アッシュ・ランチャーの野望~押し寄せる荒波~

    作者:佐和

     沖縄を始めとする南西諸島と、中国との間に位置する、東シナ海。
     そこに集結した人民解放軍の艦隊は、沖縄本島への進軍を開始していた。
     総兵力100万という大軍勢。
     だがその進軍は、正規の指揮系統からの命令によるものではない。
     いや……ある意味では『正規の指揮系統に戻った』軍勢であると言える。
     上陸作戦開始を待つ艦隊に姿を見せたのは、元老『アッシュ・ランチャー』。
     サイキックアブソーバーが稼働する前の時代、この地域の全ての軍隊を支配下に収めていた『クリスタル・ミラビリス』……世界を支配するべく定められたノーライフキングの1人だったのだから。
    「これまでの情報から、灼滅者達が人間社会に大きく依存しているのは間違いない。
     であるならば、その人間社会を制圧する事こそが、灼滅者への最大の攻撃となる」
     スーツ姿に威厳を湛え、アッシュ・ランチャーは艦隊を見据え声を上げる。
    「まずは、沖縄本島を橋頭堡として、日本本土の制圧に向かうのだ。
     統合元老院『クリスタル・ミラビリス』が再び地球を管理下に置き支配する、正常な世界を取り戻す為に!」
     5月2日未明。
     アッシュ・ランチャーの号令を受け、日本侵略作戦の幕が切って落とされた。

     その砂浜は夜闇に覆われ、穏やかな波音を小さく響かせていた。
     素朴な公共ビーチとして親しまれている場所だが、今は誰の姿もなく。
     日の出を迎えてまた美しい景色を魅せるまでの間、わずかな眠りの時にある。
     だが。
     突如、その静寂を切り裂いて、十何隻もの揚陸艦が乗り上げる。
     波を押しのけ、砂浜を抉り、艦首を突き刺して。
     観音扉のように開いたそこから、兵士達が波の代わりに押し寄せた。
     完全武装した多勢の一般人兵士達は。
     砂浜の先に広がる民家へ、左右にそびえ立つホテルへと向かい。
     寝静まっていたそこに、銃声が、血臭が、悲鳴が、広がっていく。
     そんな兵士の群れの後に、アンデッドの兵士が。
     そしてアンデッドの戦闘能力を飛躍的に上昇させる人型兵器『人甲兵』が続いた。
     圧倒的な数で、さらに圧倒的な武力で、侵略は進められて。
     沖縄の平穏は、突然の荒波に容赦なく飲み込まれていく。

     自衛隊に潜入していたアンデッドの灼滅作戦は成功。
     その吉報をもたらしながらも、八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)は灼滅者達から目を反らし、広げた地図の洋上を示した。
     このアンデッドの動きは、より大きな作戦に備えたものだったと考えられる、と。
    「アッシュ・ランチャー、軍隊集めてる」
     告げられた名は、ノーライフキングの首魁の1人。
     指し示した東シナ海から秋羽の指は動き、沖縄本島へと線を描く。
    「日本制圧して、武蔵坂学園の活動、阻害する目的。
     そのために、まず沖縄、狙われる」
     沖縄市街地の制圧と虐殺は、拠点作りでもあり、戦力拡充でもある。
     なにしろ相手はノーライフキング。
     死体となった一般市民は、アンデッド化により戦力となる。
     兵士のほとんども一般人のため、制圧時に軍隊側にも死者は出るだろう。
     だがそれすらも、アンデッド化でより強い兵士となり、戦力は増えていく。
     つまり、この暴挙に対処できるのは灼滅者達だけなのだ。
    「向かって欲しいの、ここ」
     秋羽が示すのは、東シナ海に面した砂浜。
     道路を挟んで民家が建ち並び、砂浜の左右にはそれぞれ大きなホテルがある。
     この砂浜に軍艦が揚陸し、まずは近隣の住民や観光客を虐殺していくのだという。
    「砂浜で、迎え撃って」
     兵士達が上陸する前に攻撃をしてしまうと、相手の動きが変わってしまう可能性がある。
     幸い、砂浜には誰もいないため、ここで対処できれば被害は防げるだろう。
    「相手、兵士。3000人くらい。でも、一般人」
     数は多いが、ESPが効く上、バベルの鎖があるため攻撃が灼滅者に届くことはない。
     しかし、完全武装した兵士は、沖縄市民達には多大なる脅威だ。
     無力化に失敗して取り逃がせば、多くの犠牲が出ることとなる。
    「あと、アンデッド兵20体くらいと、人甲兵5体くらい、いる」
     逆にこちらは、数は少ないが、ノーライフキングの眷属であるためサイキック攻撃でしか倒せない。
     特に、特殊強化武装である人型兵器『人甲兵』は、アンデッドに並みのダークネスレベルの戦闘力を与えるものだという。
     そして、アンデッド兵は増える可能性もある。
     一般人の兵士を殺すとアンデッド化してしまうと考えられるのだ。
    「対応、気を付けて」
     秋羽は、無表情にどこか心配そうな色を混ぜて、じっと灼滅者達を見据える。
     沖縄の人々を守るため。
     そして、洋上に居るアッシュ・ランチャーとの決戦へ手を届かせるためにも。
    「お願いします」
     ぺこりと秋羽は頭を下げた。


