駐屯地のアンデッド~蠢動

    作者:夕狩こあら

    「兄貴、姉御、大変ッス! インシデントっす!」
     教室の扉を勢いよく開けて飛び込んできた眼鏡小僧――日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の緊迫した面持ちに、灼滅者達の視線が集まる。
    「日本各地の自衛隊基地で、アンデッドが自衛官に成り代わっている事が判明したんス!」
    「! どういう事だ」
    「成り代わったアンデッド達は、まるで生きている人間のように振る舞い、自衛隊の基地で生活し続けていたみたいなんスよ……」
     ノビルが戸惑っているのは、彼をはじめとしたエクスブレインがアンデッド達の潜伏活動を予知できていなかったからで、
    「恐らくサイキック・リベレイターの照射以前から既に成り代わってて、これまで察知できなかったんスね」
     既に日本各地の基地で確認された潜伏に、力なき拳がギュッと握り込まれる。
    「――どうして今になって予知を得られたんだ?」
    「……今回、サイキックアブソーバーの予知が得られたのは、連中が何らかの作戦を行う為に動き出そうとしたからではないかと思うんス」
     何らかの作戦。
     それが何かは分からないが、悪事である事は間違いなかろう。
    「動き出す前に察知できた事を先ずは良しとすべきか……」
    「兄貴と姉御には、潜伏先の自衛隊基地に潜入し、アンデッドを灼滅して来て欲しいんス」
     返る答えは――無論「是」。
     ノビルは灼滅者の凛然を翠瞳に受け取り、言葉を続けた。
    「自衛隊駐屯地は、兄貴らも知る通り、関係者以外は立ち入り禁止ッス」
    「だよな」
     まぁ灼滅者であれば、その力で無理矢理にでも押し入る事は出来ようが、此処はできるだけ穏便な方法で潜入した方が望ましい。
    「ESPの旅人の外套を使ってはどうだろう?」
     その声にノビルは頷いて、
    「見張りも監視装置もフリーパスになるので、先ずは旅人の外套を利用した斥候が潜入、監視装置などを切った後に、後続の仲間が潜入する、という策戦がいいかもしれないッス」
    「潜入後、アンデッドとの接触については?」
    「奴等は自衛官になりかわり、普段から自衛隊員として行動している為、夜は駐屯地内の寮に戻り、就寝しているフリをしてるッス」
    「……寮か」
     直ぐに気になるのは同室の者であろう。
     ノビルは彼等の懸念に口を開いて、
    「奴等も同室に一般人が居ては誤魔化すのが難しいと考えたのか、該当する寮の一室は入寮者全員がアンデッドに成り代わっているッス」
    「既に一室分の被害者が出ている、という事だな」
    「……殺されてアンデッドに成り代わられた隊員達の為にも、この事件を無事に解決させて欲しいッス」
     重い沈黙が流れた。
     ノビルは暫くして敵の情報を伝える。
    「今回の敵は、若い男性型アンデッド……元は自衛官だった事もあり、戦闘力が高めの個体が6体ッス」
     これまで相手にしてきたアンデッドよりやや強いか――特徴は他にもある。
    「この6体は連携・協力して戦闘する事に慣れており、個々が異なるポジションから特性を活かした攻撃を仕掛けてくるんで、そこが注意ッスね」
     こくり頷いた灼滅者は、続いて重要な一点を確認し、
    「逃走の可能性は?」
    「ないッス。あと、周囲の一般人を人質に取る事もしないみたいっすよ」
    「……そうか」
     ややこしい戦闘にはならなくとも、『駐屯地への潜入』『一般人への対応』『撤退時の方針』など、戦闘以外で配慮すべき事は多く、策戦を練る必要がありそうだ。
    「自衛隊が使用する武器は、灼滅者にもダークネスにも効果は無し……人間社会を裏から操るに長けるノーライフキングは、何らかの作戦に使用するつもりなのかもしれないッスね」
     ノビルは声を硬く、細顎に指を添えて考え込んでいたのだが、
    「……ご武運を!!」
     兄貴と姉御なら何とかしてくれる――と、ビシリ敬礼を捧げて見送った。


    参加者
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)
    白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    茨木・一正(鬼の仮面と人の仮面・d33875)
    水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)

