決戦アッシュ・ランチャー~日脚

    作者:佐伯都

     沖縄に突如攻め寄せたアッシュ・ランチャーを見事撃退した灼滅者に渡されたのは、作戦の成功をもって追加の予知情報を収めた映像ディスクだった。
     ダークネスを撃退したばかりの場所へ、身を守る術を持たないエクスブレインはおいそれと足を踏み入れるわけにはいかない、それが全ての理由である。

    ●決戦アッシュ・ランチャー~日脚
     たった今大急ぎで情報の整理を終えた所なのだろう、成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)はルーズリーフの余白に何事かを書き留めながら、まず最初にアッシュ・ランチャーが差し向けた揚陸部隊の撃退に成功したことに触れた。
    「今回の撃退に完全成功したなら洋上のアッシュ・ランチャーを直接叩きに行けるとは言ったけれど、実際そうなったことで追加の予知が得られた」
     それも全て灼滅者の勝利がもたらした成果だ。喜ぶべき勝利といえる。アッシュ・ランチャーを灼滅する機会を掴んだのだから。
     統合元老院クリスタル・ミラビリスの元老を灼滅できれば、いまだ謎に包まれたノーライフキングの本拠地へ侵攻することも可能になるかもしれない。しかしかの敵軍は出鼻をくじいたとは言えいまだ強大だ。半端な覚悟で反攻作戦を行うのは危険だろう。
    「しかも、協力体制にあるご当地怪人の戦艦『スイミングコンドル2世』が、アッシュ・ランチャーの艦隊に合流したようでね」
     アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇内部は擬似的に迷宮化されており、その迷宮の主であるアッシュ・ランチャー当人を灼滅しないかぎり破壊することもできない。しかもノーライフキングをはじめとした戦力も艦内に保持しており、攻略は非情に困難なものになると表現せざるを得ない。
    「でもここでアッシュ・ランチャーを取り逃がせば、第二第三の沖縄上陸作戦が実行されるかもしれない。厳しい戦いになると思うけど、可能性がゼロでないなら灼滅を狙うべきだと思う」
     ……困難はわかりきっている。しかしそれでも勝利に至れるはずの手がかりを、エクスブレインは持っているのだ。いつでも。
     それに、と樹は先ほど書き留めたばかりの部分に視線を移した。
    「闇堕ちしたあと、長いこと行方不明が掴めていなかった椎那・紗里亜(言の葉の森・d02051)がスイミングコンドル2世に囚われていることもわかっている」
     どうやら紗里亜は闇堕ちで何か特殊な力を得たらしく、エクスブレインとは違った予知能力のようなものを獲得したようだ。ノーライフキングは紗里亜を捕らえその能力を悪用しており、このまま放置するのは危険と言わざるを得ない。可能であれば救出、あるいは灼滅しなければならないだろう。
    「今のとこ、アッシュ・ランチャーは洋上で艦隊を再編して撤退しようとしている」
     だがなにぶん大規模な艦隊だ。さっさと大艦隊が逃亡できようはずがなく、揚陸部隊を阻止したこの勢いですぐに向かえば、大規模な襲撃を仕掛けられるだろう。
     こちらから手を出しさえしなければこのまま艦隊は去っていくだろうが、先程も触れたようにアッシュ・ランチャーと艦隊が生き延びるということはそのまま、今回のような軍事行動が再び繰り返されるのは間違いない。
     それを阻止するためにはここで、確実にアッシュ・ランチャーを葬るしか手段はないだろう。
    「未だに詳細がよくわかっていない、ノーライフキングの本拠地の情報を得る事ができるかもしれないからね」
     ぺらり、と走り書きで埋め尽くされたルーズリーフを樹は一枚捲った。
    「艦隊までの移動手段についてだけど、漁船やボートを徴用できたからそれを使ってほしい。でも艦隊までそのまま直接乗りつける、ってのは不可能だから覚えておいて」
