アッシュ・ランチャーの野望～沖縄デッドライン

■リプレイ

●争いの開幕
　夜明けも近いというのに暗い空を見上げ、船主は溜息をついた。もやいを解こうと腰をかがめた途端、勢いよくぶつかられて尻もちをつく。
「いったい……」
　目の前には榛色の髪の青年がいた。けたたましい物音に振り向くと、釣り客二人の前には燃えるような色の髪の青年が立ち塞がっている。客が落としたクーラーボックスに穴が穿たれていた。
「ここから離れるんだ、急いで！　陸の方に逃げろ！」
　榛色の髪の青年が叫ぶ。彼の向こう、海が目に入る――夥しい数のボートと下りてくる軍装の男たち。ボートを吐きだしたと思しき揚陸艦が幾つも見えた。

　船主と釣り客が転がるように港の奥へ逃げていくのを見送り、風宮・壱（ブザービーター・d00909）は顔をしかめた。壱の頭の上でだらりとしていることが多いきなこも、今日ばかりはぶんぶん尻尾を振って威嚇している。
「まさかここまで大規模な話になるとはな」
　唸ったのは同じように釣り客を庇った敷島・雷歌（炎熱の護剣・d04073）だ。彼の傍らに姿を現した紫電の軍装は、今回なかなかに一般兵の気を引きそうだった。
「上手くいくようにしなければ、な」
　手にした刀に視線を落とし、全身を黒のスーツで覆った戦城・橘花（なにもかも・d24111）が呟く。黒い狼の耳と尻尾が落ちつかなげに動いていた。
　ここで下手を打てば沖縄を失い、次はゾンビの軍団による本土強襲だ。
「先遣部隊の上陸を確認。総戦力の十分の一とみた。先達各位、協力を宜しく頼む」
　冷静そのものの顔で片倉・純也（ソウク・d16862）が右手をあげた。長々とついた傷跡から寄生体が現れ、愛用の透徹を呑みこみ一体と化す。
　『鼻』をきかせているが、軍の中にまんべんなく業の持ち主が散っているとみえて場所の特定が難しい。わかるのは３メートルと見るからに巨大な人甲兵の居所だけだ。
　手首や足首の柔軟をして身体を慣らしながら、榊・拳虎（未完成の拳・d20228）が海岸線を埋め尽くしてくる敵を眺めてぼやいた。
「手の込んだことをしてくるもんすなぁ。周りからどう思われようが、俺はまだ人間であることに未練たらたらなので……敵の思惑に乗せられておくっすよ」
「本当、タチの悪い相手よね」
　赤松・あずさ（武蔵坂の暴れん坊ガール・d34365）が軍勢を睨みつけて憤然と頷いた。横ではばたくバッドボーイも「うにゃん」と同意する。
「一般人を使えば、アブソーバーに干渉されない、ですか。狡猾な手段を取ってきますね……それだけに、厄介な敵ですね」
　効率的に動かないと数で押し切られるに違いない。蒼月・碧（碧星の残光・d01734）が敵の全体を視野に入れながら唇を結ぶ。
　いつも明るい堀瀬・朱那（空色の欠片・d03561）が言葉少ななのは、虐殺計画も許せないなら、海外とはいえ既に一般兵を掌握されている事実に憤っているからだ。先ずは港の数人の命、そしてその後ろの沢山の命。どれも失わせはしない。
「……じゃああずさ、手分けしてガンバローね！」
「任せて朱那さん！　全力でいくわよ！」
「ボクは予定通り、目標の情報提供ができるよう動きますね」
　両者が二手に分かれ、距離をとりながら兵士たちへ向かっていく。両者に声が届く位置をキープした碧も遅れない。
「この身は国護りの刃、何が来ようが薙ぎ払う……覚悟しろよ」
　兵士たちを、その向こうにいるアンデッド、人甲兵を睨み据え、雷歌が地を蹴った。
「いくぜオヤジ！」

