だが、軽薄な笑みには誠実さの欠片も見えない。腕を組み、苦い顔でぎりと唇を結ぶ彩希は若干本気で彼に殺意を覚えているようにも見える。
    「立夏部長、まだ彩希副部長にお金借りてたんだ……」
     雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)がぽつりと呟き、ほうと溜息をついた。
    「ひひっ……もうこの仲良し合宿も今回が最後かもしれませんねぇ。僕も『あの男』が目障りでしてー」
     隣ではいつから居たのかわからない朱玉・蓮奈(中学生ダンピール・d01227)が不穏な笑みを浮かべていた。千鶴を一瞬だけ睨み、腕に抱いた黒猫にねぇアリス? と話しかけ、頭を撫でる。まどろんでいた黒猫は僅かに耳をひくつかせ、目を瞑った。
    「蓮奈ちゃん、またそんな事を!」
    「ひよりさんだって心当たりあるんじゃないですか? 僕には関係ありませんけどねぇ」
    「それは……」
     垣間見える複雑な人間模様。ロビーの隅に去って行った蓮奈を見送ると、ひよりは黙ってしまった比嘉と綾敷に暖かな笑みを向ける。
    「お見苦しい所をごめんなさい。でも、本当はみんな良い人たちで」
     刹那、凄まじい閃光が視界一面を覆い、山荘が震えた。明滅する稲光。同時に轟く雷鳴。めきめきと何かが崩れる音。
    「近い。まさか……吊り橋に雷が!」
     ミス・リードがレインコートを羽織り、血相を変え外に飛び出していく。
    「ふふ……良い雰囲気ねぇワクワクですねぇ~」
     惨劇の予感――。窓際のソファに座り、紅い瞳の少女は空を覆う暗雲を見上げる。
     蓮奈の膝の上で、黒猫がひとつ鳴き声をあげた。

    ●2章
    「それでどうでしたか、管理人さん」
    「駄目。橋が崩壊してる。外部に連絡は取ったのですが、この嵐では当分ヘリは出せないって……けど食料は備えがありますから。一週間位は問題ありませんわ。御飯にしましょう」
     夕食の席で橋の崩落を聞き、客たちは皆不安げな顔を浮かべた。
     中でも牧野・茉絢(眠り魔神薙使い・d05538)は、落ち着かない様子で辺りを見回している。彩希がちらりと目線を送った。
    「牧野さん?」
    「ほーらい丸がおらへんの……。ほーらい丸ー?」
     ほーらい丸とは、確か茉絢のペットの犬の名前だ。
     名前を呼ぶと、小さな足音と共にほーらい丸が姿を現した。何かを咥えている事に気づいた茉絢は首を傾げる。
    「手紙? うちにくれはるん? 何やろか」
     手紙を取り、開いた茉絢の顔色がみるみる真っ青になっていく。立夏が顔をにやつかせ、紙を取り上げた。
    「どないしたん? さてはラブレターかいな? どれどれ……」