     船で近づけば、当然戦艦からの砲撃が予測される。漁船やボートは灼滅者と違い、砲撃を食らえばひとたまりもないだろう。
     なので艦隊には船でできるだけ素早く移動し、船が砲撃で撃沈したあとは泳いで接近するのが望ましい。
    「まあ、最初から泳いでいくことも不可能じゃないけど……それだと時間がかかりすぎる。お薦めはしかねる、かな」
     そして当のアッシュ・ランチャーは、撤退可能となった艦艇に移り、戦域から撤退しようとして。これを阻止するためには艦隊の外側、撤退準備が整っている艦艇を優先して制圧していかなければならない。
     これらの艦艇には人甲兵やアンデッド兵に加え一般人兵士も乗っている。揚陸作戦阻止のさいの手順と似ているがひとまず邪魔な人甲兵とアンデッドを片付けたあと、ESPなどを利用して一般人兵士にこちらの言う事を聞かせ、他の艦艇の退避を邪魔するように船を移動させてやれば、アッシュ・ランチャーの撤退を妨害できるだろう。
    「撤退できないとわかれば、アッシュ・ランチャーは人甲兵やアンデッドを救命ボートみたいなゴムボートや、海中を泳がせたり歩かせたりしてかき集め、自分を守らせようとする」
     そうして集結するであろう戦力はおよそアンデッド1000体弱に、人甲兵300体程度。先の作戦とは桁違いの相手になるため、これを打ち破ろうとするのは現実的ではない。
     まともに正面からぶつかろうとするよりも、この増援の合流をどうやって阻止するか、を考えるべきだろう。
    「ここまで作戦が進めば、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇へ乗り込んで決戦を挑むことができる」
     しかし、相手は何と言ってもノーライフキングの首魁の一員だ。アッシュ・ランチャーそのものが非常に強力であり、親衛隊ともいえるよりぬきの人甲兵に護衛させてもいる。これを撃破するにはそれ相応の戦力が必要なことは今更強調するまでもない。
     さらにここへ増援が押し寄せれば、撃破の難易度は簡単に跳ね上がるだろう。
     一つ、撤退を阻止する。
     二つ、増援の阻止。
     三つ、アッシュ・ランチャー及びその護衛を撃破する。
    「この三つの作戦を同時に成功させなければ、アッシュ・ランチャーは灼滅できないと思ってほしい」
     さらに灼滅者の前に立ち塞がる困難は、それだけではない。
     『紗里亜』の予知だ。
    「『もし最初っからアッシュ・ランチャーをスイミングコンドル2世に避難させたとしたら、そこに灼滅者がそこに押し寄せて制圧されてしまう』ので、アメリカンコンドルは『アッシュ・ランチャー艦隊と灼滅者が戦って混乱した所』で介入しようとしている」
     アメリカンコンドルをこのまま放置すれば、アッシュ・ランチャーとの決戦中にご当地怪人の軍勢によって横槍を入れられてしまうのは明白だ。当然、これを阻止するためにはスイミングコンドル2世への対処も行わなければならない。
     ただ、こちらのスイミングコンドル2世への戦いでは、条件が揃えばアメリカンコンドルを灼滅できるかもしれない。
     そしてスイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続され、予知装置とされている『椎那・紗里亜』の救出、または灼滅も目標の一つになるはずだ。
     敵は強力とは言え、千載一遇のチャンスでもあると樹はやや声に力をこめた。もちろん、そう簡単には討ち取らせてくれる相手ではないだろう。
    「しかしここで追い詰められる機会を逃す理由も、ない」
     健闘を祈っているよ、と樹は最後に短く言って説明を締めくくる。映像はそこで終了した。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)

    ■リプレイ

     眼前で繰り広げられている激しい砲撃に、千布里・采(夜藍空・d00110)は瞠目したまま何も言えずにいた。
