アッシュ・ランチャーの野望～払暁

■リプレイ

　静寂を破る虚中・真名（緑蒼・d08325）の第一声から、それは始まった。
「伏せろ!!」
　真名の叫びへ咄嗟に身をすくめた作業員を視界の端に認め、丹生・蓮二（エングロウスドエッジ・d03879）はヴェルグ・エクダル（埋み火・d02760）と共に波の音を響かせている断崖の際まで駆け寄る。
　同時に、湊元・ひかる（コワレモノ・d22533）と鈴木・昭子（金平糖花・d17176）、そして嶌森・イコ（セイリオスの眸・d05432）をはじめとしたメンバーが灯台の基部から矢のように飛び出した。
　無人と思われていたはずの場所で巻き起こった声にざわりと空気が騒ぐ。
　ゆらりと莫原・想々（幽遠おにごっこ・d23600）が立つ断崖の縁。そこから確認できる範囲は、見渡す限り完全装備の軍隊で埋め尽くされている。ある意味、壮観だった。
『武器を捨てなさい!!』
　定型文ではあるがきっちりと四声を守った富士川・見桜（響き渡る声・d31550）の声が響く。
　雲に遮られているせいで、ぼやりとわずかな星明かりに浮かぶ夜の海。これから強襲をかけるはずだった灯台を守るように忽然と現れた灼滅者に、王者の風で矜持を薙ぎ払われた一般人兵士へ即座に動揺が広がった。
　岬の突端から陸地へあがり、灯台をつぶしてそのまま機動力を活かしまっすぐ市街地へ向かう、恐らくはそういう作戦方針の部隊だったのだろうと蓮二は推測する。
　揚陸作戦上、灯台のほかにも破壊するべき対象があれば数にまかせてV字の地形を包囲し強襲したのだろうけれど、灯台の基部を守ればそのまま押し返せるという事前情報と蓮二の推測、そして目の前の大軍勢の光景は合致していた。
「英語で足りるなら助かるのですけれど」
　それ以前の問題かも、という台詞をイコは呑みこむ。口に出して今更どうなる話でもない、と気付いたからだ。
「他に任せたほうがいいかもしれません」
　イコと真名、そして昭子はラブフェロモンを使用しての武装解除を呼びかけるつもりだったが、考えてみればアイドルや恋人が願った程度で大規模作戦中に撤退してしまうような軍人だなんて、採用されること自体に相当問題がある気がする。
　現に、呼びかけられた一般人兵士はやや突撃をためらうような素振りは見せたものの、撤退する気配は微塵もない。まあ、少々の時間稼ぎと思えば無駄ではなかったはず、と真名は潔く考えを変え、先頭をきって無力化に奔走するヴェルグや蓮二の近くへばらける形をとった。
『武器を捨て、戦場外で待機しろ!!』
『進軍を中止しなさい!!』
　これだけの大人数、一人に狙いを定めて殺到されれば灼滅者とて何も対処しないわけにはいかなくなる。一般人兵士を殴り殺さずにすむよう準備できた者もいれば、ダークネス相手の火力確保のためそこまで手が回らなかったメンバーもいるのが現実だ。
　ならば無力化を最優先するのが得策。
『武器を置いて撤退しなさい！』
　恐らく50か40人単位で１部隊といった組織化がなされているのだろう、見桜はそこかしこで雪崩をうつように撤退をはじめた一般人兵に目を凝らす。
　これから崖を登ろうとしている後列と、一目散に撤退をはじめた前列との境で凄まじい混乱が起こりつつあった。しかしその中で果敢に声をあげているものが想々の目に入る。その距離、およそ20メートル。
『ひるむな、進め!!』
　いた、と胸の内で呟き、想々は崖途中の、舞台のように張りだした部分へと身を躍らせた。この距離なら手加減攻撃を浴びせ、一般人兵士かダークネスかどうかの確認をするまでもない。
