駐屯地のアンデッド~なりかわりディスタンス

    作者:菖蒲


     人間と獣の違いは何か。恐らく、知性と答える者が大半だろうか。
     知性ある『人の形をした獣』と人間の差を見出さんとした時、それに気付けない者はやはり多いのではないか――不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は難しい表情をして「なりかわり」と口にした。
    「自衛隊基地にアンデッドが入り込んでるみたいなの。アンデッドが自衛官に成り代わって『普通の生きている人間のように振る舞って生活している』みたいなの」
     それは、サイキック・リベレイターを使用する以前からのことだった。
     気づくことが出来なかったと悔し気に呟いた真鶴は灼滅者に「ごめんなさい」と頭を下げる。
     これまで察知することが出来なかったことが、今になって『予知』された。
     それは自衛官に成り代わるアンデッド達が動き出さんとしているということが想定される。
    「アンデッドの目的は?」
     その質問に渋い表情を見せた真鶴はふるりと小さく首を振った。
    「わからないのよ」
     目的の深いところまでは不明だ。だが、悪事であることには変わりない。
     駐屯地に潜む悪意の種を摘んで欲しいと真鶴は灼滅者へと向き直った。
    「勿論、倒すためには駐屯地へと潜り込まなくっちゃいけないの」
     頭に手を当てしゃがむ姿勢を見せる真鶴はトープのように静かにねと唇に指をあてた。
     土竜の如く潜り込み、潜入して見せるミッションは心躍るものがあるが潜入先が中々に厳しさを感じさせる。
    「灼滅者のみんななら無理やり『たのもーっ!』って行けるとは思うのよ。
     でも、穏便な方がいいのね。無理やり押し入るのは最後の選択にしてほしいのよ」
     こて、と首を傾いだ真鶴は『旅人の外套』を使用して見張りも監視装置もフリーパス状態での潜入を提案した。
     まずは旅人の外套と使用した灼滅者が潜入し監視装置等への対処を終える。そうしてそこからは静かに潜入していくというのがいいだろうか。
    「無事に穏便に潜入をしたらついにアンデッドの場所へなの!
     ええっと……地図を用意しておいたのよ。ここのお部屋に……」
     駐屯地内にある寮の地図を机上に広げ、赤いペンで丸を付けた真鶴は「このお部屋」とペン先でとんとんと叩く。
    「自衛隊員さんになってるから、夜は寝てるふりしているのよ。
     同室に一般人がいると気づかれちゃうし、ごまかせないって思ったのかしら? アンデッドがいる寮のルームメイトはアンデッドみたいなの」
     その居室を利用するアンデッドの数は5名。居室の定員近くなる。
     皆、若い男性の形をしており、周囲の一般人に気付かれぬように静かに暮らしているようだ。
    「皆は居室に辿り着いたら5人のアンデッドを倒してほしいの。
     人間だったころから戦闘力が高い個体……個体と言うのなんだか物悲しいのだけれど、とても強かった事とか、協力し合う事に慣れているから戦闘能力は普通の弱いアンデッドさんよりは強い感じがするのね」
     勿論、強敵と呼ぶにはお粗末な力ではあるが、連携のとれた敵と言うのはその個体の力以上に厄介なものだ。
     連携し合いながら、互いを支援し合う事にも長けている。上手く足止めすることが出来れば難なく対応できる相手だろう。
    「あ、それからね、アンデッドは逃走はしないの。
     それに、周囲の一般人さん……自衛官さんを人質にする事もないのよ」
     只、深夜の寮である以上、人がいる事には留意しておきたい。
     潜入、そして周辺対応が絡むという現場状況は敵の存在以上に厄介だ。
    「自衛隊さんの武器は灼滅者にもダークネスにも効果はないのね。
     けれど……人間社会を裏で同行するってことにはもしかすると有用なの、かもしれないの」
     不安げにノーライフキングはそういったことに長けているからと呟いた真鶴は頑張ってねと頭を押さえ潜入をイメージさせるジェスチャーをとった。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)
    鏑木・螢(英雄未満・d36759)

    ■リプレイ


     白亜の壁は、程高い。ひたりと触れれば冷たさを感じさせる。スニーカーが土に食い込む感覚さえも、心拍数を一つ、二つと上げていくようで鏑木・螢(英雄未満・d36759)は僅かに震えた。