    「……これ、は」
     鈴木・昭子(金平糖花・d17176)も愕然と事態を見守るしかない。ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)をはじめとしたいくつかの班はアッシュ・ランチャーの撤退阻止が成功次第、座乗する艦に乗り込み決戦を挑む、その手筈だった。
     そんな、大海原へ逃走しようとする艦へ向けて猛然と火を吹きはじめた戦艦に莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は唖然とする。次々と砲塔を向け敵軍を撃沈しているのは。
     一般人兵士の命をまるで考慮にいれぬ行為に、桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)と湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)は二の句を継げない。
    「撤退阻止組のどこか、ですか」
    「でしょう、ね……」
     半ば失敗した作戦をひっくり返すには手段など選んでいられない、そういう事だ。けれど、でも……。
    「――」
     嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は映画さながらの光景に、唇を噛みしめたまま立ち尽くしている。ぎち、と奥歯が嫌な音を立てた。
    「なるほどねえ」
     丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)がモーターボートのエンジンを回す。勢いよく排気を吹きはじめたエンジンにルフィアが顔を上げた。
    「行くのか、この砲撃を縫って?」
    「当然。アッシュ・ランチャーは逃げたいんだろ。だったら撤退できる状態の艦に乗っているはず」
     だから、あそこにいる。
     作戦をまるで諦める気のない蓮二の台詞に、ルフィアは我が意を得たりと口角を上げた。もしここでアッシュ・ランチャーを取り逃がせば、それこそこの砲撃行為には何の意味もなくなってしまう。
     沈められた艦が吐く黒煙、波間に押し寄せてくる雑多な瓦礫、大混乱に陥った艦艇が所狭しとひしめく大海原をモーターボートが駈ける。どこかから流れてきた、何かの冗談のように引き裂けた死体をまともに目に入れてしまい、ひかるの喉元へ嘔吐感がこみあげた。
     砲撃が命中したにもかかわらず無傷の戦艦を発見し、蓮二はエンジンの出力を上げる。
     すり抜けられてしまうと考えたのだろう、艦艇がボートの進路を塞ごうとするとともに人甲兵やアンデッドが海へ飛び込んできた。視界を遮る黒煙と波飛沫で、アッシュ・ランチャーとその護衛に戦いを挑む手筈になっていた他の班がどうなったかもわからない。
     やがて砲撃を浴びせていた艦が、逃げる艦へ体当たりを仕掛けた。
     当然、体当たりを浴びせた戦艦はあっという間に沈みだす。アッシュ・ランチャーが乗る艦はサイキックではない攻撃を無効化するからだ。
     行く手を埋め尽くす無数の死体に采は目元を歪める。海面は重油とおびただしい血にあふれ、夜明けに見た美しい青は見る影もない。
     激しい追撃と妨害、そして混乱をなんとか凌ぎきり、蓮二はアッシュ・ランチャーが乗っていると思われる戦艦の付近まで船を寄せることに成功した。見上げるどころか視界のほとんどを埋め尽くす圧倒的なスケールに、さしもの夕月もすぐに反応できない。
    「さあ、いこか」
    「はい」
     甲板までよじ登るための縄梯子を投げ、采は素早く登りはじめる。落ち合う場所はあらかじめ申し合わせてあった。
     甲板船尾側に三々五々、たどり着いたチームが上がってくる。騒然としている周辺海域からこちらへ向かってくる班がいないか忙しく確認していた采は、朝方の作戦を共にしたセレス(d25000)へ呟いた。
