叡智を求める鬼神

    作者:天木一

     満開に咲き誇る桜の木の近くに古びた旅館がある。暗闇の中に月明かりが差し込み室内を照らす。そこに居るのは一人の女性。月の輝きで編んだような美しい白銀の髪から5本の黒曜石の角が突き出し、胸元の大きく開いた和服を着て、短い裾からオーバーニーソックスを穿いた脚が剥き出しになっていのは扇情的だった。
     静かな部屋に聞こえるのは女が動かすペンの音だけ。何やら紙に書き記しては思考している姿は服装とは対照的に理知的なものだった。
    「バベルの鎖を無くした存在……セイメイのノーライフキング、ご当地怪人の研究……それらを調べればソウルボードの全容を明らかにできるだろうか……?」
     ペンを置き大きなテーブルに紙を並べる。そこには既に資料のように書き込まれた紙がびっしりと並んでいた。
    「まだ謎を解くにはピースが足りないか。もっと情報を集めなくては叡智の深淵を覗き見る事は出来ない」
     するりと着物を靡かせ零れんばかりの大きな胸を揺らしながら立ち上がり、女は赤い眼で壁についた鏡を見る。
    「大人しくこの紅鬼姫の成す事を見ていろ、世界に秘められた知識も、全てを薙ぎ払う力も手に入れ、完全にこの体を支配してゆく様を」
     まるで自らに話しかけるように女は宣言する。
    「今度こそ、貴様の全てを奪い取ってやる……!」
     唇を吊り上げた妖艶な笑みが鏡に映った。

    「武蔵坂防衛戦で闇堕ちした守安・結衣奈さんの行方が判明したよ!」
     教室に集まった灼滅者達に向かって能登・誠一郎(大学生エクスブレイン・dn0103)が、闇堕ちして行方を晦ましていた守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の発見を告げる。
    「廃業して取り壊す前の旅館を根城にして、知識の探求や新たな力を得る為に情報収集を行っているみたいだね」
     外へ情報を集めに行き、情報を持ち帰っては旅館の2階の部屋で分析をしているようだ。
    「紅鬼姫(こうきひめ)と名乗るダークネスは目的の為なら手段は選ばないから、放っておけばいずれ被害も出てしまうよ。そうなる前に闇堕ちから救ってほしいんだ」
     今は警戒して派手に動いてはいないが、いずれは知識を手に入れる為の行動がエスカレートしていくだろう。
    「結衣奈さんは2度目の闇堕ちで、相手は一度敗北した経験があるから用心深くなってると思うよ。逃げる可能性もあるから十分に気をつけて作戦を練ってほしい」
     それを証明するように、根城にした旅館は正面玄関と、荷物搬入用の裏口の二つの出入り口がある。もちろん部屋にはそれぞれ人が通れるような大きな窓もある。
    「踏み込むのは相手が宿にいる夜から朝までの時間帯になるよ。夜の周辺には人気がない場所だから一般人を巻き込む心配はないよ」
     朝になればまた紅鬼姫は外へと出て行ってしまう。そうなれば捕捉は難しい。
    「それと、みんなの言葉が結衣奈さんの心に届けば戦闘力が落ちるんだ。そうすれば助けられる確率は上がるはずだよ」
     絆が深いほど言葉は心を揺り動かし強い効果を発揮する。
    「今回の作戦にはわたしも参加させてもらう。結衣奈さんにはわたしも助けられたことがある。今度はわたしたちが助ける番だ。必ず助け出そう」
     よろしく頼むと貴堂・イルマ(ヤークトパンター・dn0093)が深々と頭を下げる。
    「知り合いが居なくなるなんて寂しいからね。もしダメな時は、なんて言わないよ。みんなならきっと助け出せるって信じてるからね」
     この任務に失敗すれば完全に闇堕ちしてしまうという切羽詰まった状況。だが誠一郎は信頼しきった目で灼滅者達を見渡す。その視線を真っ直ぐ受け止め、力強く頷いた灼滅者は作戦を成功させる為に動き出した。


    参加者
