桜と野良猫とサプライズ

    作者:夏雨

     学園の敷地内を歩いていると、1匹の犬が校舎の影から姿を現した。茶色味を帯びたオレンジの毛並みのシベリアンハスキーがすぐそばまで駆け寄り、人懐こい様子で体をすり寄せてくる。
    「くぅ〜ん……」
     灰色の瞳を向けてしっぽを振る犬の頭をなでてやると、まばたきをするような瞬間にその姿はしゃがみ込む月白・未光(狂想のホリゾンブルー・dn0237)と入れ替わっていた。正確には未光が犬変身を解いたのだが、目の前の認識が音速で覆ったことで勢いよく後ずさる相手に、未光は満面の笑みを向ける。
    「サプライズ(リハーサル)大成功!」
     (リハーサル)を声に出して言う未光に事の次第を尋ねると、
    「ふふふ……もうすぐ例の日が近づいているのだよ!」
     無駄にもったいぶる未光が何のことを話しているのかと思えば、『例の日』というのはエクスブレインの暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)の誕生日らしい。
    「そう! 結人くんの誕生日! サプライズをするために公園に呼び出すことにしてるんだ」
     猫好きでもある結人と多くの野良猫の遭遇スポットになっている公園で待ち合わせ、動物変身を使って何も知らない結人へ近づき、変身を解いて驚かせつつ祝ってやるというのがサプライズの大まかな流れである。
     なぜその事を説明するのかと未光に問えば、「一緒にやろうぜ〜」と馴れ馴れしく肩を組んでくる。
    「まあ、都合が良ければ公園まで来てよ。大人数でやった方が盛り上がるし、結人くんの好きなもふもふは多い方がいいからね」
     丁度今は桜の開花時期でもあり、その公園は花見スポットの1つになっている。満開の桜を見ながら春を満喫できることだろう。

     放課後。結人は未光の誘い通りに駅前で未光を待っていた。
    「遅いな、未光……」
     何も知らない結人は、なかなか現れない未光を待ち続けた。
     サプライズを実行するために公園に先に向かっていた未光は、公園まで向かうように結人のスマホにメッセージを送った。


    ■リプレイ


     しっぽを振りながら公園内を悠々と歩く1匹のシベリアンハスキー。犬変身後の姿で歩く月白・未光は、暮森・結人へのサプライズの計画を胸に秘めて心中でにやついていた。
    (「フフフ……結人くん、どんな反応するか楽しみだなぁ」)
     結人と鉢合わせにならないように気を配る未光は、立木の間を通る小路へと進路をそらす。その時、どこかで鳴いている猫の声が未光の耳に届いた。興味を持って辺りを見回せば、あっという間に子猫の三毛猫が足元へと距離を詰めてきた。
     公園に居ついている野良猫かと思い鼻先を寄せれば、子猫は懐こく足の間を駆け回り、時折「にゃんだばー」という変わった鳴き声を発しながらじゃれついてくる。
     少しの間子猫にまとわりつかれていると、鑢・真理亜が姿を見せた。
    「ごきげんよう、未光様」
     見上げる未光に対し、「サプライズのお手伝いに参りました」と真理亜は言い添える。未光が「わん!」と一吠えして真理亜と挨拶をかわす間にも、やんちゃな子猫は未光の背中によじ登ろうとする。
     真理亜がそっと子猫を抱きかかえると、慣れた様子の子猫は真理亜の腕の中で「にゃ〜、にゃんだばー」と繰り返し泣き続けた。子猫を見つめて首をかしげる未光に気づくと、真理亜は言った。
    「声がおかしいですか? 最近の子猫は面白いですよね」
     何食わぬ顔で言ったものの、真理亜はすぐに子猫の正体がイヴ・ハウディーンであることを明かした。
    「な〜んだ、イヴちゃんだったのか。子猫になってもかわいいねー♪」
     犬変身を解いた未光にそう言われて頭をなでられるイヴは、満更でもなさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
     上機嫌だったイヴだが、真理亜の不穏な動きに気づき、ハッとして真理亜を見上げる。
    「もうひとつ、サプライズのための仕上げをしなくては――」


