桜前線異常アリ

    作者:泰月

    ●ちょっと回れ右してみた
     桜の開花。
     その自然現象は、春を告げる風物詩の1つになっている。
     日本の気候では――地方の中で見れば場所によりけりな事もあるが――日本全国で見れば、概ね南方から開花して北上していくのが常だ。
     自然の摂理と言っても良いだろう。
     そして、咲けば散るものである。

    「こないだ『溶けてたまるか』って動き出した雪だるまサンがいてさ?」
     灼滅者達を先導しながら神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)が語るのは、記憶に新しいとある都市伝説。
     勿論、既に討伐済みだ。
    「だったら桜も『散ってたまるか』ってーのが出るカナーと探したら、アレだよ」
     そう言って律が、遠くを指差す。
     そこには、小さな桜色の塊があった。
     それは段々大きく……大きくなって?
     違う、こっちに近づいているのだ。
     ドスン、ドスンという足音も聞こえてきているって足音?
     双眼鏡で見てみると、桜の樹が動いていた。

     散ってこその桜――そんな風に言う人もいる。
     散った花は戻らない。
     そう言うものと言ってしまえば、そう言うもの。
     だが、散った桜が再び咲いていれば驚かれるだろう。何かの前触れかと、言い知れぬ不安を覚える人もいるだろう。
     或いは、それ故にだろうか。
     散ってたまるか――なんて根性論な桜の都市伝説の形は。
     散り切らない為に、咲き続けると言うような類ではなく。咲いている地域から、既に散ってしまった地域への。南への大移動と言う形で現れた。
     だからって枝とか根っこが絡み合って手足みたいになったのは、どう言う事か。
    「ここより北のどの辺で発生したのか判らないケド、結構な健脚みたいだ。油断しない方が良さそうだな」
     律がそうぼやく頃には、マラソンっぽく走りつつ何故かシャドーボクシングっぽい動きまでして物理で殴る系っぽい感じもある桜の樹が、肉眼で見える距離まで来ていた。


    参加者
    繭山・月子(絹織の調・d08603)
    神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)
    水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)
    煌燥・燈(ハローアンドグッバイ・d33378)
    リディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)
    斎宮・明日香(ハートレス・d37599)

    ■リプレイ

    ●走ってきたよ!
    「いつも義兄がお世話になっております。つまらないものですが」
    「ありがとうございます。私こそ、クラブではお世話になっているんですよ」
     ドシン、ドシン。
    「斎宮さん、今日は頑張りましょう! 煌燥さん、リディアさん、今回は宜しくお願い致します」
     ドシン、ドシン、ドシン。
    「そいえば、繭山サン、結構髪切ったね?」
    「そうですね。結構思い切ったかも」
     ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。
     …………。
     桜クッキーを配って挨拶したり、なんでもない会話をしてみたりしても、妙に重たい音が近づいてくると言う現実は変わらなかった。
     さもありなん。
     音の方を見てみれば、満開の桜の樹が5本、走っていた。
    「飛梅ってのは聞いた事あるが、世の中には変わった桜もいるもんだな」
     桜クッキーを口に放り込みながら、斎宮・明日香(ハートレス・d37599)があっさりとした感想を口にする。
    「南下してくる桜を『変わった桜』で片付けられるとか、斎宮サン動じないね。にしても……シュールすぎない? あの桜たち」
    「実体化したのは、ちょっとね……有害な都市伝説はダメ、絶対」
     改めて近くで見る動く桜たちに半眼を向ける神堂・律(悔恨のアルゴリズム・d09731)の言葉に、繭山・月子(絹織の調・d08603)が頷き同意を示す。
    「黙って立っていてくれれば、名所になってくれただろうに……幾ら満開の桜でも、これじゃカメラ向ける気にならねえなぁ」
     煌燥・燈(ハローアンドグッバイ・d33378)は、軽く溜息吐いてガンナイフを構える。
     進行方向に立ち塞がる灼滅者達を、動く桜――桜エントも敵と認識したのだろう。
     先頭の桜が振り上げた足が、ぐんっと伸びた。
    「さあ、ナノちゃん! ばっちり解決するの! お菓子も貰えたしね!」
     そう言って軽くガッツポーズを取ったリディア・アーベントロート(お菓子好きっ子・d34950)の姿が、魔法少女的な姿に変わる。
     と同時に、リディアは飛び出していた。
     伸びつつ解けかけていた根っこの足を跳び越え、そこを足場に更に跳び上がる。
    「動く桜は成敗だよ!」
     そのまま蹴りを放った桜エントを跳び越えたリディアは、後ろの桜に重力を纏った蹴りを叩き込んだ。
    「この世の桜のイメージをぶち壊すような佇まい! 日本の文化の為にも、灼滅するのです!」
     水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)の背後に、光輝く十字架が現れる。
     十字架がキラリと煌いた直後、内部から放たれた無数の光が蹴り倒された桜とその隣の桜に降り注いだ。
    「まぁ、こう言う非常識な輩はさくっと灼滅するに限る、ってね」
     光の次は黒。
     律の身体から出たドス黒い殺気が、2体の桜を纏めて飲み込んだ。

