アッシュ・ランチャーの野望~大海嘯

    作者:夕狩こあら

     二〇一七年五月一日、深夜。
     東シナ海に集結した『人民解放軍』の艦艇は、沖縄本島に向けて進軍を開始した。
     総兵力百万という洋上の大軍勢は、正規の指揮系統から切り離され、たった一人のノーライフキングの意志によって、日本への侵攻へと舵を切ったのだ。
     ――否、この百万の軍勢こそが『正規の指揮系統に従う軍勢』であったかもしれない。
     サイキックアブソーバーの稼動により、多くのダークネスが消滅、或いは封印されるまで、ノーライフキング『アッシュ・ランチャー』こそが、この地域の全ての軍隊を支配下に収める『世界のミリタリーバランスを調整するクリスタル・ミラビリス』であったのだから……。

     ――数時間後。
     沖縄本島に接近したノーライフキング艦隊は、上陸作戦の下達を待っていた。
     中には、アンデッドの戦闘能力を飛躍的に上昇させる人型兵器『人甲兵』の姿もある。
     不気味に蠢く黒叢を俯瞰しつつ、スーツ姿の威厳あるノーライフキングが姿を見せた。
     彼こそが、元老『アッシュ・ランチャー』。
     世界を支配するべく定められたノーライフキングの一人だ。
    「これまでの情報から、灼滅者達が人間社会に大きく依存しているのは間違いない。であるならば、その人間社会を制圧する事こそが、灼滅者への最大の攻撃となる。
     『人甲兵』部隊、出撃せよ!
     先ずは沖縄本島を橋頭堡として、日本本土の制圧に向かうのだ!
     統合元老院クリスタル・ミラビリスが、再び地球を管理下に置き支配する――正常な世界を取り戻す為に!」
     元老『アッシュ・ランチャー』の号令と共に、揚陸艦が接岸し、次々と兵士達が沖縄への上陸を始める。
     アッシュ・ランチャーによる日本侵略作戦の幕が切って落とされた。

    「フンフフフンフン~♪ ンフンフ~♪」
     降り注ぐ陽射しもキラキラと眩しく、脇に広がる景色も美しければ鼻歌も混じろう。
     長閑な一般道を走る運転手は、カーオーディオから流れる音楽を相棒に、気の向くままドライブを楽しむつもりだった。
     ――だが、しかし。
    「フンフ~……フ? ……ッ、うおあああああっっ!」
     目の前に大きな障害物を捉えた彼は、大声を上げてハンドルを切る。
     制御を失ってグルグルとスピンした車が、その障害物に飲み込まれた。
    「うっ、うわぁ……あああああ!!」
     どろどろと蠢く『それ』が軍隊と分かったのは、この時。
     狂気に染まった顔を見るに、正規の軍でないことは明らかで、中には人間かも怪しい――虚ろな表情で近付く土気色の兵士は、見る者に底知れぬ恐怖を与える。
    「ぎゃあああっ! ゾンビゾンビゾンビー!」
     運転手は死の物狂いで逃げ出そうとするが、その圧倒的な数――約三千もの兵士を前に、逃れる道などない。
    「んぎゃあああー…………――」
     まるで黒い海のうねりに、小さな命は飲まれて――消えた。

    「――先ずは、兄貴も姉御も、自衛隊駐屯地への潜伏及び自衛隊員アンデッドの灼滅作戦、お疲れ様でしたッス!」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)がビシリと敬礼し、任務を無事に遂行した灼滅者達に尊敬の眼差しを注ぐ。
     唯、いつもなら策戦の成功を手放しで喜ぶ彼が表情を緩めぬのは、アンデッド達の目的を調査した灼滅者からの情報提供により、連中が独自の作戦を行おうとしていた訳では無いらしい――という事が判明し、件のアンデッドの潜伏は、より大きな作戦に備えた動きだったと考えられるからだ。
    「これを裏付けるように、現在、東シナ海で百万人規模の大規模な艦隊が集結している事が確認されたッス!」