     桜並木に沿った公園内の道を歩く2人。吉津屋・顕人と散策を楽しむ灯灯姫・ひみかは、桜の花弁がはらはらと舞う様子を眺めながら、
    「何時みても満開の桜というのは美しいですね」
    「桜も見事に咲いているし、今日はとてもいい陽気だな」
     顕人がひみかの一言に応える間にも、植木の影などに複数の野良猫の姿が見え隠れする。
     道を少し外れた木陰の中にはベンチがあり、そこには3匹の猫が陣取って昼寝をしていた。ベンチの上でうとうとする猫たちを見つめる顕人は足を止めると、「……心地よさそうだな」とつぶやき、猫たちの前へと歩み寄っていく。ひみかはまだ桜を眺めていたかったが、進路を変える顕人の跡についていった。
     しゃがみ込んでベンチの下の1匹と目を合わせた顕人は、ひみかの方を顧みる。どことなく憮然とした表情に見えるひみかに気づき、顕人は尋ねた。
    「ひみか君……猫は、好きか?」
    「そう……ですね」
     ひみかが言い淀んでいる最中も、顕人はベンチ下の1匹に手を差し伸べる。丸く見開かれた目で顕人を見つめるが、猫は指先を舐め始めた。
    「……僕には人狼の血が流れているのでな。怖がられはしまいかと思ったが……人に慣れているのだろうか」
     隣りにしゃがむひみかは顕人の真剣な考察を聞いて、「猫も悪くありません」と柔らかい笑みを浮かべた。
    「吉津屋様はお優しいのでそれが分かるのかもしれませんね。人に慣れてるのもありますが、誰にでも近づきはしないでしょう」

    「なんだあのうらやまな状況……! 予想以上にいっぱいいるな」
     猫と触れ合うことを目当てに公園までやって来た結人は、多数の猫に囲まれる顕人とひみかの姿を目にする。
     持参した受け皿に牛乳を注いでやった顕人は、牛乳をねだる猫たちに群がられていた。
    「賑やかなのも楽しいですね」
     懐かれている顕人の様子をひみかは微笑ましげに眺めている。
     「こんちは、お二人さん」と声をかける結人は、かわいい猫たちに心弾ませながら、未光のことを尋ねた。
    「公園で未光……オレンジ髪のバカそうなチャラ男みなかった?」

     植え込みの影から企み顔を覗かせる3匹の視線に、結人は気づいていない。
     シベリアンハスキーの未光を筆頭に、首に赤いスカーフを巻いた黒猫と、耳やしっぽには濃灰色の毛色が混じる赤茶の毛並みの子オオカミ。来たな、計画通りだ。と言いたげな表情をそろえている。
     2匹と顔を見合わせた未光はジェスチャーで何かを伝え、黒猫とオオカミはその場から走り去った。一方で未光は、打ち合わせ通りに待機する真理亜とイヴの元へと向かった。
     首にリボンを巻かれたイヴは、プレゼント用の袋にくるまれて顔だけを出し、真理亜に運ばれている。
     「やめろー。恥ずかしい!」と猫語で抗議するものの、真理亜はイヴを開放してやる素振りなど見せない。
     未光と合流した真理亜は、抵抗を見せるイヴをよそに「準備完了です」と意気込む。
    「せっかくの結人様の誕生日ですからね。最後に恥ずかしくなり逃走しては、サプライズは破綻しますので……」
     プレゼントそのものにされたイヴ猫の姿に、未光も満足そうにしっぽを振り回す。
     イヴの恨みがましい視線が突き刺さったが、未光は計画を実行しようと動き出した。