    ■リプレイ


     常時施錠され、警衛が立つ門にあっても、大口を開ける時がある――基地に入る車輌に紛れて内部へと侵入した万事・錠(ハートロッカー・d01615)は、
    「おっ、ライトアーマー(軽装甲機動車)……乗りてー」
     昏きに佇む武骨な雄壮を嬉々と眺めた後、時を同じくして門を潜った風峰・静(サイトハウンド・d28020)と視線を合わせた。
    「俺は監視装置を切りに行く。風峰は経路の障害物を確認した後、守衛で鍵を借りてくれ」
    「任せてよ。探し物は得意なんだ、一応ね」
     こっくり頷首いた彼は金瞳を鋭く闇に投げるが、仲間の役に立ちたいと奮う駄犬の内心は此度の斥候にわくわくしており、尻尾を隠していなければ振り切れていただろう。
     彼は眼前に差し出された錠の拳に拳を当てると、
    「じゃあ散開っ!」
     春らしい南風に溶け、夜桜を散らした。

    「地図で内部構造は分かっても、人の配置までは掴めないからね」
     頼むよ、と。
     闇纏いにて先行する二人を見届けた水燈・紗夜(月蝕回帰・d36910)が佳声を零せば、その隣、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は眠らぬ国防の砦を灼眼に射る。
    「木の葉を隠すなら森か……兵士を潜ませるには良い場所だぜ」
    「嫌な所を的確に使ってくるあたり、流石は人間社会を操るに長けた連中と言うべきか」
     狼川・貢(ボーンズデッド・d23454)が静かに頷く、その長躯の影では、白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)がぎゅっと携帯を握り締め、
    「信じてないわけじゃ、ない、けど」
     うまくいってほしい――と先行隊の無事を祈っている。
     大丈夫だと、その不安に添うべく動いた貢の手に、ふと、雫が落ち、
    「雨か」
    「……桜流しですやな」
     湿気た風に夜空を仰いでいた茨木・一正(鬼の仮面と人の仮面・d33875)が糸目を絞る。
     月を隠す叢雲も、今宵ばかりは風情を欠くと言うまい。
    「これなら足跡を消す手間が省ける」
     空井・玉(リンクス・d03686)は漸う強まる雨脚に頬を濡らしつつ、屋外灯を連ねる建屋を眺めた。


     持ち寄ったESPの多彩も然る事ながら、道中に遭遇する不慮を手折るに、慈悲の拳を用意した配慮は頗る剴切。
     管制室へ侵入した錠は、ミリタリーマニアらしい尊敬を籠めて自衛官を昏倒させ、
    「悪ィ、キツめにしとく」
     万一覚醒しても、身動きを取れぬよう念入りに拘束。
    「お仕事ご苦労様でーす」
     小声で守衛を訪れた静もまた労いパンチで精鋭を沈め、聡い嗅覚で探り当てた鍵を手に、仲間が待つ門へと向かった。
     待機を経て敷地内に侵入する後続も優秀で、
    「さて、お邪魔するよ」
    「風邪、ひかないで、ね」
     開錠と同時、紗夜の挨拶(拳)に意識を飛ばされた警衛は、夜奈がズルズルと引き摺って屋根の下へ、
    「赤外線センサーが止まったみたい」
    「監視カメラも沈黙した様だ」
     斥候より連絡を受けるに、消音設定した空といい、画面の光にさえ注意を払った貢といい、隠密行動の気構えは十分といえよう。
     静の誘導により最も安全な経路を辿る脚は雨に隠れて、
    「ちょいと失敬そこのけ通るっと……」
    「ばったり出くわした時は、口が出るか拳が出るか――速い方だ」
     一正が殺気を放って人を遠ざける傍ら、王の威風を備えた治胡は同時に拳を握り込めつつ、矢の如く駆ける。
     繊翳に隠れ、闃然に潜み。
     宛ら忍者の様に俊敏に、件の寮まで辿り着いた七人は、昇降口で錠と合流を果たし、
    「巧くいったようだね」
     僅かに微笑した紗夜が時を見れば、針は未だ十分も刻まず――成程上々。
     時に夜奈は安堵の吐息を零して、
    「……ヤナ、今ほっとした?」
    「しらない」(プイッ)
     身を屈めて届けられた嬉笑をツンと拒むも愛らしい。
     貢はそんな仕草につい亡妹の影を重ね、
    「……心配していたと、素直に言っても良いだろうに」
     知らず兄の表情を戻して諭してしまう――無防備な瞬間を見せた。
     然し、灼滅者が年頃の若者らしい面を見せたのもこれが最後。
     壁際の誘導灯に端整を照らした一同は、突入態勢を整え、
    「役目は果たすよ、――『絶対に』」
     寮監よりマスターキーを拝借した静がノブ前に立つと、扉の左右に控えた紗夜と一正もまた殲術道具を解放する。
    「確かノビル君は、連中が『就寝しているフリをしてる』と言っていたね」
    「つまり向こうも態勢を整えていると……そう考えた方が賢明でしょうな」
     両者の戒心は尤もで、これに頷いた治胡と玉が、サーヴァントに先制を命じる。
    「おい猫、先ずは高めに飛んで目線を散らせ」
    「クオリアは部屋の奥まで駆け抜けて、初撃を引き付ける」
     一同の呼吸が整った――その時。
     シリンダーの回転音を掻き消す銃声と剣戟が、閑寂を破った。


