アッシュ・ランチャーの野望～武蔵坂から来た守護者

■リプレイ

●静寂と平穏に抱かれて
　寄せては帰すさざなみが、砂浜へと運んでくれるもの。
　星の煌き潮の匂い、海の恵みに優しい風。全て、人々を安らかな眠りへとつかせるためのもの。
　月が彼方に隠れれば、太陽は水平線へと招かれる。
　今はどちらも見えない、夜と朝の狭間の時間。
　狭間の世界の隠れたのは、夜よりも濃く危険な深き闇。
　静かな沖縄の街を背に、四刻・悠花（高校生ダンピール・d24781）は棒術用の得物を握りしめた。
「修学旅行の思い出の場所なのに、淫魔に続いて今度は人民解放軍を操るノーライフキングを倒すために訪れることになるなんて。ほんと、気に入らないです。しかも、沖縄の人たちを殺してアンデッド兵にしようとか……そんなことは、絶対に許しません」
　決意を力に変える中、隣に佇むフリル・インレアン（中学生人狼・d32564）は小首を傾げた。
「中国から兵隊さんに紛れてアンデッドさんがいらっしゃるのですよね。中国のアンデッドさんということはキョンシーなのでしょうか？」
　違うと思う、との意見が述べられた。
「ふえ、違うんですね。でも、悠花さんの言うとおり、沖縄の人々を殺害してアンデッドさんにしようとする作戦は何としても阻止しないといけませんね」
「そのためにも、街も守らなくてはなりません」
　黒乃・璃羽（ただそこに在る影・d03447）は静まり返っている街へと視線を送り、点在する街灯を頼りにもしもの際の避難場所。及び、無力化した兵士たちの収容場所などの位置を確認していく。
　そうして、灼滅者たちは各々の時間を過ごしていく。
　一分、五分、十分と時が流れるにつれて、口数も徐々に少なくなっていった。
　やがて、灼滅者たちをよそに砂浜へと降りて行く影を発見した。
　老人だ。
　今はまだ避難させることができない。
　未来を変えてしまう危険性があるのだから。
　もっとも、時は近い。
「ったく、明日からGWなんだからちょっとは空気読めよな！」
　椎葉・武流（ファイアフォージャー・d08137）は深い息を吐きながら、炎の如きオーラを滾らせた。
　ことが始まった時、コンマ一秒でも早く行動を始めることができるように……。