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ

    ●夜明け前
     静かな夜。春とはいえまだ冷たい風が吹く中、灼滅者達はじっと身を潜め待ち続ける。すると空の彼方が白ばみ始めた。
     時間を確認すると午前4時を回っている。灼滅者達は時計を合わせグループに分かれて予定通りに行動を開始した。
    「そろそろね、行くわよ」
     神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は猫に変身する。
    「では私達は裏口から」
    「こっちは任せてくれ、絶対に逃がさねーぜ」
     ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)と槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)が建物の裏を指し示す。
    「守安さん、絶対助けてみます。待っていってくださいね」
     拳を握る志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)も続き、3人は裏口へと向かった。
    「こっちも始めるの」
    「探求部部員として彼女を秦さんと一緒に帰って来させる。それが今回の目標ですね」
    「この手で愛する結衣奈を取り戻す!」
     上を見上げた羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)は猫の明日等を抱き上げ、為すべき事を確認した九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)が壁に寄る。そして誰よりも強い気持ちを宿す秦・明彦(白き雷・d33618)の3人はまるで床を歩くように壁を登り始める。
    「結衣奈を連れ帰ろう、絶対」
    「ああ、必ず一緒に帰ろう」
     気合を入れた司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)と、頷く貴堂・イルマ(ヤークトパンター・dn0093)は正面玄関へと足を向けた。

    ●紅鬼姫
     人気の無い静かな宿に、一階からギシッと木の床が軋む音が響く。それは床の脆さを使った原始的な警報装置だった。
    「嗅ぎつけられたか……そろそろ此処も引き払い時だと思っていたが、一手遅かったか」
     はだけた着物を纏った紅鬼姫は、手にした資料を放り捨て椅子を蹴り窓へ足を一歩踏み出す。それと同時にガシャンッと窓を割り灼滅者達が2階の客室へと突入した。
    「結衣奈、迎えに来たぞ。一緒に戻ろう」
     明彦が左手の鉄棍でガラスを破って飛び込み、鉄棍に雷を宿して腹に向けて突き入れる。
    「こちらからも、挟撃か!」
     紅鬼姫は桜の花弁があしらわれた鞘から刀を抜き打って棍を弾き、無防備な明彦の胴へ刃を薙ぐ。
    「気付かれましたか、なら先に始めましょう」
     続けて踏み込んだ皆無は鬼腕を模した手甲で攻撃を受け止め、押し戻して窓際に寄っていた紅鬼姫の体が部屋の中央へと追いやる。
    「やっとみつけた……!」
     部屋に入った結衣菜が魔力の宿る瞳で見知った顔を見つめる。
    「絶対に取り戻してみせる。だって、だって。守安・結衣奈さんは大好きな先輩だもの」
     そしてローラーダッシュで加速し炎を纏う蹴りを脇腹に叩き込んだ。
    「くっ先手を取られたか、脱出路は……」
     紅鬼姫は窓を見るとそこには一匹の猫が居た。突破しようかと身構える、すると人の姿に戻り立ち塞がる明日等の姿が現れた。
    「随分と待たせてくれたわね。この前、助けてもらった借りはここで返すわ」