    「さっきみたいに一般人兵士がおらんのはええけど、こらあきまへんな」
    「ああ、楽観は決してできないな。アッシュに人甲兵……この時点で戦力が足りない」
     もはや事態は一刻を争う。直前の作戦を共にしていた静佳(d10904)とエアン(d14788)が怪我もなく無事辿りついている事に夕月はほっとしたものの、すぐに表情を引き締めた。
    「ここまで来た以上、私達でやるしかないです」
    「そうだね。俺達が速攻で人甲兵を仕留めて合流すれば、まだチャンスはあるからね」
     夕月らを含め4班が甲板船尾側に到着していたが、これ以上は待っていられない。すぐにアッシュ・ランチャー討伐をめざす布都乃(d01959)達、人甲兵残り二体それぞれの撃破を狙う紅葉(d01605)と美咲(d01118)達の班と別れ、赤人甲兵を探し出すべく艦内への重厚なハッチをくぐった。
    「逃げるなら、艦を沈められるのは嫌でしょうね」
    「とりあえず主砲……弾薬庫など、どうでしょう」
     想々と昭子は恐らく艦内の重要区画に人甲兵は配置されているだろうと予測をつけ、艦首側の弾薬庫を目指すことにする。迷宮化されているとの情報はあったがしかし、開けても何故か壁だとか、『この先危険区画』のプレートが下げられた先が中国王朝風寝室という事が続くと別の意味で疲労が溜まってくる気がした。
     やがて夕月のティンが何か物音をとらえたのか、尾を上げて唸りはじめる。想定していたよりも階層は随分浅かったものの、そこは高さが奇妙にねじれて折れ曲がった、1mはありそうな巨大な砲弾が所狭しとならぶ弾薬庫だった。
     もともと高さのある区画なので戦闘の支障にはならない、と冷静に分析した昭子は前衛に続いて素早く突入の列に加わる。
     重厚な金属音がして、細い階段を降りきった先に何体かのアンデッドを従えた赤い人甲兵が見えた。猛然と左腕のガトリングガンが火を吹き、無骨なラッタルが火花を舞わせる。
     マテリアルロッドを構え、想々は密集を避けて自ら仲間との距離をとった。夕月のティンをはじめ采とひかるの霊犬が主人の意図を察したのか猛然と飛び出し、アンデッドの足元へまとわりつく。
    「急ぎましょう! アッシュを探し出しても8人では、長くは保ちません」
    「ティン、任せた!」
     塗料ではなく血を塗りたくったような、妙に不吉な赤さの人甲兵へ夕月は影を走らせた。鈍重そうな外見とは裏腹に、早朝の作戦で相手取った個体よりも赤人甲兵はかなり素早い。
    「赤いからって3倍性能が高いとかそう言うんじゃないだろうな……」
    「3倍かどうかわからしまへんけど親衛隊やし、能力が高いのは間違いないやろなあ」
     ルフィアがあげた3倍という数字の根拠はよくわからないが、采が見る限り少なくとも俊敏さは侮りがたいように思えた。中衛の昭子が行動阻害を兼ねてサイキックをばらまいているが、それでも速い。
    「随分と落ち着きのないお方で」
     せっかちなのは嫌われますよ、と昭子は鈴の音をたてる【皓纏】の足元を素早く閃かせた。ところがアンデッドを手早く処理した夕月へおもむろに人甲兵が向き直り、背中に背負っていたらしきエンジンが猛然と火を吹く。
    「うそっ」
     飛び出してきたティンが人甲兵の体当たりで弾き飛ばされるのを、夕月は見ていることしかできない。咄嗟に想々が人甲兵の注意を紅蓮斬で惹いたが、ティンの姿が見えなかった。
     手当たり次第に回避困難な体当たりを仕掛けてくる人甲兵に、ひかるの、そして采の霊犬が次々沈められる。こんな所で無用な足止めを食らっているわけにはいかない、その一心で、想々は杖を振り下ろした。
     しかし互いに真正面からサイキックを浴びせあう激戦の勝利者は、個々の高い能力を活かしてバランス良く戦力を配分した灼滅者のほう。瞬間火力に頼りきった人甲兵が、守りは勿論回復も備えた灼滅者に競り負けるのは当然の帰結だった。
