駐屯地のアンデッド~深夜のスニーカーズ

    作者:六堂ぱるな

    ●それは密かに進む
     灼滅者たちの集合を待って、埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は手にしたファイルから顔をあげて説明を始めた。
    「桜も咲いていい季節にすまないが、対応してもらいたい案件が発生した」
     切り出されたのは、春先にあまり歓迎しかねる話だった。
    「実はアンデッドが、日本各地の自衛隊基地で自衛官に成り変わっていると判明した」
     えって感じの沈黙が教室をしばし支配する。
     それはそうだ、ノーライフキングを標的としたサイキック・リベレイターは発射されてそれなりに経つ。何故今まで察知されなかったのか。
    「成り変わりがリベレイター発射前だった為に、今日まで察知されなかったと推察される。彼らは生きている人間のように振る舞い生活を続けていた」
     今になって察知されたのは彼らがこれから何らかの行動を起こすからだ。そしてその『何らかの行動』をさせるわけにはいかない。
    「悪事しか考えられんのでな。よって自衛隊基地に侵入し、彼らを灼滅して貰いたい」

     当然ながら自衛隊基地は関係者以外立ち入り禁止である。
     物理的に押し通るだけなら簡単だが、なるべく穏便に事を収めたい。
    「諸兄らの『旅人の外套』というESPなら対人は勿論、対監視装置にも有効だ。それにより一部が潜入、監視装置を解除した後に残りが侵入というプランを推奨する」
     自衛隊員に成り変わっているアンデッドは、夜は寝たふりをするため敷地内の寮に戻る。さすがに同じ室内に一般人がいれば露見する、ぐらいはわかるのか、寮の一室全員をアンデッドで揃えているようだ。
    「彼らがどの部屋にいるかは地図を用意するので、深夜に基地に潜入しアンデッドを撃破、のち撤退してきて欲しい。これが今回の依頼の全容だ」

     目標の室内にいるアンデッドの数は4体。全員が若い男性、だったものだ。ノーライフキングの下僕として出てくる普通のアンデッドよりは高い戦闘能力を有し、互いに協力して戦闘するという事に慣れている。
     近接戦闘で麻痺や毒などの損害を被る可能性があるので、その点の注意も必要だ。
    「生前から戦闘力が高かったということもあるのだろう。潜入作業や撤退など、考えることは多いと思うが、油断はせずに対応してくれ」
     幸いアンデッドたちは踏み込まれても逃走はしない。きちんと対策を立てて臨めばそうそう取り逃すことはないだろう。
    「アンデッドたちは下っ端だが、基地内の破壊工作ぐらいは可能だ。狙いは恐らくその辺りだろう。企みを潰してやってくれ」
     目標の部屋に印をつけた地図を配布し、玄乃は灼滅者たちを送り出したのだった。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    蒼月・碧(碧星の残光・d01734)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)

    ■リプレイ

    ●Nick of Time
     夜更けの自衛隊駐屯地へ忍びこむのは造作もなかった。厳密には、必要なものが揃っていれば、ということになる。
     駐屯地の警備室を目指し、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は誰にも、光学機器にも見咎められない闇を纏って敷地内を進んでいた。
    「穏便にー、穏便にー。ふふ、何かスパイ映画みたいでちょっとワクワクしちゃう」
     どこか胸躍るスリルを感じてしまうのは、頭にウイングキャットのきなこを乗せた風宮・壱(ブザービーター・d00909)も同じだった。
    「なんかスパイみたいでドキドキするな。まーここからゾンビ映画になるんだけど」
     その傍らを行きながら、勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)は彼愛用のコートを汚さないよう気にかけていた。かつて自身が贈ったものを借りているのは不思議な気分だ。寄りそうのは彼の『にいさん』、ビハインドである。
     地図を片手に現在位置を確認し、天方・矜人(疾走する魂・d01499)はついでに人の多そうな場所にチェックを入れながらついてきていた。その傍らつい、考える。
    「人間社会に潜り込んでいるアンデッドというと、鍵島・洸一郎を思い出すな。他の主要な機関にも潜り込まれてる可能性が高そうだが……」
     それはあまり楽しい想像ではなかった。