     この軍隊を率いているのは、ノーライフキングの首魁の一人、統合元老院クリスタル・ミラビリスの『アッシュ・ランチャー』。その目的は『日本侵略』に他ならない。
    「日本侵略の足掛かりとしての沖縄本島上陸か」
    「……アッシュ・ランチャーの作戦目的は、『日本を制圧する事で、一般人の社会に深く根ざしていると思われる灼滅者組織の活動を阻害する』事だと推測されるッス」
    「俺達の急所を突こうと言う訳か」
     ノビルはこっくりと頷いて地図を広げた。
    「先ずは、五月二日の未明に沖縄本島に上陸。市街地の制圧と虐殺を行い、一般人死者のアンデッド化を行って戦力を拡充……その戦力を以て本土の制圧に乗り出すと思われるんス」
     勿論、このような暴挙を許すことは出来ない。
    「……やらせるかよ」
    「阻止ッス、阻止!」
     灼滅者の義憤に呼応したノビルは、沖縄にてアッシュ・ランチャーの軍勢を迎撃して欲しい、と拳を突き上げた。
    「敵は三千名程度の完全武装した軍勢なんスけど、その殆どは一般人兵士なんで、多くはESPなどでの無力化が可能ッス」
     バベルの鎖により、一般人の攻撃は灼滅者に届かない為、此方の脅威にはならないものの、無力化に失敗すると、沖縄市民に犠牲が出てしまう。
     また灼滅者であれば、一般人兵士を範囲攻撃で全滅させる事も難しくはないが、下手に殺してしまうとアンデッド化してしまう危険もある。
    「死体を増やせば、向こうの戦力を増強する事にもなりかねないな」
    「できるだけ殺さず、無力化する事が望ましいッスね」
     持ち寄るESPの話し合いが必要になる、とノビルは頷いた。
     また彼は続けて、
    「敵の軍隊には、一般人の軍人以外に、アンデッド兵士や人型兵器『人甲兵』も配備されているッス。このノーライフキングの眷属は、簡単に無力化する事は出来ないッスよ」
    「人甲兵、ねぇ……」
     特に人型兵器『人甲兵』は、アッシュ・ランチャーが第二次世界大戦時に実用化させた、アンデッドを超強化する特殊武装――これを装備しているアンデッドは、並のダークネスを越える戦闘力を持つという。
    「規模は分かるか?」
    「一部隊には人甲兵が五体程度、アンデッド兵士が二十体程度、配置されているみたいッスけど、正確な数は分からないんス」
     ノビルが呻るのは、数の変動を懸念しているからで、
    「特にアンデッド兵は、作戦中に死亡してアンデッド化する兵士もいる事から、数が増えるかもしれないんで……注意が必要ッス!」
    「分かった」
    「人甲兵とアンデッド兵を全滅させた後は、無力化した兵士達を捕縛しつつ、洋上のアッシュ・ランチャーとの決戦に備えて欲しいッス!」
     この作戦に成功すれば、洋上にいる元老アッシュ・ランチャーへ直ぐにも攻撃を行う事が可能になる。
     逆に此処で食い止める事が出来なければ、甚大な被害に繋がる可能性もあるのだが……敵の首魁を灼滅する事が出来れば、これまで謎に包まれていた『ノーライフキングの本拠地』の情報を得る事もできるかもしれない――今回の作戦の重要度に、灼滅者の闘志が漲った。
    「統合元老院の元老が直接動き出したという事は、相手も本気なんだろう」
    「兄貴と姉御は強いッス! 望む所ッスよ!」
     ノビルは灼滅者に代わって鼻息を荒く、
    「アッシュ・ランチャーを逃がせば、今回のような事件が何度も引き起こされる可能性もあるんで、奴を確実に灼滅する為にも、この作戦を成功させて欲しいッス!」
    「了解した」
     凛然と頷く勇者達に、力一杯の敬礼を捧げた。
    「ご武運を!」


    参加者
    花檻・伊織(蒼瞑・d01455)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    茨木・一正(鬼の仮面と人の仮面・d33875)
