アッシュ・ランチャーの野望～海より来たる

■リプレイ

●深更
　夜の海に吹く潮風は、初夏の穏やかさと不穏のぬるさを含んでいた。
　優しく水面を照らすであろう月光も星明りも今は雲の向こうに隠れ、パライバトルマリンを溶かしたように透き通る海を黒く染める夜闇はなお薄ら暗い。
　見る者が視ればその昏さはただ光明を欠いているだけではないと気付くだろうが、しかし久しぶりの休暇を妹と過ごすことばかり考えていた彼女はダークネスでも灼滅者でもなかった。
　だから、傍らに音も姿もなく現れた存在に気付くこともなかった。
「ひぁっ」
　小さく悲鳴を上げる。
「どうしたの、姉さん」
　近付いてきた妹に呼ばれてふるりと首を振った。
「……気のせいかしら。ここから離れろって誰かに言われた気がしたの」
　それは姿を隠すESPを用いていた灼滅者からの警告だったが、やはり彼女が気付くことはない。
　夜の海は危ないものねと妹も頷き姉の手を取った。
「姉さんはよく桟橋から落ちるし」
「お、落ちないわよ。……時々しか」
　他愛もない言葉を交わしながらその場を去っていくのを見届け、灼滅者たちは海へと意識を集中させた。
　墨を溶かしたような闇の中、沖合にとどまる数隻の大型揚陸艦のウェルドックから唸りに似た音を立てて滑り出してきたエアクッション揚陸艇が見て取れる。
　阻止しなければ、あの仲睦まじい姉妹も迷いなく殺して上陸していくのだろう。
「ここで止めなくちゃ、被害がどんどん広がっていっちゃうんだよね」
　絶対、させないから。
　揚陸艇から現れた、かすれたデジタルパターンの迷彩服の上に装備を着込んだ集団へと柘榴の瞳をまっすぐに向け、夜伽・夜音（トギカセ・d22134）がそっと決意を口にした。
　水を蹴り上げる音から砂を踏む音に変わる。上陸してくる敵はいくつかのグループに分かれ、そのひとつあたりは40名から50名程度で編成されているようだ。それが集まり3000名という巨大な集団となっているのだ。
　攻撃に移る前に可能な限り、戦闘やESPの使用、一般人兵含む敵との接触を避けるつもりでいたヴォルフ・ヴァルト（花守の狼・d01952）は、その想定が通用しないことを知った。
　彼らが一般兵対策として用意したESPの効果範囲は半径300m。3000名をその中に収めることはできない。
　一般人兵に遭遇した際に言い訳が出来るようにと考えていた月翅・朔耶（天狼の黒魔女・d00470）も、その行動にデメリットはないが必要もないと気付く。
　侵攻の目的と意志を持つ相手がこちらに気付いて真っ先に取る行動が、回避や警戒であるはずもない。
　また、一般兵への割り込みヴォイスによる指示は、命令を受けた兵士たちにはそのままでは効果が薄い。規則正しい足取りでこちらに向かってきていた大軍勢は次第に速度を速める。
　人民解放軍兵士は、相手が年端もいかない若者ばかりということもあり自動歩槍を構えた。
「放！」
　命令一下、銃火が夜闇に踊ろうとしたその瞬間。
「動くな！」
　少女の一呵に空気が震えた。
「戦線離脱してちょうだい。戦いが終わるまでは砂浜の外でじっとしていて、勝手な行動はとらないでね」
　ビハインド・サニープレイヤーをそばに一喝したファティマ・プレイヤー（悪評高き狼・d37122）に続き告げたマギー・モルト（つめたい欠片・d36344）の放つ威風は、ざあっと風のように兵士たちの間に広がる。
　少女たちは威圧的な外見を持つわけではない。だが彼女たちがまとい放つ気配に気圧され無気力状態に陥り、再度促されて引き下がった。
　一度に効果を受けたのはたとえ一部でも、不要の戦いを避けられる。そしてそれは一般兵とアンデッドを見分けることにもなる。
「（極東のミリタリーバランスを無視してまで俺達を抹殺するつもりか……）」
　敵も相当焦っているのか、あるいは……
　思案しながらロスト・エンド（青碧のディスペア・d32868）は闇纏いで姿を隠しつつESPが効いていない敵を探す。
　DSKノーズを用いて業の深い者を探そうとするが、いないのか業の匂いが弱いのかうまく引っ掛からない。