     明日等は帯を矢のように撃ち出すと、紅鬼姫は刀で弾き飛ばす。ウイングキャットのリンフォースもその隣に並んでここは通さないと魔力を放つ。
    「ここで囲まれるのは拙い……!」
     一瞬で判断を済ませ、左腕を大きく膨れ上がらせ鬼のものへと変えた紅鬼姫は、ドアを殴り飛ばして廊下へと飛び出る。そこで階段を上ってきた灼滅者と出くわした。
    「そんなに急いで、どこに行くつもりかな?」
    「足を止める!」
     銀河とイルマが影を伸ばして両足に絡みつかせる。
    「邪魔をするな、人間!」
     紅鬼姫は刀で影を斬り裂き、牽制に帯を射出しながら突っ込んで階段へ飛び込む。
    「お勉強してたとこ悪ぃんだけどさ、俺らの仲間を返してもらいに来たぜ!」
     その正面に居た康也が出会い頭に巨大な鋏を腹に突き刺す。
    「退け!」
     紅鬼姫は康也を殴り飛ばして壁に叩きつけると階段を飛び降りようとする。
    「来ると思っていました、残念ですがこちらは行き止まりです!」
    「守安部長、皆で迎えに来ましたよ。一緒に帰りましょう」
     そこへミネットと藍が左右から踏み込み、同時に雷を宿した拳を腹と胸に叩き込んで2階の廊下へと押し戻した。
    「結衣奈さんならそんな姑息な事はしない」
     部屋から上体を出した明日等は逃げようとする相手を挑発しながらライフルの引き金を引き、放たれた光線が背中を焼く。
    「先輩を助ける為、紅鬼姫などには負けない。この場から逃がしてもやらない」
     部屋を飛び出た結衣菜は減速せずに壁を走って跳び、背中を蹴り飛ばした。
    「追い詰めたぞ。お前を決して逃さない!」
     正面からは明彦は鋭く槍を突き出し、紅鬼姫を壁際へと押し込める。
    「おのれ人間風情が……ならば腕ずくで道を切り開いてみせよう」
     紅鬼姫が人睨みすると冷気が吹き荒れ廊下が凍りついていく。そして氷を踏みしめ一気に間合いを詰めて明彦を鬼腕で薙ぎ倒し、刃を胸に突き立てようとする。
    「いつもの学園、いつものクラブ、いつもの四人組……そこには結衣奈が居なきゃダメなんだから、戻って来てよ!」
     そこへ割り込んだ銀河は縛霊手で攻撃を受け止め、殴りつけようとすると紅鬼姫は後退し拳は空を切る。
    「紅鬼姫、貴方は守安さんにはかなわない、探求力もそして戦闘力も。だって、守安さんにはこんなに多くの人に慕われて、皆の協力を得られるんだから。その力には紅鬼姫、貴方は勝てない」
     藍は槍を捻じるように突き入れる。穂先が避けようとする紅鬼姫の肩を抉った。すると紅鬼姫の懐から翼の紋章が施された懐中時計が転がり落ちる。
    「ふふ、懐中時計、ちゃんと持っていてくれたのですね。考えてみれば、結衣奈さんとはもう4年以上の付き合いになりますか……」
     それを見たミネットは嬉しそうに過去を振り返る。
    「ええ、貴女がいない毎日は、中々に張り合いがなかったですとも! 何故って貴女は大切な友人ですからっ! だから……部長として、友人として。Aileの絆の元に、貴女を連れ帰りますのでお覚悟を!」
     必ず連れ帰ってみせると剣を掲げ仲間を清らかな風で包み冷気を追い払う。
    「小娘などもう二度と目覚めさせぬ!」
     忌々しそうに紅鬼姫は断じ帯を飛ばす。
    「既に一度失敗しているあなたを恐れる理由はありませんね」
     皆無は床を滑るように避け、蹴りを放って足を刈り姿勢を崩させる。
    「皆が俺を助けてくれた、だから今度は俺の番だ!」
     そこへ康也は腕を獣のものへ変え鋭い爪で体を引き裂いた。
    「否だ、今度は助けられぬ。この体は私のモノだっ」
     お返しとばかりに康也は下から紅鬼姫に胸を殴られ天井へと叩きつけられる。
    「その体はお前のものではない!」
     すぐにイルマが上に向けて矢を放ち康也の傷を癒した。だが落下してくるところへ紅鬼姫が刃を打ち込む。
