アッシュ・ランチャーの野望～敵影三千

■リプレイ

●開戦
　ターンッ！
　夜明け前の浜辺に銃声が響いて、銃弾がポトリと砂に落ちた。
『？？』
『射撃！　射撃！』
　困惑する兵士を大勢の兵士が追い越して、次々と自動小銃を構える。
　ダダダダダダダダダッ！
　フルオートの一斉連射。
　数え切れない速さで撃ち込まれる銃弾の全てが、しかし砂の上に散らばっていく。
　衝撃で上がる砂煙の中から、詩夜・沙月（紅華護る蒼月花・d03124）と穂都伽・菫（煌蒼の灰被り・d12259）が悠然と進み出る。
「臥下！」
「投擲武器！」
　２人が発した王者の風と覚え立ての中国語に、銃撃がピタリと止まった。
「へ？　あ？　え？　一体……？」
「逃げて下さい！　走って！　振り向かないで、海に近づかないで！」
　突然始まった銃撃戦に巻き込まれたサーファーは混乱していたが、水無瀬・旭（両儀鍛鉄の玉鋼・d12324）に背中を押されて走って去っていった。
　これで、後ろの心配はなくなった。
「「回到船」」
　そして海側では、沙月と菫に従ってノロノロと船に戻り出す兵士達と、それを押し退けて前に出ようとする兵士達の流れがぶつかり、ちょっとした混雑が生じていた。
「死にたくない奴は伏せろ！」
　こちらの中国語が通じていないのか――その懸念は、聖刀・凛凛虎（不死身の暴君・d02654）がハイパーリンガルで呼びかけても前に出る兵士達が止まらない事で消える。
「へぇ……あいつら全員、ゾンビと見なして良いんだよな？」
「いいわけあるか。無駄な殺戮はするな」
　骨すら残されたくないようだな、と物騒な笑みを浮かべる凛凛虎の頭を、聖刀・忍魔（雨が滴る黒き正義・d11863）が軽くはたいて静止する。
「分かったよ。従うって……でもあいつらなんで平気なんだ？」
　凛凛虎が口にした疑問は、忍魔も思う所ではあった。
　再び始まった銃撃を平然と浴びていられる点からも、彼らが一般人の兵士である事は間違いない。
「効いていないのではなく、届いていないんだと思います」
　一番後ろで状況を観察していた土屋・筆一（つくしんぼう・d35020）が、落ち着いた声で告げる。
　王者の風にも、威圧の効果が及ぶ距離に限界はある。
　それは、６人で庇って逃がしたサーファーが威圧されていなかった点でも明らかだ。
（「……いっそ眠らせてしまうか？」）
　忍魔の脳裏にそんな考えがよぎるが、それでも同じ。数百人を一度に眠らせる事は流石に不可能だし、眠らせたら自力で船に戻らせる事も出来なくなる。
「なに。焦らないで済む程度の余裕はある筈だ。沖の連中、何が起きているのか把握できてないだろうからな」
　刻野・渡里（大学生殺人鬼・d02814）の言葉通り、接岸の機会を伺う揚陸艦の中では軽い混乱が起きていた。
　渡里のサウンドシャッターによって、砂浜の音は沖の艦内に届いていないのだ。
　いかに陸地が広くても、3000人もがスムーズに海から上陸する為には、艦を出たら速やかに進んで後ろが降りるスペースを作るのが必要になる筈。
　上陸したその場で混雑が起きていれば、後続に影響が出るのは必至。
　後続の内１隻が混雑を迂回して接岸を果たす頃には、灼滅者達は最初の３隻分の兵士をほぼ無力化し終えていた。

