アッシュ・ランチャーの野望~蒼海に滲む

    作者:高遠しゅん

     5月1日深夜。
     東シナ海に集結した、人民解放軍の艦艇は沖縄本島に向けて進軍を開始した。
     総兵力100万という洋上の大軍勢は、正規の指揮系統から切り離され、たった一人のノーライフキングの意志によって、日本への侵攻へと舵を切ったのだ。
     いや、この100万の軍勢こそが『正規の指揮系統に従う軍勢』であったかもしれない。
     サイキックアブソーバーの稼動により多くのダークネスが消滅或いは封印されるまで、ノーライフキング『アッシュ・ランチャー』こそが、この地域の全ての軍隊を支配下に収める『世界のミリタリーバランスを調整するクリスタル・ミラビリス』であったのだから……。

     数時間後、沖縄本島に近づいたノーライフキング艦隊は沖縄本島へと上陸作戦をいまかいまかと待ち構えていた。
     その中には、アンデッドの戦闘能力を飛躍的に上昇させる人型兵器『人甲兵』の姿もある。
     その彼らの前に、スーツ姿の威厳あるノーライフキングが姿を見せた。
     彼こそが、元老『アッシュ・ランチャー』。
     世界を支配するべく定められたノーライフキングの一人なのだ。
    「これまでの情報から、灼滅者達が人間社会に大きく依存しているのは間違いない。であるならば、その人間社会を制圧する事こそが、灼滅者への最大の攻撃となる。
     『人甲兵』部隊出撃せよ。まずは、沖縄本島を橋頭堡として、日本本土の制圧に向かうのだ。
     統合元老院クリスタル・ミラビリスが再び地球を管理下に置き支配する、正常な世界を取り戻す為に!」

     元老『アッシュ・ランチャー』の号令と共に、揚陸艦が海岸へと接岸し次々と兵士達が沖縄への上陸を。
     アッシュ・ランチャーによる日本侵略作戦の幕が切って落とされた。


     毎日通る海沿いの道は、この時間帯に通行人は滅多にない。トラックの運転席であくびをかみ殺していた男は、普段と違う空気を感じた。まだ夜も明けきらぬというのに、木々の隙間から見える浜辺に大勢の人影があるのだ。遠浅の浜辺に飛沫を上げて次々と上陸してくるのは、映画で見た軍隊のようだ。
    「どーかしたっすか、先輩」
    「映画の撮影やってるぞ」
     助手席で寝息を立てていた同僚が目を覚ます。男は窓の外を指し、先を急ごうとアクセルを踏み込み――ぱん、と乾いた音を聞いた。フロントガラスに赤いものが飛び散る。
    「わ、あああああ!?」
     ぱんぱんぱん、と続く音。タイヤが潰れ車体が傾ぐ。たった今まで喋っていた若い男は、白いTシャツの胸から顔までを真っ赤に染めて動かない。
     トラックの制御が効かない。横滑りして街路樹をなぎ倒し、浜辺に飛び出した。
     隊列を組んだ兵士がこちらに向けているのは銃口だ。乾いた音が弾けると同時に、フロントガラスが粉々に割れ新たな赤が飛び散った。
     轟音を立て、横倒しになったトラックが炎に包まれる。
     それに見向きもせず、浜辺を埋めた兵士たちは粛々と隊列を組み、機銃を構え移動していく。行く先は――市街中心部。もっとも人間が多い場所へ。市街地を端から蹂躙し、島全体を腐臭で覆うために。


     新学期から新調したまだ真新しい手帳に、神経質そうな文字が躍っている。櫻杜・伊月(大学生エクスブレイン・dn0050)は万年筆を胸ポケットに戻してから数枚の地図を広げた。
    「自衛隊のアンデッド灼滅作戦は、皆の力で無事に成功することができた」
     そして彼らの目的を調査してくれた灼滅者からの情報から、アンデッド達が独自の作戦を行おうとしていた訳では無いらしい事が判明した。
     このアンデッドの動きは、より大きな作戦に備えた動きだったと考えられるのだ。
    「東シナ海にて100万人規模の、大規模な艦隊が集結していることが確認されている。軍団を率いているのは」
     ノーライフキングの首魁の一人、統合元老院クリスタル・ミラビリスの『アッシュ・ランチャー』であり、その目的は『日本の侵略』に他ならない。
     アッシュ・ランチャーの作戦目的は『日本を制圧する事で、一般人の社会に深く根ざしていると思われる灼滅者組織の活動を阻害する』事だと推測される。
     まずは、5月2日の未明に沖縄本島に上陸、市街地の制圧と虐殺を行い、作成した死体からアンデッド化を行って戦力を拡充。その戦力をもって日本制圧に乗り出すつもりなのだろう。
    「こんな暴挙を見過ごすことなどできはしない。君たちにはこれより沖縄に向かい、アッシュ・ランチャーの軍勢を迎え撃ってほしい」
     広げられた沖縄県の海岸線には、赤い帯が描かれていた。

