アッシュ・ランチャーの野望～血の喝采

■リプレイ

●軍
　夜明け前。
　空が仄かに明るい紺色に染まっていくが、まだ光の気配はない。
「嫌な手を使う」
　森田・依子（焔時雨・d02777）が眼鏡越しに前を見据える。滲むのは嫌悪。
「人の側で在ろうとして来た私達の根をつくなんて」
　灼滅者達が赴くのは予知で示された会社の駐車場だ。海辺にほど近いそこでは潮風が強く、吹き抜けていく。烏丸・海月（くらげのくらげ・d31486）も僅かに身を頑なにしたものの、必死に顔を上げて声を張った。
「に、日本侵略はさせません……！　自分達が、ま、守ってみせます……！」
　臆病な少女の芯に、確かな熱が宿るのを知っている。だから野乃・御伽（アクロファイア・d15646）は柔く空気を噛み唇の端を上げた。予め地図で周辺の地形や道路を頭に叩き込んでおいた。現状、抜かりはない。
　矢崎・愛梨（高校生人狼・d34160）も明るい声を響かせる。大丈夫。大丈夫だと信じるからこそ。
「みんな無事に帰ろうね！」
　それは宣言、それは誓い。
　近江谷・由衛（貝砂の器・d02564）が頷き、淡く微笑みを刷いた。腰につけた照明が眼前を照らした。その時だ。会社の建物から出てきて、駐車場に足を踏み入れる人影がある。
　――予知で示された、残業帰りの男性とすぐにわかる。
「うっ、わああっ！？」
　吹き寄せるは王者の風。由衛が力を発揮したなら男性は恐慌状態に陥った。身を震わせ駐車場に座り込もうとするも、御伽に腕を掴まれ阻まれる。
「もう一度会社に入れ。そこから出るな」
　由衛が厳しく命じる。怯えを全身に滲ませながら男はふらふらと来た道を引き返していった。この距離なら一人で向かわせても大丈夫だろう。水燈・紗夜（月蝕回帰・d36910）は彼の背中を見遣り、ほっと息を吐いた。
　もうすぐ戦闘が始まる。三千対八は流石に規模が大きすぎる。思い馳せるだけで不安で気が滅入りそうだ。
　その時。
　上陸してくる軍勢の、気配を感じた。
　大きいうねりのような戦意。人ならざるものの威圧感。一般人の兵士・アンデッドや人型兵器『人甲兵』を柔軟に組み合わせて戦陣を組んでいるという。
　徐々に視界を埋めていく敵を眺め、慎重に進軍を注視する。
「……ここまで大きく人間社会に介入してくるってことは相手も本気ですね」
　花藤・焔（戦神斬姫・d01510）は人民兵を思い苦さを噛みしめる。が、首を横に振った。その本気にぶつかり合い、その上で勝たなければならない。
　紅眼を巡らせて詩夜・華月（蒼花護る紅血華・d03148）が周囲を見遣る。まずは広範に効力を齎すESPを駆使し無気力状態へと貶め、それから更にESPを用い武装解除を呼びかけたり現場から遠ざけたりする手筈になっている。作戦を共有化するにあたり認識の齟齬が見られる仲間もいるが、ここで認識を統一するには時間が足りない。華月は眉を顰めるが、やるしかなかった。
　予知で得られた駐車場付近を起点に、海沿い方向へ捜索の手を拡げていこう。
　軍勢の影が視界内に収まったなら、愛梨と由衛が視線を交わし頷き合う。再び大きく唸りを上げる王の威光。眼前に迫りつつあった一般兵の足取りが目に見えて鈍った。その中で、金切り声を上げ指揮を執らんとする敵影がある。――アンデッドだと、灼滅者達は正確に理解した。
　蘇芳の目は気怠げな色を湛えつつ、確かな光をも宿している。由衛はしっかりと大地を踏み締めた。
「行こう。まだ止まれない」
　一般人でも仲間でも、例え敵兵でも、犠牲は出したくない。
　アンデッド化の懸念の事もあるけれど。兵とて帰る所のある人間であり、軍を操っているダークネスこそが元凶なのだから。