     正に読み通り。
     部屋を点灯して待ち構えていた彼等は、整然たる隊列の元に奇襲を迎えた。
    「照準、足ッ!」
    「撃(テ)ッ!」
     一斉に銃爪を弾くは訓練の賜物と言えようが、染み付いた戦術が逆に隙を作らせるとは皮肉。
    「ッ!」
     扉が開くと同時、炎の双翼は照明を背負うや尻尾のリングを輝かせ、亡者が視線を持ち上げた瞬間に地を疾駆した鉄塊が陣を乱す。
     一瞬で初動を制した灼滅者は、次撃の標的も共有しており、
    「――!!」
     戦闘を長引かせぬ為に回復役を潰すは賢哲の定石。
     錠の足元より黒針を暴いた【Kalb al Akrab】は、光に影を濃くして床を滑り、その切先を追った玉の影【3-1=】と合わせ、最後尾にて耐性を敷かんとする凶邪の喉を貫いた。
    「ッグア!」
     ヒュウと風を通しながらも斃れぬ魔に、静は鞭剣を撓らせて縛し、
    「グゥ……ッ」
    「救護ッ!」
     咄嗟に差し入るジャマーの機銃をジェードゥシカが制する間、冴刃の蜷局は痛痒を絞って挙措を断つ。これで一体。
    「怯ムナッ!」
    「総員斉射!」
     欠けた後衛を隠すように銃筒が火を噴くが、無数の実弾は赫灼の楯・治胡を越える事は敵わず、爆風を逆巻いて赤髪を躍らせるのみ。
     凄まじい衝撃が部屋を揺らすが、それも夜奈が遮蔽すれば隣室に届く事もなかろう。
     星宿す青瞳が一切の音を断つ傍ら、紅玉の双眸を煌々と、紗夜が妖しき怪談を紡いで雑霊を騒めかせれば、超常の軍場に来る応援はなく――、
    「前方ヨリ敵影急接!」
    「防線ヲ敷――ッギャ嗚呼アア!!」
     須臾の一瞥で遠単攻撃を揃えた一正と貢は、片や【天地酩酊】を妖々と踊らせ、片や清冽たる白布にボディアーマーを貫き、絶叫の後に沈黙させた。
    「……ッ、ッッ……!!」
     この間、僅か二分。
     凛然に唇を引き結んだ灼滅者は、暗殺者の如く冷徹に、死して尚も辱められる戦闘員に安寧を手向けた。