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)

    ■リプレイ

    ●未明
     波音を聞きながら佇むシエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)は、幾つもの光の点が浮かぶ黒い海をじっと見つめていた。
     夜明けまではまだ遠い、闇の時間。
    「投光器、設置してきたぜ」
     そこに科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)が歩み寄ってきた。
     振り返れば、住宅地側から歩いてくる日方が、肩越しに後ろを示している。
     予定通り言葉通り、砂浜の端に設置を終えたのだろうが、闇の中、遠目ではその完了を確かめることができなかった。
    「点灯は、あっちが上陸し始めてからだよな?
     まあ、この砂浜全部を照らすのは、やっぱ無理そうだけど」
     日方はぐるりと顔を動かし、広大な砂浜を見回して苦笑する。
     持ち込めた台数と現地の広さを考えると、端から端までというのは難しそうだ。
     だから、苦笑に苦笑を返しながら、彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)はシャッター式のLEDライトを手に掲げて見せる。
     他の皆もそれぞれに、光量の調節が容易なものを選んで準備しているようだ。
    「見通しがとってもいいの、困ることもあるのね?」
     むむ、と考え込む仕草を見せるのは、久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)。
     その周囲を、ウィングキャットのねこさんが、主を真似るような恰好で漂っていた。
     光量調節を気にするのは、光が目印とされてしまうと危惧してのこと。
     建物も樹木も起伏もない砂浜では、光は遮られることなく遠くまで届いてしまうから。
     そして、隠れるものがない場所からこそ。
     灼滅者達は、塹壕や堤防などを砂浜に作ることができなかった。
     砂地という悪条件ゆえに、穴を掘るのに予想以上の時間がかかるというのもあったが。
     何より、海から丸見えでは『ここで待ち構えています』と伝えるようなもの。
     上陸を別の場所に変えられてしまわぬよう、作成は中止されていた。
     立案者のシエナは、その決定に微かな落胆を見せてはいたが、すぐに気持ちを切り替えて、傍らのライドキャリバー・ヴァグノジャルムの準備を続ける。
    「できることはどんな小さなことでも、ね?」
     その様子にさくらえは目を細めると、中国語を書き写したメモを開いた。
     ノーライフキングが指揮するとはいえ元は中国軍の兵士達であるならと、皆で簡単な言葉をいくつか覚えている。
     準備を整えたそこに、現れるのは十数隻の揚陸艦。
     天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は、水上の光が大きくなるのを見て手を握りしめる。
    「全く、大掛かりな事をやってくれるな。
     改めてダークネスの支配ってやつを感じたぞ」
     まだ距離がある今でさえ大きく感じる艦艇にはどれだけの人が乗っているのか。
     話には聞いていたけれども、実感してみるとまた違う驚きがあって。
     さらに揚陸艦の向こうにはより多くの艦艇がいるのだと思えば、スケールの大きさに驚くことすら忘れる程。
     それでも灼滅者達は怯まない。
    「人間社会を狙うって着眼点は褒めてあげるけど、もちろん阻止はさせてもらうよ」
    「ええ、そうね」
     神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)が不敵に笑うと、並ぶ橘・彩希(殲鈴・d01890)も涼やかな笑みを浮かべ、さくり、と砂を踏みしめ前へ出る。
     だがそんな小さな音をあっさりかき消して、周囲には荒々しい波音が響く。
     小さかった揚陸艦があっと言う間に巨大になり、穏やかな波を切り裂いて艦首を砂にめり込ませるように、次々と上陸を果たしたのだ。
     見据える北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)の前で、艦首の門扉が開いていく。
    「沖縄の人たちはぜったい1人も死なせませんです」
     決意を口にすると、くるくると回っていたナノナノのクリスロッテがぴたりとその動きを止め、朋恵に寄り添うように近づいてきた。
     その慣れた気配に笑みを向けて。
    「ロッテ、行きましょうです」
     朋恵は皆と共に、溢れ出るようにこちらに向かってくる兵士達と対峙する。