●狭間に散らばる闇を討て
　璃羽が走り出す。
　海岸に無数の影が広がり始めた瞬間に、状況を理解しようと目を凝らしている老人を救うため。
「あれは……わっ」
　怪我をさせないよう背中からかっさらい、抱える形で踵を帰す。
「老人。アレは私達が対処する。街へ逃げ誰も近づけるな」
「あ、え？」
「私たちは、私たちの仕事を行いましょう」
　老人の戸惑いが遠ざかっていくのを感じながら、神無月・佐祐理（硝子の森・d23696）は残る仲間たちに目配せ。
　広がっていく闇を無力化し、散らすため、老人の居た地点を起点として扇状に散らばった。
「まさか、異国の兵士とはいえ、ダークネスじゃない人に振るう事になろうとは」
　佐祐理はひとりごち、姿を変える。
「Das Adlerauge!!」
　二股に別れた尾を持つ魚の下半身と背中に翼を持つ人型……サイレンの様な姿へと変貌し、闘気を解放。
　闇が膝をついていく。
　握りしめていたアサルトライフルを取り落としながら。
　砂浜の各地で。
　ニアラ・ラヴクラフト（物タイ餌ッ苦ス獲ヌエイ痴・d35780）は放心した様子で自分を見つめてくる闇を……兵士たちを見回した後、一喝。
「貴様等は邪魔だ。貴様等は雑魚だ。玉座の最下で啼き叫ぶが好い」
　ちらりと砂浜の外周側へと視線を送れば、膝をついていた兵士たちが這々の体で逃げ出した。
　近場にいた兵士が全て去ったのを確認し、ビハインドの隣人を引き連れ移動を開始。半ばに、仲間たちの状況を確認した。
　ほうぼうで無力化され逃げていく兵士たち。
　アサルトライフルを握りしめたまま逃げている者がいる。
　街の方角へと逃げている者もいる。
「……」
　追いかける暇はない。
　何かを成すとしても敵陣の本体、アンデッドと人甲兵を打ち倒してからの話になるのだろうから。
　ニアラは再び兵士たちに歩み寄り、笑う。
「現と幻。表と裏。総ては紙一重。戦争の背後で戦争が待機し、我等の魂を睨むのだ。観よ。救済の鐘だ。死を謳う詩だ。我が精神を救い給え。武装集団」
　……兵士たちを壁にでもしようという装いか。兵士たちの壁は厚く、アンデッドの影はつかめない。
　されど、一つのタイミングで少なくとも五十名、時には百名近く無力化、あるいは戦場から離脱しているように思えると、悠花は目を細め――。
「ビィェドン」
　――兵士たちを無力化し、戦場の外側へ移動し待機するよう命じていく。
　街で好き勝手させる訳にはいかない、だから懇切丁寧に。
　幸・桃琴（桃色退魔拳士・d09437）もまた別の場所で、中国語を用いて段階的な指示を与えていた。
「動くな」
　静止を確認。
「武器を捨てろ」
　砂浜に投げ捨てられていく武器の数々。
「向こうの浜辺で待機、互いを縛れ」
　促され、戦場の外側へと移動し互いを縛り始めていく兵士たち。
　作業完了を確認した上で再び最初から。
　ゴールデンウィークと沖縄を守る。その、強い意志と共に。
　フリルも同様に、精一杯の中国語で武装解除と解散を呼びかけていた。
「その、武器を捨てて……向こうへ、お願いします」
　兵士たちは可愛らしい少女の言葉にも逆らえず、次々と武器を捨て戦場から離脱していく。
　少しずつ、少しずつ、波打ち際が近づいてきた。
　近づくにつれて兵士たちへの力の効きが弱くなっているように……別の力の影響も受けているように感じられたから、灼滅者たちは少しずつ行動範囲を狭め始めた。
　進行方針が合流へと変わったのは、兵士たちの大半が戦場から離脱した時。
　兵士たちと共に進行してくる亜人型のパワードスーツ……人甲兵を発見した時。
　予め定めていた作戦のもと、灼滅者たちは人甲兵を目指して動き出す！

