5月1日 深夜――静寂溢れる海は突如波紋を広げる。どっぷりと夜の色を映した其処には不似合いな存在があった。
『人民解放軍』、その艦艇が目指すのは沖縄本島。
今では過去の遺産と呼ぶにふさわしい総兵力100万の大軍勢は正規の指揮系統から切り離され、たった一人のノーライフキングの意志により日本への侵攻へと舵を切ったのだ。
いや、この100万の軍勢こそが『正規の指揮系統に従う軍勢』であったのかもしれない。
サイキックアブソーバーの稼働により多くのダークネスが消滅或いは封印されるまで、ノーライフキング『アッシュ・ランチャー』こそが、この地域のすべての軍隊を支配下に収める『世界のミリタリーバランスを調整するクリスタル・ミラビリス』であったのだから……。
数時間後、沖縄本島付近に近づく影は水面に揺れている。
ノーライフキング艦隊は沖縄本島への上陸作戦を今か今かと待ち構えている……。
その中には、アンデッドの戦闘能力を飛躍的に向上させる人型兵器『人甲兵』の姿もあった。
「これまでの情報から、灼滅者達が人間社会に大きく依存しているのは間違いない」
待ち構える軍勢の前へと背広を纏った威厳ある存在が顔を出す。
彼こそが、元老『アッシュ・ランチャー』
世界を支配するべく定められたノーライフキングは饒舌に軍勢へと告げた。
「であるならば、その人間社会を制圧する事こそが、灼滅者への最大の攻撃となる。
『人甲兵』部隊出撃せよ。まずは、沖縄本島を橋頭堡として、日本本土の制圧に向かうのだ。
統合元老院クリスタル・ミラビリスが再び地球を管理下に置き支配する、正常な世界を取り戻す為に!」
号令に、揚陸艦が海岸へと接岸し次々と兵士達が上陸していく。
沖縄に訪れた不吉は、アッシュ・ランチャーによる日本侵略作戦の幕開けであった。
●
ざぁ――潮の満ち引きの音はいつもと変わらなかった。
変わらなかった、筈なのだ。
網を手にした老人は朝の空気を肺いっぱいに吸い込み息をつく。静寂を湛えた海はいつもと変わらずの一日を彼へと実感させたことだろう。
背を向け漁の準備を進める彼の背後から突如として聞こえた重音。
「な」
何、という言葉を吐き出す前に、振り仰いだ漁師の躰は浜の上へと投げ出された。
怯えを孕んだ瞳で彼が周囲を見回したのは無数の兵士たちの姿。
その数を数えることはできない。銃声と叫声が混ざりこむ。地獄絵図に老人はゆっくりと顔を上げる。
目の前に迫った死を老人はしっかりと実感していたのだろう。
彼の知らぬ一日が今、始まりを告げようとしていた。
●
自衛隊のアンデッド達の灼滅作戦は無事に成功した。
彼らの調査を行ったことで『アンデッド達が独自の作戦を行おうとしていたわけではない』事が発覚したのだと不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は告げた。
「アンデッドの動きは、大きい作戦の前段階だったみたいなのね」
彼女はその裏付けとして、沖縄本島へと向かう100万人規模の大規模艦隊の終結を確認していた。
この軍隊を率いっているのはノーライフキングの首魁の一人。
「統合元老院クリスタル・ミラビリスの『アッシュ・ランチャー』がある目的の為に軍勢を率いてるみたいなのね」
その目的は、と誰かが聞いた。
「『日本侵略』なの。
アッシュ・ランチャーは『日本を制圧して、一般人の社会に深く根差してると思われる灼滅者組織の活動を阻害する事』を作戦の目的に置いていると推測されるの」
灼滅者とダークネス。その図式を理解しての行動なのだろう。
アッシュ・ランチャーの動きは見過ごす事の出来ないものだ。
「まずは、沖縄に向かって欲しいの」
沖縄本島――アッシュ・ランチャーが目指す場所。
「5月2日の未明に沖縄本島に上陸、市街地の制圧と虐殺を行うことが分かってるの。
その儘、死体をアンデッド化して戦力を拡充。そのまま日本制圧に向かってくる……」
その言葉を口にした真鶴は唇を噛み締め、「怖いわ、許せないわ」と呟いた。
真鶴が見た敵の軍勢は3000名程度。完全武装した軍勢だ。
「殆どが一般人の兵士なの。ESPとかで無効化することが可能なのよ。
バベルの鎖があるから、一般人の攻撃は灼滅者のみんなには届かないの。みんなの敵ではないけれど……無効化に失敗すると――」
それは沖縄市民に犠牲が出るということだ。
