アッシュ・ランチャーの野望～迫りくる軍靴の音

■リプレイ

●小さいけれど大切なこと
　まだ闇も濃い中、住宅街を自転車で走るのは、新聞配達の少年。時折自転車を止めて、新聞を郵便受けへと入れる。今日もいつもどおりの手順、いつもどおりの順路で進んでいく――そのはずだった。
（「有給取って大型連休にした人かな～」）
　こんな時間に歩いている男女を見て、少年は、飲み会の帰りとかかななんて思って、自分の仕事を続ける。だがその男女――月雲・悠一（紅焔・d02499）と灯屋・フォルケ（Hound unnötige・d02085）は自転車を止めてポスティングしている少年の前に到着すると、まず悠一が王者の風を発動させた。
「あっ……」
　少年は突然萎縮し、座り込みそうになった。倒れそうになった自転車をフォルケが支える。
「海には絶対近づくな」
「はっ……はいっ……」
「配達は終わりにして、帰るんだ」
「わ、分かりましたっ……」
　少年をあいている手で立ち上がらせるフォルケ。少年はおどおどと悠一の顔を伺いながらも、自転車に何とか乗って来た方向を戻っていく。これで何とか彼を巻き込むことは避けられそうだ。

●迎撃
（「沖縄……修学旅行で、来たかったです。修学旅行を楽しむためにも、絶対に阻止しなければなりませんね」）
　オリヴィア・ローゼンタール（蹴撃のクルースニク・d37448）が望むのは平和な沖縄旅行。ならばここは頑張りどころだ。
（「前回は夜中、今度は早朝……死人に朝も夜もないとはいえ、こんな時間に駆り出されるなんて面倒この上ないわね……。まあ、やるからにはきっちり片付けましょ」）
　同じ班の皆とともに身を隠しながら、タシュラフェル・メーベルナッハ（白茉莉昇華セリ・d00216）は小さく息をついて。
（「いやー、国家戦力使って大量虐殺とかやっべーね。……まあ、素材は現地調達、本丸への足がかりも手に入れようってのは実に合理的な動き方ではあるのですが」）
　大量の兵士が上陸し、そしてこちらへ近づいてきている。軍靴の音を遠くに感じつつ、事の異様さと重大さを噛みしめるゲイル・ライトウィンド（カオシックコンダクター・d05576）。
（「人間社会への依存、か。嫌な所を突いてきやがるな、屍王め」）
　こちらが嫌なところということは的確な場所をついてきているということだ。悠一は眉をしかめる。
「来たわね」
　後方で出来る限りの高所を位置取った鹿島・狭霧（漆黒の鋭刃・d01181）の目には、進軍してくる兵士たちが映っている。その中でひときわ大きいのが人甲兵だろうと予想はついた。
「長旅の所悪いですが、さっさと帰って頂きましょう」
　フォルケはそう告げ、パニックテレパスを発動させる。
　――撤退して身を守れ――中国語で叫び、パニックになった兵士たちを扇動する。ゲイルもまた、同じようにパニックテレパスを発動させる。ハイパーリンガルを使ったタシュラフェルが――上陸地点まで全力で撤退しろ――と中国語で告げ、殺界形成を展開したオリヴィアもまた、――撤退せよ、こちらには来るな――と住宅街に入らないように中国語で指示を飛ばしている。
　それでも住宅街の方へ行こうとする兵士には、悠一が王者の風で――元の道を戻れ――と強く威圧していた。
　だが敵は約3000。ESPの効果範囲を考えると、一度ですべての兵に届かせることはできない。先頭の襲撃してきた兵士たちだけでなく、周囲の兵士も巻き込んで数えられるだけで30名以上に効果を与えることはできただろう。確認は出来ないが、50名を超えた可能性もある。
　ESPの効果と命令を受けた兵士達は命令通り来た道を戻っていこうとしているが、パニックテレパスや王者の風を持つ者が同じ場所にいては、一般兵を無効化するのにだいぶ時間がかかってしまうだろう。
「このままでは時間ばかりがかかり、その間にもアンデッドや人甲兵から攻撃されないとはいえません。分散しましょう」
　ゲイルのその提案に否と応える者はいなかった。どれだけ手早く一般兵を無効化させるかが今回の鍵の一つでもあるからだ。悠一とその護衛に兼殺界形成にオリヴィア、ゲイルとハイパーリンガルを持つタシュラフェルその二組がESPを使用しながら両側に散っていく。フォルケはその場で押し寄せてくる一般兵と対峙していたが、その護衛として敵陣を伺っていた狭霧があることに気がついた。
「指揮官らしいアンデッドが指揮をしたからか、正気を取り戻して戻ってくる一般兵がいるわ」
　そう告げると狭霧は『ＳＳＲ－３０Ａ “アルバトロス”』から魔法光線を放つ。指揮官が被弾したとあれば、兵士は動揺するだろう。
「指示をするアンデッドがいなくなれば、一般兵の潰走も期待できるかもしれない……というか、同時に指揮官を潰していかないと、指揮下の兵士は戻ってくるわね」
　数十人ずつのチームを組んで攻めてくる敵兵たち。指揮官を務めているアンデッドや人甲兵のいるチームはそんなに多くないはずだ。だがある程度の一般兵を減らしたら、指揮官を叩き始めないとまずいことは、手分けした先の二組も実感していた。