     闇を纏い、監視装置を擦り抜けて見張りの存在を探す様に周囲を見回した空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)はフードをくい、と指先で引っ張る。共に頑張ろうと螢と穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)へと声をかけた陽太はフードを脱ぎ、その表情を固くした。
    (「いつも通りだ、仲間を護る為なら死を厭わないぜ」)
     旅人の外套を使用した白雪は、倒錯的な死の気配を纏わせながら、携帯電話をぎゅ、と握りしめる。
     白亜の壁を隔てた向こう、茂みにその身を隠した『仲間』達に状況を口にしながら彼女はゆっくりと顔を上げた。
    「あそこだ」
     白雪の声にゆっくりと螢が顔を上げる。大きく胸が高鳴った事を感じ取り彼の表情は僅かに強張った。
    「……どうした?」
    「い、いや、べ、別にビビってない」
     大規模な作戦行動とは違う、個人に――白雪は陽太が居るが、それを含めても大きな責任が自身にあることを自覚し、傍らで首を傾いだ妹の手をぎゅ、と握る。
    「白雪さん、螢くん、モニター室はあそこだ」
     ゆっくりと顔を上げた陽太に白雪は小さく頷く。まずは『眼』を壊す事が先決だ。
     静かに先行した彼女と陽太の背を追いかけて螢は微かに振り仰いだ。
     ぽつぽつと並んだ電灯の下、今ならば見張りや監視システムの間を抜けることが出来る。
    「燈、お兄ちゃん潜入頑張ってくるからな!」
     幼い頃に行ったかくれんぼのようで、どこか楽しいと感じたのは子供っぽいだろうか?

     自衛隊の駐屯地に潜むアンデッド。その言葉に聞き覚えがあるとエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)は美しい蒼玉の瞳を僅かに細める。
    「以前はソロモンの悪魔が潜んでいたわね。このアンデッド達もソロモンの悪魔に関係があったのかしらね?」
     それを確かめることが出来ない事が少し歯痒いと彼女は僅かに唇を尖らせた。薬指に飾った白金の指輪に視線を落とし、エリノアの指先に触れた彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は扇子で口元を抑え壁を見上げた。
    「誰が操っているんだろうね……」
     成り代わりはどうして起こってしまったか――『成り代わられた』側の意志でないことも分かれど、倒すべき存在である以上は手を抜くことはできないのだと十分に理解している。
     彼らにも自分にとっての『エリノア』がいるのかもしれない。そう思えば何処かやりきれなさが胸を過った。
     風が草木を揺らし音立てる。深と静まり返った夜の空気で肺を満たして目的地となる部屋のルートを薄明りで確認したダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)は先行する三名からの連絡を唇を噤んだまま待って居る。
    (「さて、何を企んでやがるんだか知らねえが……」)
     風に揺れた尻尾髪。亡き血族に伝わっていた謂れの名残は春を含む風に煽られた僅かに広がった。
     切れ長の赤い瞳は背後に存在する冷たい壁はのっぺりと高い。外と内を隔てる象徴たる壁――そして、向こうに見える入口。周辺を遮断するそれの上空では監視カメラが虚空を見つめていた。
    「……なりかわりとかさあ」
     悪趣味すぎる、と吐き捨てて大きなつり目に微かに苛立ちを乗せた鳥辺野・祝(架空線・d23681)は足元の砂を握り込む。今でも走り出して一発殴ってやりたいと直情な彼女ならばそうする事だろう。
     それを是としない壁に肩を竦め、「不死の王さま」と呟く彼女に莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は僅かに瞬いた。
     視線は、僅かに下。「リベレイターの前から、ずっと――案外バレたりしないものなんですね」と想々は浮かぶ月を仰ぐ。
     空の色は、いつもと変わらないのに。
     どうしてだろうか。世界は知らないところで少しずつ形を変えている。


     まるで風一つ吹かない世界に緊張がぴりりと背筋を奔る。
     息を潜め、長いスカートを揺らしたエリノアは指示に従い走り出す。監視員が気絶したことを確認していた白雪は「こっちだ」と唇をぱくぱくと動かした。