    「結衣奈さんの体で好き勝手はさせません!」
     ミネットは伸ばした帯を巻き付け硬化し、鎧のように刃を防いだ。
    「結衣奈が言ってた絆の力って奴を、今度は俺らが! 見せてやる!」
     力を高めた康也は魔力の弾丸を撃ち込み、感覚を狂わせる。
    「ダークネスである紅鬼姫が絶対に理解できない友情を以て、もりゆいさんを取り返す!」
     跳躍した結衣菜が赤い標識を頭上から振り下ろす。
    「囀るな人間!」
     眉間に皺を寄せ紅鬼姫は刀で受け止める。そして反対の鬼腕を振り抜く。
    「そうやって怒鳴るということは、効いている証拠ですね」
     それを皆無は手甲で受け止め、骨を軋ませながらも押さえ切った。
    「隙だらけだぞ!」
     弓を構えたイルマが声をかけると反射的に紅鬼姫は身を躱す。だが矢は皆無に向かい体を治療した。
    「守安さんならこんな初歩的な罠には引っかからない」
     その隙に飛び込んだ藍は拳の連打を叩き込み壁に釘付けにした。
    「結衣奈が一番大切な、結衣奈を一番大切な人も、ここにいるんだよ! 今なら想いのままに、どんな理不尽も捻じ伏せられるはずだよ!」
     銀河の影が触手のように絡みついて動きを止める。
    「お前に俺と結衣奈の絆は断つ事はできない。その証拠がその指輪だ」
    「な、なんだと?」
     その正面に立った明彦は紅鬼姫の左薬指を指差す。するとその動きを止め呆然と指輪に視線が向かう。
    「それは俺が結衣奈に渡した婚約指輪。お前が解放されても決して途切れなかった、俺と結衣奈の絆の証だ!」
     想いの乗せて明彦は鉄棍を振り抜くと、刀で受け止めた紅鬼姫の体が押し切られ壁まで吹き飛んだ。
    「何故こうも一方的に……小娘めっ、私の邪魔をしているな!」
     傷を負った紅鬼姫は怒りに震え、膨張した鬼腕を振り下ろして床に大穴を空けた。そのまま1階広間へと落下する。
    「ここまで待たせておいて逃げるなんて許さないからね」
     着地する前に明日等は帯を飛ばし、紅鬼姫の太腿を貫いた。

    ●絆
    「くっ……ここはいったん引かなくては、完全に身体を支配できれば人間なぞに……」
     着地を失敗して四つん這いになった紅鬼姫は、帯を引き抜き立ち上がって入り口へと向かう。だがそこには結衣奈救出を手伝う為に集まった灼滅者達が待ち構えていた。
    「絶対にここは通しませんよ」
     大きな体を使って三成が入り口を塞ぐように立つ。
    「まだ居たか、たかが小娘一人の為に大仰な事だ」
     喋りながらも紅鬼姫はどうやって出し抜こうかと包囲の粗を探す。
    「みんな守安さんを大切に思っています。また探求部で仲良く探求を続けましょう。こんな所で一人で真理を追い求めても寂しいです。守安さんを大切に思う人がこれだけいます、どうか戻ってきてください」
     統弥がクラブでの思い出を語る。
    「前回はわたしが探求部に入ったばかりのころで、結衣奈さんのこともっと知っていきたいと伝えましたが、今回はもっとはっきりと。一緒にいたいと、何度でも伝えます」
    「何度闇に足を踏み入れかけても、何度でも連れ戻しに来ますよ。僕たちはあきらめが悪いですからね!」
     真琴と七波が絶対に通さないと行く手を阻む。
     紅鬼姫は脚に力を溜め飛び出すように前傾姿勢となる。
    「僕には力も、他の皆ほどの絆もないかもしれない……それでも、少しでも皆の力になれれば満足だよ」
     そこへイサカは風の刃を放って動きを牽制した。
    「防衛戦では紅鬼姫(あなた)の力が血路を開く決め手になった。ありがとう」
     相手の心を揺さ振るように、雲龍が感謝の意を示し礼を述べる。
    「小娘のした事など知るものか」
     紅鬼姫が鬼腕を振るって強行突破を図ると、灼滅者達が体を張って止める。