    七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     二〇一七年五月二日、未明。
     天候、曇り。
     暁を前に空の疆界が白み始める頃、汀を覆い尽くした黒叢がどろり動き出す。
     湿気を含んだ重い潮風を背に侵攻を開始した三千の兵は、等間隔に植えられたヤシの木に梳られながらも、軈て濃灰の舗装路を呑み、朝を待つ命を不死へ引き込む手筈だった。
     蓋し彼等の進軍を楔するは木のみに非ず――、
    「前方ニ人影アリ、射殺セヨ」
     殺戮を命ぜられた一般兵は、其が軍人であろうと民間人であろうと銃弾に貫いたろうが、今は黒き緑木の間より現れた精悍は、硝煙弾雨の中を堂々と歩み、鉄鉛を踏み拉く。
    「遠路はるばるお疲れ、と言いてェ処だが……此処は通せねェ」
     既に黒鉄童子と化した茨木・一正(鬼の仮面と人の仮面・d33875)が、幽闇より瞋恚の鬼面を暴けば、樹木を隔てて配置した七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)は、深緋の瞳を燦爛と、
    「流石は『人類管理者』の一端、と言った処かしら。実に効率的で悪辣な戦略ね」
    「人の死に興味はないが、兵を増やされては面倒だからな。此処で阻ませて貰う」
     神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は此岸を隔てる眼鏡を外しつつ、殺界を為すタイミングを合わせた。
    「――!」
    「コノ気配、灼滅者カ!」
     一陣の風が草を薙ぐ如く、冴ゆる波動が狂気の海を波立たせる。
     其は市民の進入・在日米軍の介入を阻む為でもあったろうが、彼等は敵の大軍と鉾を交えるに先ず『篩』に掛け、
    「余所者がどのツラ下げてシマぁ荒らしに来やがった!」
     侠客の威風に組み伏せる撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)の内懐は沈着と、十メートル毎に立つ路木を目安に、波及範囲を殺界形成と同じ半径三百メートル程度と見極める。
     修羅の凶相に随伴した花檻・伊織(蒼瞑・d01455)は、金時計がギラと光る腕でホラ貝を吹き、和太鼓を打ち(全て装備品)、日本一の親分を御仕立て中。
    「取るモンきっちり取らせて――申し訳ありやせん、花檻の兄貴、通訳お願い致しやす」
     スッ、とグラサンを吊り上げて応じた彼は、桐の代紋をチラつかせつつ、
    「従わねえ奴ァ戚夫人みたいに人豚にされっぞ!」
    「!!」
     敵の母国語で大声一喝。
     大軍勢ゆえに精確には割り出せぬが、ESPに影響を受けた者の数をざっと百と見積もった蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)もまた中国語で下達し、
    「戦う意思なき者は装備を解き、陸地へ走りなさい!」
    「明……明白了!」
     武装の解除、及び戦線の離脱を促す。
     特に瞬時に判別がつくヘルメットの脱帽を指示したのは優秀で、罪無き命の不殺を貫く灼滅者達は、早期の段階で兵士の差別化に成功した。
     ESPを重ねるに、適切な順序を踏んだ機知も剴切だろう。
     ラブフェロモン――アイドルやヒロインの類に見せただけでは、上官の指揮下で動く兵士達の士気を覆すには至らぬものの、すっかり消沈した者の嚮導には最適で、
    「戦う意味はありません! さぁ、こちらにいらして下さい!」
     オーバーアクション気味に手を振る結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)を、血場に咲く一輪と見たか、覚束ぬ足はまるで縋る様に踏み出る。