    ●揚陸作戦
     日方達が点灯した投光器と、揚陸艦の照明とで、砂浜は全体的に薄明りに包まれた。
     これなら行動に支障はないだろう。
     頷いた彩希はもう1つの事も確認し、呆れたように呟く。
    「素晴らしい人数だこと。壮観ね」
     その眼前に迫るのは、もはや数える気すら失せるほどの人の波。
     横並びの揚陸艦から降りて進む兵士達は、横に長く広がっていて。
    「サウンドシャッターの効果範囲が狭い、なんて思ったのは初めてかしら」
     ふぅ、と息を吐いて彩希はESPの発動を諦めた。
     その代わりに飛び出したのは日方と黒斗。
    「そっち任せた」
    「おう」
     2人が用意したのは王者の風。
     一般人の動きを抑えるならこれ以上なく有効なESPだが、ここまで大勢の相手に1度で効果を届かせるなどできるはずもなく。
     だからこそ、日方は右手へ、黒斗は示された左手へと分かれる。
    「止まれ!」
     ESP発動と共に叫ぶ黒斗の前で、50人程の兵団の1つとその周囲の兵達が足を止め。
    「命が惜しいなら武器を捨てろ。キミ達が攻撃を止めれば命までは取らない」
     ハイパーリンガルを使ったさくらえが言葉を重ねる。
     兵士は次々と従ったが、さくらえの指示より前に武器を手放していたものも多かった。
     確かに、戦場で敗者となった際にまず敵に言われることは大体同じ。
     詳細な情報収集をするのでなければ、戦闘中にさほど言語の壁はないようだ。
    「大人しくしてくださいです」
     朋恵が願いと共に使ったラブフェロモンも、朋恵自身に対する攻撃を躊躇わせはできたようだが、進軍を止めるほどの効果はないようで。
     すぐに駆け寄った日方が、王者の風での無力化を行う。
    「俺も行ってきます」
     戦況を伺う彩希ににっこり笑いかけてから、ひらりと振られた繊手を横目に、天狼は旅人の外套を纏って兵士達の中へと走り込む。
     続くように杏子も闇纏いを発動させ、ねこさんと共に飛び込んだ。
     兵士の武器をひょいっと取り上げたり、そっと押し倒したり引っ張ったり、はたまた足を引っかけて躓かせたり。
     子供の悪戯のような仕草だが、姿を隠して行えば、まるで心霊現象。
     兵士達の足を止め、驚き戸惑わせながらも集団をある程度纏めて、王者の風の効率を上げるべく動いていく。
     さらに、ヴァグノジャルムに騎乗したシエナが、住宅地に近づいた者達に突撃した。
     速度を抑えている上、ヴァグノジャルムの機体には緩衝材が取り付けられているため、激突してもしばしその場に蹲る程度の軽症で、与えるのは本当に足止めする効果だけ。
     布団を巻いた鉄棒が横に伸び、薙ぎ倒す人数を増やしてはいるものの、決して致命的な傷を追わせずに、シエナは駆け抜けていく。
     そうして対応方法と役割分担とが明確になり、手順が確立できてきた頃。
     姿を隠しているはずの杏子に向けて、銃刀が突き出された。
     間一髪避けて振り仰ぐと、指揮官のような飾りをつけた兵士がいて。
     気づいたねこさんが甲高く鳴く。
    「アンデッド兵なの!」
     声を上げながら虹色と青のスニーカーに炎を纏い、蹴りかかれば。
     続いてねこさんの肉球パンチが降り注いで。
    「やっと出番、かしら?」
     舞うように美しい剣筋を描く彩希の黒刀が、アンデッドを深く切り裂く。
     紅き雫が飛沫く中で、鍔元の紅き飾り紐がふわりと揺れた。
    「お前達、何をやっている!」
     さらに、黒斗が無力化したはずの中で1人だけ戦意を保ち、命令を飛ばす者がいて。
    「これもアンデッドだね」
    「おまかせくださいです」
     さくらえの巨大碑文が、朋恵の縛霊手が、叩き込まれていく。
     アンデッドはそう強くなく、灼滅者と同等もしくは少し下回る程度。
     だからこそ2人以上で相対すれば、苦戦することなく素早く倒すことができた。
     そうして灼滅者達は、一般兵の無力化を進めながら、1体、また1体と、兵団を率いるアンデッド兵を倒していく。
     ゆえに、敵軍は戦法を変える。
     この砂浜を越え、沖縄を橋頭堡とするそのために。
     残るアンデッド兵9体が、纏まって向かってきたのだ。