　心を制された一般兵が動揺しているところへ暴雨・サズヤ（逢魔時・d03349）が撤退を促そうとすると。
「起歩走！」
　前へ進めの指揮が発せられ、動揺収まらぬままではあったが一般兵たちは何とか気を取り戻す。
　あの指揮者がアンデッドだと判じ、峰・清香（大学生ファイアブラッド・d01705）は喧騒の中割り込みヴォイスで仲間たちに敵を示した。
　だがすぐに手を出すことはできない。アンデッドの周囲にはまだ多くの一般兵がいる。
　灼滅者たちが攻撃を受けてもバベルの鎖によってダメージを受けることはないが、一般兵はサイキック攻撃が当たれば死ぬ。死ねばアンデッドと化す。
　生きても死んでも手駒になる。それも織り込み済みだろう。或いは灼滅者たちが攻撃をためらうと踏んでもいるだろうか。
「ここまで派手にカタギの人間を巻き込むとは……吐き気がする」
　ぎりと睨みつけて吐き捨て、倒すべき敵の位置を確かめる。どうやらアンデッドはいくつかのグループを指揮しているようで、アンデッドがいないグループもある。
　どの道、無傷で軍人達を無力化はできない。そう思いロストは青き魔槍を手にした。
「人々を守るために誰かが業を背負う必要があるのなら、俺はそれを背負うことを躊躇わないよ」
　低く落とした静かな声で口にし、敵に向けて砂を蹴る。
　清香とサズヤ、ロストがアンデッドを引きつけ、他の仲間たちは圧倒的多数である一般兵の無力化を目指した。
　武器を持ち替え灼滅者たちへと向かってくる一般兵の、訓練を受けた動作の的確な攻撃をいなして威圧しつつ指示を出す。
　広範囲に影響を及ぼすESPを用いながらの指示は時に抵抗を受けることもあったが、ほとんどは戦闘にならずに一般兵を下がらせる。
　どこか呆けた様子で指示された場所へと向かう一般兵たちを一瞥したサズヤの心にふいと疑問がよぎった。
　幼少時から人の死も兵も身近なれど、玩ばれるべき命は一つも無いと今は学び。
「（一般兵達は、アンデッドにされた兵達は、何をおもう？）」
　あの頃の俺の様に何も、おもわない？
　否。そう思うことこそが、あの頃の自分と違うと告げた。
　いつかどこかの遠い果ての残滓に意を馳せ、思いを振り払うように炎をまとった蹴りをアンデッドへと放つ。
　断末魔の声を上げて倒れるアンデッドを見た周囲の一般兵は、指揮官が倒れたことで指揮系統が失われたためか明らかに動揺し、下がるように英語と中国語で告げると何事か言い合いながら離れていく。
　夜闇を焦がす炎を見やり、夜音はきゅと手を握りしめる。
　出来る事なら多くのアンデッドを生み出さずこの場で食い止めきりたいと願う。
　だけど、命令文をあまり使わないからちょっと違和感。さほど影響はないが、少しだけ指示の調子が弱くなってしまうことも。
「うう、頑張るさんなの……」
　そう。頑張らなければならない。
　今ここで一般兵を抑え込み、他の仲間たちが相手しているアンデッド、そして人甲兵を倒さなければ、予想もつかないほどの犠牲が出てしまう。
「……死なせないわ、絶対に」
　きりと唇を引き結び、マギーが静かな中に強い意志を燃やす。
　わたしたちは「普通の人間」じゃないかもしれない。
　でもダークネスじゃない、「そちら側」には行きたくない。
「この今とつながっているためにも、ひとを見殺しになんてするわけにはいかないの」
「ああ」
　魂のかたわれ同士であるファティマが彼女を支えるように頷き、ぐるり視線を巡らせた。
　ほとんどの一般兵は下がり、戦場に残っているのはアンデッドばかりだ。いや、違う。
「ヴォルフ、あれを見て」
　険しい表情で相棒を呼ぶ朔耶の指し示す先へ、ヴォルフは顔を向けた。
　づ、ぬっ。
　重い音をさせ、しかし決して鈍重ではない挙動のそれ。
　人の背丈よりも大きな、無骨なパワードスーツのようなもの。
「あれが……」
　……人甲兵。
　異様な外見の敵を目にして清香がすと息を吐いた。
「私の前でそう簡単にカタギの人間をダークネスに引き込めると思うな」

●進攻
　敵殲滅の方針はアンデッドから人甲兵の順でと決めていた。
　一般兵の無力化・戦場外への誘導に拘ってしまい対処が遅れてしまったが、対応が完了し各個撃破を狙っていく。