     斯くして一箇所に集められた輩は、穏やかな風浪に瞼を落とした様だが、自身の足で安全圏に向かわせ、沈黙させる――賢哲の連携は見事という他ない。
     唯、眷属らも易々と手勢を抛擲せず、
    「我ガ指揮下ニ在ッテ離脱ハ許サズ!」
    「敵ハ目ノ前ゾ、撃テ、撃ェッ!」
     アンデッドの命令に再び洗脳された者が機関銃を構えるが、之には風峰・静(サイトハウンド・d28020)が直ぐさま射線に割り込み、仲間を、兵士達を庇った。
    「死なせないし、殺させないよ」
    「ッ!」
    「ここで食い止めよう、――『絶対に』」
     彼が備えるパニックテレパスは、銃の乱射や同士討ちを懸念してか、あくまで緊急用。
     あらゆる状況を想定し、全員がESPを選別・活性化した甲斐あって、無力化は歯車の如く噛み合うと同時、誅すべき魔を炙り出した。


    「まるで現代の元寇だね」
     烈風に煽られる前髪より透徹たる氷眸を覗かせた伊織は、一斉に向けられる銃口が閃光を散らした瞬間、居合で切り払う。
    「カハハ、元寇たァこれまた」
     虚しく地に落ちる鉛弾を哄笑に組み敷いた娑婆蔵は、斉射を命じたアンデッドの片腕を白撃に貫き、赫眼を細めた。
    「ともあれ吹かせてやりやしょう! あっしが! あっしらが! 神風でさァ!」
    「昔年の如く謹んで帰らせよう」
     神風。
     狂気が渦巻く軍庭に吹き抜ける陣風はまさにそれだ。
     その軌跡は戦陣を遠望する静菜の藍瞳にも鮮明に、
    「散開して効率化を図る事もできましたが、大軍勢を相手に孤立しても困りますから」
     合流も易かろう、と頷いた彼女は、続々と送られる悄然を安けきに包む――その優麗なる佇まいは、宛ら戦士を労う慈母。
     また、集合を保ったからこそ情報は交換できよう、
    「私達の命中率予測力と、目確で選別できそうね」
    「一般兵に紛れるアンデッドも、単体攻撃なら周囲を巻き込まず駆逐できる」
     紅音が怒号と共に突きつけられる鉄筒を手刀に打ち落として言えば、優は妖しの黒煙を漂わせて言を継ぎ、
    「怖い目で睨まれても、一般兵はガブッと噛んじゃ駄目よ、蒼生」
    「ワンコ、理解ったならそのまま離れて良し」
     共有する事項を魂の欠片に諭すも、片や凄艶は友愛に撫で、片や玲瓏は邪険に引き剥がす――この温度差。
     噎せ返るほどの狂熱に蜂十八騎総大将の雄渾を暴いた敬厳は、橙の明眸を炯然と、
    「五十人程度を一部隊として、不死者が一体、居るか居ないかと言った処じゃな……配された者は、隊の指揮官と考えて良かろ」
    「一般兵を前衛に、手前ェは後衛で偉そうに命令して……あれを落とせば統制を失って、動きが鈍るか」
     一正が睨むも、厚き壁に守られたアンデッド兵で、号令ひとつで押し寄せる海嘯――部隊の総攻撃を負う代わり、身ごと鋭槍の如く切り込む閃光を届けた。
    「グアッ!」
     魔は咽喉を貫かれて尚もガトリング砲を構えるが、攻撃が広範囲に及ぶと読んだ静が素早く遮り、
    「そういうのは、僕を倒してからにしてくれるかな!」
     零距離で炸裂した掌打が土気色の狂気を闇に還す。
    「……ッ、ッッ……――」
     ノビルが危懼した一般兵のアンデッド化は、ESPを駆使しながら眷属の撃破を並行する彼等の戦場では今も発生していない。
     戦場独特の渦を巻く砂塵にあって、娑婆蔵は咥内の砂を噛みながら王の覇気を放ち、颶風に逆らう狂暴をアンデッドと判断した伊織が、呪紋剣【青江】に不死を摘む。
    「花檻の兄貴。あっしの見立てじゃあ連中はサシでギリ、二名で闘るのが適当かと!」
    「供させてつかあさい、親分」
     通訳が子分を演じる所為で会話がややこしいが、二戦を経て得た所感は同じ。
     分かれて効率化を図るか――意を汲んだ紅音も頷いて、