     敵は沖縄本島に上陸し、市民を虐殺、おびただしい数のアンデッドを造り上げることが目的だ。戦場への到着は、犠牲が出る直前のタイミングとなる。
     軍勢はおよそ三千の完全武装した兵士だが、その殆どが一般人の武装兵のため、ESPなどで混乱や無力化が可能である。
     一般人からの攻撃は灼滅者たちには通用しないため、桁違いの人数でも敵というほどの戦力ではないが、無力化に失敗したなら市街地への侵攻を許し、沖縄市民に犠牲が出てしまう。
    「できるだけ殺さず、無力化して鎮圧する事が目標となる」
     一般人の軍勢のため、範囲サイキックを使えば全滅させることも難しくない。しかし、死者が増えれば増えるほど、アンデッド化してしまう危険性がある。
    「軍勢の中にはアンデッドの兵士や、人型兵器『人甲兵』も配備されている。これらはノーライフキングの眷属のため、無力化は簡単ではない」
     特に人型兵器『人甲兵』は、アッシュ・ランチャーが第二次世界大戦時に実用化させた、アンデッドを超強化する特殊武装であるため、これを装備しているアンデッドは波のダークネスを越える戦闘力を持っているようだ。
    「一部隊に人甲兵は五体程度、アンデッド兵は二十体ほどが配置されているようだ。正確な数は読めなかった」
     特にアンデッドは作戦中に死亡してアンデッド化する兵士もいるため、数が増える可能性が高い。注意が必要となる。
    「人甲兵とアンデッドを全滅させた後は、無力化した兵士たちを捕縛しつつ、アッシュ・ランチャーとの決戦に備えてほしい」

     伊月は手帳を捲った。
    「敵が一般人の軍隊を使う理由は、サイキックアブソーバーの影響で日本以外では大量のアンデッドを生み出すことができないからと思われる」
     沖縄は、ノーライフキングが企てる日本本土制圧作戦の足がかりに選ばれてしまったのだ。
    「この戦いで食い止めることができなければ、途方もない被害が出ることは明白だ」
     勝利しなければ、沖縄はおろか日本中がアンデッドの群れに制圧される未来まで予測されるだろう。
    「作戦の成功と、皆の無事の帰還を祈っているよ」
     長い説明の後、頼むと伊月は頭を下げる。
     教室に沈黙が降りた。


    参加者
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ


     空が白み始めたが、未だ夜明けには遠い時刻。肌にふれる風は、この季節のこの時刻にしては暖かいのか。
     薄闇の向こう側、数えきれぬほどの気配が蠢く。水のはねる音、砂を踏む音、そして波音が聞こえる。
    「往こう」
     遠く車の急ブレーキの音が聞こえるが、これから果ての見えない戦いが始まるこの場に近づいてはいけないのだから、それでいい――八人の若者たちは、アスファルトを蹴って砂浜に躍り出た。

