●反攻作戦
「みんな、まずは迎撃作戦お疲れさま。皆の奮闘のおかげで、成功をおさめる事が出来たよ」
画面の向こうで頭を下げる仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)。ここは沖縄。武蔵坂学園より早急に送られた、事前に得た予知の詳細が記録されたものを、今、見ている。
「その成果が、アッシュ・ランチャーを灼滅できるかもしれない好機を得たとも言える。統合元老院クリスタル・ミラビリスの元老であるアッシュ・ランチャーを灼滅する事ができれば、未だ謎に包まれているノーライフキングの本拠地への侵攻も可能となるかもしれないんだよね。けれど……」
敵軍の戦力は未だ強大だということ。
しかも、沙汰の話によると、ノーライフキングと協力体制にあるご当地怪人の移動拠点、ご当地戦艦『スイミングコンドル2世』が、艦隊に合流したようなのである。つまり、アメリカンコンドルの軍勢も相手にする可能性があるのだ。
「アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇は、擬似的に迷宮化されているみたいだね。擬似的とはいえ動くものすら自在に迷宮化させるなんて、アッシュ・ランチャーの能力が侮れないのを意味しているんじゃないかな。けれどアッシュ・ランチャーを灼滅しない限り、艦艇を破壊する事も出来きないんだ。そんな艦艇の内部には、ノーライフキングをはじめとした強力な戦力がある為、攻略は非常に難しいと思う……けど」
言葉を切った後、沙汰はほんの少し目を伏せた。自分の胸の内も確かめる様に。
「ここでアッシュ・ランチャーを取り逃がせば、今回のような事件を再び起こすかもしれない。人間社会を、一部とはいえ操って攻撃を仕掛けようとしてくる……そんなのをやっぱり野放しにはできないって人にお願いしたい」
――アッシュ・ランチャーの灼滅を。
生半可な覚悟で反攻作戦を行う事は、芳しい結果を得られないのは勿論。向こうに打撃を与える以上に、こちらが打撃を受けるだろう。そして、スイミングコンドル2世には、闇堕ち後行方不明になっていた、椎那・紗里亜(言の葉の森・d02051)が囚われていることも予知されている。彼女は闇堕ち時に特殊な力を得たようで、エクスブレインとは違う予知能力を獲得しており、その能力がノーライフキングにより悪用されているようなのだから、尚更。
そういう場所に送り出す、只の人間である自分はこんな方法で詳細を伝えるしかできないもどかしさに沙汰は歯噛みしつつ。
「アッシュ・ランチャー艦隊は、艦隊を再編してゆっくりと撤退しようと動き出している。けど、これだけの大規模な艦隊がすぐに動きだせるはずもないから、今すぐ追撃すれば艦隊に大規模な襲撃をかける事が可能なんだ。向こうも出鼻を挫かれているわけだから、手を出さなければ戦闘を行う事無く撤退してゆくよ。けどアッシュ・ランチャーと艦隊が健在である限り、似たような軍事行動が再び行われるのは間違いないし、それを防ぐためにも、ここでアッシュ・ランチャーを灼滅しておきたいというのが今回の作戦。それに、ノーライフキングの首魁『統合元老院クリスタル・ミラビリス』の一体である、アッシュ・ランチャーを灼滅する事ができれば、所在不明のノーライフキングの本拠地の情報を得る事ができるかもしれない」
赴くならば目指すはアッシュランチャーの灼滅を。こちらのアドバンテージである解析と似た、未来予知能力を敵が得る事は非常な脅威とも言えるため、可能ならばスイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続されている、椎那・紗里亜の救出或いは灼滅を。
「それでね。敵艦隊までの移動手段は、漁船やボートなども徴用してくれているみたいだからそれを利用して欲しいんだ。けれど最終的には灼滅者自身によるよる強行突破となっちゃうのは間違いないよ。砲撃で皆はダメージを受ける事はないけれど、漁船やボートが耐えられる筈はないからね。それらの操縦方法のマニュアルは用意している――とまぁ、経験のない人にはぶっつけ本番になっちゃうけれど、可能な限り漁船やボートで接近することを目指してほしいんだ。撃沈された後は、灼滅者のみで敵艦に潜入して内部の制圧を。ある程度近づいちゃえば、的になる船を捨てて小回りのきく身で乗りこむ方が、手っ取り早いから」
