守れ伝統、受け継げ血統! 決戦ばん馬浪漫!

    作者:那珂川未来

     もう十日もしたら雪でも降るんじゃないのと思わせるユキムシ飛ぶ北の大地北海道十勝平野のど真ん中に存在する帯広市の片隅に、ランニングに腰のあたりで袖を縛って固定してオーバーオールを身にまとい、頭に手ぬぐい無精ひげ、くわえ煙草と何故か鎖の付いた鉄製のそりを引くオヤジが現れた。 
    「不憫さなぁ、友よ……」
     広大な十勝平野の青空を遠い目で見上げていたが、
    「とうとうばんえい競馬場もこの帯広市ただ一つよ」
     不意に振り返れば、体格のいいオヤジすら子供に見えてしまうほど大きな馬が二頭。
     その馬の名を、ばん馬。ばんえい種と呼ばれる農耕馬である。オヤジが言うばんえい競馬の競走馬で、一般的に知られる競走馬のサラブレットとは異なり、太い足と厳つい体格の重種馬である。
     レースも特徴的で、ばん馬に重さ450キロの鉄のそりを引かせ、二つの障害を越えゴールしたものが勝ちとなる。ばんえい競馬場は普通の競馬場と違い、馬と一緒にゴールまで走って行けたり(もちろん柵で仕切られているけれど)することができ、身近にレースを体感できることもウリだ。競馬場内は馬と触れ合う機会もあったり、地元十勝の美味しい食材を使ったレストランやスイーツ、産直などもあり、大人も子供も楽しめる(もちろん子供は賭博のほうには参加できませんが)。
    「このままばんえい競馬が終わり迎えちまったらよぅ……お前らの行き先はどうなっちまうんだ……」
     ばんえい競馬がなくなれば、間違いなく必要なくなってゆくのではないかと……オヤジは危惧しているのだ。
    「俺はアホだから、専門的なことはわからねぇ……だがばん馬たちよ、お前たちへの愛は不滅」
     ぐっとこぶしを握るオヤジ。ばん馬たちは答えるように嘶く。
    「だから俺はやる、帯広にばん馬ありと日本に、世界に知らしめるため……行くぜ友よ!」
     オヤジ……ばんえい競馬怪人は、その歪んだ愛で従えたばん馬と共に世界へと放たれてしまった――。
    「ばんえい競馬という文化存続の為の熱い気持ちがダークネス化して、怪人が現れとしまったわ! すぐに帯広市に向かって頂戴!  このままだとばんえい競馬場を広めるという理由のもとに、いずれ人が殺されてしまかもしれないわ!」
     エクスブレインの少女は、悲しみと怒りの入り混じった声で、叫ぶように。
    「オヤジ……いえ、ばんえい競馬怪人は、帯広市の南方の、農耕地帯に現れたの」
     ここよとエクスブレインは地図を示し、
    「もう牧草の刈入れも終わった場所だから、人気や広さも関係なく戦えるわ。だから、堂々と待ちかまえて、愛を受け止めたうえで撃破してあげてほしいの。
     もう彼はダークネスになってしまったから。決して戻ることはないけれど――しかしエクスブレインの少女の話によると、オヤジに操られているばん馬は、K.O.さえすれば、殺すことも傷つけることもなく救えるのだ。
     そしてオヤジの詳細だが、武器は、ばん馬がレースで使うソリである。付いた鎖を振り回して使用するらしい。
     攻撃については、
     ばん馬スラッシユ、ご当地ダイナミックに酷似。
     ばん馬の怒り、ご当地ビームに酷似。
     ばん馬アタック、ロケットスマッシュに酷似。
     ばん馬の雄叫び、シャウトに酷似。
     そして配下にされてしまったばん馬は二頭、龍骨斬りとシャウトに酷似したものを使用。
    「ばん馬は見た目武骨だけれど、それほど手こずる相手ではないわ。むしろ、攻撃力もそれほどじゃないし、命中力も悪いの。だから、攻撃してらオヤジの怒りを買うくらいなら、放置するのもありだと思うわ」
     勿論怒らせたからと言って、攻撃力が上がったりすることはないが、ターゲットにされる可能性はある。らばんばは見た目通りの腕っ節の強さを誇り、八人でまとまって倒せる目が出てくる相手なのだから、受け続けるのは体力に自信があるものが行うとよいだろう。
    「大変なことが起こる前に、必ず倒してきて!」
     ばん馬のためにも人々のためにも、この戦い、決して負けられない。


    参加者