範囲攻撃で全滅させることも難しくないが、下手に殺す事はアンデッド化を促す危険性もあるために出来る限り生きたままで無効化することが望まれる。
人殺しの話を表情を変えずにすることはできないと蒼褪めたエクスブレインは、できる限り生きた儘の無効化を願うと念を押した。
「軍勢には一般人の軍人以外にアンデッドの兵士とか人型兵器『人甲兵』も配備されてるの。これは簡単に無効化することは難しいのよ。
……特に『人甲兵』。これには注意してほしいの。アッシュ・ランチャーが第二次世界大戦時に実用化させた、アンデッドを強化する特殊武装なのよ」
並のダークネスを超える戦力へと強化される人甲兵。
脅威となるのは1部隊に5体ほど配置された人甲兵と20体程度のアンデッド。正確な数が分からない事が申し訳ないと真鶴は頭を下げた。
「アンデッドは作戦中に死亡した兵士がそうなるかのうせいもあるの。
数が増える可能性もあって……注意が必要なのよ」
沖縄に上陸し、一般人の虐殺を行うその直前に駆けつけ、人甲兵とアンデッドを全滅させた後、無力化した兵士を捕縛しつつ、洋上のアッシュ・ランチャーとの決戦に備えるのだ。
「統合元老院の元老が直接動き出した……これは、相手も本気ってことだと思うの」
敵が一般人を使用する理由はサイキックアブソーバーの影響で日本以外では大量のアンデッドを生みさせないからだと思われる。
この儘、沖縄での虐殺を赦す事は出来ない――真鶴は「この事件を何度も引き起こさないために」と灼滅者へと向き直った。
「どうか……どうか、お願い。この作戦を成功させて、そうすれば――」
必ず、アッシュ・ランチャーに手が届くはずだから。
参加者 | |
---|---|
羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) |
今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605) |
宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830) |
御門・心(日溜まりの嘘・d13160) |
真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302) |
御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264) |
穂村・白雪(自壊の猟犬・d36442) |
鏑木・螢(英雄未満・d36759) |
●
ざ――波の音が聞こえ、昏い影を落とした夜の中にそれは蠢いていた。
砂浜に足が縺れる感覚を覚えたのは、罪なき誰かの死が直前に迫っているからだろうか。息を切らせ、堰き止める物など何もないと羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は只、只、前へと進んだ。
「話を聞いてください!」
上陸した敵の数は多い。宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)の両眼には『普通の一般人』が映っていた。彼らが武器を持とうとも、こちらに敵意を出そうとも、相手は何の変哲もない『普通の人々』なのだとその姿が感じさせる。
(「殺す事が出来たならどれ程楽だろうか――!」)
ぞわりと粟立つ衝動を振り払いながら襲い来る一般兵士達を受け止めた冬人の表情が歪む。誰かを傷つけることなく、それが今回の方針だ。鏑木・螢(英雄未満・d36759)は王者の風を纏い、陽桜の声がより届く様にと周囲の兵士を巻き込みながら無力化させていく。
周辺兵士の数十人の耳に確かに彼女の言葉が響いたことを確認し「俺らの指示に従え」と声を張った穂村・白雪(自壊の猟犬・d36442)は謳う様にその声を響かせた。
「大人しく伏せてろ」
「ああ。従えば無碍には扱わん。疾く去れ」
華奢な少女は、歴戦の武者の如く一般兵士たちを無力化していく。白雪と御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)の二人に周辺兵士は無気力になり茫と暗澹とした空を見上げていた。
(「指揮を執るアンデッドが居なければ無力化して指示することは容易いか」)
