愁殺

    作者:中川沙智

    ●篝火躍りて
     火の粉が弾ける。
     同時に重い音が地面に転がった。暗がりでは判別しづらいが、篝火に照らされた瞬間にそれが人間の首だと知れる。
    「つまらない。大層な口をきいていたのに、この程度か」
     蔑みも敵意も含まない、無垢なほどに淡々とした娘の声がした。
     胴体と分断された首への興味はもはや失われたらしい。娘は背を向ける。
     年若い、少女と言ってもいい年齢の娘だ。白地に伊呂波楓が広がる着物を動き易いように着崩している。ざんばら髪から見え隠れする、黒曜石の角が冠のように生えている姿。
     娘は神社の境内をぐるりと見渡し、声を張り上げた。
    「強者はいないのか。儂の息の根を止めるほど、この躰を熱く湧き躍らせるほどの強者はいないのか」
    「鬼姫様……そう簡単に現れたりしないっすよ」
     鬼姫、と呼ばれた娘は3人の男たちを従えていた。見た目だけなら頑強な男たちとしなやかな体躯の娘。
     だがその佇まいからして、男たちが鬼姫を崇めているのは明らかだった。
    「知っているから望んでいる。この者も、その前の者も足りなかった。どいつも口先が達者なだけではないか」
     地に伏した死骸へ歩み寄る。
    「儂は口先だけで詭弁を弄する者は嫌いだ。それはただの、愚鈍に過ぎぬ」
     鬼姫はふと屈み、死んだ口元から溢れた血を指先で掬い取る。徐々に熱を失い乾いていくそれを、彼女は冷ややかに眺めている。
     眦に、唇に。殺した者の血を呪術めいた塗料のように使い、赤に染めた。
     月が見ている。
     いのちの残滓で身を飾る娘を見ている。

     吼えようか。
     吼えてみせようか。
     血の紅を唇に差し、高く吼えてみせようか。
     
    ●鬼姫を狩る
    「……もう、何人か被害者が出ちゃってるみたい」
     ペンとファイルをきつく抱きしめた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の声はか細い。悲痛さと無念さが滲む響きだ。
     知らず唇を噛み俯くと、髪がさらりと視線を遮る。
     だが、新たな被害が出てしまう前に。
    「お願い。山間の神社にダークネスが出現したの。みんなに灼滅してきて欲しいんだ」
     まりんは毅然と前を向き、それから灼滅者たちに深く頭を下げた。
    「今まではバベルの鎖の力によって災難を免れてきたみたい。だけど私の未来予測で動きを察知出来たから……」
     再び灼滅者たちを見据える目に迷いはない。
     胸に宿るのは強い信頼だ。
    「ダークネスが起こす事件全部を阻止なんて出来ない。目の前の小さな命さえ救えないこともある。でも、出来ることは必ずある。だからこそ……よろしくね」
     決意を意志に変え、まりんは手早くファイルを捲る。と、該当の頁に辿り着いたのか、指先を止める。
    「今回の敵は羅刹だよ。羅刹が1人に、羅刹によって力を与えられた配下が3人。全員が神薙使いのサイキックを、ボス格の羅刹『鬼姫』は縛霊手のサイキックも使う……正直、手強いと思う」
     まりんは眉を顰めたまま言い切った。
    「羅刹本人と配下2人はクラッシャー。残り1人の配下はメディックとして後方に下がって援護をしているの。攻撃力は勿論だけど、回復力も侮れないからジリ損になったらこっちが不利になっちゃうよ」
     ただでさえ羅刹の戦闘力は灼滅者が束になってやっと相手が出来るかどうかというところ。それに加え手堅い援護を担う配下たちがいるとなれば、まりんの進言も決して杞憂ではない。
     まりんは一枚の地図を取り出して、細い路地に赤いペンでラインを引いた。
     そして小さな神社に丸く印をつける。
    「場所は山間の廃れた神社。人は殆ど近寄らないから安心して。とはいえたまに迷い込む人に声をかけて、気に食わなければ、その……殺してしまうみたい」
     声をかける、という点に何人かの灼滅者が目を瞬かせた。応えるようにまりんは頷く。
    「『お前は強いのか?』って、声をかけるんだって。その時いいえと答えて逃げた人は追われたりしないらしいの。でも少しでも力に自負があるような返事をすれば戦闘に入るから、心構えを忘れずにね」
     まりんが灼滅者たちに向かうよう指定した時間帯は夜。だが人里離れた場所ではあるが、神社ではいつも篝火が焚かれているため、戦闘時の視界に影響はないだろう。
     まりんは舌の上で言葉を迷わせ、呑み込んだ。
     再び口を開いた時に出たのは常と同じ元気な声音。
    「みんななら大丈夫だって信じてる。……絶対、無事に帰ってきてね!」
     秋深き山間の社にて――鬼退治。