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)
    風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)
    間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    小清水・三珠(茨城沙悟浄・d06100)
    鈴鹿・巴(体育会系鉄拳少女・d08276)
    ロコ・モコナート(南国健康系娘・d09338)

    ■リプレイ


     朝焼けに照らされて、燃えるような息が凍てつく空に立ち昇る。
     その無骨な足に迸る力が霜を溶かし、朝露を蹴りあげ、鈍く大地を揺らす。
     二頭のばん馬が、大気すら押しのけ潰すほどの勢いとその迫力を以て駆けてくる。
     重戦車の様な獣に、負けず劣らずのスピードで、鉄そりを引くばんえい競馬怪人の姿を確認して、風嶺・龍夜(闇守の影・d00517)は独りごちる。
    「……任務。開始だ」
     冷え切った北の大地に揺らぎだした朝霧を払うようにしながら、灼滅者達は戦いへ向けて、一歩を踏み出した。


    「往くぞ、此の世にばん馬を広めるため」
     空に吠え、友と肩を並べながら、ばんえい競馬怪人、もといオヤジは都市部を目指す。
     だがその逝く手を阻む、太陽をバックに飛びあがる影――!
    「これ以上行かせねぇ!」
    「む、何奴!?」
     オヤジは思わず足を止め、影を追う。
    「ばん馬への愛ゆえの暴走。その歪んだ愛は、あんたの宿敵、このヒーローが正してやるよ! 真っ向勝負でぶっ潰す!」
     着地するなり熱き魂を吐きだす様に叫んだのは、間乃中・爽太(バーニングハート・d02221)だ。
     オヤジは睨みつけながら灼滅者達をぐるりと見回し、
    「ばんえい競馬を世界に浸透させようとすることが歪みと暴走だとぬかすか、小僧めら!」
    「その宣伝活動っていう行為自体は悪かねぇよ……ただやり方がおかしいんだ」
     小清水・三珠(茨城沙悟浄・d06100)はやるせなさを顔に表しながら唇を噛んだ。
    「消えちまいそうになるのが恐ろしいって気持ちは、なんとなくだがわかる」
    「特にそれが大事なものなら尚更よね」
     アタシもわかるわと、高町・勘志郎(黒薔薇の覇者・d00499)も共感を示して。
    「でも迷惑かけるのはダメでしょっ」
     街中を馬と一緒に走るなんてアナタのやっていることは迷惑行為よとはっきり言い切り、勘志郎は縛霊手を広げ、道を阻むように。
    「それで人を傷つけちゃいけねえんだ。郷土愛が人を傷つけるなんて絶対にいけねえ」
     三珠は、いずれ訪れるかもしれない闇落ちした自分にも言い聞かせるかのように、その一言に重みを乗せて。
    「何も知らない動物を操るとはなんて卑劣!! ここで倒してあげますよー☆ そして馬を救います☆」
    「バーニングハートッ! 間乃中爽太、燃えていくぜ!」
     さあ始めましょうと、ロコ・モコナート(南国健康系娘・d09338)は構えを取って。ゴーグル装着、かっこよくキメて戦闘モードへと移行する爽太。
    「競馬場に訪れねぇモンにばん馬の魅力を広めるため、ひいては世界に君臨するため。邪魔するものは逆に潰してくれる。往くぞ友よ!」
     最終的にはご当地怪人の目標である世界征服へと繋がるものなのだと信じて疑わないオヤジは、この凶行すら正当化する。
    「お前の経緯、熱意がどうであれ、ダークネスに堕ち、戻れない以上は消えてもらう……」
     囁いて、江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)はBlack Camelliaの照準をオヤジへと合わせ、
    「走るのは馬じゃない。お前が、死に向かうんだ」
     突進してくるオヤジの土手っ腹目がけ、引き金を引く。
     今回はできる限り、ばん馬は攻撃せずオヤジのみの集中打。闇に落ちてもばん馬への愛だけは本物の、オヤジの気持を汲んでのことだ。無駄にオヤジの怒りを助長しない為でもある。