     目的の警備室に近づくと当然ながら、数人の人の気配がする。そっと扉を開けると、室内ではちょうど四人の自衛官が作業や話をしていた。しばらくの間強制的に休憩してもらわなくてはならない。
     一人ずつ傍につき、タイミングを合わせて一気に手加減攻撃を加える。
    「ゴメン、チョット眠っててね」
     朱那の呟きを聞くこともなく自衛官たちは崩れ落ち、うち一人が取り落としたコーヒーがかかっていないか、みをきはばたばたとコートを翻した。壱がおかしそうに笑う。
    「別に汚したって怒らないのに」
    「壱先輩のコートですし、そういうわけにはいきません」
    「よし、手分けして警報や監視カメラの映像を切るぞ」
     矜人の言葉に頷いて、それぞれがパソコンやコンソールのスイッチの操作を始めた。

     待機組は駐屯地の外で仲間の迎えを待っていた。目の前には車の連なる駐車場、その向こうに官舎がいくつも建っている。少し前に彼らの携帯には、警備室を制圧した旨のメールが届いていた。
    「自衛隊に入り、何を企んでいるのでしょうかねぇ……?」
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)としては目的が気になるところだった。まさかとは思うが、武蔵坂学園に対する侵攻準備ではないか。
     しかしそれ以前に、敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)としては自衛官に被害が出ていることに憤りを感じていた。
    「とんでもねえところでとんでもねえことしてくれやがるな……」
    「高校になって初めての事件がアンデッド化事件なんて。裏で動いていたのを気付けなかったのは悔しいですが……悔やむのは後ですよね」
     せめて闇にいくらかでも紛れるよう、フードのついた黒いマントを羽織った蒼月・碧(碧星の残光・d01734)が悄然と俯いていた。少しずつバベルの鎖が緩んでるのかな、という疑念を感じながらも、稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)が彼女に笑いかける。
    「ともかく、放っておけばろくなことにならないわ。ちょっと気はひけるけど、しっかりお仕事こなしましょ」
     陸上自衛隊の普通科のものに似た歩兵服を羽織っているが、もちろんその下は晴香愛用のきわどい真紅のリングコスチュームだ。
     やがて建物と建物の間の闇を縫って、壱とみをきが小走りで彼らに近づいてきた。
    「……油断はしないで行きましょう」
     表情を引き締めた碧が呟き、一行は駐屯地の中と外を隔てる策を跳び越える。
    (「よりによって何かを「護る」立場の人間に成り代わるとはな……胸糞悪い」)
     ここから先は作戦行動。憤りは飲み下し、周囲へ気を配りながら雷歌は独りごちた。
    「大事になる前に潰す、行こうぜオヤジ」
     かつて自衛官だった父、紫電の姿を写したビハインドがつき従う。

     灼滅者たちは闇に紛れながら寮へ向かう。一度自衛官に遭遇したが、旅人の外套を纏った壱が離れた場所で音をたて、注意を引いてやりすごした。
    「こういう時にサウンドシャッターが使えたらよかったんですけど……」
     敵を前にしていない状態では発動しないので、碧がしゅんと肩を落とす。
     流希は駐屯地内の様子を観察した。有事に備えて――それこそ、もし学園に攻めてくる準備でもしていれば何らかの形跡があるはずだ。しかしこれといって変わった様子は見受けられない。
     先行班が監視カメラや警報装置を切ったことで、後発班はなんなく駐屯地内を横断して目的の寮へ到達した。みをきとハンズフリーの電話を繋ぎっぱなしにしていた朱那が気がついて押し殺した声をあげる。
    「あ、きたきた。コッチだよ!」
     寮の中を窺っていた矜人も顔を出した。暗闇で見るとマスクのインパクトが凄い。
     闇の中から現れるスカルマスク、下半身のないビハイドたちに翼の生えた猫。これから死体も増えることを思うと、壱は苦笑せずにはいられなかった。
    「……ここの寮、後で幽霊が出るって噂なったりして……。でも変な事件に巻き込まれるよりマシってことで」
    「まったくですよ……。相手が寝たフリをして寝そべっておりますからねぇ……。初撃は素早く、体勢が整う前に加えてしまいましょう……」
     すました顔で流希が頷き、灼滅者たちは寮の中へと踏み込んでゆく。