     ――神の裁きは武蔵坂山岳クラブの咎人の下に――

     コピー用紙にワープロで書かれた文章。意味ありげな文面。紛れもないアレである。
    「こ、これはまさか……殺人予告!」
     それっぽいアレに興奮を隠せぬリード。その一声で客たちがざわめく。ミルクを飲んでいた黒猫がぴょんと机の上に飛び乗り、さりげなく皿を落とした。
    「さ、皿がひとりでに……不吉だ」
     息を呑む一般客。
    「咎人て……っわ、わいは悪ないで! 金なら返す言うてるやんっ」
     立夏があからさまな動揺を見せた。足元に怪文書を叩きつけられた彩希は、紙を思い切り踏みつけながら彼を睨み返す。
    「私が書いたって言いたいの? 貴方の無責任さにうんざりしてる部員が私だけだと思ってるのかしら」
    「何やて。高慢ちきの女狐が! 裁かれるのはワイやのうてあんたかもしれんで」
     こういう一見小物風の関西弁大男はなにかと死亡率が高く、理由や状況を問わず殺されがちだ。高飛車な令嬢は、仲間の死を見て一通り怯えてから殺される二番手あたりに持ってきてもおいしい。とにかく険悪な二人を千鶴が制した。
    「いいですか、皆さん。今この山荘は陸の孤島と化しているのです。誰が誰に向けこれを書いたのか……それはわからない」
    「わからない? よく言えますねぇ。予告文は実は自作自演……目立ちたいだけじゃないのぉ? 『天才少年探偵』八坂千鶴くん?」
     蓮奈が嫌味な声音で横槍を入れる。探偵が容疑をかけられる展開はままある。
    「怖い顔しないでくださいよー。僕デハアリマセンヨーねぇアリス? あははっ」
    「にゃー」
     そして彼女は、探偵の才能を妬む陰湿な少女。限りなく怪しいが大抵犯人とは無関係で、真相に気づいてしまうところっと死ぬ。よく不吉なペットを連れているが、意味は特にない。
    「あ、あなた、少年探偵なの!?」
     ミス・リードが超食いついた。中指と人差し指で眼鏡をクイッとする、例のポーズで千鶴は言う。
    「ご想像にお任せしますよ。今言える事は唯一つ、全員でロビーや食堂に纏まっていたほうが安全だという事です」
    「うんうん、千鶴くんの言うとおりなの! みんなで集まって同じ所にいるのがいいと思うんだよっ」
     メモを取りながら、千鶴の発言をなぞるアイリスは助手兼ヒロイン的なものだろう。毎回危険な目にあったり、稀に最終回で犯人にされたりはするものの安定のポジションである。
     何か心当たりはないか。千鶴が皆に問う。
    「ほーらい丸。あの手紙、臭いで誰がやったか判らへん?」
     そう言う茉絢はというと、先程から黙っているひよりに分かりやすい疑いの視線を向けていた。この後どや顔で間違った推理を披露しだしそうな発言はある意味危険だ。
    「やめなよ、ほーらい丸ちゃんも困ってるよ。あんな予告文が気になるの? 心にやましいことがあるからだよ」
     先程までのふんわり癒し系オーラはどこへ行ったのだろう。まるい翡翠の瞳を冷たく細め、棘のある言葉を投げるひより。茉絢も負けじと声を大きく張り上げる。
    「やましいって何のことやろか? 言いたい事ハッキリ言われへん人って愛想尽かされ易いゆぅし、先輩も気ぃつけたほうがえぇですよ?」
    「人の彼氏に手を出しておいて、その態度は何? この……泥棒猫ッ! 絶対許さないから!」
    「なら先輩は負け犬やんなぁ」
    「ひどい!」
     ここへ来てまさかの三角関係発覚。勝気な後輩に恋人を取られた、一見可憐で大人しい先輩。ひよりがこの中で一番犯人っぽいのは正直否定できない……皆ひっそりそんな事を思っていた。
     そう。今更だが、これらは全て有志による灼滅者サスペンス劇場だ。
    (「な、なんか学校が休みの時に見た昼ドラみたい。わたし、今すごい嫌な女かもー……茉絢ちゃんごめん、ごめんねっ!」)
     そうは思いながらもぎりぎり歯を食いしばるひよりも、ふんぞり返る茉絢も、普段は素敵な笑顔の女の子。仲のいい部活の先輩後輩だ。だがそうと気づかないリードや客たちは色々大変なことになっていた。
    「キ、キタ……悲劇的展開の予兆よォ」
     ハアハアしているリードの横で、綾敷が比嘉に泣きついている。
    「すまん! 金は真面目に働いて返す……だから許してくれ!」
    「い、いや、あの怪文書書いたの俺じゃないからな?」
     その様子を横目に見ながら、ひよりは密かに安堵する。夕方落雷に紛れさせて放っていた改心の光はどうやら効いていたようだ。
    「悪い。ちょっとトイレに……」
    「なら俺も行く。危ないだろ」
     離席する比嘉と綾敷の後を黒猫が追っていく。
    「ん? 何だコイツ。もしかして心配してくれ……わっ!」
     撫でようとした綾敷が引っ掻かれたのを見て、比嘉が苦笑する。二人は大丈夫そうだが、一方山岳部メンバーはというと。
    「何やねん、どいつもこいつも怪しゅう見えてきよる。ええか、わいは部屋に戻るで。自分の身ぐらい自分で守ったる!」
    「部長!」
     体育会系お馴染みの死亡フラグで立夏が部屋に戻ったのを皮切りに、次々と皆が席を離れ出す。
    「咎人? 莫迦言わないでよ。私には関係ないわ……」
     額を押さえ、彩希が震え声で呟く。
    「ごめんなさい、眩暈がするから部屋で休ませてもらうね。鍵もかけておくし『絶対』大丈夫よ。来ないで、放っておいて頂戴」
     絶対強調したよこの人。あかん。先輩の素晴らしい迷演に内心緊張しつつ、ひよりも続く。
    「ほんと、バカみたい。こんなの悪戯に決まってるよ。『自作自演』……千鶴くん以外にも出来るんじゃない?」
     結構昼ドラ設定気に入ってるんじゃなかろうか。
    「ど、どうしよう千鶴くん」
     おろおろしつつ、アイリスはこっそり誰が被害者になると思う? と千鶴に耳打ちしていた。
    「こういう時はあえて推理しない作戦です」
    「分かんないんだね!」