     均整の取れた布陣に、綿密に練られた戦術。
     また此度の戦いを攻略するに相応しい単サイキックを持ち寄った若き老獪に、眼前の敵は聊か物足りぬかもしれない。
     唯一の懸念は、元・自衛隊員としての集団機動力であろうが、それも感情の絆を固く結んだ彼等を圧倒するには至らず、
    「『バランス良く連携して戦う』のは僕達も慣れてるからね」
    「射テェ!!」
    「被害者の国を守る決意を踏み躙った悪者は許さないよ!」
     敵も狙うはメディックか、銃口の移動に逸早く反応した静が、海嘯の如く迫る猛炎を光刃に薙いだ。
     ぶわり散った炎が桜弁の如く舞う中、貢と錠は距離を隔てて凄撃を合わせ、
    「今のは火炎放射器か」
    「さっきの銃剣といい手榴弾といい、やべぇ……楽しい」
    「とんだ軍律違反だ」
    「まあなー」
     交わす言は静と動。
     沈着たる玲瓏は、己が肚より肋骨を歯牙の如く迫り出し、自身も好まぬ『骨』の武器――人造由来の技に敵躯を喰らえば、
    「グッググ……グ……!」
    「状況、催眠ッ!」
     艶帯びたハスキーボイスは、瑰麗の旋律に亡者を操り、敵の統制に混乱を齎した。
    「標的ヲ誤ルナッ! 敵ハ……ッグア嗚呼!」
     味方のナイフに首を斬られた一体は、然し死す事も許されぬ。
     皮を僅かに繋げて蠢く亡者に、セイメイ最終作戦を思い出した夜奈は、一瞬、眉根を寄せ、
    「死体を、こんなことに、使うなんて」
     指先に疾る痛痒は怒りか、小さな手は【花顔雪膚】を強く掴んで、
    「早く、おわらせて、家族の元に、かえす」
     と、鋭い軌跡に頚動脈を断った。
     手勢を半減させて尚も敢然と正対する『駒』に、治胡は嘆声を零し、
    「今まで動きが掴めなかったとは厄介なヤツらだぜ」
     恐怖を知らぬ兵士は兵器か――軍事の中枢に仕込まれた脅威が、大きな災禍を招く前に止めねばと、内なる業炎を滾らせる。
    「近接戦ニ転換ッ!」
    「芽が摘めるとイイんだが」
    「嗚嗚ヲヲオオッ!」
     振り下ろされるナイフを遮った左腕は、鮮血を燃ゆる炎と滴らせながら、カウンターアタックに黒刃を浴びせ、屈強を押し返す。
     よろめきながらも弾幕を張る敵は、部屋に満ち始める煙に気付いただろうか――否。
    「外側をどんなに強固にしても、内側から腐らせられてしまってはどうしようもない」
     和蝋燭【不灰】の青白い焔が紡いだ怪奇煙は幽々と、
    「怖ろしき敵は外より内にありけりさ」
    「……ッ……ッッ……!」
     紗夜の皮肉めいた言と共に、敗北を暗示した。
    「撃テッ、撃テェエ!!」
    「連射アアアッ!!」
     敵は不穏を蹴散らす様に鉛を弾くが、透徹たる青の髪を弾道に梳らせた玉は淡然と、その旋回を光輪に打ち落として、
    「言ってしまえば、いつも通りの仕事だ」
     佳顔に感情を映さぬのは、内密に事を運ぶ必要があるからではなく、元々――卑屈で臆病な本性を忌み隠すが為。
    「双方に何がしかの事情があり、意志は力で押し通すしかない」
    「――成程」
     如何にも、と添える是を燦爛たる一条に代えた一正は、人差し指を振り下ろすや、魂亡き虚躯を袈裟に斬り裂き、
    「其が理(みち)と」
    「ガアアァァ嗚呼!!」
     鬼神のペルソナを降ろしつつ、人の名残は周囲を気遣って抑え気味。
     ここで六分が経過し、
    「急ごう」
    「ああ」
     今も変わりなく時を刻む壁掛けの針を見た一同は、残る二体を連撃に押し込んだ。
    「防禦展開ッ!」
    「防盾ノ陰ヨリ射撃スルッ!」
     敵は直ぐに隊列を組むが、その堰では迫る波濤を止められまい。
    「銃撃戦が望みなら応えてやろう」
     重火器に頼りがちと敵の戦法を読んだ貢は、敢えて彼等の得意を以て覆し、爆煙と轟音が視界を遮る中、玉と治胡が烈風を裂いて駆る。
    「行くよクオリア。悉くを轢いて潰す」
     愛機はギャンッと唸って寄り添い、
    「お前も来い、猫」
    「……にゃご」
     主従の制約により仕方なく頷いた猫が、双翼を広げる。
     ワンホイールの突撃に火球が重なり、漆黒の影刃を左右に差し入られた凶邪は忽ち陣形を崩し、強化楯が破砕された刹那に飛び込むは、錠と夜奈の――此方も見事なコンビネーション。
    「せめて家族の所に帰してやりてえ」
     往き場を失った命を導く燐光は束と成って胴へ、
    「自分を認めて、助けてくれた、大好きなひとたちと、一緒にいたい、もの」
     殺意の行き場を失って迷う少女は、それでも闘わんと――ジェードゥシカの肩を借りて焔を迸らせる。
     終焉の到来を悟った紗夜もここぞと攻撃に転じ、
    「残念だけど、その武器はもう国を守らない」
     人を危める凶器を捨てさせるか、白きを延伸させて銃剣を手折った。
     手に馴染んだ装備がゴトリ落ちるより早く、一正は一体の懐を略し、
    「死を冒涜した裁きを、報いを」
    「嗚オオオオヲヲヲ嗚嗚ッッ!!」
     真黒き拳を灼熱と輝かせて臓腑を屠り、
    「ここまでだ。奪った命も、思いも、置いていってもらうよ」
     刻下。
     静の狼牙が不死を噛み砕く。
    「ガッッ……アッ……ッッ、ッ」
     攻撃も同時なら、共に零距離で撃ち込むはオーラキャノンと、サイキックも同じ。
     見事な連携で部隊を沈黙させれば、戦闘時間は十分にも満たず――圧倒的制勝が皆々の呼吸を整えた。