    ●桜の武器は
    「行きたかったのに……行きたかったのに!」
     ゆまのロッドが、桜エントが伸ばした腕を打ち払う。
    「宿敵相手だったのに……だったのにー! 何でまだ海の上!」
     返す刀ならぬロッドを、桜エントの腕に更に叩き付ける。
    「荒れてんなぁ……あの馬鹿……。まぁ、気持ちは判らなくもないケド……」
     この時点で、ゆまがあんな風になっている理由を理解出来ていたのは、義兄である律だけだっただろう。
    「アッシュ・ランチャーとの決戦に! 行きたかったのに、泳げないから行けなかったのですよー!」
     まあ、桜の内部に流した魔力を爆発させるトリガーとなったこの叫びで、皆わかったけど。
    「桜さんに恨みはないですが……思う存分相手して貰うのです!」
     八つ当たりの勢いのなせる技か、ゆまは隣の桜をロックオン。
    「良いの? 止めなくて」
    「んー。もうちょい好きに発散させてやろ。ほんっと俺の義妹って凶暴でさー……見た目はおとなしそーだから、皆騙されてるケド」
     月子の問いに、律が聞かれてない事まで答えたその時だった。
     ぶわわっ!
     既に満開だった桜エントから、膨大な量の桜花が膨れ上がった。
     まさに、桜吹雪。
     それが前衛の3体の桜エントと、敵中にいたゆまも飲み込んで――。
    「って馬鹿! 前出過ぎだ!」
     愚痴りつつも目を離していなかった律が素早く飛び出していた。
    「敵はあっちだっつの! 気ぃつけろ、ボケ」
    「ありが……ボケってなにっ!」
     一瞬2人の姿が桜の中に消えかかるが、すぐに飛び出してくる。
     更にもう1体、別の桜エントからも桜花が膨れ上がると、桜エント達の姿が桜吹雪で覆い尽くされる。
    「花で隠れて……これじゃ、どこから攻撃来るかわっかんないよ!」
     ほとんどただの桜色の塊になった桜エントの群れに、月子が声を上げる。
    「桜吹雪に包まれる5人衆たぁ、粋だが……」
     明日香も思わず息を飲んでいた。
     並みの桜であれば、まさに千本あってもこれほどの桜吹雪になるかどうか。
     アレが攻撃であれば、流石に避け切れないであろう物量。
     だが、その次の桜の行動は、灼滅者達の予想を色んな意味で上回っていた。
     ――ズザァァァァァァァッ!
    「ぐっ……」
     派手な音を立てて突っ込んできた桜の塊。
     その中にいる桜エントの幹の直撃に、燈の身体が吹っ飛ばされた。
    「都市伝説って奴は、金属だったり石だったりするけどよ――樹ってのもやり辛いな。重く硬く、しなやかだ」
     受け止めた追撃の拳から放たれた枝に絡みつかれつつ、燈が呟く。
    「……ここは燈籠だな」
     空中で燈が語り始めたのは、『彷徨燈籠』。
     燈籠が放つ灯りが、絡みつく枝を打ち消し仲間の傷を癒していく。
     ――ズザァァァァァァァッ!
     ――ズザァァァァァァァッ!
     畳み掛けようというつもりか。
     やはり派手な音を立てて突っ込んでくる2つの桜塊。
     月子のナノナノ・アウリンと明日香のビハインド・やまとが、吹っ飛ばされる。
    「うっわ……超あり得なくない?」
     物理攻撃のオンパレードに、月子は若干引き気味になりつつロッドを向ける。
     桜吹雪を放った後ろの1体を狙って放たれた雷は、それを庇った桜塊を撃ち抜いて桜を吹き散らす。
    「攻撃は粋たぁ言えねぇな」
     あまり面白くはなさそうに言いながら、明日香はオーラを癒しの力に変える。
     その癒しを受けながら、やまとが顔を晒す。
    「桜のトラウマ……ってなんだ? 散る恐怖? 虫に食われる夢?」
     首を傾げる明日香だが、無言で動く桜エントがどんなトラウマが見えているのかは、その様子からは推し量れない。
     確かなのは、桜エントが弱っていると言う事。
    「今だよ、ナノちゃん!」
     膝を付いた桜エントを、リディアのナノナノのたつまきが襲う。
    「これで――トドメ、なの!」
     槍から放った氷を追って、リディアが飛び出す。
     縛霊手の一撃が、凍った幹に叩き込まれ――打ち砕かれた桜エントの、枝も、幹も、根も、全てが桜の花びらになって散り咲いた。