    ●3章
     ――時ガ、来タヨウダナ。
     どっかで聞いた台詞と共に、その時奴が動いた。
    「にゃー」
     ドアの隙間からするりと入りこんだ黒猫が、『真犯人』の足元で一声鳴いた。
     ――何ダ……? オ前ハ!
    「やっと会えたねー。それじゃ、始めよっか!」
     武骨な片刃鋸を手に、黒服の少女が無邪気に笑う。

    「!? この笛の音……」
    「部長の部屋や!」
    「何かあったの!? 事件!?」
    「リードさんは来ちゃダメっ。ここで皆を守ってほしいの」
     一番死亡フラグが立っていたのは立夏のようだ。ロビーに一般人達を残し、一行は部屋へと急ぐ。
     音を聞いた彩希とひよりも合流した。廊下へ出ると、部屋の中から黒い影が吹っ飛んできた。続いて現れたのは何故か血みどろのアリスエンド・グラスパール(求血鬼・d03503)、そして立夏。
    「立夏くん! 大丈夫?」
    「おおきになアイリス、アリスエンドが庇ってくれはった」
    「あ、みんなー、久しぶりー! 忘れられてるかと思ったー」
     左手で仲間達にぶんぶん手をふり、無邪気ににぱっと笑うアリスエンド。同時に右手の鋸で真犯人を器用にざくざく斬っていたが。怖い。
    「これは……どう見ても真犯人ですねぇ~」
    「うんっ。どう見ても……真犯人なの」
     蓮奈とアイリスが若干呆れ顔で言う。『真犯人』の正体は、何か既視感のある全身黒タイツ的な人影だった。
    「ふふふふ……まぁ良いでしょう。僕の朱月で切り裂いてあげます~♪」
     蓮奈が愛用の解体ナイフを手ににじり寄る。ESPで周囲の音を遮断し、千鶴も刀を構えた。
    「動機の無い連続殺人なんてミステリ物の風上にも置けません。さあ、大人しく殺されてください真犯人……殺人鬼にね」
     殺人鬼多すぎな一行である。刃物所持率が妙に高くても仕方ないね。
     ――キ、貴様、探偵ジャナカッタノカ!
    「探偵じゃなくってっ!」
    「灼滅者や!」
     ひよりの光弾と、茉絢の魔法弾が同時にどーんと真犯人を打ち抜く。そして笑顔でハイタッチ。
    「茉絢ちゃん、またしゃしゃり出る気? あなたは回復でもしてなさいよ」
    「そう言う先輩はクラッシャーに移った方がええんちゃいます?」
     まだ続いてたのその設定。けれど、こんなお遊びも余裕ゆえ。
    「『そういう』状況になったら、殺したくなるって気持ちは分からないではないの。私はやらないけど……そうね。一度貴方が死んでみればいいわ」
     うっすら笑みを浮かべ、彩希は解体ナイフで敵の傷口を抉る。微妙に整合性の取れてない発言が怖い。とにかく実力差と人数で、一行は真犯人を圧殺しまくった。
    「これでお終いかなー。えーい」
    「し、真犯人様!?」
     アリスエンドが鋸をぶん回して真犯人をあっさり惨殺、もとい灼滅した瞬間、耐え切れず追ってきたミス・リードが廊下の端に現れた。自らの血でドレスをどす黒く染めたアリスエンドがぐるりと向き直る。
    「真犯人って、私のことー?」
    「キャアアァァー!!」
     招かれざる12人目の客。血塗れの服。どう見ても凶器な凶器――勘違いされる要素しかなかった。
     悲鳴をあげ気絶したリードの顔は、とても幸せそうだったという。

    ●終章
     それからの数日は平和に過ぎた。
     特筆すべき事と言えば、結局茉絢とひよりの修羅場ごっこはずっと続いていた事と――リードがますます真犯人伝説に傾倒した事だろうか。ある意味夢は守られた。しかし、あの12人目は何処へ消えたのか?
     すっかり晴れた空を見上げ、荷物の確認をしつつ立夏がぶつくさ呟く。
    「腹立つわー。神の裁き言うても結局何も起こらんかったやん……て……あ、ゼゼ落としとる! うおおぉぉ!」
     頭を抱えうなだれる立夏。きちんとオチを用意しておくあたり関西人……では実はないらしいので、彼は律儀な漢だ。
    「帰りの電車賃ぐらい石矢が貸すぜ。なぁ?」
    「お前が言うか」
    「い、今は金ねーし……」
     綾敷と比嘉の友情もとりあえずは平気そうだ。
    「ふふっ……ドキドキしましたぁ。でも無事に終わってよかったですねぇ。アリス?」
    「にゃーん」
     日向で丸くなっていた黒猫を抱き上げ、蓮奈がひっそり笑った。そう、賢明な読者諸君ならお気づきだろう。実はこの黒猫こそが――おや、誰か来たようだ。

    「……?」
    「千鶴くん? どうかしたの?」
    「いえ。今、何となく誰かが死んだ気が」

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 5
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