    「鳥辺野」
     こっち、と手招く螢は彼女が『先輩』であることを思い出し「あ、」とバツの悪そうな顔をする。同級生に接するように彼女に接してしまうと日常の風景を思い出してか僅かに落ち着く彼に「いくぞ」と祝は柔らかに声かけた。
     頬に触れた冬の空気は微かに冷たい。奔るダグラスは足音に気を使いながら敷地の奥へとするりと飛び込んだ。
    (「自衛隊、なぁ……」)
     何事かが起こった時に、民間人に指示を行うには打ってつけの組織の1つと言う事かとダグラスは頷いた。自衛隊に警察と言った公的機関が『民間人』に与える影響力の大きさを彼はよく理解していた。
    「不死王どもらしい遣り口ではあるな……」
    「ダークネスが人間社会の裏で潜んでる……ミスター宍戸を思い出すけど今回は、違うんやろうね」
     闇は何処にでも存在している。同じにも成り損ないにも慣れないままに暗鬱とした籠の中に心を置いた彼女は緩やかに、視線を落とす。
     長い睫が影落とし、白塗りの壁を見つめれば寮と言う文字が見えた。この場所にアンデッド達がいる――誰にも気づかれないうちに命を奪われた卑しき闇の中。
    「やるせないよね」
     息を吐き出して、さくらえは鍵のかからぬ寮の扉をゆっくりと開いた。
     ぎぃ、と音立てるそれだけで心の臓は音立てる。眠りについた自衛官たちには気づかれることはないだろう。闇の中を走りながら、彼は事前確認したルートをしっかりとした足取りで辿る。
    「やるせなくても、やらなきゃいけないんだ」
     断末魔の瞳では何も得ることが出来なかったかとぼやいた祝は対象者の居る部屋の付近で仲間たちを振り仰いだ。
     日本刀を手にした陽太がゆっくりと顔を上げる。極力音を立てず、物を動かさず、痕跡を残さずに。
     扉を開いた陽太は「この間の生殖型ゾンビとの戦闘経験が早速役立ちそうだよ」と僅かに唇へと笑み乗せた。
     先だって飛び込んだのはダグラス。獣の爪牙は相手を敵と認識し、狙いを定めた。
    「よぉ。死人が起きてるなんざ、誰も喜ばねぇんでな。さっさと寝ちまいな」
     飄々と言葉を吐き出して、室内へと飛び込む彼の背後でさくらえが周囲の音を遮断する。閉じた扉のあちらとこちら――室内の狭さに多少なりともやりにくさを感じながら彼はダグラスの許へと飛び掛かったアンデッドの前へと飛び出した。
    「先ずは単体狙い?」
     扇子で口元を隠す様に、わざとらしく笑み浮かべて。さくらえは黒塗りの錫杖でアンデッドを受け止める。前線の仲間たちを励まし、彼が体を屈めた上空を切ったのは青年の蹴撃であった。
    「仲良し軍隊ごっこじゃ倒せねぇぜ?」
     蒼白とした表情に、虚ろな瞳がぎょろりと動く。様々なダークネスと相対した所為か――それとも、『病院』での経験からか濃い死の気配が祝を取り巻く。
    「……やっぱ、本当に死んでるんだな」
     ぼそりと呟いて、いつも通りの笑みを浮かべる。指先に結んだ赤い絲。日々が続く様にと願いを込めて、彼女は終わった仕舞った命を断つ。
    「死んだら、そこで終わりなんだ」


     想々はアンデッド達の連携のとれた動きに「流石」と小さく呟いた。
     生前の彼らが勤勉な自衛官であったことはその行動からも良く分かる――生前の『成り代わる』前の存在は今の彼らからは程遠い。
    「流石の強さ……って褒めるべきなんかな? でも、負けません」
     こっち、と『おにごっこ』をする様に想々は身を捻った。次いで、褪せた表紙の背を撫でた彼女は僅かに瞬く。
     ダークネスは、誰か一人を狙い、そのまま灼滅者を錯乱しようと狙っているのだろう。前線で攻撃手を担うダグラスを執拗に狙った攻撃は後方からの想々と陽太の攻撃で僅かに緩む。
    (「――連携は取れてる。けど、数の多いこちらの方が上手か」)
     冷静に周囲を見回した陽太は普段の射撃手としてではなく、肉薄戦を選んだのは状況がそうさせたから。接近し、机に手を突いた彼が身を投じれば、逸れに視線を奪われたアンデッドが顔を上げる。
     アンデッドの首筋に投じた一手。無暗に声を発さぬ様にとその咽喉を潰した陽太の瞳が冷たく光る。
    「折角の槍の試運転よ。無様な真似は晒さないわ」
     刹那、ベッドを足場に身を捻りあげたエリノアが『落ちた』。水晶の刀身は重みを重ねてアンデッドの身へと突き刺さる。
     愛しい人からの贈り物、その相手の目の前で『実践』を熟せるなんてなんと恵まれた事か!