一般人を逃がしながらも兵士たちへと『通じる言葉』に変えて向き直る真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)は金の匂いが絡んだ『兵器』達に僅かに表情を曇らせる。
「……兵器ビジネスかな。次に来る筈だったのは」
「商売は確かに生きる上では必要だけど……この場所には必要ないですね」
不機嫌そうに言い捨てて、金の髪を潮風に揺らした今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)の表情が曇る。幼い少女のようなかんばせに張り付かせた笑顔の仮面は不機嫌そうに歪んでいた。
「武器の使用は止め、速やかにこの場所を離れてください」
銃弾を受け止めて御門・心(日溜まりの嘘・d13160)は擽ったいと銃弾を受け止め目を細める。一般兵器を受け止め、その効力がないことを示した心は無力化させんと陽桜の声が届く様に一歩、踏み出した。
ナイフの感触はやけに冷たい。凛とした彼女は『弱者』である一般人の兵士たちを愛しむ様に笑みを浮かべる。
この場にいる灼滅者達の心情は様々だ。只、その根幹にあるのは裏で糸引くダークネスを表舞台に引き摺りだしその策略を圧し折る事。
王者の風が周辺100人ほどの一般人たちを無力化する中で、アンデッドの声が彼らを『鼓舞』していることに気づき白雪はゆっくりと顔を上げた。
「――アイツだ」
目下の敵はすぐ傍に立っている。
「表舞台にまでしゃしゃりでるのがお好みなら『お望み通り』引き摺りだして倒してあげるよ」
僅かに笑み乗せた櫟の傍らでイツツバはふわりとした尻尾を揺らし不安げに泥の様に深い海を見つめていた。
●
柔らかな砂を踏みしめ前線へと躍り出た心は身を挺してアンデッドと一般人の前へと躍り出る。人甲兵の姿が見え、『殺害』を防ぐが為に生と死が咬み合う蛇の穂先を向けた。
「こちらですよ」
一般兵の非難を促す陽桜を隠す様に身を挺し、『偽善の塊(かのじょ)』めいた口調で話す心は唇に笑み乗せる。一般兵に「雑魚は大人しくしてください」と冷たくあしらい告げた彼女は守るが為に強敵の前へと身を躍らせる。
一つ、動き腕を振るい上げた人甲兵が灼滅者を捉えた事に櫟は気付く。金の瞳は過去の焔を映し、その一撃を受け止める。びりりと腕に奔った痺れ――強敵とはこの事かと彼は冷たい瞳で鉄の塊を見上げた。
「燈、前に出すぎちゃ駄目だからな」
激戦に身を投じる事となれば、死体(いもうと)を思い出さずにはいられぬと螢は前線の心と櫟の背を追いかける。
傍らの小さな妹に声をかけ、己を激励する螢の隣で靭やかな猫の如く水蜥蜴の姿を晒した白雪が唇を噛み締める。前線へ走り出さんと燻るクトゥグァに「いけ」と一つ告げ、彼女も共に飛び込んだ。
「ふ――」
癒し手であろうとも死の隣には何時もいる。それが、穂村白雪だと告げるが如く。
銃弾が周囲を飛び交った。顔を上げ、人差し指の指輪に、口付けた紅葉は流暢な『母国語』でアンデッド達へと向き直る。
(「一般兵とアンデッド――区別をしながら攻撃するのは容易ではない……」)
幼い少女の姿をしながらも、彼女は幾度も戦場に身を投じた経験から『純真な少女』を捨て去り、その場を見回した。
周辺から聞こえる刃の音色に、銃声が脳を揺さ振り離さない。紅葉の十字が茫と浮かび上がる。
武器さえなければ只の人だと思い込む様に冬人は逃げる一般人の背を見遣る。ナイフを持てば胸中に湧き上がった衝動が己を蝕むことが良く分かる――冬人は分かっていた。『不殺』という己の衝動から外れた人間らしさがどれ程惨たらしく己の事を殺人鬼と認識させるかが!
(「……お願いだから、早く、早く逃げてくれ」)
唇を噛み締めて、人甲兵の背後より顔を出したアンデッドに狙い定める。天魔を宿らせ、巨大な方陣を背にした彼の眼前に小さな少女が敵陣へ向けて飛び込んだ。
怨念を纏った鎧武者を己に映しこみ百々は駆ける。手にした巨大な腕を振り翳し、眼前の死体へと殴り掛かる。
鈍い音と共に降る赤は『冥府の門』を開き、彼らを死の淵へと引き摺り込まんと手招いている。
「初喪うでとは行かぬが死せる者は墓場へと帰れ」
現世に存在する死者を打ち払わんと伸ばした腕にアンデッドの脆い身がごろりと倒れれば、少女は跳ね上がり次の対象へ向けてと飛び込んでゆく。