　王者の風の範囲になく殺界形成の範囲内にいた者は、武装を取り落とす事なく離脱していった。そんな光景を前に、一瞬だけ動きを止めたこともある。
　けれど……と、武流は人甲兵の放つ機関銃を右へ左へと避けながら、光の刃を握りしめていく。
　今、人甲兵を守護するかのように集まっていた兵士は一人もいない。
　王者の風に無力化された後、再び人甲兵の影響下に陥る前に殺界形成によって逃げ出していったから。
　合流を目指してくる気配もない。
　アンデッドも他の人甲兵の姿もない。恐らく、どこかが欠けても良いように、幾つもの小隊を組む形で侵攻してきているのだろう。
　璃羽もこの場にはいない。合流半ばで別のアンデッドと遭遇してしまったのだろうか。
「……さっさとこいつを倒して、次に行こうぜ！　璃羽もきっと、援軍を待ってる！」
　機銃が止まった瞬間に距離を詰め、炎に染めた光の刃を装甲のつなぎ目へと差し込んでいく。
　金属が焼ける臭いをかぎながら、光を収めバックステップ。
　間合いの内側からは下がらず、反撃に備え身構えた。
　後方に位置する佐祐理は喉を震わせる。
　機銃が多少なりとも掠めただろう武流を癒やすため。
　さらなる反撃によって誰かが傷ついてもすぐに対応できるよう、人甲兵の動きを観察しながら。
　時に、攻撃に回ることも計算に入れながら。
　人甲兵が、手榴弾と思しきものを数個放り投げてきた。
　即座に飛び退いていく前衛陣を追うかのように、閃光が迸る。
　閉ざされていく世界。
　佐祐理は気配を探り大夏・彩（皆の笑顔を護れるならば・d25988）が最もダメージを受けていると断定。
　気高き歌声を更に気高く響かせた。
　爆音すらも跳ね除けて、さざなみだけをメロディに。
　戦場を優しく抱擁するかのごとく。
　受け取り、彩は深い息を吐き出していく。
「ありがとう。これだけでも治療は十分だから……」
　かばい損ねた武流の治療を霊犬のシロに命じながら、人甲兵へと向き直る。
　裂かれた装甲、火花散る内部機構。すき間からは本体たるアンデッドの姿が見えている。機銃や手榴弾の威力こそ衰えている気配はないけれど、深いダメージを負っていることは一目瞭然だった。
「攻撃もそこまで強いってわけでもなかったし……人甲兵は、周りにいた兵士含めて強力な小隊、くらいの扱いだったのかもね」
　だからこそ、早々に倒さなければならない。
　未だ進軍を続けているだろう別働隊を止めるため。
　彩は距離を詰める。
　巨大な腕から迸りし白き炎に火力を足しながら。
「これ以上誰も、アンデッドになんかさせない！」
　気合と共に装甲の切れ目へと差し込み、内部を焼く。
　肉の焼ける嫌な臭いが広がる中、人甲兵は右へ、左へとよろめき始めた。
「決めて！」
　すかさず彩は足を払い、人甲兵を転ばせる。
　起き上がる事は許さぬと、悠花がオーラの塊を叩き込んだ！
「早く倒して、早く殲滅する。そして……可能なら、街へ逃げていった兵士たちへの対処も……！」
　誰ひとりとして犠牲を出さない。
　人々の目覚めが平和なままであるように。
　仰向けに倒れていく人甲兵に、注ぎ込まれていく斬撃、打撃、炎、影。
　抗わんとばかりに放物線を描く手榴弾。
　爆風の余波に髪をなびかせながら、悠花は幾つもの光輪を浮かべ始めていく。
「これで……」
「終わらせましょう」
　光輪の群れが虚空を切り裂き人甲兵の内部へと潜り込んでいく中、フリルの放つ魔力の弾丸が左腕の装甲を撃ち抜いた。
　動きが止まっていくさまを見下ろしながら、ニアラは影刃を振り回す。
「還れ、総ては闇に、在るべき姿へ」
　一枚、二枚と装甲が切り飛ばされ、アンデッドの姿があらわになる。
　その体も、隣人が得物を用いて押さえ込んだ。
　すかさず武流が跳躍。
　喉元をかかとで踏みつけ――。
「今だ！」
「うん！」
　――バトルコスチュームに身を包んだ桃琴が、人甲兵に背を向ける。
「さぁ人甲兵っ……これでふっとベーっ！」
　地面すれすれのヒップアタック。
　人甲兵をふっ飛ばし、砂浜に二度、三度とバウンドさせていく。
　灼滅者たちは見つめたまま、十秒待つ。
　再び動く気配はない。
「行きましょう、別働隊を倒しに」
「璃羽先輩とも合流しないと！」
　佐祐理に促され、彩は砂浜を見回していく。
　幸い、今だ砂浜を脱した集団はいない。
　二つほど、右側中央部辺りに留まっている影もあった。
　けれど……。
「右に人甲兵の小隊がいるな。それに……」
　影は、一進一退の戦いを繰り広げている。
　楽観視はできないが……早々倒れてしまうことはないはずだ。
　彩は拳を握りしめ、仲間たちと共に人甲兵の小隊へ向かって駆けて行く。