    参加者
    アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)
    葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    真城・季桜(桜色コヨーテ・d01990)
    八嶋・源一郎(春風駘蕩・d03269)
    樹・瀬護(生命を盾に飛ぶ・d03713)
    津守・皓(スィニエーク・d08393)
    南風野・陸人(鬼喰・d09848)

    ■リプレイ

    ●序
     細い月が浮かぶ、静かな夜だった。
     世界が闇に包まれる中、灼滅者たちは津守・皓(スィニエーク・d08393)が腰に下げた明かりを頼りに登山道を進む。足取りは確かで、迷いはない。
    「……鬼姫。鬼姫、のう。これはまた大層な呼び名だの」
     八嶋・源一郎(春風駘蕩・d03269)は飄々たる風貌に潜む感情を感じさせないまま、ゆるりと呟く。道程の先を見据えて、目を眇めた。
    「さぞ、強いのだろう。……良いのう」
     源一郎とは対照的に、どことなく気忙しいのは墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)だ。暗闇の中でもわかる程に頬が赤い。
    「うう、流石に男子の制服はちょっと恥ずかしいよ……」
     実のところ由希奈は同人活動をしている。そのせいか友人に男子制服を無理矢理着せられたのだ。彼女の友人曰く、コスプレの基本らしい。
     裾を直しながらもかぶりを振り、由希奈は気を引き締め直した。
    「……まぁ、でも放っておけないし頑張らなきゃね、鬼退治」
    「ん? あそこじゃないか」
     ライドキャリバー『ヨザコ』を従えた真城・季桜(桜色コヨーテ・d01990)が越えた丘の向こうを仲間たちに示す。暗い山間で存在感をあらわにする、さびれた神社。篝火が煌々と燈っている。
    「間違いなさそうだ。急ごう」
     口数少なく淡々と、樹・瀬護(生命を盾に飛ぶ・d03713)が告げた。灼滅者たちは更に歩を早める。自然と誰もが言葉少なに目的地へと急いだ。
     地を踏む靴音だけが響く夜に、どれだけ坂道を登っただろう。ほどなくして、焔に浮かび上がる神社と境内が視界に入った。
     廃れているとはいえ、人ならぬ脈動を感じる神社だ。静寂が支配する領域で、灼滅者たちは確かに血腥い匂いと陰から牙を剥くが如き殺気を感じた。
     足を踏み入れようとしたその時。
    「お前たちは強いのか?」
     脅すでもなく、蔑むでもなく。純粋な疑問を呈するように声が問うた。
     それでもどことなく凄みが滲み出る若い娘の声、恐らく鬼姫によるものだろう。姿は見えない。
     唾を飲み込んだのはアナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)。返事をしようとした彼女の肩を軽く引き、口を開いたのは南風野・陸人(鬼喰・d09848)だった。
    「応える前にいっこ聞かせぇ。嬢ちゃん、関西で暴れたりしよったか?」
     声の主は姿を現さない。だが、あっさりと言葉が返る。
    「知らないな。儂はこの山から下りたことがない」
     陸人はサングラス越しの赤い瞳を僅かに細め、言い捨てる。外れか、と。この神社を擁する山は関東圏に存在する。
    「さよか。……まぁええわ。ほなやろか、『その魂を喰らう』から」
     封印が解除され、陸人は武装を整えた。それを切欠に他の灼滅者も徐々に臨戦態勢に入る。
     声の主は言い聞かせるように繰り返す。
    「もう一度問うぞ。お前たちは、強いのか」
     一歩前に出て、息を吸う。既に犠牲者が出ている。今後も増える可能性があるのなら、見逃すわけにはいかない。
    「アナたちは強いよ。そう、貴女を灼滅できる位にはね!」
     毅然と前を向いてアナスタシアは声を張る。
     満足げに笑んだ気配がした。
     神社の前に4つの影が出現する。その唐突さと俊敏さ、気配の消し方に灼滅者たちは一瞬息を止めた。
     悠然と縛霊手を掲げ、伊呂波楓の着物を翻す娘。左右にふたり、背後にひとり、控えている男たち。
    「それは楽しみだ。それにしても……何故ここまで来た?」
     武装した面々を前にして半ばわかっているだろうに、黒曜石の角を生やした羅刹の娘――鬼姫は興味深げに問いを絶やさない。その角を見て、成程鬼とは言ったものね、と葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)は胸中で頷いた。
     臆するわけにはいかない。弓に矢をつがえ、玲は啖呵を切るように宣言した。
    「勿論、答えは決まっているわ。貴方を倒しに来たのよ!」
     鬼姫は声を上げて笑った。馬鹿にしているわけではなく、心底、愉快そうに。
    「出来るものなら、迎えよう」
     縛霊手を緩やかに薙ぐと配下の男たちが駆け出す。同時に灼滅者の前衛たちも殲術道具を手に走り出し、戦いの幕が切って落とされた。
     皓はガトリングガンを掲げ鬼姫に視線を送る。
     ぼくたちが強いかどうか、身をもって知ると良い。
     