    ●荒波の如く
     邪魔者を排除してから作戦を遂行しようということなのだろう。
     中央部に集まったアンデッド兵は、一番近くにいた天狼に次々と襲い掛かる。
     天狼は、いつもの笑顔を浮かべながらも、油断なく動きを見切り。
     避けた動きも利用して、槍を捻り突き出した。
     周囲に視線を走らせれば、事態を察して集まってくる仲間の姿と、左右両端の艦にそれぞれ姿を見せる人甲兵。
     3mはあろうかという巨体に思わず、わあ、と小さく呟いて、天狼は口の端を上げる。
    「……一般市民の命を守る様、ここで食い止めないとね」
    「ああ。ヤツらの好きにはさせない」
     応えるようにアンデッドの死角から姿を見せた黒斗が、鋭い刃を振り抜いた。
     その黒斗の背に自らの背を合わせるように位置取った彩希は、振り下ろされたナイフを花逝でいなすと、そのままくるりと身を翻し、炎を纏った蹴りを流れるように放つ。
     さらにそこへ、杏子も虹色の炎を生みつつ青い軌道で駆け込んで。
    「あたしの出来る、全力以上で。
     あたしの手の届く限り、届かなくっても、守るんだ!」
     重なる蹴撃に、強い想いに、アンデッド兵が1体崩れ落ちた。
     数を減らしてもまだ多数と、油断せず杏子は周囲を見やる。
     その目の前で、ねこさんの魔法が飛び、朋恵の蹴りも流星となり重く突き刺さって。
     主を降ろしたヴァグノジャルムが本来の突撃を見せていた。
     相手が纏まって来るなら、纏めて倒してやると言わんばかりの連続攻撃。
    「沖縄の人達の命はもちろん、敵であってもまだ『ひと』である兵の命も、守りたいと思うから……今、ここに居る」
     さくらえもその一端を担うべく、白練色の帯締めを白蛇のように操り鎌首を上げて。
     ふと、懐に忍ばせた手作りのお守りを服の上からそっと握りしめる。
     お守りの贈り主……『行ってらっしゃい』と送った彼女は、今、この沖縄のどこかでさくらえと同じように戦っている。
     その彼女が無事に『ただいま』と帰って来れるように。
     自分も笑顔で『お帰りなさい』と迎えられるように。
     いや、自分達だけではない。
     この場に居る仲間が、そして今沖縄にいる全ての人が。
     他愛のない、でも大切な言葉をまた交わし合えるように。
    「必ず守り切ってみせる」
     願い、そして誓いながら、さくらえは絆縁を射出し、アンデッド兵を貫いた。
     優しいのね、と呟いて、彩希は漆黒の長髪をさらりと払って微笑む。
    「私が守りたいのは、基本的に私の大事な人達だけ」
     青い瞳が見つめるのは、金色の髪の下で笑う小さな星。
     そして細い指に輝く小さな指輪。
     それさえ守れれば他はどうなってもいいとは思うけれども。
    「でも、虐殺と制圧は此方の生活も脅かす。それは見過ごせないわ」
     にっと笑って花逝を掲げ、彩希の刃がまた血に濡れていった。
     それぞれの想いは違うけれども、今目指すものは同じだから。
     ヴィオロンテを広げたシエナが、ハートを飛ばすクリスロッテが癒し支える中、アンデッドは着実に数を減らして。
     黒斗の鞭剣が最後の1体に巻き付き、深く切り裂きちぎり消す。
    「よし、次!」
     そして切っ先を掲げ示すのは、右側に現れた2体の人甲兵。
     さらにうち1体へと、天狼の穂先と彩希の刃先が狙いを揃える。
     人甲兵はその見た目通りに硬く力強く、アンデッドより格段に強敵だけれども。
     怯むことなくさくらえが、朋恵が、挑んでいった。
     攻撃の手数を揃え、確実に倒す。
     その思惑は、だが人甲兵も同じだったようで。
     巨椀に殴り飛ばされた黒斗へ、その体勢が崩れているうちにもう1体が突撃する。