最初から泳いで近づく事もできるが、漁船やボートが利用できればより迅速に敵艦に接近する事ができるだろう。
「上手く艦艇に辿り着いたら、アッシュ・ランチャーは『撤退可能となった艦艇』に移乗して、戦域からの撤退を画策しているから、この撤退を阻止する為に艦隊の外側、撤退準備が整っている艦艇を優先して制圧していかなくちゃならない」
艦艇には、人甲兵やアンデッド兵だけでなく多くの一般兵が乗船しているので、人甲兵とアンデッドを殲滅した後、ESPなどを利用して一般兵に言う事を聞かせ、他の艦艇の退避を邪魔するように移動させれば、アッシュ・ランチャーの撤退を防ぐ事ができるだろう。
「撤退が不可能となれば、アッシュ・ランチャーは艦隊の人甲兵やアンデッドを呼び集めて、自分を守らせようとする。アンデッドや人甲兵は、救命ボートのようなもので移動したり、或いは、海中を泳いだり歩いたりして集結してくるんだ。その、集結する戦力は、アンデッド1000体弱に、人甲兵が300体程度になると思う。この戦力が集結すれば、打ち破るのは困難になるのは目に見えているから、アッシュ・ランチャーを撃破する為には、この増援を阻止する事が重要となってくるよ」
ここまで作戦が進めば、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇に乗り込み、アッシュ・ランチャーに決戦を挑む事ができる。
アッシュ・ランチャーは、ノーライフキングの首魁の一員である為、非常に強力で、親衛隊ともいえる強力な人甲兵の護衛もいるため、撃破するには相応の戦力が必要だ。
さらに、後方から増援の人甲兵やアンデッドが押し寄せれば、撃破に失敗する可能性もありえるだろう。
撤退を阻止する、増援を阻止する、アッシュ・ランチャー及び護衛と戦うという3つの作戦を同時に成功させなければ、アッシュ・ランチャーを灼滅する事はできない。
「それとね、スイミングコンドル2世のほなんだけど。ご当地側は最初から、スイミングコンドル2世にアッシュ・ランチャーを避難させれば、灼滅者がスイミングコンドル号に押し寄せて、スイミングコンドル2世が制圧されてしまうという『紗里亜』の予知があった為、アメリカンコンドルは『アッシュ・ランチャー艦隊と灼滅者が戦って混乱した所』で介入する作戦を行おうとしているよ。もし、何も対策しなければ、アッシュ・ランチャーと決戦中に、アメリカンコンドルとご当地怪人の軍勢によって横槍を入れられて、アッシュ・ランチャーを奪われてしまうだろうね。だから、これを阻止する為には、スイミングコンドル2世への攻撃も同時に行わなければならないんだ」
スイミングコンドル2世の戦いでは、条件さえ整えば、アメリカンコンドルの灼滅の可能性もある。
また、スイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続され、予知を行う為の装置として利用されている『椎那・紗里亜』の救出あるいは灼滅も目的の一つになるだろう。
「二つの勢力の絡み合い、闇堕ちした仲間の事、色々な出来事が絡み合って、作戦を立てる側のみんなには非常に苦労をかけることになると思う。けれど、この状況はチャンスでもあるから。うまくいけば、ノーライフキングを追い詰める事もできる。仲間を助けられることもできる」
けれど――本当に危険で予断を許さない現場へと赴く覚悟を持った仲間たちへ、どんな言葉を送ろうか。最後の最後まで考え続け、出した言の葉は。
「また、学園で会おう」
呆れるくらい単純だけど、けれど余計な言葉を連ねた重みよりも、当り前の日常に沿った言葉を送って。
沙汰は、深く頭を下げた。
参加者 | |
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今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605) |
シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452) |
有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769) |
漣・静佳(黒水晶・d10904) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789) |
愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505) |
セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000) |
●灰色の狼煙
黎明に紛れながらビルの様に立ち並ぶ艦艇の隙間を抜け、アッシュ・ランチャーがいるだろう海域を目指している、その最中だった。
海原が大きく揺れて、ふらりボートの縁に手をついた漣・静佳(黒水晶・d10904)は、思わず漆黒の摩天楼を見上げる。
「制圧班が、近いのかしら……? それにしても、これは――」
「ああ。単純な白兵戦のレベルじゃないね」
訝しんだのは愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505)も同じだ。
誰もが異変を感じつつもボートを進めていたが、やがて見えた光景に思わず息を飲む。
一隻の艦艇より放出する砲弾が、一心不乱に、絶対にここで逃がすまいという覚悟と気魄を見せながら轟いていた。そして一般人も乗っているだろう艦艇の一つが破裂音と共に黒煙を噴き、沈んでゆく。
「……何が」
唖然としていたセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は、思い出したように通信機の類を取り出すものの、やはり妨害されているのか機能しない。
けれど灼滅者はこの現状を理解した。撤退阻止班の作戦が失敗寸前であるということ。そして其れを悟った一班がどうにか戦局を覆そうと、こちらの作戦を完遂させる為に罪を背負う覚悟をしたのだ。
「えあんさん……」
葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)はそれ以上は何も言わず。ただ俯き、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)の腕をぎゅっと握りしめ。震える唇はその死を悼む様に、許しを請う様に。
有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769)はいつものように整った微笑を一切曇らせることなく、厳かに唇を開く。
「――開いてくださるならば、私たちは行くべきでしょう」
「……やるしか……道は残されてないね。あの無傷の艦艇、人類管理者とか名乗る偉そうな奴が乗っているに違いないの」
言い表せない気持ちに拳ふるわせていた今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)だが、この混沌とした砲撃の中でも一切のダメージを受けていない一隻を見つけて指差した。
アッシュの乗る艦艇へと突撃を仕掛け撃沈してゆく仲間の乗った艦を前にシェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は思う。ここでアッシュの首を取らねば誰も報われない。
艦艇のあちこちから人甲兵やゾンビ達が降ってくる。鈍重な艦艇の隙間を灼滅者に抜けられないよう海を埋めるかの如く。
「エアンはこのまま突っ切って。露払いは私たちがするよ」
「しっかり守ってみせるのっ!」
出来る限り船体をもたせるよう努めるよと、シェリーは麗しき細剣を手に。リアンと一緒に構える百花は、絶対皆で辿り着くのと息巻いて。
「わかった。このまま行かせてもらうよ」
そんな姿に心を決めて。エアンは一般人まで飛びこまぬよう王者の風を纏い、進路のみに集中し、一気に加速して艦艇の隙間を抜けようと試みる――!