     一目見て分かるほどに、彼等はよく訓練された軍隊だ。
     無数の上陸艇を寄せ、次々と水しぶきをたて進んでくる。浜を見渡す限り埋め尽くすのは兵士の群れだ。カーキグリーンの野戦服、ヘルメットに銃器を携え、瞳を戦闘前の緊張に爛々と輝かせ。
    「敵は三千、俺たちは八人。笑えるほどの多勢に無勢、面白くなりそうだ」
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が高らかに吹かせる王者の風が、軍隊の一角を棒立ちにさせた。進軍する兵士たちは何事が起きたのかも分からず、ただただ押し寄せる虚脱感に立ち止まる。
     ほんの一瞬視線を交わし、灼滅者たちは各々の成すべき事を成すため四方に散った。
     兵士の群れの先頭に立ちはだかった羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)もまた、王者の風を纏い叫ぶ。使う言葉の違いなど、威圧の風に乗せたなら障害にすらならない。
    「撤退しなさい。先へ進むことは、私たちが許さないよ!」
     波のように兵士が動揺して棒立ちになった。結衣菜の言葉に心の底から打ちのめされ、ある者は崩れるように膝をつき、あるものは虚脱して顔を覆う。押し寄せてくる味方をもかき分け、この場から離れようとする者もある。
     ふと、兵士が声にならない声を上げたのが分かった。風の威力を受けない兵士、潮風に混ざるは腐臭。血なまぐさいアンデッドだ。
    「任せろ」
     まだ何もかも始めたばかりだ。面倒ごとは引き受ける――一陣の風となり、御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)は砂を蹴った。一般人には何が起こったのか分からないだろう速度でアンデッドの懐に入り、低い姿勢から伸び上がるようにして、アンデッドの顎下へと雷神の力宿す拳の打撃を与える。
     顎を砕かれても痛みなどは感じないのだろう、アンデッド兵は砕かれた顎を気にもせず、装備のマシンガンを至近距離で突きつけてくる。鼻先に銃口を見据えても、反応速度で白焔の方が僅かに勝る。銃身をもぎ取って距離をとれば、水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)の放つ槍の螺旋が屍兵の腹を深く刺し貫いていた。
    「死者を可能な限り出さないことが、私たちのつとめです」
     怯えて足を止めていた一般兵と視線を合わせ、ゆまは親しみを込めた笑みを作ってみせた。
    「請放心。我們會保護大家」
     安心して、私たちがあなたたちを守るから。
     心揺らす誘惑の言葉。王者の風の効果に動揺している兵は、まるで戦場で恋人に会ったかのような救われた表情で頷き返すと、指された砂浜に向かい歩き始める。さして年齢も変わらない、どこかあどけなさも残した若い青年だった。
     軍隊は、平凡な一般人を心のない兵士に変える。一般人をこんな風に悪用されては、灼滅者とていい気分がするものではない。嫌な予感ほど当たるとは良く言ったものだと、小さく独りごちた。
     深海・水花(鮮血の使徒・d20595)が編み上げる殺気の結界は、兵たちの歩みを無意識の範囲ではあるが遅くしていた。
     一般兵にとっては、命令に従い来た戦場だ。彼等にとって一般市民の命を奪うことは、禁忌ではなく仕事の一部なのだ。悪逆の限りを尽くす目的で来た者たちではない。国や上官に命を捧げると誓ったとしても、愛する故郷、帰りを待つ家族があるだろう。
    (「主よ。御心のままに、お導き下さい」)
     天に祈りを捧げ、そうして前を見据えて誓う。倒すべき敵を倒すことを。
    「直ちに退却しなさい。ここは危険です!」
     殺気の結界に飲まれた者たちに、覚えたての異国の言葉は通じただろうか。結界は即時に効果を現すものではないが、言葉で不安を煽ることはできただろう。
    「船へ戻りなさい。戻れないなら、身を寄せ合って命を守りなさい!」
     軍靴の音と波音に紛れることなく、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)の凜とした声が通る。呆然と立ちすくんでいた兵士がのろのろと指示に従うが、遠目に見える上陸艇からは未だ次々と兵士が降りてきていた。
     退却もしくは待機を促す灼滅者たちの能力と、その能力の届かない任務を遂行しようとする兵士たち、殺気や風に心を囚われ足を止めるものが入り乱れ、加えてアンデッドの指揮官に鼓舞された兵士が戦列に戻ろうとするのが分かった。
     この戦場は広いが、動く者と動けない者が固まりぶつかり合えれば、押し潰されて命を落とす者が出る可能性もある。銃火器を使わずとも、一般人は死んでしまうのだ。
     ――どうすれば。彼等を傷つけず、迅速にこの場を制圧することができるだろうか。
     王者の風は強烈な虚脱を呼び、能動的な行動を困難にさせる。殺気の結界は無意識の領域に働きかけるが、時間がかかる。アンデッドはどうやら、二人がかりであれば問題なく倒せるようだ。既に数体が、組んだ白焔とゆまの攻撃で倒されている。
    「事、易くは成し難し。見よ、彼方の兵を」
     百物語の口上をひととき止め、卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)が指し示す。
     沖の上陸艇からひときわ大きな影が降り、大きな水しぶきが上がる。遠目にも見上げるほどの巨体、ぎしぎしと装甲の擦れ合う不快な音が聞こえた。
    「『人甲兵』。陸に上がれば、何としても止めねばならぬ。我等総出の大戦(おおいくさ)となるは明白」
     慌てふためく一般人兵士たちのただ中で大がかりな戦闘が始まったなら、巻き込んで死者が出る確率は高くなる。想定よりも時間をかけていられない事が、この場に至って肌を刺す焦燥となる。
    「空間を作れたら、よいでしょうか」
     鞠音が問えば、泰孝もまた頷いた。
    「マリナさん!」
     戦場を駆け回りパニックテレパスを振りまいては避難を促していたマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)が、雑音を貫く鞠音の声に振り向き、飛ぶようにして兵士の間をくぐり抜けてくる。
    「なんだおっ!」
    「罪無き衆生全て退避困難故に、海に見ゆる鉄錆の」
    「泰孝お兄ちゃん、わかりやすく頼むお?」
     無邪気に見上げるマリナ。
     唇を震わせる泰孝。
    「……ええとですね。全員を逃がすことは、とてもむずかしいです。人甲兵と残りのアンデッドが上陸する前に、海までの大きな広場を作りましょう。マリナさんは伊庭君と羽丘さんと協力して、ESPで兵隊さんを混乱させていって下さい」
     汗を滲ませる泰孝。後を鞠音が継いだ。
    「避難指示の声は私が届けます。逃げる方向が決まったなら、水花さんの殺界形成も効果が上がってくるでしょう。途中のアンデッドは、白焔さんとゆまさんに知らせて下さい」
    「みんなで力を合わせて、がんばりましょう」
    「わかったおっ☆ 行ってくるおっ!」
     公園ではしゃぐ子供のような無邪気な容貌に、容赦の無い子供の残酷さを瞳に一瞬のせて。マリナは一直線に海までの道なき道を駆け出した。兵士たちの悲鳴が後を追う。
    「道を空けて。ここから逃げて、固まって身を守って!」
     何度でも通るように、マリナの後を追い鞠音の声が戦場に響き渡る。誰の耳にも聞こえるように、幾度も声を上げ、身を守るよう呼びかける。
     群衆が波のように揺れ、割れていく。我先にと恐怖の表情で兵士たちが逃げていく。
    「『さて、我が語るは古の奇跡。石版掲げし老爺の祈り、行く手を阻む蒼海を割り――』」
     汗を拭った泰孝が百物語を編み上げる。渡る者は追われる民衆ではなく、屍の兵だけれど。


