アッシュ・ランチャーの野望~外道へ捧ぐ反骨

    作者:日暮ひかり

    ●5月1日深夜
     その夜、東シナ海に集結した人民解放軍の艦艇は、沖縄本島に向け舵を切った。
     100万の軍勢がたった一人のノーライフキングの意志で動いたのだ。
     正規の指揮系統から切り離され――いや、この大軍こそが『正規の指揮系統に従う軍勢』であったのかもしれない。

     それより数時間後。
     沖縄本島に近づいた死の艦隊は、上陸の指令を待ちわびていた。その中には、アンデッドの力を飛躍的に上昇させる人型兵器『人甲兵』の姿もある。
     スーツ姿の威厳あるノーライフキングが、彼らの前に姿を見せた。
     その名は元老『アッシュ・ランチャー』。
     世界を支配するべく定められたノーライフキングの一人。
     彼こそが、サイキックアブソーバーの稼動以前の時代、この地域全ての軍隊を支配していた『世界のミリタリーバランスを調整するクリスタル・ミラビリス』であった。
    「これまでの情報から、灼滅者達が人間社会に大きく依存しているのは間違いない。であるならば、その人間社会を制圧する事こそが、灼滅者への最大の攻撃となる。
     『人甲兵』部隊出撃せよ。まずは、沖縄本島を橋頭堡として、日本本土の制圧に向かうのだ。
     統合元老院クリスタル・ミラビリスが再び地球を管理下に置き支配する、正常な世界を取り戻す為に!」

     男の号令と共に揚陸艦が海岸へと接岸し、兵士達が次々と沖縄への上陸を開始する。
     『アッシュ・ランチャー』による日本侵略作戦の幕が切って落とされた。

    ●scene
     何が起きているのか全くわからなかった。
     その朝、少年はいつものように自宅を出て、日課のランニングに出かけた。高低差の少ない道は、海岸線に沿って緩やかに伸び、街と街とをつないでいる。
     人の少ない早朝は、一人で大好きな海を眺めながら走る。汗を流して帰れば、母の作った朝食がより美味しく感じる。登校して、勉強して、部活動して、帰宅して――そんな当たり前の日常を、当たり前に生きてきた。
     海の遠くからやってきた謎の艦隊が、それを突如ぶち壊した。
     何十、何百……いや、何千。少年は知る由もないが、約三千人にものぼる軍隊だ。銃を持った兵隊がぞろぞろ上陸し、家のほうへ向かうのを、少年は木陰に隠れて震えながら見ていた。
     意味はわからない。だが見つかったら殺される、という確信だけはあった。

     父、母、祖父、祖母、妹、友人、先輩、後輩、先生、あの娘。
     今も何も知らず寝ているだろう、大好きな人達の笑顔が次々頭を過って、消えていった。
     少年は泣いた。
     何もできなくて、守れなくて、泣いた。
     一人の兵隊が人の気配を嗅ぎとり、駆けつけた。
     その命が摘まれる数秒前。少年は両の眼を見開いて、向けられた銃口を眺め、叫んだ。
    「……何だよ……何なんだよ、お前ら……!! やめろーーーーーッッ!!」

    ●warning!!!
    「先日の自衛隊アンデッドの灼滅作戦は無事成功となった。まずはその働きに感謝申し上げたいが、吉報と一緒にとんでもねぇ調査結果も届いてる。まあ事前に読めて幸いだったと言うべきだ、が……」
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は険しい顔で一枚の資料を指し示した。
     現在、東シナ海に100万人規模の大艦隊が集結している――。
     あまりにも現実感の無いその数字を前に、灼滅者達も返す言葉を失った。
    「アンデッド共の動きは独自の作戦を行うためのものではなく、より大きな作戦に備えるためのものだった……ってわけだ。軍団の頭は、ノーライフキングの首魁の一人である統合元老院クリスタル・ミラビリスの『アッシュ・ランチャー』。奴の目的は『日本侵略』だ……!」
     日本を制圧すれば、一般社会に深く根ざしている灼滅者組織の活動を阻害できるはず。
     少なくとも、アッシュ・ランチャーはそう考えて動いているだろうと鷹神は言った。
     艦隊は、5月2日の未明に沖縄本島に上陸する。
     市街地を制圧し、民を虐殺し、その屍に望まれぬ生を与えて新たな兵とする。
     死の行軍は、やがてこの国すべてを飲み込むことだろう。
    「何てムチャクチャな野郎だ……こんな事が許されるのか!? ……すまんが君達の力を頼りたい。敵が100万だろうが1000万だろうが、俺達はやってやらないとならない」
     流石に荷が重すぎる事は承知しているのか、彼は深く頭を下げる。