　アンデッドはさほど強い相手ではなく、1体を相手するなら灼滅者ひとりでも勝ち目がないわけではなかった。また指揮官として配置されていたために一度で相手するのは1体のみ。であれば撃破は難くない。
　一般兵に被害を出さないよう十全に注意を払っていたこともあり、アンデッドとなる犠牲者も出ずに済んでいた。
　無傷といかずとも重篤な傷は負っていない。夜音が紡ぐ穏やかな物語は夜伽噺の言霊。胡蝶の夢、夜に誘う影の蝶が穏やかな眠りを運ぶ噺が皆の傷を癒した。
　残るは人甲兵のみだ。
「さあ、次！」
　ことさら明るく皆を鼓舞する朔耶の足元で影がぞわりと蠢いた。影は人甲兵めがけて走り無骨なその姿を絡め取り、動きが鈍ったその隙を突いてヴォルフが地を蹴り斬撃を放つ。
　風を裂く勢いでサズヤの叩き込んだバベルブレイカーはしかし敵を貫けず鋭く砂浜を穿った。
　ぢゃっ、と鈍く重い音をさせ人甲兵が銃を構える。
「！」
　阻止しようと朔耶の霊犬・リキが飛びかかるがかわされ、銃口から炎を伴い弾丸が放たれる。
　ダダダダッ！！
「マギー！」
　その名を持つ少女の前に躍り出たのは青碧。自らの長躯を盾に銃撃を受け止めた彼へ天星弓を構えるファティマの仕草は、一般に矢を射るそれではなかった。
　竪琴を爪弾くように弦を弾き放たれた不可視の音の矢に込められた力は癒し。
　すまないと礼を言い、ロストはマギーへとかすかに微笑んだ。
「君には借りがあるからね。ここで死なせはしないさ」
　かけられた言葉に息を呑み、それからやはりかすかに微笑み返す。
「ネコ、がんばりましょう。あんたはわたしの分身だもの、身を呈してでも護らなきゃいけないものはわかるはずよね」
　ウイングキャットのサーヴァントに告げ、いろのないいとを紡いだ。
　灼滅者たちの意気は高揚し、そして油断なく人甲兵を撃破していく。
「これで……終わりだ！」
　最後に残った1体をまっすぐに捉え、清香がブラッディクルセイドソードを一気呵成と高く掲げる。
　ずぁっ！！
　迷いのない斬撃はまっすぐに振り抜かれ、まともに食らった人甲兵はぐらりと機体を揺らした。
　ぐら、り。大きく姿勢を崩し倒れ伏そうになったその瞬間、激しく砂を噴き上げて爆発。
　どおおおぉぉぉ……と地面を震わせ、その衝撃に無気力となっていた人民解放軍兵士たちが正気を取り戻し何事かと周囲の様子を窺う。
「アイヤー……」
　この侵略作戦の上陸部隊の中でも圧倒的な戦力であり力の象徴であった人甲兵が倒され、今度こそ兵士たちは強い衝撃を受けて茫然自失となる。
　だがそのまま呆としてはいられない。慌てて逃げ出そうとしたところを、
「逃がすわけにはいかないな」
　灼滅者たちによって、今度こそ完全に無力化されたのだった。

●曙光
　戦いが終わり、早々にライトの灯りを消して現場から撤収しようとするヴォルフと朔耶を仲間たちが引き止める。
　じきに次の戦いが始まる。その前に、3000名近い一般兵をこのまま放っておくことはできない。
　エクスブレインからも『人甲兵とアンデッドを全滅させた後は、無力化した兵士たちを捕縛しながら洋上のアッシュ・ランチャーとの決戦に備えてほしい』と伝えられていた。
「みんなお疲れさんだよぉ」
　ほわりと微笑み仲間たちをねぎらう夜音に、マギーもネコを撫でてやりながら微笑み返す。
　闇堕ちの覚悟をしていた者もあったが、その選択をせずに済んだ。
「しかし宣戦布告無しでの領土侵犯は大問題になりそうだな……厄介な」
　ぎぅっと強めに兵士を拘束しながらの清香の言葉に幾人かが顔をしかめた。
　そうしていると、住民に被害が出ないよう近辺まで逃げだした兵がいないか、取りこぼしはないかと捜索に出ていたサズヤとファティマ、それからなおも抵抗する兵の対処をしていたロストが戻ってくる。
「これから本番だな」
　清冽に白み始めた空を見つめ、灼滅者たちは決意を新たにする。
　それは或いは、覚悟であったかもしれない。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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