　機銃が唸る。
　新たな足跡が生み出された場所を貫いていく。
　音が止むと共に足を止め、璃羽は影を解き放つ。
　アサルトライフルの一振りで散らされていくのを横目に捉えながら左へ飛び、アンデッドの周囲をぐるりと廻るかのように走り始めた。
　仲間たちとの合流を目指していく道半ば、周囲の兵士たちを散らした上で開幕したアンデッドとの戦い。海岸線近くで仲間たちが人甲兵との戦いを始めたことは分かっていたけれど、横を抜けることを許されず交戦を続け……一体は打ち倒した。
　すぐに別働隊の襲撃を受け……力を用いて兵士を遠ざけた後、一対一の戦闘へと持ち込んでいる。
　璃羽の手足からは血が流れ、アンデッドの体も傷ついていない箇所はない。
　互いに実力は拮抗していた。先の戦いがなければ攻め込み、討ち倒すことも考慮に入れただろうけど……。
「……焦ることはありませんね」
　深い息を吐き、腕の傷を癒していく。
　誰か一人でも救援に来てくれれば、勝負の天秤はこちら側へと傾くのだから。
　一方、アンデッドは盲目的にアサルトライフルのトリガーを引いた。
　右へ、左へと避けていく璃羽の体へと、一発、二発と掠めさせ――。
「おまたせ！　人甲兵はぶっ倒したよ！」
　――半ばにてアンデッドの体が縦に両断され、炎上した。
　光の刃を横に払った武流は璃羽に視線を送った後、踵を返す。
「皆の言っていた通り、そこまで強くないみたいだな！」
「うん。だから、手分けして片付けていこう。フリルは、璃羽先輩の援護をお願いね」
　彩がうなずき武流と共に駆けて行く。
　フリルを残し散らばっていく仲間たちの背を見つめていた璃羽は、深い深い息を吐き出すと共に視線を落とし……。
　――ありがとう。
　聞こえないくらいの小さな声で、呟いた。
「ど、どうしました……い、痛いですか……」
　戸惑うフリル。
　璃羽は顔を上げ、首を横に振った。
「なんでもありません。それよりも、まだまだアンデッドの数は多いです。行動しながら治療しましょう」
「は、はい！」
　頷き合いながら、仲間たちとは別の方角へと向かっていく璃羽とフリル。
　力を用いて兵士たちを無力化しながら、灼滅者たちはアンデッドを次々と打ち倒していく。
　そして……。

●夜明けは静寂と共に
　悠花の放つ雷が一体のアンデッドを焼き尽くした時、戦いは終わった。
　さざ波の音だけが聞こえる静寂が訪れる中、多くの灼滅者たちは戦場に残された兵士たちの無力化を始めていく。
　佐祐理と桃琴は、砂浜にはいない。
　アンデッドの減少を確認し、街へいたる前に殲滅可能と判断した時点で後を任せ、街へ逃げた兵士たちを追っていったから。
　砂浜に残されていた兵士たちの無力化が終わる頃、佐祐理と桃琴は戻ってきた。
「逃げ足を考慮した行動範囲内の兵士は全て、無力化しました」
「もしかしたら残ってるかもしれないけど……多分、それもごく少数で……無茶な行動は起こせないと思う」
　落ち着いた言葉を受け、彩は安堵の息を吐き出した。
「良かった……」
　誰ひとりとして犠牲を出すことなく、終えることができたこの戦い。
　静寂に抱かれし砂浜で、ニアラは夜の海を眺めていく。
　砂に埋もれているアンデッドたちを、人甲兵を視界の端に収めていく。
「貴様の死も冒涜する。貴様の魂も嘲笑する」
　紡ぐは、手向けにも似た静かな言葉。
　死者は静寂に身を委ね、優しい風の中で眠りにつく。
　空も白み始めてきた。
　間もなく夜も明け……朝が訪れるのだろう。

作者：飛翔優	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年5月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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