●応
　既に数十人は無力化する事に成功しただろうか。
　一般兵は四十、五十名ごとにチームを組んで行動しているのだと見て取れる。
　その中で指揮官としてアンデッド兵が配置されていることが多いようだ。灼滅者達はESPで雪崩れ落ちる兵士の中で、平然と動いているアンデッドを見つけ出す。サイキックで的確に穿ち、そうして隊を瓦解させていく。
　人民兵をESPで制圧しながら、非一般人と判明した敵から順次狙う作戦だ。
　地道な対応は着実に確実に効果を表しているが、特に殺界形成や百物語はいかんせん効果を及ぼす範囲が限られている。無気力になった兵士を旅人の外套を用いた者達で手分けして武器を捨てさせ無力化するも、どうしても一気呵成にとはいかない。根気よく進めていくほかなかった。
「『武器を捨てろ』！」
　百物語の合間に、紗夜が割り込みヴォイスで中国語を叫んだ。幾人かが虚ろな目で銃火器を地面に落としていく。が、雑音を無視したとしても彼女一人の声が通る範囲にも限界があった。額には疲労からではない汗が滲む。必要な中国語は何人かが暗記して臨んでいたが、呼びかけの輪が小さくなりがちなのは如何ともし難かった。
　王の威風に続いて殺気を迸らせ、華月は一般兵を前線から退かせていく。一手ずつ用いて移動と再使用を試みなければならなかった。かといって人混みが急に緩和されるわけではない。視線を巡らせる。
「『人甲兵』らしい影は見えた？」
「いえ、まだ。……あくまで尖兵を遣わした後に出てくるのかも」
　膝をつきかけた兵士を助け起こし、前線から下がるように告げる。そうして敵の動きと攻撃の射線を常に注視していた依子が苦さを表情に広げていく。焦りがないと言えば嘘だ。だが、ここで挫けるわけにはいかない。
「『退いて』！」
　怯えた面持ちの人民兵に対し、由衛は武装解除と船近くの浜での待機を指示していく。彼女と愛梨の表情を伺っている一般兵達から、姿もなく不意打ちで武器を奪う――それが御伽達旅人の外套を使用している者の役目だ。
　御伽は横から兵士の手をしたたかに打ち、取り落とした銃を力づくで二つに折った。地に落ちた銃の破片を踏みつけ、前に進む。その先に、明らかにこちらに視線を向けている個体を発見する。
「まずは一体！！」
　配下が戦力にならない現状を把握しきれないのか、アンデッド兵は明らかに狼狽していた。一足飛びで駆け寄って、破邪の白光纏う斬撃を食らわせる。
　その残痕目がけて殲術道具を向けたのは、焔だ。狙いを澄ませて黒き帯を射出し、音鳴らぬ心臓を貫通させる。
　灰となり崩れ落ちる様を見届けて、顔を上げる。
「ったく、ご大層な軍団作ってくれてんな。人類管理者だか何だか知らねぇが、好きに出来ると思うなよ」
「そうですね。まだ、これからです」
　一方で視界の隅、愛梨と海月がもう一体のアンデッドを撃破する姿が目に入った。内気な者同士互いに言葉は交わせなくとも、確かな気遣いによる連携で成果を手にしたのだろう事がわかる。手分けはしても散り散りにはならないように留意する必要を感じたから、せめて互いの視界内に収まろうと自然と心がけていた。
　敵が此方を無視して進軍して追いつけないという事態にはなっていないが、今後もそうとは限らない。愛梨は常に王者の風を揮っていたが、その合間にも移動しつつ攻撃も挟み、と動き回らねばならない。大忙しだ。
　どれくらい敵を散らしアンデッドを虱潰しに撃破していっただろう。紗夜が息を呑む。
「！　あれは」
　周囲の雑霊がざわめいたなら、ひしめき合っていた兵士達が武器を捨て踵を返していった。そうしたなら砂煙の向こうから、明らかに他とは比べ物にならぬ巨体が姿を現したのだ。
　目測だが大凡３ｍ近くはあるのではないか。これが人甲兵だと誰もが理解を喉に落とす。
「あ、えと……な、なんて大きい」
　海月は声を震わせつつ決して目を逸らさない。ちっぽけな自分でも身体は動くし、心は熱い。
　ここを制圧させてしまうと大変な事になるのもわかっている。
　だから喉から声を絞り出した。
「自分が出来る事を、自分がやれることをやります……！」