    「その程度で俺が止まるかぁぁ!」
     八重華のライフルの一撃に、脇腹の肉を少し持っていかれようとも、鬼神の如き爛々とした眼で迫るオヤジ。
    「失せろ小娘ぇ!」
     まずオヤジが最初に狙いを付けたのは、小柄な鈴鹿・巴(体育会系鉄拳少女・d08276)だ。叩き潰さんと、400キロもある鉄そりを振り下ろす。
    「くっ……!」
     重い衝撃に、顔をしかめる巴。
     こんな重量のある得物を、まるでナイフのように軽々と操る腕力。そしてその巨躯でここにいる灼滅者より早く動ける機敏性。予知通り、強敵だ。
     龍夜はこの乱戦の中、気配をできる限り空気に溶け込ませつつ戦場を把握。ばん馬の駆け抜けた砂埃に目を付け、
    「魂砕業の伍、痕拳」
    「むっ!?」
     背後を守ろうとしたオヤジの背中に鈍い衝撃が走る。それはばん馬の突撃をすり抜けて、滑るように死角に回り込んでいた龍夜の拳の一撃によるもの。穿たれた部分から引きずり出されるのは、絶望のかたち。
    「う、うおお!?」
     龍夜の纏う闇に共鳴するように更に重なるトラウマと、増幅するプレッシャー。オヤジを精神から追いつめてゆく。
     すきが生まれたオヤジへ、爽太はロコのペトロカースを援護に一気に距離を詰める。
    「うぉりゃあっ!」
     燃え立つ炎は正義の心。肉薄し、左手から噴き上がる炎を一気に叩きつける。
    「宣伝しよッてのに暴れてどうすンだ! ステマッてレベルじゃねェぞ、マーケティング舐めてンのか!!」
     なに全く逆効果なことしやがってるんだと、影縛り繰り出しつつ楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)は真っ当な言い分を叫ぶが、
    「難しいこと言ってんじゃねー!」
     自らをアホと豪語する、専門的なことはわからないオヤジには、ステマどころかマーケティングの意味すら知らなかったようだ。
     身に燃え盛る炎もそのままに、オヤジは馬鹿にしやがってと目を血走らせ、ばん馬スラッシュ。
    「ご当地伝統を馬鹿にする奴ぁ、ばん馬に蹴られて死んじまえーーーーっ!」
     盾衛は思いっきり腹に食らって膝つく。
    「はーいっ。ビリビリっとアッパーいくわねー!」
     ロコちゃんその間に盾衛クンの治療をお願いね。ウインクしながらばん馬の突進をひらりとかわし、勘志郎は縛霊手を操って抗雷撃。オヤジは、走り抜けた電流を忌々しげに見送ったあと、
    「おのれ」
     雄叫びを繰り出し耐えると、ばん馬とスクラム組んで前衛陣へと猛攻を仕掛ける。
    「ぐわっ」
    「きゃっ」
     息のあった連携に、巴と爽太がダメージを。
    「回復は任せてくださいね☆」
     ロコが歌い上げるのは癒しの歌。跳ねるように元気な歌声が、応援歌のように前衛陣を奮い立たせて。
    「流石にばん馬ともなるとド迫力だな……こりゃ容易でねえわ」
     特にクラッシャーの爽太と巴は攻撃の要。二人が倒れないようにと、ディフェンダーとしての役割を全うするため、三珠は地面を轟かせながら走り回るばん馬の動き、そして見た目以上に素早く重いオヤジの動きを読み切ろうと必死。
     ロコの力を受けながら口元の血を拭うと、爽太はにやりと笑みを零す。
    「怪人との真っ向勝負! 俺の心はいつも以上に燃えてるぜ!」
     青く燃える右手のオーラを光に変えると、眼前余すことなく閃光百裂拳を打ち込んで。
    「力で押し付けたら反感を買うだけだって、なんで解らないんだ!」
     元は純粋な気持であったはずなのに、巴としては、元に戻せないこのやるせなさと、歪んでゆくオヤジの弱さに憤りを隠せず、思わず叫ぶ。
    「ばん馬の魅力に触れればそもそも反感など生まれもせん!」
     街中で鉄そり引いてばん馬走らせるのがどれだけ危険か――怪人と化したオヤジにはもう理解できないものとなっていた。
    「輓馬を傷つけるお前に輓曳競馬への愛を語る資格はない」
     その優しい心に、深い傷を付け続けているということをオヤジにわからせる為。龍夜は、次に狙う死角に打ち込むものを、多彩な獲物と技の中から適切なものを選び取る。