     戦闘を手早く終えた彼等に時間的な猶予はあるが、余裕がある訳ではない。
     戦闘の痕跡を速やかに隠蔽した一正は、此度のアンデッドの特徴を見るべく膝を折り、
    「さて、貴方方はスワンプマンか、或いは哲学的ゾンビか……ちょいと失敬しますな……」
    「俺は上層からの指示の類……物的証拠がないか探してみよう」
     傍らの貢は、特異な収集物がないか、また手紙やメール等の通信物にダークネスの影を掴まんと室内を調べる。
     残る懸念は、アンデッドに成り代わられた元・自衛官らの遺体であろうが、
    「遺体は俺の焔で火葬出来ればと思ったが……火災報知器に引っかかると拙いか」
    「にゃふ」
     頭上のセンサーを一瞥した治胡の背より、玉がそっと踏み出て床に座る。
     彼女は無惨な死にも顔色を変えず損傷の程度を見て、
    「走馬灯使いか、擬死化粧を施すか――成功率で決めようか」
     幸いにして殺人鬼が三人、擬死化粧の術を持つ者も二人と、手分けをすれば然程時間を要する作業ではない。
    「仮初の命、だけど」
    「出来るだけ家族に顔を見せてやりてぇよな」
     夜奈と錠はそれぞれ二体に最期の配慮を施し、
    「心臓発作とか、突然死のあたりを」
    「心筋梗塞か脳出血か……脳梗塞辺りだと自然だろう」
     空と貢が一体ずつ死を加工して、陰惨たる結末を少しでも穏やかにする。
     傍で手を合わせる静は、あくまで彼等を『人』として見送るか、
    「安らかに、眠ってほしいね」
    「今までお勤め、ご苦労さん」
     その隣で餞を添えた治胡も、深き哀悼に暫し瞼を閉じた。
    「これ……いきなりバベらなくなったら、凄い混乱に陥るだろうな」
     さて、先程から室内を一歩一歩と細かく移動する紗夜は、断末魔の瞳で犠牲者の最期を見んと現場を探っており、
    「何か見えましたかな」
    「……死亡現場に直接重なる必要があるから、それを特定できない今回は難しいかも」
     エクスブレインの予知で現場が特定されていたなら、有効に活用できたかもしれないが――と、時計の針を見遣った彼女は、時間切れだと首を振った。
     手掛かりは掴めず――、一正は顎を擦って唸り、
    「しっかし妙な話ですやな……手駒にするなら幹部クラスのが都合がいいでしょうに……」
     未だ全貌を暴かぬ、糸を手繰らせぬ闇に、皆々が唇を引き結んだ。

    「僕、皆を門まで送った後、鍵返しに行ってくるね」
     時に現状復帰した室内を見渡した静が、大きく息を吐いて立ち上がる。
    「帰るまでが、任務、だから」
    「了解。心配して待っててくれ」
     念を押す夜奈の頭を撫でた錠が、背を向けた途端、殺気を暴く。
    「元老院とか興味なかったけど……今日、潰す理由が出来たわ」
     ――お前ら六人の無念、必ず晴らす。
     緑瞳は鋭い光を放ちつつ、薄暗い廊下に消えた。
     再び先行する二人を見送った玉は、通信用の携帯を取り出しつつ、
    「この場で敵を叩いた事が、殺された隊員達の為になったかは分からないが……これから殺されるかもしれない誰かの為になら、多少は――」
     小さな声で「そう願う」と呟いて、戦場を後にした。

     所要時間は四半刻にも満たず。
     影は桜落つ泥濘に消えて――今宵の任務を終えた。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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