●混戦
　一般兵と接触するなり、朱那とあずさが王者の風で戦意を奪い取り始めた。途端に兵士たちが――合わせて百人ほどが茫然と立ち尽くす。もたついている一般兵には、拳虎も威嚇のジャブでかすめてみせた。
「唆されただけなら、さっさと帰るんすな。そうじゃないなら、改めて……！」
　悲鳴をあげる一般兵を、橘花と雷歌の放つ殺気がどんどんアンデッドや人甲兵から遠くへ追い立ててゆく。今は少しでも怯んでくれるなら、と思い定めた壱は炎をまとって彼らを追いたてた。本当は、炎は見せたくない。
『武器を放せ』
『港の端でじっとしてろ』
　丸暗記の中国語や手の甲にカンペで呼び掛ける朱那とあずさの声に一般兵たちが動き始めると、戦意のある一群の中から咆哮するような声があがった。
『怯むな愚か者ども！』
　アンデッドだ。拳虎はすぐさま迎撃に向かった。揚陸艦の浮かぶ海が目に入れば思わず愚痴も出る。
「この時期の沖縄とか……ほんとなら遊びに来たかったところっすけどなぁ」
　一瞬で切り替えると、体当たりで一般兵を蹴散らしアンデッドの前に飛び出した。蒼革のリングシューズが拳虎の踏みこみを補助し、死角からのジャブを叩きこむ。
『ぐっ……貴様ら、覚悟はできておろうな！』
「ミリタリーバランスの調整だか何だか知らん。歴史の裏で糸引いてましたってのは聞き飽きた。いつまでもてめえらの思い通りに動くと思うなよ！」
　躍りかかった紫電が軍刀で切りつけ、足が止まった一瞬に雷歌が破邪の光をまとった斬撃を見舞った。よろけたところへ橘花の狼のものと化した腕が銀の爪で引き裂いた。呆気なくアンデッドが塵と化す。
「殺す覚悟なんていらないよ。だって敵も味方も全部守るからね！」
　守るための盾の加護を前衛たちにかけて、壱は港の防衛ラインをキープしながらアンデッドの所在を探った。
『逃げるな、戦え愚図ども！』
「貴様に発言は許していない」
　叫ぶアンデッドを見つけ出した純也が、無造作に咽喉を透徹で貫いた。声を出せず震える胸板に足をかけて槍を引き抜かれ、碧の光でできた剣で切り裂かれてアンデッドが慌てて距離を取ろうとする。
　純也は逃走を許さなかった。足元から音もなく影が躍り出るや、爪を立てようとするアンデッドをずたずたに切り裂く。
　今回の敵の作戦は一般人を蹂躙する効率のいい仕組みそのものだ。それは人の数はすなわち価値の数としている、純也の逆鱗に触れていた。
「うわあ。センダツめちゃくちゃ怒ってる……」
　さしものきなこも毛が逆立っている。乾いた笑いを浮かべながらも、アンデッドが崩れて消えるのを見届けて声を張り上げた。
「みんな、気をつけて！　アンデッドに喋らせておくと無力化した一般兵がカツ入れられちゃうみたいだ！」
「ふむ。アンデッドから一般兵を隔離したほうがよさそうだな」
　呟いた橘花は無力化された一般兵たちより前に出ると、アンデッドを抑え込みにかかった。彼女の殺気に圧されて一般兵たちは次々と離れてゆく。
「人甲兵が来ますよ！　周辺の一般兵、六十人！」
　碧の警告が戦場に響く。見ればあの巨大なうちの一体が灼滅者に迫っていた。どれほどの力を持っているのか。