『射撃！　射撃！』
　ダダダダダダダダダッ！
　船からある程度の兵士が降りるなり、また始まる銃撃。だが、今度はその中の数発が灼滅者の身体を撃ち抜いていた。
「どこかにアンデッドがいます、気をつけて！」
　これまで同様、兵士を威圧しに向かう沙月と菫に声をかけながら、筆一は分裂させた小光輪を２人の盾に飛ばしていく。
「投擲武器！」
「回到船」
　威圧され銃を下ろして退いて行く兵士達の中から、平然と銃を向け続ける兵士が見つかるまで、さほど時間は掛からなかった。
『――！』
　看破されたアンデッド兵は、何かを叫びながら突っ込んできた。
　自ら特攻する事で、兵を鼓舞する気か。
「そちらが見た目で訴えるなら、派手に行きましょう！」
　それを見た森沢・心太（二代目天魁星・d10363）が、砂を蹴って跳び上がる。
　上空で光に包まれると、心太の作務衣が赤い龍が絡みついた道着のような派手な衣装に変化していた。
　それを翻し、迫るアンデッド兵に鬼の拳を振り下ろす。
「あなた達が相手しようとしてるのは、このように常識の外の存在です」
　龍を纏い、異形の腕で砂地を陥没させた心太の姿は、まだ正気の兵士達を及び腰にさせるには充分だった。

●浜辺の攻防
　蒼く輝く鋸のような刀身が、アンデッド兵の身体をあっさりと両断する。
「兵士の方は問題ないな……この数ならば、だが」
　小さく息を吐いた忍魔の視線の先では、接岸した揚陸艦から、ゾロゾロと兵士達が降り始めている所だった。
　更にまだ接岸していない艦が海上で扉を開いて、そこから出てきた兵士達は、腰まで海に浸かりながら波を掻き分け向かって来ているのも見える。
　痺れを切らしたか、息つく間も与えないつもりか。
「あはは……こうも動かせる規模が大きいと、笑えてきてしまうねぇ。世界を敵に回すって、こういう事か」
（「隠れていた黒幕の手勢が、ゴソゴソ出てくるのは良いけれど……Gで始まるアレが思い浮かんだのは、言わない方が良いんだろうな」）
　旭がぼやく様に乾いた笑いを上げ、渡里も胸中で小さく溜息をつく。
　それでも、灼滅者達の方針は変わらない。
　沙月と菫の王者の風が、接岸した艦から降りてきた兵士達を威圧する。銃を置いて船に戻ろうとする動きの中、平然と銃を構える２体がアンデッドだと明らかになり――。
　ダダダダッ！
　数え切れない程の銃声が響いて、飛来した弾丸の幾つかが灼滅者達を撃ち抜いた。
「船の周りです！　まだ海の中から撃って来ています！」
　標識から黄色い光を放ち仲間の傷を癒しながら、筆一が良く通る声で告げる。
「水無月さん、業の匂いはどうですか？」
「……駄目だね。業の匂いより、バベルの鎖の方が早そうだ」
　続けて筆一から向けられた問いに、旭は首を横に振りながら答えた。
　撃たれた数からして、まだ海の中の敵兵団の中にアンデッド兵がかなりの数いるのは間違いなかったが、その位置や数を『業』で感知するのは期待出来そうにない。
　そして、問題がもう１つ。
　アンデッド兵の強さは大した事ない。１対１でも時間は掛かるが倒せるだろう。
　だが、もし海の中のアンデッド兵が10人以上であれば、話は変わってくる。
　この状況に、灼滅者達の判断も早かった。
「この２体を速攻ですね！」
　足に摩擦の炎を纏わせて、心太が判明済みのアンデッドの片方を蹴り飛ばす。
「サフィア！」
　霊犬サフィアが咥えた刃で斬りかかり、渡里がアンデッドを焼く炎の道を刻むかのように鋼の糸を巻きつけ、斬り刻む。
「時間はかけられないね！」
　焼かれ、刻まれたアンデッドを、旭の馬上槍・鐵断が容赦なく貫いた。
「数だけは良いようだなぁ、雑魚共」
「……こっちは俺たちに任せろ」
　もう１体は、凛凛虎と忍魔が挟撃に持ち込んでいる。２対１なら、短時間で労せず倒せるだろう。
　そして沙月と菫は、接岸中の艦の横から海から上がってきた敵の集団に向かって飛び出していた。
（「戦う意思の無い方に武器を向け、命を奪うのはただの暴力です……！」）
　この考えは甘いのかも知れない。
　沙月自身、そう思わないではない。だが、ただの暴力を受け入れてしまえば、ダークネスと変わらなくなってしまう。
（「……もうあの時の様な『処理』は、したくありません」）
　菫の脳裏に浮かぶのは、セイメイのゾンビに襲われた学校での事。あの時を繰り返さない為に、敵の前に出る事に躊躇いはない。
「「投擲武器！　回到船」」
　幾つもの弾丸に撃たれ、その内の数発には撃ち抜かれながら、２人が放った王者の威風はまだ海から上がりきっていない兵士達の間を吹き抜けた。
　合わせれば確実に100人を越える兵士が銃を捨ててフラフラと背を向けて折角泳いできた海に戻り始める。
『っ！？』
　その現象に驚愕を浮かべたアンデッド兵の数は、10人を越えていた。
　だがそれだけいても、判別と周りの兵の無力可が叶えば、あとはまだ正気の兵士を巻き込まないように、アンデッド兵を倒すのみ。
　浜辺から、敵兵の数が着実に減っていく。
　アンデッド兵の大量投入でも打破できない状況に、敵も最後のカードを切る。
　３ｍ近い鋼の巨体が姿を現した。