　自由落下の衝撃も上乗せする形で振り下ろされた想々の杖から、アンデッドはからくも痛打を免れた。しかし大きく崩れた体勢を立て直す前に、すかさず走り込んできた蓮二が【bellator】を繰り出す。
「加勢します、蓮二くん」
　普段ならいつも小さく響くはずの昭子の鈴の音も、周囲の喧噪のせいでひどく遠い。でもダークネスが好き勝手に、良いように人を利用することを業腹とする瞳はちりちりと瞬いている。
「露払いと背後は、わたしが」
「はは、強い女の子はシビれるね！」
　任せた、と口早に続けた蓮二は想々と呼吸を合わせ怒濤の勢いで攻め立てた。周囲は逃げようとする者、王者の風の範囲外からやってきたまだ事態を知らぬ者、となかなかに混沌としている。しかし背中を昭子に預けられるのなら、蓮二は目の前のアンデッドのほかは何も考えずにただ集中すればよいと、確信できた。
「ふふ、……さぁ地に伏して、怖気づいて！」
　相手がどれだけ数を誇るとしても想々にはそんなもの、関係がない。うすく笑みを浮かべて杖での打撃と紅蓮斬を織りまぜ、1秒でも早く削りきるだけ。
　アンデッドはいかにも軍属らしい部分を見せて素早く拳銃のようなものを腰のホルスターから抜いて構えると、立て続けに想々へ発砲してきた。
　突如高く響き渡った銃声に、灯台のほうから作業員のものと思しき悲鳴がしたことにひかるは気付く。できればそのまま、怯えて震えて蹲っていてくれればいい。そうすれば見つかることもなく狙われずにすむ。……できるならひかる自身がそうしてしまいたい恐怖は、ぎりぎりの所で飲みこんだ。
　蓮二らと離れた場所で別のアンデッドと遭遇したらしき見桜へ急ぎ霊犬をさしむけて守らせ、その彼女を後方から神薙刃で援護する真名へひかるは癒しの矢をとばす。
「……これが」
　3000人と表現された敵部隊の全容が時たつうちに目の当たりになって、ひかるは喉を鳴らした。
　今はまだ遠い、洋上の艦隊にこちらの存在を知らせぬよう、大きな明かりなどはどこにもない。しかしわずかな星あかりにも、うぞうぞと蠢く大軍勢が崖下や断崖の途中で牙を研いでいるのがわかる。
　手当たり次第に王者の風で士気を下げ撤退を促しているものの、万が一これらが一斉に押し寄せてきたならどうなっていただろう。大部分がダークネスではなく一般人兵とは言え、ひかるは薄ら寒いものを禁じ得ない。
「ここは絶対に、譲らないよ!!」
　じゃこんとライフル状の火器のマガジンを引いたアンデッドが、トリガーを引きバスタービームに酷似したサイキックを放つ寸前。見桜の【リトル・ブルー・スター】があざやかに胴の真ん中を両断する。
「さすが、人類管理者を名乗るだけはある」
　ヴェルグもまた蓮二と想々への助力を終えた昭子の援護を受けつつアンデッドを1体、縛霊撃でねじ伏せていた。もし1人で相手取っても勝ち目がないわけではなかったが、2人であれば短時間で撃破し次の無力化行動に入れそうではあったので、これはこれで良しとする。
　無力化行動をメインに動くつもりだったが、それが原因でヴェルグひとりが孤立しては意味がない。これだけの数を相手にするなら、大軍勢の前に足並みを揃えるのは重要だ。
　……人類管理者を謳うなら、命は宝とされるこの島を破滅させることが、どういう意味なのか。当のアッシュ・ランチャーに今はまだまみえることはかなわず、イコは眉根を寄せる。
　人類の管理者たるものがこの島を蹂躙するというのなら。灼滅者は全身全霊をもって、それを阻むだけ。