    「そうね。アンデッド兵が指揮官として配置されている以上、戦うのは常に一体……」
    「ESPの波及範囲を守った上で、各隊の掃討に当たるか」
     黒獣砲『豺狼』の弾道にBlueRoseCrossを合わせた優も、同時に賛意を示した。
     この時、既に殆どの一般兵が避難路を辿っており、残る眷属らに攻勢を仕掛けるのが上策と踏んだか、右方へと流れ出た三者は声を掛け合い、
    「合わせていこうか」
    「承知した」
    「せーのっ」
     重力の鎖を解いた静がオトナシの軌跡に煌星を降らせば、飛燕の如く低きを滑った敬厳は、白薔薇の茎を思わせる光剣を一閃、死を超越した躯に痛痒を叫ばせる。
     天地一体の連撃に続いた一正は、その黒鉄に血煙を浴びつつ茨木一本角を迫り出し、
    「不死者が光を仰ぐ必要はねェ。その儘……逝け!」
    「ッ、ッッ――」
     鋭く貫穿した腹より、此方へ合流する静菜の月貫を視た。
    「アンデッド兵も残るは五……これで四体です」
     否。
     精確には、無力化の完遂を証する彼女の初撃・レイザースラストに斃れる一体を遠きに見ている。
    「私を含めたら、編隊して四組で対応できますね」
    「うむ。仕留めに参ろうぞ」
    「もう一息だね」
     万一の為に肉声が届く距離を維持して、と条件を足した一同は、最大の脅威『人甲兵』が迫る前に不死を剋した。


     爆轟が収まり、戦塵が薄らいで、鈍い機械音と三メートルに届く巨体を暴く。
     大戦の遺産――人甲兵だ。
     其の第一撃は大地を削る裁きの光条であったが、
    「いかつくて、大きい……超カッコイイ……」
     咄嗟に交通標識を差し出して光ベクトルを散らした静が、金瞳を昂揚に耀かせる。
     間隙なく二撃目を充填する鉄塊に、絶影の機動で刀を疾らせた娑婆蔵は、その強靭に舌打ち、
    「戦力は先のアンデッドの倍の倍、こいつァ難儀でさァ!」
    「成程、四人で互角なら、出来ればそれ以上の人数で圧倒したいね」
     彼を薙ぎ払おうとする灼光を代わった伊織が、白皙を穢す紅血を拭う。
     続いて鋼鉄の怪腕が振り被った瞬間には、静菜と敬厳がブレイクを合わせ、
    「二体以上で戦力を上回らせてしまうなら、単体撃破が賢明ですね」
    「互いを合流させぬ内、手早く、一体ずつ沈めて往かねばのう」
     十字に交わった燦光が胴の装甲を破れば、優は僅かに見えた内部を注視して言った。
    「可能なら回収して調べたいが、決戦が控えていると思うと余裕はないか」
    「洋上に居るアッシュ・ランチャーに手が届くと思えば、此処は凌ぎたいわね」
     彼より帯の鎧を受け取った紅音が、鉄塊を猛炎に呑み、懐を侵略する一正の道無を、衝撃の瞬間までを隠した。
    「理不尽共が。時代を違えてまで出しゃばンじゃねェよ」
     語調は荒っぽく、声は淡然と。
     然し夥しい血を流して。
    「――ギギ」
     装備者ごと躯体を両断した鬼神は、血と油に滑りつつ、その足元に鋼鉄を敷く。
     息を整える間もなく二体目は接近し、
    「ギ、ゴゴ」
     突き出した両拳より放たれた二条の光が、円を描きつつ灼滅者の布陣に差し入った。
    「ッ!」
    「く、っ」
     大地より衝き上がる衝撃――その圧倒的破壊力に兵器たる凄然を見ようか、否。
     なまじ通常兵器の攻撃を受け付けぬ灼滅者に侠客の在り処を探していた娑婆蔵は、ここに喧嘩の本尊を見出し、
    「十万億土の彼方まで片っ端から根こそぎ撫で斬りにしてやりまさァ!」
     何と愉しげに、兇暴に嗤う。
     双眸に宿る蒼鷹を見た伊織は、彼とルーツを同じくする鏖殺技法を以て援護し、
    「俺も倣うよ」
     其は清冽にして残虐な霜刃。
     極限まで研ぎ澄まされた一撃が両脚を断てば、前のめりに崩れる魁偉を一正が縛し、