　少し、前。敵軍が動き始めた頃。
（「それにしてもこういう攻め方って……嫌です」）
「人間相手……心理的に抵抗がありますよね」
「ああ……そうだな」
　ごくごく小さな声の狩野・翡翠（翠の一撃・d03021）の呟きを、共に隠れている平・和守（国防系メタルヒーロー・d31867）は聞き止めていた。敵に気取られないよう、小さな声で応えて、和守はドッグタグを握りしめる。これは前回自衛隊駐屯地でアンデッドになり替わられた自衛隊員から拝借したもので、彼らの無念がこもっている。
「陸上自衛隊の名に懸けて、必ず護り切って見せる……必ずだ！」
　陸上自衛隊のご当地ヒーローである和守にとっては、特別な思い入れのあるもの。本来の任務を遂行できずアンデッドにされてしまった彼らの代わりに戦うと、強く誓う。
　しばらくして、馴染みのあまりない言語と軍靴の音を響かせながら、兵士たちがこちらへと戻ってきた。別の班の無力化作戦が成功したのだろう。
「狩野」
「はい」
　和守に乞われて翡翠が進み出る。急に姿を現したふたりに驚いて発砲する者もいたが、灼滅者であるふたりにはその攻撃は恐るるに足りない。それでも和守が盾となりつつ、翡翠が魂鎮めの風を使用すると、正確な数は分からないが、多くの兵士がぱたりぱたりと眠りに落ちていった。
　ただ、すぐに第二陣の姿が遠くに見える。一度で巻き込めなかった兵士の姿もある。ESPを連続して使うには少し時間を置く必要があるため、ふたりは待機位置を変えつつ、兵士たちの無力化に念には念を入れていく。和守が王者の風で支援をしたとしても魂鎮めの風を使えるのは翡翠ひとりだけ。そこそこの時間は掛かりそうである。

●攻防
「アンデッドを狙うわ」
「そうしましょう」
　タシュラフェルとゲイルは明らかにESPに反応せず、パニックに陥った兵士を指揮で立ち直らせる指揮官をアンデッドと判断し、攻撃に移る。ゲイルが再びパニックテレパスでアンデッドの周りの一般兵を混乱させている間に、タシュラフェルの帯がアンデッドを貫く。アンデッドが反撃、と魔法光線を放っている間にゲイルがギターを掻き鳴らした音波でアンデッドを襲う。タシュラフェルの影がアンデッドを包み込むと、指揮官が押されているのを理解したのか、一般兵たちに戸惑いが見えた。そこでゲイルがパニックテレパスを発動させ、タシュラフェルが撤退を呼びかける。
　アンデッドの殴る蹴るの攻撃に耐えつつ、タシュラフェルの帯が再びアンデッドの腹を貫く。ゲイルがタシュラフェルの傷を癒やして、彼女の影がアンデッドを包み込むと、影が散った時にはすでにアンデッドは動かなくなっていた。

　悠一とオリヴィアもまた、アンデッド指揮官と対峙していた。王者の風と指示でその場から撤退しようとする一般兵の気力を戻そうとするアンデッドの身体に、紅いオーラを纏った正拳突きが決まる。反射的に繰り出された反撃の拳を受けて退いたオリヴィアの代わりに、悠一が彼我の距離を詰める。『戦槌【軻遇突智】』から繰り出される一撃が、アンデッドの体勢を崩させた。
　オリヴィアの炎を纏った回し蹴り、悠一の『闘気【赤焔】』を纏った無数の拳で追い詰める。敵の攻撃をその身に受けつつも、攻撃の手を緩めない――程なくアンデッドは伏したままとなった。