    「こっちは行き止まりや!」
     そしてサブレが飛び蹴りを浴びせて押し戻す。
    「みんなが君の帰りを待っているし、待ちきれなくて迎えに来てる、だったら答えは決まってるよな」
     剣から風を吹かして高明は仲間を支援する。
    「悪いな紅鬼姫、今回もアンタはお呼びじゃないんだよ」
     そして高明の後方からライドキャリバーが駆けて紅鬼姫を撥ね飛ばした。
    「ならば裏口へ……っ」
     受け身と取った紅鬼姫が反転する。するとそこには既に上から降りて来た灼滅者達が包囲を完成させていた。
    「叡智を……この身体を……渡してなるものか!」
     吠えた紅鬼姫は鬼腕を振るい周辺を吹き飛ばす。柱が折れ建物が崩れ始め上から色々なものが落下してくる。だが灼滅者達は怯まずに前へと進む。
    「どんなに叡智を集めたって、人の想いはそれを容易く超えるんだから!」
     銀河は矢を射る。彗星の如き閃光が腕を射抜いた。だが紅鬼姫は睨みつけて建物もろとも凍りつかせていく。
    「叡智とやらにかまけて、前回の敗北から結衣奈さんの真の強さを学ぼうとしなかった、貴女の負けです」
     ミネットが構えた剣から風が起こり凍傷を癒していく。
    「紅鬼姫ではない守安・結衣奈さんに用があるの。ね、探求部に私がやってきた時のこと、覚えてる?」
     刃に結衣菜が標識をぶつけ、鍔迫り合いしながら話しかける。
    「名前の音が同じだから運命を感じたのよね。だから、あなたをもりゆいさんと呼んで、あなたは私のことをはねゆいちゃんって呼んでくれるようになったのよね。だから、お願い。その名前で私を呼んで。優しく、笑顔で、いつものように。はねゆいちゃんって呼んで」
    「知らぬ、そのような記憶は知らぬ!」
     頭が痛むように片手で押さえ、紅鬼姫は刀を振るって結衣菜を吹き飛ばす。
    「目の前で闇堕ちしておいてそれっきりなんて冗談じゃないわ。他の人ほど優しくは出来ないけれど、それが嫌なら早く正気を取り戻しなさい」
     明日等は槍を突き入れ、抉った肩の傷口から凍らせた。
    「しんどいだろーけど、諦めんな! 手を伸ばせ! 帰るところは、こっちだぜ! 皆、結衣奈は負けたりしねーって信じてるし、待ってる!」
     反対側から康也は挟で腹を切りつけ相手の注意を引く。
    「守安さん、ここで探求をあきらめるんですか? 私はあきらめません。守安さんの探求心がこんなところで終わるなんて絶対思いません。だから頑張ってください!」
     そこへ藍は拳を腹に叩き込んだ。くの字になった紅鬼姫がよろめく。だが帯が蛇のように動き藍の腕を突き刺した。
    「私に……いや、小娘に喋りかけるな! その不快な言葉を止めろ!」
     苛立った紅鬼姫は鬼腕を振るい近づく灼滅者を薙ぎ倒した。
    「志穂崎さん、余計な事は考えずに、説得に集中していいよ。みんな付いてるからね!」
     登がオーラを分け与えて、他の集まった灼滅者達も支援を行い傷を癒す。
    「貴女の居場所はそんなところじゃありませんよ。秦さんの隣とか、後は……魔人編纂室の様な所で、集まってきた情報を分析する、その方がお似合いです」
     暴風のように周囲を破壊する鬼の腕を皆無は正面から受け止め、吹き飛びそうになる体を床を踏み抜いて耐える。
    「そうだ、あなたの居場所はこっちにある!」
     イルマが青く輝く剣から風を起こし皆に活力を与えた。
    「結衣奈! 俺の声が聴こえているか!」
     呼びかけながら明彦は槍で腕を払い、連続で胴を突く。
    「此処に居るのは私だ! 小娘ではない!」
     紅鬼姫は刀で穂先を払い返した刃は明彦の胸を裂く。だが深手になる前にリンフォースがリングを輝かせ刃を受け止めた。
    「あなたに用はないの、ここで消えてもらうわ!」