     満開の桜の景色が広がる公園。暖かい春の陽気が訪れ、心地良い日差しに心も弾む。
    「あ、あの辺りとか、景色も陽当たりも良さそうだよ」
     花守・ましろと八重垣・倭は手作りのおやつを持ち寄り、花見を楽しもうと公園を訪れていた。倭はおやつと一緒に丸々とした大きな猫を抱えていた。白い毛並みに茶色のマダラ模様の『代理』は、超がつくぽっちゃり体型の猫である。
     筋骨たくましい倭は軽々と代理を抱え、ましろが指し示した芝生の上へと向かう。
     レジャーシートを広げた場所に降ろされた代理は、目を薄く開いて早速日向ぼっこに興じている。
     倭と並んで座ったましろは、眼前の桜を見上げながら、
    「桜餅が満開だね~♪」
    「…………桜がな」
     ましろは倭に静かに言い間違いを指摘されたことに気づき、表情を赤らめながら弁明する。
    「さ、桜もいいけど、桜餅も楽しみにしてたんだよ! 倭くんの作ってくれるおやつはいつもおいしいから――」
     倭は花より団子なましろに苦笑しながら、
    「そうか、今回のも上出来だと思うぞ」
     それぞれ違う種類の桜餅を作ってきた2人。『長命寺』と呼ばれる関東風の桜餅と、『道明寺』と呼ばれる関西風の桜餅。
    「わたしのは『道明寺』の桜餅。同じ桜餅でも、比べてみると随分違うんだね」
     ましろの作った道明寺の桜餅は、桜の葉と餅米で餡を包んだもの。倭の作った長命寺は、餅米の代わりに小麦粉で作った皮で餡を包んでいる。
     倭は普通の餡を以外にも桜リキュールを使った餡へのこだわりを言い連ねる。
    「桜餡の方は葉を外した方が桜の花の香りが判りやすいのでお勧めだ」
     倭に続き、ましろも自作の桜餅のこだわりを説明する。
    「あ、あのね、大当たりの桜餅には苺が入ってるんだよ」
    「ほう、苺大福のテイストを組み込んだ訳か……」
     無邪気に笑うましろは、「倭くんのと、どっちが美味しいか勝負だーっ」と言いつつ倭のタッパーから桜餅1つを手に取る。
    「さてさて、苺は当たるかな……?」
     そう言う倭もましろの作った桜餅をつまむ。
     時折風で散る花弁が目の前で踊り、眠りこける代理は倭の膝にもたれかかっている。お互いの桜餅を味わい、のんびりとした花見の時間が過ぎていく。