　壱が文字通り炎を灯したBrave Heatで挑みかかる。赤熱したグローブはアンデッドの鳩尾にめり込み、その全身を炎で包んだ。濡れるのを嫌って一般兵を足場にしながら、きなこも鈴を鳴らして魔法で応戦する。
　攻撃の合間で王者の風を使ったため一般兵たちは既に近くにいない。雷歌の骨まですり潰すような拳の連撃を浴びて、装甲に次々とへこみが穿たれた。紫電の軍刀がアームの関節部に切りつけて動きを阻害する。
「碧さん、私たちの魔法でやっつけましょうか！」
　攻性防壁を展開して足止めを狙う人甲兵の攻撃から跳び退ってあずさが笑顔を向けた。もちろん碧も笑顔で応える。
「はい、合わせていくよっ！」
「氷よ。私達の前に立つ亡者を止めて……そして」
　いつもはプロレスで華麗な技を見せるあずさだが、本来は魔法使いだ。攻撃をかわしてくるりと舞ったあずさが魔力を紡ぐと、人甲兵を中心とした熱を急速に奪う。温度変化は人甲兵の駆動部を痛めつけ、装甲に白い霜の華が咲き誇っていった。
　くぐもった悲鳴がもれる凍りついた中心点に、
「……炎よ、全てを斬り裂けっ！」
　降魔の光刃が紅蓮の炎を宿すと、碧は渾身の力で斬りこんだ。突然の炎熱に装甲は破裂するように割れ、露わになったアンデッドごと刃が人甲兵を斬り捨てる。人甲兵は数度震えると爆発した。黒煙が空に高く昇っていく。
　撃破まで数分。攻撃一連を振り返った純也が仲間を振り返った。
「人甲兵一体には四人かかれば充分と推測する。以降は四名ずつで撃破してはどうだろう」
「さんせーい。ちゃっちゃと済ませちゃいたいしネ！」
　応じざま朱那がひらりと攻撃をかわした。
　目にもとまらぬ速さでアンデッドが掴みかかってくる――一般人からすればそう見えただろうが、拳虎からすれば蠅が止まりかねない鈍さだった。
「甘いっすよ！」
　腕をかいくぐりサイドステップからフックを脇腹に叩きこむ。たった一撃で胴を抜かれたアンデッドが崩れ落ちた。
『離れた場所で大人しくしていてくれ』
　人甲兵を倒されてショックを受けへたり込んだ一般兵に、橘花が港の隅へ移動するよう命じる。戦意を失えば一般兵はおとなしいものだ。
　彼らを呼びとめようとするアンデッドの咽喉を、純也が無慈悲に影を操りかっさばいた。たたらを踏んだアンデッドに朱那の縛霊撃が襲いかかる。体を縛める霊力に身動きが取れないまま、アンデッドは軋みをあげる一撃で抉れ、崩れ去った。
「数は減った、後は！」
　振り返りざま橘花が放ったのは殲術爆導索。小型の爆弾をいくつも纏ったベルト状のそれは宙を貫き、人甲兵の肩の関節部を穿ってケーブルを引き千切った。
『おのれ、灼滅者！』
　わかりやすい怒声が人甲兵から返ってくる。もはやアンデッドは他にいない。

●制圧
　人甲兵はまだ事態を諦めてはいないようだった。実際のところ一般兵は港に集められているだけで死んでいない。ついでに言えば死んでいても困らない。
『まだ立て直せる。この島を制圧するのだ！！』
「いいえ、させません！」
　碧のきっぱりとした否定に続いたのはダイダロスベルトの疾走する風切り音だった。リボンから滑り出た意思ある帯が人甲兵のセンサーを砕いて戻る。
「最後は気合よ！　絶対、沖縄は守り抜くんだからっ！！」
　あずさの肩に装着された縛霊手が唸りをあげた。拳撃を叩きつけると同時に展開された霊力が人甲兵の動きを縛める。動こうとしても動かず、駆動部が異音をあげた。その隙にバッドボーイが雷歌の傷を癒す。
　唸りをあげて振り回されるアームをスウェーで躱し、ふっと懐に踏み入ったのは拳虎だ。
「空気読めないだけでなく、時代も読めないとか最悪っすな」
　顔面を狙ってくるアームをダッキングで回避。影を宿した流れるような拳虎のストレートがボディにめりこむ。異音をたてて装甲が歪み、中から悲鳴が聞こえてきた。
「人間社会の制圧だ？　その骨董品でか？　できるもんならやってみろよ」
　大きく振りかぶるのは身の丈ほどもある斬艦刀、富嶽。眼前の人甲兵、その向こうに首魁を見据え、雷歌は咆哮しながら刃を揮った。紫電も軍刀を抜いて迫る。
「護り刀を！　なめんじゃねえぞ！！」
『おおおおっ！！』
　軋み、炎を噴き上げる人甲兵のアームが雷歌の頭めがけて繰り出される。
　紫電の斬撃に続いて海水を撥ねて富嶽が止まると、ぎし、と音がした。人甲兵が縦に断ち切られ、断面を見せながら左右に分かれて倒れ、転がり落ちて護岸で跳ねると海の中に倒れ込む。左右にそれぞれ両断されたアンデッドの体があるのが見えた。
　突然己の死を思い出したように、屍が急速に風化して塵になっていく。