     向かうべき場所はとある海沿いの街道だ。
     軍隊が街道を通り、住宅街に向かおうとしている最中に何とか駆けつける事ができる。
     それ以前であってはならない。どんな悪影響があるかわからないからだ。
     運悪くそこをランニングコースにしていた中学生の少年が一人、海から上陸してくる軍隊の存在に気づき、木陰に身を隠して震えている。このまま放置すれば彼も殺害されるだろう。
    「三千人の軍隊をたったこれだけで蹴散らせって言うのか……」
    「できる根拠はその大半が一般人である、という事実だ。つまりどうあがこうが君達の敵じゃない、だから俺は『可能である』という判断をした」
     大多数を占める一般人を除けば、敵は人甲兵5体程度、アンデッド20体程度だと想定されている。しかし正確な数まではわからない。
    「一般人の兵隊ぐらい範囲サイキックで簡単に殲滅可能だろうが、それじゃこっちまでゲス野郎になっちまう。下手に殺すとゾンビが増えるとかどうこう以前の問題だ、可能な限りESPで無力化すべきだろう。それが沖縄の人々を守ることにも繋がる」
     仮に殺してしまった場合、作戦中に新たなアンデッド兵が誕生し危険を招くことにもなりかねない。充分に注意してほしいと鷹神は言った。
    「人甲兵とアンデッドを全滅させた後は、無力化した兵士達を捕縛しつつ、洋上のアッシュ・ランチャーとの決戦に備えておけ。この作戦が成功したらすぐにでもブチのめしに行く。もしもこの世に撃たれるべきゴミ野郎がいるとしたら、それは奴だ……!」
     憤懣やるかたない様子の鷹神は用済みの資料をぐしゃぐしゃに丸め、屑箱に投げ入れた。

     君達にも家族がいるだろう。友人がいるだろう。
     彼らは灼滅者かもしれない。
     しかし、そうでない人々のほうが、この国にはずっと多い。
    「暴力の前には無力だ。彼ら皆……俺だってそうだ。だから頼む、灼滅者。助けてくれ」


    参加者
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)
    湍水・れん夏(がいがないないすがい・d29496)

    ■リプレイ

    ●1
     空が白み始めている。朝の海岸を渡る風は涼やかで、駆け抜けるにはいい。
     兵の一人が街から走ってくる若者達を見つけた。
     解放軍は一斉射撃を行う。しかし、先頭を走る赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)と関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)は、いくら撃たれても眉一つ動かさない。
     投げられた手榴弾を一・葉(デッドロック・d02409)がキャッチした。
     葉から皆守・幸太郎(カゲロウ・d02095)へ、幸太郎から楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)へ、回ってきた爆弾を夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が後方に投げた。
     兵士達はいよいよ異常を感じロケットランチャーを担ぎ出す。
     爆風が八人を包んだ。
     その中から、湍水・れん夏(がいがないないすがい・d29496)がひょっこり顔を出した。
    「ひえー、本物のろけっとだんだ。すごいすごい。おおーい、みんな生きてる?」
    「驚く事にそうみたいだね。しかし煙たいな……」
     糸木乃・仙(蜃景・d22759)が投げナイフをへし折りながら笑った。
     兵士達は恐怖した。