●鋼の敵
　ガガガガッ！
「誰も倒れさせはしません」
　人甲兵の持つ巨大なガトリングガンが嵐の様に銃弾を放ち灼滅者達を撃ち抜けば、筆一が標識から黄色い光を放ちその傷を癒していく。
「行くぜ姉さん！」
「合わせるぞ凛凛虎」
　凛凛虎が血のように真っ赤な十字架が鋼の装甲を何度も叩き付け、忍魔が振るう可愛らしくも硬い虎の頭がヒビの上から魔力を装甲の中に流し込む。
　ドッォォォォォン！
　装甲の中で魔力が弾けた直後、人甲兵の巨体が爆発し炎上して崩壊していく。
　だが、浜辺には既に次の人甲兵の姿があった。
　ガキィィンッ！
　アンデッドを容易く貫いた旭の馬上槍が、斬りつけた人甲兵の足に弾かれる。
「硬い……けれど、倒せない相手でもなさそうだ」
　手に残る鈍い衝撃を無視して、旭が目を細める。
　一撃で断ち斬るような装甲ではなかったが、斬りつけた足からバチバチと爆ぜる小さな音がしていた。
「はぁっ！」
　戦車のそれほどもある銃器を構える人甲兵に、沙月が形見の刃を振り下ろす。
　冷たい刃が空を裂き、放たれた風の刃が砂を巻き上げて進み人甲兵の装甲に縦の傷を刻み込む。
　ズドンッ！
「させません、リーア！」
　重たい音と共に放たれた砲弾は菫のビハインド・リーアが阻んだ。爆発を突き抜けて飛来した菫の魔力の矢が、鋼に小さな穴を穿つ。
『――！　！』
　そこに、波打ち際から銃撃が降り注いた。
　だが、それは何れも灼滅者達を撃ち抜けないものだ。
　人甲兵が上陸した後、一般兵達は自ら波打ち際まで退いていった。
　別におかしな動きでもない。
　歩兵が戦車の周りで戦うのではなく、援護を選んだようなものだろう。
　まして、人甲兵は戦車よりも強力な兵器だ。
「一般兵を撃つ様子がないのも、助かります、ね！」
　ちらりと横目で兵士達を気にしつつ、心太が鬼の拳を人甲兵の装甲に叩き込む。
　――ぐわぁん。そんな鈍い音が響いて、衝撃に人甲兵がたたらを踏んでよろけた。
　アンデッド兵もそうだったが、敵が戦意喪失した一般兵を殺してアンデッド化させようとする事はなかった。
　そう言う命令は出ていないのか、或いは、『軍』の体裁を崩壊させない為か。
「……だが、あまり時間もない。人甲兵の新手が来てるぞ！」
　横目で沖を警戒いた渡里が、緊張を含んだ声を上げる。
　最後の揚陸艦から姿を現した人甲兵が、こちらに向かってきていた。
「一斉に来なかっただけ、ましだな」
「早く仕留めましょう！」
　渡里の鋼の糸が人甲兵に絡み付く。筆一も目の前の敵を倒す方が支えになると、光輪を投げ放つ。
　更に旭の槍から氷を放ち、凍りついた鋼の装甲を沙月の鬼の拳が打ち砕く。
　ドッォォォォォン！
　立て続けの撃破を喜んでいる暇もない。
「行くぜ鉄クズ！　俺を殺して魅せろよ！」
　上陸しかけている新手の人甲兵に、凛凛虎が跳びかかる。
　暴君の名を持つ真紅の刃と、巨大なチェーンソーの刃がぶつかり、火花を散らす。
「出過ぎるなよ！　……と言っても、凛凛虎には無駄だろうが」
　忍魔は小さく告げると砂を蹴って飛び出し、切り結ぶ２つの刃を掻い潜り、龍が描かれた靴で鋼の装甲を蹴り上げた。
　衝撃で浮いたチェーンソーを真紅の刃が弾いて、鋼の装甲を叩く。
　傾いだ機体の上を、心太が駆け上る。
「その武器では此処は届かないでしょう！」
　そう告げると同時に、お守りを握り障壁を纏った拳を、人で言えば眉間に当たるであろう辺りに叩きつければ、人甲兵の巨体が砂の上に倒された。
　もし、人甲兵３体以上を同時に相手にすることになっていたら、苦戦は免れなかっただろう。だが、敵は恐らくそれが出来ない。
　虚脱状態の兵ばかりを載せた艦は、人甲兵の巨体には障害になっていた。