赤い瞳がぎろりと敵対するものを見定めれば華奢な体を包み込む鎧が音たてる。怨嗟の中で鎧武者はくつくつと小さく笑った。
「宛ら百鬼夜行よの」
「――ええ、御伽さん。化け物(しゃくめつしゃ)のお通りですよ」
弱者を助けるべく一般人が巻き込まれぬよう声かけて心は百々へと微笑んだ。呪いの刃に返すは冥府の扉――怨嗟を纏った鎧武者の背後より痩躯の鬼は飛び込んだ。
「バケモノ」
その言葉を口にして櫟は己が体の中の『青』を蠢かせる。化け物(だれか)の焔など己の中には燻る事無く、只、異形なのだと位置付けて。
「あたしは、誰かを護る為なら『化け物』にだって……!」
写し身は白い尻尾をふわりと揺らす。前線奔ったあまおとの背を見遣り陽桜は唇を噛み締めた。
この地は日本で唯一の地上戦があった場所。生まれる前の、遠い過去の出来事でも、その地獄は想像できる。
(「もう『あの日』みたいなことは繰り返したくない……!」)
絶対に、この手から誰の命も溢さぬ様に――強く、大きく声を張り上げた。
●
後方援護を行う紅葉の双眸には生と死の混ざり合う空間がしっかりと移って居た。
契約の指輪の感覚を確かめながら彼女は笑顔の仮面を付けた儘に息を吐いた。
「――これが報いですか」
沖縄の地に死者が出る行いを見せる事。一般兵を圧倒する彼女はその気概を纏ったままに唇を震わせた。
負けるわけには行かぬと武器を封じ、攻撃を只、只、与え続ける。
後方の紅葉は死した一般兵が『起き上がらぬ様に』願っていた。
額から汗がにじむ。避難時間を稼ぐことを優先し続けた蛍は腕できらりと輝く機械仕掛けの感覚を確かめる。万華鏡の如く、手にしたバスケットを握りしめる燈が不安でない様に彼はゆっくりと手を握りしめた。
「燈、ああやって――ああやって、人は化け物になるんだな」
じっとりと滲んだ汗。足を引っ張らぬ様に、とにかく動けと足を震わせる螢は「がんばろう」と幾度も繰り返す。紛い物であろうとも、彼女が手を握り返してくれただけで動けると彼は断罪輪をしっかりと握りしめた。
前線に飛び込み只、焔の血潮を溢れさせる白雪は『アンデッド』と化す一般人の姿をその両眼で捉えた。
剣先がその頬を擦る。銃弾がその肩を掠める。抉る痛みと溢れる焔に構うことなく、彼女はクトゥグァを呼んだ。
感涙するが如く赤を纏わせ、死と腐敗、衰退を食い物にした『神様』は白雪の掌の上で踊り続ける。
「どいてろ」
淡々と告げた彼女は、背後で銃弾を受けたあまおとの姿に唇をぎゅ、と噛み締める。誰かを護って死にたい――だから、傷付けないで欲しいと願う様に『狙ってくれ』と両の手を広げた。
「白雪さん……!」
は、と息を吐く陽桜は癒し手として周囲へ癒しを与え続ける。只、それだけで『誰かが生きていてくれる』と、その場所に不幸が訪れないとそう思えたから――それでも、誰かの死はその両眼に映り込んで。
巻き込まれた一般兵士の死に様に人間が脆いものだと冬人は実感する。アンデッドと化したひとり、その後ろで『なりかけ』た誰かを生き長らえさせるように走馬燈で夢を見せて。
(「この方が良いんだ、この方が――」)
震えた声音は、何処か情けなく感じて。冬人は影の鎖で繋がるナイフの切っ先が『好きな色』に染まった事から目を背けた。
「身勝手で、ごめんね」
アンデッドとして、灼滅者の敵として、殺すよりはずっといい。
只、生きているという錯覚で歩み続けてくれた方がそれでいい。
心の中で渦巻くそれを飲み込んで、顔を上げた彼の傍らで「いいのですよ」と紫苑の瞳を細めた心はふわりと飛び出し蜘蛛の影を纏った。
「死者が動くのは物語の中だけでよい。くだらない物語の脚本家は何処ぞ」
怜悧な瞳で見据えた百々は周囲に飛び散る砂に構うことなく前線へと身を投じる。
冥府に繋がる黒い穴はぽかりと空いて死者を喰らわんと手を伸ばす。『くだらない物語』を飲み喰らいながら百々は霊子硝子に覆われた魂を冷たい焔へ変えてゆく。
「さぁあ、御立合い」
ぱん、と一つ拍子。その音に顔上げた人甲兵が鈍い音たて直線状に彼女を狙う。
合間見ればその姿は人とは呼べず――過去の遺産(むくろ)に感じて仕方がない。
百々が唇をにぃ、と吊り上げれば彼女と兵士の間に割って入った櫟が「イツツバ」と相棒を呼んだ。
「死体を使うなんてさ、やめときなよ」
呆れた様に呟く櫟が人甲兵を受け止めゆっくりと頭を垂れる。その頭上を飛んだイツツバの弾丸は真っ直ぐに兵士の脳天を穿った。