     早朝も早朝だ。正直、眠い。だが、灼滅者が眠っていちゃ誰かの日常を守れない。
     幸太郎は欠伸を殺しながら言った。
    「それじゃ、俺たちの『日常』を始めるか」
     誰かがゆっくり眠る為の、戦いという名の日常を。

    ●2
     恐るべき敵が来た――その伝令が小隊から小隊へ駆け巡るより速く、布都乃、治胡、仙、れん夏の四人が林側へ回り込む。乱れ飛ぶ弾を受けながら、仙はデバイスに記録した内容を想起する。

     踏み荒らされる度に繰返された光景。
     ガジュマロの木に誓った叶わぬ約束。
     ブーゲンビリアの花影に待ち続けた者の祈り。
     マングローブの水底に沈んだ涙。
     永きに渡り積もったそれらが、力無き訳も無し――。

     詠うように口遊まれた流麗な言の葉が、この地に眠る霊たちの無念を呼び覚ました。
     葉擦れと波の不気味なささめきが蹂躙を躊躇わせ、加えて正面から発せられる幸太郎の殺気が足をすくませる。側面と正面を潰された一般兵はそれ以上進軍できず、海側へじりじりと後退するほかない。
    「って全力疾走で物語るのは流石に初めてだよ。語るけどね!」
    「息は切れんだろーがその調子で頼むぜ」
     治胡が威圧の風を吹かすと、兵達はいよいよ戦意を喪失しその場にへたりこんだ。しかしまだ弾が飛んでくるのを見るに、効果範囲には限界があるようだ。布都乃は後方から戦場を見渡し、睨みをきかせた。
    「ざっと一度に百人ってトコか……弾は効かねぇ。ご挨拶に揉んでやれ、相棒!」
     怯んだ兵の銃をサヤが次々にはたき落とす。布都乃は練習した中国語で叫んだ。
    「『武装を放棄し、海岸付近で待機しろ』!」
     その声は激しい戦闘音にかき消される事なく届いたが、やはり上官命令が絶対であるのか、まだ向かってくる兵は多い。治胡を恐れて投降する者達は見送り、布都乃は厄介だなと呟いた。
    「おい夜鷹、王者の風はどん位連発できる」
    「一分に一回が限度だな」
    「分かった。ソッチに集中して敵はオレらに任せとけ」
     れん夏の矢が布都乃の集中力を高める。前線に取り残された小隊長ゾンビの顔面にサヤの猫パンチがめりこみ、その脳天を十字架がかち割った。
     布都乃のハイタッチにサヤがそっと応じる。誰かさんとは大違いのデキる猫だなと思いつつ、治胡は無力化に注力すべく前を向き直る。
     数だけは多い。人質の心算か。下衆だが効果的な作戦……嫌って程に。
    「それなら砕けばイイ。目論み通りにはさせねーさ」