     銃を構える兵士を率いたアンデッドを前に、構えすらなく白焔が行く手を塞いだ。兵士が撃ったライフルの弾を全て身体に受けても表情を変えない青年に、兵士が戸惑いの色を見せる。普通の人間であれば蜂の巣になって命を落としているところだが、灼滅者には傷一つ付けることはできない。避けたなら背後にいる兵に危険が及ぶ。
    (「これはこれで、面倒だ」)
     一呼吸で距離を縮め、アンデッドの腹に鋼鉄の拳を叩き込む。叫び声を上げ、装備を鈍器として振り上げたアンデッドは、足元から薄闇に似た影に覆い尽くされた。ぐしゃりと肉と骨が潰れる鈍い音がし、奇妙な形で砂と混ざり固まった指揮官が見えれば、兵士たちは押し寄せる不安と焦燥に動揺を見せる。
     ゆまは影業を整え足元に引き寄せると、遠くを指さし告げる。
    「武器を捨てて向こうへ。私たちは、貴方たちを傷つけません」
     逃げていく兵士たちの背を見送るゆまが、小さく呟いた。
    「何体、こうして倒したでしょうか」
     指揮官のアンデッドを目の前で倒せば、まだESPが効いていない気配の40人程度の隊の士気も下がり、そこにESPが重なれば相乗効果で、周りの兵たちもまとめて指示に従うようになる。
    「数えていない」
     白焔が防具についた鉛玉を払い落とす。
    「……流れが変わったな」
     右往左往していた兵たちが、一方向に流れるようになった。混乱して動けない兵たちも仲間の背を追ってゆき、上陸はひととき止んでいる気配だ。
     避難誘導に王者の風を使っていた結衣菜が駆けてきた。
    「人甲兵が来るよ。大きいの、三体来てる」
    「行こう。アンデッドと避難誘導は任せた」
    「私も行きます。きっと、人甲兵は彼等の象徴。倒したなら、一般兵は統制を失い撤退すると予測できます」
     アンデッドの動きを観察していたゆまもまた、彼方を見据える。
     既に戦闘は始まっているが、一人二人では歯が立たない様子だ。
    「私も後から行くよ。気をつけて!」
     三人は役目を果たすべく、己の場所へ散開する。