     鮮やかな唇に笑み乗せて、「さくらえ」と呼んだエリノアはアンデッドをまずは一体と貫いた。
    「負けてはいられないね?」
     前線に身を投じる彼女に倣ってさくらえはアンデッドを受け止める。
     拳の重みにびりりと腕が痺れ、彼は僅かに眉を寄せた。
    (「……これが、実践。大規模な戦争じゃなくて、役割のある、戦い」)
     燈、と癒しを呼んだ。この力があれば春の日に誰かを救う事が出来たのか。
     廻った思いを払う様に螢は両の足に力を籠める。眼前で、血潮が流れる事にも厭わずに『死』を欲するように飛び込む白雪が獣の様に笑った。
    「確かに、生前のお前たちは強かったのかもしれないけどさ。
     何をしてたのかとか、どうしてこうなったのかとか、そういうのは全部そこで途切れた」
     架空線は果て無く千切れる。祝の金の瞳は冷たい色を帯びて細められた。
     理不尽な死は、少女の心に重く圧し掛かる。気づいた頃には居場所を奪われ、文句を言う事も出来なくなった哀れな『人形』――ぐ、と奥歯を噛み締めて少女は地面を蹴った。
     からり、音立てたそれに続いてダグラスはアンデッドを貫いた。武器を通してアンデッドの感触が掌へと伝わってくる事に表情が僅かに曇る。
    「終わってしまったいのち――ちゃんと終わらせてあげる」
     血色の赤が細められる。地面を蹴って踊る様に体を捻った想々は茶の髪を柔らかに揺らす。床を踏みしめた彼女の足元からゆらりと伸び上がったのは可愛らしい狐。
     牙を剥くが如く男たちへと飛び込むそれは主人に向けて嬉し気に尻尾を揺らした。
     アンデッド達は、狙いを分散させ、庇う事で体力をすり減らす相手へも狙いを定める。近接攻撃をメインとし、振り翳された拳の重さは見た目から良く分かると陽太はその手に武器を持ち替えた。
     がたん、と大きな音たてて倒れた家具。その隙を掴んと飛び込むアンデッドと視線を併せ『死』の気配を感じ取った白雪の口元に笑みが零れる。
    「さぁ、クトヴァ」
     相棒呼んで、双子の刃を震わせた。アンデッドの死に顔が兄の顔に重なった――彷彿とさせたそれが白雪をより掻き立てる。
    「こっちだ!」
     飛び込むクトヴァがアンデッドの躰を薙ぎ倒し、追撃掛けた白雪が靭やかに飛び込む。
     頬を切られた衝撃で溢れる焔が心中で怯える『私』を刺激して、彼女は更に笑みを浮かべた。
    「む、無理するなよ……!」
     顔を上げ、癒しを与えた螢は傍らで支援へと徹する妹の手を握りしめる。小さな掌の冷たさに彼女がビハインドだという事を実感し英雄は唇を噛み締めた。
    「燈、危ないから少し下がって。……今度こそ、お兄ちゃんが燈のヒーローになるからな」
     夜明け色の瞳を細める彼の眼前でさくらえがふわりと裾揺らす。手の内の玻璃が彼の深淵を映しこめば、その向こうに立っていた男たちはふらりと揺れた。
     ひとり、ふたりと倒れていく『嘘のいのち』の重みが掌へと冷たさを伝えてくる。
    (「感情が絡むこういう場で、彼女がいてくれることが何よりもありがたい」)
     故に、この場所で自分は敵へと牙を剥く。
     連携をとるアンデッド達は確かに強敵だった。しかし、それも今宵で終わり。
     螢の両眼には倒れたアンデッド達の死に顔は鮮烈なものとして映る。
    (「――死んでるんだ、あの人……」)