    「人民解放軍の皆さん、早上好! こんなクッソ早くから俺らもテメェらもご苦労なこった」
     聞こえてはいるだろうが、挨拶が返ってくるはずもない。眠気覚ましがてら葉も大声を張り上げ、中国語で警告を送る。
    「ったく、灼滅者にゃGWもないんすかね」
    「言うな。俺も可能なら寝ていたい」
     眠い同盟の葉と幸太郎はゾンビを捌きつつぼやいた。
     正面から無力化を進めていた班も同じ状況に立たされていた。鎮圧が進み次第側面班と合流する予定だったが、この速度では早くてあと十分はかかりそうだ。
    『気を付けィ! 海向けー海! 砂遊び用意、前へー進めェー!』
     翻訳担当の盾衛が投降した兵に整列と行進を指示するも、制しきれない後方の隊は小隊長ゾンビに従って不毛な攻撃を続けている。なんとも珍妙な人の流れが形成されていた。
    「百万人チャイナ兵大行進ねィ……ガキの使いならぬノラキンの使い御苦労サンッてな。こりャ小隊のアタマをブッ叩いてくしかねェナ」
     頼む、退いてくれ。そう念じながら、峻は王者の風を使う。ESPの影響力はその時の状況にも左右されるため、この場合一度に百人程度でも上々の効果だったが、それでも峻にはもどかしい。
    「……重いな」
     幸いだったのは皆が警戒していた、敵が脱走兵を殺すような気配がない事か――峻は密室殺人鬼の事件を思い出していた。
     この三千の兵士達にも家族や友が居る。民の命も、兵の命も、軽々と利用する敵には怒りしかわかない。どこかそんな自分に安堵もして、何もかもが重く、息を吐く。だが前代未聞の難局だ、多少の想定外は割り切るべきだろう。
    「悪いが俺は暫く手が離せそうにない。敵は任せていいか」
    「ここは顔見知りの顔を立てるとするか」
     そう短い付き合いでもない。幸太郎、盾衛、葉は連携して敵の小隊長を順に撃破しつつ、前進していった。小隊を指揮するゾンビは二人いれば楽勝の強さで、三人とみさちゃんでかかれば一瞬だ。
     彼らの注意は別のものに注がれていた。見逃すはずもない、3m近い巨体を誇る人甲兵だ。
    「……なんかゴキブリみてーなフォルムしてんな」
     数々の異臭が混ざり合う戦場の空気に顔をしかめながら、葉が率直な感想をもらす。葉と盾衛は牽制攻撃を放った。周囲の兵達が歓声をあげ、人甲兵のために花道をあける。
    「えらい盛り上がってんな。で、何だって」
    「ンー、『YOU殺ッチャイナー!』『ソレ逝け人甲兵マン!』ッてなトコ?」
    「そういやお前の言語野信頼してだいじょぶ?」
     どうやら、人甲兵はこの上陸部隊の力の象徴であるらしい。葉と盾衛は迫る巨体に立ち向かうも、ビームで薙ぎ払われる。守りの要である峻が一般人にかかりきりなのが厳しい。みさちゃんと幸太郎が何とか二人を支える。
    「背後にも注意しな、木偶の坊サンよ!」
     不意に、人甲兵の装甲がめきめきと砕ける音がした。
     続いてジェット噴射で跳躍した仙が上空で杭打ち機を構え、死の中心点を突いて人甲兵を頭から真っ二つに叩き割る。その向こうに現れたのは、サヤを肩に乗せた布都乃の姿だった。数の利で先に人甲兵を破った側面班が合流したのだ。
    「よぉ顔見知り、元気か?」
    「何とかな。格好いい登場に感謝だ」
    「ゲーム仲間の危機とあっては参上するよ。さあ、武装を解除して投降してほしいな。君らの上官も居なくなるからそう咎められることも無いだろう……って、翻訳を頼むまでもなかったか」
     仙はやれやれと周囲を見回した。自慢の人甲兵が敗れてパニックに陥った一般兵達は、ゾンビ兵を置き去りにし一目散に敗走していく。
     その混乱の最中、何とか現場から遠ざかろうとする少年の姿を発見したれん夏は、直ちに走りよるとライブのチケットを出し、会心のいけめんで囁いた。
    「もっと全力で遠くまで走って逃げて隠れるんだ」
    「は、はい! あの……頑張ってください!」
     すっかり『ファン』と化した少年の声援は皆の耳にも届いたろう。満足げに振り返ったれん夏は、奮起して敵を蹴散らす仲間を目にし……その先の遠景を見て、間の抜けた声を出した。
    「はわわ。だいピンチ」
     徐々に近づいてくる異質な地響きに仲間達も顔を上げる。恐らく、残る戦力であろう三体の人甲兵が固まって出撃してきた。護衛の兵士も全てゾンビに違いない。
     総力戦だ。

    「おれ知ってるよ。ひとが死ぬのはあんまり良くない」
     それでも、れん夏はまだどこか他人事のように言う。
    「だからあんまり死なない方がいい」
     だが、そのシンプルな言葉が改めて皆のすべき事を思い出させてくれた。
     峻が頷く。民も、兵も、仲間も、誰一人として取りこぼしはするものか。
    「ああ。能う限り救うぞ」
    「んじゃ、いっちょブチのめしたろーか」
     葉の一言で意を決し、そして、八人は再度駆けだした。