●烈
　誰もが人甲兵に息を呑む最中、焔が瞳を眇めて注意を飛ばす。
「向こうにも！」
　対処療法の規模が小さくならざるを得なかったため、二か所の戦線が膨れ上がり上陸していく。双方に人甲兵が居るために、灼滅者達は選択を迫られる。
　すなわち隊の分割。一方を焔、依子、由衛、華月。もう一方を愛梨、御伽、紗夜、海月と分ける事にした。ESP使いが均等になるように班を組んだのだ。
　一般兵の無力化を更に続けながら人甲兵との距離を詰める。後退していく一般兵と入れ替わるように馳せる。焔が、巨大な人甲兵の足許に滑り込む。
「逃げられませんよ」
　死角から刃を返して斬り上げる。その間に逃げ出す兵士を背で庇うようにして、依子はきつく前を見据えた。兵士に与えられた命は殺すこと？　自分達と死ぬこと？
「……そんなの、御免だわ」
　だからこそ殲術道具を振るう手を休めない。手の甲にエネルギー障壁を生じさせたなら、大きく振りかぶって叩きつける。目のようなランプが赤く光り、己に照準を合わせる事を見届けて唇を引き結んだ。
　同じく護り手として動く由衛も、注意を惹きつけるために鋏を振りかざす。切傷から狂気の錆が蔓延れば、装甲が熱を帯びたような気がした。
　その予感に確信を得たのは人甲兵が大きく呻ったからだ。依子へ銃身を向けて放つは大量の弾丸。爆炎の魔力が籠められていたのだろう、両腕を眼前に構えて耐えきったとはいえ火傷が酷い。四人でも互角に戦う事は出来るだろうが、もう少し余裕を持てていたなら尚良かったかもしれない。
　そんな風に想いを馳せていても詮無き事だ。華月が後衛から狙いを定めて地を蹴った。体重を乗せた槍は螺旋を描いて胴体を貫く。
「こそこそとまどろっこしいのがあたしは嫌いなの」
　槍を引き抜いたらでかい図体が揺らいだ。確かな手応えに言い捨てる。
「面倒な企みはさっさと潰して、首魁とご対面と行こうじゃないか」
　華月の華奢な体躯の影から、焔が飛び出す。
「斬り潰します」
　確信めいた宣告に載せ、超弩級の一撃を繰り出す。脳天から敵を粉砕したなら、人甲兵がぼろぼろと装甲を崩して倒れ往く。最後に蹴りを一発かましたならば塵も残さず霧散していく。
　傷を押さえ、依子が天を仰いだ。もう一つの班は大丈夫だろうか。
　――一方。
「！！」
「……ちいッ！」
　愛梨を力づくで突き飛ばして、御伽が蜂の巣連射を代わりに受けた。幾重にも腹を抉られたならその痛みで意識をまともに保つ。攻撃を惹きつけられたなら上等だ。護ると決めた誓いはそう簡単には破れさせない。
「そう簡単にやられると思うか？」
　影を迸らせて人甲兵を飲み込んでいく。影で覆ったなら心理的にも傷を思起させよう。その最中に海月が帯で鎧を構築して、御伽に癒しと次に備える防御力を与えていく。
　続けざまに駆けたのは紗夜だ。魔術書から禁呪を浮かび上がらせ、霊体を直接捻り上げる。指先を擦らせたのが合図となり、爆破。焔を延焼させたならその隙間を縫い愛梨が馳せる。
「過去がどうだったかこっちは知らないし、未来がどうとかもわからないな。だけど、私達が守りたいのは『現在』だよ」
　そのために目の前の敵を倒す。理論は実に明快だ。振り抜くのは鍛えた超硬度の拳。跳躍して体重を乗せて殴りつけたなら、人甲兵を装甲ごと撃ち抜く事に成功する。
　人甲兵の身体に僅かに電光が迸るのは回線不調のためだろう。その隙を見過ごさず、御伽が鋏で装甲を断ち斬っていく。蒐集するは禍々しきその体力、それを欠片までも己がものにする事が出来たなら、敵は膝をついてから倒れ伏した。
　予知では人甲兵は最大五体程度と聞いている。今手分けして二体を屠る事が出来たなら、残りは三体か。道程は未だ半ばだと思い知らされるよう。
　一般兵はやむを得ず巻き込まれたもの以外は殺さずに無力化していくことが出来たから、もうひと頑張りだと頬を叩き、紗夜は歩を進める。射干玉の黒髪が朝の風に靡いていく。
　朝はまだ、来ない。