    ●咲いて散って
    「俺、今年は花見行ってないんだよね……」
     桜纏う拳をひらりと避けながら、律がぼやく様に呟く。
    「タイミング逃して、彼女誘いそびれちまってさ……挙句の果てが、へんてこ桜と戦うなんて。神様、そんなに俺の事、嫌いですか!?」
     そんな答えのない問いを声にしながら、律が振り下ろした炎を纏った愛刀は、地面に突き刺さったままの枝の腕をスッパリと切り落とした。
    「……神様じゃなくて、自分が悪いんだよ、りっちゃん……」
     今度はゆまがツッコミを入れるながら、自身の影で桜を包み込む。
     何だかんだ言ってこの義兄妹、似ている部分はやはりあるのかもしれない。
     影が晴れると、中から出てきたのは桜の花弁だけだった。
     既に残る桜エントは2体。
     だが、数が減っても怯んだ様子はなかった。
     南下する意思も、失ってはいないのだろう。
    「桜前線――前線ってのは、戦場の最前列って意味もあるよな。季節と戦い咲き続けようとする根性は嫌いじゃないが」
     伸びてくる根の足の蹴りを受け止めながら、燈が口を開く。
    「でも、桜には色々表情があるだろうに」
     絡み付こうとする根は軽く叩き落して。
    「花が散っても夏には実が生るし、秋には葉が錦に色付く。まあ、実はサクランボみたいに美味くはないらしいが……それもひっくるめて、桜じゃねえのかねえ」
     ぼやく様に諭す様に告げながら、燈が向けた掌から炎が膨れ上がる。
     吹き荒れた炎の奔流は、桜色の塊を為していた花びらを悉く焼き尽くした。炎が通り過ぎた後には、幹も枝と根の手足も露わな桜エント達。
     ズザァァァァッ!
     地を蹴って飛び出す桜エントだが、その動きにはどこか焦りがあった。
    「アウリン、しゃぼん玉」
     月子の指示で放たれたしゃぼん玉が、桜の前でパチンと弾ける。
     それで勢いがそがれた桜を、月子の縛霊手の拳が地面に叩き伏せる。
    「ここまでマラソンしてきたって事は、そろそろお疲れなんじゃねぇか?」
     明日香は、霊力の網が絡みついてもがく桜エントにひょいと跳び乗り、幹の上でオーラを纏った拳を振り上げる。
    「――さっさと散っちまいな」
     拳の連打が幹を叩き、抉っていく。
     身を捩って明日香を振り払った桜の幹に、やまとの刃が突き刺さる。
    「桜って、そろそろ東北でもピークは終わりなんだよね~」
     そこにリディアが駆けていく。
    「見る時期が限られてるからこそ、花見、楽しむんだよねっ!」
     何度も殴られへこんだ幹を、煌きを纏った重たい蹴りが叩き込まれ、倒れながらメキメキッと幹がへし折れて――そのまま散華した。
     ぶわらっ!
     最後に残った桜エントが、桜吹雪を再び咲かせる。
    「昔の人は言いましたよ――散ればこそ、いとど桜はめでたけれ」
     だが、それが全身を覆うより早く、小さな光が桜エントを撃ちぬいた。
     そして、桜吹雪が霧散する。
     ゆまの制約の魔力に負けて、無防備になった桜の腕を、律の影刃が斬り落とした。
     ここから状況を覆せる武器は、桜エントには最早なく。
     出来た事は、粘る事だけ。
    「いくら阿呆な桜でも、憐れに思わなくもねぇが……夢見が悪そうだ」
     拳から伸びた光刃に貫かれ、霧散した桜を浴びて、明日香は小声で呟いていた。

    ●また来年
     さぁぁぁぁ――。
     周囲に僅かに残っていた桜の花弁――都市伝説の残滓が、吸い込まれるように燈の掌に集まって、消えていく。
    「散った後だったけど、吸収できたか」
     言葉に出来ない感覚で己の七不思議が1つ増えた事を実感し、燈は手を下ろした。
    「お疲れ様でした。良かったら、どうぞ」
     そこに、ゆまが桜餅を差し出した。
    「やれやれ、よーやっと終わった終わった」
    「やった! お菓子大好きなの!」
     横から伸ばした律の手はひらりと躱され、桜餅はリディアの前に。
     その後も、ひらりひらりと躱し続ける桜餅。
    「えっと……あまりは? 足りないなら、私の分は神堂さんに……最初にクッキー、充分いただきましたから」
    「そうだそうだ! 繭山サン、あのボケにもっと言ってくぎっ!?」
    「りっちゃんは、ボケって言われた報復だから良いんです」
     月子の声に便乗した律の抗議は、ゆまの踵と言葉に遮られた。グーじゃなかったのは、一応救われた面もあるからだろうか。
    「美味いな、桜餅……」
     明日香はそんなやり取りは気にしない事にしたらしい。
     まあ何はともあれ、桜の南下は食い止められた。
     また来年も、南から桜は咲いていく筈である。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月11日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
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