    ●3
     敵味方の距離が縮まる。本当に、正面衝突だ。
     両者がぶつかる寸前、仙が敵の足元めがけ杭を撃ちこんだ。不意打ちによろめく先鋒のゾンビ兵達と一体の人甲兵を、葉の操る白鋼の尾が蠍の執念深さで喰らう。
     掌には腐肉を切り刻んだ手応えしか返らない。やはり、兵士達は人甲兵を守る肉の壁のようだ。
     一旦脇のガードレールに身を隠し、幸太郎と布都乃は敵の布陣を観察した。残り二体の人甲兵は最後方に位置し、横には衛生兵らしき個体がいる。
    「主力はクラッシャーとスナイパーだな。面倒だがまず壁を破るか」
    「将軍様ご自慢のオモチャと銃撃戦てか。上等じゃねぇかよ」
     布都乃が十字架の砲門を開放すると、敵後衛の人甲兵も銃を構えてきた。遠距離戦とてやってやれない事はない。
     布都乃は腰を落として移動しながら、前しか見ていない敵を射撃ゲームのように次々狙い撃つ。一体の兵がぐるりと首だけ回しこちらを向いた瞬間、幸太郎の影がその首をはねた。
    「思い通りにさせるか。皆で守り抜くぞ」
     皆で、か。
     どこか似た者同士だった峻の変化を感じ、治胡も猫の首根っこを掴んで前に出る。恐らく最も厳しいのは前衛を破るまでの何分かだ。そこさえ凌ぎ切れば、押し通せる。
     もう豊の期待を裏切るものか。
     誓うように手の甲に触れ、覚悟を整えた峻は、蒼白の障壁を展開し敵の弾幕の衝撃を緩和した。精密な狙撃で壁を破った光線の一つが、治胡の左瞼を焼く。
    「ぐっ……!」
     祝福の熱波が吹き荒れる。炎の如き翼と毛並みを備えた猫は片目を押さえる治胡を瞥見すると、グル、と獅子のように喉を鳴らし、後衛を守るべくリングを燃え上がらせた。まるで主人を気遣わぬ太々しさが物珍しいのか、れん夏の目がきらきらしている。
    「わりーな、可愛げのねぇ猫で」
    「みさちゃんもいつかくるかも反抗期……一句よめたし、おれ回復ぐるぐるマンになるね」
     ベルトが包帯のように治胡の眼をしゅっと覆い、保護した。見張りが必要な獣はもう一匹――その心配な後輩、盾衛は分解した自在刀【七曲】をヌンチャク状に振り回し、ナイフを振り回す兵士と渡りあっていた。
    「ふゥおあッちャあー、テメェらは既にゾンビ的な意味で死ンでいるゥ!」
     盾衛のヌンチャクが大きく空を切る。アイツ何遊んでんだと治胡が頭を抱えた時、不可視の攻撃で敵前衛が氷柱の中に封じられた。盾衛が獰猛に嗤ったのは一瞬、人を食ったような笑いが響く。
    「哈哈哈哈、冷凍ゾンビになッチャイナー!」
     痺れと足止めも重なり脱出できない兵達を、仙の殺気が四方から圧迫し、一気に三体粉砕した。
     葉が討ちもらした敵を指さすと、矢印の帯がそれを貫き、続いて峻が袈裟斬りにする。救護に奔走する衛生兵の脚を布都乃と幸太郎が撃ち、切り裂く。
     脚を失っても蠢くゾンビからわーと逃げつつ矢で援護するれん夏と、尻尾をふりふり主人を追うみさちゃんはどこか楽しそうだ。
    「ぞんびぞんぞんび、めっちゃすき。おれもゾンビなりたい。にのまえサンなりたくない?」
    「臭ぇからヤダ。俺ナノナノがいい」
    「えっ しきのは?」
    「うーん、桜の木の下に群がりたくはないかな」
    「えっ そっか……そうなんだ……」
     最後の衛生兵が猫に火葬された。こんな非常時にも、とことん自由な人々には笑ってしまう。仙は笑みの余韻を唇に残しつつ、眼前に迫る人甲兵を見上げた。
    「兵はなるべく傷つけたくない。でも沖縄への危害も困る。我侭だけど分って貰えるかな、これが私たちの選んだ道なんだ」
     答えはない。
     だよね、と一人ごち、仙はその胸に杭をぶちこんだ。
     幸太郎の影が装甲を剝ぎ、盾衛の刀が砲身を断ち斬り、葉のノイズが現れた中身の半身を喰らう。
     布都乃が残り半分を踏み潰し、死に際放たれた弾幕を峻と治胡が受け、れん夏の風がその傷を癒す。
     曲者揃いの八人だが、なぜか息は合った。
     海岸に退却した兵達が、神々の戦いでも前にしたように街道をただ仰ぎ見ている。
    「俺達から見たら向こうが外道。向こうから見たら俺達が外道、か」
    「灼滅者やんのもめんどくせぇけど、現地住人巻き込むわけにゃいかねぇよなあ」
     そう言いつつ、葉は手早く人甲兵の残骸を脇によける。ようやく開けた道の向こうに残るたった二体の巨人を見据え、幸太郎はラベンダー色の光輪を鋭く投げつけた。複雑な軌道を描いて飛んだ輪が、片方の敵の両腕を切り取る。
     二体が一体になるのにそう時間はかからなかった。
    「何にせよ最後に立っていた奴が道を作る。その役目は俺達だ」