    ●Illegal Alien
     鍵をなんなく破壊して一行は部屋へ滑りこんだ。寝たふりをきめこむ人ならざる者たちが起き上るより早く封印を解き、戦場となった部屋の物音を碧が周辺から断ち切る。
    「あんたらが元々どんな奴だったか今となっちゃ知る由もねえが……ろくでもねえことになる前に送ってやるよ」
     自衛官だった父と同じ道を志す雷歌の声は、言いようのない想いに満ちていた。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     開戦を告げたのは雷光迸る矜人の拳撃だった。真っ先に飛びかかってきたアンデッドの顎にまともにクリーンヒットする。部屋の奥側のベッドから起き上がった二体の目が妖しい光を宿した。
    「さあて、お部屋の大掃除と行こうかナ!」
     轟音をあげて駆動するバベルブレイカーを朱那が楽々と振り上げ、振り下ろした。回転する杭が床に打ち込まれて衝撃波がアンデッドたちの足を襲う。
     歩兵服を脱ぎ捨てて愛用のリングコスチューム姿になった晴香は、軽いステップで回りこむとラリアットを咽喉笛に叩きこんだ。ごきりと鈍い音が響いて首が傾く。
    「曲りなりにも自衛官。気を抜かず、一体づつ倒していくぞ」
     別人のように表情も口調も引き締まった流希が滑るように部屋を疾った。ローラーダッシュの勢いそのまま、炎の尾を引いたキックがアンデッドへ弧を描く。咄嗟に割って入った別の屍が蹴りを受けて回転しながら吹き飛んだ。
    「……どうして彼らはアンデッドになってしまったのでしょう。倒すだけ、ではありますが気味悪いですね」
     魔力を宿した霧を展開して仲間に攻撃力を底上げする加護をかけ、みをきはふわりと一歩退いた。代わって前へ滑り出たビハインド、彼の『にいさん』が邪眼を宿したアンデッドに鮮やかな斬撃を浴びせる。
     呼吸が合っているのは彼らばかりではない。流希へ掴みかかろうとしたアンデッドの前に立ち塞がり、攻撃を受けながら壱もシールドを展開して殴打を返す。億劫そうに頭の上から飛び立ったきなこは、尻尾の鈴を鳴らして仲間の傷を癒した。
    「護国の刃、その身で受けな!」
     雷歌の聖剣が破邪の光を放つ。聖なる祝福を受けた攻撃は斬撃というよりは峰打ちぎみにアンデッドを襲った。それでも骨の軋む音はする。白い軍服を纏った紫電の包帯が緩んだと見るや、晒された顔で四体のアンデッドが震えて苦鳴をあげる。
     最近実力はついてきたと思うけれど、しっかり、地に足付けて確実に。敵の動きを見定め仲間をサポートするのが自分の役目だ。
    「癒しはボクの仕事……誰も倒れさせはしませんよ」
     警戒色に輝く交通標識を構えて、碧は油断なく敵を見据えた。