●破
　死闘は続く。
　一般兵を追い詰めながらアンデッドを駆逐して、手分けした状態で更に二体の人甲兵を倒す事が出来た。ようやく視界もやや開け始めたため班は合流し、八人揃った状態で戦場を駆けていく。
「いた……！　最後の一体！」
　華月が声を飛ばした先、ぐずぐずと退けずに腰を抜かしている一般兵の中に――一際巨体の人甲兵が佇んでいる。視線を走らせ誰もが短く頷いた。
「終わりの時間です」
　最も練度が高く、それ故にいの一番に疾走した焔が操るは漆黒の帯。しなやかに射出して眉間にあたる箇所を穿つ。すると反撃とばかりに金属音と歯車を響かせ、灼滅者達に突貫してくる姿が見える。
　撃ち出されるは弾丸の嵐。前衛陣を包むようにばらまかれたなら、その圧力で機動が削がれ、狙いを定めるのが困難になると知れる。
　が、勿論。
「大人しくやられてやるわけねえよな！」
　御伽と依子が同時に敵前に躍り出た。祝福帯びる破邪の聖剣で一閃、斬撃を見舞ったならば、打点を合わせて巨大杭打ち機が唸る。死の中心点打ち貫けば、大きな身体がぐらり揺れるのを身近で感じる。
　何もかもを逃さずに、行こう。
　愛梨が闘気を雷として拳に宿す。敵の懐に滑り込んだなら、飛翔する。勢い乗せてアッパーカットを喰らわせたなら巨躯にも関わらずその図体が僅かに浮いた。
「まだ、続くよ」
　赤き霊光の逆十字を幾重にも捧げようか。紗夜が引き裂いた傷痕に追撃を齎すのは、華月だ。銀糸の髪を風に流し、鞭剣をしなやかに奔らせた。巻き付きと斬り裂きを兼ねたならばそのまま捕らえてしまおうか。人甲兵が腕を上げる事も叶わない中、海月は黄色看板を高く掲げる。癒しと耐性を同時に齎したなら、もう怖いものなどなくなるだろう。
　四人で互角程度の能力を持つ人甲兵、いくら強いとはいえ灼滅者達の息を揃えた連撃に耐えられるはずもない。由衛の物憂いた瞳の奥、確かな意思が兆す。
「とどめっ……！」
　縛霊手に渾身の力を籠め、殴り倒す。網状の霊力が人甲兵を捕縛し、最後のひとかけらまで体力を絞り上げたなら。
　大きな音を立て、倒れ伏した。徐々に砂になり姿形すら残さず散っていく。
　人甲兵を全て撃破したからか、アンデッドが直接指揮しているチーム以外の軍隊は全て逃げ出した。
　その背を追い、もう一息だと残ったアンデッドを撃破していく。
　最後の一体にとどめを刺したなら、後は散り散りに敗走していった。その姿を視線で追いながら、海月は小さく囁いた。
「えと、何ででしょうか。……まだ終わらない、そんな予感がします」
「ええ。……でも、だからこそ。あきらめるわけにはいかないの」
　依子は逃げ去る兵の背を見つめた後、深緑の眼を真っ直ぐに海へと向ける。
　彼らとてゲームの駒のよに操られていい命ではない。
　そして自分が倒れずにいるのは、決意を持って先を見据えているからだ。

　空が白くなっていく。それは始まりを示す色。
　戦いはまだ終わりを告げていないのだと、誰もが確信していた。

作者：中川沙智	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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