●甲板
探索準備が整っていたのだろう辿り着いた四班が、忙しく他班の安否を伺うものの。これ以上戦力が増える兆しは全く見えない。
「さっきみたいに一般人兵士がおらんのはええけど、こらあきまへんな」
「ああ、楽観は決してできないな。アッシュに人甲兵……この時点で戦力が足りない」
先の作戦で班を共にした采(d00110)の呟きに、セレスは頷いた。互角と言われた班数を下回っているとはいえ、もう待っている余裕など無い。すぐに作戦へと移行する必要があった。想定されていた作戦の流れから外れてしまっている以上、アッシュ撤退の動きはないとは言い切れない。
「ここまで来た以上、私達でやるしかないです」
先まで轡を並べた夕月(d13800)が表情を引き締めてゆく様をエアンは見ながら。
「そうだね。俺達が速攻で人甲兵を仕留めて合流すれば、まだチャンスはあるからね」
エアンはこの戦力で勝ち取るため、少しでも前向きであろうとしていた。
「誰がアッシュの首を取るか、競争だな」
不敵に笑い軽口叩く闇沙耶(d01766)へと、同じく軽口叩いた葉(d02409)の班に続く様に。
散開し、探索へと移行してゆく。
「……ごめんなさ、い」
瞑目する静佳の唇が、弔いの言の葉を海原へと落す。甲板から見える、海に浮かぶ亡骸。これは戦争であると強く訴えてくる。
(「せめて、このひとたちが、永遠の苦しみを背負う事がないように、しなくてはいけない、わ……」)
もう振り返らない。
静佳は皆の背を追う様に、踵を返した。
●遭遇
神経を研ぎ澄ませながら進む。事前準備の抜かりのなさは、このスムーズな探索にも表れている。殆んどの敵が、乗艦を遮るために海へと飛び込んだためか。こちらも分断されたが、あちらも数多の手駒を失っているも同じだった。
故にそれとの遭遇は必然。機関室と思しき場所にて鉢合わせとなったのも、互いが互いを探し排除しようとしていたからだろう。
「見つけましたわね」
「さあ遊ぼうか」
真珠と時雨が言うなり、重厚な青の人甲兵は金属がこすれるような音を鳴らしながら、手にした銃器から冷気を放射し、手下ゾンビ二体をけしかけてくる。
するりと間に割って入るリアンが身に付いた魔氷を払う様に、上品にふりふり動かす尻尾のリング。少しでもディフェンダーの負担を軽くするよう指示されているからか、ふわり、ふわりと舞いながら、主の勝利の為に果敢に攻撃を受け止めにかかる。
百花の硝子の様に華奢なエアシューズが風を巻き起こすなら、エアンの丁寧な細工のベルトの先端が、ゾンビの脚を縫いつける様に突き刺さる。
「出来る限り速攻戦を仕掛けるよ」
「ああ、一班ではそう長くはもつはずがない」
ゾンビ一体を沈めたセレスとシェリーが、刃に付いた血を払うとすぐさま二体目へ跳躍。
静佳が断罪輪と共に舞い、天魔の陣を敷くならば。影に混じる蜂の群れ、不敵に笑う時雨の足元から飛び立って。
「安心なさい。これでようやく眠れるのですわ」
時雨のカミの風にきりきりと刻まれる最後のゾンビへ、真珠は時雨とお揃いの指輪に輝きを灯し、弾丸を撃ちこむと。倒れる様に一瞥さえなく、本命の巨体を見あげた。
熱の籠る機関室に、再び噴き上がる氷結の嵐が人甲兵から。リアンと分担しながら、シェリーは氷華を反らしては、
「人甲兵も悪夢を見るのかな?」
麗しい自分の影が、夜魔を従え重厚な人甲兵の回りを踊る。
「特別製だからって、紅葉たちの敵じゃあないね」
強気に言い放つ紅葉は、深緑のワンピースから覗くしなやかな脚をぶつけるなり美しい華炎、指先からは妖しい毒花を咲かせてゆく。実際このメンバーで負ける気はしない。対人甲兵との攻撃寄りだがバランスの取れた布陣は、それなりの疲弊を負いながらも勝つだろう。
問題は、その後。補佐なんて言ってられないくらい切迫している、まさかの首魁との戦闘だ。
(「私のやるべき、こと……いかに疲弊なく、皆を支えられるか、かしら……」)
静佳は常に状況を把握しながら、適度にリアンのリングを頼りつつ、琥珀の煌めき撒き散らし、味方の強化をいきわたらせる。
重厚な一撃をセレスは飛ぶようにしてかわし、低い姿勢から剣を振り上げるエアン。