     短いが怒濤のような戦闘を制し、すぐに想々は踵を返す。
    「急ぎましょう、アッシュとまだ遭遇していなければ良いけど」
     一度甲板へ戻った後、残された目印を頼りにひたすら走り、蓮二とルフィアを先頭に熾烈な戦いが繰り広げられている艦橋へ突入する。
    「おっとぉ、ヒーローは遅れて来るってヤツ?」
     軽薄な口調はそのままに、しかし得物を握る手は緩めずに蓮二は攻め手へ加わった。急いで戦況を確認するものの、厳しい、としかルフィアは判断できない。
     そしてこんな状況なのに調子を崩さぬ蓮二になかば呆れ顔になってしまう。
    「間に合ったか。このまま押し切らせはせんぞ、アッシュ・ランチャー!」
     しかし壊滅一歩手前でなお踏みとどまっていた葉(d02409)らを背にする真剣な表情に免じ、何も言わないことにした。
     こちらより一足早く人甲兵を片付けていたのだろう、エアンやセレスが果敢に攻めこんでいるのを横目に、イコは力尽きた峻(d08229)と布都乃をアッシュ・ランチャーの射線から遮るようにして割り込んだ。
    「しっかり! すぐにもう1チームが来ます!!」
     壁際でぐったりと動く気配のない二人は、イコが肩越しにひと目見たかぎりでは意識があるのか、それとも生命の危険があるのかさえもわからない。続けて中衛、後衛が突入する。
     いつも通り殿で踏み込んだひかるは、峻と布都乃を背負い退避した治胡(d02486)の存在に気付いた。がんがんがん、とサイキックが連続で炸裂する音。
     血の気が引くような錯覚。衝動のままにひかるは壁際へ走った。
     このひどい傷を治さなければ。あの日闇の淵から掬いあげてくれた腕を失ってはいけない。すでに戦闘不能に陥っている二名を守るように倒れ込んでいる治胡と、視線が合う。
    「……お嬢サンか」
     なぜか身が震えた。彼女に何と応じるべきかひかるは気が遠くなるほど逡巡した気がしたが、実際はほんの一瞬だったらしい。
    「こんなトコまで来るとはやんじゃねーか。ブッ潰してこい」
     ふ、と口元を緩め励ますように肩を叩いていく、傷だらけの手。しかし直後に意識を失い、ばたりと汚れた床へ落ちた音に慄然とした。
    「あ、――あああ、ああ!!」
     しなないで、しなないで、と譫言のように呟きながら施すラビリンスアーマーに彼女が目を醒ます気配はない。過呼吸を起こしかけていたひかるの背後で、また誰かのサイキックが炸裂する音が轟いた。
     繋げなければ、と唐突に思い至る。彼女から渡されたものは今この手の中。
     文字通りの血の海を思い出し悪寒と吐き気がこみ上げた。怖い。膝に力が入らず転びかける。繋げられずここで沈んでしまったら、渡されたものは屍に埋まったあの海の底。
     今すぐ傷を塞がなければいけない者は、倒れそうな者はいるか。力尽きた水花が目に入り、ひかるは艦橋内を暴れまわる流れ弾をかいくぐって壁際へ寄せた。
     いったん攻め手は先に到着していた真珠らに任せ、采は壊滅一歩手前まで追い込まれていた仙(d22759)らのチームの立て直しを図る。
     これほどの大軍を率いてきた相手だ、少しの隙も容赦なく突いてくるだろう。
     残りの1チームも人甲兵の対処が終わればここへ向かってくれるはずだ。そのうちサーヴァントが復帰するとは言えアッシュ相手にはもはや焼け石に水、一枚盾となったイコの負担はかなりのものになる。しかし思わず采が伺うように見た銀の瞳は、冬の夜空に瞬く星の輝きを備えていた。
    「多少の無理は織り込み済み。ここでやらねば、盾の名が廃ります」
    「私も存分に邪魔をさせてもらいますね」
     およそ表情を感じさせない淡々とした昭子の声にも、どこかこの状況を楽しむような響きがある。
     そしてその期待は、ほどなく叶えられた。唐突に艦橋のドアの向こうから複数の足音が近付き、鋼鉄の扉が開く。それとほぼ同時に彼方(d02968)の声が高らかに響いて、最後のチームが再合流を果たした。