     矛を交えて数分、庇い手であるアンデッドが一体落ちると一気に戦局は傾いた。
    「にしても、こんな事して何になるってんだ? 自衛隊を壊滅させるって魂胆なら、こんな事、凄く面倒なだけだし……?」
     流希の呟きは自問自答に近い。納刀した堀川国広の間合いにアンデッドが踏み込んだ瞬間、斬撃は白光をひいて疾った。二枚に下ろされなかったのが不思議なほどの深手を刻みつける。
     軍刀を抜いた紫電が滑るように距離を詰め、逆袈裟の斬撃を食らわせた。その陰から現れた雷歌の拳がアンデッドの胸板を続けざまに抉り、骨の砕ける音が響く。
     柔らかく膨らんだ鈍色のエプロンが朱那のステップで揺れた。くるりと回った朱那の細い肢体の周りの空間が歪み、現れたのは不吉な光を宿す無数の刃。もはや庇うもののない二体のアンデッドたちは刃の驟雨にさらされた。
     仲間を癒すための標識を手にした碧の腰の後ろで白いリボンが揺れてはためく。それはしゃららと音をたて、ダメージが深いほうのアンデッドを引き裂いて戻った。
     ぐらりと揺れた屍をかわし、みをきの舞うような蹴撃が隣の屍の頭をしたたか捉えた。骨が軋む音をたてて床に激突する。
    「死者はどうか安らかに、土の下で眠ってください」
    「間に合わなくってゴメンね」
     続けざまに壱が炎のように輝くシールドを展開したBrave Heatを叩きつける。
     おあー、と鳴いたきなこの尻尾で音をたてる鈴が光り、前衛たちの傷をいくらか塞いだ。はらりと花びらをこぼしながら間合いを詰めたみをきのビハインドが、アンデッドに深々と刀を突きたてる。
     その傍らを抜け、もはやバネ仕掛けのように跳ね起きたもう一体のアンデッドが晴香に迫る――敢えて晴香は殴打に近い毒滴る爪の一撃を受け止めた。
     敵の攻撃を敢えて受け、それ以上の反撃を魅せつけることこそプロレスの本懐。
    「ゾンビ相手に戦い方を誇っても意味ないけど……自分の美学に嘘をつきたくないのよね!」
     半歩退き、回り込んで背後からクラッチ。ふらつきながらもアンデッドを持ちあげると晴香は後頭部から思い切り床に叩きつけた。砕ける骨の感触、再起不能の手応え。
     その一瞬に生まれた敵の隙を矜人は見逃さなかった。
    「今回はちょいと応用編! 貫き穿つ! スカル・ブランディング・オルタナティブ!」
     スカルコートを翻して躱してのけた矜人は、連なる背骨のような意匠のタクティカル・スパインを槍のように操った。空気を裂いた杖は立ち竦むアンデッドを腹腔を刺し貫き、流し込んだ魔力が内部から肉を爆ぜさせる。ショットガンで撃たれたように大穴が開いて、動く屍は崩れ落ちて動きを止めた。
     これであと一体。
    「もう、倒れて下さいっ!」
     悲痛な声とともに碧が燃え上がる一撃を浴びせ、肉の焼ける匂いが部屋に漂う。人間なら耐えられぬ熱も痛みも、彼はもう感じていない。
     上段の構えから流希が繰り出した斬撃は、袈裟掛けに肩から腹腔までを切り裂いた。それでもアンデッドの動きは止まらない。
     身の丈ほどもある富嶽を掲げ、雷歌は掴みかかろうとするアンデッドを見据えた。
     護国の志半ばで屍王の僕と成り果てた彼には、罪はない。
     雷歌の怒りがここにいない屍王へ迸る。
    「何を企んでるか知らんが、叩き潰すまでだ!」
     渾身の力で振り下ろされた刃はアンデッドをまっぷたつに断ち切った。

    ●Next Phase
     自分たちの傷を癒して灼滅者たちは事後処理にかかった。自衛官たちの着衣や認識票を手早く改めて、流希が猫の姿に変じると部屋の隅々までを調べ始める。
     派手な戦闘の痕跡はなるべく残しておきたくない。矜人と出来る範囲で室内を片付けながら、壱はついでに自衛官たちの私物もチェックを入れてみた。
    「企みの証拠、なんてさすがにないかな?」
    「今後の予定表とかあると手間が省けるんですが」
     みをきも手伝って調べてみたが、およそ今回の事件に関係していそうなものを見つけることはできなかった。流希が埃まみれでベッドの下から現れて変身を解く。
    「めぼしい情報がありませんねえ……所属や所持品を撮って行って、帰ってから調べましょうか……」
     ところで、ここに至ってもアンデッドたちの死体は消えてなくならなかった。もちろん消滅までに時間がかかることもあれば、死体が残るケースもある。
    「バベルの鎖があるからそうそう面倒なことにはならないと思うけど、念の為偽装しておきましょうか」
     怨恨による殺人の現場、というふうに場を設えて晴香が息をついた。
    「じゃあお暇しよっか。お休みしてもらった人たちが起きたら騒ぎになっちゃうからネ!」
     窓から外を確認しながら朱那が仲間を振り返り、必要と思われる情報やものをひとおおり撮影し終えた流希がのんびりと首肯する。
    「ええ、騒ぎが大きくなる前に撤退いたしましょう……。色々と調べたい事もありますからねぇ……」
    「あ、見つかったみたいですよ」
     碧が闇の向こうを指して声をあげた。監視棟に灯りがついて人が集まってきているようだ。寮の廊下はまだ静かなことを確認し、扉を閉めて雷歌が囁く。
    「見つからないに越したことはねえ。気をつけて行こう」
    「警備が厳重なところは頭に入ってるさ。姿を隠せない奴は注意しろよ」
     窓を開けて先んじて外へ出ながら、矜人は再び闇を身に纏った。後は最短ルートで脱出するだけだ。一行は彼を先頭に寮を後にした。
    「スパイにゾンビ、最後は大脱出だね」
     共に闇の中を駆け抜けながら囁く壱に、みをきがくすぐったそうに笑う。

     灼滅者たちは夜陰に紛れて駐屯地を後にした。
     陰謀の真意がどこにあったのかは、この時誰もが知る由もなかった。その意図するところが浮かびあがるのは、まもなくのことだったのである。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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