     だが、避けきれないかと身構えたそこに、日方が飛び込んだ。
    「死者は出させない。出してたまるか、絶対ェ」
     背に黒斗を庇い、傷を負いながらも前へ出て、閃くは鋭い刃。
    「命をなんだと思ってやがる!」
     叫ぶ日方は、1人一般兵の無力化に残り、奔走していた。
     沖縄の人達を確実に守るためとはいえ、仲間の激戦を見ているしかできなかった状況。
     だからこそ、一般兵対応は不要と判断できた瞬間、思いが溢れる。
     自分はいくら傷ついてもいい。
     目の前で誰かが失われるのは嫌だから。
     手足を何本持っていかれても立ち続けてやると。
     人甲兵の攻撃を引き付けながら、諦めず迷わず立ちはだかる。
     同じディフェンダーの朋恵も並び向かいながら、ふと思う。
    (「この中にもアンデッドがいるのでしょうかです」)
     特殊強化武装、と聞いた言葉から操縦者がいるのは確かで。
     死して尚、兵士として戦場に立ち続けなければならない相手を、そしてそんなアンデッドを生み出す敵を、朋恵は装甲の向こうに思い見る。
    (「それは、ぼうとく、なのです」)
     きゅっと口を引き結び、ここで終わらせると決意を固めて。
     目の前の人甲兵を確実に倒していく。
     そして2体共が沈黙したその後。
     後ろを振り返れば、さらに2体の人甲兵がこちらに銃を向けていた。
    「彩希先輩、無茶しすぎないでね」
    「天くんもよ?」
     天狼と声を交わし、彩希はまた走り出す。
     最初のアンデッドが弱いとはいえ、完全なる3連戦。
     癒しきれない傷に、消えゆくサーヴァントに、苦戦は否めない。
     それでも退かずに灼滅者達は武器を握り。
     杏子も回復役に回り、その歌声を響かせた。
    (「言葉が通じなくっても、歌は心に響かせられると思うの」)
     紡ぐのは精一杯の鎮魂歌。
     仲間を守るために。
     そして、アンデッドにも安らかな眠りを届けるように。
    (「誰1人として死なせませんですの」)
    (「この戦いが、未来に繋がることを、信じてる」)
     シエナと共に、癒しを願う。
     その想いを背に、さくらえの絆縁が広がり、朋恵の蹴りが冴えて。
     彩希が斬り込んだそこへ天狼の魔力光線が突き刺さる。
     これで最後と痛みを噛み殺して、手と一体化した光剣を閃かせた黒斗は、その勢いのまま装甲を駆け上り、頭上を跳び越すように舞う。
     思わずその動きを追い、視線を上へと反らした人甲兵の隙を日方は逃さず飛び込んで。
     振り抜いた赤色の標識は、深く深く人甲兵を抉り。
     バチッと火花が散ったと思った瞬間、爆発四散した。

    ●朝まだき
     全ての人甲兵が倒されたのを見て、揚陸艦近くに残っていた一般兵達は、我先にと艦へ戻り逃げ始めた。
     指揮官たるアンデッド兵もいないのだから、その動きを押し留める者はいない。
     満身創痍の灼滅者達にもそれを止める余力はなく。
     揚陸艦の半数程が洋上に敗走していくのを、朋恵は静かに見送った。
    「負傷者はとりあえず治すですの」
     敵味方隔てなく回復の手を向けるシエナに、杏子もまた歌声を重ねて。
     彩希がそっと天狼に寄りかかり、小さく微笑む。
     残された多くの兵士の確保を始めた黒斗と日方に、加わろうとさくらえも足を踏み出し。
     ふと、振り向く。
     漆黒の海はその闇を薄め、穏やかな空が少しずつ輝き始めていた。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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