     元は美しい白砂の浜であっただろう場所は、多数の兵に踏み込まれ乱され面影もない。
    「このような蛮行、神は決してお許しにならないでしょう。神の御名の下に、断罪します……!」
     殺界の中心であれば、一般兵は近づかないだろう。水花が相手取る人甲兵は一体、まだ上陸前のものが二体、沖に見える。足元でエアシューズのホイールが鳴る。遠距離から死角を狙い、飛ぶようにして砂上を駆ける。一呼吸もかけずに距離を縮め、流星の弧を描く蹴りを脚部の付け根を狙い、横凪ぎにする。
     僅かに逸れて腹部の装甲板が嫌な音を立てて剥がれ落ち、内側が見えた。窮屈な座席に押し込まれたアンデッドだ。
     水花は胸の十字に無意識に触れる。その足元に続けざま機銃が撃ち込まれ、ひらりと身を返せば入れ替わるように蓮太郎が駆け込んできた。
    「待たせたな。せいぜい楽しませてくれよ!」
     影業を器用に百の刃に変え、死角となる場所から巨体の装甲ことごとくを切り裂いていく。振り抜かれた鋼の腕を防御でしのぎ、重い痺れに蓮太郎は笑ってみせた。
     瞬間、青白い蝋燭の炎が次々と生まれ、人甲兵の周囲を取り巻いていく。
    「天網恢々」
     補佐するアンデッドまで巻き込んだ炎が、周囲を一瞬で青白く照らし燃え上がった。泰孝が灯した怪談蝋燭が同じ色の炎を揺らしている。
    「我等の網は、疎らに非ず」
    「だから、わっかんないんだおっ!」
     ギターの弦が彩りを添える。マリナのかき鳴らすソニックビートが、音波の塊となって人甲兵にぶつかっていく。内部のアンデッドにまでダメージが伝わったのか、明らかに動作が鈍ってきた。
    「このままみんなで行くお! 倒せるお!」
     体感では四人あれば倒せるだろうと見込む。
    「雪風が、敵だと言っている」
     上陸してきた次の人甲兵に、駆けつけた鞠音が掲げたサイキックの剣が光を放つ。周囲はある程度無人の空間と化し、避難させた兵士たちは遠巻きに震えながら様子を見ているようだ。
     ここで人甲兵を倒してしまえば、命令など頭から消し飛ぶだろう。
     おそらく人甲兵は象徴だ。この作戦の要となる存在だ。
    「消えなさい。ここは私たちの居場所です」
     炎に焼かれたアンデッドたちが、光にも絡め取られ次々に膝をつく。
     次に現れたのは茶色のポニーテールを揺らした少女だ。
    「炎と光、次は何が好み?」
     結衣菜が指さす一点から熱が地中に奪われていく。完全に凍結したアンデッドが次々と砕け、周囲は人甲兵のみとなる。遠くから小波のようなどよめきが聞こえた。
     続けて合流するのは白焔とゆま。空中を足がかりに、人甲兵の頭上まで飛び上がった白焔が雷宿す拳を重力の力も借りて叩き込めば、ゆまが影を解放し無粋な人甲兵を包み込む。ぎちぎちと装甲のきしむ音が耳に障った。

     四対一が二組。
     灼滅者たちは、ある者は力の限りをぶつけ、ある者は祈りと嘆きとともに、ある者は大物相手を楽しげに、見上げる人甲兵を破壊していく。それが見守る兵士たちにどのような思いを与えたのか。
     一体目が火を噴いて横倒しになるとどよめきが走った。
     二体目が静かに動きを止めれば、ばらばらと上陸艇に駆けていく者たちが増えた。
     三体目が浅瀬に沈めば、既にESPも退却指示も不要だった。
     しばらくして、砂浜に不気味な沈黙が戻っていた。


    「対人類最強、その力如何程の物か……此度の戦だけでは推し量れず」
     故に敗走許されず。泰孝は去って行く上陸艇の消えた沖を見やり、まだ見えぬ敵を思う。
    「血の大河を切り裂く路を開きましょう、そのための、私たちは盾です」
     鞠音の言葉に白焔が頷く。
    「黄泉路を迷って出たモノは、送り返さねばな」
    「とても『らしい』作戦だわ。一般兵を使うなんて」
     ノーライフキング、アッシュ・ランチャーの策略を、結衣菜が断じる。
    「倒しちまえばいいさ。元凶って奴をよ」
    「マリナもそー思うおっ!」
     蓮太郎とマリナが拳を合わせる様子を傍目に、水花は焼け焦げた人甲兵の残骸の傍らに膝をつき、祈りを捧げていた。
     光と闇の狭間で生きる灼滅者。人間社会に依存しているのは、紛れもない真実。
     だからこそ、
    「守らなければならないものがあるのだと、思う」
     ゆまが唇だけで囁いた。
     夜が明け始める。
     打ち寄せる波が、戦闘の跡を少しずつ消していった。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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