    「奥義の参、薙旋――去ね!」
    「そう簡単に淘汰されんわ、小僧めが!」
     くわりと目を見開き、血走らせ、オヤジは龍夜へとばん馬アタックを。
     次こそは。そう心に決めていた三珠。オヤジの動きを予測して、龍夜の前を完全に覆った。
     攻撃を繰り出しながら、相手の動きを読みつつ、仲間への攻撃を肩代わりするというというのは、とてつもない集中力と俊敏さを要求される。
     そしてタフさもだ。
    「ぐっ……」
     鉄そりの衝撃が、三珠の全身を駆け抜け、強打に吐血。
    「どうせなら今風に萌えマスコットの一つも作ッてみやがれェ!!!」
     あえて舐めた口調でオヤジの木を引きつつ、攻撃をけしかける盾衛。螺穿槍で馬鹿力を生み出し、ぶん投げる。オヤジの頭を串刺しにする勢いで。
    「すまん」
     短く謝罪する龍夜。
    「いいってことよ」
     これがご当地ヒーローの心意気。ヒーリングライトを使い、平気だとサムズアップ。それが彼のポジションだとはいえ、龍夜としては己が未熟だと唇をかむ。そしてすぐにその心意気に応えようと、オヤジに更なる傷を深めようと、鋭く、目ざとく、オヤジの死角を狙う。
    「競馬場にマスコットばん馬がいるだろがボケェ! 知らんのかーーー!」
    「んなもん知らんわァ!!! コイツで大穴・大当たりだァ!」
     額に突き刺さった盾衛の槍の一撃に、オヤジは一瞬大量の血を噴出させたものの、
    「知りもせんくせに、適当なこと言ってんじゃねぇぇぇ!」
     全く勢いは衰えず。リサーチ不足も甚だしいと額に青筋浮かばせながら、ばん馬の雄叫びで顔面筋フル動員して止血。因みにオヤジ、萌えの意味はわかっていない。
     そもそも言いたいことだけ言っている盾衛は、オヤジの怒りなど気にしない。頑丈すぎる額は気になるが。
    「これで捕まえるっ!!」
     巴が身軽さを生かし、オヤジを翻弄するように動き回りながら、確実にすきを付いて縛霊撃。
     重くなった足に苛立ちを露わにしていたオヤジだけれども、爽太の拳をタイミング良くかわし、
    「ふん、何度も拳を受けるほど――」
     攻撃を見切って偉そうに言ったオヤジだったが、突如目を剥いた。
    「この距離、問題無い。切り裂く」
     遠距離から撃ちこんでいた八重華が、いきなり顔貌はっきりするほどの距離に詰めていて。
    「ちぃ、小僧……!」
     コートが翻る。鮮やかにサイドエアリアルを繰り出しながら、振り下ろされたカウンターを意味のないものとし、コートの袖に仕込んでいた手裏剣甲でティアーズリッパー。抉るように切り裂かれた大腿部。血が扇状に弾けた。
    「おとなしくね、おじさん♪」
     このまま攻撃を繋げていくわよ、勘志郎の縛霊手がオヤジの動きを封じるように突き刺さる。
    「ちぃ! 野郎のくせに、オカマかオノレはぁー!」
     捕縛が重なって、動きを鈍くされようとも、オヤジはそれ以上の威勢で以て、鉄そりを押しつぶす様に繰り出す。
    「いっっ、たぁいもー! 何すんだゴルァ!」
     オカマじゃねぇ、オネェだゴルァ。勘志郎にとって、この違いは非常に大きい。思わず飛び出す漢な心。
     縛霊手でぶん殴ったあと我に返って、
    「……失礼、おほほ」
     今の見なかったことにして。仲間たちに誤魔化す様に淑やかに笑って見せたものの……けれどもう遅いのよ。
    「追い切って追い込みかーらーのー追い上げだオラァ!!」
     盾衛は影業を一度引っ込め、自在刀・七曲を握りしめると、
    「ばん馬がばん馬でばん馬のばん馬によるばん馬の為のばばん馬ばんばん馬ぁーん!」
    「何上手いこといっとんじゃーー!?」
     八重華に散々撃ちこまれたバスタービームによって弛緩した筋肉の壁へ、振り抜いた盾衛の雲耀剣がめり込む。
     オヤジの右肩が深く割れる。おかげでそれる攻撃。
     そして先程の、三珠の心意気に応えるべく、龍夜は封縛糸を展開させる。
    「がら空きだ――捕縛業の弐、搦糸」
     びしり。
     重なるプレッシャー。