人甲兵は創造主を守る為、剥がれ落ちそうな装甲もそのままに。機械的に侵入者を排除しようと氷の礫を発射する。
紅葉を庇い、消えゆくリアンの背を見つめ。百花は負担を押し付ける形になってしまう指示をしている事に心痛めつつ。
「ここで、眠ってほしいのっ!」
流星の爪先が、人甲兵の胸に手向けの花の様に星屑を舞い散らせる。
●反攻の一矢
迷宮の主の場所へ導く御先のような印を辿っていた最中、迷宮内が軋むような音を鳴らす――近い。
百花は今まで以上の緊迫感にどうしようもなく胸がざわざわし、無意識にエアンの顔を見上げていた。
「大丈夫、俺が側に居るから」
不安に揺れる瞳をすぐに受け止め、エアンは微笑みかける。優しい想いに勇気づけられた瞳は先程の不安の影などすっかり消して、前を見据えた。
セレスが重厚な扉を開け放った刹那、彼等は、まるで祈り詞を捧げながら倒れてゆく彼女の姿を目撃する。
「ごきげんよう、不浄の将軍」
真珠が放つ、ご挨拶という名の魔力の弾幕と共になだれ込んだ時雨は、己が影蜂の刺が装甲にダメージを与えた手応えに小生意気に笑いながら、
「対人類最強とかいうのが口だけじゃない事を祈りたいものだね」
『鼠が増えおったか……』
班が増えたとはいえ、全体的な疲弊を顧みても未だ上回っているとは言い難いのを見抜かれているのか、アッシュは鼻で笑う。
「すまない。待ったか」
全速力で人甲兵を倒してきたが――やはり勝ち目のない編成で首魁に挑む彼らを支えるならば、あれでも遅かったのかと思う程の状態にセレスは嘴を噛みしめる様に。
「しっかり。援護に来た、わ」
安堵の表情で倒れゆく水花(d20595)を、咄嗟受け止めたのは静佳だ。
見れば幾度も胸を撃ち抜かれている傷が特に酷い。自分達が駆けつけるまでの間、仲間を支える為――同じメディックであるならば当り前に思う支えたい気持ちを全うしたと伺えた。
そして、
「治胡ねえさん――!?」
赤々と血炎を噴き上げ、ずるずると這う様に仲間を背負うその姿見て、紅葉は息を飲む。
「人類管理者なんてふさげないで。誰があんたなんかに管理されるの。ダークネスらしく闇に腐ればいい」
治胡(d02486)へと目を向けたアッシュの気を引く様に、紅葉は珍しく声を張りながら魔を苛む弾丸を放つなら。
『死に腐るのは貴様らだ』
鬱陶しげに放たれた戒めの十字架を、シェリーは心許無い体力であろうとも。俊敏に、麗しく宙を翻りながら受け止め。
「わたしも構って、遊んでよ」
影の自分を接近させるなり悪夢を送り、
「任せ、て」
水花を後方へと退かせ、静佳は空へと手を掲げると、痛みを裁く輝きを振り下ろす。
先行班の立て直しのため、攻撃を途切れさせぬようセレスがツグルンデに螺旋の力を宿そうとした刹那。
「おっとぉ、ヒーローは遅れて来るってヤツ?」
一閃に重なる一閃。蓮二(d03879)とルフィア(d23671)の得物が交差し、アッシュへと叩き込まれる。
班がさらに増えたことでアッシュは目を見張ったが。それでも一進一退。
くるぞと誰かが喚起すると同時、迸る一閃がアッシュの右腕から放たれる。
「くっ――」
時雨が腹から大量の血液を零す。シェリーも動かない左腕を押さえ、もう次の攻撃で立っていられるかどうかも怪しい。
「時雨、私のために立ちなさい」
魔弾を放ちながら、超然とした微笑で時雨へと端的な言葉を放つ真珠は、どこまでも残酷でいて美しい。
「……有栖川、この僕が簡単に倒れるなんて思わないでおくれよ」
震えながらも不敵に笑う。当り前だ。時雨にとって、自分の中の永遠に醜い傷を刻まれることなど許されない。
静佳と紅葉が願う様に異空より振り下ろす裁きの光が、白虹を描きながらディフェンダーの意識を繋ぎとめるものの、想定していた以上の連戦を受け持っていることが、どうしても疲弊を加速させている。
倒れないで。
負けないで。
この二人の切なる思いを、別の角度からフォローするのはセレスだ。
「これ以上、人の社会を弄ぶことなどさせない」
セレスの脳裏に浮かぶ、海原の無残な光景と、仲間の決死の作戦。全てに意味をもたせるのは、今この手にある刃のみ。