「それに、油断も辞めておいた方がいいよ」
淡々という青年の声音に人甲兵が身を揺らす。苛烈な攻めにも屈することなく攻撃を後方支援として行った螢と燈は只、鮮やかな海を見たいと願う様に手を繋いだ。
「燈」
大丈夫だよ、と励ます己の眼前で人甲兵を受け止めた櫟が僅かに呻く。
「大丈夫」
両の足が竦まぬ様に――励ますそれに紅葉の攻撃が重なった。
「――勝てる」
その声にふ、と白雪が顔を上げる。傷だらけの己を鼓舞する陽桜の声音が只、聞こえた。一般兵たちの避難を確認し、紅葉は声を張る陽桜の傍らで目を伏せる。
現状の強敵の打破に前戦力を注げる――これは好機だ。
「倒すよ」
淡々と告げた彼女の口づけは攻撃の合図。指先の輝きは瞬く間に人甲兵へと風穴を一つ開ける。
その穴がチープなものに見えて、冬人は唇を僅かに吊り上げた。誰かのいのちの終わりにどうして笑ってしまったのか。隠すように俯いて彼はゆっくりと愛用のナイフを握りしめる。
死者の妄執は、生への確執。日常(いきて)いたいと思ったそれを手に彼は只、その手を振り上げた。
「今度は私達の勝利。この地での敗北はもう二度とは味わいません」
『過去の想い』を引き摺る様に紅葉はゆっくりと人甲兵へ告げた。それは少女の生まれる前の物語――この地の因縁は全て払って見せるという様に紅葉は笑みの仮面の向こうで確かに笑った。
「そうです、もう二度と。地獄のような場所にはしません……!」
「弱者だと侮る事莫れ――全て思うがままに救って見せましょう」
陽桜の言葉に心はゆっくりと頷いた。凍て付く氷を振り翳し、華奢な体が僅かに軋む。骨の軋んだ感覚に僅かに呻いた心を受け止めて白雪は「もう直ぐだ」と静かに告げた。
痛みを払えば、立てるのだと知っている。
櫟は纏うブランド品の服が汚れた事に気づき不快感を露にしながら首をふるりと振った。
「汚れたじゃないか……いいけど、さ」
虚栄ばかりだと知っていても、只、己の掌で泡沫のように消えたとしても。
イツツバの弾丸を見つめて櫟は己の傷に構うことなく前線で巨躯を受け止めた。その鈍い音が、その終わりを告げているようで。
只、苛烈な攻撃を繰り返す中で勝利の形は確かなものとして存在していて。
「ッ―――大丈夫! これで!」
昇る朝日を今度こそ掴むために。神様なんていないけれど、野に咲く花は己の手で摘んで見せる。只、その両手に成果を乗せて。
螢の放った一撃に、百々の黒き物語が重なった。その深く澱んだ色は死の臭いを孕み逃すまいと伸び続ける。
「これにて此度の物語は終端と致そう」
冥府の門を閉じて、物語の終わりを見せれば、鉄の躰は只のものに変化する。その姿は、玩具の電池が切れるようだと冬人は茫と感じていた。
重たい音立て、倒れていく機械の塊を見下ろして櫟はゆっくりと目を伏せた。
己の体の中で疼く蒼はまだ、慣れ切らないまま――焔の様に燻っていた。
●
『怪我ないか?』
捕縛した一般兵達へと彼らの言葉を使用して声をかける櫟は敵意がないこと、彼らの所有する情報を引き出せぬものかと俯く人々を見下ろした。
激闘の末に落ち着いた百々は『くだらない物語』がこれで終わりではない予感を胸にした。
「……司令官が、いるんだよな」
燈の手を握りしめて螢は不安げに仲間たちを見遣る。沖縄の海は夜を映しこみ深く、眠りについているかのようにも思える。
先ほどまで騒がしかったのに、今の彼には時間が止まっているかのような感覚さえ覚えた。
「いるぜ。……人の生き死になんて興味もなく息をする様に死体を弄んでる奴が」
ノーライフキングはそういう奴だと己の倫理観と合わないことを表情に露にさせた白雪が小さく舌を打つ。
その言葉に不安げに『沖縄』を思った陽桜は『阿佐ヶ谷地獄』を思い返しぐらつく心を抑える様に一つ、息を吐いた。
「……絶対に、護ります」
一般兵たちのケアを行っていた紅葉と冬人の耳に届いた潮騒は深く昏い。
白んだ空の向こう――まだ、明けきらない夜は何かの気配を孕んでいた。
作者:菖蒲 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年5月2日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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