     背後に回った結衣菜がナイフを肩に突き立て傷口を抉る。
    「その程度なの? 結衣奈さんの方が強かったわね」
     挑発しながら明日等はライフルを撃って太腿を穿つ。
    「おのれっ!」
     大きく跳んだ紅鬼姫が刀を振り下ろす。
    「全員で出迎えるんだ、だから誰も倒させねーっ!」
     康也は獣の爪で攻撃を受け止める。だが刃が爪を断ち腕を半ばまで斬った。そこで急に勢いを止める。
    「みんなとの絆が力になるんだよ!」
     その刃を銀河が縛霊手で掴み取っていた。
    「独りで到達できる高みなど、たかが知れているという事です!」
    「絆の力はあらゆる強さに勝る」
     弓を引いたミネットとイルマの矢が康也を射抜く。すると傷が癒え心を研ぎ澄まし、康也は爪で紅鬼姫を斬り裂く。
    「一人では何かを成し得ない貴女は、彼や私達と一緒になら叡智の果てに辿り付けるでしょう。帰りますよ、武蔵坂へ。皆で一緒に」
     続けて皆無は炎を纏った足で貫くように蹴り上げる。
    「守安さん、どうか皆さんの気持ちを受け取ってください」
     宙に浮いたところへ、想いを籠めて藍が鬼の如く変化させた腕で殴りつけた。
    「守安結衣奈めぇ! 人間に私が二度も負けるというのか!? 叡智では解き明かせぬ力だというのか!!」
     膝をつき満身創痍の紅鬼姫は怨嗟の籠った声を漏らす。
    「俺は結衣奈を愛してる。久遠の誓いは破らない。結婚して、二人で夫婦という絆、そして子供という絆の結晶を育てていこう。それには結衣奈がいないとダメなんだ。目を覚まして俺の元に戻ってきてくれ!」
     明彦の渾身の一撃。鉄棍が受け止めようとした刀を折り、紅鬼姫の肩にめり込んで意識を断ち切った。

    ●朝日
     眩い光が閉じた瞼を刺激する。
    「どうやら目覚めたみたいだ」
     介抱していたイルマがその様子を確認して皆に告げる。
    「みんな……」
     ゆっくりと結衣奈が上体を起こす。すると崩れ落ちた宿と仲間達の姿が目に映った。
    「もりゆいさんっ」
    「はねゆいちゃんっ」
     感極まって結衣菜が抱き着くと結衣奈も抱き返す。
    「よかった……これでいつもの時間を過ごせるよ」
     潤んだ瞳で銀河も喜びのまま抱き着く。
    「みんなありがとう、それと迷惑かけちゃったみたいでごめんね」
    「今回の件は友人として貸し借りは無しにさせてもらうわ」
     抱き着かれたまま頭を上げる結衣奈に、茶目っ気たっぷりに明日等は笑みを浮かべた。
    「お帰りなさい、守安さん」
     笑顔でそう言いながら藍は明彦の背中を押す。すると抱き着いていた結衣菜と銀河が離れる。そして明彦は目の前で止まり膝をつき視線を合わせた。
    「仲間という絆を護る為に闇堕ちしたんだ、謝る事は無い。俺は何度でも紅鬼姫からお前を取り戻すよ」
     実感を確かめるように強く抱きしめた明彦は優しく口づけを交わす。
    「ふふ、お帰りなさい。それと……お邪魔でした?」
     そんな様子をミネットは悪戯っぽく笑って茶化す。
    「これで恩返しできたぜ」
     清々しい表情で康也は気を使って視線を逸らした。
     2人が寄り添い立ち上がると、手助けに来ていた灼滅者達も集まり、嬉しそうに仲間の帰還を祝う。
    「では帰りましょう。一緒に」
     皆無は皆で学園へ戻ろうと声をかける。
     灼滅者達は疲労も忘れたように、日の昇る道を歩き出した。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年4月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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