「早く、ここから退いて」
　懇願する声音に反し、後からあとから押し寄せる軍勢相手に一歩も退かず立ち塞がるイコの瞳はつよい輝きを放っている。
「――でも貴方だけは、そうはいかないのでしょうね」
　がつり、右手の天星弓を、岩場へ鋭く突き立ててイコは決然と顔を上げた。
　油のたりない蝶番がきしむような金属音。カーキ色をしたドーム状の頭部が闇の向こうからぬろりと現れ、一対のライトが光る目のようにイコを照らす。
　人甲兵、と喉の奥へ呟きを押し込め、イコは右から襲い来るはずの衝撃へ備えた。全身で【むつの花】を支え、ソーサルガーダーで守りを固める。ぎゃん、と聴覚が壊れるかと思うほどの激しい衝突音。足元の岩場を盛大に削りながら、それでもイコは人甲兵の渾身の殴打を耐えきった。
「大丈夫かイコ!!」
「レン先輩」
　衝撃と耳障りな大音響にくらくらする頭を振り、イコは加勢に駆けつけた蓮二と見桜を振り返る。我に返れば、イコをはじめとした灼滅者達は軍勢を押し返しながら灯台の基部から続く断崖を水際まで降りきりつつあった。
　崖を下りながら小隊を指揮するアンデッドを次々と仕留め、一般人兵士はもう岩場の波打ち際伝いに散り散りになっている。もう3か4ほどの部隊と、恐らく殿を守っていたのだろう人甲兵が2体、何やらとても大儀そうにこちらへ向かってきていた。
「3体、情報通りですね。速攻で仕留めましょう」
　崖を滑るように降りてきた真名が、少し遅れてやってきたひかると共にやや下がった位置へ陣取る。見るからにパワーファイター型な人甲兵をどこか切なげに見やり、先陣をきって撃ちこみをかける蓮二と想々へ清めの風を吹かせた。
　ふと、見桜は鼻をひとつ鳴らしてみる。
　アンデッドの中からさらに『業』の多そうなものを探せるかもと考え、ずっとDSKノーズで探ってはいるものの、最初からほとんど何もひっかからない。目の前の人甲兵からさえも。
　聞くかぎり人甲兵は第二次世界大戦時の骨董品らしいが、なるほど骨董品と呼ばれるだけあって製造以来、ろくに稼働することもなく死蔵されたものなのかもしれない。『業』は残虐な殺害を行えば積み重なり、善行を積めば逆に減ってゆく。ダークネスの尖兵が善行を積むはずもないので、死蔵という見桜の想像はあながち現実から遠くないだろう。
　ごわん、と割鐘じみた音が想々の鼓膜を突く。細い体躯を、驚異的な腕力にあかせた殴りでそのまま持っていかれそうになった。
　たたらを踏で転倒しかけた想々の手をイコがすんでの所で掴み、やや無理な体勢になりつつも引き起こす。
「っ」
　ひう、とひかるの喉から甲高い、おかしな音が漏れた。すぐには人甲兵の間合いから離脱できそうにないイコを霊犬に守らせる。
　背中を悪寒が駈け上がる、富士の迷宮で包囲網を突破された記憶が蘇った。今度こそ白の王を追い詰めたと思ったのに、またぎりぎりですべてが手の中から逃げていく、そんな絶望を垣間見たあの瞬間。
　繰り返されるのか。また。また、今度も。
　止めて。誰かこの、おそろしいものを止めて。
　物量に、力に圧倒されそうな恐怖に身を捩りながら、ひかるは意志持つ帯を手繰る。嫌な汗で手の平がぬるつく、でもやらなきゃいけない。自分がやらなければ、もっともっと恐ろしい事が起こる。
　回復量で咄嗟に選択したラビリンスアーマーは、追い打ちじみた執拗さで落とされてきた拳から想々を守りきった。横暴はそこまでと言わんばかりに、真名の神薙刃が嵐になって荒れ狂う。
「誰も死なせない……誰とも心が触れ合えないなんて、辛いだけじゃないですか！」