    「敵の見落しは、守るモンが在るだけ必死になるってコトか」
     最後の銃撃が飛ぶ。隙は見せねぇ、と隣の猫を睨み返す。再三の銃撃で限界を迎えた猫は消え、治胡は立った。峻も出血が酷いが、れん夏が重ねて張った帯の鎧で止血し、何とか持っている。
     炎のオーラを燃やす治胡に敵の注意が向いた瞬間、盾衛が脇に回り込む。
    「行け、偽兎」
    「武蔵野四千年のprpr真拳を喰らえィ! ほァちャァァー!」
     ヌンチャクに足元をすくわれた人甲兵を炎の気弾が撃ち、仙の砲弾と幸太郎のナイフが追撃する。
    「何が対人類戦最強だ。格下狩りの三下ヤローじゃねぇか。その大層な骨董品頭カチ割るまで、精々胡坐かいてやがれ……!」
     布都乃が十字架を担ぎ、走りだした。がしゃんと振り返った人甲兵の背後には葉。もう逃げ場はない。
     ――ガンガンガンガンガン!!!
     十字架とハンマーで滅多打ちにされた人甲兵はべこべこに凹み、やがて一枚の金属板と化し、葉が大きく振りかぶってそれを粉砕した。金属の破片が墓標の如くアスファルトに突き立つ。
    「害虫は一匹残らず駆除しねーとな」

    ●4
     戦艦に乗り逃げ帰った兵も多いものの、置いて行かれた者もいた。投降した彼らが放棄した武器を回収し、持ってきたロープで捕縛し、一仕事終えた一行は疲労感から砂浜に倒れこむ。
    「シリアス面解除しろよ。ほい、お疲れ」
     犠牲者を出さずに済んだ。その事で頭がいっぱいだった峻は、葉に投げ渡された袋の中を見た。
     ……パンの耳だ。
    「俺も持ってるぞ。食うか」
    「お前さぁ……いや、いーわもう」
     そのやり取りに皆脱力し、思わず笑みがこぼれる。

     来る決戦に備え、戦友達は束の間の休息を取った。パン談義で盛り上がりながら。
     じきに夜が明ける。朝は絶望より、希望に満ちているべきだ。
     ――まあ血生臭い『日常』よりは、これを飲む『日常』の方が好みだな。
     缶珈琲で一服しながら幸太郎は配られたパンの耳を齧る。カレーパン以外のパンも、たまにはいい。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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