    ●壊
     前線に躍り出た灼滅者たちは、事前に説明を受けたエクスブレインの予測を思考の中で反芻する。
     ジリ損になれば不利。
     ならば、長期戦にならなければいい。
     前衛として陣を組んだ人数は6名。しかも彼らはメディックを担う者を置かない選択をした。攻撃への手数を増やす前傾姿勢だ。
     その作戦を成立させるために、灼滅者たちが優先したものは。
    「行くぜ! 言っとくがよそ見は禁物だからな」
     新たな相棒、バスターライフルのバッソルKIOカスタムを心躍らせ季桜は構えた。放った魔法光線が狼煙となる。一筋の閃光が鋭く穿ったのは鬼姫ではなく、その後ろに構えた配下。
    「何だと!?」
     鬼姫が目を瞬き、配下の男たちに動揺が走る。その間にも灼滅者たちの連携による連続攻撃は続く。
     暗き想念を宿した玲の矢が、季桜の攻撃で態勢を崩した男を射抜く。傷口に広がる漆黒には毒が染み、徐々に男を蝕んでいく。すかさず同じ力を宿す漆黒の弾丸をガトリングガンで撃ち出したのは、卯の花色の髪を翻した皓だ。闇より昏き毒素が蓄積される。
     一体ずつ確実に。最初の標的は、敵側の回復要員だったのだ。
    「ほう、頭を使うではないか」
     鬼姫が艶然と赤い唇の端を上げる。
     一足飛びで先に灼滅者たちに迫っていた配下たちに追いつく。片腕を異形のものとし巨大化させた配下たちの殴打と合わせ、鬼姫は自らの腕をその痩身に似合わぬ厳つさに変じ振り翳す。
     だが、その攻撃を受け止めたのは先に攻撃していた顔ぶれではなかった。
     アナスタシアと源一郎、そして瀬護。護り手となると決めた面々だ。
     流石に攻撃は重い。だがそれも、覚悟の上。
    「アナのベールクトと貴女の縛霊手、どっちが強いか勝負だね!」
     特に鬼姫の抑え役になると志したアナスタシアは、注意を惹くために鬼姫へ攻撃を集中させると決意を固めていた。
     愛用のロケットハンマー・ベールクトを振り回し、ロケット噴射に後押しされた一撃を繰り出す。圧力こそ感じているようには見えないが、意志は鬼姫にも伝わったらしい。笑みが、絶えない。
    「そうでなくては儂も楽しめない。佳い覚悟だ」
     配下たちの鬼神変をどうにかやり過ごした源一郎と瀬護も反撃に移る。
     源一郎は笑みを絶やさないまま懐からガンナイフを取り出し、構えた。あくまで自らは壁。攻撃に徹する配下たちを抑えることが肝要と理解している彼は、素早い身のこなしで配下との距離を詰める。
     敵の脇腹に刺さったのは銃に備えられた刃。確かな手応えに眦が下がる。
    「今のうちだ……!」
     瀬護が撃ち放った渦巻く風の刃で切り刻まれた敵の回復役は、現時点でかなり追い詰められている。配下の男は忠義に篤いのか、回復の一手を鬼姫たちに費やす。戦場に柔らかい風が吹き抜ける。
    「鬼姫様……お怪我は……」
    「大事ない。全く、まだ始まったばかりだというのに」
     疎んじることもないが、鬼姫は癒しを捧げた男を一瞥だにしなかった。
    (「無関心、なの……!?」)
     由希奈はサイキックソードの柄を、知らず強く握りしめる。一瞬の躊躇いのあと、唇から神秘的な歌声を紡いだ。歌姫の響きを持つ音色は最後尾に身を置く配下を尚も追い込む。
     男が膝をついたのは歌に促された眠りのためか、それとも。
    「まぁどうでもええわ! もう一息かましたるで!」
     自らに絶対不敗の暗示をかけて魂を燃え上がらせ、攻撃力を増した陸人は無敵斬艦刀を頭上で振り回す。生じた旋風は刃となり回復役の男を幾度も斬る。
     文字通り満身創痍の男に再び矢をつがえたのは、玲だ。
    「貴方の役目はここで終わりよ!」
     彗星の如き一閃は男の頭蓋を貫き、息の根を止める。
     