　まだ完全に人甲兵の間合いの内側にいるイコが距離をとる時間を稼ごうと、昭子の妖冷弾がその場へ機械じかけの脚を縫いつけた。海から崖へうちよせる高い波飛沫が宙を舞うあいだに、凄まじい冷気を浴びて小石状に凍りつく。
　見桜がイコと入れ替わりに盾となる形で、ヴェルグと蓮二が前へ出る。
「ここで止めさせてもらおう、ダークネスとしてはこれが正しい事なのかもしれんが……それを黙って見ているわけにはいかねえ！」
　いつのまにかヴェルグが全身に負っていた傷から、ぶわりと真っ赤な火の粉がたちのぼる。鋭い裂帛の気合いもろとも突き出された槍の一撃で、人甲兵の装甲が弾け飛んだ。
　そこからは、ヴェルグの猛攻、と表現してもよかっただろう。終始後方から冷静な援護を続ける真名と昭子の的確なアシストが、みるみるうちに骨董品と表現された分厚く重厚な装甲を剥いで裸にしていく。
　二体目、三体目がたどり着くまえに、一体目の人甲兵は狙い澄ました昭子のDESアシッドによって仕留められた。内側から裂けるような爆発を経て、機械じかけの強化外骨格が物言わぬ鉄くずになって散っていく。
　人甲兵が撃破された事実は、揚陸部隊全体を少なからず動揺させたようだった。
「いいね、この感じ。このまま一気に畳みかけるか」
　俺が終わらせる、と蓮二が不敵に笑ってみせる。折しも、二体目の人甲兵が迫っていた。
　武蔵坂の予知にひっかかり、拙速がものを言うはずだった灯台の強襲を抑え込まれたことでこの部隊の命運は半分尽きていたようなものだろう。もうこれ以上戦っても無意味だと、見桜は声のかぎり訴えていた。
「そんなに戦って、何が残るの。死人だけじゃない」
　気持ちが届けばいいと、そう思っていた。言葉だけではなく、心が届けばよいと。
「あなたたちとも笑い合いたい」
　ひどく痛切な響きになっていた見桜の声に、返る言葉はない。
　戦うことは無意味だと。それでも、見桜自身も背後に庇った灯台を守るために戦うことを投げ出せなかった。
　見桜がふと我に返れば、海に面した断崖は随分静かになっていた。
　想々が振るった最後の紅蓮斬が、三体目の人甲兵に引導を渡す。片足をひきずっているように見える想々に肩を貸したイコが、人甲兵を灰燼にした爆風に目元を歪ませていた。
　最後の人甲兵も敗れたことを目の当たりにして、どうにかその場へ踏みとどまっていた一般人兵士もとうとう限界が来たらしい。われ先にと洋上からここまで乗りつけてきたボートや小舟に殺到して、ほうほうのていで逃げていく。
　何しろ3000人近くという数字だ、ヴェルグは逃げる元気のあるものはそのまま見逃すことにして、茫然と動けずにいる兵士達へ次々に縄をかけていった。
　長い長い激戦の夜はいまだ明けきっておらず、東の空がほんのわずかに青白さを帯びてきた頃合い。
　海風に長い髪を泳がせた昭子は払暁の海をながめ、短く息を吐く。胸の底へ沈めた怒りの逃がし先はもうどこにも存在せず、息苦しかった。
「……今度こそ、眠れるといいけど」
　想々がぽつりと漏らした呟きに、昭子は返す言葉を持たない。
　次は遠く遠く、あおい海原に浮かんでいるはずの艦船。そこで待っているはずの決戦。
　必ずそこへたどり着く。否、たどり着いてみせる、と想々は紅茶色の瞳を水平線上へ向けていた。

作者：佐伯都	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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