    「真打ちの登場だよ!」
     さらなる加勢に湧く艦橋内、ひかるは煙や返り血で汚れた顔もそのままに、慎重な声音をあげる。
    「いけるでしょうか」
    「たぶん」
     あの装甲を全部引きはがして、そして中身を見せてもらう時がついに来たのだと思うと、想々の手脚にも力が蘇る。
     統弥(d21438)をはじめ透流(d06177)らが不測の事態に備えアッシュ・ランチャーの退路を塞ぐように四方を囲む陣形をとった。いよいよこれは詰んだな、と冷静に考えをめぐらせたルフィアは肩で息を吐きながら隣の蓮二にアイコンタクトを取る。この数を相手に、赤人甲兵同様、回復がないのは絶望的だ。
    「恐らくこれで王手だが――油断せずいこう。ここまで追い詰めて逆転されるなど、業腹もいい所だ」
    「ま、俺は最初からこうなるって思ってたけどね」
     優勢でも調子に乗らず、終始戦闘不能者を背後におく立ち回りを忘れないのは、簡単そうでいて誰にもできる事ではない。軽薄な口調と振る舞いに似合わぬ思慮深さと計算高さが蓮二にはある、とルフィアは評価している。
     3チームが加勢する形になり、さしものノーライフキングもこの土壇場で形勢逆転を悟らざるを得ない。馬鹿な、と愕然とした呟きが兜の内側から漏れるのを、ルフィアは妙に機嫌良く聞いていた。
    「人類管理者である私が、このような所で灼滅されて良いはずはない!」
     あんさんあほやなぁ、と采は溜息交じりに苦笑した。胸奥に絡む血は咳払いで鎮め、妖の槍を杖代わりに立ち上がる。幸いこの班から戦闘不能者は未だ出ていない、ならば最後まで不測の事態に備え引導は譲ることにした。
    「目の前におるのは、すれいやー。ほんまに逃げられると思たん?」
     やわらかな京言葉が静かな揶揄を孕む。そう、絶対にもう逃がさない。誰も置いていかない。この全員でこの場で、今、討ち取る。
    「さっさと片付けましょ」
    「後ろはこのままお任せを」
     己が肺腑からひゅうひゅうとひどい音がしているが、イコは無視しきった。何度かガトリング弾が身体のあちらこちらを吹き飛ばしたり平衡感覚や時間感覚が一度曖昧になった気がしたものの、あまり気にならない。
     どこぞの著名な僧兵の仁王立ちとはこのことか、とイコはぼんやりする頭で考えた。しかし、いやこれは違うな、とすぐに思い直す。
     何故ならかの僧兵は焼け落ちる堂を背負い、自刃する主の尊厳を守ったけれど。
     色とりどりの花火のようにイコの眼前で炸裂するサイキック。装甲を削り水晶の血肉を割り、火花が踊る。致命的な一撃を避けようと飛び退ったノーライフキングの背後にはしかし、終始猛攻に耐え続けた葉(d02409)が立っていた。
     猛火に沈む堂の中、腹を召す敗者はいない。満身創痍のまま立ち続けるイコにはそれで十分だった。
     ――じゃあな、アッシュ・ランチャー。
     そんな、凶悪で晴れやかな声と一緒に鋼のギターを振りかぶって。
    「今日から俺らが対ダークネス最強だ」
     『人類管理者』への叛逆を、高らかに謳いあげる金属質の打音。打球よろしくすっ飛んだ頭部が美咲の額へクリーンヒットするのを見届け、ついにイコは意識を手放す。冷たい床の感触はなく、ただ泥のような昏倒が待っていた。
     頭部をなくしたノーライフキングの身体が崩れ落ちて、消滅してゆく。またどこかで鋼鉄の艦が接触でもしたのか、ごうん、と割れ鐘のような音が低く低く響いていた。

    作者:佐伯都 重傷:嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年5月18日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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