　アームを振りまわしてくる人甲兵の攻撃を受け止め、勢いを殺してバックステップすると壱は不敵な笑みを浮かべた。
「俺達にこの人達殺させてゾンビ軍団でも作るつもりだった？　残念、そんな手には乗らないし、灰色ロボにも出てきてもらうよ！」
　長身がスピンする。暴風すら伴う回し蹴りは目にもとまらぬ速度で装甲を拉げさせ、中のアンデッドを痛めつけた。ぶにゃあと鳴いたきなこの尻尾で鈴が鳴り、主の傷をいくらか塞ぐ。大鎌を構えた朱那が呆れたような声をあげた。
「なぁにが制圧だっつうの。ンなモノあたしらが許すとでも思ってんの？」
　朱那の肢体が円舞のように優雅に舞う。携えた大鎌に宿った咎は黒々とした波動と化して一閃、人甲兵の装甲に深い傷を入れた。追い討ちとばかり純也の意に従う影が滑り寄り、装甲といわず関節部と言わず切り刻んだ。
　ぎぎいと異音を立てながら踏みとどまった人甲兵の前に、音もなく橘花が踏み込む。
「貴様達用じゃないがくれてやろう！」
　『対六六六抹殺用軍葉式居合刀』の火薬が鮮烈な火花を散らす。轟音をあげて回転する刃が人甲兵の胴に食い込み、唸り、上下真っ二つに薙ぎ切った。中に収まっていたアンデッドの断末魔の叫びが響く。
　燃料にでも引火したのか、人甲兵が華々しい爆音をあげて四散した。

　灼滅者によって全ての人甲兵が破壊されるまで、そう時間はかからなかった。

●ひとときの安堵
　腹の底から溜息をついて、拳虎がアスファルトの上に腰を下ろした。なにしろ動き詰め、軽量級のフットワークが自慢とはいえ疲労が重い。
「なんとかなったっすかね……」
　ここからが一苦労だった。港に座りこんだたくさんの一般兵たちが不安そうに顔を見合わせている。捕縛を始めても彼らから抵抗はなかった。
「船にも使えそうなロープがあったよ」
「おとなしくしとけよ」
　壱が港に係留されている船からロープを抱えて下りてきて、雷歌が威圧感たっぷりに数珠つなぎにしていく。彼の背後につき従う紫電に怯えているのも事実のようだ。
　灼滅者の動きを一般兵では捕えられず、仲間の銃で被弾したものもいたが、幸い行方不明者はいなかった。
「この地区の制圧に差し向けられた兵はこれで全部のようだ」
　ハイパーリンガルで聞き出した純也が仲間に伝えた。金平糖のお守りを握りしめた手の力がやっと抜ける。この吉報に朱那が大喜びで飛び跳ねた。
「被害ナシだネ！　灼滅者の力、ここに見たかってーの！」
　海の彼方に向かってぐいっとブイサインを送ってみせる。
「やったわね！」
「はい、大成功です！」
　あずさと碧はいっぱいの笑顔を見合わせ歓声をあげてハイタッチ。あずさの傍らでバッドボーイも嬉しげに舞った。
　息をついた壱がにこやかに拳を寄せてきて、まだ大物が残っているとはいえ純也も応じて拳をこつんと合わせた。よろよろ飛んできたきなこが壱の頭にのしかかる。
「まずは一段落、だな」
　橘花が長い息をついて空を見上げた。
　空が白みはじめている。厚く垂れこめた雲の向こうで朝の兆しを感じはしたが、光を見るのはまだ先になりそうだ。

　防衛戦は灼滅者の勝利に終わった。
　しかし戦いは始まったばかり。これからが本番と言える、長い一日のはじまりだった。

作者：六堂ぱるな	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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