    ●哄
     灼滅者たちは確かに感じていた。鬼姫は今の状況を、愉しんでいる。
    「佳い。実に佳い。そうでなくては面白くない」
     強者の出現に興が乗ったのだろう。鬼姫の瞳に幼子にも似た輝きが燈る。
    「ならば儂も腕を揮おうではないか!」
     身構えたのは鬼姫と相対していたアナスタシア。直後、彼女は目を見開いた。
    「えっ!?」
     受け身を取った時には遅かった。鬼姫は巨大な縛霊手に組み込まれた祭壇を展開し、霊的因子を強制停止させる結界を構築する。
     稲光が轟き、結界に宿った御霊が一斉に前衛陣を襲った。
    「全く……馬鹿力にも程があるわよ!」
    「何やこの威力!!」
     迸る御霊の焔に、玲が咄嗟に身を竦ませる。陸人は体力を奪われた分気合で両足を踏みしめる。
     前衛の人数が多いため麻痺に陥る者は殆どいなかったが、鬼姫の圧倒的な力を食らい傷を深めた者が多いのも、事実。
    「……っ、ワシらをお役御免にされると参るのう」
     仲間を護ることが叶わず、微かに源一郎は眉を下げる。次の手以降は仲間を庇うことも出来るかもしれない。だが幾度となく繰り返されては護り手の身がもたない。
     源一郎は銃口から炎の奔流を放ち、鬼姫たちの剛強たる力の巡りを焼き払う。続いて視界の端から影が飛び出した。
    「退くかよ。俺たちがやることは変わらないぜ!」
     ライドキャリバーの『ヨザコ』に騎乗した季桜は前線へ走り出る。黒とピンクの色彩が、闇夜に鮮やかなコヨーテのシルエットを示す。
     配下のひとりに機体ごと突撃を食らわせた相棒に口の端を上げ、季桜は身体を乗り出して拳を構えた。
    「拳骨勝負ができねーとでも思ったのかよ! ハァリ、ハリハリハリハリハリハリハリハリハリ――Hurry Bash!」
     霊光を拳に集束し、ハリハリバッシュと名付けた連打を繰り出す。一撃残らず、それ以上に打ち据えることが出来たのは、彼の予測通り攻撃の相性が良かったからだ。
     季桜が下がると別の配下が反撃に転じた。
     真正面にいた瀬護が鬼の膂力で強打される。ガードを固めていたことが功を奏し倒れこそしなかったものの、地面に赤い染みが滴った。
    「瀬護くん!!」
     前衛陣への援護も兼ねて由希奈が浄化を運ぶ優しき風を呼ぶ。玲もエネルギー障壁を展開し護りを固めるが、回復量としては焼け石に水だということは火を見ることより明らかだ。
    (「――! まずいわ」)
     玲が奥歯を噛み締める。攻撃に徹するため、今回は仲間の殆どが他者を回復する術を持たない。特に瀬護は、自らを回復する手段すら持ち合わせていない。
     実のところメディックを担う配下を倒せば、他の配下が回復役に回ると数人の灼滅者は予想していた。しかし鬼姫も残りの配下たちの誰も、癒しの技を使う気配すら見せない。
     鬼姫が顎で示したのは瀬護。配下は粛々と命に従い風の刃を繰り出す。風は次第に嵐となり瀬護を襲う。
     烈風に切り刻まれる、刹那。
    「ただで倒れるわけにはいかない……!!」
     決死の覚悟で放ったのは敵と同じ技。秋の神社に鎌鼬が舞う。奇しくも同じダークネスの本質を所以とする技で、配下の男のひとりと瀬護が地に伏した。
     倒れた仲間に視線を向ける。が、今止まるわけにはいかない。
     藍晶石の瞳を伏せ、皓は胸元に宿るクラブのスートに手を添える。それは父と交わした、決して違える事の無い約束の証。
     手の届く範囲で良い。
     この力は未来を守るために、育むためにあるのだと。
     そう教えてくれた彼に恥じぬよう。
    「闇の住人には灼滅を」
     その台詞が合図となった。皓は残る最後の配下にガトリングガンの連射を見舞う。衝撃が連なり男がたたらを踏む。
     生じた隙を見過ごす義理などない。
    「さて、ウザイんから終わらせんとなぁ!!」
     重ねて力を増した陸人は巨大な鉄塊の如き刀を繰り出す。超弩級の一撃をまともに受けた配下は威力と重力とで粉砕され、潰された。
     残るは鬼姫ただひとり。
     だが彼女は、更に愉しそうに高く笑い声を響かせる。
     獣が月に吠えるように。