    「結人様、見せたいものがあるのでついて来てください」
     真理亜は結人の前に姿を見せるなり、広い芝生の場所へと結人を誘い出す。
     真理亜は何かを隠すように後ろ手に持っているのが丸わかりだが、「まだ見てはいけません」と結人に見られないよう懸命に隠し通した。
     公園の中央付近まで連れ出された結人は、どこか落ち着かない様子で真理亜の反応を窺う。そこへ1匹のシベリアンハスキーが、「わん、わん!」と吠えながら駆け寄ってきた。
     初めは身構えた結人だったが、興味深そうに鼻先を寄せてくる人懐こい姿を見るなり、頭を撫でて触れ合い始める。ゆるみ切った笑顔を浮かべて「かわいいー♪」とつぶやく結人。
    「お前、野良にしては綺麗な犬だな……どこから脱走してきたんだ?」
     更に未光と示し合わせていた黒猫とオオカミが結人の元へやって来る。
    「うおっ!? 増えた!」
     予期せぬ出会いに驚く結人に対し、オオカミは「一緒に遊ぼうよ!」という意志を示すようにちょこまかと結人の周りを動き回る。
    「遊んでほしいのか? 見たことない犬種だな」
     結人がオオカミの動きに気を取られていると、黒猫はオオカミにじゃれつくような素振りを見せる。かと思えば、オオカミを踏み台にして宙返りを披露した。
     歓声をあげる結人はすっかり夢中になっているようで、犬猫たちの姿をスマホのカメラに収めようと画面に見入る。
     真理亜の目も気にせず、結人は興奮気味にシャッターを切る。
    「か、かわいいぞー、このもふもふ共め!」
     背後からしゃがむ結人の腕の下へ潜り込むオオカミは、結人になでられて満足そうにしっぽを振る。
     でれでれになっている結人は、仕組まれている状況にあることなど知る由もない。
     オオカミは結人の手からするりと抜け出し、背後へと気配を移動させたが、結人の両脇から伸びた腕は狼のものではなく、ヒマワリの着ぐるみ姿のミカエラ・アプリコットのものだった。オオカミの姿から戻ったミカエラは、背後からしっかりと結人を押さえ込み、にこやかに祝いの言葉を伝える。
    「 はっぴ~ばすで~っ♪」
     ミカエラに顔を覗き込まれた結人は、唐突過ぎる出現に驚愕して――、
    「うぇわああああああ!?」
     素っ頓狂な調子で叫びながら勢い良く後ずさる。
     結人の反応に対し笑うひまわり、もといミカエラは、
    「あはははは! ね、びっくりした? びっくりした?? 動物もいいけど、着ぐるみもいいでしょ?」
     結人の足元でにゃあにゃあ鳴いている黒猫に目配せすると、黒猫はまた宙返りをする態勢に移る。次に地面に着地した瞬間、黒猫の姿は文月・直哉にすり変わっていた。
    「 にゃふふ、どんなもんだい♪」
     赤いスカーフを首に巻いたクロネコの着ぐるみ姿の直哉は、真っ白になった頭を抱える結人の前でドヤ顔で胸を張る。そして、直哉自身の背中に書かれた 『結人、誕生日おめでとう!』の文字をばばーん!と披露する両脇をミカエラと未光が固め、「おめでとうー!」と声を合わせる。
    「え、な……、な……!?」
     驚けばいいのか喜べばいいのか、感情が入り乱れる結人の表情。
    「ハイ、これプレゼント♪」
     ミカエラが差し出したプレゼントは、着ぐるみ風の兎耳パーカー。パーカーを受け取った結人はサプライズの意図を理解しつつ、
    「あ、ありがとう……いやー、すっかり騙されたわ」
     笑って済ませていた結人だが、未光と目を合わせた途端に胸倉をつかみあげ、怒りをぶつける。
    「だましやがったな、コノヤロー!」
    「ええええええ!? なんで俺だけ!?」
     理不尽な態度にも見えたが、未光は持ち前のポジティブさで切り返す。
    「素直にうれしいって言えばいいのにー。まったく結人くんはツンデレなんだからー」
     否定できない結人は閉口し、その様子を見たミカエラや直哉は安堵する。
    「なーんだ、照れ隠しかー」
    「にゃふー! それならよかった、大成功だね!」
    「ツ、ツンデレじゃねえ!」
     結人の態度を見ておろおろしていた真理亜の隙をついて、イヴは袋の中から抜け出して結人の元へ駆け寄った。足元までやって来た子猫の存在に気づいた結人は、子猫の愛らしさに諸々の怒りが吹き飛ぶほど釘付けになる。
    「か、かーわーいー!」
    「この子を結人様に会わせたくて連れてきました。名前はイヴというんですよ」
     子猫のことを説明する体で話をする真理亜だが、聞き慣れた『イヴ』という名前に引っかかる結人。
     子猫はすばやく真理亜の後ろへ隠れてしまうが、次に真理亜の影から現れたのは変身を解いたイヴだった。
    「ゆ、結人先輩……!」
     イヴは恥ずかしさと緊張で表情を引きつらせながらも、包装された小さな箱を結人に手渡す。
    「お誕生日おめでとう……えっと、万年筆だ」
    「イヴ……ありがとう」
     照れ臭そうにしながらも感謝の気持ちを伝える結人。未光は2人の雰囲気など意に介さず、「俺からもあるよ!」と結人の手に手作り感満載の「もふもふ券」なるものを握らせた。
    「これで犬の俺を好きなだけもふれるよ! 癒やされていいよ!」
    「なんでお前は小学生よりガキなんだ!」
    「もふもふ券……わたしは欲しいです」
     未光犬と触れ合いたいと目論んでいた真理亜はそっとつぶやいた。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月29日
    難度:簡単
    参加:8人
    結果:成功!
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