　狭霧とハンドサインでやり取りしたフォルケは、アンデッド指揮官の周りにいる一般兵にパニックテレパスを使う。そうしている間に、狭霧が魔法光線でアンデッドを狙う。常以上の威力をもったそれは、アンデッドの頭部を貫いた。だがさすがアンデッド。それでも動きを止めない。そしてフォルケに蹴撃を見舞おうとするアンデッド。しかしかすったあたりでフォルケの姿が消えた――アンデッドの死角へと入りこんだのだ。そして繰り出されるのは、『ATS-34　schwertwal』を使った斬撃。
　再びアンデッドがフォルケを狙う。今度は避けきれなかったが、お返しにとアンデッドをジグザグに切り裂く。その攻防の間に移動してきた狭霧が、一気に彼我の距離を詰めてアンデッドの死角へと入り込む。振るうは『Ｃｈｒｉｓ Ｒｅｅｖｅ “Ｓｈａｄｏｗ　ＭＫⅥ”』。鋭く切り裂かれたアンデッドは、その場に伏して動かなくなった。

●対峙
　それぞれ数体のアンデッド指揮官を倒し、一般兵をほとんど引き離すと、３メートルはある人甲兵は更に目立って見えた。
　いち早く人甲兵と戦い始めたのは悠一とオリヴィア。そこにファルケと狭霧が加わり、ゲイルとタシュラフェルが合流する。
「流石に自信をもって送り込んできただけあるわ。少なくとも、見かけ倒しの木偶の坊ではない、ってコトね」
　アンデッドの時ほど手応えを感じられない、狭霧は舌打ちしてみせたが、それでも手応えがないわけではない。ゲイルが前衛に音色を響かせて癒やし、浄化している間にタシュラフェルが帯を放つ。
　人甲兵の魔法光線や弾丸は威力が高かったが、灼滅者六人が力を合わせてそれぞれの役割を果たしていれば、１体相手にするのはそこまで苦労しなかった。
「待たせたな」
「ここに来るまでに指揮官らしきアンデッドを２体ほど倒してきました」
　２体目の人甲兵に攻撃を定めようとしたその時、別行動をしていた和守と翡翠がライドキャリバーのヒトマルに騎乗して駆けつけた。猫姿から戻った翡翠が、経緯を説明する。
「待ってたよ。行こう」
　悠一の言葉に和守も翡翠も頷いて、全員で次の人甲兵へと向かう。あちらもこちらを倒してしまおうと、揃って来たので複数の人甲兵と会敵することになった。
「日本国民を護るためなら、一般人兵士だろうと容赦はせんぞ……！」
　まだ戦場には一般兵がいくらか残っている。和守のこの言葉には、日本を守るためならば相手兵士を殺害する覚悟のこもったものだ。『ジョイントクラッシャー』で人甲兵を切りつけ、ヒトマルはその和守の動きに合わせて攻撃をした。
「手加減は、しません」
　異形巨大化した腕を、和守が狙ったのは同じ人甲兵に振り下ろす翡翠。クリエイトファイアで傷から炎を発生させた悠一が、そのままで『戦槌【軻遇突智】』を振るう。炎は彼の、全開の戦意を表しているようだった。
　タシュラフェルが前衛から容赦なく熱量を奪い、その間にゲイルは翡翠と和守の傷を癒やすべく旋律を奏でる。オリヴィアが和守が狙ったものとは別の人甲兵の怒りを引きつけるべく攻撃し、狭霧とフォルケが息を合わせて動き、傷の深かった人甲兵を沈める。
　人甲兵からの重い攻撃は和守やヒトマル、オリヴィアが出来る限り受け、ゲイルは傷の深さを見定めて的確に回復を行っていった。
　こちらの攻撃も、だんだんと当たりやすくなったように感じた。それはタシュラフェルが敵の動きを妨げる攻撃を的確に撒いてくれていたからだろう。
　敵は複数とはいえ、１体に対して６人でそこまで苦労しなかった相手だ。次々に倒れていく人甲兵。けれどもこちらの癒やしきれぬ傷も溜まっていって。
　ガッ……！
　その身で最後の１体の攻撃を受けた和守。重い一撃を耐えきるため、ギリ、と歯を食いしばる。
（「倒れられるかッ……俺の後ろには、護るべき、国民が……！」）
　耐えた和守がヒトマルとともに最後の１体を攻める。
「これで、終わりにしましょう」
　服の裾を気にしつつも兎のように跳んだ翡翠の手に握られているのは、その身に似合わぬ巨大な刀『刹那』。勢いと体重をかけた振り下ろしたそれは、確実にトドメとなって。最後の人甲兵はガシャリと音を立てて倒れ伏した。

●捕縛
　最後の人甲兵が倒れたことで、アンデッドを指揮官としていない一般兵たちはすべて逃げ出していった。残っていた部隊も指揮官であるアンデッドを撃破することで、混乱させたり戦意を失わせたりすることができた。
　無力化させた兵士たちをだいたい捕縛し終わる頃には、空が白み始めていた。夜明けは近そうだ。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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