    ●竟
    「儂はずっと、嘆き悲しんでおった。強者に会えぬとな。だがこうして見えることが出来た。嬉しいぞ……!」
     愉悦に煌く瞳のまま、鬼姫は着物を翻す。裾の模様は伊呂波楓か、血飛沫か。
    「ワシもこう見えて羅刹の子だからの。強者が相手とあらば血が滾る。お主ががっかりせぬよう、全力を尽くすとしよう」
     源一郎が自己回復を終え、鬼姫へ視線を向ける。羅刹に育てられた過去を持つ彼は、ある意味根底で鬼姫と近いといえるのかもしれない。
     目の奥が鋭く光る。
    「……だからお主も、ワシをがっかりさせてくれるなよ?」
     返事は攻撃によって成される。鬼姫の放つ結界が再び前衛を包み、御霊が稲妻を走らせる。その威力たるや衰えるどころか一層勢いに乗った重いものだ。
     だがある者は庇い、ある者は気力で。ぎりぎりの一線で前衛陣は堕ちることなく立ち続ける。
     胸に宿るは希望の輝き。アナスタシアはベールクトを振りかぶる。鬼姫に攻撃をする時はいつも全力全開と決めている。
    「ドカーンと一発、大きいの行くよ!」
     全身全霊を込めた一撃が鬼姫の身体を打ち据える。
     ここまで来ればどちらが倒れるか、我慢比べだ。
    「格上の相手だろうと何だろうと、絶対に灼滅してみせる!」
     WOKシールドに影を宿し、玲は力ずくで鬼姫を殴りつける。鬼姫に宿る精神の傷の在処を知らぬまま、由希奈は凛と光の刃を敵に向けて撃ち出す。
    「あなたの思い通りにはさせないよ!」
     光刃が伊呂波楓を斬り、散らす。鬼姫が一瞬気を取られた隙を逃さない。
     鬼姫が欲する強者が持つ力が何か、季桜は知らない。しかし。
    (「俺が欲しいのは――世界の法則を変えてでも生き残る智力!」)
     季桜が霊光に影を纏わせた拳で鬼姫の肩を殴打する。流れるように続き源一郎がガンナイフで傷口を抉れば、陸人がカミの風で切り傷を増していく。
     皓は凍て付く瞳に鋭い光を湛えていた。
     何処か好戦的な笑みを浮かべ鬼姫を見据える。
    「他人の紅を纏うのはもう御仕舞いにしよう。その身の最期を飾る紅は、他の誰でも無く」
     静かに銃口を向け、蜂の巣になるほど連射する。その銃撃が止めとなり、鬼姫は仰向けに投げ出される。
    「強者に斃された、きみのものだ」
     
    「見事だ。強者が強き理由と志を見せつけてくれるのは、気分がいい」
     血の池に倒れながら囁く鬼姫に、灼滅者たちの間で動揺が走った。鬼姫は不思議なほど穏やかに微笑む。
    「お前たちが強いのは、お前たちが揃っていたからだ。違うのか」
     その瞬間アナスタシアは鬼姫が自分だけを狙わなかった理由を悟る。仲間たちがいたからこそ、今この手には勝利がある。
    『お前たちは強いのか』
     鬼姫はそう問うた。アナスタシアも、自分たちは強い。そう答えた。
     今思えば、少しだけ哀しげな響きを湛えた鬼姫の声音。
     鬼姫はその問いを二度と発さない。
     
     月が見ている。
     いのちの残滓に身を沈める娘を、見ている。

    作者:中川沙智 重傷:樹・瀬護(生命を盾に飛ぶ・d03713) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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