    「その命も貰いモンなら、死後を穢したケジメつけろ」
    「ギ……ギギ……」
     折り曲がる躯が侘びる様に見えるのが皮肉。
     ギチギチと軋む鋼鉄、その繋ぎ目より流れる血は、装備者のものであろう。
     斯くも痛撃を絞りながら、尚も命令に動かんとするマリオネットに、紅音は唇を噛み、
    「総てのいのちには等しく『尊厳』があるのに、屍王はその総てを踏み躙るから」
     怒りの傍らで揺曳する憐憫は、犀利な爪に装甲と、内部に在る不死を貫き『救済』した。
     続々と向かい来る人甲兵を掣肘する静は、ぼっち狼なる故に、連携となると『仲間の役に立ちたい』心が奮起させるか、
    「まだまだ、この程度じゃ倒れないよ!」
     終始楯と身を削る駄犬は、咥内に堪る鉄の味に「たぶん」と添えつつ、弾幕を張った。
     漸う損耗する守壁を支える優は、芙蓉の顔(かんばせ)を凛呼たる儘、
    「俺も目的達成の為には一切の手段を選ばない方だ。屍王に共感はしないがな」
     僅かに見えた終焉を手繰るべく、蒼生と共に癒しを紡ぎ、或いは海里に積極的に庇わせて戦線を維持した。
     双対の鋭槍が血闘に幕を引いたのは間もなくの事。
    「軽忽に軍兵を動かし、人類の危機に瀕した過去もあったというのに、同じ轍を踏むとは、眩暈もしようぞ」
     繊麗なる躯は花弁の如くひらり舞いつつ、繰り出る拳は雷轟の如く鋼鉄を貫いて、
    「軽々しく命を弄んだ罪を償ってください。アッシュ・ランチャー、あなた自身が!」
     可憐なる戦乙女は白磁の指に剱を握り、その切先に一切を突き刺して。
    「ギ……ゴ……ギ、ゴ」
     鈍い軋轢音を最後に、五体目の人甲兵が停止し――ここに漸く血でない暁紅が、灼滅者の顔を照らした。


     払暁を見るより先、不死が闇へ還される。
     時に人甲兵の陥落は残兵に強い衝撃を与えたようで、砂地に沈む鋼の残骸を見た者は、その場に力なく座り込み、或いはパニックを起こして周辺を右往左往した。
    「縋る者を失って混迷する狂信者のようだね」
     指揮官を悉く駆逐され、頼るべき兵器を喪い。
     憔悴も当然だろうと伊織が言えば、一同と視線を合わせた者は一目散に逃げ出し、
    「こいつ等を逃す訳にはいきやせんなァ」
     待ったを掛ける娑婆蔵は王者の風を、
    「ええ、このまま市街地に向かい、一般人に被害を与える可能性も捨てきれません」
     凛冽の刃を収めた敬厳は、再び中国語で指示し、泳ぐ足を縫い止めた。
     遠きには一正と静が、尚も抵抗を見せる残兵を拘束し、
    「アッシュ・ランチャーとの決戦に移行する手前、保護する意味でも縛すが良し、と」
    「色々と決着がつくまで大人しくしていてね」
     彼等が再び兵力と駆り出されても、或いは人質にされても困るのだ。
     やはり安全圏で集めておくに如かず――キツめの捕縛とて慈悲。
     斯く配慮を施せたのは、無力化から戦闘までを迅速に終わらせる事が出来た彼等ならではであろう。
    「洋上に首魁が居る手前、無用心な動きは出来ないが……」
    「怪我を確認する程度なら、良いわよね?」
     時間的余裕を得た優と紅音は、海里と蒼生を連れ立って、僅かな創痍も癒してやる。
    「……これで大丈夫、お疲れ様でした、と言えたら良かったのですが」
     いつもなら、難戦の後も花の如く咲む静菜も、此度は騒めく胸に手を宛てた儘。
     彼女のみならず、制勝を得て休む筈の躯は空際を向いて――間もなく訪れる『決戦』に、炯眼を研ぎ澄ませるばかりであった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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