     首を振り、向き直れば前線でアンデッドを薙ぎ倒した白雪の姿が映る。
     癒しを贈った螢の傍らで、焔を纏った白雪が相棒を呼ぶ。その赫々とした色の中、アンデッドは怯む事無く少女へと刃を向けた。
    「銃器の扱いに慣れてても人を殺すのは慣れていないだろう」
     銃器の扱いならば陽太とて。肉薄し、弾き出した一撃にアンデッドの躰が勢いよく家具へとぶつかった。机の上から書類が散らばり、そこに書かれた氏名に祝は「生きた証」を見た気がして首を振る。
    「もう、おわりにするんだ」
    「永遠に、おやすみなさい」
     声を震わす祝の言葉に想々は静かに頷いた。小さな狐は主人の言葉に呼応して飛び出してくる。
     追いかけるは赤い絲。混ざり合ったそれがアンデッドの身を吹き飛ばせば、前線に飛び出すダグラスは只、一手を投じるのみ。
    「ああ、死人は大人しく寝とけ。その方が世の為だ」
     その拳は重たい。アンデッド個人に向けたその一撃は己の信条を乗せていた。
     倒れたアンデッドを飛び越えて前線へと飛び出すさくらえがアンデッドを抑え込む。
     その後方、エリノアは手にした槍の穂先をアンデッドへ向け、勢いよくその身を貫いた。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」


    「……偽物の生活は、もうおしまい」
     伽藍洞になった室内を見下ろして冷めた瞳で見つめていた想々はゆっくりと目を伏せる。
     倒れた椅子をもとの位置へと戻し、荒れた室内を眺めれば其処には誰かの生きた証があった気がして、祝は倒れたアンデッドの隣へとしゃがんだ。
    「おやすみ」
     目を閉じれば、眠っているかのようで――平穏がその場所にはあった様に感じた。
     落ちた書類を拾い上げながら、さくらえは彼らが普通の青年たちであったことを痛感する。
    「さくらえ」
     呼ぶ声に、日常に戻った気がしてさくらえはエリノアへと笑みを漏らす。
     理不尽な死と、『成り代わり』の事実は痛ましい事実でしかないから。
    「……エリノア、君がいてよかった」
     ――彼女が呼べば、『普通』に戻れる気がしてさくらえは落ちた書類を整えた。
     かりそめの命を与えても、荒れた部屋は疑わしい。ダグラスは掛けた椅子の足を撫で小さく息をついた。
    「それにしても、なんでこんな回りくどいことをノーライフキング達はしていたんだろう?」
     その問い掛けに、応えるものは誰もいない。痕跡を残さぬ様にと立ち回る灼滅者達は皆、それぞれの想いを抱えていた。
     室内を片付けながらヒントはないものかと探す白雪が首を振れば落胆したように祝は肩を竦めた。
    「何か、怖いな……」
     呟く螢に陽太は小さく頷く。
     思惑が渦巻くこの場所は、まだ始まりに過ぎない。行こうと呟き扉を開けば、そこには同じ景色が広がっている――誰にも気づかれず、一つの芽を摘んで灼滅者達は足早にその部屋を後にした。
    「……まあいいさ。ヤツらの企みは片端から全て叩いて潰してやる」
     夜は静かに更けていく。見上げれば、今日の月の色はいつもと同じだった。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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