燕が翻る様に鮮やかに舞うエアリアル。水晶の一部が飛散する。
『小賢しい!』
数が増えたくらいでいい気になるなと、アッシュが森羅の一刀を振るって、前衛の頭数を一気に減らそうとする。
「その小賢しいと罵った人間に、お前はいいようにされればいいよ」
向こうの約二名に散々煽られる様を高い位置から見れないのが残念だなんて言ってやりながら。放たれた其れを最初に受け止めたのは時雨だ。押しきる代償が身の犠牲であっても、攻撃手の生存に賭けるため。
けれどその斬撃の残る余波の行方は――。
(「わかっているよ。ここは、そうでもしなくちゃならないところだって」)
倒れゆく時雨へ、茶目っ気のある笑顔を向けたシェリー。深々と入った太刀より綻ぶ深紅の薔薇がゆっくりと意識奪ってゆく。
――大丈夫。
私たちは、負けない。
次々となだれ込んでは退路を断ち切るように陣を整えてゆく彼方(d02968)達の姿を見て、あの時誰もが安堵の顔で倒れていた様を思い出し、そして自分も同じ気持ちを胸の中に湛えたことを、シェリーはちょっとだけ面白く思った。
●駆ける
「透流ねえさん!」
倒れた二人を静佳と一緒に退避させつつ。包囲を築いてゆく透流(d06177)の姿を見て紅葉の顔がほんのり綻んだものの、神妙な面持ちで静佳を見あげ、
「今が逆転させられる時ね」
「ええ、そうだ、わ」
ディフェンダー完全決壊の今、畳み掛ける必要性を静佳も感じていたから。しかし回復を一人で受け持つその責は決して軽くない。
それでも。
『ば、馬鹿な……人類管理者である私が、このような所で灼滅されて良いはずはない!』
明らかな形勢の不利を悟って動揺したように呻くアッシュの、死に物狂いの攻撃がこちらを絶体絶命へ追いこむ前に止めるには。
「今が好機なら攻めに出ないとね。行こう、もも」
「……はいっ、えあんさん」
エアンの強い眼差しを見あげ、百花はぐっと頷いた。
一緒ならどこまでもいける――その路を開くように二人は手を重ね。
幾重もの刃に回避点を狭められてゆくアッシュへと迫るエアン。百花はBlessingの輝く指先から、美しいオーラの弾丸解き放つ。真珠の放つ膨大な魔力の塊が空を歪めつつ突き刺さり、紅葉の深緑のリボンが愛らしさとは裏腹の鋭利さを見せつけ補佐して。
何が何でも人として勝たなければならない。身を張ってくれた仲間の為。消えた命の為。全員の覚悟の為、静佳は裁きの光を天に奔らせた。
純白の上衣を翻し、輪廻という名の法を正すかの如く、低い姿勢から死角を狙うエアンの刃が、深々とめり込む。おおおと絶叫を上げるアッシュであるが、屍らしくくしぶとく命を手放さない。逆に肉を切らせて骨を断つとばかりに、巨大な刃を振りおろしてきた。
純白に紅玉を散らせながら距離を取るエアンとアッシュの間に、空より翡翠が如く螺旋の楔を入れるセレスの一撃は、他の仲間と波の様に襲いかかる。
かわしきれぬ攻撃の数に、アッシュが吠えた。
灼滅者の気魄に冷たい屍の悪あがきなど無駄に等しく。後ろへ回り込んだ葉のオルタナティブクラッシュが、屍の将軍の首を一瞬にしてかっさらう。
絶叫と共に崩れゆく水晶。さらさらと散る屍は、兜だけを残して此の世から完全に消え去ってゆく。
人のまま、人として、人類管理者と名乗るアッシュを灼滅した意味。危げな戦場を駆け巡り、絶望を乗り越えて手に入れた勝利を、今は静かに実感するのみだ。
作者:那珂川未来 |
重傷:シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452) 愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505) 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年5月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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