     さすがのオヤジも蓄積した障害とダメージの緩和を施さなければ危険と判断し、雄叫びを繰り出した。
    「俺は倒れぬ! 此の世にばん馬を広め、やがては世界を――」
     続く言葉は、征服。
     闇落ちによってねじ曲がってしまったその心。
    「安心しろ、馬の面倒は見てやる。そのまま地獄へ堕ちろ」
     八重華が放ったバスターライフルの一撃をまともに腹に受け、貫かんばかりの勢いに、オヤジの巨躯が僅かに地面から離れた。
    「逝ッとけコイツがド本命、パッと馬券の紙吹雪ッてなァ!!」
     高高度から飛びこむことによる、破壊力の増強。盾衛はダブルジャンプにて雲耀剣。
    「うおお!?」
     脳天を割られ、オヤジの血飛沫が散る。ひらひらと巻いていた手ぬぐいも赤になり――。
     崩れるオヤジを支えるように、真横から飛び込む巴。ランニングの首元をひっつかみ、そしてその体を背負うように懐へ滑り込むと、
    「どっせぇぇぇい!」
     小さな巴の体が、大きなオヤジの体を持ち上げ、そして――。
     綺麗なまでに整った弧を描くオヤジの体。そして霜の残る大地へと、叩き付けられる。
     地獄投げが完璧に決まり、地面に大の字で倒れ伏すオヤジ。
     瞬間、ばん馬はオヤジの戒めから解放された。
    「もう大丈夫だよ、今、手当してあげるね☆」
     怖くないよ。敵意を完全に消し、ロコは狼狽している様なばん馬たちに、そっと近付いて。
     オヤジは自分の元から離れてゆくばん馬へ手を伸ばし、
    「ぐ……と、友よ……」
     置いて逝く無念に涙を流しながら。
    「……例え俺が潰えようと……次なる者が……必ずや野望を……」
     血を吐きだしながら、痙攣するオヤジの体。
     自らが与えた決定打によって、最後の灯を燃やしつくすオヤジを、巴は居た堪れない目で見下ろしながら、
    「オジサンくらい愛してくれる人がいるなら、ばんえい競馬はまだまだ大丈夫だから……」
     だって、オジサン以外だって、そのたった一つの競馬場を、文化保存のため一生懸命頑張っている人たちがいるでしょう?
     巴の気持を受け取ったのかどうか定かではないが、
    「……ふん。生意気な口を……」
     にやりと笑みを零し、オヤジは朝日に照らされ溶けてゆく霜のように、蒸発して消えていく。
     オヤジが完全に消えたあと、勘志郎は小さく吐息を漏らした。
    「ご当地怪人とは初めて戦ったけど、複雑な気分だわ。やり方は違えど土地を愛する気持ちは同じってところ?」
     色々なご当地怪人の報告を見ても、一つのモノを崇拝の域まで愛した故の――。
     しかしそれが狂信めいているからこそ、邪悪に結びついていて――。
    「……ところでこの残ってるお馬さん、どうすんのよコレ」
     警察に届けるにしても一苦労よね、
     するとロコは大丈夫とにっこり笑って。
    「飼い主さんが、迎えにきたみたいね☆」
     遠くに見える人影に、ほら行きなさいとロコはお腹を撫でてあげれば、ばん馬たちはゆっくりとした足取りで走ってゆく。
     時折、灼滅者達を振り返りながら――。


    「ここかぁ……」
     巴と三珠の希望で、数人の灼滅者が訪れたのはばんえい競馬場。オヤジの弔いも兼ねて、やってきたのだけれども。
     競馬場入口付近にある産直やレストラン。動物との触れ合いの場所は子供たちもいて。
     ものすごい活気があるわけではないけれど、地元の人たちの盛り上げようとしている努力は伝わってきて。
    「アタシは普通の競馬よりこっちのが面白そうに見えるのになー」
     柵の向こう、目の前で土煙を上げるばん馬の迫力に目を細める勘志郎。
     スタンドから送られる「がんばれー」という歓声を見上げながら、巴は言ったオヤジに向けて囁いた。
    「うん、きっと大丈夫だよ」

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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