●夜明け前の決着
　ヒュンッ！
　渡里が手繰る鋼の糸が、空を斬る音を小さく鳴らす。
　細い鋼が引き抜かれた巨大な鋼の装甲の中から、どす黒い液体が流れ出した。
　腐った血か、それともオイルか何かか――いずれにせよ、それがこの浜に来た兵団最後の人甲兵の末路だ。
　そして事実上、勝負が決した瞬間だ。
　まさに頼みの綱、だったのだろう。
　人甲兵を失った兵士達の一部は、我先にと揚陸艦の中へと逃げ帰って行く。
　そして何隻かが陸から離れていくと、後に残ったのは茫然自失とその場に立ち尽くすしかない兵士達だけ。
　それらを船に乗り込ませ、纏めて眠らせるのは容易い事だった。
「途中の一気に来たので、アンデッドも全部だったようですね……」
　それが済んだのを確認して、心太は疲れきった身体を砂の上に投げ出した。心が折れている敵兵の前で、見せるわけにはいかない姿だ。
「やっぱ、俺を殺すのは乙女だけか？」
　そう凛凛虎も、十字架を支えにしても身体が左右にふら付いている。
「お２人は大丈夫ですか？」
「ええ、何とか」
「私はリーアもいますし」
　筆一に問われて、菫と沙月は揃って頷く。
　一般兵の無力化に奔走した２人は、人甲兵以外の銃弾を最も多く受けていた。
　しばらく休めば塞がる傷ではあったが。
「当然、海の向こうにはこれより多い戦力が控えている訳だよね……命を奪ってもいけないし、かといってこの国を奪われる訳にもいかないし」
　小さくなっていく艦影を眺めながら、旭が難しい表情で呟く。
　今回は、何とか一般人の兵士の犠牲を出さずに勝つことが出来た。そこを考慮しなければ、もっと楽に戦えただろう。
　或いは、そうする事を選ばざるを得ない局面が来てしまうかも知れない。
　そうならない為には、ノーライフキングとの戦いを一刻も早く終わらせるしかない。
「元老院、好きにはさせないからな」
　白み始めた空の向こう、まだ見ぬ洋上の大艦隊に向けてか、その主が属する集団に向けてか。北の水平線を睨むように見据えて、忍魔は小さく呟いた。

作者：泰月	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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